【がん検査・治療のいま】がん治療を新たなステージへと導く ロボット支援手術のいま
ダビンチ
アームを瞬時に動かせる、手術支援ロボットの先駆的存在
外科手術の歴史は医療機器の進歩、発展を抜きに語れません。1960年代に手術用顕微鏡が開発。1980年代に入り、内視鏡が普及し始めます。
「その頃、米国では NASA(アメリカ航空宇宙局)による宇宙ステーションでの遠隔手術操作の研究開発、米国国防総省の DARPA(国防高等研究計画局)による開発実験など、手術支援ロボットの開発競争が口火を切りました」と話すのは札幌医科大学附属病院の竹政伊知朗医師です。
1997年、ベルギーで手術支援ロボット・ダビンチスタンダードによる腹腔鏡下胆嚢摘出術が実施されました。ロボット支援手術の時代が幕を開けたのです。
米国インテュイティブ社が開発したダビンチは手術支援ロボットの先駆的存在です。これはロボット部のペイシェントカートに4本のアームが付き、そのうち1本に内視鏡カメラ、残り3本に鉗子を装着。執刀医は手術室内のコンソールという操縦席に座り、3Dモニターで患部の立体画像を目視、体内に挿入したアームを操作して手術します。人間の手の動きをぶれずに正確に再現、精緻で低侵襲な手術を実現しました。
「その性能を車に例えると、アクセルを 踏んだ途端シュッと走り出し、止まりたい所で寸分の狂いもなくピタッと停止するかのよう。瞬時に動かせる、秀逸さがあります」
ダビンチは日本には2006年に導入され3年後に医療機器として認可されました。2012年に前立腺がん摘出術、2016年に腎臓がん手術(小径腎細胞がんの腎部分切除術)が保険適用。
2018年には心臓弁膜症への胸腔鏡下弁形成術、胃がんに対する腹腔鏡下胃全摘術など12件が保険収載になりました。今も保険の適応拡大を続け、症例数は右肩上がりに増えています。
「ダビンチ自身も進化を継続中です。第一世代のスタンダードから始まり、Sタイプ、Siタイプへと機種を更新。現在は第四世代で、3D画像がより鮮明になったXiの導入を進める医療機関が増えています」(竹政教授)
今後も、ダビンチは外科的治療に欠かせない医療器具として改良を重ね、より医療への貢献度を深めることは間違いないでしょう。
Hinotori
日本のニーズがメーカーに届きやすい初の国産ロボ
「Hinotori」は共に神戸市中央区に本社を持つ川崎重工と医療機器・試薬メーカーのシスメックの合弁会社のメディカロイドが開発・製造した国産初の手術支援ロボットです。兵庫県宝塚市にゆかりのある漫画家・手塚治虫の名著「火の鳥」にちなみ、その名がつけられました。
「同機はダビンチと同様にオペレーションユニット、サージョンコックピット、ビジョンユニットの3つで構成されています。それまでダビンチを扱っていた医師ならば、難なく同機が扱え、同じ手術が再現できるといわれています」と話すのは、名古屋セントラル病院泌尿器科科長の黒松功医師です。
Hinotoriを使った医師は同機が再現する画面の繊細さに目を見張ります。執刀医の手の動きを正確に再現するアームは従来機に比べて人間の腕を模してコンパクトでスリムです。アーム同士の干渉および、患者の側に立つ助手との接触を回避、円滑な手術が期待できます。
Hinotoriは国内企業が製造、販売し、日本人が普及に努めていることがダビンチとの大きな違いです。国産であるメリットは執刀医などの実際の利用者とメーカーとの間にある敷居の低さです。新たな機械には不具合が付き物。いざ使い始めてみると、ここに難点があった、この不備を補いたいなど多種多様な意見や不満が挙がります。
「Hinotoriは国産のため、常に多くの医師の声に耳を傾け、意見や要望がメーカーに即座に届き、すぐに改善される傾向があります」(黒松医師)
今後、国産の手術支援ロボットには競合が求められます。現状では国内企業で手術支援ロボットを開発、製造するのはメディカロイド以外、ほぼ皆無といっていい状態です。
「将来、日本において手術支援ロボット市場が形成され、ライバル社が共存し、お互いが切磋琢磨すれば、各社が発売するロボットの性能が向上するのは明らかです」(黒松医師)
世界が注目する手術支援ロボットが次々に日本で生まれる日を待ち望みたいものです。
Hugo
没入型ではなくモニターと向き合いアームを操作
Hugoはダビンチ、 hinotoriに次ぐ、新たな手術支援ロボットです。70年以上にわたり心臓ペースメーカーや患者モニタリングシステムなどの医療機器の開発、製造、販売を手掛けるアイルランドの企業、メドトロニック社が2022年12月から販売を始めました。販売翌年の5月、厚生労働省から泌尿器科、婦人科に加え、消化管外科手術への適応拡大が認められました。医療現場での存在感が増しています。
「Hugoと従来機種の最大の相違点は、オープンコンソールです」と話すのは、国内の医療機関で初めて Hugoを導入した北里大学北里研究所病院の泌尿器科部長・田畑健一医師。オープンコンソールは操縦席のモニター画面が座位の視線と同じく設定でき、執刀医はモニター画面と向き合い、専用の3グラスを装着して施術するシステム。従来機はぶ厚く覆われた囲いの中に頭を入れ、モニター画面をのぞき込む“没入型”でした。
「執刀医の頭を何かで覆う規制がありません。アームを操作しながらモニター越しにスタッフの動きや移動を確認でき、助手や看護師とのコミュニケーションも容易。手術室内で何らかのトラブルが起きても、瞬時に分かります。助手と密に連携し、話し合っていた腹腔鏡下手術を彷彿とさせます」(田畑医師)
没入型と違い、術者が目視する操作画面を複数人で確認できます。見て学べるため、後進育成のツールとしての有用性が期待されます。従来機のように前傾姿勢で、おでこで体重を支える必要がありません。執刀医を悩ませていた腰痛や首の痛みも軽減するはずです。
従来機は 1つのカートに4本のアームを備えていましたが、 Hugoはアームがそれぞれ独立したカートに装着されています。
「個々に独立してセッティングができ、術式によっては、使用する本数を減らすなどしての施術も可能です」(田畑医師)
専用グラスを通して見る3D画像も手術で真価を発揮します。特に泌尿器科における前立腺全摘除術は前立腺と精嚢を切除、膀胱と尿道をつなぐなどの作業が必要です。この際、奥行きある3D画像ならば部位の形状や位置の確認が容易になるため、手術に効果的です。
「吻合する際の針の位置や角度の確認、縫合の際の糸を通す作業なども困難でなくなります。2次元映像では判別しづらい針の向きなども、3D画像なら瞬時に識別できます」(田畑医師)
Hugoの製造元が多くの腹腔鏡手術関連製品を販売する医療機器メーカーである点も注目に値します。今後もさらに、術者側に立った製品開発が期待できるからです。