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JOG(44) 虚に吠えたマスコミ

 朝日は、中国抗議のガセネタを提供し、それが誤報と判明してからも、明確に否定することなく、問題を煽り続けた。

■1.CNN誤報事件に見るアメリカ・マスコミの自己責任■

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 ベトナム戦争中に米軍が、逃亡した米兵を殺害する目的でラオスでサリンガスを使用したとのCNNの鳴り物入りの調査報道について、CNNはその後の独自の調査の結果、「サリンを使ったことも、米兵をターゲットにしたことも確証はない」として報道を取り消し、謝罪するとともにプロデューサーを解雇した。(中略)

 CNNは処分については明らかにしていないが、NBCテレビによると、中心のプロデューサーのエイプリル・オリバーさんが解雇、番組プロデューサー一人が辞職し、もう一人も辞職すると伝えられている。[1]
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 最近起こったアメリカでの誤報事件であるが、これが報道責任追及の正常な姿である。自動車会社が不良車をリコールするのと同様、誤報、虚報については、きちんと訂正記事を出して、読者に謝り、責任者を処罰することが、企業としての社会的責任である。ところが、日本では明らかな誤報と分かっても、責任追及どころか、訂正記事もこっそりとしか出さない例が少なくない。その代表例を以下に紹介しよう。

■2.新聞報道に基づく中国の抗議■

 昭和57年6月26日、朝日新聞は一面トップで、「教科書さらに『戦前』復権へ」と題した記事を掲載、その中で、「とくに『侵略』にからんでは、『侵攻』といい換えるほか(中略)、一段ときめ細かな検定ぶりが目立つ」と報じた。そして検定前と検定後の相違例を一覧表にし、次のような例を挙げている。

「日本軍が華北を侵略すると」→「進出すると」
「中国への全面侵略」→「全面侵攻」

 その二日後、6月28日には、朝日は「中国侵略をわい曲」<新華社通信 教科書検定に反発>と題して、「中国側の公式論評はまだ出ていないが、新華社の素早い報道ぶりから見て、中国側が強く反発していることを示している」と外交問題に発展する気配を報じた。

 中国政府からの公式の抗議は7月26日に来た。北京の日本大使館に尚向前外務省第一アジア局長から、「華北侵略を『進出』と改めるなど、歴史教科書の改竄を行っている」旨の抗議があったのである。「華北侵略」の例をそのまま使い、朝日などの新聞報道に依拠したものであることは明白であった。[2,p226]

■3.侵略を進出に書き換えた例はない■

 南京事件などに関する緻密な事実調査を行っている研究家・板倉由明氏は、「はてな」と考えた。マスコミが大騒ぎをしているのに、「どの教科書がそれをやったか」という具体的な名前が出てこないのである。(このあたりは事実調査の重要ポイントだろう)

 さっそく、7月27日に朝日新聞に「どの教科書か」と電話で問い合わせをすると、社会部栗田氏は、「今、探しているが、侵略を進出と換えた例はあるはずである」と回答した。

 また文部省検定課に電話して聞いてみると、なんと「そういう例はありません」との答だった。

  翌28日に、再度朝日に問合せをすると、「今回の検定においては、”侵略”を”進出”に変えた例はなかったが、過去においてはそういう書き換えの例がいくつもあった。問題にすべきは字句ではなくて、これまで引き続き行われてきた文部省の右傾化政策である。」[3,p237]

 過去に書き換えの例があったというのなら、その事実を示さねばならず、また過去からの「右傾化政策」が問題なら、なぜ今それを問題にするのか、という事になる。これは論点のすり替えである。 ともあれ、朝日はこの時点(7月28日)で、「華北侵略」を「進出」に書き換えさせたというのは、誤報であると気が付いていたことになる。

 さらに7月30日、参議院文教委員会で小川文相が「侵略を進出に換えた例はない」と発言。しかし文相が明らかにし、朝日新聞も確認した事実が、いっこうに表に出ないまま、教科書問題の火は燃えあがっていく。

■4.扇動の陰のひそやかな訂正■

 書換えの事実がないことが分かってから、朝日は巧みに軌道修正していく。板倉氏に「今回はそういう事実はなかったが」と回答した7月28日には、「侵略、こうして侵入に」と大見出しで報道した。これは「侵略→進出」という事実が見あたらないので、「侵略→侵入」と修正したという「教科書執筆者の談話」を持ち出したものである。

「侵略→侵入」では、同じような言葉で、これでは中国政府もクレームをつけられなかったろう。これも「すり替え」の手口である。

 8月22日にテレビで、上智大・渡部昇一教授が、「侵略→進出の事実はない」と発表した。その3日後、25日に朝日が出した記事が、「『侵略』抑制、30年代から一貫」と題する9段もの長文記事である。

 記事の真ん中には「今回は東南アジア『進出』」、「日中戦でも中学に実例」と五段抜き2行の大見出しがついている。これでは、読者は書換えの事実が続々と見つかっている、という印象を持つであろう。ところが、その中で次の一節がこっそりと入れてあった。

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 一方で文部省は、一連の国会審議を通じて、以上のような具体例と、検定意見をつけた理由を説明することは終始、避けながらも、「今回の検定で、日中戦争に限ってみると、変更されたのは四カ所だけ。中国が指摘しているような、日本軍の華北への侵略、中国への全面侵略の「侵略」を「進出」などに書き換えた例は、いまのところ見当たらない。
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 全315行の長文記事のうち、わずか15行のこの記事が、朝日によれば、誤報訂正記事だそうである。朝日新聞広報担当重役・高津幸男氏は、「週刊文春」9月9日号で次のように語っている。[3,P282]

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 華北へ侵略の点は確かにミスだった。八月二十五日の記事で十分とは思わないけど、誤りの決着はついたものと思っています。
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■5.誤報と知りつつ謝罪:宮沢官房長官談話■

 一方、9月に鈴木首相訪中を控えた日本政府は、中国政府からの抗議に対して、とにかく穏便にすまそうと平身低頭の姿勢で終始した。抗議の2日後、7月28日には、

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 過去の戦争に関する日本政府の考え方は、日中共同声明の前文に明らかにされており、この認識にいささかの変化もない。 この認識は学校教育に反映されるべきで、中国政府の申し入れは謙虚に受け入れる
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 と公式表明した。(この前日に、文部省検定課が板倉氏に「そういう事実はありません」と答えている点に注意。)

 一部の閣僚は、「教科書の言い回しを変えるように外国が言うのは内政干渉だ」と反発したが、中国側はただちにこれらの閣僚を名指しで批判した。

 こうして8月26日、ついに「宮沢官房長官談話」が発表される。

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 日中共同声明や日韓共同コミュニケに謳った過去への反省を再確認し、教科書記述については、中国、韓国など近隣諸国の批判に耳を傾け、政府の責任において検定を是正する。
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と言うものであり、これが後の第二次教科書事件のきっかけとなる。 (これについては、後日、別の号で紹介したい)

 参議院文教委員会で小川文相が「侵略を進出に換えた例はない」 と表明したのが7月30日、朝日がこれを認めて「誤報訂正」をしたのが、8月25日。宮沢官房長官は、これらの事実を知りながら、あえて中国側の抗議を全面的に受け入れたのである。[2,P232]

 しかし朝日は、「なお今回の政府見解の表現には、いまひとつ率直さが足りない。残念なことである。」(8月27日社説)と自分の誤報は棚上げにして嵩にかかり、中国政府もこの談話では納得しなかった。

■6.中国の抗議をひっこませた産経の誤報訂正■

 朝日とは対照的に、第一面トップの大見出しで、「読者に深くおわびします」と誤報を訂正したのが、9月7日付けサンケイであった。4段抜きで「『侵略』→『進出』誤報の経過」との見出しをつけ、これなら見過ごす人はいない。

 翌8日には、「教科書問題・中国抗議の土台ゆらぐ」と5段抜き大見出しをつかい、さらに「発端はマスコミの誤報からだった」と4段抜き2行の見出しで報じた。[3,P304]

 自分の主張が事実に基づかない事をここまで明らかにされては、中国政府も「ここまで」と思ったのか、翌9月9日には、日本政府の説明を突如受諾し、教科書問題は急転直下、決着を見た。サンケイの大々的な「誤報訂正」が効いたのである。

■7.誤報が生んだ騒ぎのあとで■

 この事件を総括すると次の二点となる。

1)9月に鈴木首相が日中友好10周年を記念して訪中する直前に狙ったように、中国側からの抗議がなされた。宮沢官房長官は、事実で反論をせずに、とにかく訪中を無事に済ませるために、全面的に中国の抗議を受け入れてしまった。

2)朝日は、中国抗議のガセネタを提供し、7月28日時点でそれが誤報と判明してからも、明確に否定することなく、問題を煽り続けた。

 後に残ったのは、その後の外国政府からの教科書干渉に道を開いた「宮沢官房長官談話」であり、以後、第二次教科書事件、慰安婦問題など、日本の教科書は急速に「自虐」の度を加えていく。まさに誤報を使った中国と朝日との見事な「連係プレー」であった。

[参考]
1. 産経、東京夕刊、'98.07.03
2. 朝日新聞の「戦後」責任、片岡正巳、展転社、平成10年
3. 萬犬虚に吠える、渡部昇一、徳間文庫、平成9年

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■ おたより: 河上イチロー様より

少々疑問に思った点はありますが(後述)、「報道に対して責任をとるべきだ」という主旨には賛同します。

CNN誤報事件についてですが、

責任追及・訂正を出すべきだというのはまさにそのとおりだと思います。最近の例では、三浦和義元被告に対する謝罪どころか開き直りの記事が多いのは残念なことです。

ただ、このCNNベトナム・サリン事件に関する報道ですが、これにはどうやら「米軍による真相隠蔽」の疑惑がつきまとっているのです。ことは単純に終わりません。私は、「南京大虐殺の数に疑問を呈する記事を書いた記者が解雇された」というのと同じような例だと考えています。

>一方、解雇されたオリバー氏、ジャック・スミス氏(プロデューサー)らは「米軍からの記事撤回圧力にCNNが屈した。あくまで
記事は正しい」と主張し、徹底抗戦の構えを見せている。               (98年7月10日 読売新聞より)

■編集長より

 そのようですね。ただやはり今回の場合は、CNNの方に立証責任がありますので、十分立証できなければ、責任をとるのが筋だと思われます。

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