Macbookの死
先週、約6年程使ったMacbookとの唐突なお別れがあった。
オンラインでミーティングをしている最中に突然シャットダウンした。
その時は、「ん、なんだ?」くらいにしか思っていなかったが、
何度充電しても、ググってやってみるといいと書いてあった
どの手段を使っても復旧してくれることはなかった。
様子がおかしいと思い、翌日Appleへ。
そこで告げられたのは、
「2017年モデルなのでもうだいぶガタが来ている。
9万円で修理に出すことはできるが、治る保証はない。
今は13万円くらいでMacbook Airが購入できるので、そちらをお勧めする。」
という話だった。
一つのものを長く使いたいという願望はあるが、電子機器、ましてやノートパソコンは5~6年が寿命と言われていて、考えてみれば、寿命が来ているのも納得できる話だった。
それにしても突然すぎて、全く状況が整理できなかった。
そして、自分でもびっくりしたのは、私はこの一連の出来事に対して、
涙したことだった。
6年付き合っていた恋人が急に亡くなったような、
言葉にすると結構気持ち悪いが本当にそんな気持ちだった。
このノートパソコンは高校卒業後、
台湾の大学に行くために親が買ってくれたものだった。
その時は、自分にとっての初めてノートパソコンが手に入ったという事実がただただ嬉しかっただけだったが、
6年を振り返ってみると本当に色々な出来事があって、
Macbookの死を告げられた時は、本気でその出来事が走馬灯のように
脳内に流れてきた。
これは完全に自分の備忘録として残しておきたいので、特に印象づいているMacbookとの思い出を残しておこうと思う。
何百のレポートをこの子と一緒に乗り越えたんだろうなあ
そのおかげで出来ると思っていなかった台湾の大学を卒業できたなあ
大学時代大量の動画編集をしていたなあ
その時々で色んなアプリにお世話になったなあ、もう読み返すことはできないけど日記とか
kindleで死ぬほど本読んでたなあ
コーチングの授業受けてたなあ、会ったことないけど長く深く繋がる関係が自分の人生に増えたのは確実にこれがきっかけだったなあ
友達やコーチングのクライアント、ミーティング、学校の授業で何回zoomしたんだろうなあ
脚本作りを毎日のようにしていたなあ
途中から「U」と「O」のキーボードが外れたなあ
デザインの勉強してたな、お仕事の機会もらえてありがたかったなあ
就活にも寄り添ってくれていたなあ、自己分析から面接まで、全てにおいてお世話になったな
とまあ、全てではないけれどざっと出してみた。
出してみると、本当に色んなことがあったんだなと思うと同時に、
この子がいてくれなかったら出会えていなかった世界や人に
フォーカスが当たり、存在の大きさにハッとさせられた。
この子が私と6年一緒にいてくれて、
今ですら何者でもないけれど、本当に何者でもなかった18歳の私が、
まだ見ぬ世界に触れ、概念や価値観に触れ、経験をし、
何を大事にしたいのか、どんな世界を見たいのか、そんなことを探求して、
自分のアイデンティティに自覚的になったと思う。
画面越しに見てきた大切なことも、無駄だと切り捨てたことも、
その全てが今の自分を作ってくれたんだな、と思う。
出会う人から自分がどんな影響を受けるか、は考えを巡らす機会が多いけれど、
自分が大切にしてきた「モノ」から受けている影響について
言葉にしてみるのは考えてみれば初めてだったかもしれない。
すごくいい機会だった。
改めて、6年間休まず稼働し続けてくれたMacbook Proに、
特大のありがとうを贈りたい。
そして、新たに迎え入れたMacbook Airとこれから
どんな時間を過ごすことになるのか、
楽しみで仕方ない。
あーーー、成仏できた。スッキリした~~
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