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夫婦絵師 の一

 昔、江戸の町に与平という男がおりました。

 田舎から江戸へ出てきた与平は、あちらの職人へ弟子入りしたりこちらの商店へ奉公に入ったり、いろいろ仕事をしましたがどうにも長続きしません。

 仕事が無ければお金がもらえず、お金が無ければ家賃も払えませんから家もなくなりあてもなく彷徨った与平は、ある和尚さんに拾われてお寺の下男としてお勤めすることになりました。そのお寺では、近所の子供たちを集めて読み書きそろばんを教えていました。寺子屋というやつです。

 ある日与平が子供たちの帰ったあと片づけをしていると、誰か子供が忘れていった筆と硯がありました。硯には墨が入ったままで、近くには紙も置いたままになっておりました。

 与平は字が分かりませんでしたけれど、ちょっとしたいたずら心を出しましてその筆と墨で、和尚さんの顔を描いてみました。それはたいそうよく似ていて、与平は我ながらよく描けた、とにっこり笑いました。

 そうしていると和尚さんが、様子を見に来ました。与平が書いた似顔絵を見た和尚さんは怒るどころか、与平の描いた絵をたいそう気に入ったようでした。

「ははあ、これは私じゃな。よく描けているではないか。お前さん、どこかで絵の修行でもしていたのかね」

「いえ、絵を描いたのなんて、これが初めてで」

「なに、初めてとな?それにしては見事なものだ」

 和尚さんは感心して、それから会う人ごとに与平の描いた似顔を見せては笑っていました。

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