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JOG(78) 戦略なきマネー敗戦

 日本のバブルはアメリカの貿易赤字補填・ドル防衛から起きた。


■1.日本の反省■

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 とくにレーガノミックス以降のアメリカは、「供給力」を上回る国内需要を放置し、そのギャップを貿易赤字で埋めるという、まったく「規律」もしくは「節度」を欠くマクロ経済運営に終始していた。そしてアメリカは、みずからの経済運営を反省する代わりに、不当にも(ほんとうに、心からそう思う!)、批判の矛先を日本へ向けた。そのひとつが、日本への「内需拡大」要求であり、もうひとつが「市場開放」(のちに「規制緩和」)要求にほかならない。[1,p112]
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 アメリカの対日批判に呼応して、内需拡大、市場開放の大合唱が国内にも沸き上がり、その中で86年4月に有名な「前川レポート」が出された。自分勝手な貿易黒字を反省し「内需拡大」「市場開放」に努力して、黒字減らしを行おうという趣旨である。

 しかしそのレポートには、どれだけ内需拡大すれば、黒字が解消するのか、具体的な数字がなかった。これを計算した飯田経夫氏は次のような驚くべき結果を得た。

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 同年(1985年)の貿易黒字は約500億ドルだったが、それをゼロにするために必要な内需拡大幅は、何と金額で83兆円、成長率で32%という結果がでた。実質成長率はいまではたかだか3%(当時でも5%程度)どまりだから、それと32%との差は、言うまでもなく物価上昇率にほかならない。[1,p116]
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 この無理な内需拡大をやりすぎて、バブルを招いてしまった、というのが、飯田経夫氏の結論である。

■2.第二の敗戦■

 バブル経済とその崩壊こそは、戦後日本の最大のつまづきであった。

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 あるシンク・タンクの推定によれば、89年から92年にかけて、株式の時価総額420兆円、土地等の評価額380兆円が減少したという。この金融資産のロス、計800兆円は、国富の11.3%に相当し、第二次大戦での物的被害の対国富率、約14%にせまる数字である。[2,p6]
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 読者の周囲にも、バブル期に高額のローンを組んで住宅を買ったが、その後、住宅価格が暴落して、巨大な借金ばかりが残った、という人がいるであろう。その被害は空襲で自分の家を焼かれるのと、経済的損失という面では、同じなのである。さらにバブルは、国民の心理を荒廃させた。

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 ところが、かつては標準的住宅の「目安」とされていた年収の六倍をはるかに超える地価の暴騰で、購入価格そのものが現実的範囲を越え、逆にその保有の有無が大きな資産格差に直結してしまった。持てる者はさらに借り入れ金によるアパート経営、マンション投資などに走り、社会の断絶はいっそう広がった。「取り残された」と感じた人々の不満は、バブル紳士の度外れた行動を目の当たりにして、深く沈潜し、広範に広がった[2,p112]
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 バブルとその崩壊が、「第二の敗戦」と呼ばれるゆえんである。

■3.アメリカに貢ぐ■

 この第二の敗戦が、冒頭の飯田経夫氏の分析のように、アメリカの言い掛かりを丸飲みした結果であるとすれば、それはまさに「戦略なき敗戦」ということになる。この点をより実証的に論じたのが、前節に引用した吉川元忠氏である。

 吉川氏は、85年9月のプラザ合意(日米独の協調介入で、1ドル240円台から140円台に下降させた、後述)後、日本の公定歩合が常にアメリカより3%低い所に設定されてきた現象を「写真金利」と呼んでいる。[3]

 この金利差によって、日本の生命保険会社などの機関投資家がアメリカの国債を買い、アメリカの貿易赤字と財政赤字が埋められ、ドルも買い支えられる、という構図である。

 この構図にしたがって、87年10月から、89年5月まで、2年3ヶ月にわたって、日本は2.5%という超低金利政策をとった。当時、GDP成長率は5%に達していた。国内経済を考えれば、金利を上げて、景気の過熱を防ぐべき所だ。しかし超低金利は放置され、過剰な資金が株や土地に向かって、空前のバブルを引き起こしたのである。[2,p82, 3]

 前川レポートやアメリカの主張する「内需拡大のよる貿易黒字削減」という実行不可能な方針は、表だって反論できない「空気」として、超低金利政策を後押しした、と言えるだろう。

 この「空気」に乗せられ、国内経済の安定よりも、アメリカの貿易赤字と財政赤字を埋め、ドルを支える事を優先した結果がバブルなのである。

■4.飲兵衛と酒屋の不適切な関係■

 しかし、なぜ大蔵省は、バブル発生を放置してまで、ドル防衛に協力したのか。簡単に言えば、日本のメーカーがアメリカに輸出して貿易黒字を作り、その黒字で邦銀や生保が米国債を買うという構造がある。たとえて言えば、呑んだくれの飲兵衛(アメリカ)が収入以上に酒を買い、金が足りない分は酒屋(日本)に「つけ」にしてもらっている、といった所だ。

 ところが、その売り買いも、つけも、飲兵衛の家の通貨(ドル)建てである。通貨を安くされては、酒の値段があがって、酒屋は酒が売れなくなり、今までのつけは価値が減ってしまう。

 81年から85年の5年間に日本の対米黒字の累計は1200億ドル、その半分が米国債に流れたと推定されている。85年のプラザ合意は、飲兵衛の家計が破産寸前なので、町内で相談して、ドルを240円から140円に下げさせた。これによる酒屋の為替差損は、約3.5兆円に達したと見られる。4人家族として平均すると、酒屋のつけが一瞬で、約12万円目減りした計算となる。[2,p71]

 しかし、酒屋はこれに懲りて、飲兵衛との関係を精算することはできなかった。飲兵衛への売上げを失い、つけをパーにする事が怖かったからだ。その後も、米国債の入札時期になると、大蔵省は生保に暗に購入への圧力をかけたという。米国債を買わなければ、ドルが暴落する、そうなれば、今までの貸付が消えてしまう。そう言いつつ、新たに貸付を増やして来たのである。

 吉川氏によれば、92年から95年までに発生した為替差損(つけの目減り)は、累計約29.3兆円(4人家族平均では約98万円)。バブル後の景気浮揚のために政府が使った予算の真水(実効)額が30兆円程度と見なされるので、ほぼ帳消しにされたという。酒屋の中でどんどん金を使って景気をよくしようとしても、外部のつけが目減りしてしまうので、一向に商売は繁盛しない。

 飲兵衛が今や年収(GDP)の2割も「つけ」として貸しながら、それがどんどん目減りして、商売はあがったり、というのが、バブル崩壊後、現在まで続く不況の姿である。同時に飲兵衛の方は、同じく年収の2割のつけを抱えながら、飲めや歌えの景気の良さを続けている。この「不適切な関係」は永久には続かない。

■5.飲兵衛と縁を切った仕出し屋・ドイツ■

 酒屋とは違って、仕出し屋(ドイツ)の方は飲兵衛との関係を早々と見限った。87年10月19日、わずか一日で米国の株価が2割も落ち込むブラック・マンデーとなったが、この引き金を引いたのがドイツであった。アメリカの要請を断って、独自に金利を引き上げたためである。

 この仕出し屋の縁切りのあと、酒屋の日本は一軒で飲兵衛の家計を支えるはめとなり、87年10月から無理な超低金利政策をとって、バブルを招いてしまったわけである。

 ドイツの戦略は、浪費家の飲兵衛の発行するドル圏から脱却することであった。EU諸国が共通通貨ユーロを創設したのは、この戦略の一環である。

 吉川氏は、ユーロはドルのように構造的な経常赤字という病を持たない健全な通貨であるとする。円をユーロとリンクさせて、「ユーロ=円」という安定的な通貨を作り出し、それを基盤として、アジアには「円経済圏」を作っていくという戦略を勧めている。その是非は別としても、このような主体性のある戦略で、国益を守り、世界経済の安定的発展にも寄与するという姿勢が我が国にはない。

■6.本当に反省すべきは■

 冒頭に引用した飯田経夫氏は、あとがきで次のように述べる。

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 それにしても、近年の日本の論壇では、日本人はもっと「個性的」でなければならず、「創造的」でなければならず、「独創的」でなければならないということが、耳にたこができるほどくどく指摘される。それにしては、たとえば「規制緩和」論にしても、世で行われる議論の、何と画一的なことであろうか。「個性」「創造性」「独創性」の必要性が、かくも画一的に唱えられるというのは、まさに最大のパラドックスでなくて何であろうか。[1,p203]
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 アメリカの対日批判をそのまま受け止めた「内需拡大」、「規制緩和」を求める「反省」の大合唱の結果が、バブルとその崩壊であった。そして昨今は、「グローバル・スタンダード」論に基づく反省である。このパターンは、敗戦後のアメリカからの東京裁判史観の押しつけで、「軍国主義批判」「民主主義を」という進歩的知識人の「反省」の大合唱から続いている。

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 いったい日本は、いまの時点で、何をほんとうに反省しなければならないのであろうか。[1,p203]
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 それは、ドイツが実行したような、「冷静な事実の分析に基づいて、自らの戦略を描き、実行していくという主体性」を我々が失っている、という事ではないだろうか。 

[参考]
1. 「日本の反省」、飯田経夫、PHP新書、H8.12
2. 「マネー敗戦」、吉川元忠、文春新書、H10.10
3. 「『戦略なき国家』の悲劇」、吉川元忠、月刊日本、H11.1
© 1999 [伊勢雅臣]. All rights reserved.

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