「一瞬の永遠」〜誰かのためのバー山神
いらっしゃいませ。
お待ちしておりました沼田様。
こんばんは。
えー、素敵なお店ですね、沼田さん。
そう言ってくれるとマスターも喜ぶよ。
ね、マスター。
はい、ありがとうございます。
今日は取引先に出入りしている花屋の店長と初めての食事に漕ぎつけ、二軒目で居心地のイイこのバー山神に連れてきた。
どんなお酒が飲めるんですか?
なんでも。ここのマスターはなんでも作ってくれるから。
えー、なんですかそのオシャレ感。東カレみたい。
いい感じだ。
ね、マスター。
はい。何かイメージを仰っていただければ。
え、ほんとにできるんですか?
じゃぁ、初夏を連想させる爽やかなカクテルを!
キウイなんかいかがですか?
いいですね、じゃそれで。
私はキューバリブレで。
かしこまりました。
それはどんな味なんですか?
ラムコークのことだよ。
へー。
ラムコークの別名でキューバの自由って意味なんだ。
お、うんちくを語る気だな?
いやいや、そんな。
先回りされた。
これはいい感じだ。
お待たせしました。
キウイリブレです。
なにこれー、メッチャ黄緑ー、オシャレー。
キウイの自由か。
おっしゃる通りでございます。
乾杯。
お互いのグラスが綺麗に鳴った。
美味しー!
マスター、美味しーですこれ!
ありがとうございます。
私もここの常連になろっかな。
えー、仕方ないなぁ…許す。
ふふ。ほんとに来ちゃうかもよ。
え、それはまた一緒に来たいってこと?
え?それは…秘密です。ふふ。
彼女は屈託なく笑った。
僕の中で何かが弾け、キューバリブレを飲み干した。
マスター、もう一杯。ぼくもキウイリブレ。
かしこまりました。
えー、駄目ですよ。それはあたしのお酒なんだから。
いいじゃん、提案したのは俺だし。
じゃぁ渋々ね。
シャカシャカ。
シェイカーの心地よい音が店内に響く。
どうぞ。
キウイリブレに口をつけた。
うまい。なんだこの爽やかさは。
マスター、やるな。
ね、美味しいでしょ?
うん、物凄く。
やはり、提案者の目利きが良かったからだな。
マスターの腕じゃない?
何ですか失礼な。ふふ。
やばい、開始二杯、これは恋に落ちる5秒前。
あら、電話だ。
沼田さん、ちょっと失礼します。
席を外す彼女。
マスター、どう思う?
いい感じです。
だよね?
俺にも春が、いや初夏が来たか!
来るといいですね。
ごめんなさい。
いやいや。
大丈夫?もしかして彼氏?
冗談で言ったつもりだった。
あ、バレちゃいました?
え?そうなの?
嘘だろ。そりゃ可愛いもんなぁ。彼氏がいないわけないか。神よ、もう少し俺にも未来を楽しむ猶予が欲しかった。
帰ってこいって煩くて。
それは仕方ないね…
ガッカリした顔を隠せない弱い自分。
マスター、私また来ても良いですか?
いつでもお待ちしてますよ。
ではまた。おやすみなさい。
おやすみ。
チャンスの女神は前髪しかないとは良く言ったものだ。
音速で終わる恋。まだ始まってもいない、か。
マスター、キューバリブレお代わり。
かしこまりました。
きっとまた良い出会いがありますよ。
マスターがキューバリブレの横にそっとオリーブをサービスしてくれた。
終。
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