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50の手習、サックスを吹く 第3話

そろそろサックスを手に入れるのか?

いや。まだ買わない。もう少しだけ寝かせる。

次はアメリカに出張に行った。ウチのアメリカ本社はシカゴ近郊にある。故にシカゴには最低年に2回は行く。そこに日本人の駐在員が数名いるのだが、その中に私より20歳若いJumpeiという若手社員がいる。彼と晩飯を食ったりする時があれば、お互い漫画好きということもあり、必ず彼の”オススメ漫画”を聞くようにしている。彼のオススメ漫画は私と趣味が合い、面白いのだ。

「Jumpei、最近のオススメ漫画は?」

と聞くと、「Blue Giantですかね。」即答だ。

聞けば、主人公がサックスを吹いて成り上がっていく物語で、漫画を読んでいるとサックスの音が聞こえてくるほど迫力があり面白い、とのこと。そして連載が始まったばかりでまた4巻くらいしか出ていないらしい。4冊くらいならすぐ買えそうだ。

帰国する前にAmazonでポチる。面白そうな漫画は”本買い”をするタイプである。自宅に着いて、早速読み耽る。Jumpeiのオススメ通り、漫画から音が鳴り出すような迫力があり、主人公のサックスに対する熱意が伝わってくる。

面白い。

で、この主人公がサックスを兄からプレゼントされるのであるが、それが『SELMER』だった。そういえば、アキヨさんも「SELMERがいいんじゃないですか?」と電話で言っていた。そうか、SELMERか。

私が帰国してすぐアメリカの大学に通う二男が、イースター休暇ということで帰ってきた。よし、彼をダシにして楽器屋へ行こう。よくよく考えてみれば、もうすぐ50歳になるおじさんは楽器を買うことが恥ずかしいのだ。それもそのはずで今まで楽器屋にほとんど入ったことがなく、完全アウェイ状態で勝手が分からないのだ。というわけで、設定はサックスが欲しくなった学生がオヤジに買ってもらう…こととして、いざ入店する。

「すみません。サックス欲しいんですが。」

「アルトですか、テナーですか?」父さん、どっちだ?という目配せがくる。

「アルトを探してるのですが。」と私が答える。

店員さんがアルトサックスを3種類くらい用意してる中、「どうしてサックスを始められるんですか?」と聞かれた二男は、

「『Blue Giant』っていう漫画を読んで吹いてみたくなりました。」

「へぇ〜。漫画を読んでですか…」と、マジで?と言う空気が一瞬流れたところで、3本準備が整ったようだ。ヤマハ、ヤナギサワ、SELMERだ。価格もヤマハ<ヤナギサワ<SELMERとなる。ヤマハとSELMERは金色に輝いているが、ヤナギサワは10円玉のような色をしている。

「では、こちらへ。」二男とともに防音室へ入っていくが、設定的には”サックスを買ってもらう予定”の二男が試奏をする羽目になった。もちろんまともな音が鳴らないのだが、それは私が吹いても同じことである。一通り吹き終わると、「父さん、どれが良かった?」と聞いてくる。「SELMERが良かったんじゃないかな?」

店員はきっと思っただろう。「え?あの音で判断できるんですか?」と。

でもアキヨさんからのアドバイス、そして『Blue Giant』を読んでしまった私からすればSELMERを出された時点で1択だったのだ。「では、これください。」

吹奏楽部でもなく、音大に通ってるわけでもない息子にSELMERをポーンと買ってしまう父、いやぁ〜世の中ヤバい親がいるよなぁ!と店員は思っただろう。違うのだ店員さん。これはあくまでも今まで頑張って生きてきた私へのご褒美なのです。と思ったところで後の祭りである。

こうして、50歳になる半年前に私は念願のSELMERのアルトサックスを手に入れたのだ。ふふふ。

次回より『スクール編』です。


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