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JTCエリートの素顔:メンバーシップ型雇用という異様なキャリア

前回の記事の中で、とある大企業における内部監査室メンバーの働き方について紹介した。彼らはその業務パフォーマンスに不釣り合いなほどの待遇を受けており、貴族的というべき独特の雰囲気を醸し出していた。

あらかじめ断っておくと、ここで私は大企業の社員は総じて低スキルである、などということが言いたいのではない。むしろ私が知っている大企業の正社員は、みなとても優秀な人ばかりであった。性格も極めて温厚で人当たりも良い。前回のエピソードはむしろ、閑職とよばれるようなポジションであったとしても、大企業であればそれなりの好待遇が得られるという事実を強調するものである。

前回の記事で紹介した小熊英二氏の「日本社会の仕組み」によれば、大企業型の会社に所属する日本人の割合はおおよそ3割と見積もられている。その中でも、課長クラスで年収が1千万円を超えるようなトップティアの会社はさらに上位1割程度であろうか。このように考えると、前回の記事で登場した内部監査室諸氏は日本国民の中でトップ数%に入るエリートと言える。とはいえ勤務実態は激務というほどでもなく、手厚い福利厚生や厳格なコンプライアンスに守られている、いわば特権的な階級だ。柔らかな物腰の人が多いせいか、余計に「貴族的な」という形容詞をつけたくなるような人が多い印象である(ただしこれは多分に私の偏見的なものの見方が影響している可能性もあるし、業種・業界によって濃淡もあろう)。

このような日本型の大企業のことを、JTC(Japanese Traditional Company)と呼ぶことがある。日常生活で使うというよりはネットスラングの一形態のようなものだと思われるが、その響きの中には嘲笑的なニュアンスが含まれることが多い。伝統的なしがらみにとらわれ、硬直的な組織のために企業人としての成長の機会を得ることができない、そんな日本の大企業を揶揄して用いられることがほとんどである。

JTC企業の特徴として、「メンバーシップ型」の雇用であると言われることがある。これはどういうことか。

ひとつの例え話だが、日本人に職業を聞くと「〇〇会社で働いています」と答える人が多いという。一方で欧米型企業の場合、「エンジニアをしている」とか、「アカウンティングの仕事をしている」とか、とにかく仕事の内容を答えたたあとに、いまはどこどこの会社で働いている、と続く。この例え話は異論もあろうかとは思うが、まあ普通Googleで働いていると聞くと暗黙裡にエンジニアなんだろうと想像するし、実はバックオフィスだったと分かると、なんかちょっと思ってたのと違うと感じる程度には、この感覚は理解できる。つまり、Googleで働いているからすごいのではなく、エンジニアとして世界的な企業で働いているからすごいのである。これに対して、例えば日本一の自動車製造メーカーに勤めているといえば、それがエンジニアなのか経理なのか営業なのかは関係ない。少なくとも親戚のおばあちゃんのような人達のとっては、「天下の〇〇」で働いている人、と認識される。このような、「企業に就業する」というタイプの雇用をメンバーシップ型と呼ぶ。ある企業の「メンバー」になることが、その人の就業スタイルのアイデンティティとなるのだ。

メンバーシップ型雇用の大きな特徴として、定期的な配置転換が挙げられる。いわゆるジョブローテーション制度だ。

この制度においては、企業人として「素人」の新卒学生が就業経験を積みながら少しずつ「プロ」になっていく。とはいえ実体は、いわゆるプロフェッショナル人材というイメージとは大きくかけ離れる。たとえば、研究開発出身の法務部長さんだとか、営業出身のデジタルマーケティング部長さんなどといった異様な経歴をもった人が世の中にはたくさんいるが、彼らその道の専門家かというと、ちょっと首をひねってしまう。先程の監査部員も、出身は営業、情シス、経理などなど様々だが、全員とも監査業務に関する資格や職歴を持っていない。ある意味、素人の集まりである。JTC企業ではこのようなでたらめなキャリア形成がまかり通ってしまっている。

一方、同じ監査業務でもこの企業の海外支社にいるメンバーは全員とも監査のプロであった。まさしく、「いまはこの会社で監査をやっている」というタイプの社員である。普通、このような働き方を「ジョブ型」と呼ぶ。

メンバーシップ型のキャリアでは、その会社の様々な業務を経験することができる、いわばジェネラリストのシステムである。したがって幹部候補生の育成システムと相性が良い。ただしその経験値は社外で活かすことが難しい、いわば内向きのスキルである。これに対してジョブ型のスキルは外向きであるから、どの企業にいっても通用する。世の中のシステムが大きく変わろうとしている時代にあっては、企業の安定性に賭けるのではなく、プロフェッショナルとしての経験を積むべきだ、JTC蔑視の視点の背景にはそういった考え方があるのかもしれない。

日本においてジョブ型のキャリアというと、どのようなイメージになるか。プロフェッショナルな職業という意味では、会計士や弁護士などの士業、あるいはコンサルや投資銀行の出身者は「ジョブ型」のキャリアといって良いだろう。

このような「難易度」の高いキャリアではない、もっと一般的な(庶民的な?)ジョブ型のキャリアとはありうるか。実はポスドク出身で民間企業に転職するキャリアの中で極めて親和性の高いのが、この「普通の」ジョブ型キャリアなのである。次回、外資系メーカーにおけるジョブ型キャリアについて、私の経験をもとに詳しく述べたい。JTCのような貴族的な生活でもなければ、弁護士や会計士のようなキャリアのふくよかさもない、極めて地味な「企業人すごろく」の現実が、そこにある。

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