居られなかった喫茶店、宇宙ブレンドの仮想コーヒー
マスクを外すと、熱くて苦い匂いがした
リアルワールド:某所
コーヒーが置かれる。外ではもはやこういうとき位しか外せなくなった現代の新たな下着、マスクを外す。コーヒー特有のにおいが漂う。
私は喫茶店にいる。
一息つくためにはいったのだが、なんだかそわそわしてしている。
店内はモダンで、おそらく個人経営の小さな喫茶店。多分「今一番行きたい町!吉祥寺!」みたいな、私にはこれまでもこれからも無縁であろう雑誌とかでは取り上げられたこともあるかもしれないタイプの「おしゃれ」で「居心地がいい」喫茶店だ。
コーヒーに口をつける。流石においしい。カップを置き、周りをちらりと見まわす。ヒトがいる。窓の外をみる。やっぱり、もっと多くのヒトがいる。
そういえば久しぶりだな、この感覚。
いつもなら、お互いがフレンドであることを示す、黄色のネームプレートを出したヒトたちと一緒にいるけれども、そういえばこの空間にいる誰とも、接続していないんだった。
それを自覚すると、こういう喫茶店には憧れがあったはずなのに、さらにそわそわする。急に孤独感がやってきた気がして。
昔、夢見ていたことがあった。おじいさんが一人でマスターをやっているような小さくて古い喫茶店で、陽の当たる休日に、コーヒーや紅茶を飲みながらお気に入りの小説を読む。そういう「カッコよさ」にあこがれを持っていたのだが。
今それに近いこの喫茶店で、私は本もなく、必死にスマホを眺めていた。
なんだかコーヒーの苦みが増したような気がして、結局そそくさと退散してしまった。
夜。
そろそろバーチャルにダイブしよう。そう思って準備をしながら新着ワールドや人気ワールドをチェックしていたら「喫茶店」と名の付くワールドを発見した。
昼間のことが頭をよぎる。
うーん、つまり、リベンジということだな?
なにがどうリベンジなのかは自分自身でもわからないが、リベンジしよう。そうだ、折角なら自宅にある機械を久々に動かして、改めてコーヒーを飲もうじゃないか。そう思って、いそいそと準備を始める。
実は私は昔、コーヒーにハマっていたことがあり、未だに豆やら挽く機械やらを持っているのだ。
・・・まぁ、あまり使ってはいないのだが。
豆を挽きながらつらつらと昼間、退散してしまった喫茶店を思い返す。
今淹れるコーヒーは、もう少し苦くないように、と思う。
折角なので、布のフィルターまで出して本格的にお湯を注ぐ。うん、腕は多少は落ちているが、まぁ飲めないことはないだろう。
ぷかぷかと浮かぶ泡とお湯と、それから豆の具合を見続けていた。トポトポトポ、という音が響く。
「よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」そうだが、あいにくと無糖派の私は愛のないコーヒーを淹れ終え、バーチャルにダイブした。
バーチャル:流星と桜の降る喫茶店 Cafe Charlotte ~ Meteor shower and Cherry blossoms
バーチャルのコーヒーからは、宇宙の匂いがする
リベンジに選んだのは、宇宙のなかにポツンとある喫茶店。
喫茶店とはいえ、自分以外だれも入れないように設定してあるから、ウエイターやウエイトレスはおろか、マスターもいない。
室内席も悪くないけれども、屋上席に座り、仮想の星々を眺めながら、リアルワールドでこぼしてしまわないように、ゆっくりとコーヒーを飲むことにした。
『こちら、ご注文のバーチャルコーヒー、宇宙ブレンドでございます。』
『ありがとう。いやぁ、ここは初めてきたけれども、なかなかいい場所ですね。』
『お褒めにあずかり光栄でございます。脱リアルしてから始めた店で、まだまだ駆け出してございますけれど。』
仮想のなかで、架空のマスターとのそんな会話を妄想してしまう。
143.8メガバイトの宇宙のなかでひとり、コーヒーをゆっくりと飲む。
まわりに誰もいないことが、孤独であることが、今ここではかえって居心地よく感じている。
「万有引力とは ひき合う孤独の力である」らしいけれども、疑似的な二十億光年の孤独のなかで、それをなんとなく理解した。ひとりの孤独とひとりの孤独が繋がって、新しい形を創りあげていくのかな、まさしくインターネットを表す『スパイダーウェブ』そのもののように。
心の中の中学生がそんなことを言い始めたので、表情のアニメ―ションは変わらないまま、赤面した。
詩と違って、くしゃみはしなかった。
リアルワールド:居宅
カップを片付けようと思い、一度リアルワールドに帰還する。ちょっとだけ残っていたコーヒーをグイッと飲み、用具を洗うと、微妙な違和感を覚えた。
なんだろうか。
時計をみる。
『AM2:00』
しまった。こんな時間にカフェインをとったらもう眠れないじゃないか。
それに私には駆けていくべき踏切も、担いでいくべき望遠鏡もない。2分後に遅れてやってくるキミもいない。
どうしよう。
いや、そうだな。
あと2分したら、バーチャルにダイブし、夜更かしするキミ「たち」に、遅れて会いに行こうじゃないか。
二十億光年の孤独を突き破って。