二月一三日
「よっ」「げ」
バレンタイン前日、いよいよ決戦前夜という日にデパートのチョコレート売り場でばったり出会ったのは、この日ばかりはもっとも会いたくない人物だった。
「なに誰かにあげんの?自分用?」
そいつの名は春日源蔵。小学校からの同級生で、高校に進学したいまも同級生。ただしクラスは違う。いかつい顔と名前、ごつい体格に似合わず趣味はお菓子作りという自作系スイーツ男子。しかも上手い。てゆうか美味い。以前から、毎年この時期には姉と妹のために腕を振るっているそうだ。
「なんだったら作ってやろうか?一つ二つ増えても大して手間じゃないし」
できることならそうしたいけど、相手が相手だそうもいかない。
「じゃあ材料費出すから作ってよ。自分用」「あいよ」
これでいいか、と手近にあった有名メーカーの板チョコを何枚かカゴに入れる。と、ごつい腕が伸びてそれをつかみ、こちらが何か言う間もなく自分のカゴに移した。
「このほうが早いだろ。あとで金くれればいいから。そうかー森永派か。ちょっと溶けにくいんだよなーこれ」
いやべつにそうじゃないけど……ダメなら変えても……何がいいの?何ならいいの?
「あ、大丈夫大丈夫!何とかしますって!これ選ぶってことは、甘さ控えめなほうがいいのか。これ結構あるな……マフィンもいいけど、いっそケーキか。じゃ俺ほかの材料買って帰るから」
奴が向かったのは食品売り場だろうかそれともキッチングッズ売り場だろうか。ごつい背中を見送りながら考える。そういう奴だ仕方がない。何だか知らないがお菓子作りにハマってからは、一旦入り込むと他のことは目に入らなくなる。私のことも。
「どしよっかな……」
独り言ちて眺めたカゴの中には有名メーカの、結構お高めのチョコレート。もっと安いのでもいい。コンビニで数十円のでも。別になくてもいい。きっとその辺で買えるどんなチョコレートよりも、奴が作ったチョコレートのほうが美味しい。
でも、もしも。
もしかして、私があげた、ことに喜んでくれたら。くれたら、なんて。
思うくらいは、いいじゃない。
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