アメリカ製保健室 #毎週ショートショートnote
四角い小さな台の上に乗ると足の裏がひやりとした。ほんの僅かににつま先立ちをして、ちらりとキャロライン先生を見やる。先生は僕の肩をそっと押して言い放つ。
「5フィート2インチやね」
養護教諭のキャロライン先生は生まれも育ちもアメリカだ。この学校に勤めて三十年以上になるという噂で、この辺りの方言まで使いこなしているのだが、ヤードポンド法だけは抜けない。年季の入った身体測定器も体重計もちゃっかりアメリカ製だ。メートルに換算して記録用紙に自分で書き込む。手間ではあるが、後ろに並ぶクラスメイトたちに正確な身長が分かりにくいのは助かっている。
しかし、生徒会が校則を見直そうと動き出したことに端を発し、飛び火して身体測定をメートル法に、という声が上がり始めた。そのうちに、グローバルスタンダードを高らかと掲げ、内心は面倒な計算はこりごりだとメートル法を支持する一派ができた。そしてそれに対抗するように、体重や身長がばれたくないことをひた隠しにして、キャロライン先生の個性を受容すべきと唱え、ヤードポンド法を支持するグループができた。日に日に意見の相違が苛烈し、いよいよ臨時生徒総会が開かれようとした時だった。それは、ある日あっさりと幕が引かれた。キャロライン先生が定年退職したのだ。ヤードポンド法支持者たちはすっかり肩を落としてしまった。
4月、新任の養護教諭が決まらず、在任の教師が身体測定を行うことになった。廊下に整列し、先頭に並んでいたメートル法支持者の生徒がにんまりしながら保健室へ入っていた。
「5尺9寸!」
古典の老教師の声が廊下に響いた。
<了>
たらはかに(田原にか)様の下記の企画へ参加しています。