弁護士が気ままに「半沢直樹2」を語る(第7話) 〜開発投資銀行(≒日本政策投資銀行)の民営化〜
「開発投資銀行は、タスクフォースによる債権放棄の要請に対して、見送りの決断を下しました。」
政府の圧力に屈せず銀行団が団結して債権放棄を拒絶した第7話。ファーストペンギンとなった大東京銀行担当者役の熱演や、「鉄の女」開投銀谷川のガッツポーズなど、視聴者も大盛り上がりの演出が多い回となりました。
さて、金融規制・金融取引を主な取扱い分野とする弁護士の視点から、ドラマを見ていて深堀りしたいと思った法的論点に対して気ままにコメントしている本シリーズ。今回は、見ていて法的な観点から分かりにくい部分はあまり無かったように思い、少しネタに困ったのですが、大逆転のキーとなった「開発投資銀行」の民営化について、そのモデルとされる日本政策投資銀行とリンクさせながら掘り下げてみようと思います。
例によって、外野の弁護士の立場からの気ままな感想であり、実際に法律問題を抱えている方向けの記事ではない点、原作小説も未読である点、あらかじめご了承ください。
第1 開発投資銀行(≒日本政策投資銀行)とは?
開発投資銀行(開投銀)は、政府系の金融機関で、帝国航空のメインバンクであるとされています。周知のとおり、今作のモデルはJAL再建とされており、開発投資銀行(開投銀)のモデルは、JALのメインバンクであった日本政策投資銀行(政投銀)のようです。
日本政策投資銀行(政投銀)は、正式には「株式会社日本政策投資銀行」という名称であり、その名のとおり、会社法上の株式会社となっています。もともと特殊法人だったのが2008年に株式会社化しており、その意味では2009年のJAL再建問題時には既に「民営化」していました。しかしながら、株式は100%政府(財務大臣)が保有(2020年統合報告書69頁)しており、未だ政府系の金融機関であることは変わりなく、「完全民営化」はしていないという状態です。ドラマの開投銀も、第7話開始時点ではおそらく同様の状態だったと思われます。
第2 政府の呪縛とは?
さて、そのような政投銀(開投銀)ですが、政府系の金融機関として、どのような形で政府の支配が及んでいるのでしょうか。
まず、上記のとおり100%株式を保有していることから、株主総会における役員の選解任権を通じた支配が及びます。
しかしながら、政投銀(開投銀)に関して特殊なのは、「株式会社日本政策投資銀行法」(2020年統合報告書72頁)という特別の法律が制定されており、これに基づき会社法上の支配株主と株式会社の関係以上の支配がなされているという点です。
具体的には、事業計画、定款変更及び代表取締役等の選解任権の決議等について、財務大臣の認可制とされています。加えて、危機対応業務(大規模災害等の危機発生時において、危機の被害に対処するために必要な資金を供給する業務)(法附則2条の7)や、特定投資業務(民間による成長資金の供給の促進を図るため、国からの一部出資(産投出資)を活用し、企業の競争力強化や地域活性化の観点から、成長資金の供給を時限的・集中的に実施する業務)(法附則2条の12)といった具体的な業務内容について、法律に基づき定款への記載が義務付けられ、さらに実施の義務まで負わされているものもあります(法附則2条の10)。
株式会社化前と比べれば、予算の国会承認等がない分、自主的な経営の余地が大きいとされていますが、依然として政府が強い権限を有していることがうかがわれます。
第3 完全民営化の行方。半沢はIfの世界?
ドラマでは、第7話の終盤、開投銀の民営化が閣議決定されたことで政府の呪縛から逃れたという説明がされていました。
実は、「株式会社日本政策投資銀行法」においても、
(目的)
第一条 株式会社日本政策投資銀行(以下「会社」という。)は、その完全民営化の実現に向けて経営の自主性を確保しつつ、出資と融資を一体的に行う手法その他高度な金融上の手法を用いた業務を営むことにより日本政策投資銀行の長期の事業資金に係る投融資機能の根幹を維持し、もって長期の事業資金を必要とする者に対する資金供給の円滑化及び金融機能の高度化に寄与することを目的とする株式会社とする。
とされているとおり、いずれは完全民営化(政府保有株式の処分)することが前提とされています。
しかしながら、当初は「設立(2008年)から概ね5〜7年後を目処」とされていた完全民営化(政府保有株式の処分)については、2008年秋以降のリーマンショックを踏まえた財務基盤強化の要請から、まず、2012年3月末まで政府出資が可能とされ、それに伴い、完全民営化(政府保有株式の処分)についても当該「増資対象期間終了(2012年3月末)から概ね5〜7年後を目処」に後ろ倒しとなりました。
さらに、2011年3月に発生した東日本大震災に係る危機対応業務の必要性を踏まえ、政府出資の期限が2012年3月末から2015年3月末まで延長され、それに伴い、完全民営化(政府保有株式の処分)についても「2015年4月から概ね5〜7年後を目処」に後ろ倒しとなりました。
そして、2015年、依然として成長資金の供給促進の必要性は高いということで、株式会社日本政策投資銀行法の更なる改正が行われました。その結果、完全民営化(政府保有株式の処分)の期限については、附則2条1項に以下のとおり、規定されました。
(政府保有株式の処分)
第二条 政府は、簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律(平成十八年法律第四十七号)第六条第二項の規定に基づき、その保有する会社の株式(次項及び附則第三条において「政府保有株式」という。)について、会社の目的の達成に与える影響及び市場の動向を踏まえつつその縮減を図り、できる限り早期にその全部を処分するものとする。
つまり、完全民営化について、具体的な期限を提示するのをやめました!
このように、政投銀の民営化については、株式会社化以降、いずれは完全民営化するという基本方針については一貫しているものの、リーマンショック、東日本大震災、それに続く不景気という予想外の事象によって完全民営化がずるずると遅れており、現在は具体的な目処が立っていないという状態といえます。
ドラマの開投銀については、明確に完全民営化の道筋がついたようですので、リーマンショックや東日本大震災が起こらなかった世界線なのか?いずれにせよ、モデルとされる政投銀とは異なるIfの世界であるといえるでしょう。
第4 完全民営化すれば政府の呪縛から逃れられるということの意味
最後に、完全民営化(政府保有株式の処分)すれば政府の呪縛から逃れられるという点について。
完全民営化(政府保有株式の処分)すれば、自明ですが、会社法上の株主としての支配は及びません。
また、株式会社日本政策投資銀行法附則3条によれば、
(この法律の廃止その他の措置)
第三条 政府は、政府保有株式の全部を処分したときは、直ちにこの法律を廃止するための措置並びに会社の業務及び機能並びに権利及び義務を会社の有する投融資機能に相応する機能の担い手として構築される組織に円滑に承継させるために必要な措置を講ずるものとする。
とされていますので、株式会社日本政策投資銀行法という特別法による規律からも逃れることができるといえます。
実際、完全民営化の基本方針が決まった2007年の株式会社日本政策投資銀行法制定時の国会での議論においても、完全民営化に反対する議員の立場から、以下のような質問がされていました。
今も、JAL向け融資など、政投銀が行うには疑問と思わざるを得ない問題、課題もございます。完全民営化後は、こうした問題に対して国会のチェックも全くきかなくなることも、この反対理由の一つであります。
こういう質問があるくらいですから、実態としても、完全民営化までは政府の支配が及んでおり、逆に完全民営化によってその呪縛から逃れられるというのは、概ねそのとおりと言えるでしょう。
もちろん、同じ質問の中で、
(政策投資銀行が担ってきた)大型で、かつ多額の資金を要することから、長期、固定、そして低利の資金を前提に(する)事業…に対しては、(完全民営化後は)別途新たに補助金や利子補給の形で、法的な措置を含め手当てする
ことが指摘されているように、完全民営化したとしても、政投銀(開投銀)が公益性の高い事業への融資を続けていくためには、政府からの補助金や利子補給(借入人が支払う利子の一定割合を国が支払うという制度)に頼らざるを得ない面は出てくるでしょう。その意味で、完全に政府からの影響力がなくなるとは思えません。
しかし、少なくとも、事業計画、定款変更、代表取締役等の選解任権の決議等や、具体的な業務内容の義務付けといった会社のガバナンスに関わる事項について、政府が直接的な法的権限を行使して支配することが無くなるのは確かです。
開投銀谷川が上層部(選解任権が財務大臣によって握られている)を含めて行内をまとめることができたのも、こうしたガバナンスへの影響力がなくなる目処が立ったからといえるでしょう。
さて、今回はあまりネタがなく、小ネタ的な内容となりましたが、いかがだったでしょうか。ついにあと3話となった「半沢直樹2」。債権放棄の拒絶に成功した半沢等ですが、政府がそれで引き下がるとも思えず、今後ラスボス(幹事長)との戦いが控えていることでしょう。クライマックスに向け、ますます楽しみです。今回も長文をお読みいただきありがとうございました。