弁護士が気ままに「半沢直樹2」を語る(第5話) 〜タスクフォースの法的根拠は?〜
「わが東京中央銀行は、債権放棄を拒否いたします!」
新章突入の第5話。舞台は証券会社から銀行へと移り、帝国航空再建プロジェクトが半沢の手に託されました。
さて、金融規制・金融取引を主な取扱い分野とする弁護士の視点から、ドラマを見ていて深堀りしたいと思った法的論点に対して気ままにコメントしている本シリーズ。新章ということで、各当事者の関係など背景部分を整理できれば、半沢直樹の世界をより面白く堪能できるのではないかと思い、今回は「帝国航空再生タスクフォース」の位置付け等を中心に掘り下げてみようと思います。
例によって、外野の弁護士の立場からの気ままな感想であり、実際に法律問題を抱えている方向けの記事ではない点、原作小説も未読である点、あらかじめご了承ください。
第1 そもそもなぜ国が口を出す?「帝国航空再生タスクフォース」の法的根拠について
新章は、新たに国土交通大臣に就任した白井が会見で帝国航空の大胆な改革を華々しく提案したところから始まりました。彼女によれば、弁護士の乃原をリーダーとした直属の再建チーム「帝国航空再生タスクフォース」を立ち上げ、帝国航空に債権を保有しているそれぞれの銀行に、一律7割の債権放棄を行わせることを検討しているとのことです。
ここで多くの方が疑問を抱いたと思われる点。
そもそも、どうして国がイチ民間企業の再建について口を出してくるのか?
「再生タスクフォース」は何の法的権限があって動いているのか?
というところかと思います。
法的なバックグラウンドについては当然ドラマでは細かい説明がありませんので、既にいろんなところで話題になっているように、今回の新章は日本航空(JAL)の再建がモデルであるという点を手掛かりにして考察してみたいと思います。
JALの再建でも、当時の前原国交相が「JAL再生タスクフォース」というものを立ち上げ、事業再生の専門家が派遣されました。当時のプレスリリースによれば、その設置趣旨は、
日本航空の自主的な再建を確実に実現することを目的として、専門家集団に
より構成されるタスクフォースを設置し、その積極的な指導・助言のもと、日本航空の実態を厳しく客観的に把握し、従来のしがらみから自由で、抜本的な再生計画の迅速な策定と実行を主導することが望ましいと判断した。
となっています。しかしながら、ここでもタスクフォースの法定な位置付けに関する記載としては「国土交通大臣直轄の顧問団」というものしかなく、どういう根拠で設置されているのか明確ではありません。皆さんの中には、「JAL再生タスクフォース」には法的根拠が無かった!?、というコメントを見聞きしたことがある方もいるかもしれませんが、それはこのような曖昧さに起因しています。
実際に、この点は当時の国会でも議論されていまして、タスクフォースの法的根拠に関する政府の公式見解としては、そのやりとりを見るのがもっとも正確でしょう。
それによると、第173回国会「JAL再生タスクフォースに関する再質問主意書」におきまして、
そもそもJAL再生タスクフォースは、何の法律に基づいて日本航空の資産査定と再生計画を行ったのか。
というズバリの質問がされており、これに対する当時の鳩山首相の答弁書に示された政府見解は、
国土交通省は、国土交通省設置法(平成十一年法律第百号)第四条第百四号の規定に基づき、航空運送及び航空に関する事業の発達、改善及び調整に関する事務を所掌しており、当該所掌事務の範囲内において、株式会社日本航空(以下「日本航空」という。)による事業再生計画案の策定に関し、日本航空に対して指導、助言等を行うことが可能である。
JAL再生タスクフォース(以下「タスクフォース」という。)は、国土交通大臣が日本航空に対して当該指導、助言等を行うために必要な事項について、国土交通大臣に対し助言を行うこと及びそのために必要な調査等の事務を行うことを目的として設置したものであり、その活動のために必要な専門的な知識及び経験を有する専門家を委員として委嘱したものである。
また、タスクフォースは、先に述べた目的のために日本航空による資産の査定及び事業再生計画案の策定(以下「資産査定等」という。)に関与したものであり、当該事業再生計画案は日本航空が策定したものである。
となっています。これを解説しますと、
①国(国交省)は、規制業種である航空会社に対して監督官庁の立場から指導、助言等を行う権限があること(国土交通省設置法4条104号)、
②当該指導、助言等を行うために、専門的な知識及び経験を有する専門家を、国(国交省)が、委員として委嘱したのがタスクフォースであること、
③国(国交省)は指導、助言等を行ったが、事業再生計画案を策定したのはあくまで日本航空自身であること、の3点がポイントとなります。
①と②から分かる通り、国(国交省)とJALとの間には、監督官庁と規制業者という関係がありますが、タスクフォースとJALの間には直接の関係はなく、あくまでタスクフォースは国(国交省)を知識面でサポートするだけという位置付けです。そして、③がキモですが、このようにタスクフォースはJALに対して直接何かを強制する権限はなく、国(国交省)の権限もあくまで監督官庁として指導、助言という一般的な権限にとどまっているので、法的な強制力をもって国(国交省)(から委嘱を受けた再生タスクフォース)が事業再生計画を策定してJALに採用させたわけではなく、あくまで国(国交省)の指導、助言を参考にしてJAL自らが事業再生計画を策定したのである、という説明なのです。
したがいまして、「そもそも、どうして国がイチ民間企業の再建について口を出してくるのか?」という疑問については、
航空会社という規制業種である以上、監督官庁として国(国交省)が一般的な指導、助言等の権限をもっているから
という答えとなり、「『再生タスクフォース』は何の法的権限があって動いているのか?」という疑問については、
国(国交省)から委嘱を受けて、その一般的な指導、助言等の権限行使を知識面でサポートをしているだけであり、法律の特定の条項に基づいて設置された組織というわけでもないし、JAL(作中では帝国航空)に対して何らかの法的権限を行使しているわけでもない。JAL(帝国航空)がタスクフォースに協力しているのは、あくまでJAL(帝国航空)が自主的に応じているものであり、法律的に義務付けられているものでもない。
という答えとなります。
「JAL再生タスクフォース」には法的根拠が無かったという言説については、具体的な根拠法が無かったという意味だとすれば、その通りですが、法的根拠がない違法なものだったという意味だとすれば、やや不正確です。
正確には、JALに対して法的権限を行使しない、したがって国(国交省)の一般的な指導、助言等の権限(国土交通省設置法4条104号)以外に法的根拠を必要としないような(逆に言えばその程度の)機関だったといえるでしょう。
もちろん、公的資金による救済がありうることを考えると、当時のJALとして国(国交省)(から委嘱を受けた再生タスクフォース)の言うことを聞かないという選択肢は取りづらく、事実上の強制力があったじゃないかということに関する批判はあるとは思います。また、関連して、「再生タスクフォース」は法的根拠がなかったので、その活動にかかった費用の10億円は国費では賄われずJALが支払ったという話もありますが、厳密には、政府の「再生タスクフォース」の委員(5名)に対する委嘱自体は無報酬で行われており、ただ、「再生タスクフォース」が活動するにあたり、実働部隊の確保のため、「再生タスクフォース」の委員が所属又は関係するコンサル事務所や法律事務所等とJALとの間で業務委託契約が別途締結されており、その報酬が10億円だったというものです。JALが自分で業務委託した報酬を自分で払っているだけなので、政府は関係ないという「建前」が立っているわけですね(ひどい話ですが(笑))。当然、JAL側からは、契約を拒否できる状況じゃなかったので無理やり払わされたに等しいという恨み節があるのはごもっともだと思います…。
第2 債権放棄とは?帝国航空や東京中央銀行は従わないといけないの?
このように見ていくと、帝国航空再生タスクフォースが主張する債権放棄について、帝国航空や東京中央銀行が従う義務があるのかという点も自ずと答えが出ます。
前提として、まず債権放棄というのは、
銀行等の債権者(=東京中央銀行)が、債務者(=帝国航空)に対して持っている貸金返還請求権等の債権の全部又は一部を、自主的に放棄すること
をいいます。
これは法律で決まっている手続きではなく、あくまで私人間の契約との関係で、債権者が任意で行うものです。なぜそんな自ら損になることをやるのか?というと、もし債権放棄をせずに債務者が破綻してしまい法的な倒産処理が行われてしまうと、債権放棄する以上に損をする可能性があるからです。
すなわち、法的な倒産処理においては、その時点で事業を畳んで財産を売っ払ってしまう清算型の手続きはもちろん、事業を継続する再生型の手続きであっても企業の信用や企業価値に与えるダメージが大きいため収益は悪化し、自力で再生してお金を返済していく場合よりも回収できる金額が極めて少なくなるのが通常です。なので、債権放棄して自力の再生をサポートした方がまだマシというわけですね。このように、銀行団と債務者との間で再建プランを合意して債権放棄を行うことを、法的な倒産処理と対比して、私的整理といいます。
ただ、繰り返しになりますが、あくまでそういった損得勘定のもと、任意で行うのが債権放棄ですので、銀行としては、債務者から要請されたからといって応じる義務があるわけではありません。ましてや、上記でみたような「再生タスクフォース」が主張したからといって応じる義務もありません。政治的な圧力は大いにかかりますが。
この点は、JAL再建の時も同様でして、当時の前原国交相の記者会見での質疑応答でも以下のようなやりとりがされています。
(問)JALの件で一つ基本的なことを。タスクフォースで出て来たプランというのを、JALに実行させる権限というか根拠というのはどこにあるのでしょうか。
(答)それについてはよく聞かれるんですが、強制をした訳ではありません。私がタスクフォースを作って、そしてこれを日航さんに受け入れてもらえますかというお願いをして、日航自らがそれについては受け入れるという判断をされて、そしてタスクフォースが中に入って、今の自主再建計画をまとめていただいていると、DD(デューディリジェンス)をして頂いているということだと思います。
(問)ということは、日航はどんな案が出て来ても呑むという理解でよろしいのでしょうか。
(答)そこは今まさにタスクフォースと日航さんの間での議論になると思いますし、実は昨日五名のタスクフォースのメンバーとはお会いをいたしまして、進捗状況についての話を伺いましたら、日航さん、それからメガバンク三行、政投銀等含めて、極めて協力的にやって頂いていますという報告を受けたところであります。
このやりとりからも、再生タスクフォースの提案には法的な強制力がなく、あくまで関係当事者の任意の協力が前提だったことがうかがえると思います。
ところで、この記者会見では「日航さん、それからメガバンク三行、政投銀等含めて、極めて協力的にやって頂いています」と言っているものの、実際は、ドラマと同様、再生タスクフォースのやり方に対して銀行団からの反発も強く、最終的にJALの再建は、再生タスクフォースの手を離れ、株式会社企業再生支援機構が主導していくことになるのですが、このあたりをどこまで詳しく触れる必要があるかは今後のドラマの展開次第ですね。
さて、第5話は他にも論じられそうなネタ(メールの発信者情報を勝手に半沢に開示したSpiralの電気通信事業法違反、個人情報保護法違反とか)がありましたが、とりあえずはこのあたりで。
国家権力に対して、半沢がどう立ち向かっていくのか?また、実際のJAL再建とはどう異なるストーリーが繰り広げられていくのか?今後の展開に目が離せませんね!長文をお読みいただきありがとうございました。