Vtuber底辺論~Vtuberの激烈なアンチくんたちは悪魔である~
はじめに
アンチはたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせを砕くので、だれも彼を押えつけることができなかったからである。
そして、夜昼たえまなくインターネットで叫びつづけて、罵詈雑言で人のからだを傷つけていた。
ところが、この人が警告の御手紙を遠くから見て、走り寄って拝し、
大声で叫んで言った、「裁判所風情が、あなたはわたしとなんの係わりがあるのです。神に誓ってお願いします。どうぞ、わたしを苦しめないでください」。
それは、警告の御手紙が、「けがれたアンチよ、これから名誉毀損の裁判だ」と言われたからである。
また彼に、「なんという名前か」と尋ねられると、「レギオンと言います。大ぜいなのですから」と答えた。(アンチによる福音書 第100000000章10000000000000節から10000000000018節)
1、「悪魔」は軍団を形成してやってくる
私はnoteの#vtuberで検索をかけ、細かいスパンで新着をチェックするという、通称「地獄めぐり」を習慣としている。というのも、いわゆる炎上案件や「お気持ち」を見るのが好きで、そういう文章から滲む「心」みたいなものが大好きだからだ。
しかしまぁ最近の更新の無さよ。以前はあれほど出て来たお気持ちも殆ど出ず、誰も読んでないような個人底辺Vtuberのよくわからないnoteばかり引っ掛かる始末。
ちなみに誰も読んでないような個人底辺Vtuberのよくわからないnoteっていうのは
このnoteの自虐というだけではなくて
一行ごとにこうやって段落を変えたり
毒にも薬にもならない感想を書いたり
自分のdiscordサーバーの宣伝をするnoteのことだ。
というわけで更なる「地獄」の深層に足を踏み入れることにした。そう、アンチスレや「好き嫌い.com」だ。
「悪意や悪夢を食べる獏」とまで言われた私も、流石に「表」の住民だったらしく、ウラインターネットでは圧倒されることが多かった。特に、その「悪意」の総量には圧倒された。よくもまぁここまで一人の人や組織を粘着して叩けるものだなと感心すらした。
こうして地獄の深層に潜っているうちに、彼ら住民はもしかしたら「悪魔」なんじゃないかと思うようになった。なかでも、中東の方の大工の息子が始めた、十字を戴く人々の聖典に出てくるある悪魔ではないか、と。
私が思いだした悪魔の名は「レギオン」。ラテン語で「軍団」を意味するその名の通り、一人の男に「大勢」の悪魔がとりついていたという話がある。とりつかれた男は奇行に奔り、自らの体を傷つけ、捕縛されていたが、大工の息子がそのレギオンを追い払い、男は正気を取り戻したのだ。
なぜアンチスレを覗いてそう思ったか。「レギオン」は大勢である。しかし本質的に声は聞こえず見えもしない。ただ被害者である取りつかれた男の奇行は明らかにレギオンにより引き起こされていて、明確な描写こそないけれども、取りつかれた男にだけは「レギオン」の声を聴くことができたのだろう。
アンチスレや悪意の闇鍋のような好き嫌い.comの中では、匿名性に乗っかってひたすらに恨みが、悪意が、妬みが、ひがみが日々、いや数分おきに更新されている。匿名性ゆえに目には見えないが確実に声だけは発している多数の「レギオン」がそこにはいる。
そして、その「レギオン」の声に耳を傾けてしまったか、あるいはそれを感じ取ってしまった人は、その多くは新たな「レギオン」としてそこに定着する。しかし時々取りつかれてしまう人が出現する。そして彼はアンチスレなどから地上に舞上り、配信の荒らし、Twitter上での誹謗中傷や殺害予告、悪質な動画投稿、ストーカーその他諸々の凶行を働く。そして、彼が捕まったとしても「レギオン」は素知らぬ顔で悪意を煮詰め続けているのだ。
人の意識を書き換え、思いもよらない行動を取らせる「大勢」の声と意思。これを悪魔と言わずしてなんというのか。
2、地獄では悪意が煮詰められる
世間では「エコーチェンバー現象」というらしいが、そんな高尚なものではない。「大鍋で煮込んだ悪意」とかの方が正しい、ことアンチスレを代表とする「地獄」においては。
これまで観察していて面白かった現象は、「推測が事実になってゆく」その過程だった。
例えば、誰かがコラボ配信でスベったとしよう。最初に「●●はコラボでスベってたわ」と誰かが書き込む。すると「またスベったのかよくコラボにでてこれるなアイツこの前もリアクション悪かったじゃん」みたいな書き込みがなされ「ありゃあコラボされるものたまったもんじゃないよな」となり「コラボだって裏では断られてるんじゃないの?だって最近✕✕と全然コラボしないじゃん。流石に縁切られたんでしょ」ときて最後に「●●は嫌われていてコラボに誘われない癖に無駄に絡みにいって箱内で嫌われてるんだよね」とさも確定事項みたいに語られるようになっていった。
あと面白かった事象は「キャッカンテキ指標」を使った叩き合いだ。平たく言うと同接数マウントバトラー、私が以前noteでいったところの「ムシキング」なんだが。
このタイプのバトラーは、数字というキャッカンテキな指標を提示することで、さも正当性があるように見せかけているというズルさがある。が、同接1000人のVtuberと10000人のVtuberがいて、後者は前者の10倍面白く価値があるのだろうか?勿論そんなことはない。面白さや楽しさの価値は数字ではでないからだ。いや、確かに案件を依頼しようとする業者や当人たちは気にすることもあるだろうが、間違いなくリスナー風情が気にすることではないはずだ。だが、そんなことは構わず彼らは数字を使ってバトルを行う。あまりにも日常的に数字を用いた闘争が行われているので、それが「普通」のことなのだと錯覚してしまう。
例を挙げればきりがないので2例の止めるが、アンチスレなどでは毎分こうして悪意を大鍋で煮詰める作業がくりかえされているため、敵対心や悪意が増幅されやすい。少しでもミスがあればあっという間に無能として扱われ、無能として扱われるからなんでもないことも無能の証拠だとあげつらわれる。少しでも数字が増減すればそれをダシに叩き合う。
「レギオン」はこうやって悪意を増幅させてそこかしこに住んでいる。そして、煮詰められた悪意によって思考回路が不可逆的に破壊され、これに影響されてしまった哀れな誰かが弁護士からの御手紙が来るような、いわゆる「ライン超え」の書き込みやアンチ活動を行ってしまうのだろう。こ
そう、正に取りつかれた人と、とりついた悪魔のような関係である。
3、我々の意志の力を試す「悪魔」
ただ、これだけのことを言っていると「まぁ、そんなもんだよ」で済みそうなのだが、あえて「悪魔」というのには理由がもう一つある。それは、こうした言動は、究極的には我々の理性に一つの挑戦を仕掛けてきているからだ。
十字の人々にとっての悪魔とは、単に絶対悪を示すのではない。人間を誘惑し、悪の道に踏み入れさせることでこの世で「善」なる人間など存在しないということを示そうとする、誘惑者であるのだ。
では我々は何を誘惑されているか。それは、自分たちが「レギオン」に加わってしまうことである。わかりやすく言えば、自分の推し以外にアンチ活動を行いたい、自分の推しのすばらしさを強調するために他の人を貶めたいという欲望を、それを解放せよという誘惑を受けているのである。
どういうことか。
質の悪いことに、「レギオン」は自分たちが歓迎されない存在であることを理解している。だから「表では言わないけどアンスレだから言うわ」「アンスレの内容を外に持ち出すなよw」と書き込みがあったりするし、それが暗黙の了解・・・というより常識にさえなっている節がある。
これは、非常に恐ろしいことだとは思わないだろうか?
なぜなら「表ではいわないけど」ということは、「レギオン」一人一人は、おそらくHNを決めたアカウントを持ち、配信や動画を見て、Twitterなどでは「楽しく」仲間内の交流を行っているわけだ。
それと同一人物が「レギオン」として地獄のアンチスレや好き嫌い.comで暴言を吐き、数字で煽り、捏造と悪意を煮詰め続けているのだ。それは、私のフォロワーかもしれないしあなたのフォロワーかもしれないし、私かもしれないしあなたかもしれない。
さっき推しの配信告知ツイートに「了解ッス!楽しみですね!」とかいってたヤツがアンチスレでは違うVtuberのことを「マジつまんねぇ。コラボに出てくんなゴミ。地蔵か?しゃべるな引退しろカス」とか書き込んでいるかもしれないのだ。
「表」と「裏」の両方に住んでいる人たちは、多分想像以上に多い。暗黙の了解で「表」ではそんなところは知らないということになっているが、実際はそうではないだろう。
そんな環境で、あくまで「裏」は「裏」として抑えきれるのか?
「表」に出てきてしまうんじゃないのか?
気に入らない相手を「表」で公然と糾弾して賛同者を集めたくはならないか?
自分が好きなものの優位性を示すために誰かを攻撃したくはならないのか?
嫌いな人がミスをやらかした時に、大手を振ってその人を攻撃して気持ちよくなりたくないのか?
心の中に誰でも悪魔を飼っている。
「表」と「裏」ですみわけがされているようでも、その実増幅する悪意を心に秘めて推しを応援している。実はVtuberリスナーとアンチの間にはサガミオリジナルもびっくりするくらいの薄皮1枚しか隔たりはないのだ。
Vtuberのリスナーは、おのれの内に潜む悪魔と、このインターネットの最底辺に集う「レギオン」に囲まれて、それでもその誘惑に勝ち続けないといけない、そんな聖者のようなふるまいを求められている。
おわりに
この記事、最初に言われるのは「じゃあお前がアンスレ行くのやめろよ」というド正論だと思う。それは、そう。
しかしね、そういうところでしか接種できない栄養素がある…という冗談はおいておいても、そういうところにあるドロドロした感情の本音をみておきたい、それがおそらく私自身の中にいる「悪魔」を押さえつけるのにも役立つはずだから、という考えがあったりする。
それに、そういう場所での動向を探っておくと、炎上に関しても耐性が得られる。というのも、大体「表」で炎上する前に、アンチスレやら好き嫌い.comやらでは着々と憎悪が積み上げられており、あるミスや失言などをきっかけにそれが噴き出てくる形で炎上に至ることが多いからだ。あらかじめ積みあがる憎悪を見ておけば、いざTwitterで炎上事件を目にした時も「あぁ、今回はこのパターンで燃やすつもりなんだフーーーン」とやり過ごすことができる。
というわけで、私はそういう地獄へ通うことをやめません。これを読んでいる皆さんにはお勧めしません。「レギオン」に勝てると思う強固な意志を持つ人ほど姫騎士並みに堕ちるのが早いのでやっぱりおすすめしません。
悪魔は正しきリスナーに願って言った、「わたしどもを、豚箱にはいらせてください。その中へ送ってください」。
正しきリスナーも警察も裁判所もお許しになったので、けがれた悪魔どもは出でて行いって、豚箱の中なかへはいり込こんだ。(アンチによる福音書 第100000000章10000000000019節から10000000000025節)