夫婦絵師 の五
幸いなことに与平の怪我は大したことは無くて、手はすぐに元通り動かせるようになりました。けれどもどうしたことか、絵だけはまったく描けなくなってしまいまったのです。
はじめのうちは与平も、怪我している間には絵を描いていなかったためになまってしまっただけで、しばらくすればまた元のように書けると思っていました。だけど、何日たってもなかなか元のようには描けません。もともと試しに描いてみたらうまく描けたという与平ですから、どうしたらまた元のように描けるようになるのかと考えるほど、かえって描けなくなってしなうばかりでした。
絵を描けなければ仕事になりませんから、浮世絵師としてはやっていけません。おみつさんは自分のせいだと思ってしまって、なにかにつけ謝ってばかりでした。
ある日、その日も絵をうまく描けなかった与平は、筆を置くとおみつさんに言いました。
「おれはいままで人に自慢できるようなことは何もなかった。だけど絵が描けていろんな人に褒めてもらえてそれが金になって、おまけにあんたのようなお嫁さんまでもらえた。あんまり幸せだから不公平で、少し返せということだろう」
与平の声は、少し震えているようでした。
「絵師の仕事ができないのでは大して稼げないが、和尚さんたちと畑で作っている野菜を分けてもらって、振り売りして歩こうと思う。おみつさん、あんた、こんなおれでも、まだ一緒にいてくれるか」
おみつさんは与平に抱き付いて、お傍においてください、と言いました。
第一回はこちら。