チトーとともにユーゴスラビアの仲間を救え! -宅配コンバット学園考-

 皆さんこんにちは。有意義に時間を使うことが苦手な奥田たみをです。涼宮ハルヒシリーズの新刊が出ましたけれど、しばらくライトノベルは読んでいなかったからちょっと読むのも億劫。そんな年の瀬も迫ってきた頃に「話題の旧作でも読んでみるか」と、ライトノベルを再び読めるようにとの訓練も兼ねるつもりで買った2冊のうち1冊が「宅配コンバット学園」。ナチス・ドイツ占領下にあるユーゴスラビアで、あの有名人ヨシップ・ブロズ・チトー率いるユーゴスラビア・パルチザンとともに、捕虜となったパルチザンを救出すべく時代を超えてやってきた日本の高校生たちの物語です。

 やめときゃよかったね。

 今回はそんな新感覚小説「読む虚無」こと宅配コンバット学園の解説をしていきたいとは思いませんが、していきます。予め言っておきますが、今回はココからネタバレ全開になりますので、読むのを楽しみにしている方は――そんなにいないとは思いますが――直ちに読むのを中止することをおすすめします。

設定に無理がありすぎる

 さて、基本的な設定としては上に書いたとおりですが、もうちょっと詳しく説明すると「国の軍事組織である自A隊が、体験入隊と偽って民間人を20万円の報酬付きで1ヶ月訓練し、成績優秀者には100万円の報酬で過去の戦闘に送り込み、悲惨な歴史的事実を改変させる」というもの。何を言ってるかわからないって? いや私もわからないですけどね。

 まず自A隊という組織ですが、我々がよく知る自衛隊とは名前の響き以外何もかもが違う組織です。似て非なるとかいうレベルでもない。そもそもそのネーミングはなんだ。昔そういうジョークグッズ見たことあるぞ。防A庁って書かれた備品シールとかさ。

 その自A隊が報酬付きで体験入隊を募集しているというのがこの物語の大前提です。主人公たち高校生は、20万円/月という高校生にしては破格の報酬も目当てにこの体験入隊に応募するのですが、実はこの体験入隊は高校生や大学生と言った未来の隊員向けの体験入隊とかではなく、幅広く人材を体験入隊させているのです。中には商社の社員も。というより社会人のほうがメイン。

 社会人経験がある人ならわかると思いますが、日本にいる大体の社会人はまとまった休みを1ヶ月も取るなんて言うことはまず無理です。有給15日をフルに使っても微妙に届かないし、そんなことをやったら休み明けの会社に自分の机があるかどうかという心配もしなきゃならない。いや法的にそれはアカンとかいう問題はひとまず置いといて。休み明けに以前通りに仕事に戻れるかということを考えると、20万円で1ヶ月拘束されるのは非常に分が悪い。20代なかばとしても、手取り20万円はそこまで高くないのです。そして有給が20日使えるようになる頃には、20万円/月という額は、普通に働いていれば達成できるので、体験入隊に応募する経済的な理由はなくなるのです。この報酬設定はどうなんだ。私の手取りは20万円に余裕で届きませんけどね。

 それ以前の問題として「体験入隊に報酬が出るってどうなのよ」と思わざるを得ませんが、これ本当にどうしているんでしょうね。体験入隊ですよ? 高校生が地元企業に企業見学代わりに体験入社したとしても、普通は給与は出ません。それに報酬が出るということは雇用契約を結ぶということなのでしょうが、ご存知のとおり日本では公務員の副業は禁止されており、体験入隊するためには副業とみなされるそれまでの会社との労働契約を打ち切る、すなわち退職する必要が出てくる可能性もあります。特例法とかでどうにか回避するのかもしれませんが、この辺りは主人公たち高校生には関係ない部分だったので作中ではスルーされていました。こういったところ気になる。

 体験入隊で優秀な成績を収めた民間人は、その後特別任務に報酬100万円で参加する意思の有無を聞かれ、参加する者は特殊な武器と装具を貸与され、過去の戦場に送られる――というのが宅配コンバット学園ですが、そんな面倒なことをするくらいなら最初から自A隊の隊員に行かせたらいいんじゃない? と思うわけですよ。1ヶ月間訓練したとはいえ、所詮は民間人です。日々訓練に励む職業軍人や自衛隊員とは練度が段違いです。フルメタルジャケットでも8週間はパリス・アイランドでみっちりと朝から晩までシゴカれ続け、更にそこから配属される兵科の技能習得に向けて教育を受けるのです。現実の日本における自衛官候補生の訓練は前記教育が3ヶ月、この間に基本的な団体行動や基本動作、武器の取り扱い、小銃射撃、戦闘訓練なんかを訓練するわけです (陸上) が、宅配コンバット学園の自A隊では1ヶ月の間に団体行動、体力錬成、小銃射撃、機関銃射撃、対戦車砲 (たぶん無反動砲) などあらゆる武器の扱いを叩き込まれる上に、爆弾の作り方なんかも訓練教程に入っています。体験入隊でそれらの知識を得たテロリストが事件を起こしたら自A隊はどう責任を取るつもりなんだろうか。作中でも「これからは日本もテロに巻き込まれる時代が来る」と触れられている程度にはテロの脅威が迫ってきている世界観で、いくら何でもこれは呑気すぎると言わざるを得ない。

 話がずれました。つまりそれだけの金と手間をかけて半端な練度で統率ガッタガタの民間人にやらせるよりは、最初から隊員にやらせたほうが金も手間もかからなくて済むと思うのですよ。機密保持もしやすいですしね。死にそうな目にあって100万円程度で済まされたら、体験談を本にして少しでも取り戻したくなりません? それも「体験入隊に応募したら、最新の特殊な武器と装具を貸与され、過去の戦場に送られ、歴史の改変をしてきた」というSF小説の題材にはピッタリの出来事をしてきたわけですから。

 さて、その特殊な武器ですが、以下のとおりです。

・GK17型拳銃: 軽装甲車や、建物の壁を撃ち抜くことができる上に、単射と3点射の切り替えができる拳銃。全員に貸与。本文には支給って書いてあったけど。

・サブマシンガンEZ4型: 小口径で射程距離はそれほど長くないが、発射スピードが恐ろしく速く (たぶん連射サイクルとか言いたかったんだと思う) 一人で十分に弾幕を張れる。なおサブマシンガンであって短機関銃や機関拳銃などではない。日本の省庁に属する組織だったら日本語で言ってほしいものだ。後述のアサルトライフルとこちらのどちらか片方を携行する。

・狙撃銃イーグル720: 自動的に風の計算をして、弾道を自動補正してくれる「これだけ正確な狙撃銃は、世界中探してもないだろう」と言われるほどの狙撃銃。高価だからか、狙撃手に指名された2人以外は持てなかった。

・普通のアサルトライフル: マシンガンと同程度の連射ができ、サブマシンガンより正確な射撃ができ、アメリカの特殊部隊が使うのと同じ50口径弾を使用し、特殊な弾丸により戦車の装甲を貫ける上に、弾道の自動補正により適当に狙って撃ってもちゃんと当たる。おまけに反動が殆どない。先述のサブマシンガンとこちらのどちらか片方を携行する。

 もう全部アサルトライフルでいいんじゃないかなと思います。機関銃と同程度の連射ができるんだったら、わざわざ射程距離と威力に劣るサブマシンガンを選ぶ理由が特にないのです。高校生7人のうち、女子2人がサブマシンガンを選んでいたので、アサルトライフルの欠点はおそらく質量が重いということなのでしょうけれども、それでも男子高校生が持てる程度には軽い (重くても4-5kgくらい?) ので、わざわざ短機関銃を開発する理由も特になかったのではないかなんて考えちゃいます。それと拳銃の威力もおかしいです。軽装甲車を撃ち抜くことができる拳銃なんて本当に拳銃なのか疑わしいところですね。なおこの拳銃、特に見せ場はありませんでした。

 装具については、あらゆる言語を自動的に日本語に翻訳し、更には日本語から任意の言語に翻訳してくれる防弾ヘルメットと、特殊なボディスーツが出てきました。が、女性向けボディスーツの方はやたらと露出が多い代物。ハイレグカットというレベルじゃないハイレグカットなバニースーツと言うと多分伝わると思いますが、ここまで露出が多いのは「全身を覆うと重くて動けなくなる」とのこと。電気や油圧で補助すればいいんじゃないですかね……? 水着並みに薄いのにあらゆる銃弾を通さない技術があるならそのくらい余裕でしょうに。「心臓や腹部が守れれば大丈夫」とか言ってたけど、直接肺や内腿などの太い血管が通っている部分は狙い放題なんですよね。即死するか2分後に死ぬかの違いでしかない。さらに言うと、上から何か着ればいいのにそのままの露出過多な格好で戦場をうろちょろする主人公たちも問題です。あちこち歩き回ったあとは素肌が露出している部分は擦り傷だらけだろうなぁ。なお男性向けボディスーツは常識的な見た目でした。どうして……

  と、このように相当な予算と人員を割いていることがわかるのですが、それでも過去の戦場で虐げられている人々を救うのは、特に国益とかそういうのは関係なく慈善事業的なものっぽいです。現代から持ち込む武器装備は現地で遺棄すると自A隊が乗り込んで全力で回収すると言う割には歴史的な事件を慈善事業でなかったことにしたりするという無茶苦茶っぷり。何なんだ一体。

展開に無理がありすぎる

 設定の時点で相当無理やりなのに、それに輪をかけて無茶なのがストーリーの展開です。ところで皆さんはヨシップ・ブロズ・チトーの名を聞いたことがありますか? それなりに社会主義について調べたことがある人でないと「誰それ?」という感じでしょうが、なぜかパン屋を目指すOLが知っている宅配コンバット学園ワールド。誰か一人でも知っている人がいないと話がやりづらくなるのはわかるんですが、フランスで傭兵やってた人がいるんだから、そっちのほうが適任じゃないのかなぁ……

 話は前後しますが、この本、ページ配分がおかしいのです。主人公たちが合宿に参加する決意をして訓練が始まるまでが10-69ページ、訓練が始まって特別任務に参加する決意を固めるまでが70-136ページ、特別任務に参加してから作戦目標を達成し現代に帰還するまでが137-247ページ。そのうち実際にユーゴスラビアにいるのは176ページ後半から247ページ前半までの71ページで、プロローグ/エピローグまで含めた243ページ中の3割に満たないのです。明らかに訓練にページを割きすぎです。コマンドーで例えると、ベネットがトリックを使ってからジェニーがさらわれるまでで23分、更にそこからエンリケスを殺して飛行機から飛び降りるまでに25分、そこからシンディの協力を取り付けて島に向かいドンパチやるのに残りの42分を全部使うようなもので、これではまるでページ配分ができていないと言われても仕方ないと思います。一応擁護すると、プロローグで語られたエピソードや、一人だけ缶コーヒーの中身が沸騰していた理由、カバー折返しのキャラ設定に本文で全く登場しない特技が書かれていたり、何より唐突に打ち切りを食らったかのように突然終わる作戦など「本当はこの倍以上のページ数を使って色々書きたかったんだろうなぁ」と思わせる部分が随所にあるので、惜しいところではあります。

 その唐突に終わった作戦ですが、もともとは「捕虜収容所を襲撃し、捕虜を解放したい」だったのが、状況が変わって「捕虜収容所を襲撃し捕虜を解放したいけど、パルチザンに友好的な村までの道にナチス・ドイツの前線基地ができてしまい連絡ができなくなったので、まずはそちらを攻略して食料等の補給を確保したい」となったものです。この時点でパルチザン側はナチス・ドイツに本拠地周辺をじわじわと攻略されており、食料にも欠く有様なので、その村までの連絡を復活させたいというのもわかるのですが、周囲を囲まれている状況でちょっと離れた村までの経路上に敵が鎮座していたら、その村も敵の影響下にあると考えたほうがいいんじゃないでしょうか。収容所解放の主戦力となる主人公たちは携行糧食を持っている上に1日1回限定とはいえ「強く望んだものを何でも届けてくれる宅配便」の存在があるので、直接収容所解放に向かうこともできたのでは。一応「収容所と前線基地の位置から見て、収容所を攻撃している途中で前線基地からの応援によって挟撃に遭う可能性が高い」という話でしたが、それは主人公たちを呼ぶ前にわからなかったんでしょうかね……?

 つまり「捕虜の解放」と「食料の補給確保」を同時にやろうにも、解放した捕虜に食べさせる食料を確保できる可能性が少ない今、無理に捕虜解放作戦をやっても成功したら食糧問題で自滅、失敗したらただでさえ少ない戦力を更に失うというジリ貧状態。最終的に捕虜の解放には成功するのですが、食糧問題でチトーは相当困ったろうなぁ。一応前線基地は攻略できたので、あとは食料を確保できる村を収容所から解放した1万5千人の捕虜とともに攻撃して解放すればなんとかなるんでしょうか。でも前線基地はその後ナチス・ドイツ側の増援で取り戻されていたような。

 サラッと触れましたが、強く望んだものを何でも届けてくれる宅配便は自A隊OBが多く勤務する配送会社で、宅配にはタイムマシンを使うそうです。この小説のタイトルにも組み込まれている宅配要素ですが、実は1回しか使われておりません。しかも寿司を届けるために。宅配便って寿司の出前もしてくれるんだったっけ。ついでに言うと学園要素は無いです。

 そして捕虜の解放については「高級娼婦の真似をして前線基地の軍人を油断させる作戦をして、その後無関係を装って逃げる途中で収容所に迷い込み、たまたま前線基地への増援で人手が少なかった収容所を運転手と2人で攻略、捕虜を徒歩で帰らせて自分たちは車で安全なルートを帰ってきた」パン屋を目指すOLの大活躍で目的を達成していました。何だそれって? 私もそう思います。高級娼婦に変装した理由は「そういった人たちが連絡員として使われることもあるから」だそうですが、私はそういった事例を聞いたことがありませんし、そういった事があったとしてもまず営門の衛兵が基地司令なり何なりの立場の人に連絡して確認を取るでしょうし、そうなったらまず「確認が取れない」となり基地に入れてはもらえません。偽の命令書を用意するとかいう小細工をした様子もなく「よくこんな杜撰な作戦でなんとかなったなぁ」と思わざるを得ません。

出版に無理がありすぎる

 さて、1回読んだだけでもこれほどまでに問題点が浮かび上がってくる宅配コンバット学園、なぜ出版までこぎつけたのでしょうか。その答えはあとがきにありました。

 担当さんが「君はとてもへたくそだが大幅に直せば本になるかも?」と言ったそうです。

 なんとも仕事熱心な担当さんで頭が下がりますが、その結果できあがったのがこれかと思うと「もっと別方向のアプローチはなかったのか」と思わずにいられません。

 もっと設定を練り直し、展開を組み直し、ページ数を大幅に増やせば、この話はもっと面白くなったと思うのです。でも、そうはならなかった。だから、この話はここでおしまいなんだ。本文でほったらかしにされた伏線や、全く使われることのなかった設定を見るに、そこらへんの差し替えも間に合わないほどに急に展開が変わったということが伺えます。

「出ない名作より出た凡作」とは言いますが、この場合「出た駄作より出ない凡作」を求めてしまいます。宅配コンバット学園は、どうにも「惜しい」という印象が拭えない、そんな不思議な作品でした。

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