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書籍紹介 横江公美『崩壊するアメリカ トランプ大統領で世界は発狂する!?』
ドナルド・トランプが再びアメリカ大統領として返り咲きました。2016年の初当選時では、単なる「奇襲」や「番狂わせ」という形容がありましたが、今回はそれだけでは語り尽くせないほど、アメリカ社会の深部には「トランプ的なもの」を受容する土壌が存在しているようです。今回ご紹介する横江公美著『崩壊するアメリカ トランプ大統領で世界は発狂する!?』(ビジネス社、2016年)は、2016年の大統領選を背景に書かれたものですが、アメリカの大転換を指し示す先見性が感じ取れます。本書には、著者がワシントンD.C.のシンクタンクで「アメリカ人の上級研究員とほぼ同等の待遇」で政治の現場を内側から体感したからこそ語れるリアルが詰まっています。日本帰国後に語るたび、「そんなこと、にわかには信じられない」「アメリカがそこまで変わっているとは思わなかった」と驚かれたという著者の体験は、日本人が持つアメリカ像が現実とかけ離れていることを浮き彫りにするものです。
1.トランプが本音の箱を開けた
2016年大統領選で「予想外の旋風」をトランプは起こしました。当時はメディアから「差別主義」「暴言王」と扱われましたが、著者はトランプの支持が何に根ざしているかを冷静に分析します。
トランプは、「政治的正しさ」という言葉で蓋をしていた、アメリカ人にとってはて言ってはいけない本音を、公開してしまったのである。
ポリティカル・コレクトネスの名のもと、人種や宗教の差別的発言は厳しく批判される社会が出来上がっていたアメリカ。しかし、それでも解消されない不安や鬱屈があった白人層の一部にとって、トランプの率直すぎる言葉は「タブーを打ち破る余地」をもたらしたのです。
2. マイノリティの台頭と「崩壊」の真意
本書のタイトルにある「崩壊するアメリカ」は、単なる衰退や終焉を意味しません。著者が繰り返し述べているのは、白人が多数派の特権的立場に立てていた時代が終わりつつある、という構造変化です。ヒスパニック系やアジア系の人口増加、女性・LGBTQの社会的影響力拡大など、あらゆる領域でマイノリティと呼ばれていた人々が主役化し始めています。
そう考えると、トランプを挟んでの衝突は、まるでアメリカが崩壊していく過程のようにも見えるが、格差是正を進め多様化した社会に移行するためには避けられない道とも思える。トランプが大統領にならなかったとしても、トランプがパンドラの箱を開けてしまったがために、人種間の衝突はこれからも続いていくだろう。
3. もうレーガンには戻らない——新しい強さと経済の武器化
レーガン政権時代の「強いアメリカ」に憧れる声は、今なお日本でも根強いかもしれませんが、冷戦構造がとっくに終わった以上、「レーガン的なアメリカの時代は終わったようなのだ」(P61)としています。
では、なぜレーガンのアメリカはもう戻ってこないのか? (略)『小さな政府』『キリスト教的価値を基礎とする社会政策』『冷戦のための強い軍事力』といった『強い国=レーガンのアメリカ』のシンボリックな政策は時代と合わなくなってしまったのである。
今のアメリカは「軍拡競争」や「力の誇示」を外交の中心に据えず、むしろ「経済の武器化」(P171)、つまり制裁や貿易交渉などを駆使して国益を確保する方向にシフトしつつあります。オバマ政権が推進したTPPや、トランプが行った対中関税・関税戦争などは、その具体例として本書でも議論されています。2025年のトランプ再政権では、一段と「経済カード」を堅持して同盟国や貿易相手国との駆け引きが強まる様相です。
米国の出方によってサプライチェーンの再編やコスト負担の増加など、変化に対する迅速な対応が求められてきます。
4. ミレニアル世代の存在感——SNS時代の価値観
さらに本書で採りあげているのは、オバマ政権以降に急速に影響力を強めたミレニアル世代の動向です。SNSを活用し、個人主義とコミュニティ志向を併せ持つこの世代は、旧来の民主党・共和党の二大政党の枠を超える新しい行動パターンを生み出していると著者は見ています。
ミレニアル世代は、『世界は私が中心』という考えを持ちながら、仲間とのつながりを大切にするという傾向も見られる。通常、「私が中心」という思考は個人主義、ひいては利己主義につながる。ところがミレニアル世代は「私主義」でありながら、同時に他人とのつながりを大事にする「仲間主義」でもある。
この世代がさらに数年を経て主流となっていくなか、トランプ回帰との間でどのような軋みが生じるのか。本書では、トランプの国益優先主義の一部は、私中心主義の若者とも親和性がある、と見ています。一方で多様性を大切にする傾向も強く、アメリカの社会は、これからますます二極化・複雑化していくことを示唆しています。
5. 同盟国・日本への影響——安全保障と経済の損得勘定
本書は2016年刊行時点で、トランプ的経済優先外交が日米同盟に新たな負担を強いるだろうと見ています。
トランプ大統領が実現すれば、日本だけではなくすべての国、 同盟国は青ざめるであろう。ビジネスマンであるトランプにとって、アメリカがマイナス勘定になることは許せない。日米同盟にかかっているコストを分析し、日本に貢献させる分野を大幅に増やしてくるだろう。あまりに経済的に合わないと、同盟はいらないと言い出す可能性すらある。
前トランプ政権期には「在日米軍駐留経費の大幅増額」や「関税引き上げの圧力」が取り沙汰され、予想どおり日本は交渉の矢面に立たされました。2025年2月、石破首相が訪米時には、防衛費の上積み要求について報道などでは見受けませんでしたが、今後の議題となる可能性はあります。また、対米投資残高の引き上げについても会談では言及されました。この会談は、日米経済関係の強化と安定化に寄与するとの見方もありますが、関税政策や貿易バランスなど、今後も注視すべき課題となりました。
7. 「崩壊」は終わりではなく再編から新しい秩序の形成への移行
本書のタイトル「崩壊するアメリカ」というフレーズは「アメリカが力を失う」といった悲観論とは異なります。軍事大国から後方支援型と経済力へ、また白人至上社会から多様化社会へという流れの中での大きな再編の真っ最中を捉えたものでした。
崩壊とは、古い構造が耐えられなくなって壊れていくこと。その先に新しい形が立ち上がる可能性を孕んでいるのです。2025年の今、トランプ再登板からの劇的な変化の中で、アメリカが最終的にどのような国として生まれ変わるのか。本書が書かれた2016年からさらに、多様化を巡る情勢も変わっています。「好むと好まざるとにかかわらず、この事実を客観的にうけとめて対応するしかない状況なのだ。」(P12)とありますが、 「崩壊」は終わりではなく再編から新しい秩序の形成への移行といえます。
8.最後に
本書は2016年の大統領選当時に書かれたものですが、2024年からのトランプ再登板をもってしても、その先見性と洞察が確認されます。トランプに代表される国益第一、ポリティカル・コレクトネス否定、マイノリティへの反発等は、決して一過性のムーブメントではなく、アメリカ社会の変質に深く根ざした現象だったと感じられます。
本書は、ニュースの今を見るにあたってアメリカの深部を捉える視座を与えてくれます。これからは、かつてとはまるで異なる形のアメリカになりそうです。トランプ現象は過去のものではなく、むしろ、これからもアメリカを揺るがす大きなうねりとなりました。