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夫婦絵師の六

 その後、与平たちはお寺の近くにちいさな家を建てました。与平は和尚さんたちと作った野菜を振り売りして歩き、おみつさんは寺子屋の手伝いや家の中のことをして暮らしていました。以前よりも貧しかったけれど、二人はそれはそれは幸せそうでした。

 いつもより野菜がよく売れたある日、いつもより早く与平が帰ってくると家の近くで若い男のひととすれ違いました。男の人は、与平に軽く会釈をしてすれ違っていきました。与平はお寺に用があってきた人だろうと思って、気にはしませんでした。

 けれどもそれから与平は、早く帰れた日にはほとんどの日にその男の人とすれ違っていることに気づきました。与平は、この人は信心深いのだなあと思っていたのですけれども、ある日その男の人は、与平とおみつさんの家から出てきたのです。

 男の人はいつものように、軽く会釈をして与平とすれ違っていきました。男の人を見送った与平は、家に入っておみつさんにその男の人のことを訊いてみましたが、おみつさんは与平が早く帰ってきたことに驚いたのか、慌てたように、友達が急に訪ねてきたのだと言いました。

 与平はそうなのか、とそのときはいいましたが、そのあとも何度もその男の人とすれ違うものですから、どうしても我慢できなくなって和尚さんのところへ行きました。

「和尚さまあ、おれはもうどうしたらいいかわからねえ」

 与平は和尚さんがびっくりするほどやつれた顔をしていました。和尚さんが何かあったのかと尋ねると、与平は話し始めました。

 絵が描けなくなった自分でもおみつさんはそばにいたいと言ってくれたが、ほんとうはおれを見限ったのではないか。家に男が出入りしていることでおみつさんを疑いたくはないが、疑ってしまう自分が嫌だ。いっそ自分から家を出て行ってしまおうか……

 そういう与平に、和尚さんは言いました。

「あした、商売に出るふりをしてすぐに帰ってきなさい。おみつさんには見つからないようにな。そうすればすべてわかる」

 与平は和尚様にそう言われてその日は帰ることにしたのですけども、家に帰ってもお互いにどことなくお互い居心地が悪いようで、夜もよく眠れませんでした。


第一回はこちら。


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