noteクリスマス2016

note Advent Calendar 2016.12.23 Santa Claus Is Going To Town

 サンタクロースの朝は早い──

 世間ではサンタクロースといえば、年に一度クリスマスイブにだけ現れ世界中の子供たちにプレゼントを届ける存在であると思われているが、実際はそうではない。なにしろ世界中である。子供たちの数、願い事の数そして送り届けるプレゼントも膨大な数に上る。であるから一晩で済ませるためにはまた、膨大な準備とその期間が必要となる。プレゼントを用意し、配達先を確認し、配送ルートを考え、そして当日には滞りなく配達できるようにするためには時間がいくらあっても足りないくらいであった。

「また割り当て増えたんですか?勘弁してくださいよようやく準備終わりそうだったのに!」

 そう叫んで天を仰いだのは、まだ若いサンタクロースだった。かつてはサンタクロースといえば結婚して子供もでき、幸せな家庭を築いてきた中年以上の男性と決まっていた(そして、さらに遡れば白ひげの老人でなければならなかった)のだが、時代とともに世界中に子供の数が増え、そうなればクリスマスに対する期待も質、量ともに大きくなっていき、サンタクロースの仕事も増える。この数十年で、段階的に条件は緩和されていった。

「仕方なかろう、残ったものの義務だ」

 そう返したのは「絵に描いたような」と表現するしかないような老サンタクロースだった。サンタクロースの中でもかなりの古株で、先ほどの若いサンタクロースの上司にあたる。

「残った、って……また減ったんですか?この忙しい時に」

 条件が緩和されたとは言え、サンタクロースは激務である。そして一度なったからといって永遠に続けなければならない義務があるわけではない以上ある程度は仕方のないことではあったが、やはり残されたものにしてみれば不満も貯まるところである。

「子供も育ってくれば、クリスマスには一緒にいてやりたいと思うものさ」

 事情を知っているのか、かばう老サンタだが

「別に最近わかったことじゃないでしょう?子供がいればだんだん育っていくのは当たり前で」

 若いサンタは納得しきれない様子だった。確かにそうだが、物事はそういった理屈で割り切れることばかりではない。老サンタは長いあごひげを撫でながら考えた。

「確かにそうだがな……子供が小さいうちならまだいい。クリスマスもサンタクロースもわからないからな。しかし、だんだん育ってきて世の中を知っていくうちに、ある年こう言うのさ『クリスマスなのに、どうしてパパはおうちにいないの?』こう言われたら、たいていのやつはな」 
 
「……わかりましたよ、やればいいんでしょやれば」
「そういえば、お前さんのところは子供は?」

 ため息をついて増えた仕事をチェックする若サンタに、老サンタは問いかけた。最近の規制緩和で子供がいなくてもサンタクロースになれるようになり、また女性のサンタクロースもそう珍しいものではなくなっていた。

「一応、年内くらいの予定です」

 そうだった、そのためにサンタクロースの本場に近い、配達の多い地域を志願したのだった。とはいえ予想を超える仕事の多さに後悔しているのかもしれない。元々は無給が当たり前のサンタクロースではあったが、さすがに人員が集まらないということでいつからか配達数に応じて給料が出る様になっていた。古株の中でも頑固なサンタたちの中には頑なに受け取りを拒否する連中もいたそうだが、「一旦受け取って孤児院なりに寄付をする」という制度が出来てからは随分減ったらしい。

 配達地域についてはある程度希望は聞いてもらえるとはいえ、基本的にはあらかじめ決められた割り当て制であった。例えば当日に変更などといっても厳しいが、当事者同士の合意があればいちいち上司などへの報告や許可がなくても特に問題とされることもなかった。もちろん、何事もなかった場合ではあるが。また、自分の子供など身内の担当になることは基本的には禁止されている。

「じいさん、こっち終わったぜ。今日はもういいんだろ?」

  後ろから声をかけてきたのは中年のサンタクロースで、自分の割り当て分の準備は既に終え早く帰りたいらしかった。

「構わんが、明日は遅れんようにな。去年のようなことがあっては適わん」
「わかってますって」

 老サンタがことさらに念を押したのは、そのサンタクロースが昨年、遅刻してきた上に配達遅延を起こし、大問題になったからだった。てっきりクビにでもなったかと思ったが、人手不足のおりそうもいかないらしかった。

「なにか予定でもあるのか?」
「うちは先日生まれましてね。プレゼントの申請、今日まで大丈夫でしょう?」

 サンタクロースがプレゼントを送り届けるのはその存在を信じている子供と決まっているが、例外として生まれてから物心つくまでの間は、主に両親に対してプレゼントが贈られる。もちろん、サンタクロースの存在を信じている善良な親に限る……はずだ。どうせ荷物は山ほどあるのだから、いまさらだれかの割り当てがひとつくらい増えたところでどうということもないだろう。中年サンタを見送ると、老サンタは自分の仕事に戻っていった。


 クリスマス・イブがやってくる。誰のもとにも平等に。準備万端、あとは日没を待って出発というときだが若いサンタクロースはどことなく焦ったような、浮かない顔であった。よもや体調でも悪いのだろうかと老サンタが声をかけると、病院から連絡があったという。さては妻子に何かあったかと早とちりしそうになったが、そうではないようだ。

「実は、予定より早いんですが今夜にも生まれそうで」

 本音を言えば今すぐにも病院へ飛んでいきたいところであろうが、出発時刻は迫っていて、代わりを探そうにも今からではどうにもならない。こうなってくると配達数が多いからと日付変更線から遠い地域を選んでしまったことが悔やまれるが、いまさらどうすることもできない。そこへ声をかけてきたのは、あの中年サンタであった。

「よう、お前たしか出発までまだ時間あるだろ?悪いんだけどさ、配達変わってくんない?準備は出来ててもうすぐ出発しなけりゃならんのだけど、昨夜飲み過ぎちゃってさ。もう少しさまさないとソリ乗れないんだ」

 こんな時に何をやっているのか、と思ったが渡りに船ともいえる。しかし配達地域は……

「広い割に数少なくて悪いんだけどさ、太平洋の島とか。うん、日付変更線に近いところから、ルートの地図はこれで、ソリは……」

 ソリの場所を聞いた若サンタは、返事もそこそこに中年サンタのソリへ走っていった。もしかしたら、間に合うかも知れない。たとえ間に合わなくても「与えられた状況の中でやるだけやった」と思えば気も済むだろう。しかし……老サンタは呆れて言った。

「こんな時まで酒とはな……しかし、そう酔っているようには見えんな」
「あまり顔には出ないタチでしてね」

 出発時刻は配達する現地の日没時刻、その後子供たちが寝静まった頃を見計らって配達を開始する。あと数時間で飲酒運転にならぬ程度にまで酔がさめるならば良しとするか。出発には遅れるなよ、と念を押して自分のソリへと向かう老サンタは、ふと思い出した。中年サンタの家は、たしか本来の若サンタの担当区域にあるのではなかったか。

「おい──」

 老サンタは声をかけようとしたが、さてなんと声をかけるべきか見つけられずに見上げた空の一面に、飛び立っていく第一陣のサンタクロースたちの乗ったソリが見えた。ソリを引くのはもちろんトナカイだ。忙しい一夜が始まる。


Merry Christmas!!!

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