返信

 窓の外に目をやればそろそろ夜明け、新聞配達だろうか?エンジン音が遠くに聞こえる。昨夜はついに、一睡もできなかった。その理由は、昨夜遅くに届いた一通のメールだ。そのメールは古い友人から来たもので、内容はといえばごくごく短いものだった。しかしながら、そのメールに対してどう返事をするべきか一晩中悩んでいたのだ。

 その相手──「彼」としよう。彼とのメールのやり取りは、今回が初めてではない。共通の趣味を持ち、付き合いも長い。無二の親友と呼べるほどではないにしても、まずまず気心の知れた相手であった。

 彼から来たメールを改めて開き内容を確認することも、もう何度目だろうか。何度読み返しても、内容が変化することなどありえない。頭では分かってはいても、そうせずにはいられなかった。それほどに彼からのメールは、というよりもその返事をどうするべきか。それは、非常に悩まなければならないものだったのだ。

 これも何度繰り返したことか、今となっては旧式で買い替えも考えている、時代遅れのデスクトップ型コンピュータを乗せたデスクから離れて部屋を歩き回る。天井を見上げ、その向こう側に答えがあるかのごとく穴が開くほど見つめたりする。当然ながらそんなところに答えは見つからない。天井の向こう側には天井裏しかないはずだ。

 いくら考えたところで妙案は浮かばず、大きなあくびを一つする。届いたのが休日の前夜で良かった。どうせ休日といっても予定もないのだから、メールの返信をしたら寝てしまおう。仕方なく椅子に座り直し、返事を書き始めた。うまい考えが浮かばないのは情けないが、とりあえず無難に済ませてしまうことにする。少々申し訳ない気もするが、あまり待たせても失礼だろう。メールの返事に期限や締切といったものはないだろうが、早いに越したことはない。

 彼から届いたメール部分の引用に続けて、それと同じように短く返事を書くと送信ボタンをクリックした。彼はどんな反応をするだろうか?返事が楽しみだ。彼から来たメールを開き、内容を確認する。あの返事が正解だったかどうかは分らないが、それほど間を置かず、また彼からメールが来ることだろう。彼からのメールをもう一度開き、自分を納得させるように、ひとつ頷く。

彼から来たメールには、こう書かれていた。

”一手目 ▲7六歩”

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