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あなたが私にくれたもの

彼氏と一緒に暮らし始めたAは「やっぱ同棲なんかしなきゃよかった。もう別れの予感しかないですよ」という。たまに会ってデートするだけの頃はよかった。お互いいいとこしか見せ合わないもん。今は2人ともリモートワークだから朝から晩まで一緒。いつの間にか家事はAがやって当然の雰囲気になり、毎日毎日「今日のご飯は何?」と言われるのが憎い。「ティッシュの買い置きしてないの?」とAの不手際のように言われるのが憎い。何より彼の脱ぎっぱなし靴下がこの世で一番憎い。

「それだけじゃないんです。話す時間が増えたら、彼が話が通じない男だってことがわかっちゃったんです」

話をたくさんすればするほど理解が進むと思っていた。ちょっとした行き違いやケンカのタネは、とことん話し合えば解決できると思っていた。そうやって年月を重ねていけば、仲良しお似合い夫婦になると思っていた。それができないというのだ。

たとえば彼女の誕生日だ。
彼が「何か欲しいものある?」と聞いてくるので「〇〇ブランドのなんとかって財布が欲しい」と答える。すると彼は「〇〇か〜。そんなのより☆☆がいいんじゃね。☆☆なら…(スマホでサクサク調べて)六本木にあるって。じゃあ週末は六本木行こうぜ」とさも決定事項のように話を進めてしまい、彼女の希望がうやむやになってしまう。

先日の記念日もそうだったらしい。
彼が「何か欲しいものある?」と聞いてくるので「プレゼントいらないからホテルに泊まりたい。都内のビジネスホテルでいいから」と答えると「一泊だけじゃもったいないじゃん。どうせなら1週間とかまとめて旅行行こうぜ。海外とか…どこ行こうか」とぐいぐい話を進め、でもそんな長い休み取れるかな、いつがいいかなと夢の話をしているうちに「今週末、ビジホでいいから」という彼女の願いはどこかへ行ってしまう。

「ボーナス入ったから美味しいもの食べに行こう。何か食べたいものある?」というときも同じだ。Aが「イタリアン食べたい」と言っても言ってもその願いはかき消され「お前、焼肉好きじゃん」と決めつけられ、勝手にお高い焼肉屋を予約してしまい、食べたくもない霜降り肉をあてがわれたらしい。カルビ残したら叱られたらしい。

「小声であいまいな態度で言ったんじゃないですよ。何度もあの手この手で伝えたんですよ。でもダメなの。彼の耳には届いているんだろうけど、彼の脳に染み込んでいかないっていうか。伝わらない絶望感で死にたくなる」

わかる。

わかる。私もそういう人と付き合ったことある。

紹介しましょう。みなさんご存知、最初の夫です。


彼と結婚してたのは4年くらいだったか。たぶん3回くらいは私の誕生日がやってきたはずだ。そのたびに私も欲しいものを聞かれ、伝えても伝えても相手の脳に染み込まず、毎回とんでもない結果になっていた。毎回ケンカしていたと思う。

ある時はなぜか男の高級グルーミングセットがやってきた。

トゥルフィット&ヒル

「結局お前が何が欲しいのかわかんないからさ。俺の欲しいものにしたの」と最初の夫はニコニコと嬉しそうに言ったものだ。そりゃ嬉しいだろう。自分では買えないような金額のものを贈るのがプレゼントの醍醐味だ。妻のために買ったという大義名分で、自分のために大金をはたくのはさぞかし気持ちよかったことだろう。こともあろうにプレゼント箱はいったん私に渡された。ぬか喜びした私が箱を開け、落胆と共に夫へ返すという謎な儀式は最高に無駄だったと思う。

またある時には、アーミーナイフがやってきた。

スイスチャンプ

これまた理由は同じだ。私が雑誌を見せたり、実際に店に連れて行ったりして「私の欲しいものはこれ!ここでこれを買えばOK!」とまでアピールしても彼の脳には染み込んでいかない。毎度おなじみの「結局お前が何が欲しいのかわかんないからさ。俺の欲しいものにしたの」が始まるだけだ。正直アーミーナイフなんてこれっぽっちも欲しくはなかったが、あんまり腹が立ったので「あーりーがーとーうー」と棒読みでもらっておいた。自分のものにするつもりでいた夫の「え」という間抜けヅラが救いだった。

本当にどうして伝わらないのだろう。彼が聞いたこともない商品名を早口でペラペラしゃべって「一度で聞き取れ」と言ってるわけじゃない。何度も話題に出したり、写真で見せたり、実際に店頭で手に取らせたりしてもだめなのだ。脳に染み込んでいかないのだ。もしかするとわからないのではなく、わかりたくないのかもしれない。女の言うことをいちいち真に受けたくないのかもしれない。結局一度も希望通りのものはもらえないまま、私たちは離婚することになった。とるものもとりあえず、そそくさと私は家を出てしまった。

ところがその引越しの日。
一人暮らしのフリーダムマンションで、私は途方に暮れていた。荷物を開けるハサミもカッターもない。引越し屋さんはもう帰ってしまったから、ちょっと借りることもできない。段ボールをしばったヒモをほどくのは、素手では2〜3個やったらもう限界。指痛い。とりあえずの生活用具だけ出したらとっとと飲みに行く予定だったのに。近所にはコンビニもないし、さてどうしよう…と立ちすくんでいると、ふと思い出した。

アーミーナイフがあるじゃないか。

さすがビクトリノックス!こんな小さなハサミなのにサクサク切れる!段ボールもサクサク開けられる!サクサクついでにドライバーで椅子まで組み立ててしまった。なんだよ知らなかったよ無敵じゃないか。ありがとうアーミーナイフ!よかったアーミーナイフもらっといて。こんなに役立つとは思わなかった。

それから3日後、まだ包丁を買ってないのにうっかり生肉を買ってしまって途方に暮れた時も、アーミーナイフのおかげで調理することができたのだが、それはまた別のお話。

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じろまるいずみ
めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。