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あの日見た牛の名前を僕たちはもう知ってる

そろそろ「あの牛」の話をしよう。

その日私は伊勢方面へ向かっていた。空は青く、初夏の気温はどこまでも心地よい。最高のドライブびよりである。最初は伊勢へ直行するつもりだったが朝早く出てきてしまったため、このままいくといくらなんでも到着が早すぎる。そこで私は遠回りして松阪の道の駅に寄り道してから行こうと、内陸部へとハンドルを切った。

道の駅へ近づくと広場に大勢の人がいるのが見える。お? 今日は何かイベントでもやっているのかな。小さな子供づれの家族から、若者グループ、お年寄りの群れなど多彩な顔ぶれが、芝生の広場で和気あいあいと楽しそうだ。む、ビール片手の人もいるじゃないか。こうしてはいられない。私たちもさっそく中に入ることにした。

芝生広場の手前にあるビジターセンターに入ると、そこはもうすっかりお祭り状態だ。玄関ホールには紙で作った花がぺたぺたと空間を埋め尽くす勢いで飾られ、天井からはキラキラしたものが垂れ下がり、壁には「おめでとう!」「優勝!」の文字が踊る。なんだこの浮かれようは。

そこから芝生広場へと続く通路も、結婚式の教会のようにキラキラと浮かれまくってる。参列者の代わりに両脇に置いてあるのは色とりどりの花で飾られた数々のパネルだ。そこには古い地図、年表、黒く大きな牛と一緒に誇らしげに写る人たちの写真など、このあたりの土地が古くから松阪牛の生産地域であることを表す資料がたくさん提示されている。なかなか読ませる資料で、ふむふむと思わず読みふけってしまう。

うし

そして1番奥には等身大の牛の写真がドーン!とある。写真のまわりには地元小学生が作ったらしいこの牛の紹介パネルが次々と連なっていて、これまた読ませる。子供たちの幼くもかわいい字とイラストで、この牛が「ふくとし号」という名前であること。今回すごい大会で優勝したこと。いつどこで生まれて、身長はどれくらい、体重はこれくらいの、大変優秀な血統を持つ牛であること。さらには「とてもかわいい目をしているよ!」「好きな食べ物は稲わら」「人なつこい性格だよ♡」などの個人情報が書かれていて非常に面白い。ぐいぐい読み進むうちに私はすっかり「ふくとし号」について詳しくなってしまった。

では今日は「ふくとし号」の優勝祝賀パーティなのであろう。地元の人が集まって、ふくとし号と彼女を育てた農家のおじさんを祝い、称え、賞賛する日なのであろう。それで老いも若きも男も女もこの広場に集まっているのだ。私は部外者だからパーティに混ぜてくれというつもりはないが、ちょっとのぞくくらいはいいかな。ほら、もうみんな飲み食いを始めてるし、トイレだ何だでこのビジターセンターの建物に出入りする人も増えている。こそっとまぎれて広場を一周するくらいはいいだろう。そう思って広場へ出た。

焼肉2

広場ではあちこちにバーベキューグリルが置かれ、みんなが焼肉をしていた。どこももうもうと煙が上がっている。ひゃあ、うまそう。ぐるっと一周してセンターに戻ろうとした時、私はさっきは気づかなかった貼り紙を見て驚愕した。そこにはこうあった。

「ふくとし号の肉はこちら」


あああああ! 

そう、みんな「ふくとし号を」お祝いしていたのではなかった。
「ふくとし号で」お祝いをしていたのだ。ふくとし号が優勝したので、みんなでふくとし号を美味しくいただいていたのだ。

ミノタウロす

あの日みた広場では、今でも「何とか号」を食べるお祭りをしているのだろうか。いつか私も参加したいものである。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。