56、山奥で宿業をやって行く良さ
冬の3ヶ月半の地球の裏側の研修旅行から帰ってきて、無事に開業2年目を迎えることができた。
3月末に菜の花が咲いたらその後は桜、そしてそれが散れば次の花、次の花と、6月末まで続く。その後は夏になり一面緑の一色、そして一面の紅葉、それが散った後の冬は雪景色、一年中のカラフルを楽しむことができるし、季節ごとの作物を身近に味わうことができる。
もちろん大変な事、めんどくさい事、不便な事もあるけれどそれを差し引いても山暮らしはいい、言うまでもなく人口密度が圧倒的に低く森に囲まれたところに住んでいるので空気が綺麗。歩いて行ける近くの川には生活排水が一切入ってない天然水の川があり、そこで泳げるという贅沢。山でおよぐのは海とは違い塩っぽくもない。
近代文明によってズタズタに切り裂かれてしまった町とは違い、その本来の自然の美しさをさらに享受できる。過疎が進んでるので野草も取り放題、空き家も耕作放棄地もたくさんあるのでそれらを格安で借りることも出来るし、とにかく家がデカい、畑も好きなだけできる、路上駐車で罰金なんかあり得ない。
娯楽がない? うちに来る訪問者はたき火したりバーベキューしたり、カラオケ、野外映画鑑賞したり、DJ呼んで棚田フェスやったり、野外サウナも、ミュージシャンが来た時なんかは地域の人達を招待して夕日を見ながら天空棚田コンサートなんかもやったりもする。ここには都会のキラキラした娯楽はないけれど逆に言えばこんなに広々とした田舎の娯楽は都会にはない。夜景はないが綺麗な星空がある。
空気や水が美味しいだけでなくご飯も美味しい、庭で放し飼いしてるニワトリの極上卵を毎日のように食べれるし、庭でちょっとした作物を育てたりもできる、それを集落の人とブツブツも交換し合う、そしてすぐそばで無農薬でお米を生産してるお爺ちゃんがいて、その人から直接買えること、これってとても財布にも人にも環境にも優しいことだと思う、山奥なのでファーストフードやコンビニなど体によくないものが遠くにあってくれるわけだし都会のように情報雑多ではないから不必要に物欲に駆られることもない、何よりこういう背景があるので里山の人たちは平均的に幸福度が高いように見える、そんな人たちが周りにいるから自分にも幸福度は伝染するんだろう。とにかく低コストでハイクオリティーな生活。(逆にデメリットとしては都会にいった時にノイズですぐ疲れるようになったりファーストフードや菓子パンなどの添加物たっぷりのものを食べるとすごく調子が悪くなるように過敏になってしまった)
開業2年目になると昨年以上の盛り上がりを見せることになり、移住者、交流人口も増えていった。
それだけでなく茶屋敷が海外のテレビ番組のロケ地として利用されたり有名K-POPアイドルが来たり。また僕は台湾の大学などの講演会にも呼ばれたりしたり、海外の雑誌にも取り上げられたり、僕のお茶を海外のお茶屋さんと取引をしたりすることも増えた。
ショボい規模ではあるけれど、いつの間にか自分の築き上げたもので世界中のお客さんを相手にビジネスをしている、ほんのちょっと前の海外ホームレス、田舎移住ニートだった時からは考えられなかった変化だ。
地方創生だとか限界集落で逆張りで事業をするだとか、かなり意識の高い人だったり、たくさんの頭脳や予算が組まれてりもしつつ成功事例のなかなかない中で、ただのポンコツが体当たりでそれに挑んでいる。そんな僕は集落の人達からは『良く頑張ってる』とかお褒めの言葉を頂くことも多いけれど、はっきり言って別に僕は頑張ってはいない、僕がやっていることはただ、好きな場所で好きな事をやっているだけ。そして僕のところにやってくる田舎移住を目指す人たちを地域の人に紹介するということだけだ。そうやってコミュニティーが徐々に広がっていく。
そしてメディアなどでもよく『若くして山奥に移り住んだ仙人』っぽく取り上げられたりしてるけど、実際には全然そんなことはなく、ここに来るまでほとんど山暮らしのノウハウなんて知らなかった。
今では自分で木を切ったり薪をわったり、火をおこして竈門でご飯を炊いたり、畑を耕してちょっとした作物を育てること、鶏を飼って世話する知識、便利ではないからちょっとした壊れたものを自分で修理する癖がついたり。
山に移住したころはほとんど何もできなかった僕も、ここで生活していると自然と身についてきて、今となっては訪問者からすれば立派な山の男に見えるらしい、けれど実際には全然のひよっこだったりするし。耕作放棄地を活用して無農薬で八女茶を生産したりはしているけれどそこまで頑固なこだわりがあるわけではない。
それにこんな山奥の集落の奥の奥でも今では道もしっかり舗装されてるし、インターネットもバリバリ使えて、Amazonや楽天の買い物も届く、快適なものはある、自由度は高くハイクオリティーな生活が実現しやすい。いろんな国を見てきたけれど、山奥に住んでいながらもここまでインフラが整い、快適で便利な生活が実現できている国もそうそうない。ましてやゲストハウスをやってるものだからここにいるだけで日々面白い人や素敵な人がやってくるというエンタメまでが充実している。
そしてここに到着するのはちょっと困難だからか、やって来る人には自然とフィルターがかかっていて、仮に到着しても見所なんか何もなく素朴な良さしかないものだから、めんどくさい人、お金にうるさい人なんかはほとんど来ない、多くの人は心に余裕があり、ここの良さを最大限に享受してくれる人ばかり。
だけれど世間一般では山奥に実際に移り住んでから事業をするなんてなかなかハードルが高いイメージを持たれている、だからこそそこでやると珍しい存在になり、注目されやすい、もちろんそれは僕が狙ってやったことでもない。とにかくまあ人生何が起こるかわからないし、それまで積み上げてきたものがどこでどう役に立つかもわからない。
元々は普通に生きたかった僕だけれど、性格的にも能力的にも組織というものに馴染むことが出来なかった僕は、道を外れて自分が行きたいように生きていた、社会に馴染むことが出来なくて自分の居場所がなかったからこそ自分の居場所は自分で作るしかなかった。そして何の見返りも求めず自分の生きやすい道を模索し続け突き進んでいたら、気が付けばそれを必要とする人達が勝手についてくるようになっていたり、注目されたりするようになっていた。