ヨハネ・ボスコ学園文芸部部誌12月号
みなさんこんにちは。ヨハネ・ボスコ学園文芸部です。12月も終わりますね。今月から部員のみなさんと文芸部の活動を始めました。皆さんがあげてくれた作品のまとめになります。
今月のテーマは【クリスマス】【プレゼント】【年末】の三つでした。
唐島 潤「談笑会 12月」─クリスマス、プレゼント
「終業式も終わり、明日から冬休みですが当然部活動はありますし、成績が悪かった人は学校に来てもらって勉強会をしてもらいますからね!」
男子校のであるので、男くさい連中がギュウギュウと詰め込まれた教室で、広い額が脂のせいかペカペカ照り、中年である為髪の生え際が後退しつつある七三分けの、中肉中背のメガネの現文教師兼このクラスの担任がもうすぐ帰れる、明日から休みだ、と浮かれていた生徒達に気を抜くなという意味も込めてか怒鳴りに近い声でそう言った。
マジかよ………、ふざけんなよなシチサン、といった成績が悪かった者の落胆の声や担任、通称シチサンに対しての怒りの声を洩らしたり、反感を抱く生徒達。それを無視して終礼を進めるシチサン、今年ももうすぐで終わるというのにいつも通りだな、と自分の頭をジョリジョリと掻きため息を付く。
「えーでは、部活動に所属してない皆さん、成績が良かった皆さん。怪我なく、病気なく来年会えることを楽しみにしてます」
シチサンが最後の挨拶と同時にチャイムが鳴り響き、学級委員長の
「起立!気をつけい!礼!」
という号令と共に席を立ち、一礼して皆それぞれの鞄を持ち、一目散に教室の出入口の扉へとなだれ込んだ。人の群がりが薄くなった頃合にリュックサックを背負い、教室から廊下へと出る。今年木製からコンクリート製へと作り替えられた校舎を、今のご時世の為マスクを付けた生徒達で満たされ、その生徒達をかき分けて進んでいく。次々に正面玄関から出て行く生徒達に紛れ、共に外へと出る。
「……寒いな」
冬服でマフラーも巻いているものの、冬の寒さには堪えられず体を擦る。早く家に帰らなければな、と速歩で帰路に向かおうとしたその時
「よお!田中」
名前を呼ばれ後ろに振り向くと、同じクラスで友達の、校則に全く従ってない制服に、マスクで隠れているがお洒落で髭を生やしているモジャモジャ頭の井上と、正反対にきっちりと校則に従って、髪も制服も綺麗に整えられている厚底メガネの新田がいた。この2人は全く性格どころか性質さえ正反対なのに、何故だがとても仲が良い。
「どうした井上、新田」
2人ともマフラーを巻いたりして防寒対策をしているが、隠せられていない耳も、冷えのせいか赤くなっている。恐らくオレも同じようになっているのだろう。
「田中〜、今から新田の家でゲームするんだけど、一緒に帰んねえか〜?」 「もし良かったら来てよ」
「あ〜…………スマンが今日は無理だな、明日もやるんだったら明日新田家行くわ」
断ると肩を落とし、少し落ち込む2人。
「………うん分かったよ」
「なんだぁ?また女子校の生徒との逢い引きかぁ?妬けるねぇ」
オレの肩に腕を回し、オレの頬をツンツンと人差し指で突く井上。
「ただ談笑とかするだけだ。逢い引きとかじゃねーし、離れろよ。ソーシャルディスタンス、ソーシャルディスタンス」
ソーシャルディスタンスを主張しながら井上を引き剥がす。
「ちぇっ、なんだよぉ。俺ら男子校の生徒にとってなぁ、女子校の生徒と付き合うどころか話す事さえなぁ、高いハードルなのによぉお前はよくおしゃべり出来ていいなぁ」
機嫌が少々悪くなったか、ねちょねちょと、粘着質な喋り方で不満をぶつける井上。マスクで見えないが多分口を尖らせて言っているに違いない。
「まあまあ落ち着いてよ井上。ほら僕ん家でゲームするんでしょ」
「そりゃそうだな」
「機嫌治るのはえーなお前」
新田に宥められ、ケロッと機嫌が治った井上に、オレも新田も少し笑ってしまった。
「じゃあね田中。また明日!」
「また明日〜」
「おうまた明日な」
話してるうちに校門を出て井上と新田はショッピングモール、マンションなど住宅街がある方に右折し、オレは高く急な坂道がある方に左折して、井上と新田に手を振る。2人もオレに手を振り、2人と別れた。
高く急な坂道は、当たり前だが降りるのは容易く登るのは本当に辛い坂道だ。途中だけでも息が上がって、登り終える頃には毎回息が切れる。運動部に入ってたオレでさえこうなるんだから運動が苦手だったり、運動も全くして来なかった人はもっと酷いんだろうな、と架空の人物を思い描いて憐れむ。まあそういう人が実際にいるからか、この坂道は「心臓破きの坂」「行きはよいよい帰りは怖い、を具現化したような坂」等など言われている。 歩道の隣には車道が通っており、トラックだったり軽自動車だったりが坂道を行き来している。オレも車で迎えて欲しいな、なんて考えながらも坂道を登り終えた。寒いはずなのに体が火照ってる、なんとも不思議な感覚を体に覚える。坂の上は坂の下とは違いそこまで大きな建造物はなく、せいぜい大きくても3階建て程度のアパートや、一軒家が建ち並びその中に小規模のブティックや喫茶店等も見えている。
速歩で自宅のある全2階建てのコンクリート造りのアパートへと向かい、1階の左端のすぐそばに作られた同じくコンクリート造りの階段の階段を登り、扉を3つ越えたところ、『2-4 田中』と表札が付けられた玄関ポストが見え、リュックサックから鍵を取り出し鍵を開け、扉を開ける。
「ただいま」
「おかえり兄ちゃん!」
両親は共働きである為既に帰ってきて、留守番をしていた自分そっくりの小六の弟が、玄関まで全力で走ってきてオレを力いっぱい抱きしめて出迎える。
「弟よありがとう。出迎えは大変嬉しいが、今それどころではないんだ。」
抱きしめている弟を引き剥がし、乱雑に靴を脱ぎ、急いでオレと弟の共同の子供部屋へと走り、乱暴にリュックサックを勉強机に置いて、代わりに勉強机の上に乗せていたピンク色の封筒を手に取り制服の胸ポケットへ入れ、財布と鍵はズボンのポケットに入れて、またもや玄関へと戻り靴を履き直し扉に手を掛ける。
「えー帰ってきたばっかじゃん、もう行くの?いつ帰るの?」
「1時間後ぐらいには帰ってくるから安心しろ、だけど鍵は絶対に開けるんじゃないぞ、分かったか?」
「うん………分かったよ…じゃあね」
「ああ」
弟にそう言って、手を振る弟にお返しとして軽く手を振った後、外に出て鍵を掛けそそくさとアパートから出ていく。向かうは坂の上、いやこの近く唯一の喫茶店「コランダム」。家の近くとあって昔からよく通っている店で昔懐かしのレトロな雰囲気が遠目から見た外装からでも伝わってくる、やっとこさついた「コランダム」は、入口からコーヒーの独特な良い匂いが漂う。扉を開けるとカランコロン、とドアベルが音を立てて出迎えてくれる。カウンターでは50〜60辺りの小皺の多い夫婦がコップを拭いたり、コーヒーを注いでいたりしていた。この喫茶店に来た理由はとある人物との待ち合わせでありその人物を探す為キョロキョロ、と店内を見渡してると、
「おーい田中さん、こっちだぞー」
左奥の方から待ち合わせの人物の声が聞こえそこまで行くと、待ち合わせの人物が自分はここに居るとアピールするように手を振って、ソファ席に座って待っていた。オレは向かいにある椅子に座った、机はソファ席と椅子のある方で、ご時世の為透明なアクリル板で区切られている。
「すまん遅れたかもしれん」
「いいよいいよ、私もさっき来たところだし」
そうは言っているものの無料で提供されている水の入ったコップはもう飲み干されていた。喫茶店の雰囲気を壊さないようにか単純にそんな金がないだけか分からないが、今殆どファミレス等で置かれてるタッチパネル式メニュー表ではなく見開き式のラバー製のメニュー表を覗き込む相席相手。
その相席相手は先程井上が言っていた相手そのものであり、オレの通っている男子校と同じく坂の下にあるものの距離がそこそこあり触れ合い等全くない女子校の生徒、女子生徒だ。前髪を分けて、綺麗に揃えられた横髪、腰まで伸びた髪は所謂姫カットというやつであろう、目元も右目側にホクロがありトロン、と蕩けてるようで眠たそうな目をしている。今はマスクをしている為見えてないが、マスクの下も美人で、唇も形がよく仄かにぷっくりとしたピンク色の可愛らしい物だ。オレと同じく制服を着たままらしく、女子校の紺色のチェックが入ったブレザーを着用している。見た目は花で例えると白百合、言葉で例えると深窓の令嬢が似合いそうなそんな彼女の名前は和泉と言う、かれこれ彼女とは今年の4月、オレが高校に入学した時に出会い、今でもこうやって度々この喫茶店で集まったり等して月に一度談笑会を開く事になっている。
「ほれ田中さん、私はメロンソーダフロートとメープルワッフル頼むから田中さんもなんか頼みなよ」
そう言われメニュー表をアクリル板の下から渡される。
「あんた冬なのによくメロンソーダフロートとか頼めるな…………寒くねえの?…………オレはホットコーヒーとサンドイッチ&ポテトセット頼むわ」
一通り目を通した後注文する物を言い、和泉さんにメニュー表を返す。
「まだ雪降ってないしまだ耐えられるよ、すみませーーーーん」
暖房が効いてるのもあるが寒さに強い方なのだろう、平然と冬でも冷たい物を飲もうとする。呼びベルを押しながら(店長とその妻しか居ないが)店員を呼ぶ和泉さん。すると先程までコップを拭いていた妻の方がアナログな伝票を手に携えやって来て、和泉さんが言った注文品を伝票に書き加える。他の人も注文したのかせっかちに次の席へと移動してしまった。
「さて田中さんよ、例のブツは持ってきたか?」
「和泉さん、その言い方だと少し怪しくなるぞ……持ってきたけどこそ持ってきたか?」
和泉さんの“例のブツ”という怪しい語りかけにより、何やら怪しい雰囲気を漂わせる席だが、安心して欲しい、とっても健全なやつだから
「勿論だ、明日はクリスマス・イブ、明後日はクリスマス、その2日は用事があるからこうやって集まれないので今日談笑会も兼ねてプレゼント交換会をしようという私からの試みだ、持ってきてないはずがないでしょう」
「そりゃ良かった、いつもみたくはしゃいで、緊張しすぎて忘れてるかと思ったよ」
「田中さんよ、お前私の事少々見くびっちゃいないかい?」
綺麗な形の眉を顰める和泉さん。そんな和泉さんからオレは目線を反らし店内にある多肉植物なんかを見る。
「メロンソーダフロートとメープルワッフル、ホットコーヒーとサンドイッチ&ポテトセットで〜す」
店主夫婦の妻の方が伝票を取った時と同じようにソファ席側にアイスクリームを上に乗せた冬なのに氷たっぷりなストライプ柄のストローが刺さったメロンソーダフロートとなんか細長いスプーン、白磁の皿に乗せられているワッフルの上にメープルシロップがこれでもかと掛けられ胡桃やら果物も添えられたメープルワッフルが置かれ、メープルワッフル用であろうかステンレス製のナイフとフォークが木箱に入れられて共に置かれる。 一方椅子側にも白磁で出来たコーヒーカップとソーサーの中に湯気が立つほど淹れたてで暖かいホットコーヒーが、コーヒーフレッシュやスティックシュガーといった味をマイルドにする物とそれを混ぜるマドラーがセットに入った木箱とセットで置かれ、更に木で編まれた容器にクッキングシートが敷き詰められその上には卵やらツナなど様々な具材の小さなサンドイッチと細くカリカリに揚げられたフライドポテト、その2つの間にケチャップが掛けられているサンドイッチ&ポテトセットも置かれた。
ごゆっくり〜、と明らかにカップルの微笑ましいデートを応援するかのように和やかにそう言って店主夫婦の妻、2人して目を合わせて勘違いされてるな、と感じたが気にせずマスクを外し、届いた物を飲食し始める。コーヒーフレッシュと、スティックシュガーをそれぞれ1個ずつホットコーヒーに注ぎマドラーでかき混ぜる、和泉さんはメープルワッフルを切り分け、いかにも甘ったるそうなそれを口に運び嬉しそうに口角が上がっていた。甘い物がすこぶる苦手な為見てるだけでも胸焼けしそうになる。
「ほれ田中さんからプレゼント出してよ」
「ん〜ほいこれ」
サンドイッチとフライドポテトの油で汚れていない方の手で胸ポケットに入れていたピンク色の封筒をアクリル板の下から渡す。
「…………図書カード?」
口にアイスクリームとメープルとシロップを付けた和泉さんがキョトンとした顔を見せる。
「オレら高校生だしあんまり高すぎるのをあげるのもなんだからさ、そこそこ安くて使いやすいのがいいと思ったんだ。そこで近所の本屋で千円ぐらいの図書カード買ってプレゼントしたんだがどうだ?嫌か?」
和泉さんは封筒の中身を取り出す、中身は世界的に人気なマスコットキャラクター達が勢揃いしているイラストが施され、右端に1000円と書かれた図書カード1枚だ。
「いやとても良いと思うよ。私本よく買うし、このキャラクター達大好きだから嬉しいよ。ありがとうね田中さん」
「まあこのキャラクター嫌いな人そんなに居ないだろうからそりゃそうか、喜んでくれて何より。そんで和泉さんは何をプレゼントしてくれるんだ?」
湯気立つホットコーヒーを啜りながら訊くと、和泉さんは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、流石にアクリル板の下からでは通れないぐらいの厚さのあるクリスマス用の包装紙でラッピングされた何かが机の横から汚れてない方の手に手渡される。
「開けてみてくれ!」
自信満々にそう言う和泉さんに少々不信感を覚えつつ、袋を極力破らないようにゆっくりと透明なシールを剥がした。中身を見た瞬間オレは目を丸くして驚き、思わず油で汚れた方の手で坊主頭をジョリジョリと掻いてしまった。
「───和泉さん………これは……?」
「初めてこうやって友達とプレゼント交換会するからな、ショッピングモールの文房具屋でクリスマスのプレゼント交換会でオススメの物はどれか訊いたらコレがいいと言われて」
オススメの物と言われたらしい今オレが手に持っている物は、ビニール袋に詰められた文房具一式だがその文房具全てに、「ぱすてる☆ランド 〜みんなのたのしいゆうえんち〜」というロゴが付けられており、名前に恥じぬよう文房具達はピンクとパステルカラーを中心とした物ばかりでどの文房具にもキャラクターのイラストが描かれているのだが、ユニコーンだったりマスコット化された動物達だったりゆるふわ風に描かれた人間等ばかりで分かりやすく女児向けの文房具セットである事が察せられた。
「…………嫌だったか?」
「いや、別に嫌とかではないけど……驚いたな…オレ女児向け系好きなイメージ持たれてたのかと思ってしまったよ。まあ、あの和泉さんが初めてプレゼント交換会の為に買って、ちゃんと忘れずに持ってこれたからオレとしては評価高いよ」
「は?なんだお前」
そんなこんな話してるうちに、2人とも皿もコップも空になり、備え付けられているカフェナプキンで口を拭いたり手を拭いたりして席から立つ。
「おい田中さん」
「なんだ?」
オレだけ立っている為、和泉さんを見下ろす構図になっているが和泉さんは見た目はどこか威圧感があるから逆に見下されてる気分になる。
「今回はちょっっっっっとだけ失敗気味だったけど、来年もまだこうやって私とお話してくれるなら“下の名前”も教えてあげてもいいぞ」
その言葉にすこぶる驚いた、そもそも和泉さんから「お互い上の名前、苗字しか教えないようにしよう」と言ったのだ。その為オレは和泉さんの下の名前を知らないし、和泉さんもオレの下の名前を知らない。
「いいんですか?」
「いいよ、田中さんにはここまで仲良くして貰ったし、私の事よく小馬鹿にするけど意外と話が合うから話してて楽しいし」
ソファ席から立ち会計へと向かう和泉さん。
「ところで今日はお金どうする?自分が頼んだやつは自分で払う形式にする?」
「そうだな、一方的に払わせるのも何だし、割り勘も同じようなもんだからな」
喫茶店の量は少ない割にそこそこ高い値段を払い、喫茶店「コランダム」から出て
「それじゃあね田中さん」
「ああ、それじゃあな和泉さん」
軽く手を上げて別れを告げて、お互い渡されたプレゼントを持って家に帰って行った。
「…………う〜む」
和泉さんから貰ったプレゼントの文房具セットをビニール袋から取り出し軽く整頓し、特に気に入った猫型の消しゴムとでっかいチャームがついた他のよりゴツいプロフィール帳を座っている時に勉強机の目の入りやすい場所に置く。
「うわ何兄ちゃん、女子みたいじゃん」
座りながら和泉さんから貰った物を鑑賞していると、弟に苦言を零される。
「こらこら弟よ、可愛い物だったりを見てすぐ女子みたいじゃんは場合によっては差別だぞ兄ちゃんでよかったな」
「それは悪かったけどおれのところにはソレ置かないでね、おれのドラゴン達が可愛くなっちゃうから」
弟の方の勉強机には多種多様なドラゴングッズがあり、ある意味性質似てるしなんならそっちの方が後々ダメージ効きそうではあるよなと思いつつ首を縦に振り条約を結ぶ。 何を思ってかプロフィール帳を開き、リングファイルになっており、そのリングを外す事も可能である事に気づき2つ程用紙を外し、
「弟よ、兄ちゃんとプロフィール紹介しないか?兄弟とはいえお互い知らない事もあると思うんだ、そこで何も包み隠さず本来の自分をさらけ出そうじゃないか……兄ちゃんも書くからさ」
「え〜〜〜〜、やだ〜〜〜父ちゃんとか母ちゃんとかにやってよ〜」
弟に緩〜く断られて口を尖らせて少し拗ねた。
唐島 潤「来年ボックス」─年末
12月31日大晦日、今年ももうすぐ終わると考えるとこの1年、早かったようにも思えるし遅かったようにも思える。もうすぐで新年が始まるカウントダウンが始まろうとしたその時に、ピンポーン、とチャイムが鳴る。知人か、それとも宅配便だろうか。こんな年末にも仕事とはお辛いなあと思いながら玄関へ向かうと、そこには人ひとりおらず代わりにダンボール箱がポツンと置かれていた。誰かのイタズラかあるいは配達員が置いてすぐ帰ったかと2つ仮説を立てたが宛先、何が入っているか等を証明する紙も貼られてなければサインをする暇なく帰って行った事を考えると恐らくイタズラであろうと決断づけ、ダンボールを家の中に入れる。 ふむなんだろうな、と不審なダンボールを腕組みしながら見つめる。ふと好奇心に負けてガムテープで塞がれたところを剥がし蓋を開けると、そこには人体模型でしか見た事がないような白骨、骸骨が確かにダンボールの中に全身敷き詰められていた。
「うわあぁ!?」
素っ頓狂な声をあげて尻もちをついてしまった。やっぱりイタズラだったと怒りを覚え蓋を閉め戸棚に置いておく。折角大晦日なのにこんなイタズラをされるなんてと少し気分を害してしまった。するとスマホから着信音が聞こえてきた、妹からだった。 電話に出る方のアイコンをスライドし、電話に出る。
「……もしもし…?」
「もしもし兄さん元気?」
「ああ俺はいつも通り元気だぜ、だがなんかダンボールな箱が届いてな………」
戸棚の方に置いたダンボール箱に目配せする。
「ああそれね、私が送ったのだよ」
「そうなのか!?」
「そうだよ」
ケロッとそう言う妹に、ここまでの嫌がらせをするような奴だったかと不安になる。
「それはね、来年ボックスって言うんだよ」
「来年ボックスだぁ?」
電話ごしであるが首を傾げ不思議がる。
「来年ボックスはね、来年の自分の状況が送られて来るんだよ」
「…………は?」
“来年ボックスはね、来年の自分の状況が送られて来るんだよ”妹のその言葉を訊いてその言葉を反芻するが理解出来ず、やっと理解出来たのは妹がかなり来年ボックスについて語った時である。
「なっ、…なあ質問があるんだが?」
「どうしたの?」
「もっ、もし……例えばの話だけど来た来年ボックスに白骨、骸骨とか入ってたらそれはどういう事になると思うか?」
「う〜んそうだな〜、自分の身に破滅を比喩的に教えたり、そのまま来年死んでるって事じゃない?私もそこまで詳しくないからあんま───」
妹が話してる途中で電話を切った。そして再度戸棚に置いた白骨入りダンボールを取り出し、蓋を開ける。そこには肉片も血も付着しておらずとても綺麗な白骨だ。これは自分の破滅の比喩か、それとも実際にコレが俺で死んでしまうのか。室内の光を反射しテラテラ光る白骨はそうまるで人工模型そのものので元はちゃんと骨と皮と脂肪が合った人間だとは到底思いたくない。俺は来年を不安に感じ初めて髑髏を抱きしめた。だが確定してるのは来年破滅しているか、死んでいるかどちらかだ。来年が恐ろしくて怖くて不安で来て欲しくないなと思ったのは初めてだった。
古鳥碧生「寒空」「足りない物」「もう戻れない」
「寒空」─クリスマス
クリスマスが今年もやってくる?勝手に来ないでくれ。そう尖っていたあの日が今では懐かしい。なんだかんだで、塾の自習室で過ごした聖夜はいい思い出だ。
「期末だりー」
「プレゼントは単位が欲しい」
タイムラインを流し見る。受験の熱狂が恋しくなるなんて、一年前の自分は信じないだろう。
「足りない物」─プレゼント
12月25日、通販サイトのギフトカードを貰った。一万円分。望まない贈り物によるトラブルを防げると聞いて、最初は感心した。何て合理的な発想なんだと。悩み事が減るのは良いことだ。
でも、何だか物足りない。ワクワクしながら包みを開いて、反応に困るあの瞬間。やっぱり嫌いじゃなかった。
「もう戻れない」─年末
「来年から本気出す」
年の瀬の恒例行事。今年で何と、記念すべき第十回だ。初開催は確か小学生の頃。
「0時まで休憩」
まだ大丈夫さ。時刻表示をちらちらと見やりながら、動画サイトのアルゴリズムに身を委ねる。お、この動画も面白い。
「来年から本気出す」
祝。第十一回、開催決定。
岼田蟹「夏日足跡」─プレゼント
我が袖にまだき時雨のふりぬるは君がこころにあきやきぬらむ
──詠み人知らず
拝啓
あなた譲りの意気地無さで大学以来損ばかりしています。
二年生の時友人の誘いを断ったためにその人に嫌われてしまい、以後陰口を叩かれ続けたことがあります。どうしてそうなったかとあなたは思うかもしれません。大した訳でもありません。その人からの様々な誘いを断り続けていた結果、私は所謂「優等生」のようなレッテルを貼られたからです。私は正直でした。嘘をつかれることを恐れており、私は嘘をつかないようにしようと考えた結果、嘘をつかず自分に素直に行動するという自己中心主義に陥ってしまったからです。私は自分に嘘をつかれたくなかっただけだったのでしょう。自分自身からという例外を設けることもせず。お前みたいな人間は将来騙されて野垂れ死ぬのだとその人は言っていました。私は嘘をつくことを覚えました。他人を信じるということが難しくなりました。ですが他人からは信用されるようになりました。
あなたから三年前に貰った髪飾りをつけていたら、友人から安っぽいものはあなたには似合わないと言われました。私はその時嘘をつくことを覚えていたので、それなりの叛感を覚えましたが表情筋で嘘をつきました。そうだね、別のやつを探すよと受け合いました。それならこれはどうか、あれはどうかと言ってきたので、適当に聞き流しそれらしい物を買って身につけてごまかしました。嫌な気分になり、後日思い出してひどい思いに駆られて嘔吐しました。周囲からは似合っていると誉められはしましたが、私からするとそれについて熟考したときには再び吐き気を催すほど似合わないものでした。それは大学卒業後に捨ててしまいました。しかし私の傷は死ぬまで消えないでしょう。
四年生の時には同じゼミの異性の方から強引に言い寄られ、トラウマを想起して嘔吐しかけたこともありました。目の前で友人が困っている時には、手を差し伸べるのを躊躇ってしまったことがありました。通学の時などに未知の人間に私の躰をいいように弄ばれながらも声を上げることはできませんでした。親しくしていた後輩の苦境に何もすることが出来ませんでした。あなたに謝罪することが出来ませんでした。過去を忘れて享楽に走ることも出来ませんでした。
自分を外面ばかり取り繕い、他人にとって都合がいいだけの存在になったままでこんな年齢になってしまいました。私は意気地無しで、無能で、自分に唯一出来ることは外面を取り繕うことだけだと思い、自分を傷つけながら生き続けて、地上を這いずり回る最も醜い存在のうちのひとつとしての惨めで無様な私の人生がここにあるのです。過去はもう行ってしまったみたいな顔をしておきながら、しょっちゅう私の前に現れては薄汚い笑みを浮かべていて、私をどうしようもなく殻の中に引きこもらせてしまうのです。もしくは無理やり殻の中から引き摺りだして飽きるまで私のことを振り回します。きっとあなたにもこういう思いをした経験があるでしょう。あなたは意気地無しですから、それを私に告白してさえくれればよいのに、それさえもしてくれないのです。私たちは本質的に同類である、むしろあなたが私をあなたと同類にしたはずなのに、どうしてそういうことをするのでしょうか。私を見捨てるのでしょうか。私はあなたの気に障ることをしたのでしょうか。気に入りませんか。憎いですか。殴りたいと思いますか。私のせいだと思いますか。あなたから罵詈雑言を賜るというのであれば謹んでお受けします。どうか私のことを気の向くままに断罪なさって下さい。
先ほどもちらりと述べましたが、意気地無しのはずのあなたから、三年前に贈り物を貰ったことがありましたね。覚えていますか。私はそれがほんとうに嬉しくてならなかったのです。あなたは私を腫れ物として見ていると考えていたから。あなたがくれたその水兵のようなみずいろの愛らしい帽子と、同色のアンカーのような重みを感じる髪飾りは私によく似合っていた、というのはあなたもご存知のはずの██の評です。あなたがこの手紙を受けとるのも彼女からでしょう。話が逸れましたが、私はこの贈り物を非常に気に入っています。臨終の時でも、棺桶の中にも入れて持っていきたいほどに。あなたは私の好みを覚えていてくれました。いまからは凡そ10寝んも前になるでしょうか、私とあなたと██の三人で出掛けた時に私があなたに好きな色の話をしたのを覚えていますか。私は覚えています。透き通るような空の青だけは私に嘘をつかないから、だなんて気取った気恥ずかしくなることばをあなたに言ってしまったのは他ならぬ私でした。それをあなたに覚えていてもらったと解釈して、私はあなたに嫌われてなどいないのかもしれないと考え、その帽子を頭にのせて髪飾りをつけて街中へ繰り出してしまいたくなるほどにのぼせていました。帽子は目立つので仕事をする際には被っていないのですが、髪飾りは毎日つけています。あなたの思い出はこの錨が繋ぎ止めてくれているので、毎朝支度をする度にあなたのことを思い出しています。これを渡されたときは驚きました。██はあまり感情的にならない質だった上ファッションへの興味も薄かったので、私にこうしたものを贈ってくるとは何事かと思わず身構えてしまいました。あなたからのものだと聞いて合点がいきました。一言付け加えておきますが、今では私が身構えられる側なのでしょうね。
長々と書きました。申し訳ございません。畢竟するに私が言いたいのは、あなたとまたやり直したいということなのです。やり直すというのは、過去のことを忘れて、もしくは忘れるとはいかなくともせめて精神的に互いに清算をしてしまうという意味です。何年もずっとそこにいる気まずさを終わらせたいのです。七年前の、あなたに頬を打たれた時とその後の一連のもろもろの崩壊の話を今だに引き摺っているのはもはや私とあなたくらいです。ずっとこれが付きまとってきて、どんなに楽しいときでもふと気付けば私たちに耳打ちしてくるのです。忘れたのか、そう問いかけられるときに私はどうしようもなくなります。腕も足ももはや動かず、無能なでくの坊になってへなへなと座り込むだけなのです。もしくはそれさえもできません。もうやめにしましょう。互いにそんなものに捕らわれ続けるのは生産性も何もない行為に過ぎません。あなたのかつての言葉を借りるのなら、割れもしない氷を叩き続ける、とでも言えばよいでしょうか。無意味です。そうではないですか。そして、お願いですから、どうか私と距離を取り続けるのはやめにしてください。もう限界です。あなたから向けられている感情がどんなものか想像する度に涙が出てくるのです。泣き疲れました。人生にも疲れてきた気がします。はっきりさせてください。あなたが過去のきずあとのことをどう考えているかわからないのにこんなことを言うのは不躾だということはわかっています。ですがもはやどうしようもないのです。私を許して下さい。意気地無しなのは私もです。二人して過去から虐げられているんです。私とあなたは全くよく似ています。ほんとうに、どうしてこうなのかと思うほどです。
短く終わらせようと思った手紙でしたが、思いがけず長くなってしまいました。ごめんなさい。書いている途中で頭の中を整理できなくなってしまったのです。ひとまずもう終わりにします。そう遠くないうちにいつか会いましょう。あなたもそう思っていてくれることを祈りながら、筆を置きたいと思います。気が向きましたらお返事ください。
敬具██ ██
手紙を書き終え、先が丸く太くなった鉛筆をそっと机上に横たえ、便箋を丁寧に折り畳んでそれを無愛想な茶封筒に詰め込んだ。細い指の翳が紙上に燻っている。
内容が内容であるだけに、彼女は華美ではなく形式ばった印象を与えるような、それでいて表情からは何も伺わせないものを選んだ。目線は窓外へ向く。そして彼女は、手紙のある一文を思い出し、それを丁寧に消し去ってから椅子からそっと立ち上がって帽子を被り、コートを羽織って家を出た。 今日の空は高く、高く晴れている。
屑星「贈り物」─クリスマス、プレゼント
朝起きたら玄関の前で鹿が死んでいた。
十二月二十四日の午前六時。最悪のクリスマスイブのスタートだった。
すぐに保健所に連絡したけど土曜日だからか、回収は昼前になるという。登ってきたばかりの朝日に照らされた毛皮は決して美しくはない。
その毛先についた水滴が、きらきらとしていた。鹿の身体には目立った傷はない。血も流れていない。何か病気で死んだのだろうか。
玄関の前で死なれると、買い物も行きにくくて困るのだけれど。道路で死んでいなかったのがまだ幸運かもしれない。いや、鹿が死んでいる時点で不幸なのかも。
仕方がないから今日は冷蔵室の残り物で耐えよう。午前のうちだけでも。
家に入る。鹿を観察していた数分の間でも耳と手は真っ赤になるほど冷たくなっていた。飼っているドラゴン(水龍の血が入った雑種の女の子)のタマが寝ぼけて手にすり寄ってきた。すぐに冷たさにびっくりして寝床の毛布に戻ってしまった。愛らしい。タマは鹿も食べるだろうけど、それにはそれで手続きが必要だし死因が分からない肉なんて食べさせたくない。
暖炉に火をつけてから朝食の準備を始めた。タマの朝ごはんの人口肉と、それから私と夫の朝ごはんを用意する。クリスマスイブだけど朝食はいつも通りに。その分昼や夜は豪華なものを作るつもりだ。ドリップ芋を入れた味噌汁と人口肉のあまりの炒め物。雑穀麦は蒸してあるから、あとは苦みのあるハーブティーを。
いつも夫は朝食の匂いにつられて起きてくる。夫のほうはハーフエルフで、私たちは最近彼のふるさとの森に引っ越してきた。最近と言っても三十年近く前だけれど。この森はいい場所だ。静かで、かといって寂しさを感じることはない。偶にこうやって動物が死んでいるけど。それも含めて寂しくないと思っておきたい。
クリスマスイブの今日は私も夫も休みだからすることがない。簡単な家事を済ませてから夫は裏庭へ、私はタマの世話をしに分かれた。裏庭にはいろんなハーブが植えられていて、夫が世話をしている。元々この家は夫の親族の持ち家だそうで、引っ越し先を探しているときに彼らが声を掛けてくれた。初めは相当荒れていたが、二人と一匹で協力して相当綺麗な家になったと思う。また明後日くらいから大掃除を始めなければ。
タマはクルクルとのどを鳴らしている。水龍の血が入ったタマは寒さに弱い。いつも寝床にある毛布か、暖炉の前、それか私たちの身体に巻き付いて暖を取っている。人懐っこい性格だから人のそばにいることが多い。タマは最初怪我をしているところを保護した。ドラゴンは飼うのに許可がいて、都会では飼うのが難しい。私たちが引っ越した理由の一つがタマのためだった。タマはクルルルとのどを鳴らす。ご機嫌なようだった。
しばらくタマを撫でて堪能していると、突然私から離れて裏口のほうへ走り出した。夫が庭から戻ったのだろう。タマは裏庭に生えているローズドリップの実が好物なので、夫が裏庭から戻るたびにそれをせがんでいた。
今度は夫がタマに構い始めたので、私は編み物の続きを始めた。タマに着せる用の小さなセーターを編んでいる。水色と白色の毛糸を使ったセーターで、雪と木の模様を編みこんでいく。外を見ると雪が降り始めていた。夕方には積もるだろう。積もったらタマを外に出して、鹿の確認でもしようか。
暖炉にくべた木がごと、と大きな音を立てて崩れた。耳を立てるとパチパチと小さな音が聞こえる。新しく木をくべた。
新しい木もまたパチパチと燃え始めた。タマが夫の手から抜け出てこちらに来た。私が撫でようとしたけどするりと逃げられてしまった。暖炉の前で寝たかったようだ。身体を小さく丸めて、尾を枕にしてうとうとしている。暖かそうだった。私も少し暖炉の前に座って火を静かに眺める。夫も横に座ってきた。
夫には秘密にしてあるが(存在には気づかれていると思うけれど)、今年は彼にクリスマスプレゼントを用意している。園芸用の新しいスコップと、以前から欲しがっていた植物の苗だ。苗は今日の夜にサンタクロース便で着くようにしてある。スコップは明日起きたら庭にこっそり置いておこうと思う。彼はどんな顔をするだろうか。きっと、薄い皮をくしゃくしゃに曲げて笑ってくれると思う。タマにも良いおやつとおもちゃを買っておいた。彼女はサンタに火を噴きそうだからサンタクロース便の利用はやめてある。昨年は夫が私たちにたくさんプレゼントをくれたから、今年は私の番だ。あとは明日の昼と夜ごはんの仕込みを済ませておきたい。結局、私たちは何よりも食べることが好きだから、美味しいごはんが最高のプレゼントになるのだった。