文明的にレベルを上げて物理で殴る掃除の話 キッチン編

私は掃除や片づけと言ったものが苦手である。

苦手と言うよりは、むしろ嫌いと言ってしまってもいいのかもしれない。

理由は単純で「投入した労力に比して得られる成果が少ない」という点に尽きる。

とはいえそうも言ってられない状況というものは来るもので、汚れっぱなしは見た目が良くない以上に、その機械の機能を損なうものでもある。心理的に触りたくないというのも機械の機能を損なう要因だし、純粋にコンロの周りの油汚れに引火したり、汚れたシンクに発生したカビで健康を損なうことも考えられる。いくら嫌いでもいずれ掃除とは向き合わなくてはならないのだ。

しかし文化が進んだ今、いつまでも旧石器時代みたいに油で汚れたガスコンロの周りや荒れ放題になっているシンクを、遠くなる気を無理やり引き戻しつつ手を汚しながら無心にこすり続けて、利き腕その他の筋肉痛という代償を得つつようやく1/4だけ見られる状態にする必要もないはずだ。人類の文明の進歩はそのような前時代的単純作業から人類を解き放ち、今や紅茶片手にさっと手をかざせばあっという間に新品のようなコンロ台やシンクが目の前に現れる時代になっているに違いない。

1984年にマドンナが「マテリアル・ガール」で「私達は物質世界に住んでいるの」と歌ってから今年で35年、もはや世界は価格も質も様々なモノで溢れかえった物質世界を超えて、良質なものを広く普及させられる新たなマテリアル・ワールドを迎えていなければおかしいのだ。

そうして私は、可能な限り手早く楽に掃除をするため、年の瀬も迫った頃になって「スチームクリーナー」というものを買うことにしたのだ。安かったし。

なぜスチームクリーナー?

実のところ、油汚れと対峙するのは私にとっては何もキッチン周辺に限った話ではないのだ。

趣味がバイクなので、必然エンジンオイルやチェーングリスと言ったものと格闘するときもある。

屋外での作業が主なので、そういうときはもっぱら電源がなくても使えるブレーキクリーナーなどを使っているのだが、これでも油汚れには厳しい時がある。

エンジンオイルなどの比較的粘度が低い油ならともかく、チェーンオイルは粘度が高い。と言うより半分固形物みたいなものだ。ときにはそれに砂や泥が混じったりして大変面倒なことになりやすいのだが(特にドライブスプロケットカバーの裏とかね)、こういうときにはブレーキクリーナーは悲しいくらい非力なのだ。全然落ちないの。

それに、いくら既存の資材の有効活用と言っても、バイクに使うものを食器あふれるキッチンで使うのは流石に気が引ける。

キッチンでも気兼ねなく使える清掃用具としては、できる限り安全性の高いものを選びたいところだ。

ところで、私の父の車はよく壊れる車だった。

大小様々な故障でよくディーラーに通っていたのだが、ある時エンジンルームがオイルで汚れていることが判明した。

どうもオイルキャップの締め忘れらしかったのだが、その時エンジンルームの清掃に使われたのが、ホースからものすごい勢いで霧のようなものを吹き付ける機械だった。

後で教えてもらったことには、アレは蒸気の高温と噴射の圧力でオイルを洗い落とす機械だったらしい。

エンジンオイルも食用油も同じ油、高温の蒸気を吹き付ければどちらも落ちるはずだ。エンジンオイルだけが落ちて食用油だけがその場に残るという法はない。そしてきっとチェーングリスだって落ちるはずだ。

そうして私は水と電気以外何も使わない、スチームクリーナーを購入する決心をするに至ったのである。

でもキッチンで使うものをバイクのチェーン清掃に使いたくはないかなぁ。

で、どーなの?

前置きが長くなった。さっさとスチームクリーナーの使用感について知りたいという人も多かろう。

今回購入したのはアイリスオ○ヤマ製のハンディタイプ。5000円くらいで買える。小型で場所も取らないから狭い住宅事情にも合致している。大体の人は家に掃除機大のものを2台も置くことは憚られると思うから、小さいというのはそれだけで正義なのだ。

他のメーカーの製品も検討したのだが、あまりに安いものは品質が不安定だったりするので最初から選択肢から排除した。品質は値段に表れる。またハイエンドモデルについても、今回はスチームクリーナーを試してみたいということで「いきなり高級品を買って持て余しても金が無駄になる」と言う判断から、選択肢から取り除いた。そうして必要な機能と身の丈にあった買い物計画を勘案すると、入門モデルとして位置づけられている同社製のものになったのである。いつも手の届きやすい価格帯で様々な便利グッズを揃えていてくれてありがとうアイ○スオーヤマ。

スチームクリーナーには、取っ手がついた変な形のケトルのような本体と、手に持って使うノズルがあり、2つは黒いホースでつながっている。本体のデザインは機能優先であまり美しいとはいえないのだが、なんと言ってもこれはたったの5000円くらいで買える家電なのだ。デザインについてあれこれいうのは酷というもの。デザインだって立派な商品価値で、それは価格に反映されるのだ。我が家のエレクト○ラックス製の電子レンジだって、機能の割には割高だったが、デザインがいいから高いのだ。

説明書は簡素でわかりやすい。付属の漏斗と計量カップを使って、水を300mlまで入れるよう書いてある。それより多くなってはいけない。

しかし付属の計量カップは350mlまで目盛りが付いている。他の機種にも転用できるようにしてあるのかもしれないが、「これを使うと一発で決まるよ!」的な親切さはない。まぁ安いしそこらへんは仕方ない。

水を300ml、漏斗を使って本体に注ぎ入れる。本体内部は高温高圧になるため、間違って注ぎ口から蒸気が吹き出さないように安全装置が組み込まれたキャップで塞がれており、また注ぎ口そのものも非常に小さい。普通の計量カップで直接水を注ぎ入れようものなら、注いだ水は本体の内外に等しく降り注ぐはずだ。必ず漏斗を使おう。使える水はたった300mlだが、蒸気にして使うため、体積で見ると水をそのまま使うより1700倍ほど使える。

水を注ぎ入れたら電源プラグを差し込み、電源スイッチを入れる。電気を熱に変換して蒸気を生み出す以上、この機械の消費電力はとんでもない。なにせ1500Wもあるのだ。電子レンジ2台分である。使う際には電力会社との契約内容を確認の上、必要に応じて他の電化製品の電源プラグを抜いておく必要があるかもしれない。

そうしてノズルから吹き出る蒸気であっという間に汚れを一掃……というわけには行かない。当然ながら水が沸騰し、十分な量の蒸気と圧力がたまるまで待たなければならないのだ。時間にして5-6分。歌でも歌いながら待とう。

本体側面のパイロットランプが赤から緑に変わったら、ノズルを汚れに向けて引き金を引けば……の前にやることがある。安全装置の解除だ。この機械は高温高圧の蒸気を使う以上、安全についてはちょっとやりすぎなんじゃないかってくらい配慮してある。ノズルの安全装置を解除するには、ボタンを押しながらレバーをスライドさせる必要がある。どちらか片方だけじゃダメだったのか。自衛隊の小銃よりも面倒だぞコレ。

そうしてようやくノズルの引き金が引けるようになって、あとは高温蒸気で汚れをバシバシ落とすだけ……とは残念ながらならない。本体が冷えた状態からはじめて蒸気を噴射する時は、はじめのうちはそれほど高温の蒸気が出てこない。と言ってもほんの少しの間のことなので、さほど気にしなくてもよいのだが。

長々と書いてきたが、初めてでもそれほど神経質になることはない。やることは本体に漏斗を使って水を入れたあと、電源プラグを差し込みスイッチを入れ、歌うことだ。そうしたらノズルを汚れに向けて安全装置を解除、引き金を引いて思う存分汚れを弾き飛ばすことができる。

汚部屋は消毒だ

そう、弾き飛ばせるのだ。蒸気は高圧(といっても1気圧程度らしいが)で噴射される。ちょっとした汚れならこの時点でどこかに飛んでいく。だが蒸気で濡れている以上、そこまで遠くに飛んでいかないのでその点も安心だ。壁や床に派手に飛び散ったりする心配は不要で、すぐに拭き取ることができる。雑巾やブラシで汚れを直接拭き取るわけではないから、手の入らない角になっている部分や、複雑な曲面で構成された部分からも、簡単に汚れを浮かせて取り除くことができる。

そして当初の目論見通り、油汚れに対しては絶大な効果を発揮する。高温高圧の蒸気を当てられた油汚れは、引き剥がされ引きちぎられ細かい粒子となって水の中に混じり、油汚れをそのまま拭き取るよりも簡単に拭き取れるようになっている。また一度の噴射できれいになるため、しつこい油汚れに洗剤をかけては拭き取り、また洗剤をかけては拭き取り……というサイクルを何度も繰り返す必要もない。一度でおおよそ決着がつくのだ。これこそ人類の進歩がもたらした偉大なる文明の勝利! 我が国の科学者たちは、旧態依然な方式の掃除などという煩わしいことから市民を解放し、清掃に係わる時間を圧倒的に短くし、市民に自由をもたらしたのだ!

また、清掃する部位は高温の蒸気に晒され、同様に高温になる。よって熱に弱い菌は死ぬ。このことは熱に弱い我々も、蒸気の直撃を受ければただではすまないということである。使用の際は人に直撃させないようにしよう。よっぽど大丈夫だとは思うけど。

蒸気によって清掃面から引き剥がされた汚れを拭き取るにあたって、キッチンペーパーのような薄手のものはオススメしない。汚れは水に混じっているため、拭き取るためには高い吸水性が必要となるし、拭き取った汚れを見れば、拭き取るために使ったものを洗って再利用しようなどという気は起きないはずだ。それなりに厚手で吸水性が高く、汚れたら気兼ねなく捨てられる、ショップタオルのようなものがいいだろう。ホームセンターの工具コーナーの方に行くと置いてある、ロール状になった青くて柔らかい紙だ。

しかし気分良く蒸気を噴射できる時間もそう長くはない。本体内部の蒸気圧は、蒸気を噴射すればするほど下がるので、都度圧力が回復するまで再び待たなければならない時間が出てくる。とは言っても最初に水を沸騰させるのとは違って、不足した圧力を補うだけなのでそれほど待たなくてもいい。本体側面のランプが赤くなったら一旦手を止めて汚れを拭き取り、再び緑になったら思う存分蒸気を噴射すればいいだけの話である。まあ、あまりにもひどい汚れの場合はハンディサイズの本体から連続して噴射できる蒸気では足りない場合もあるが。そういった事態に陥った時は、それまで何もしてこなかった自分を恨むか、もっと大型のスチームクリーナーを買ったほうがいい。もしくは付属のスクレーパーなどを使ってもいい。

さて、先程「一度でおおよそ決着がつく」と書いたが、スチームクリーナーでは金属に染み込んだ油を完全に拭い去ることは難しいようで、見た目には綺麗になっても手で触るとまだ油が残っていることが多い。見た目は綺麗になっているので、それ以上の脱脂を望むなら洗剤を使って本格的に落とすしかないだろう。スチームクリーナーで汚れを落とした後なら、金属表面に残る油も一度で落とせるだろうし、洗剤と布巾のみで汚れを落とす苦労に比べたら、労力も洗剤の使用量も大幅に減っているはずだ。

それはそうと、説明書には「水アカは落とせない」とあったが、多少の水アカなら蒸気の圧力で落とせるようだ。ありがたい。

用具の片付けまでが掃除です

スチームクリーナーを使い終わったら、当然スチームクリーナーを片付けなければならない。

まずはノズルに安全装置をかけ、本体の電源を切ろう。そして電源プラグを抜き、本体内部に残った水を排出する……のだが、使用後すぐは注水口のキャップは開かないようになっている。高圧の蒸気が吹き出て火傷をするのを防ぐための安全装置がついているのだ。このキャップ、車のラジエターキャップにも使えないかしら。

手っ取り早く片付けを済ませたい時は、悠長に内部の圧力が下がるまで待っていられないこともあるだろう。注水口のキャップに触らない方法で、内部の圧力を下げる必要がある。

さて、このスチームクリーナーは水を入れるボイラーがあるだけで、コンプレッサーのようなものはない。つまり蒸気を吹き出す圧力を生み出すのは、水を沸騰させるボイラーで発生する蒸気圧のみということになる。説明書には書いてない方法だが、電源プラグを抜いた状態でノズルから蒸気を噴出すれば、ボイラーの圧力は下がっていくことになる。こうすれば手早く内部圧力を下げることができる。説明書には書いてない方法なので、おそらくは非推奨なやり方なのであろう。

そうして蒸気圧が下がりキャップを開けられるようになったら、内部を水洗いし、よく乾燥させた上で、次の掃除の時まで押し入れで待機してもらおう。

スチームクリーナーは「買い」なのか

結論から先に言うと「買い」である。

油は温めると粘度が下がり、流動性が上がる。そこを高圧の蒸気で押し流すことによって、洗剤を使うよりも効率的に汚れを落とすことができる。単純なことだが、その分力強いやり方でもある。

洗剤を使って油を溶かしたりする化学的なやり方に比べ、高温と高圧の蒸気という物理的なやり方を用いるのは、スチームクリーナーがないとできないことだった。いや、もしかしたら熱湯をかければ高温は再現できたかもしれないが、その際には大量の熱湯と、コンロ台の汚れを取るために床を水浸しにするという、汚れを落とすためにはあまりにも大掛かりな準備と片づけが必要なはずである。少量の水で汚れを効率的に落とせるのは、やはりスチームクリーナーの存在のおかげである。

文明レベルを上げて物理で汚れを殴り落とす。シンプルゆえパワフルなやり方のおかげで、かつては人類が散々悩まされたしつこい油汚れも、流石に紅茶片手にさっと手をかざすだけで綺麗になるというところまでは行かないが、大分楽に、短時間で落とすことができるようになった。この先人類がどこまで発展するのかはわからないが、そう遠くない将来、今度こそは紅茶片手にさっと手をかざすだけで、シンクもコンロ台も新品同様の輝きを取り戻す日が来るだろう。非常に楽しみである。

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