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弁護士が気ままに「半沢直樹2」を語る(第6話) 〜徹底解説!業務改善命令〜

「銀行の底力を見せつけて自分達の傲慢さを思い知らせてやる。やられたらやり返す。倍返しだ!」

ついに東京中央銀行に行政処分が下ってしまった第6話。「やられた」からにはやり返さずにはいられないということで、前作に引き続き「倍返し」の名言が飛び出しました。果たして半沢は政府案によらずに帝国航空を再建できるのか、盛り上がってまいりました。

さて、金融規制・金融取引を主な取扱い分野とする弁護士の視点から、ドラマを見ていて深堀りしたいと思った法的論点に対して気ままにコメントしている本シリーズ。今回は、金融庁から下された「業務改善命令」を中心に、チラッとだけ画面に写った命令書などを頼りに、掘り下げてみようと思います。

例によって、外野の弁護士の立場からの気ままな感想であり、実際に法律問題を抱えている方向けの記事ではない点、原作小説も未読である点、あらかじめご了承ください。

第1 まさかのツッコミ!「再生タスクフォース」の法的根拠

業務改善命令の前に、冒頭の半沢vsタスクフォースリーダー乃原弁護士のシーン。半沢から「あなた方タスクフォースの法的根拠は何ですか?」とまさかのツッコミが入りました。ドラマでは法的根拠まで踏み込まないと思っていたので驚きましたが、第5話の感想で検討しておいた甲斐がありました!まだご覧になっていない方は、是非第5話の感想もお読みください。

ところで、半沢のツッコミに対する乃原弁護士の反論が「国民の総意だよ!」というのは同じ弁護士としていただけませんね。結論としては、前回検討した通り、半沢の言うようにタスクフォースが銀行に強制的に債権放棄を迫る法的根拠はなかったわけで、その意味ではそもそも高圧的な態度に出た時点で乃原弁護士の分が悪い議論ではあります。しかし、それにしたって「国民の総意」というのは、法律用語としては、憲法1条「天皇…の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」ぐらいでしか普通お目にかからない言葉ですから、一見して法律の議論から逃げてるなという印象になってしまいます。

(ドラマとしては勢いが無くなりますが)もし真面目に答えるなら、「国土交通省設置法4条104号に基づき帝国航空に指導、助言等の権限を持っている国土交通大臣から委嘱を受けたのがタスクフォースだ!帝国航空とは別途うちのチームとの間で資産査定と再生計画立案に係る業務委託契約も締結している。俺たちが根拠もなく勝手に動いてるかのような物言いはやめてもらおうか。」とでも答えるべきでしたね。何にせよ銀行に対して債権放棄を命令できるような法的根拠がないということまでは言い繕えないのですが

第2 徹底解説!「業務改善命令」

さて、その場では乃原を論破した半沢ですが、タスクフォースや白井大臣の怒りを買ったことで、東京中央銀行に対して金融庁検査が入ることになります。

検査では、半沢の天敵の黒崎が再登場。これまでの帝国航空への与信判断の適切性が厳しく追及されます。結果として、過去の金融庁検査で東京中央銀行から金融庁に対して提出された帝国航空の再建案が改ざんされていたことが明らかとなり、ついに東京中央銀行に対して業務改善命令が下されるのでした。

(1)チラ見せ!業務改善「命令書」の中身は?

頭取に対して業務改善命令が手交された最後のシーン。業務改善「命令書」がチラッと写りましたね。その場で内容を確認できないほど一瞬でしたが、果たしてどこまで作り込まれていたのか気になった方もいらっしゃるかもしれません。

実際のシーンがこちら(第6話より(C)TBS)

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画質が荒いので、読み取れる範囲で書き起こすと以下のようになります。

金監2505号

命令書

東京都千代田区丸の内6−7−7
株式会社東京中央銀行
代表取締役 中野渡 謙 殿

貴行に対する当庁の検査及び聴聞において、次の事項が認められた。

(1) 貴行においては、債務者区分や償却・引当の判定等に重大な影響を与える重要な資料の改ざんが行われた。この行為は、検査に先立ち組織的に行われている。
(2) 上記資料の改ざんを前提に、個別債務者の業容や財務状況に関して、検査官に対して虚偽の説明が行われている。

これらの行為ないし検査対応により、検査における債務者区分や償却・引当の判定等に困難が生じる等の影響があった。

したがって、銀行法26条1項に基づき、別紙のとおり命ずる。

なお、この処分について訴訟により取消しを求めるときには、この処分があったことを知った日から6カ月以内に国を被告として行政事件訴訟法に基づく処分の取消しの訴えを提起することができる。

金融庁長官 宮坂 義則

あ、かなり「それっぽい」!というのが率直な感想です。印鑑の押方とか、行政処分に必ず入っている行政事件訴訟法に関する定型文言とかまで含めて、一時停止しないとわからないようなディテールにこだわる姿勢は流石だなと思いました。ディテールと言えば、東京中央銀行の住所が丸の内なのは、やはりモデルとされる赤い銀行を意識してのことでしょうね。丸の内に6丁目は無かった気がするので住所は架空と思われますが、「6−6−7」という数字にも何かマニアにしか分からない意味があるのでしょうか?

さて、次に、この命令書の具体的な中身について解説していきます!

(2)「債務者区分や償却・引当の判定」とは?

まず、そもそも金融庁が行ったのはどういう検査だったのでしょうか?ドラマでは、帝国航空への与信判断の適切性を検査するという言い方がなされていました。これは正式には、「資産査定管理態勢の確認検査」といいます。

この「資産査定管理の確認検査」について、金融庁が銀行に対して検査を行う際に利用していた「金融検査マニュアル」(下記第3で詳述する通り、現在はこのマニュアルは廃止されています。)によれば、以下のような説明がなされています。

資産査定とは、金融機関の保有する資産を個別に検討して、回収の危険性又は価値の毀損の危険性の度合いに従って区分することであり、預金者の預金などがどの程度安全確実な資産に見合っているか、言い換えれば、資産の不良化によりどの程度の危険にさらされているかを判定するものであり、金融機関自らが行う資産査定を自己査定という。
自己査定は、金融機関が信用リスクを管理するための手段であるとともに、適正な償却・引当を行うための準備作業である。
償却・引当とは、自己査定結果に基づき、貸倒等の実態を踏まえ債権等の将来の予想損失額等を適時かつ適正に見積ることである。

ここでいう「資産」は、主に借入人に対する貸付金返還請求権という債権を指しています。いわゆる不良債権問題への対応策として、銀行は、借入人の財務状況を適切に査定し、回収が危ぶまれるような債権については、そのリスクに応じてあらかじめ貸倒引当金を計上することが求められています。これにより、借入人の破綻によって連鎖的に銀行も破綻し、預金者の預金が危険にさらされるという最悪の事態を避けることが期待されています。こうした資産査定を銀行自らが行い、適切な償却・引当を行うという仕組みが正常に機能しているかどうかを、金融庁が厳しくチェックするわけですね。

そして、この「資産査定」を特に債権に対して行う際に出てくるのが、「債務者区分」です。

債務者区分とは、債務者の財務状況、資金繰り、収益力等により、返済の能力を判定して、その状況等により債務者を正常先、要注意先、破綻懸念先、実質破綻先及び破綻先に区分することをいう。

具体的な債務者区分がどのランクになるのかによって計上しなければならない貸倒引当金の額も変わり、すなわち当期の銀行の利益にも影響するわけです。

今回、帝国航空の再建案が実際より大胆なものに改ざん(赤字路線撤退15→20、人員削減3500人→5000人)されており、この具体的な経緯については第7話以降で斬り込んでいくのだと思いますが、業務改善命令書の中身を見る限り、この改ざんは帝国航空の債務者区分に影響を与える程度のもの(例えば、実際は「破綻懸念先」なのに、改ざんによって「要注意先」にとどまることになる等)だったと予想されます

(3)業務改善命令の具体的な理由は?「検査忌避」

命令書を見ると、上記のような改ざんと、それに基づき検査官に対して行われた虚偽の説明が業務改善命令の理由になっているようです。チラッと写った命令書には「別紙」があると書いてあり、この「別紙」まではドラマで写りませんでしたが、この文言を見る限り、「検査忌避」を理由とする業務改善命令だと見て間違いないでしょう。

検査忌避とは、銀行法第 63 条第 3 号及び第 64 条第 1 項第 2 号に基づき刑罰の対象にもなっている行為です。金融庁が行った検査は、具体的には銀行法25条1項に基づく立入検査ですが、この検査において、金融庁職員の質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をし、又は立入検査を拒み、妨げ、若しくは忌避すること検査忌避といいます。

資料を改ざんして、それに基づき検査官に対して虚偽の説明を行う行為は、まさにこの検査忌避に該当するわけですね。

(4)実は元ネタがある?

ところで、この命令書の具体的な理由が検査忌避であると言える理由は、実はこの業務改善命令の文言と非常に良く似た処分が過去に行われているからです。

それが、現在の赤い銀行の前身である株式会社ユーエフジェイ銀行に対する行政処分です。

当該行政処分時の業務改善命令書の別紙(上記リンクは金融庁HPで公開されているものです。)に、今回チラッと写った命令書の一文と良く似た部分がありますので、下記引用します。

(2) 当行の大口先などに関し経営陣等が審査を行った際の議事録について、債務者企業の業容や財務状況に係る懸念が表明された部分等を削除するなど、多数の改ざん行為が行われた。これらの行為は、検査に先立ち、経営陣の関与の下、組織的に行われている。

また、検査官の特定債務者に係る資料要求に対し、関係資料のうち債務者区分の判定に重大な影響を及ぼす事実の記載を削除する改ざん行為が行われた。この行為も、経営陣の関与の下、組織的に行われている。

さらに、立入検査において、これら改ざん後の議事録等が真正なものとして検査官に提出された。

(3) 上記資料・データ等の隠蔽等を前提に、個別債務者の業容や財務状況に関して、検査官に対し虚偽の説明が行われている。

そっくりですね!なお、この時の検査忌避では、前作で行われたような「疎開資料」についても触れられていますので、興味のある方は上記リンク先をご覧ください。

おそらくこうした実例に基づいて作り込まれていることが、ディテールの細かさを支えているように思われます。

(5)今後どうなる?業務改善命令の中身

最後に、業務改善命令ですので、ドラマで写らなかった命令書「別紙」において、こういう風に業務を改善しなさいという具体的な命令が記載されていることになります。

ここも上記実例を踏まえて推測しますと、具体的な業務改善命令は、

(1) 適切な受検態勢を確立し、資料及びデータの隠蔽、資料の改ざん並びに虚偽説明等、検査にあたっての不適切な対応の再発防止を確保するため、以下の観点から業務運営及び内部管理態勢を確立・強化すること。

① 検査の効果的・効率的実施を確保するための検査対応業務の適正な管理
② 内部監査及び監査役監査の充実・強化
③ 関係する役職員の責任の所在の明確化

(2) 法令等遵守態勢を確立し、適正な業務運営を確保するため、以下の観点から、内部管理態勢を充実・強化すること。

① 法令等遵守に対する経営姿勢及び経営責任の明確化
② 本部における相互牽制機能強化による法令等遵守態勢の確立
③ 役職員の法令等遵守意識の向上

という感じになっていると思われます。

特に「③関係する役職員の責任の所在の明確化」との関係で、半沢が裏切り者の役員を見つけ出せないと、中野渡頭取の進退問題にも発展しそうですね(実際、前作は、大和田がそれを狙っていたのを半沢が止めたというストーリーでしたしね。)。

第3 変わる金融庁検査。規制庁から育成庁へ。

以上が、第6話の感想ですが、最後におまけとして実社会との絡みを。今回ドラマで描写されたような金融庁検査のあり方は、現在は大きく変わろうとしています

ドラマのように金融庁が銀行の大口債務者ごとに厳し〜く資産査定をチェックしていくという検査手法「重箱の隅をつつきがち」と評されていました。)は、かつて不良債権問題の処理が最優先課題であった2000年台前半までは有効なものでした

しかし、現在では幸いにも、多くの金融機関においては、不良債権問題での最低基準はおおむね充足されるようになっています。一方、人口減少や高齢化の進行、国内市場の縮小、世界的な低金利環境の持続、FinTech 等技術革新を通じた新たな競争の登場等により、金融機関の経営環境は厳しさを増しています。こうした新しい経営環境の下では特に、適切なリスクテイクを通じた収益性の確保なしには持続的な健全性を確保することはできません

そこで、金融庁の姿勢としても、「規制庁」として最低基準検証だけを行うのではなく「育成庁」として健全性についての将来を見据えた分析を行い、金融機関のビジネスモデルの持続可能性を検証する動的な監督に取り組んでいくものとされています。

噛み砕いて説明すると、金融機関が置かれている現代のビジネス環境では、もはや適切にリスクを取っていく経営をしないと収益を確保できなくなっている。ところが、金融庁が減点方式の検査を続けている限り、金融機関に対して可能な限りミスをしない(=リスクを取らない)経営方針をとるインセンティブを与えてしまう。そこで、金融庁としては、これまでのような細かいミスを探す規制的な検査ではなく、将来にわたって収益を確保できるビジネスモデルができているかどうか金融機関と共に考える育成的な検査をしていこうという流れができているわけですね。

こうしたパラダイムシフトの中で、重箱の隅をつつく検査の象徴とも言える「金融検査マニュアル」は、2019年12月18日に廃止されました。今後は半沢の世界のような金融庁検査が行われることもなくなっていくのかもしれませんね。


さて、今回も掘り下げ甲斐のある楽しい回でした。他にも、白井大臣が半沢の再建案を潰すために他社(スカイホープ)への新規路線認可を拒否するといった、明らかな裁量権逸脱行為(行政処分取消事由に当たりそう)があったりネタには尽きませんが、この流石にやり過ぎな描写は、政府を悪役にするための演出上のものでしょうから、深く突っ込まないことにします(笑)。そもそも東京中央銀行が検査忌避したことは間違いないので、それで業務改善命令が出ただけでブチギレしたら流石に視聴者も半沢に感情移入するのが難しくなってしまいますからね。

ついに敗北を喫した半沢の倍返しにますます目が離せません!長文をお読みいただきありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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