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福岡の老舗高級旅館で起きたニュースに思いを馳せる。
今朝は興味深いニュースが目に留まった。
大浴場のお湯換え、年2回だけ 塩素注入も怠る 福岡の老舗高級旅館(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
今回は、この大丸別荘を批判したりだとか、高級旅館だとかは論点の中心とせず、観光業の象徴でもある老舗旅館で、なぜこのような事件が起きてしまったかにフォーカスしたい。
私は、2000年代に温浴業界に入り、日本で経験を積んだ。
2010年代は、中国をはじめアジアの温浴業界の発展に携わった。
2020年代に日本に帰国し独立、変わらず温浴施設という土俵の中にいる。
日本や世界の温浴施設や空前のサウナブームの中、温浴施設の運営や設備のコンサルとして、研鑽を積んでいるところである。
この20年弱の期間で数えきれないほどの温浴施設の裏も表も体験してきた。
2020年代にコロナ禍という岐路が訪れ、冒頭の観光業は大きなダメージを受けたが、実は個人的には、それ以前に老舗旅館の設備的な運営については懸念を持っていた。
旅館施設の目玉は、天然温泉や大浴場であったり、地域名産の食事だったり、非日常の空間や、施設のおもてなしだったりするだろう。
いくつかある目玉要素のどこに力を入れ、どうお客様を満足させるかは地方旅館業運営のキモでもある。
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2000年代に温浴施設向けの商社で営業を担当していた頃、私の重要顧客の一つが旅館やホテル業だった。
当時私の営業先の旅館が、保健所の立ち入り検査でノロウィルスだったかが検出され、一時的に営業停止に追い込まれた。
当該施設は地元では有名な「高級旅館」で、私のような庶民がフラッと宿泊できるような施設ではなかった。
旅館の客室から見える景色はまさに絶景で、女将さんもいい人ばかり。
しかし、頻繁に施設を出入りしていた私は、良くも悪くも施設の裏側も知っていた。
厨房やその倉庫など、裏舞台は決して高級旅館のそれとは言い難かった。
実際、当該旅館だけではなく、その裏舞台まで感動するほど清潔さが行き渡るような施設は、なかなかないのが正直なところだ。
これはなにも、この旅館を批判している訳ではない。
いくら高級旅館だからといえ、
現実の施設運営では常にコストと戦っていることを
知っているからだ。
当然、ホテルや旅館はボランティアではない。
資金投資と回収が大前提に存在する、れっきとしたビジネスである。
高級だろうが老舗だろうが、あちらこちらに資金注力をしたいと思うのは当たり前だが、現実的なコストに対峙すれば、投資の選択と集中が課題となる。
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その中でも、旅館業がサービス業である以上、来館するお客様を満足させることに注意が向くものだ。
どうしてもお客様の目に見えるところ、直接的な部分には、お金を注力しやすいだろう。
これはたとえば清掃にしてもそうで、例えば目玉である絶景を眺める客室の窓ガラスが汚れていることは少ないだろう。
一方で、目につきにくいテレビの裏側には埃が溜まっているかもしれない。
これらは当たり前と言えば当たり前でもある。
いくら高級旅館とて、全てが完璧であることは不可能なのだ。
仕方がないこともある。
繰り返すが、一般論としてお客様の目につきにくい設備面に、あえて資金注力することは少ないだろう。
ただし、、
『トラブルが起きるのは仕方がない』が
『絶対に起こしてはいけないトラブルは避けなければいけない』
ことは声を大にしておきたい。
私は何も設備コンサルタントの立場で、お金稼ぎのために設備に金をかけろ!と言っている訳ではない。
軽視してしまう理由も理解した上で、しかし、最低限の知識は身に着け、大事故が起きないように、本来の楽しくリラックスできるお風呂のままでいて欲しいと心から思うのである。
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運営目線で考えれば、いわゆる裏方でもある設備面、設備は軽視しやすく、運営トラブルが起きやすいのは理解できる。
ただ、今回の事件は「絶対に起こしてはいけないトラブル」なのである。
今回のニュースの重要度について触れておきたい。
既に発覚した事件でもあるので、なおも当該旅館を批判する訳ではないが
換水頻度が年2回、
レジオネラ菌が3700倍
これは、あまりにも常識外れ、全く持って言語道断、さすがに有り得ない話だ。
業界外の方に分かりやすく例えるなら、
・カレー屋さんで、スプーンではなく箸を出して接客していた。
・お弁当屋さんで、弁当の蓋をせずに提供していた。
・ハンバーガーのテイクアウトで、紙包装なく生で受け渡していた。
と、いうレベルの、信じられない、ドリフのコントみたいな話だ。
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お風呂をウリにしたスーパー銭湯では、換水頻度や塩素濃度の知識は、カレーにはスプーンと同じくらい、常識中の常識である。
日本にあまたあるスーパー銭湯で、年数回しか換水していない施設は、さすがに存在しないと断言できる。
今回の当該施設では、旅館の責任者や設備の責任者が刑事罰を受ける可能性があるだろう。
複数人の死亡事故につながってもおかしくない、非常に深刻な事件だ。
では、なぜこの常識外のトラブルが発生したのか、についてだ。
まず、少しだけ擁護するのであれば、おそらく当該旅館はコスト削減目的ではないだろう、というところ。
確かに換水や塩素濃度を落とすことでコスト削減はできるが、それで営業停止や死亡事故につながると分かっていれば、たかがコスト削減でそのようなリスクを取るはずがない。
あってはならないことだが、このように運営しなければならない、というルールそのものを理解していなかったように感じる。
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ここからは仮定の話が大いに入るため、あくまで可能性の話が中心になることをご了承いただきたい。
今回のトラブルの原因は、『旅館であり、老舗であること』に原因があるように私は感じている。
まず、旅館というのは立地的に観光地にあることが多い。
その市町村の人口が過疎であることが多い。
必然的に人材が集まりにくいのも必然で、私の経験からしても、設備担当者さんが、古くから地元に住まれ、長く勤務されるご高齢の方、というケースが大いに散見される。
以前にもnoteに書いたが、支配人や女将さんが接客のプロであり、施設の経営も理解しているが、設備については無知、ということが多い。
温浴設備の特殊性からすると仕方がないことかもしれない。
ただやはり、施設の責任者として、操作の方法は理解していなかったとしても、最低限の運営知識、法的責任は理解しておくべきだろう。
しかし、それは、
教えてくれる人がいないことも大きく起因している。
と、推測される。
そこで、老舗という点がフォーカスされる。
設備メーカーもボランティアではないので、施設側から具体的な依頼がなければ、以前の取引先施設に自主的に連絡をしたり、出入りすることは少ないのが現実だ。
一昔前の健康ランドや老舗と呼ばれるような旅館施設の機械室には、消耗しきった大型設備が一生懸命動いてはいるが、いつ壊れてもおかしくない状況が散見される。
しかし、遠方のメーカーを呼び出してメンテナンスをさせるには、それなりの費用負担が必要となる。
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ポンプや配管、電動弁などは機械に精通した人ならば修理できるだろう。
多少の漏水や異音などがあっても機械が動いている限りはだましだまし使い続けている。
そもそも納入先の連絡先が分からず、誰に相談することもできない。
どうしたらいいか分からないのが本心かもしれない。
ポンプなどの一般的な機械の修繕を請け負ってくれる地元の業者さんはあるかもしれないが、これらが温浴設備の専門家ではない場合がほとんどだ。
機械の修理はできても、それがお風呂に対してどういう機能を果たしているかは意外と理解していないものだ。
私のような設備コンサルに辿り着くこともなければ、
公衆浴場法のような専門的な見地からアドバイスを受けられる機会が少ない
のだろう。
これも個人的な感想だが、地方の旅館、観光地の旅館では歴史があればあるほど、首をかしげるような、その施設独自のルールだったり、昔から引き継がれている謎ルールが存在したりする。
長い歴史の中で担当者の間での伝聞がねじ曲がってしまっているかもしれないが、根拠がなかったり、明らかに最新の法規に追いつけていないと感じることが少なくない。
→機械も古く正常な機能ができていない
→運営ルールも昔のまま
→新しい法整備にも追いつけず
→施設管理者も設備に詳しい古株に任せっぱなし
→人材難で操作者兼管理者で、担当者の個人頼み、
→専門家のアドバイザーもいない。
こうした負のスパイラルが生じている可能性は非常に高い。
厳しい表現をすれば、時代に取り残されたままの状態になっている。
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なかなか近づきがたいことも理解できる。
これはあくまで個人的な見解も多く含んでいて、本件の原因とは異なるかもしれない。
が、曲がりなりにも温浴業界で生きる私の感覚では、所謂老舗と呼ばれる施設には少なからずこうした問題が存在していると感じられている。
10年、20年前、比較的近年に開業したスーパー銭湯では当たり前のように徹底されている常識が、100年を超える歴史を持ち、昭和天皇が訪れたような老舗の旅館で常識が守られていなかった。
今回のニュース、あまりに深刻な問題で、決してこの老舗旅館に同情こそできない。
だが、批判ばかりしていても意味がない。
個人的に、これは温浴施設という枠だけでなく、地方が時代に取り残された根深い問題に考えさせられた。
これは何も旅館業だけにとどまらず、地方経済全体の問題でもあるように感じられるのだ。
少子高齢化が顕在化し、建設現場や工事現場でも若い人材が得難くなっている。
私の知り合いの建築、工事系の企業でも高齢化が顕著だ。
近年では、建築現場には外国人労働者も少なくないし、都市部のコンビニでも外国人労働者の比率が明らかに高まっている。
私の住まう常滑市、知多半島エリアでも高齢化が見て取れ、空き家も少なくないし、シャッター街も多い。
擁護はできなくとも、決して他人事とは思えない今回のニュースだった。
今回は大きな事故につながる前に発覚してくれたのが不幸中の幸いだった。
ただ、似たような課題を持った温浴施設は少なくないとも思う。
そうした温浴施設と多く関わりを持ち、微力ではあるが自分の経験を生かしていくことが、私が温浴業界に従事している存在意義でもあると強く思う。
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