『あめいろぐ高齢者医療』出版記念・オンラインカンファレンス ~頭の体操? コペルニクス的転回? 肝心なことは何か?(第1回)~
モデレーター:反田 篤志(監修者)
コメンテーター:樋口 雅也(著者),植村 健司(著者)
あめいろぐ書籍化シリーズ第4弾は『あめいろぐ高齢者医療』です.8月に丸善出版から発売されました.
刊行を記念して,著者の樋口雅也先生と植村健司先生をお招きし,日米の高齢者医療事情や米国のコロナ問題など,本音ベースで語っていただきました(8/22開催).樋口先生は家庭医療の専門にして,老年医学とホスピス・緩和ケアのスペシャリスト,かの有名なMGH(マサチューセッツ総合病院)で働いています.植村先生は老年医学発祥のマウントサイナイ医科大学で老年医学と緩和ケアを修め,同じく老年医学とホスピス・緩和ケアのスペシャリストとしてハワイ大学で活躍されています.
そんな最強のお二人を迎えた今回のカンファレンス.ぜひお気軽にコメントやメッセージをお寄せください.
こちらの『あめいろぐ高齢者医療』紹介ページもぜひ訪れてみてください.担当編集部による制作秘話もイチ押しです.
老年医学と緩和ケアが両方入ったユニークな本
反田 今回は高齢者医療というテーマでした.「高齢者医療」というと,やはりどうしても研修医や若手医師には敷居が高いというのか,ちょっととっつきにくいところがあるような気がします.本書では,このテーマをシステマチックにかつ簡潔に,考え方のフレームワークをがっちり教科書っぽくもなく,「こういうふうに考えれば咀嚼できますよ」というところまで落とし込んでいるところがとてもわかりやすいと思いました.
樋口 僕たちジェリアトリシャン(geriatrician,老年科医)の言葉というのは,どうしても独り言になりがちなので,標準的な考え方として,その辺をどう落とし込むのか,今回は結構覚悟を決めて,シンプルにメッセージ化する作業を試みたのですが,その執筆自体が学びの機会となりました.
植村 それと,ジェリアトリクス(geriatrics,老年科)の本って,日本に本当にないと思うのですよ.それだけでも本書はユニークなのに,僕も樋口先生もジェリアトリクスだけでなくて,緩和ケアも学んでいますから,老年医学と緩和ケアが両方入っているだけで,もう特別な本になったんじゃないかなと.まず,そこがメッセージでして,これは今日本で一番必要とされている分野かもしれません.
樋口 植村先生の言葉にすごく共感です.緩和ケアの本は,今かなり今普及してきており,いろいろな先生が出版されてマチュア(成熟した)な分野ですが,この緩和ケアのエッセンス,要するにprimary palliative careを「緩和ケア」という題名でない本で触れたというのは,すごく意味があると思うのです.その点でもすごくユニーク.
反田 確かに.そういわれてみればそうですね.
コロナ禍で高齢者医療の情報源が増えた(遠隔診療)
反田 丸善出版から本書の話が来たのは2年前くらいですよね(2018年3月).当然,その頃は新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)のパンデミックもなく,今のような世の中になっていなかったわけです.新型コロナウイルスの高齢者への影響を考えると,ECMO(エクモ,体外式膜型人工肺)の問題とか,85歳以上の高齢者だと50%近くは亡くなってしまうとかいろいろあります.親近性のある話題として,今年この本を出せたというのは,ある意味タイムリーだったと思います.そこで,まず樋口先生のおられるマサチューセッツ総合病院における新型コロナウイルス感染者の診療の実際などをお聞きしたいのですが….
樋口 高齢者の外来診療が僕の主な診療分野ですが,新型コロナでは,大きな変化が3つありました.1つめは,今だいたい8~9割前後が遠隔診療にスイッチしたことです.しかも急激に.2つめは,遠隔診療とか,テクノロジーにあんまり親和性がないと思っていた高齢者医療が,「もしかしたら親和性が一番高いのではないか」と日々感じるようになったことです.例えば,高齢の患者さんがデバイスをもっていなかったとしても,スマートフォンやタブレットをご家族がサポートをしてくれたり,意外ですがアメリカでは80歳や90歳の高齢者でもFaceBookを利用しています.実際Zoomなどを使って,当たり前のように遠隔診療ができるようになりましたね.もちろん,遠隔医療を届けにくい患者や周囲の状況・環境は多く残っています.3つめは,これまでは患者さんに外来に来てもらうという診療スタイルでしたから,患者の生活状況や家庭状況はなかなかわかりにくくて,服薬している薬を持参してもらうのもひと苦労でしたが,新型コロナのおかげというか,今はすっかりバーチャルの訪問診療になりました.これは「ハウスコール(house call)」というのですが,昔は「医師が患家に行って患者を診る」でしたが,今は遠隔診療で向こうの患家にお邪魔させていただけるわけです.すると,「家の状況」「患者の後ろで孫が走っている」「奥さんが横で心配そうな表情でいる」「部屋が散らかった状態なのか(それともきれいな絵が飾ってある)」「薬はどこの棚にあるか」「トイレへの導線は…」など,患者の生活状況が手に取るようにわかるようになりました.逆に,新型コロナを通じて高齢者医療の情報源がすごく増えたという印象です.
新型コロナでも治療のゴールの確認は大事
反田 おもしろいですね.植村先生はハワイにいらっしゃいますが,現状はいかがですか….
植村 今やっているのは在宅とナーシングホーム(nursing home,老人ホーム)です.僕は外来はやってなくて.ハワイは最近もまだ新型コロナの感染が広がっていますが,メインランド(アメリカ大陸)に比べたら比較的落ち着いていて,僕自体はCOVIDの患者を直接診ることはないですね.ハワイもだいぶ遠隔診療に切り替わってきていますから,ナーシングホームも全部遠隔ですし,在宅の緩和ケアやホスピスも結構な比率でテレメディスン(telemedicine)になりつつあります.それらの遠隔診療の流れと並行して,COVID対策として,「ナーシングホームにおける症状マネジメントをどうするのか」などの対策会議や講義をしたりと,いざというときのクライシスに備えて準備はしています.
反田 特に重点を置かれている点は…?
植村 一番大事だなと思うのは,やっぱり治療のゴール(goals of care)について事前にきちんと話し合いをしておくということですかね.ゴールを確認しておくことは大事で,特にナーシングホームのような施設は感染が流行してしまうと,病院へ行こうが行くまいが患者の予後は悪い.僕の友人の老年科医がワシントン州のナーシングホームで働いているのですが,数百名単位の感染が起きて,ほとんど病院に送らずに施設で看取ったそうです.もちろん入院希望の高齢者は別です.ただ,病院に行けばいいってものではなくて,病院に行くと,逆に積極治療でつらい目にあったりしますから,その方のゴールをどうするのか,準備という意味でも事前の話し合いは必要です.
反田 樋口先生は,今まで遠隔診療の患者さんで,新型コロナの方はいらっしゃいました?
樋口 いましたね.実際に外来に来られることはありませんが,救急やrespiratory illness clinic(呼吸器疾患クリニック)といって,駐車場などの仮設テントで診断を受けて,状態が落ち着いたあと,家に戻り診療を受けるという患者さんを担当することがあります.じつは第一波の3~4月頃は,コロナ患者が300人以上病院に入院している状況で,多くの時間を病棟で緩和ケアコンサルタントとして勤務していました.しかし病棟であっても患者に直接会わずに,病院のほかのフロアから遠隔診療で病棟にいる患者を診るというケースがほとんどでして,緩和ケアコンサルトも,コロナ陽性の患者さんで一番多く診たのは入院病棟でした.
2017年 American Geriatrics Society Annual Meeting (サン・アントニオ)にて.老年科の重鎮たちと著者ら(一番右・樋口医師,右から2人目・植村医師)
患者がどっちに振れているのかを俯瞰する
反田 新型コロナに関しては,患者の心の中の問題,やはり恐怖や生命の不安がかなりあると思います.それこそ先ほどの治療のゴールの話,もっと突っ込んで死生観にも影響すると思いますが,老年科医として現場でどう対処されていますか.
樋口 本書でも書きましたが,俯瞰が大事というか,新型コロナであってもなくても,その患者さんがどちらに振れているかをしっかり見ておく必要があると思います.緩和ケアでも高齢者医療でも,エビデンスに基づいたベストな医療があるのであれば,まずはちゃんと対応すること.それによって「症状が緩和される」,もしくは「高齢者でいろいろな疾患をもった人がよくなる」「体が楽になる」,その結果,「QOLがよくなる」.これが一番適切なアプローチです.なので,新型コロナだからその軸を変えるということはしないようにしています.それと反田先生が指摘されたように,新型コロナのパンデミックとなり,特に高齢者には「死」がすごく身近になりました.そのことをポジティブな死生観として受け入れる人もいれば,短い人生となるからとネガティブな被害者意識になり,本来受けられたであろう医療も提供されないかも…とふさぎこんでしまい,逆に医療不信になる人もいます.当然ですが,患者ごとに新型コロナの心的影響はかなり違うので,「どちらに振れているのかを日々の診療の中で探す」ということが大事になってきます.
植村 じつは僕,樋口先生が日頃どんな仕事しているか,それほど知らなかったので,今すごく興味深く聞いていたんですけど,ジェリアトリシャン(老年科医)て,カバーする範囲がすごく広くて,医療のセッティングごとに対応も異なるのですよ.おそらく樋口先生は外来をメーンでやられているので,たぶん同じ高齢者でもファンクション(身体機能)が比較的ある人を診ているような気がします.今僕が診ている患者はどちらかというとターミナル(終末期)よりの方が多くて,ナーシングホームに入っていて,ほとんど話もできないような寝たきりの状態です.すると,アプローチも少し変わってきて,緩和ケアの比率が高くなります.それと,新型コロナなどで急変すると,病院送りとなって,積極介入のリスクが高まるというか,事前の話し合いをしておかないと,通常は「陽性です.病院へ行ってください」となってしまうのですが,病院に送った先で,何が起こるかというと,例えば,救急外来でしたら,低酸素,気管挿管して,プレッサーが始まって,バンバンバンとやって,順繰りに緊急のアプローチをしても,最後はお亡くなりなってしまう.しかも最期のときはコロナだからご家族は面会できませんし,緩和ケアが充実していない地域だと,患者は苦しみの中で息絶えていくわけです.また,高齢者の場合,入院すればせん妄になりがちですし,身体拘束されたりもします.そういった状況を防ぐためにも,事前に「その患者さんが重んじるゴールは何か?」を確認しておくことがとても大切です.それは「患者や家族の想いがどちらに振れているか」を確認する作業でもあります.
できるだけ多くの軸で考える
樋口 新型コロナだけではありませんが,人というのは生活が真ん中にあって,家族がいて,病気そのものは,患者のキャラクターを決めるいち要素ではあるけれども,「病気を治しても生活できない」「自立できない」「今までやれていたことができない」ということがすごく苦痛であり,高齢者医療ではまずそこを重視する必要がありますね.病院で患者の病状が安定したとしても,その次のステップ,つまり回復までの道のりがまたすごく辛くて,本人もいやだし,家族への負担も大きくなるし,誰もハッピーにならないことがあります.その部分のケアを考えることは高齢者医療のすごく大変なところだし,逆に一番大切なところと思うのですね.
植村 本書でも書きましたが,「病院行きたいですか,どうですか?」と聞くだけじゃわからないし,患者や家族も「具合が悪いのだから病院へ連れてってくれよ」となってしまう.でも,その選択がいったい「どういうことを意味するのか…?」を考えるためには,患者や家族の背景にある価値観をきちんと把握して,その価値観に合わせて疾患の予後も説明しなければなりません.まさに,樋口先生のいわれるビック・ピクチャ(俯瞰)という大きな視点で捉えて,説明し理解してもらう.今僕が診ている患者はほとんどターミナル(終末期)の認知症の方なので,病院に行くのがいいのか,施設でいるのがいいのか,在宅のホスピスがいいのか,選択肢を提案してあげる必要があります.例えば,「病院行っても,あまり求めていられる医療を受けられないかもしれません.このままナーシングホームに留まって,症状をきちんとケアすることもできるんですよ」という話をすると,「ああ,そうなんですか,じゃあナーシングホームに留めてください」という人が結構多い.あるいは在宅ホスピスを選ばれる人もいますね.要は,そういう話し合いを避けずに行うことが重要で,新型コロナにおいても,その重要性が際立ってきているように感じます.
樋口 ビック・ピクチャで,できるだけ多くの軸で考えること.老年科医や緩和ケア医としては,特に大事な要素ですね.病気としての予後,残された余命としての予後,機能としての予後.認知的な機能がどのぐらいで,その後どうなるのか.それから身体的な機能で,今がこれぐらい動けていて,イベントや手術があるとこれぐらい動けなくなりますよ,とか.まずは予想して,それを患者や家族と共有する.例えば,イベント予後みたいな形で,「生きているし機能も何とか留めるけど,病院にはあと半年で3回くらい入院するかもしれません.そういう生活をどう感じますか?」と説明する.自分が置かれている状況がわからないと,自分にとってベストな選択はできないですから.植村先生がいわれたように患者や家族の価値観に寄り添い,医を提案する.その軸が余命なのか,生活なのか,本人の痛みなのか,家族の悼みなのか.どの軸を重んじるのか.そこが高齢者医療の現場で問われるのだと思います.
(次回に続く)
※本カンファレンスは「あめいろぐ」の了解を得て、紹介しています.