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JOG(1242) 地球を救う「三方よし」経営 ~「すしざんまい」社長

「三方よし」を追求し、ソマリア沖の海賊問題解決にまで貢献した「すしざんまい」商法。


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■1.ソマリア沖の海賊問題、年間ゼロ件に

 寿司チェーン店「すしざんまい」が、ソマリア沖の海賊問題解決に一役買った、というニュースが数年前に流れました。「海賊事案発生状況」でデータを見ると、最も多かった2009年から2011年には200件を優に超えており、世界全体の400件超の半分を占めていました。それが2012年は75件、13年は15件と急減し、2019年、20年とゼロ件が続いています。[海賊対処レポート]

 ソマリア沖はインド洋とスエズ運河を結ぶ重要な航路で、世界のコンテナ貨物の約16%、年間1600隻もの輸送船が通過します。かつては年間200件以上もの海賊事案があったということは、通航する輸送船の10隻に1隻以上が影響を受けていたということで、世界全体にとっても大きな問題でした。

 これがほとんど根絶できたということは、海上自衛隊を含む各国の海賊対処行動が大きな力となっていると思いますが、2年もゼロ件が続いているということは、海賊の発生原因そのものが根絶されたからとも言えるのではないでしょうか。そこに日本の「すしざんまい」が貢献したとすれば、国際社会に大きな示唆を与えた成功事例になります。

■2.現地の人々が海賊などしなくても良いような経済を作る

「すしざんまい」が何をしたのか、同社の木村清社長の『マグロ大王 木村清 ダメだと思った時が夜明け前』では、かなり控えめな記述に留まっていますが、そこから読み取ってみると、次のような内容のようです。

 もともとソマリア沖に面したジブチ共和国は、1990年代に内戦に突入し、さらに2004年に起きたスマトラ沖地震による津波で壊滅的な打撃を受けました。困窮した住民が2005年頃から海賊をするようになり、ソマリア周辺海域が危険な地域になってしまいました。日本の海上自衛隊が、米、仏、独などととともに、艦艇や哨戒機を出して、警備行動を始めました。

 2011年頃、木村社長のもとにジブチから要請があり、現地に行って状況を把握しました。海賊を取り締まる行動も必要ですが、現地の人々が海賊などしなくても良いような経済を作るのは、民間の役割です。そう考えて、木村社長は具体的に何ができるのか考えてみました。

 そもそもソマリア沖は、キハダマグロ、バチマグロその他の世界的な好漁場でした。しかし、現地で消費される量は限られていますし、食べ方もよくわかっていません。魚の売り場所がないから、現地の人々は「獲ってもしようがない」と言います。

 木村社長が、実際に日本の釣り方を試してみたら、確かによく釣れます。現地住民が漁業を通して仕事と収入を確保できれば、本人たちも危険な海賊など、やらなくて済みます。政府も、彼らが漁業に従事することを望んでいました。ならば、一緒にやりましょうと、木村社長は政府と漁業分野の合意書を交わしました。

 まず漁船がないということで、日本から中古漁船を持ち込みました。そして漁業指導をしました。3年をかけて準備をし、獲れた魚を「すしざんまい」が買い上げます。

 こうして3年ほど準備を進め、まだ採算がとれる水準ではありませんが、将来的には利益を出せる目算は立つところまできました。2013年にはジブチのイスマイル・オーマル・ゲレ大統領が来日された際に木村社長を引見され、ジブチ政府から、これまでの活動を認めて勲章まで授与されました。

『マグロ大王 木村清 ダメだと思った時が夜明け前』- 木村 清

■3.「一人でも多くのお客様に喜んでいただくこと」という「買い手よし」

 木村社長の著書を読んでいると、その経営の考え方は昔ながらの「三方よし」そのものだと気づきます。上述の海賊を漁業に従事させて足を洗わせるというのは、見事な「世間よし」です。

 そして寿司チェーンを営んでいる目的が「買い手よし」です。木村社長は「一人でも多くのお客様に喜んでいただくこと、これ以外にはありません」と断言します。そして、「利益を増やすために店を増やしているのではありません」、より多くのお客様に喜んでいただきたいがために、店を増やすのだと。

 チェーン店の管理手法としては、各店の売り上げやコストの目標を設定して、どれだけその目標に達したかを定量的に把握しながら、手を打っていく、というのが典型的ですが、そんな手法を採用すると店長はその数値を守ることにばかり気を取られ、顧客を喜ばすという商売の本分を忘れてしまうようになりがちだ、と木村社長は考えます。

 それよりも、木村社長が重視するのは売り上げです。たくさんのお客様に寿司を食べて喜んでいただく、その「通知表」が売り上げだと考えます。売り上げが伸びていたら、それだけ多くのお客様に満足いただいている、と判断できるからです。

■4.「いつか大きくなったら、上等のマグロを母におなかいっぱい食べさせたい」

 木村社長が、「お客様に喜んでいただくこと」にこだわるのは、幼少期の痛切な体験からとのことです。4歳のときに、父親が交通事故で亡くなりました。大黒柱を失い、父親がやっていた事業を精算してみると、2千万円もの借金が残っていました。

 家はかなりの土地を持っていましたが、母親は「先祖代々受け継いだ土地は一反歩(たんぶ)たりとも減らすわけにいかない」と、自分で働いて借金を返す事を決意します。

 女手一つで、幼い子供3人を育てながら、昼は畑仕事、夜は内職をして、こつこつと借金を返していくという生活が始まりました。木村少年も小学校前から、ウサギや鳩を育てて売ったりして家計を助けました。後の商売の才覚はこの時期から磨かれていったのでしょう。

 そんな木村少年が食べざかりだった子供時代に、深く幼心に刻まれる体験をしました。知人の法事に出かけた母親が、精進落としで出された料理のマグロ二切れを持ち帰ってくれました。母親はこう言ったそうです。

「これを二つに切れば、四つになるだろう。一人で食べるよりも、みんなで食べたなら、喜びも四倍になるよ」

 母は、たとえ少量であっても、マグロを食べると人は幸せな気持ちになると思っていたらしいのです。事実、その時に家族みんなで食べた一片のマグロは、後にも先にも食べたことがないというくらいのおいしさでした。・・・

 私はいつか大きくなったら、上等のマグロを母におなかいっぱい食べさせたい、と思いました。それが私の人生の目標になりました。
[木村、597]

■5.「お客様に喜んでいただくこと」という目的が働き方を変えていく。

 事業の目的を「一人でも多くのお客様に喜んでいただくこと」とはっきりさせると、それがテコとなって従来の寿司屋の商売のやり方を大きく変えていきます。

 寿司職人の中には、とにかくうまい寿司を握ることが仕事で、黙々と働くことが職人らしい振る舞いだと考える人もいました。木村社長は、「これほど大きな勘違いはありません」といいます。

 お客様は、おいしい寿司を食べて幸せな気持ちになりたいのです。職人は、それをお手伝いしないといけません。食事の妨げにならない範囲で、その場を盛り上げる会話術も、現代の寿司職人には必要な技術です。そこでうちでは、寿司職人のことを「すしエンターティナー」と呼んでいる、というわけです。[木村、1,789]

 また、寿司職人の中には、接客をしたりする女性を、「おい」とか「おめえ」などと呼ぶ人がいまだにいます。そんな職人に、木村社長は「一人でお茶出しから後片づけまでやれるのか?」と問い詰めます。当然、できません。お客さんを喜ばせるのは、接客の女性との共同作業であることを木村社長は説くのです。

 みずからの勘違いに気づいた職人は、握った後にお運びの女性に「お願いします」と声をかけるようになります。女性も気持ちよくお客様のもとに運べるようになっていきます。そうやって店の中の雰囲気がよくなれば、お客様も気持ちよく感じます。[木村、1,963]

 店の人々が和気藹々と気持ちよく働いている姿を見るだけで、顧客も楽しくなります。それは「買い手よし」に繋がるのです。

■6.「人に必要とされてなんぼ」

 事業目的を「一人でも多くのお客様に喜んでいただくこと」と明確化することは、「売り手よし」にも繋がります。

「すしざんまい」では、毎月2回入社式をやります。正社員だけでなく、パートやアルバイトも含め全員参加で、みな等しく「新人」として扱います。この道何十年というベテラン職人も、働くのは初めてというアルバイトも、50音順に並びます。そこで木村社長は一人ひとり順番に名前を呼んだ上で、質問をしていきます。

「○○さん、あなたはなんのために生きていると思いますか?」
「人生を楽しむためです」
 こういう質問をひとわたりした後で、木村社長は自分の考える「生きる意味」について語っていきます。

 人間はつい、俺は俺一人でやっているんだなどと思ってしまいがちです。私も若い時は、そう思うこともありました。しかし人間は、必ず誰かによって生かされているんです。

 誰かが周りにいます。それを忘れて傲慢な生き方をしていると、自分でも気づかないうちに心の中に虚しさが生まれます。褒めてくれる人も、喜んでくれる人もなかったら、人間としてこんなにさびしいことはないでしょう。ですから人間というものは、人に必要とされてなんぼ、なんです。そして、人に認めてもらって初めて、生きている意味が出てくるんです。[木村、1,987]

「人に必要とされてなんぼ」と気がつくと、「買い手よし」を追求する事自体が、実は自分たちの幸福、すなわち「売り手よし」に繋がっていることが分かるのです。

 私は何十年も前から、ああやって新入社員たちに「なんのために生きるのか」「なんのために働くのか」を問いかけ、自分自身で考えるように指導してきました。そこの意識が明確な人は、必ず大きく成長を遂げるからです。[木村、2,242]

 自分自身が成長することに、人は大きな喜びを感じます。これも「売り手よし」の大きな一因です。

■7.「幸福がどこまでも大きく広がっていく」

 このような感じでひとしきり話すと、終わる頃には新人たちの瞳の輝きが変わります。それまで、自分を中心に世界を見ていたのが、たくさんの人に囲まれた中に自分という人間が存在していることに気づくようになります。自分の幸せを追求しても一人分ですが、みんなの幸せを追求していくと、幸福がどこまでも大きく広がっていくことを知るようになります。[木村、2,006]

「みんなの幸せを追求していく」とは「世間よし」です。冒頭で、木村社長が海賊たちに漁を教えて足を洗わせたというエピソードを紹介しましたが、元海賊たちも自分が獲ったマグロを喜んで食べてくれる人たちがいることを知れば、海賊稼業では味わえなかった「生きている意味」を感じるでしょう。これほど大きな幸せはありません。

こうして「一人でも多くのお客様に喜んでいただくこと」という目的から、「買い手よし」「世間よし」「売り手よし」が次々と生み出され、「幸福がどこまでも大きく広がっていく」のです。

■8.マグロを絶滅から救う方法

「世間よし」の「世間」には人間社会とともに、自然も含まれています。ここで一つ気になるのは、マグロが国際自然保護連合(IUCN)によって、種類によっては絶滅危惧種に指定されていることです。

 本年9月には、最新のデータにより、タイセイヨウクロマグロは絶滅危惧種から低危険種に引き下げられるなど、資源回復の状況が明らかになりました。近年の乱獲制限が機能した結果とされています。しかし、寿司のおいしさが世界的に評価され、需要がさらに拡大すると、いずれ捕獲制限のもとでは庶民の手が届かない高級資源になってしまう恐れがあります。

 木村社長は、オーストラリアの業者が、巻き網漁で数千尾のマグロを一度に獲る様を見て、本マグロは必ず絶滅の危機に瀕するという危惧を抱きました。

 それを回避するにはどうしたら良いのか? 木村社長の答えは、「生簀の中で生産調整をするしかない」というものでした。これは出荷できる二〇〇~三〇〇キロの立派なマグロを、海上の巨大な生簀に入れて、エサを与えて自然の元気な状態を維持します。そのうえで産卵をさせ、一年程度の期間で必要な時に取り上げ、出荷するというやり方です。

 こういう巨大な生け簀を、世界10カ国の海に作っているといいます。これならマグロを絶滅させることなく、自然の力と人間の力を合わせて、まさに「自然よし」「人間よし」を実現する方策です。

 このように「すしざんまい」商法は、日本人の伝統的な「三方よし」の精神に基づいて、人間の幸福と自然の持続性を調和させるお手本を世界に示しているのです。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

■参考■

(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
 
・木村清『マグロ大王 木村清 ダメだと思った時が夜明け前』(kindle版)★★★、講談社、H28

・ソマリア沖・アデン湾における海賊対処に関する関係省庁連絡会『2020年 海賊対処レポート 2021年3月』

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/siryou2/report2020.pdf

・日経新聞R030922「マグロの絶滅危機ランク下げ IUCN、レッドリスト更新」

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