薬理機序から振り返る「糖尿病治療薬」【薬理学】
私が通っている大学では、2年生のこの時期に「薬理学」の試験が行われるんですよね。
ちょうど2年前の話。
新型コロナウイルスが流行する直前だったことを覚えています。
薬理学というのは非常に奥が深い学問で、どのレベルまで突き詰めるのかの判断をするのが難しいと感じています。
今日は、薬理学を勉強する時、どこを「むずかしい」と感じるのか。
そんなことについて、考えていきたいと思います。
題材として、「糖尿病の治療薬」を取り上げてみました。それでは、見ていきましょう📚📚
「なぜ血糖値を下げねばならんのか」
そもそも、糖尿病という病気がなぜ危ないのか。なぜ治療対応が必要とされているのか、について軽く触れておきましょう。
例えば2004年にKhaw, Warehamらが行った研究^2によると、
という結果が出ています。
他にも、血糖値の上昇が身体にあらゆるトラブルを発症するリスクを上昇させることが研究で報告されています。
どんなトラブルが発症するのか。これは今回の本筋とは外れてしまうので、深くは述べません。(※糖尿病に特徴的な合併症はしばしば「しめじ」症状と呼ばれます。興味がある人は『糖尿病 しめじ』で検索してみてください)
「だから」という理由にはなりませんが、お医者さんとしては
「血糖値が高い人」を発見したら、なんとかして下げようね~
という方向へ働きかけなくてはならないのです。
次からは、「じゃあどうやって血糖を下げていこうか」ということを考えていきます。
糖尿病の治療方針: 「血糖を下げる」
さて、いよいよ糖尿病の治療方針を考えていきます。
大前提はそう、
「血糖値を下げる」
です。めっちゃ簡単ですね。
じゃあどうやって下げていこうか??ということについて、これからお話していきます。
例えばお風呂に水を入れることを考えてみましょう。
蛇口をひねれば、水を張ることが出来ますね。
では同時並行で、お風呂の栓を抜いたら、どうなるでしょう。
蛇口から出る水の量よりも栓から流れる水の量が多ければ、水はいつまで経っても溜まりません。
逆に蛇口から出てくる水の量が栓から流れる量よりも多ければ、水は溜まっていきますよね。
血糖も、これと同じように考えることが出来ます。
「血糖値が高い」というのは、血管というお風呂(?) に水が沢山溜まっている状態。
お風呂の水を、抜いていきましょう。
あ、因みにこれから「血糖」と言った時は、「グルコース」のことを指すと思ってくださいね😌
お風呂の栓を抜く; 血管外への糖流入増加
まずは、お風呂からの水のOut、を増やす方向を考えてみましょう。
お風呂であれば栓を抜くだけでよいですが、血糖の場合はそう簡単には行きません。
血糖の行き先は大きく2つあります。
1つが細胞内。
もう1つが、尿中です。
インスリンとその仲間たち: 細胞の中に糖を流し込め!
血管を流れている糖が、細胞の中へと入っていく。その結果、血管の中を流れる糖は減少します。すごく単純ですよね。
糖が細胞の中に入るには、チケットが必要になります。
その名も、インスリン。
(糖は細胞ではないので、意思はありません。悪しからず)
体内の細胞がこのインスリンというチケットを受け取ることで、グルコースを細胞内に取り込む様に動きます。
実は体内で血糖値を下げる働きを持つホルモンはインスリンのみで、他には存在しません。すごくレアです。
糖尿病の治療には、この「インスリン」に関係した作用を持つ薬剤がすごく多いです。
例えば「インスリンを体外から投入してあげる」「インスリンを作り出す細胞を刺激して、インスリン分泌量を増加させる」などなど‥(他にもあります)
「インスリンを体外から投入してあげる」治療のことをインスリン療法。
「インスリンを作り出す細胞を刺激して、インスリン分泌量を増加させる」薬剤をスルホニル尿素薬(スルホニルウレア)、グリニド薬。
実は糖尿病の患者さんでは、このインスリンというチケットを認識する機能がおバカちゃんになっていて、上手く認識してくれない、という状態が起こっています。
ここをなんとかしよう、と開発されたのが、「チアゾリジン誘導体」です。
この薬は「インスリンチケットを認識する改札口」を遺伝子レベルで増やす、すご物。
インクレチン関連薬& DPP-4阻害薬; インクレチンでインスリンアップ!?
インスリンですっかり盛り上がってしまいました。もう少しだけ、お付き合いください。
話題沸騰中のインスリン、最初はどうやって分泌されると思いますか?
実は食事をして、腸から糖分が吸収されて、血糖値が上昇すること、これがトリガーになっています。
そのトリガーの正式名称を、「インクレチン効果」と呼びます。インクレチンが働くから、インクレチン効果。
インクレチン、なんかインスリンと似てますよね(似てない)。
食後のインスリン分泌の6割くらいは、このインクレチンの働きに依るものです。
さてさて、今私達は「血糖値を下げたい」という目的でお話していましたよね。
じゃあ、このインクレチンをどうしてやれば、血糖値は下がる方向に動くでしょうか。
。
。。
。。。
。。。。
簡単です。インスリンを出してやる方向、つまり
「インクレチンバンバン活性化しよう!!!」
という方向に動かしてやればよいのです。
そうして出来たお薬が「インクレチン関連薬」
また、体内にはこのインクレチンの働きを弱めるような物質が存在しています。そんな糖尿病患者の敵、名前をDPP-4と言います。
では、DPP-4の働きを阻害してやれば、結果的にインクレチンの弱体化も収まりますよね。
こうして開発されたのが、DPP-4阻害薬です。
SGLT2阻害薬: おしっこの中に糖を流しちゃう
次に、血管を流れている糖が、尿の中へと入っていく方法を紹介しましょう。
尿中へと血糖が沢山流れていった結果、血管の中を流れる糖は減少します。すごく単純ですよね。
この作用を持つ薬剤のことを「SGLT2阻害薬」といいます。
まぁイメージとしては「尿中に流れ出る血糖の量を増やす」で問題ないと思います。
お風呂の蛇口を閉じる; 血管内への糖流入減少
血管の中に糖が流れている。では、その糖はどこからやってくるのでしょうか。
正解は、私達が食べる食事です。
例えば白米を食べたら、それが胃で消化され、十二指腸を通り、小腸へやってきて、そこで吸収されます。
吸収された糖が、血管内に入り、「血糖」となるのです。
αグルコシダーゼ阻害薬: 腸管から糖吸収しなかったら良くね??
昔の偉い人は考えました。
「じゃあ、腸からの糖分の吸収抑えたら、血糖値の上昇抑えられるんじゃね??」
そうして開発されたのが、αグルコシダーゼ阻害薬です^3。
ビグアナイド薬: 糖新生を抑えちゃおう
お風呂に水を溜めるには蛇口をひねるしか無い、ということは非常に分かりやすいと思います。
一つだけ腹が立つのが、この蛇口、1つじゃなかったのです。それが、「糖新生」という機能。
我々には肝臓、という臓器が存在しています。右の肋骨の下くらいにあります。殴ったら鈍い音がするので、やめましょう。
私達が食べたご飯はグルコースに分解され、それが血中を駆け巡ります。
この時、余分に摂取されたグルコースはグリコーゲンという物質に変換されて、肝臓に蓄積されるのです。
蓄積したままじゃ意味ない、って?
そう、そんな蓄積したグリコーゲンを、グルコースという使える形に変換する経路。
それが「糖新生」です。(※ 詳しくは生化学「解糖系」「糖新生」辺りを勉強してください)
ビグアナイド薬というお薬は、この「糖新生」を抑えることで血糖値の上昇を抑えています。
最後に- 薬の名前は覚えるしかない
私は今回のお話をする中で、できるだけ具体的な薬剤の名前を出さずに説明してきました。
人は何か説明を聞く時、自分が知らない単語が出てきたらそのたびに立ち止まるものです。
そして、その単語が一定のラインをこえた瞬間、読んでいる文章の意味がわからなくなります。
そんな事態を防ぐために、今回の話では、薬剤名を用いた説明をできるだけ少なくするように意識しました。
しかし、実際の試験はそう甘くはありません。
「インスリンの作用箇所は?」
「SGLT2の作用箇所はどこ?」
というように、具体的な名前がギャンギャン登場します。
「りんごは英語でAppleという 」を覚える時、どんな努力をしましたか?
日本語の「りんご」について十分理解する。
それを英語でいうと、どうやらA p p l e と言うらしい。
となった以後は、「りんご Apple」の音読、写経をひたすら繰り返したことでしょう。
薬理学も、それと通じる部分があると思っています。
つまり、
「最終的な薬の名前は覚えるしかない。でも、そこに行き着くまでの薬理機序に関しては、名前とか覚えなくても理解できる」
ということです。
この記事では、主に「糖尿病の薬剤が効く場所」をメインで紹介してきました。
ただ最後、
「インスリンの産生をアップさせる薬剤をなんという?→スルホニルウレア」
の部分は、皆さんに覚えてもらう他、ないのです😌
この記事で機序を理解したみなさんなら、教科書が読みやすくなってるはず。
「ア!!!!コレNote で見たやつ!!!」
楽しく勉強していきましょう。
では。