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塗色・規程調査 番外編1 宮廷(皇室用)客車関連規程など

皆さん、こんにちは。
先日 塗色・規程Part2を実施したのですが、なにぶん量が多い(A4で80枚弱の公報を複写した)ため、箇条書きの記事起こしですら なかなか気持ちが起きないという次第です。そこで今回は「番外編」と称して、これまでの調査の中で収集してきた、宮廷(皇室用)客車関係の注意・達をまとめてみたいと思います。(もしかしたら、続きがあるかもしれません)

※筆者注:本記事では、
・原文の旧字体や旧仮名をそれぞれ現用ものに
・カタカナ表記をひらがな表記に
・原則 本文中の漢数字を算用数字に(「一等」、「二等」は、当時の文脈上漢数字による表記が正しいため、漢数字により表記する)
…それぞれ改め、適宜 読点や句読点を補って表記します。(原文に読点や句読点がない場合があるためです)


宮廷列車に対する標記類省略の件 1915(T4)年12月28日注意

左記(筆者注:原文は縦書きのため、左右が存在する)宮廷列車専用の客車には、明治43年達第834号によらず、特に車標挿しならびに標札に関する事項を省略することに決っさられたり。もっとも、右事項にして現に取り付けあるものは塗り替えの時期まで、これを存置するも差支えなし。

「ホイ」 5100
「ホイロ」5350、5351、7436
「ホロ」5555
「ホロハニ」5995、5996

宮廷列車編成用車輛の塗色及標記に就いて 1921(T10)年11月11日通報

宮廷列車編成用車輛の塗色及び標記については、左の通り「車輛塗色及標記方式」によらざることに承認ありたり。

一 車両外部は暗緑色、台枠、台車、制動装置等は黒色とすること
二 車体に標記する文字は金色とすること
三 窓下の部に等級及び用途を記入せざること
四 定員標記に一等、二等などの等級文字を附記する代わりに、一等には
  「イ」、二等には「ロ」など その他車輛称号規程第4条による記号を
  記すること
五 車標ならびに標記に関する事項を省略すること
六 専属事務所頭文字及び常備駅名略号は記入せざること

大正4年12月18日公報注意 宮廷列車専用客車に対する標記類省略の件はこれを廃止す。

宮廷用客車の塗色及標記方式 1929(S4)年3月11日 達第152号

宮廷用客車の塗色及び標記方式を、左の通り定む。

(甲)御料車
一 車体外部は暗紅色、台枠以下は黒色とす
二 御料車には車輛塗色及標記方式(筆者注:同日制定の達151号のこと)
  による標記及び標示をなさず
三 台枠側梁にVB7129図により、白色にてその番号を標記す

(乙)供奉車
一 車両外部は暗緑色、台枠以下は黒色とす
二 車体には車輛塗色及標記方式第8条により番号、定員標記及び荷重を
  標記し、その他の標記及び標示をなさず。定員及び荷重の標記は、その
  車輛が一等相当のものには「イ」、二等相当ものには「ロ」、三等相当
  のものへは「ハ」、荷物車には「ニ」の記号を附してなす
三 車体に標記する文字は金色とす
四 台枠には車両塗色及び標記方式により、番号その他の標記をなす

(法規工作第1章 車輛に標記すべき配属局、所及び常備駅名略号に関する通報の次)

車輛標記に関する通報廃止 1929(S4)年3月11日 注意

左の公報通報又は注意事項は、これを廃止す。

一 大正5年8月7日公報注意 客貨車に標記すべき自重其の他の件
一 明治43年12月20日公報注意 車輛の標記文字記載方に関する件
一 明治44年10月10日公報注意 私有貨車の塗色及び標記方に関する件
一 大正10年11月1日公報通報 宮廷列車編成用車輛の塗色及び標記方の件
一 大正12年8月14日公報注意 札鉄貨車中空気制動機を有するものに目標
  塗粧の件

宮廷用客車の塗色及標記方式改正  1931(S6)年4月1日達第183号

昭和4年3月達第152号 宮廷用客車の塗色及び標記方式中 左の通り改正す。

(乙)供奉車の部、第1号中「暗緑色」を「暗紅色」に改め、末尾に「但し木製車の車体はこれによらざることを得」を加える。

宮廷用客車の塗色及標記方式改正  1931(S6)年8月13日達第566号

昭和4年3月達第152号 宮廷用客車の塗色及び標記方式中 左の通り改正す。

(甲)御料車の部、第3号を「木製車台枠側梁及び、鋼製車車体妻下部にVB7129図により金色にてその番号を標記す」に改め。
(乙)供奉車の部、第4号を「木製車には台枠に車両塗色及標記方式により番号その他の標記をなし、鋼製車には車体妻右下下部に製造所銘板を附す」に改む。

筆者補足)上記改正後の内容は、1942(S17)年9月発行の「最新客貨車関係法規便覧」の内容と一致している。そのため、少なくとも同時期までは、本規程の改正は全くなかったものと考えられる。
1957(S32)年1月4日 総裁達第22号 車両塗色及標記方式の一部を改正する等の達 第2条で規程名称が改められる(皇室用客車の塗色及び標記方式になる)まで、一切改正はなかったのでしょうか…?

皇室用客車の塗色及び標記方式は、1959(S34)年6月に車両塗色及び標記方式規程が制定された後も残り続け、さらに次代の規程 車両塗色及び標記基準規程が施行開始される前日 1966(S41)年3月31日の総裁達第215号で、他の旧世代規程(規程近代化に伴い廃止される規程)と共に廃止されています。

車両塗色及び標記方式規程の制定後に「供奉車の部の第二号」が改められる流れが自然だと考えられるので、その辺りの再調査もしたいところですが、律義に改正をやっていたのかどうか…
1966(S41)年頃までの資料の再確認を行うことになるかもしれません。(面倒だなぁ…)

2024年9月7日 第1版公開

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