調判定に和声を使わない!?

ちょっとだけ音楽のはなしを。

私はふだん高校生向けに楽典を教えており、先日、おおかた学習済みという学生たちに小手調べの問題を出してみた。

筆者が作成した楽典の問題(一部)
原曲: Arensky: Morceaux Caractéristiques 第23曲

(ア)(イ)というのは無視してほしいのだが、肝心なのは調判定のAという問題。「Aの部分の調を答えなさい」というものだが、これをほぼ全員がFis-durと答えている(正答はH-dur)。

なぜ Fis-dur という誤答が多発するかというと、調号と臨時記号だけで調性を判断しているからだ。和声の感覚があれば、最後の小節で I² → V という進行が起きていて、直前はドッペルドミナント(v調のV度)であることが分かる。

彼らの思考回路を辿っていくと、
シャープ5つの調号に、Eのシャープが臨時記号として現れているから、Fis-durかdis-moll。どうやらこれは長調だ、よし、答えはFis-durだな、という具合。
もちろんシャープがこのように付いているのは正しいのだが、全体の調性を捉えると誤った考え方になる。私もこの誤答を想定してはいたので多少の驚きに過ぎなかったが、9割ほどの学生が揃ってこう答えているのを見ると、楽典をどのように勉強するかを再考しなければならないと感じた。

調判定をどう学習するか?

通称「黄色い本」。音楽之友社の『楽典 理論と実習』はもはや定番となっている楽典の参考書である。何十年と使われてきたロングセラーだが、内容的に足りないものが多いのは明らかだ(ちなみに私はこの本に出会う前、今はもう絶版になってしまった素晴らしい楽典の本を使っていた)。

調判定の項目では、案の定、調号や臨時記号だけに依拠した考え方で説明している。与えられた旋律の音どうしの繋がりを分類し、それに基づいて導出するべき調に含まれる音かどうかを判断、それらを集めて音階の構成音を紐解いていく。
この考え方は私もよくわからなくなることがある。

そうそう、この本にはなんと終止形の説明がない!
それを学ばなければ、あらゆる終止を全終止と考えるとんでもない事態に陥らないか? かなりのヒヤヒヤものである。そのフレーズがどのように終わり、次へどう繋がっていくのか。もし音楽の中身すべてが全終止だったら、文章でいえば句点ばかりのぶつ切れな日本語といったところか…

旋律に和音をつける

適当なコードをギターで弾きながら、調子はずれの歌を歌うおじさんを街で見かける。そこまではいかなくとも、旋律に適切な和音をつける和声感覚を持っていないと厳しいものだと考えさせられる。

正直なところ、調判定の問題は旋律に頭の中で和音をつけ、全体を和声で捉えた方が簡単だ。しかし、横の流れである旋律に縦方向の和音をつけようとすると、それはそれで調を認識する感覚がなければ難しい。堂々巡りになる。
初歩的なものであれ和声を勉強するのはやや大変だ。楽典と和声を合わせて勉強するのはなかなかハードルが高いかもしれないが、どうしても必要なことになるだろう。

私が楽典を教えるときは、どの参考書も使わず、実作品をたくさん参照しながら和声と一緒に進めるようにしている。

※ 現に藝大の教授陣が数年前に共著で出版した「楽典と和声を一緒に学ぶ」的な本があるのだが、この本も色々問題がありそうだ。この話を書くともっと長くなるし、触れない方が良さそうな事情も散見されるのでここではスルーしておく。

というわけで、調判定を勉強するのに和声を考えることなく進めていくのは大変危険である。というよりナンセンスだ。
YoutubeもApple music(私はサブスクの類を一切しないので使い勝手はわからないが)もあるのだから、せめて受験勉強の一環として様々なクラシックの音楽を聴いてほしい。
もう一つ、単旋律の調判定で非音楽的な気味の悪い旋律を出題する音大入試にも異論を投げかけたい。ああ、言いたいことが山のようにある…

という私の悩みと嘆きでした。


おわり

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