アートの根源と遊び
今日も全く寒いもんだ
音楽が好きな私はあまり音楽に妥協せずサブスクや、レコード、イヤホン、ヘッドホン、オムニバス、シングルなどものとして揃えて楽しんでいる
この時期になるとヘッドホンが使えるのでとても喜ばしい
暑がりな僕は夏場にヘッドホンをすれば耳周りが大洪水になり汗というかダムのようにヘッドホンの中に汗が溜まっているだろう
だから寒くならないとヘッドホンが使えない
なんて不便なんだ
いざ使う時期が来るとヘッドホンは音もいいし包み込まれる
何より暖かい
もはや暖を取る目的に付けている言っても過言ではない
否、過言である
とにかくそんな日がずっと続くわけでもないので今のうちに数少ないヘッドホンライフを楽しんでみる
ヘッドホンをルンルンとつけながら外を歩いていたら、とあるアートを見つけた。
それは普通に街の中にあるようなものではなく
日本語で意味もないように見せて描くというか書かれていた。
その言葉は『エビチリ』
一瞬立ち止まり、過ぎ去ろうとしたがあまりにも気になったため写真を撮るためだけに戻った
なぜこんなところにエビチリを?
いや、なんでエビチリって書いたんだ?
きっとその理由は書いた人にしか分からない
エビチリ自身ここに名前を書かれるなんて微塵も考えていなかっただろう。
改めて地球の広さを体感したような気がした
もし仮に自分が世界中を飛び回ったとしても、こんな些細なエビチリに気づかなかっただろう
その場所、その時間に通り過ぎたからこそ出会えたエビチリ
今日はあまりこれといったインパクトがない1日ではあったが、エビチリが終始語られる日はもうないだろう。
そこらへんにあるスプレーアートも結局は遊びが根源だから
一瞬のひらめきと遊び心で誰かをクスッと笑わせてくれる
かっちりした所じゃ味わえないピリッとしたほほえみ