人生でやりたかった事、一つも出来ずに終わるかもしれない

診療所を運営している、ジョナ作と申します。

今回は私が大学病院で勤務していた時代に、仕事に没頭できなかった時のメンタルを振り返って書いてみようと思います。
大学病院にいた時の私は、日本一忙しいと言われたハイボリューム施設で、「最短で、小児外科医としての技術を習得する」事を目指していました。

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働き始めて間もなく、小児外科医という仕事の果てしなさと技術の習熟に掛かる時間の膨大さを目の当たりにしました。
任されることが増えるほど、自分が登っている山の果てしなさを思い知りました。
一方で、医局の方針で週1.5日以上はバイトができ、「医師バイトの相場感」も身をもって知りました。

修羅の国の様な大学病院勤務と、相場感的なバイトの間で、「いつ大学を辞めるか」を、毎日考えるようになりました。
「小児外科医になりたい」との目標は所詮自分が大学生の時に立てた目標であり、
実際に働いてみて自分の夢の軌道修正を行なう事は悪いことでもないとも思います。
修羅の国で仕事に没頭出来ない人には仕事が苦痛になり、自分と向き合う時間が増えていきました。
私の場合は、徐々に「お金を稼ぎたい」「家や車など大きな買い物をしてみたい」「家族を持ちたい」など、
ありきたりな自己実現の欲求が大きくなり、「今のままで仕事を続けても、何もやりたかった事を出来ずに終わってしまう」という危機感が大きくなりました。

手術は何百も任せていただきましたが、私のような「没頭できない人」が、
日本一と言われる病院で術者を張れるほど、世の中も甘くないと思います。
 
今の時代、家や車を買ったり、家族を持つのは20代、30代のプライベートの時間全てを仕事に捧げていては厳しいです。
「医局の何かしらのつて」が配偶者を紹介してくれるような、昭和時代の終身保障サービスは、私の所属した医局では存在しませんでした
 
目標とする自己実現は人それぞれですが、
20代,30代をすべて仕事に捧げて医師としての「相場感」を遙かに超えて専門性を磨き、
ふと我に返った時に後悔しないような時間を過ごしたいと私は思いました。
 
結局私は、「相場感的な」臨床能力で訪問診療の診療所に採用され、その後自分で診療所を開業しました。
そして開業数年で家族、家、車の全てを得ました。

今のところ専門医なしの自分の資格でも稼ぐに不自由はないですが、
もし診療所の運営が怪しくなったら、30代であれば、後期研修医として取ってくれる病院はまだあるのではないかと、勝手に思っています。

少なくとも大学病院時代の、「このまま、やりたかった事を何も出来ずに終わるかも」という危機感は払拭出来ました。

一度しかない人生、自分が心からやりたい事に時間を使いたいと思います。



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