HKスラップの自由研究

はじめに

1966年にデビューしてからと言うものの、未だに軍や警察で使われている短機関銃としての地位を確固たるものにしているヘッケラー&コッホ社(以下H&K)のMP5は、同社の代表的な製品であるG3小銃譲りの特徴的な作動方式で、当時の短機関銃としては高い命中精度を誇ったのは皆さんご存知のとおりですが、MP5を特徴づけるその作動方式こそローラー遅延ブローバック方式。ローラーを利用して複座バネの力を増幅し、ボルトにかかる腔圧に抗う力を得、弾が銃口から外に出て腔圧が安全な圧力に下がるまでの時間を稼ぐというものです。H&Kはこれを「ローラーロッキング」と呼称していますが、別段薬室を閉鎖(ロック)しているわけではないので一般的にそう呼ばれることはあまりありませんが、まぁそれはそれとして。

HKスラップとは

そのローラー遅延ブローバックに関して、MP5およびその作動方式の原型を持つG3小銃でよく用いられる操作法が俗に「HKスラップ」と呼ばれるもので、コッキング・レバーを、レバーが動く溝の後端に設けられた切欠きにはめ込んでボルトを後退状態で保持し、弾倉を交換した後コッキング・レバーを平手で叩く(スラップ)ようにして切り欠きから外し、ボルトを前進させるというものです。特徴的で見栄えがいいので映画やゲームなどでもよく見られる行為ですが、これに関して「ボルトが前進した状態で弾倉を装填するとローラー遅延機構を痛める」という記述をしているサイトを見ることがあります。どことは言わないけど。しかし私はこれに関してずっと疑問に思っていました。平均でも235MPaの腔圧がかかるボルトを押さえつける役割を担うローラーが、人力で弾倉を差し込んだ程度で痛むわけがないだろうという思い込みからそう思っていたのですが、疑問に思ったことは確かめておきたい。ということで探したら出てきましたMP5のユーザーマニュアル。ネットの海は広大ですね。では見ていきましょう。

弾倉交換の方法についての記述

まずは弾倉交換の方法について記した項を見ていきましょう。もしボルトが前進した状態で弾倉を交換すると銃が痛むというのなら、それに関しての注意喚起があるかもしれません。なお原文は英語で書かれているので、私が翻訳して引用することにします。

管理装填

A方式(武器が"装填されていない"状態で、コッキング・レバーが後端で保持されており、安全/切替レバーが"安全"位置にある)
射撃前に初弾を装填するために用いる。

  1. 常に指がトリガー・ガードの外にあり、武器が安全な方向に向けられていることを確実にせよ!

  2. 弾倉をマガジンウェルに確実に挿入する。弾倉が定位置にあり利用可能であることをよく確認する。

  3. 引き金を引かない側の平手で、コッキング・レバーをはたき切り欠きから外して一挙動で前進させる。装填が不完全となるため決してコッキング・レバーに手を添えて前進させてはならない!

管理再装填

B方式(武器のコッキング・レバーとボルト・グループが前進位置にある)
射撃が始まった状態で素早い再装填をするために用いられる。

  1. 常に指がトリガー・ガードの外にあり、武器が安全な方向に向けられていることを確実にせよ!

  2. 弾倉止めを押し、空もしくは弾の残る弾倉を取り外す。

  3. 弾倉をマガジンウェルに確実に挿入する。弾倉が定位置にあり利用可能であることをよく確認する。

  4. 引き金を引かない手で、コッキング・レバーを後端いっぱいまで引き、手を離す。装填が不完全となるため決してコッキングレバーに手を添えて前進させてはならない!

と、説明書には2通りの装填方法が記されています。ザックリ読んだ限りではこの他に装填方法やその際の注意について記された項はなく、「動作機構を損傷する(可能性)」についても特に記述はないようです。ボルトが前進した状態で弾倉を抜き差ししても、銃に損傷を与えることはないと考えてもいいでしょう。

ではボルトが前進した状態で弾倉を交換しても全く問題がないかというと、実はそういうわけでもないようです。MP5の30発弾倉は最大31発入れることができ、その状態では弾倉内部のバネが圧縮されきった状態で、これ以上押上板が下がる余地がないため、ボルトが前進した状態では弾が干渉し銃に装填できません。また、定数の30発を装填した状態ではバネの力が強くなりすぎ、なんとかして装填しようと力を入れて弾倉を挿入しようとすると、マガジンリップが変形し動作不良を起こす可能性が上がります。ボルトを後退させた状態で弾倉を挿入/交換したほうがいいのは確かなのでしょう。

ともあれ、ボルトが前進した状態で弾倉を挿入しても銃に損傷を与えることはない、あるいは無視できるほど軽微というのが私の結論です。

なぜスラップが必要なのか

ところで上に挙げた2種類の装填方法で、どちらも「コッキング・レバーに手を添えて前進させてはならない!」と書かれているのはなぜでしょう。説明書にも書いてあるように装填が不完全となるからなのですが、問題はなぜそうすると装填が不完全となるのか、という点です。
これについての答えのヒントも説明書に書いてありました。

いわく、MP5はその特徴的な設計により、弾倉が空になった状態でボルトを後端で止めておく機構はなく、またコッキング・レバーもボルト・グループを押し下げることはできるものの連動はしていないため、前進途中でボルト・グループが止まったとしてもそれをどうにかすることは出来ません。コッキング・レバーがボルト・グループに固定されているか、M16A2のようにボルト・フォワード・アシストがあるなら、コッキング・レバーかボルト・フォワード・アシストを押せばボルトを前進させて射撃可能な状態にすることも出来ますが、MP5では前進途中でボルトが止まったら直ちにどうにかできないため、バネの力で一挙にボルトを前進させきらないといけないのです。そのためにコッキング・レバーの溝の後端に切り欠きがあり、そこにコッキング・レバーを引っ掛けることができるようになっているのでしょう。

まとめ

HKスラップは必ずしも必要ではないが、装填の際には注意を要するというのが今回の自由研究の結論です。これを読んだ皆さんは臆することなく、安心してボルトが前進した状態でも弾倉を交換していきましょう――ただし、コッキング・レバーに手を添えたり、マガジンリップを変形させたりしないよう注意して。


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