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二度と飲めないシードルに

人生で忘れられない味をいくつ覚えているだろう。
本当のことを言えば両手に10コ言えるか怪しい。
味覚なんてホイホイ変わる、記憶だってすぐ消える。

その一方でどうしても忘れたくない思い出になった味もあるのだ。

人生で忘れられないお酒の味、幸せと直結したお酒といえば間違いなくアップルシードルである。

アップルシードルというよくわからない飲み物に出会ったのは二十歳もそこそこ、友人と車を借りて出掛けた朝霧ジャムというフェスだった。

朝霧ジャムは不思議な場所である。
富士山のすぐふもとの高原で開かれるフェスで出演者もかなり豪華だ。
けれどお洒落さをさほど求められていない。
風邪をひかないよう温かいスープを食べる、これからもっと冷えるからラムココアのラムを多めにいれてもらう。キャンプ生活と観客と音楽が隣り合ったこじんまりしたフェスなのだ。

頼んだシチューがずっしりと重くて驚いたことがある。「二人で一杯を頼むっていうから大盛りにしてやったよ」と受付のおばちゃんが笑っていた。

そんなフェスの中、目立たない看板でシードルを出す店があった。
はじめて飲んだシードルはコップ一杯になみなみと注がれていた。

その得体のしれぬ液体、口に含むとパチリとはじけるアルコール、舌にすこし残るりんごの香りと微かな甘味。
お酒であって甘すぎず強すぎない黄金の飲み物はなんだと大層驚いてしまった。
こんなに飲みやすくわくわくさせる酒が世の中にあるのか!

何のライブを見たかは忘れてしまったのにシードルの刺激と青々とした原っぱの解放感を私は今日まで切り離すことが出来なくなってしまった。

シードルってなに?
おいしいの?
一度野外で飲んでみてよ。風がすこしあって昼間だと最高だよ。

こうして自分のペースでこれからも幸せなはじめての思い出を作っていきたいのだ。

次の年シードルはもうフェスで飲めなくなっていた。
ふとしたとき、街の酒場でシードルを見かけたとき私の心にはいつもあの富士の原っぱと、もう出会えない並々のコップが浮かぶのだ。

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