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小沢健二に関するたとえ話が通じないとき、それは、世代を超えた対話の場である!はず。

去年の四月に某信用金庫に就職した後輩と、4時間くらい話した。

彼は、学生と企業のマッチングに興味がある。

俺もそれにはめちゃくちゃ興味がある。

で、話してると、おれが結構話しちゃうから、よくないなーと、毎回、家に戻ってから反省するんだけど、今回も、例に漏れず、めちゃくちゃ話した。

その中で、やりたいことをやるための手段の話になった。

おれは明確にその手段を持っていたので、というか、実行したつもりなので、それをもっとわかりやすく、小沢健二を例えに話した。

小沢健二はさぁー。
あ、小沢健二って知ってる(念のため)?

いや、チョットわからないです…

むむむ…。

おれ的には、わかってるテイで、親に反対されているがミュージシャンになるために、とりあえず、東大を出た みたいなエピソードをバリバリ準備していたのだが…

まさに、ジェネレーション。ディファレンスなジェネレーション!

ただ、彼のいいところ、というか、現代の24歳としてはもっともベターな対応であるところの、「チョット調べてみます!」とスマホを取り出す。みたいな。

で、わかったのが、
ディファレンスなジェネレーションで対話するときに必要なのは、お互いが興味をもっている「解決したいなにかの話題」である。(まあ、当たり前の話だけどね、なんか気づいた感があったのだ)

今回は、就職に関する学生と企業のマッチングであった。

そんなこんなで、2017年5月27日に暇なひと集まれー。

「多世代多文化の対話」のベイビーステップをやってみます。

興味あるひとは何らかの方法でメッセージを!

なんかそういう場で、よく腹が立つタイプの人も来て大丈夫です。

なんで腹が立つのかの原理をお伝えできます。

では!



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