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JOG(308)日本電産・永守重信の新「日本的経営」

「雇用創出こそ企業の最大の社会的貢献である」


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■1.目標は「従業員100万人」■

 私は企業の最大の貢献は雇用だと思っています。世界でもっともたくさんの従業員を抱えるということを日本電産グループの誇りにしたいですし、それは、ある程度健全収益が上がらないとできません。私の目標は、売上高10兆円で従業員100万人です。[1.p260]

 こう語るのは日本電産の永守重信・社長。売上高や利益を会社の目標として掲げるのが普通だが、従業員数を目標とする経営者は珍しい。それも100万人とは、並大抵の数字ではない。 「世界最大のウォルマートでも30万人ぐらいですよ」との質問には、こう答える。

 例えば、メーカーの工場がアフリカにたくさんあるでしょう。先日テレビで見ましたが、七十歳で、ウガンダの工場で、40年間縫製会社をやっている人がいる。そういう工場では、苦労している従業員をたくさん雇っている。働き手を亡くして子どもを抱えた母親だとか、内戦で親が死んでしまったまだ若い娘さんとか、そういう人を採用しているわけです。あれはいいなと思います。[1,p260]

■2.わずか一年での企業再建■

 これが単なる「大風呂敷」でないことは、最近の事例で鮮烈 に実証された。デジタルカメラや光ディスク装置用のモーター などを製造している三協精機が平成14年間から3年連続の大幅赤字で倒産寸前の状況だったのを、日本電産が資本参加し、 永守が経営指導をすることで、最初の一年目から黒字に転換させたのである。

 しかも、この間に、一人の首も切っていない。すなわち、同じ人々が同じ設備で同じ製品を作り、景気の波もそれほど変わっていないのに、平成16年の純損益ベースの赤字額が287億 円だったのが、17年には150億円の黒字見込みである。経営の違いとしか言いようがない。

 三協精機の従業員数は連結ベースで1万人強である。もし倒産したら、これだけの人間が路頭に迷うところだった。それを救い、一年で大幅に利益を出させる。永守社長率いる日本電産グループはこのような人を切らない企業買収や合併を23件も成功させてきた。これが従業員100万人という目標に向かっての永守の歩き方である。

■3.「これは十分ペイするな」■

 三協精機支援の話が持ち込まれたのは、平成15年7月の事 であった。実は6年前にも、永守社長が三協精機の技術力を高く評価し、買収を申し入れていたのだが、先方の社長が「かん べんしてください」というので、あきらめた事があった。相手 の意思を尊重しない敵対的買収はよくない、というのが永守社長の考えである。

 約束した東京丸の内のホテルでは、三協精機・小口社長とその主力取引銀行である八十二銀行の成澤頭取、さらに同銀行の大株主である東京三菱銀行の五味・副頭取が永守社長を待ちかまえていた。

「永守さん、率直に言います。三協精機に資本参加していただけないでしょうか」と三協精機の小口社長が切り出し、窮状を訴えた。八十二銀行の成澤頭取が言葉を継いだ。

 永守さん、弊行は主力取引銀行という立場から三協精機の再建を支援してきました。人員削減などこれまでにない外科的な手法も実施したのですが、思うように進みません。永守さんはこれまでに人を切らずに買収企業を再建してこられました。もうこれ以上地元の雇用情勢を悪化させるわけにいかないんです。なんとか、人を切らずに三協を再建していただけませんでしょうか。[1,p35]

 日本電産の社内では、三協精機が300億円もの不良資産を抱えていることから、反対の声があがっていた。しかし、永守は三協精機の技術力を1500億円分の価値はあると踏んだ。三協精機の優れた製品を生み出すには、年間1千万のエンジニアが500人で30年はかかる、という計算である。

 私は会社を買収する時、技術しか見ていない。技術さえよければ、他のものは相当悪くてもいい、というのが昔からの考え方だ。悪い部分は自分が治すことが経営者だと思っている。[1,p20]

■4.「日本電産から社長を派遣している会社は一社もありません」■

 8月6日、日本電産が三協精機に出資することが新聞発表され、盆休みあけの8月20日、永守は長野県下諏訪にある三協精機の本社に足を踏み入れた。これから1年以上、毎週2泊3 日に渡る諏訪通いの始まりだった。並み居る役員たちを前に、永守はこう言った。

 私は過去22社こういう関係で、再建をやらせてもらっています。

 私の過去の手法を見ていただきますとわかりますように、決して我々が来て何か会社を食い物にするとか、とんでもない人事をやって恐慌に陥れることは一切やっておりません。22社をご覧いただければ分かりますように、日本電産から社長を派遣している会社は一社もありません。[1,p68]

 ただし、三協精機が独り立ちするまでは3人程度の役員を派遣し、永守流経営の伝道師として使う。そして、永守流経営が現実の経営に反映され、再建が完了すると、派遣役員を引き揚 げる、と説明した。

 この後、1ヶ月ほどかけて永守は三協精機の国内外の製造拠 点、開発拠点をすべて自分の目で見て回った。「再建の見取り図が見えつつある。重病だが不治の病ではないと新聞のイン タビューで答えた。永守の次の言葉は、「再建の見取り図」の基盤をなすものだろう。

 私の考えでは、人間の能力の差は5倍しかない。人間の知能とか経験とか知識なんてものは、そこそこの会社の社員であれば5倍もないのです。普通は2倍から3倍ですわ。頭がええとかね、そんなことはもう大して差がない。しかし、社員の意識といいますか、やる気、「それやろう」とか、「今日は絶対売るぞ」とか、「絶対に悪い品物出さんぞ」とか、そういう意識は百倍の差がある。実際は百倍以上ですな、おそらく。千倍くらいあるかもしれません。[1,p182]

 三協精機の社員の意識、やる気をどう変えていくのか、ここ から永守は取り組んだ。

■5.6つのS■

 永守流経営の基本は「6S」である。これは整理・整頓・清 潔・清掃・作法・躾の6つの「S」を意味する。この観点から各事業所を100点満点で評価するのだが、これが60点を超 えれば事業はかならず黒字になる、という。それが三協精機を視察したときの評価点は、わずか5点だった。

 百点満点で5点ということは、ゴミ溜め。工場を見ると、油は散り放題、切り粉は飛び放題、作業員の作業服は真っ黒。ねじなどのものが落ちとっても誰も拾わない。こういう工場です。お客が来ても従業員は「いらっしゃいませ」も言わない。守衛はグーグーいびきかいて寝とる。

 すぐに、全社運動として始業前の8時から8時10分まで、各自の周りを清掃することから始めた。従業員だけでなく、役員も含めてである。

 日本電産から派遣された6Sの伝道師が、窓枠を指でなぞっ て、ほこりがないか確かめ、不十分な所はやり直しをさせる。

 次第に掃除のレベルが上がって、でこぼこの曇りガラスを歯ブ ラシで磨く社員、ブラインドを一枚一枚磨く社員も出てきた。

 また役員と管理職がトイレ掃除を始め、従業員に任せられる 水準にまできれいにしてから、従業員にも当番制でトイレ掃除 を担当させた。不要な書類を整理すると、トラック数十台分と なった。建物のペンキ塗りまで自分たちで行った。

■6.「ものを大切に使おう」■

 こうした活動を通じて、社員の意識が大きく変わっていった。三協精機でこの活動の旗振り役となった人々は、こう語っている。

 社員が「磨けば短時間に光ってくる」「その効果が目に見えてわかってくる」って言うんです。ある種の達成感というのか。みんなでやれば成果が出る。そういうことを体感させてくれた部分がある。[1,p118]

 不思議なもので、便器を自分で掃除すれば、その後きれいに使おうと思いますし、人にもきれいに使ってもらいたいと思います。何か壊れているものを見ると、「あ、会社のものが壊れている」という気持ちになります。今までは壊れたら総務に言えばいいとか、自分にはあまり関係ないという世界だったんですけど、意識が変わりました。ものを大切に使おうとか、そういう気持ちは自然に芽生えつつあります。何か自分のもののように感じる、親身に感じてくるんです。[1,p118]

■7.「餌付けーション」と「飲みニュケーション」■

 こういう意識改革と並行して、永守は若手社員20名程度との昼食懇談会、課長以上の幹部との夕食会を繰り返し開催して、自分の仕事に関する考え方を浸透させるとともに、社員や幹部からの意見を吸い上げていった。

 1年間で昼食懇談会52回を開催し、若手1056人と話し 合った。またの25回の夕食会で課長以上の管理職327人と語り合った。これらを永守は「餌付けーション」「飲みニュケ ーション」と呼んでいる。

 なんでみんなと飯を食うかというと、食事をしたり、一杯飲んでできる話ならだいぶ様子が違ってくるから。ばか話でもしながら、わかりやすく話をする。みんなの質問を受け付ける。細かい話も出てきます。昼間働いているが、立ち作業でしんどいとか、休み時間になったら椅子が足らんとか言うわけや。そんなことなぜその場ですぐやらんのかわからんけれど、そういう意見がいっぱい出てくる。・・・それを全部解決していくわけですね、順番に。

 こうして現場の細かな不平、不満を解決しながら、経営者と して会社の将来の姿を説明する。1年たったらこうなりますよ、2年たったらこうなりますよ、と。社員の考え方を一致させて、 進むべき方向を合わせるための手段であった。

■8.「みんなでやれば効果は出る」■

 永守が社員たちに指摘したのは、次のようなムダだった。

(日本電産では10人でやっているモーター製造の仕事を三協精機では20人かけていることから)まったく同じモーターで、日本電産で20%儲かっているものが、三協精機では20%損をしている。言い換えれば40%原価が違うわけです。40%も原価が違って勝てるものはありませんし、仮に注文をとってもその製品からは1円の利益も上がらないどころか、大きな赤字を出すということになっていきます。[1,p90]

(設備も)まったく信じ難い値段のものを買っている。設備費は2倍から3倍です。日本電産では1千万で買っている機械を三協精機では3千万円で買っている。そんなのはざらです。あのような設備を使って世界競争に勝てることはまったくありません。[1,p91]

(部品の仕入れコストは)だいたい10%高いです。ということは年間売上高1千億円のうち、6百億円を仕入れにしますと、10%高くて60億余分にお金を払っているということです。[1,p91]●

トイレの清掃などから芽生えた「ものを大切に使おう」とい う意識が、こういう問題に向けられ、設備や部品を少しでも安 く買い、また設備や作業者や事務員の時間を大切に使おうとい う、当たり前の事が徹底して行われるようになった。

    こうした社員全体の無数の努力が積み重なって、平成16年 の純損益ベースの赤字額287億円だったのが、わずか1年で17年には150億円の黒字見込みと、400億円以上の収益 改善をもたらしたのである。まさに「みんなでやれば効果は出る」である。

■9."手塩にかける"■

 最近はあまり使われなくなったが、"手塩にかける"という言葉がある。厳しさのなかにも愛情があふれ、未熟で不慣れな後輩をそれぞれの個性やタイプに応じて、手間暇かけてじっくりと一人前に育て上げていくというイメージがあって、わたしの好きな言葉の一つである。[2,p150]

 トイレ掃除まで徹底してやらせたり、餌付けーション、飲みニュケーションを何度も開いて多くの社員たちと直接語り合ったのは、まさに「手塩にかけて」社員を育てるためであろう。 その結果がわずか一年での劇的な黒字転換である。

 しかし、黒字転換は結果の一つに過ぎない。最大の成果は「ものを大切に使おう」「みんなでやれば効果は出る」を体験を通じて習得した社員たちだろう。こういう社員たちが、今後 のさらなる事業成長を支えていく。

 世間では敗者と評価されているような人の闘争心に火をつけて勝者にしていく。倒れかかった会社の腐りかけた柱を新しくして立派なものに立て直す。自信ややる気を失いかけている部下を叱咤激励して夢と希望を持たせる。

 このように人や会社、そして部下が大変身を遂げ、強く、たくましくなっていく姿を眺めるのが、わたしの最高の喜びであり、生き甲斐でもある・・・[2,p221]

 こういう「人づくり」こそ、古くて新しい「日本的経営」の特質であろう。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(010) Global Standard となった日本の生産マネジメント
 世界中の国々が日本の真似をしてキャッチアップしてくる。
【リンク工事中】

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)

1. 日本経済新聞社・編『日本電産 永守イズムの挑戦』★★★、
日本経済新聞社、H16

2. 永守重信『』★★★、三笠書房、H10 おたより

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■「日本電産・永守社長の新「日本的経営」」について

一郎さんより

 私は日本電産の工場のある福井県小浜市に住むものです。も ともと芝浦製作所の小浜工場であったものが日本電産になった 工場ですが、その変貌ぶりは目を見張るものがあります。

 本号を読ませていただき、改めて永守社長の指導力を痛感い たしました。当初は文句を言う社員もいましたが今では市民も ようやく理解できるようになりました。

■ 編集長・伊勢雅臣より

 たった一人の経営者のよって、企業は大きく変貌するものですね。

© 平成16年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.

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