巻き寿司

あなたの思い出いただきます③巻き寿司

すでに手にした人も多い「餃子のおんがえし」だが、正式には今日、2月3日が発売日である。2月3日といえば節分。節分といえば丸かぶり。そして3回めの「#あなたの思い出いただきます」は巻き寿司。狙ったわけじゃない、信じて欲しい、本当に偶然なの。でも今夜はこれを作ってもいいよ。

私の美味しい思い出は、亡くなった母お手製のほうれん草と薄焼き卵の細巻き寿司です。
具はほうれん草と卵だけ、それを酢飯で巻いた超シンプルな海苔巻きですが大好物でした。遠足や運動会などのイベントの時、お弁当に必ず作ってくれた思い出の味です。
@mihoko1336

ああ、なんで忘れていたんだろう。私もこの「ほうれん草と卵焼き」の巻き寿司をよく作っていたじゃないか。しかもこれは、自分にとって重要なターニングポイントとなった、大切な料理だった。私はこの巻き寿司がきっかけで、味覚の幅が拡がったのだ。

蕎麦駅ビル

20代の私は、鼻持ちならない蕎麦通気どりだった。蕎麦はカッコいい。蕎麦には美学とか道がある。うどんは腹を満たすだけのものだが、蕎麦は粋で江戸っ子で池波正太郎だ。マジでそんなことばかり考えていた。東京育ちでもないくせに江戸っ子しぐさには人一倍敏感で、味よりも自分の蕎麦のすすり方がかっこいいかどうか、そればかりを気にして食べていた。地元の蕎麦屋で練習し、神田まつやデビューを果たし、藪だの砂場だので天ぬきを頼めるようになったころ、私は西の方に嫁に行くことになった。

すると驚いた。身の回りから蕎麦が消えたのだ。

当時の関西は圧倒的にうどんを食べる国であり、蕎麦は「ないわけじゃないよ」「あるにはあるよ」くらいの立ち位置。街の麺類食堂のメニューに「うどんは蕎麦やきしめんに変更できます」と書かれていても、デフォはうどんだし、うどん以外を頼む人など滅多にいない。むりやり蕎麦をお願いしても、まず「ちょっと時間かかりますけどぉ」とやんわり拒まれ、出てきた蕎麦は市販の乾麺だったりする。周囲の人たちも蕎麦にはまったく重きを置いていないため、「粋」だの「うんちく」だのを持ち出してマウントしようとする私は「誰も興味ないことをわあわあ騒ぎ立てる、ちょっとイタイ人」だ。こちらは江戸っ子戦士として戦う気満々なのに、私の土俵まで来てくれる人は誰もいなかったのだ。

ごくまれに蕎麦を売り物にする店もあったが、蕎麦は良くても蕎麦つゆが不満だった。あの江戸っ子蕎麦の濃いぃつゆではないからだ。今思えばあの濃いつゆは東京という地方のローカルスタイルに過ぎないのだが、とにかく粋でイナセな江戸っ子としては、あれ以外を認めるわけにはいかなかった。だからどの店でも「なんでこんな弱いつゆを出すんだろ、本物を知らないんだな」などと偉ぶって、仮想敵と戦っていたのである。

蕎麦豪徳寺

少しだけ時が流れ、少しだけ寛容になったころ、私は大阪の蕎麦屋にいた。地元ではいっこうにいい蕎麦屋が見つからないとお嘆きの私は、本格手打ち蕎麦の波がキテルと評判の大阪に一縷の望みをかけたのだ。もりそばを注文し待っていると、ランチどきには勝手についてくるという巻き寿司がやってきた。

よりによって巻き寿司か。

当時、巻き寿司にはまったく興味がなかった。寿司といえば握りであり、江戸前のイキのいい魚か、江戸前の仕事をしたやつに決まっていた。なぜか。私の江戸っ子気取りはまだ治っていなかったからだ。それと神社の嫁時代に残り物の巻き寿司を処分するのは私の役目だったため、むしろ憎んでいたというのもある。目の前の巻き寿司の具は卵と菜っ葉、少しのイカと、ワクワクしないものばかり。ふう。肝心の蕎麦を食べる前から私は、巻き寿司のせいですっかり気落ちし「もうどうにでもなあれ」とヤケになって口に放り込んだ。

すると、どうだろう。
それは今まで味わったことのない調和だった。
美味しいとかマズイとか、甘いとかしょっぱいとか酸っぱいとか、好きとか嫌いとか、そういうのとは違う。ちょうどいい米がちょうどいい味をつけられ、ちょうどいい具材と一緒にちょうどよく巻かれている。ひとくちで食べると今まで感じたことのない「まあるくまとまってる味」が広がる。卵も菜っ葉もイカも米も海苔も、何ひとつ出しゃばらず、ひたすら味わい深い。なんだこれは。大阪はこうなのか。この店がすごいのか。

思いがけず巻き寿司を堪能していると、いいタイミングで蕎麦がやってきた。やはりというか、つゆは相変わらず「東京以外によくある弱いやつ」だった。だがここで異変が起こった。巻き寿司に驚いたせいか、それとも巻き寿司がいいアペタイザーになったせいかわからないが、この弱い蕎麦つゆに今まで味わったことのない調和を感じたのだ。

あれ? このつゆ、アリじゃない?
これはこれだよ。うん、こういうのアリ。全然アリ。巻き寿司のまるい味ともぴったり合ってるし、むしろこの優しいつゆの方が、この蕎麦の良さを引き立てているとも言える。あれ? もしや今まで「弱い」とバカにしていた各地のつゆも、ちゃんとこんな調和を見せていたのだろうか。私の江戸っ子しぐさのせいで、良さに気づけなかったのだろうか。素直に向き合えばよかったのだろうか。だとしたらなんてもったいないことをしたんだろう。

間口をこじ開けたのが巻き寿司なのは間違いない。ともかく突かれた意表が、目からウロコを落とし、偏見を吹き飛ばした。弱いと思っていたつゆはもはや何の問題もなかった。それからの私は自分の中にある「こうでなければ」を当てはめることをやめ、地方や店ごとの味の違いを楽しむようになった。東京の蕎麦だけが蕎麦じゃない。美味しさはひとつじゃない。いろんな美味しさを知ってる方が、世の中は絶対楽しいはずだ。

かわら蕎麦

【卵とほうれん草の巻き寿司】
すし飯/海苔/卵焼き/ほうれん草の茹でたの/イカ

海苔の上

記憶にある大阪の巻き寿司はほうれん草だったが、調べたらどうやらミツバを使っているようだ。でもどちらでもいいと思う。美味しさはひとつじゃないし、@mihoko1336さん家もほうれん草だ。皆さんもぜひほうれん草を使って欲しい。茹でたらしっかり水気を絞ること。

卵

卵焼きとほうれん草だけでもいいが、色気マシマシにしたいなら、アナゴのつけ焼きとか、キュウリの細切り、炒りごまなどを入れてもいい。今回は大阪への郷愁からイカを入れてみた。そして@mihoko1336さんは「細巻き」と言っているにも関わらず、すし飯をモリモリ乗っけて、具材も太めにしたらけっこうな太巻きになってしまった。おかげで真ん中にキレイにおさまらず、このテイタラクだ。ヘタか! ヘタだ! 2本めはもっとヘタだった。写真がないことで察して欲しい。

ヘタか

ちなみに今は、完膚なきまでに「うどん党」である。
蕎麦ってなに。それ美味しいの(←うどんしぐさ)

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。