イスラエルへの最初の律法 出エジプト12:2
出エジプト11章まで10の災いのうちの9つが起こります。
そして、12章から、過ぎ越しに関するイスラエルへの律法が伝えられます。イスラエルの全会衆に伝えられる律法は、聖書全体でこの12章が初めてです。
全会衆に伝えられる初めての律法は何でしょうか?最初の語られるのですから、とても重要なものです。
最初の律法は、カレンダーを作るということです。
カレンダーを作るというのが、最初の律法とは、変な感じがします。
神様が与える最初の律法ですから、神を信じなさいとか、安息日はこうしなさいというような戒めかと思います。最初の戒めの中に、神様は存在していません。
この律法が、奴隷から自由になったことを思い出す戒めです。これは、イスラエルが自由になった人が最初にしなければならないことを伝えています。
それは、時間をコントロールすることです。奴隷の身は自分の時間をコントロールすることができません。自由人は時を自由に使うことができます。
ですから、自由人の責任を伝えています。それは、自由人だから何もしない、何でもしても良いということではありません。
あなたは、あなたがすることをきちんと管理しなければならないということです。
自由人は自分が何をするかを自分で決めることです。
ですから、あなたがするべき責任を果たしなさい、それから逃げてはいけません、ということです。
この箇所は、私は好きなメッセージです。それで、イスラエル人は次に進んでいきます。
大事な時間として、キドッュがあります。
キドッシュは、聖なる時です。キドゥシュは、シャバットや、過ぎ越し、フッパの下で行われる結婚式など、祝福の時です。キデゥシュは、カドッシュが語源です。ただ、時間が流れていくのではなく、今は聖なる時間です、ときちんとコントロールされた時間です。
ずっと仕事をするのではなく、またずっと休み続けるのではなく、6日は働きで1日は休みをするということです。
もし、時間をコントロールすることができなければ、それは奴隷のままです。奴隷のように神様を信じるようなことを神様は求めていません。
もし、神様のパートナーになりたかったら、自分をちゃんと管理して、時間をコントロールすることができるようにならなければいけません。
この考えは、ナオミが自分で発想したものではなくて、どのラビも話していることだそうです。確かに、創世記では、「初めに」という言葉が使われています。これについて、初めや終わりがあるということは、神様は最初に時間を作られた、と説明してくれたユダヤ人がいました。
日本に来てくれるユダヤ人達も、自分がやりたいことに、非常に素直で、とても自由です。ナオミは、ユダヤ教は宗教だけれども、奴隷からの解放に重点が置かれているので、本当の自由とは何かということを伝えている本だと思います。ということでした。
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