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取り敢えず「否定」より「肯定」

こんばんは。
国産米粉のパン工房 ジョインズハウスの安田です。

以下は、かなり過激と思われる内容かもしれないし、
うちの場合に限るのかもしれないけど、
書いておこうと思う。

あるとき、24歳年上の夫が言う。
「俺なんか、あんたに拾われてなかったら
今頃、どっかの施設にいてよけいなこと言う
おやじだって嫌われてるんだろうなぁ。」

(拾ってないし。
施設に入ると嫌われるという保証もないでしょう)
と思うけど
そーだね!」と明るく言う。

すると。
納得したように、お昼寝するのだ。

またあるとき。
自分のあたまが廻らなくなり、
からだも思うようにさっさと動かせなくなった時、
「…もうすぐだから。あとちょっと面倒みてくれよ」

(いや、そういう事を言う人に限って長生きするんだよなぁ。)
と思うけど、
「そーだね!」と明るく言う。

またまたあるとき。
サロンにした元売り場でPCに向かっている私のところに来て
「そっち(工房)でなんかしてんのかい?」
「パン作ってて今日はもう終わったよ」
「そうかい、俺、なんにもしてないよな」
「うん、今は一緒に作ってないけど、使った道具類
洗ってくれたんだよ。」
「そーかい。」

本人、ついさっき自分がしたことさえ忘れちゃっているので、
言ったことも覚えてはいない筈。
だから、こっちが否定して正論を言ったところで
なんのこっちゃ。だと思うのだ。多分。

だったら、取り敢えず肯定する。
そのうえで、「そーかい。」と気分良くなる
エピソードを言った方が、こちらも気がラク。

あげればキリはないが、
その現象、事実は同じでも
それをどう捉えるかはその人次第。
我が家onlyの規則だって、なんだって、
毎日を明るく過ごすことができたほうが
ずっといい。

昨日、ご飯を食べていて、ふと思ったことがある。

お父さん、美味しい?
と聞くと
「うまいよ」と言う。

あのね、おいしい。って感じて食べられるってこと、
元気だからなんだよ。
具合が悪かったらどんなに美味しいものでも
食べたくないし、味も感じられない。
そもそも、食べられること自体、エネルギー使うんだから。
食べ物を噛む歯や、胃、腸に感謝しなくちゃね。

と、かなり長く一気に言ったのに
「そーだよなぁ。」と理解してくれてた!

本気で言ったことは響くんだ。

よく、相手が言ったことに対して、
否定せず、しかし肯定もしない、
「そーなんですね」という言葉は
あまり好きではない。

そう言っておけば丸く収まるというか、
文句はいわれないからな。
なんて意地悪かしらね。

でもね。
認知症になると、もしかしたら
そういった本質を見抜いているかもしれない。

バリバリ稼ぎ、ウィットに富んだ会話をしていた
かつての幸助さんを知っているからこそ、
現在の不甲斐なさに嘆き、不安になるのもわかる。

24も年下だけど、今ではおかーさんみたいだよ。
ま、それもいいよね。

今日も呑気な姫様。

☆彡 HP 1年ぶりに更新しました。





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