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盗み聞きがやめられない

はじめに:飲酒らしき描写があるところは2月あたりの出来事だと思って読んでいただければ幸甚であります。

非常事態宣言中ではあるが、私たちは週に2~3回は外食をする。今やアルコール消毒がないとこはないし、検温必須の店も多い。大抵のお店は席間もゆったりさせ、パーテーションも備えてある。もしもうっかり入店してから「狭い」「うるさい」とわかったら躊躇せず、すぐ別の店へと移動すればいいだけだ。先週もそれでカレーの予定が洋食へと変更になった。

一緒に飲み食いするのは毎日同じ部屋にいるオットだけだから、外食だからといって特にハメを外すようなこともない。家にいるのと同じようにお互いスマホをいじりながら面白いものを探し、何か見つけたら目の前の配偶者にネット経由で送り付ける。そもそもコロナに関係なく、大勢で集まり、ほっぺたをくっつけあって「ウェーイ!」と写真を撮るような密着した人づきあいとは無縁だったから、それがさみしいという感覚もない。ただ気晴らしはしたいし、なくなったら困る店には微力ながら課金したい。

それに人と話さなくても、外食には大いなる喜びがある。

自分で作らなくていい。

最高!これ最高!毎日18時になると「ご飯作りたくないイヤイヤ期」が始まる私には、とにかく最高。自分の手を汚すことなくうまい汁がすすれるんだ。この世の極楽とはこのことだろう。

自分で作れないものが食べられる。

これまた最高!私の近所で売られてない食材を使い、私の知らないところで努力したスキルを使い、私がやりたくない手間をかけて食べられるようにしてくれるの、もう親よりすごい。家ではもったいないからとつい控えがちな油や水も、ふんだんに使ってくれる。それが頼めば出てくるのである。極楽じゃなければ何だ。

片付けなくていい。

最高オブ最高!食べ終わった食器の話じゃないんだ。キャベツ切ったら出る小さな切りクズとか、フライパンから垂れた肉汁とか、うっかりついた油の輪じみとか、そういう小さな汚れを掃除することのめんどくささよ。それらを無視できる喜びよ。外食の喜びはこれに尽きるだろう。極楽だ。極楽じゃなかったら天国だ。

ビール

そしてもうひとつ。我々夫婦の大いなる楽しみがこれだ。

隣の人の会話をひそかに聞く。

まさか聞かれてると思ってない他人の気ままな会話ほど、面白いものはない。時に「孫の風邪をゆで卵で治そうとするおばあちゃん」にも出会えるし、時に「献血に1000回行った兄」の存在も知れるし、時に「宇宙人と気さくなお付き合いをしている俺たち」に挟まれたりもする。まったくもってたまらない。

大ネタがやってくると私たちは大変忙しい。聞き耳には全集中。その一方で、店を出てからオットと大いに盛り上がるためのメモ書きも漏らしてはいけない。さらにその間もずっと良きお客であり続けるため、絶え間ない飲食行動も必要だ。デジタルネイティブもかくや、と言わんばかりの凄まじいスピードでフリック入力をし、同時に激しく箸も動かす。

刺身

先日もそんなことがあった。場所は下北沢・魚真という魚がうまい店。

私たちの隣へやってきたのは「男女とも27歳くらい・きちんとオシャレをし、昼間からデートをしたことがうかがえるカップル」だ。親しげな中に時折混じる敬語と、打ち解け楽しそうでありながらも保たれる絶妙な距離感が、まだ付き合ってはいないことを感じさせる。でもリーチだ。リーチに違いない。きっと今夜、この店からの帰り道に付き合うことになるのだ。ラブ探偵じろまるの勘がそう言っている。くう、酒がうまいぜ。

彼らはどこの居酒屋でもいいわけではなく、ちゃんと「魚真へ行こう」という気持ちでやってきたのだろう。注文の仕方からも、魚を楽しむつもりがビンビンと伝わってくる。刺身の盛り合わせを頼み、さらに単品で刺身を注文する。そして焼き魚も一尾、煮魚は?やめとく?、じゃあ貝を食べようか、とあれこれ注文する。注文の多さに「頼むだけ頼んで手つかずだったらどうしよう」と危惧したのは、まったくの杞憂だった。若さにまかせて、気持ちいいほど2人ともぱくぱくと食べていく。

彼らが出てきた料理を食べ尽くし、さあ次の注文をしようとメニューを開いた時にそれは聞こえた。

女子「あ、お寿司もあるよ。最後に少しお寿司食べたい」

男子「いいよ。俺さ、生まれてから一度も寿司を食べたことないから食べてみたいんだ」

えーーーーー!

女子も大きめの声を出しちゃったが、私も心の中で絶叫した。

女子「え、コンビニとかスーパーのも?」
女子「ツナとかコーンも?」
女子「納豆巻きとかも?」
女子「回転寿司も?」
女子「家で手巻きしない?」
女子「恵方巻きって知ってる?」
女子「カリフォルニアロールも寿司だよ?」

回転寿司

答えはすべて「No」だった。なんと東京生まれ・東京育ち、身なりや口ぶりからすると普通よりやや裕福な育ちが想像できるその彼は、本当に、人生で一度も「寿司」を食べたことがないというのだ。「寿司飯って...酸っぱい...?んだよね?」という発言からすると、寿司の概念すら怪しい。先ほどからぱくぱく食べていたから刺身は大好きなようだが、どうしてそれで寿司を選ばない人生になってしまったのか。そんなことが可能なのか。

そしてどうだろう。こんなとっぴな告白されたら彼女は引いてしまわないだろうか。個性的にもほどがある。人はだいたい「ちょっとした個性」は好きだが「いちじるしく人と違う」ものには見て見ぬふりをするものだ。ああ、てっきりリーチ状態だと思ったが、今夜カップル成立ならずか。残念。そう思った時だった。

女子「じゃあさ、今から一緒に初めてのお寿司食べようよ」
女子「何がいいか考えてあげる」
女子「ふふ、お寿司、美味しいーよーう♪」

選ばれたのは、中トロでした。

彼らはニコニコと美味しそうにお寿司を頬張った。気づけば「敬語」も「絶妙な距離感」も霧散し、2人の距離はとても近いものになっていた。よかった。本当によかった。この2人ならうまくいくだろう。盗み聞きしていた私たちも、心から2人を祝福したのである。そして泣きながら王将へいき、餃子とビールと「はじめての寿司」の話題で、第2ラウンドを始めたのである。

王将2


めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。