「ボブ」にすればリア充になれると思ってた
ミロのヴィーナスとダヴィデ像ならミロのヴィーナスが好き。
サモトラケのニケはもっと好きだ。
男性的な美しさよりも女性的な美しさが好き。
ワンピースやドレスを着ている女性を見るのはたまらなく好きだ。
街を歩くときは女性の後ろ髪をいつも目で追ってしまう。
手間暇をかけてセットされたヘアスタイルは後ろからでも美しい。
その日ごとにヘアスタイルがコロコロ変わるロングも、顔のカタチと合ったショートも最高にキュートだ。
でも、ふだん外見の話はめったにしない。
「内面が重要」
「人は見た目じゃない」
口をついてでるのはそんな綺麗事ばかり。
「どんな人がタイプ?」と聞かれれば「好きになった人がタイプ」とお茶を濁す。
人を見た目で判断するのも、レッテルを貼るのも、ルッキズムも好きじゃない
でも本当は可愛い服装を見るのも、セットされたヘアスタイルを見るのも大好きだ。
もし僕が女性に生まれていたら、きっと自分にぴったりな髪型やオシャレを楽しんだはず。
オシャレをする目的には2種類ある。
自分のためのオシャレか、他人のためのオシャレか。
大学一年生の夏、僕は初めて自分のために髪を切った。
時は2008年。ジョウヒロシ、19歳。
一浪した上に第一志望に落第、第二志望のミッション系私立大学に入学した大学生。それが僕だった。
大学には今時めずらしく自治寮が残っていた。
名を「第一男子寮」と言った(今はもうない)。
月に一度の寮会への参加と、掃除や皿洗いなどの当番だけが寮生に課されたルール。
24時間365日の自由な環境、それが男子寮。門限は存在しない。
「第一」という呼称からもわかるように、大学には他にもいくつかの自治寮があり、他寮との交流イベントもあった。
よなよな女子寮の学生とおしゃべりする「花見」
大学デビュー最初の一週間を仮装して授業に出る「イニシエ」
男子寮対抗トーナメント戦サッカーをする「岡田杯」
寮内でダンスや音楽、食事を供する「ボール」
寮は大学の構内に存在する。
授業開始5分前に起床しパジャマのまま授業に参加。それが寮生の生態だった。
ランチタイムは寮に戻ってご飯を作り、
空き時間は談話室でプレステに興じる。
夕方は意外と静かで、
夜は三三五五に帰宅する。
毎日が賑やかで退屈しない男子寮が静寂に静まるのは夏休みだ。
6月。他大学よりもひと月だけ早い夏休み。
ある者は実家へ帰省し、またある者は長期のアルバイトのため富士山へ。残寮する学生はふだんの半分ほど。
そのうちの10人ほどで奥多摩へ遊びに行くことになった。
ここまで面白おかしく昔の思い出を懐かしんでいるが、当時の僕は人間をやるのが下手だった。
生まれも育ちも北海道。オシャレになれないどころか興味もない。コミュニケーション能力とは論理的な会話力だと思っていた田舎者の一年坊。それが僕である。
モットーは逆張り。人と同じ道を歩むことをよしとしない。
そんな僕のとった行動とは「みんなが行くなら僕はいいかな」と奥多摩旅行を言外に遠慮することである。
誰にも聞かれてないし、誰にも言っていない。
ここで「行きたくないので行きません」と言えないのが僕の僕たる所以である。
性根は人といるのが好きなのだ(馬鹿なので気づかない)。
当たり前の選択を違えることにオリジナルティを発揮する僕は姿を消すことにした。
具体的には髪を切りに行くことにした。みんなが出発しそうなタイミングを見計らい、わざと外出した。
当時の僕が逆張りしていたのはその日の予定だけではない。人生すら逆張りしていた。
というか、迷走していた。
大学一年生と聞くとどんなことをイメージするだろうか。
「大学生デビュー」「新生活」「新天地」「親元を離れ一人暮らし」「自由」「アルバイト」「私服」「オシャレ」「都会」「旅行」「留学」etc...
そんなキーワードを体現する人類は希少種だ。
新しい環境、初めて会う人々、初めて過ごす時間、、、そんな中で自分の意志を自覚し、貫き、輝けるのはほんの一握りでしかない。
残念ながら、僕は希少種ではなく奇行種だった。
こんなエピソードがある。
4月。女子寮との花見。
僕を含めた同期5人、女子寮の同期5人、そして男子寮の先輩たちで談話室に集まっていた。花見はまだ始まったばかり。
同期がスムーズに自己紹介を進めていく中、ジブンを持たないジョウヒロシは「何か面白いことをしてアイデンティティを主張しなければ」と考えていた。
目に着いたのは天井からぶら下がるブラジャー。
自分の番になり、名を名乗り、そしてブラジャーに手をかける。
凸面を上にして、
「バカ山、アホ山」
そう告げた。
大学校舎正面にある小さな2つの丘は愛称を込めて「バカ山」「アホ山」と呼ばれる
画像出典元:ICU Science Club
初対面の女性に披露するにはあまりにぶっ飛んだネタだった。
そんな自分を変えようとした、のだと思う。髪を切ることにした。ボブに。当時の僕はボブヘアにハマっていた。
ボブを選んだ理由は2つある。
単純にカタチが好きだったのと、毎日楽しそうに生きているボブヘアの知人がいたから。
きっと、僕はあの人のようになりたかった。
なりたい自分を見つけて、やりたいことを見つけて、そのために日々邁進する。どの瞬間も楽しく生きる。そんな人間になりたかった。
さて。
美容室でボブに切ってもらい、意気揚々と寮に帰った僕を待ち構えていたのは数台のレンタカーだった。
「おい何してんだよ!ひろし行くぞ!」
今まさに奥多摩へ向けて出発せんとする第一男子寮のみんなが(半ば強制的に)僕を車に詰めこむ。
「どこ行ってたんだよ!?」
「髪を切りに??」
「髪型ヘルメットじゃん!」
「長さ変わってねぇ」
お披露目早々、ニューヘアをいじられながら僕の大学生最初の夏が始まった。
19歳のジョウヒロシ。え、ボブじゃない。
「自分を変えるために男が髪をボブにする」
とんだ奇行である。ボブが合うかも未知数。そもそも服装がダサい(写真がすべてを物語る)。
結局のところ、内面がにじみでたものが外見なのだ。髪型を「ボブ」にしても何も変われてない。
形から入ることに表現としての意味はあれど成長における意義はない。
19歳の僕は自分に満足できていなかった。
それでも、第一男子寮という場所にいられたこと、寮のみんなと時間を過ごしたこと。それらは奇行種な僕にとって数少ない大切な思い出だ。
そして、32歳の僕は自分のための服装も、髪型も、ちゃんと選べている。
そんな気がする。
髪を切ったばかり、32歳のジョウヒロシ