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「仕事は大変」←これ、嘘です。【研修医の日常】

ローテートしている学生に聞かれた。

「先生、仕事は大変ですか?」

私はこの質問に対して答えることができなかった。

むしろ今の自分にとって初期研修の毎日は趣味みたいなもので、病院に遊びに来ているといっても過言ではない。

確かに忙しい時はある。1日中、他のことに目もくれず、一心不乱に担当患者を見に行き、診察し、カルテを書く。

この時確かに忙しい。しかし、大変ではない

大変かどうかあまりにもわからないので、辞書で引いてみることにした

たいへん【大変】
1.
《ダナ・副》
程度がはなはだしいこと。「―(に)暑い」「―勉強している」。特に、苦労が並々ではないこと。
 「―な仕事だった」
2.
《名ノナ》
一大事。大事件。一大事とも言うべき、重大な様子であること。
 「この―を何と見るか」

なるほど私の仕事は大変ではないらしい。特に大事ではない。日常の1ページだ。苦労している訳では無い。知らないことに出会うのは当たり前だから。


今ちょうどローテートしている学生に、自分の研修病院はどうやって決めるんですかと聞いてみた。

「まあ給料ですかね。同じ場所で同じように働いていて、給料が自分だけ低いとか嫌じゃないですか」

自分の中に想像もしたことがないような回答が得られる。話すって最高だ。


自分の限界に挑戦するということが私は好きだ。

筋トレもそうだし、医師として診察をして方針を決めることもそうだ。

これほど自分の限界に挑戦するものはないと思う

自分の限界に挑戦する中でしか得られない快感がある。この感覚をもらうために、私は病院へ行っている。筋トレみたいなもんだな。


片や、このようにも思っている。

「今医師1年目だからこそ、病院に行くことで、簡単に『知らない』に出会うことが出来る。その結果、遊びに行くような快感を得ている。
おそらく5年もすればその感覚がなくなっていくんだろうな…」

今私は、2つの視点を使い分けながら研修を送っている。

1つが目の前の患者目の前の疾患に一生懸命に取り組む視点。

もう1つは、次の5年10年に繋がるような、長期的な視点だ。

医学部を卒業するだけで24歳。初期研修が終わると26歳‥社会的には立派なアラサーである。

社会を見ると26歳は、例えば1人目の子供がいたり、何か自分の専門性があったり、何が自分の得意分野ができたりと、少しずつ巻いた種に芽が出始める時期だと思う。

私は来年26を迎える

去年と違う自分になれているだろうか。私は少しずつ変われているだろうか。

日々、このようなことを考えて過ごしたい。


忙しくてもそれがしんどい時もあればしんどくない時もある。

楽しい時間は一瞬で過ぎてしまうが
つまらないものは5分でも、それが永遠のように感じられてしまう。


「仕事は楽しいもの」という表現の仕方は、間違ってる。

そうではない。

仕事を楽しめるかどうか?

ただ、それだけだ。

自分の中で楽しさを見つけて、まるで子どもの様に一生懸命、それに取り組む。

これは確かに時間が一瞬で過ぎるかもしれないが、大変ではない。



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