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ARIEL-E Episode-1 Welcome to the Earth

この物語は笹本祐一先生著の名作SF「ARIEL」の原作最終盤からつながる世界を妄想したものです。きっかけは先ごろ発売されたプラモデル。これをオリジナルではなく新型エリアルとして作った際に、付随する物語も考えました。それがこれです。

PROLOGUE インターステラ技術見本市"テクニカ"会場

「ちょ、あの、テコさん、いいんですか? めっちゃ怒られてる気が」
「気にするな。地球人少女。全力を見せてくれよ」
四方八方からビームを吐いて襲ってくるバレーボールのような球体。身長3mほどの小型ロボットに乗せられた六羽田六花はそれをひたすらに叩き落としていた。

地球を離れて2ヶ月。たどり着いたとある交易惑星トレイ・メルダの衛星軌道上に浮かぶ、巨大な見本市会場。ここで、現在銀河帝国の新技術から日常にちょっと役立つサービス技術までが一堂に集まった『インターステラ技術見本市"テクニカ" vol.259』が開催されている。
見たことのない技術と宇宙人がひしめく会場の隅っこにある、1mほどの間口、テーブルとイス3脚、タブレット端末一つの小さな地球ブース。展示物は手作りの「新しいフロンティア・そうだ地球へ行こう」と銀河帝国の標準語で書かれた看板と数枚の風景写真。こんなので誰か来るの? と透子は言ってたけど、取り仕切った草里公仁は
「看板娘二人いるからいける」
と笑っていたっけ。

六羽田六花

そんな場所に14歳の六羽田六花は通ってる中学の制服を着てちょこんと座っていた。何を着ていけばいいかわからなかったので、とりあえず制服。
折衝係兼六花の保護者、来海透子が席を外し、一人でブース番。誰か来たらどうしよう。と思っていた矢先、六花は見た目同じ年齢ぽいけど、やたら綺麗な人に声をかけられた。
「君か? 最近帝国領になった地球って星から来た子は。ひとり?」
ずいぶん大人っぽい喋り方する人だな。と思ってよく見ると、六花のような出展者パスでなく、講演者パスをつけていた。
この巨大見本市で講演をする技術者は相当なレベルの人。偉いかすごいか。そう透子から聞いた。
「あ、ああの、技術者の方ですか?」
「そうだけど。ああ、ごめんね。ボクはテコ・ノーゲン。技術屋さんだよ」

テコ・ノーゲン


「ろ、六羽田六花です。お、お近づきの印にこれどうぞ」
「これは?」
「地球のお菓子のチョコレートって、言います。成分コードはこれです。テコ・ノーゲン様のお口に合えば幸いです」
六花は買うと一粒1000円を超える高級チョコレートの箱を差し出した。困ったような微笑みを浮かべたテコは手首のブレスレット型端末で箱に記された小さな模様を読み取る。使われている成分が空間に表示される。
「テコって呼んでよ。へえ、過激なものを食べるんだ、地球では。まあ体質的には大丈夫だからいただくよ」
「お、おいしいですよ」
テコが箱から一粒摘んで口に運ぶ。六花はその様子を凝視している。

口にいれると表層がすっと溶けて芳醇な香りで満たす。数回噛む。硬さと甘さの違う素材が解け、一体となってテコの口に広がる。
「これは…なんて…」
甘さと濃厚な風味。身体が反応する。なんか頬がポカポカして、視界がとろける感じがする。なんて星だ。こんなものをお菓子とか。これやっぱり媚薬じゃないのか。返事を聞きたそうにじっとこっちを見つめる、可愛い子が目の前にいる。なんかのスイッチが入るのをテコは自覚した。
「ふ、うん。ねえ、地球人少女」
見つめる六花の瞳がテコには妙に艶めかしく見える。テコはテーブルに身体をもたれさせつつ、六花の前に座った。手を伸ばし頬を触る。
「お姉さん酔わせて、どうするつもりなの?」

六花はテコ・ノーゲンと名乗った宇宙人が急に赤くなったのに気づいた。まさかチョコで酔ったの? 宇宙人って不思議。
とはいえ、この時のために特別にショコラティエに作ってもらったその名も「better than S◯X」これ食わせれば、どんなやつもイチコロだぜ。と旅の前に由美香さんが言ってたっけ。六花も試食したので美味しいのは知ってる。えろい名前のチョコレートの威力ってことか。
テコとのいきなり距離がつまり、驚きつつも六花は対応テンプレート通りに話す。
「え、あ、美味しかったですか? チョコレート」
頬を赤くしてとろんとした目のテコを六花は観察する。同い年くらいに見えるけど、姉さん? 年上なのかな。宇宙人は年齢不詳だらけだ。
「…うん。お菓子は美味しいけど、君はどうかな」
「は?え?」
「味見させてくれる?」
この世のものとは思えない、美しく妖艶な笑み。六花は自分も真っ赤になるのを感じた。
「あじ? み?」
机の上に頬杖をつき、右手で六花の耳たぶをクニクニしだした。くすぐったい。どうしたの? チョコで酔ってるから? このテコさん、急に、なんていうかえろい。指が耳から頬をなぞって唇に…。
(六花、私というものがありながら、浮気なんてゆるさないから)
(ちょっとぽぽちゃん、浮気って何? そんなことより、どうしよう?)
(事務的にクールに対応するの。負けないで)
脳内会議を済ませた六花は頑張ってにこやかに、唇を触りかけていたテコの手を両手で握る。
「こ、こんなおいしいものがたくさんある地球に来ませんか?」
「なに?」
「地球では技術指南をしてくれる在留技術者の方を募集しています」
六花は透子との打ち合わせで覚えたセリフをテコに伝える。

六花の真面目な対応を見ていると、いじりたい願望が成長する。酔ってんな。ボク。わかっていてもテコは止まらない。
「そういうことね。地球人少女。いいよ。ボクとの勝負に勝ったら、地球に行ってあげる。だからちょっと付き合ってよ」
「え、あの、どこに」
「いいから。いいから」
テコが六花の手を掴むとグイグイ引っ張り出した。ブースからズルズル引き摺られていく。
(浮気はダメだからね。ロッタ)
(それどころじゃないでしょ、ぽぽちゃん。ああ透子せんせどこいったの?)
「あの、困ります。う、上のものに確認しないと」
「いいから、いいから。君の操縦技術を見せてくれよ。ナノドライブ バージョン4、帝国領内ではほとんど出回っていない、辺境宇宙で最新の操縦デバイス。興味があるんだ」
突如として技術用語が出てきた。しかも公表していない情報。
「なんで知ってるんですか?」
「君は自分が有名人だって、知らないみたいだね。ここの港への接岸、新記録だってみんな騒いでいるよ。それがこんな小さな女の子で、しかもバージョン4使い。たまらないね」
「そ、それは」
当然初めて参加する技術見本市。六花たちの乗ってきたオンボロ宇宙船は港の奥の奥、ほとんど廃棄されたような場所を接岸ポイントとされた。所謂新入りへの手厚い歓迎ってやつだ。ところが、狭く入り組んだ港内を制限速度の上限で進入し、最後はドリフトしながら一発接岸して見せたことで、宇宙港は大騒ぎに。その時舵を担当したのが六花だった。入港確認書にサインするときにパイロット名は記載しなくちゃいけない。名前が知れ渡った。
こっそり近づいてきた人の中には簡易スキャナーを持ち歩くような技術者もいたりして、六花のナノドライブ最新バージョン持ちってことも知れ渡った。
ただ、さっきまでは透子が目を光らせてヤバそうなのを遠ざけていたのだが、いない時を狙ったかのようにテコが現れた。

引き摺られてついに展示館から前庭へ。軌道上の施設とは思えない、陽光の降り注ぐ綺麗な広場。ここも様々な人種が歩いている。
「ちょっとここで待ってて。中に戻ったら、地球行きは無しだからね」
「…はい」
テコが六花を置いて楽しそうに屋外展示会場に歩いていく。よっぽど帰ろうと思ったが、講演者パスを持つ技術者が地球に来てくれたら、かなりのお手柄にならない? 透子せんせ喜ぶかも。仕方ない待ってみよう。
「でも、どうしよう?」
これから何をさせられるんだ? 勝負って言ってたけど、なにか宇宙人的なスポーツとか?
すると、野外展示会場の方から甲高い排気音と困ります。困ります。という声が聞こえてきた。向こうでも誰か困っているらしい。
「待たせたな。地球人少女」
一人乗りの小さな人型ロボットに乗ってテコが現れた。戦闘機のコクピット部分に手足が生えたような乗り物だ。そして周りに二人の人がしがみ付いていて、困りますを連発している。テコと同じ耳のピンとした人たち。
「ノーゲン卿、困ります。展示物なので」
「デモンストレーションだよ。私の作品の。私が使うんだ。問題あるまい」
会話を聞くとどうやらテコさんは偉い人っぽい。このロボットの作者。
そして勝手な酔っ払い。排気音が止まり、テコが機体から降りる。
「地球人少女。このキュリエッタを使って模擬戦をしてもらう。攻撃をくらうことなく、100回敵を叩き落とすことができたら、地球に一緒に行くよ」
「100回? 何と戦うんです?」
「これだ」
テコはキュリエッタについてる箱からバレーボールっぽいものを取り出した。テコがポンと叩いて手を離すと、ふわふわとそれが浮く。
「これを4つ飛ばす。100回、これにダメージを与えるんだ。ちゃんとカウントしてるから、100回目で止まる。こいつの攻撃を1回でも喰らったら君の負けだ」
「そんな、私、それ操縦したことありませんし」
「ちゃんとナノドライブに対応させてる。まあ、バージョン3までだけどね。でも充分だろう。とりあえず乗ってくれ。調整はしてあげる」
周りに人が集まり始めた。ちょっと恥ずかしい。
六花は制服のスカートを気にしながら機体を上り、シートに座った。
この状態だと、ついてる手足の先は見えない。戦闘なんて無理。

戸惑ってる。その姿を楽しみつつテコは機体解説を始める。
宇宙には様々なBMIが存在する。キュリエッタを広く売り込みたいので、そのどれでも対応可能にした。テコは接続コネクターを六花の頭の高さに合わせる。その頭にある接続ポイントについてる白いリボンをとって手渡す。
「しまっておいて。繋ぐよ」
「はい」

ぷにょん。テコが後頭部に柔らかいクッションのようなものを押し当てた。情報のやり取りが始まる。初めて使うタイプのコネクタだ。やわらかくていいなあ。
六花がナノドライブからこの機体へ意識を広げる。手足の先まで認識する。ずんぐりした体型で腕のリーチが短そうと思ってたけど、必要に応じて伸びる仕掛けだ。背面と腰、足裏にスラスター。強力で多分推力だけで飛べてしまう。小さいけど超高性能な乗り物。買ったら高そう。

早いなさすが。テコはコクピットのコントロールパネルでパイロットの機体把握速度を見ていた。六花はあっという間にキュリエッタの指先まで掌握している。見たことのない速度だ。
「武器を説明しよう。右利きだよね」
テコの操作でキュリエッタが腰の箱から棒状のものを取り出す。右手で持つ。
「これはビームロッド」
もち手の先に光る棒が伸びる。
「刃の長さは調整できる。これでボールたちを叩け。触れれば1点。100点とってくれ。当たるとボールは地面に落ちて2秒後に復帰する」
ピション。ボールが光線を放った。
「これを避けつつボールを攻撃するんだ。地球の時間で1分練習しよう」
テコがコクピットから降りる。手招きすると4つのボールが集まった。六花はそれをかわいいな。と思いつつキャノピーを閉める。
「行くよ」
ボールがポーンと跳ねて光線を放つ。六花はまず急上昇と左右空中ステップ、急降下でキュリエッタの動きを把握する。軽い。思ったとおりに動く。ボールはキュリエッタより遅い。その差を光線の射程で補う攻撃。
(行けそうねロッタ)
ビームロッドを振ってみる。腕の伸縮機能を使うと間合いはかなり広い。当てに行くとちょっと掠っただけでもちゃんと反応して、2秒間、落ちていく。ロッドを使ってビームを避けながらボールを叩いていく。1分間はあっという間。4つのボールが全て飛行を停止して落ちる。
六花はキュリエッタをテコの前で止めてキャノピーを開ける。
「どうだ? 地球人少女」
「あの、ロッドはもう1本ありますか?」
「やる気になったね。あるよ」
テコが近づきコクピットのパネルを叩くと、キュリエッタが腰に仕込んであったロッドの持ち手を取り出した。小さい機体なので、操作中は六花に上体をあずける姿勢。銀髪がふわりと揺れる。いい匂い。
「準備いいぞ。どうした?」
テコが体を起こす。20cmくらい前に髪の毛に似た色合いのシルバーの目。
肌は透き通るように白い。ドールのようで、技術者感がまるでない。
「できたら本当に地球に来てくれますね」
「約束する」
「あと」
展示館の方向から何か叫び声と、足音が近づいてくる。
「おい! そこの!」
「ちょ、あの、テコさん、いいんですか? めっちゃ怒られてる気が」
「気にするな。地球人少女。全力を見せてくれよ」
「知りませんよ…」
かくして、六羽田六花と4つのボールのバトルが始まった。

Chapter 1 テコ・ノーゲン ?歳 キュリエッタ

キュリエッタとはテコの生まれた星系国家アーデアの言葉で『小さく素早いもの』を意味する。目の前で、まさにそのものの光景が繰り広げられている。
テコの見たところ、六花の戦法はボールを飛ばさないこと。ロッドが当たって地面に落ちたボールが復活するまもなくまた叩く。相手が攻撃できないように立ち回っていた。両手のロッドをふりまわし、瞬く間にカウントが増えていく。

CURIETTA


「ノーゲン卿、何をしておいでなのです?」
さっき走ってきたのは、見本市オーガナイザーの一人。テコを睨んでいる。
「ここに来ている技術者なら、みんな興味があることさ。おっと、局面が変わったな」
地面に封じられていたボールたちが復活後に急上昇してキュリエッタの上を取ろうとした。ボールは自立思考AIを搭載して、自分で次の手を考え、連携もする。六花の操るキュリエッタはホバーモードで地表を一気に加速して距離を取る。両手に持ったビームロッドを回しながらボールからの攻撃を受けつつ、追いかける過程で縦に並んでしまったボール4つを一撃で全部ひっぱたく。カウントは80近い。まとまって動くことを不利と判断したボールは、一旦バラバラな方向に飛び、ランダムにキュリエッタに攻撃を仕掛ける。
「ん?」
テコはボールの攻撃が他のボールに当たるのを見た。各々がそれぞれで動くので、攻撃が重なることは想定している。カウントにはならない。
しかし、あまりに何度も起きている。まるでキュリエッタを守っているよう。AIの不調だろうか?
ボールのステータスモニタを空間に表示。1機、明らかに命令がキュリエッタの防御に書き換わっている。それほど重要なシステムではないので、ボールのプロテクトは甘い。それにしても、戦いながらハッキングして書き換えたのか? あの子はそんなことも?
今度はキュリエッタのコントロールモニタを表示。
「ナノドライブが100%使われていない?」
全力で戦っているように見える。でも、モニターで見ると六花は20%ほどを操縦とは別目的で使っている。おそらく、ボールのコントロールだろう。
「どうなってるんだ、あの子」
敵対ボールが一つ減ったことで、キュリエッタは確実にカウント重ね、間も無く100。ボールをハッキングしちゃいけないなんてルールは作ってないから、彼女の勝利だ。楽しいな。テコの好奇心が莫大に膨れていく。
一緒に地球に行って色々調べよう。どんな秘密があの小さな身体に入っているんだろう? ピーと音を立てて、ボールが4つ地面に落ちた。終了。キュリエッタの勝利だ。
「終わった。ちゃんとキュリエッタは戻しておく。施設に破損があったら請求書を回しといてくれ」
「これっきりにしてくださいよ」
オーガナイザが去っていく。
「これっきりだよ。こんな出会い、そう何度もあるものか」
周りの観客から、歓声とどよめき。楽しくて笑いがとまらないテコの前にキュリエッタが降りてきた。
「勝ちました!」
キャノピーが開き、地球人少女が大きな声で宣言する。テコはコクピットに駆け上がり、六花のベルトを外すとシートの上に立たせた。
「テコさん?」
「君の勝ちだ。地球人少女。名前をもう一度教えて」
「ろ、六羽田六花です」
軽い運動後のような呼吸をしている六花を抱き寄せると頬に手を添える。
「六花。約束は守る。今から君がボクの雇い主だ。よろしく頼む」
ちゅ。と唇を合わせる
「! て、テコさん!」
「地球の『勝者へのご褒美』ってこういうのなんだろう?」
かわいい子に媚薬チョコレートのお返し。
「ちょ、ちょっと、いや、かなり違います!」
(六花〜! 浮気者〜!)
テコは真っ赤になってシートに座り込んだ六花のナノドライブ、そのモニターに波形が現れたのを見た。音声変換で声も聞こえた気がする。そういうことか。この子に何があった? また知りたいことが増える。
「りっか〜!」
声に振り向くと、足元に大量の紙でできた資料を足元にぶちまけた女性。地球人に間違いないだろう。どうやら勝者への口づけがショックだったらしい。あわあわしてる。
六花のホッとした表情でテコは悟る。
「六花、あれは君の保護者じゃないのか?」
「あ、はい。透子先生です」
テコはキュリエッタから降りると、透子と呼ばれた女性のそばにたって、資料を拾い集める。観光パンフレットのようだ。
「紙でできた資料なんて久しぶりに見た。へえ、綺麗なところだな地球」
「ああ、どうもすみません。私やるのでって、あなた、あの子にああいうことするの、犯罪ですよ。まだ14歳なんですから」
「そうなのか?」
「そうですよう…」
透子の視線がテコの講演者パスで止まる。
「テクノクラート、ノーゲン卿…」
身長は頭ひとつ透子の方が高い。テコはその表情をみつめる。この子も面白いな。六花は14歳らしいから、表情豊かなこの保護者からいろいろ吸収しているんだろう。よく似てる。そんな気がする。
「なにか、あの子がしましたか?」
「彼女はボクとの勝負に勝って、雇用主になった。あなたも関係者なんだろう? 在留の技術指南役が必要って聞いた。地球に行くよ。よろしくお願いする。帝国の技術全般はわかっている。役に立つと思う」
「え? あ? 雇い主?」
本当に久しぶりに楽しい。テコはキュリエッタで縮こまっている六花に声をかける。
「降りといで六花。お茶をしながら話そう」

野外展示場の横には広いオープンカフェが設置されている。テコは六花と透子に椅子を薦め、自分も座る。3人のテーブルにはいい香りのする温かい飲み物。そして見上げると大きな女神像が立っていた。六花が透子にこれまでの経緯を説明。そういうこと〜と透子が感心する。
「お手柄ね。六花」
「せんせ」
「ここに来た目的の半分以上は達成。六花を連れてきて本当によかった。ありがとう」
嬉しいを顔いっぱいで表す六花。テコはお茶を飲みつつ二人を見る。
「知らない人にはついてっちゃだめって言ったのに」
透子が笑いかけると、六花がこっちを見た。
「で、でも」
「ごめんね。六花」
テコは片手を額に舌を出して片目をつむる。
「いま、てへペロしましたよね」
透子が食いつく。
「てへペロ? ああ、調べた中にあった。使い方間違ってた?」
「いや、完璧です。でも若干古いです。どんな調べ方したんです? さっきのキスといい」
「ナイショ」
と人差し指を口に。これも調べた中にあった。

透子がお茶を口にしてほーっとした顔を見せたあと、女神像を見た。六花が続く。
「綺麗な女神様」
「本当ね。動き出しそう」
「ありがとう。ボクの60年前の作品だ。動くよ。これは機動兵器だ」
「機動兵器?」
「主流ではないんだけどね。ボクはヒューマノイド型が好きなんだ。これはもう退役してるんだけど、この見本市で必ず飾られる。ゲートガーディアンみたいな扱いだ」
「60年って、幾つのときからこのお仕事を?」
透子が外見と数字のシンクロのなさに困っているよう。
「伝えておくか、ボクは地球の年に換算すると208歳ってことになる」
「208歳! 」
「ボクの種族は50年ほどで成長が終了する。この姿で今150年ちょっと。余命は後200年ってところかな」
「六花がおばあちゃんになっても、テコさんはこのままなんですね」
「そうなる前に六花には歳を取らない新しい身体を作るよ。好きな年代の姿で。で、ボクがおばあちゃんになるのを見届けてくれ」
テコがいうと、六花が照れていた。
「ノーゲン様は兵器デザイナーもしているのですか?」
「テコで構わないよ。君は透子と言ったね」
「あ、はい。私は地球にある一国の日本で組織された『仮設地球防衛隊』で医療、技術導入を担当する来海透子です。地球は1年半ほど前に帝国の版図となりましたが、最近、星系外縁に帝国籍ではない宇宙船がうろつくようになりました。帝国の辺境警備隊が付近にいてくれますが、自分の星は自分で守るは大前提ですよね」
「そうだな」
「まだ私たちには何もできません。宇宙船の保有数は少なく、皆オンボロでここにだって2ヶ月かけてようやく着きました。防衛力のない今の地球はいつ奪われてもおかしくない状態です」
「それが技術者を募集した理由か。そうだな。すぐには作れなくても、今銀河にある技術を使えるようになれば、星を守ることはできる。協力するよ」
「ありがとうございます」

「おーい、とうこー」
テコが声の方を見ると、4人の地球人が歩いてくる。
「由美香!」
「どうした? ブースにいないから心配した」
由美香と呼ばれた髪の長い女性が透子の頭をぐりぐりする。
「ちょっと、すごいことが起こって、それどころじゃなかったの」
「えっと透子さん、こちらのお方は?」
丸い顔の男性がテコをみて改まる。
あとの二人は六花と近いらしい。まっすぐ六花の元にきた。
「ハルくん、キリちゃん」
六花が振り返る。
「なにかあったのか? 騒がしかった。地球の女の子がどうこうって。心配した」
六花の後ろに立った男の子が言う。
「その方はテクノクラートのノーゲン様です。六花との契約で地球に来てくださるそうです。でも六花の唇が奪われました」
透子がボソッと事実を羅列する。
「えっ!」
縮こまる六花。全員が六花を見て、透子を見て、視線の先のテコを見てくる。面白いな地球人。
「なんてこと! でもきれい」
六花にキリちゃんと呼ばれた子がなにか想像した。
「なしなしのアリ?」
「いや、ありありのアリでしょう」
「うるせえぞ、男子共」
由美香が吠える。
わいわいと騒ぐ地球人。若いな。とテコは思う。実年齢でなく、心の方。
そして自身の星のことを思う熱量。開拓初期の星にはどこでも見られる。ただ維持するのは難しい。またまっすぐ進み続けるのも相当な覚悟がいる。この若さは力になるはずだ。
そして、テコがつけっぱなしのナノドライブモニターに波形が出まくっている。誰かが六花と話をしている。この距離では言葉まで拾うことはできないが、たくさんおしゃべりしたいのはわかる。
出たくないか? そこから。六花を『見て』話したくはないか?
私なら、出してあげられる。そして六花の能力を解放してあげたい。

「ノーゲン卿、こちらにいらしたのですか」
地球人とお茶を楽しんでいると、元雇い主のバレリア星系人が近づいてきた。名前はテホッゾ。頭部に一本角を持つ種族。バレリアのテクノクラートだが、政治メインの男だ。
「会場で変な噂を聞きまして。卿が地球人と契約したとかで」
「事実だが」
「何をおっしゃっているのです? まだ我々との契約が」
「残ってはいないな。そもそも機動要塞2基の契約だ。それは3単位前に終わったが」
「要塞の二期工事があります」
「そっちでやると言ってたぞ。記録を見せようか」
「完成までとの契約です」
「だから完成しすでに運用しているではないか。あれが完成でなかったら、何を完成とする? 単に私にいなくなられるのが困るだけではないのか? 私がいるかぎり、君は座っているだけでいいからな」
テホッゾはテコの攻略が難しいと見るや、地球人にその矛先を向けた。
「おい、お前たち未開人にこの方が釣り合うと思っているのか? このお方は帝国技術院の最高顧問。帝国貴族なんだ」
地球人たちは反論しない。六花が怖がっているのが見て取れる。
「どんな条件を出したか知らんが分をわきまえろ原始人め」
「テホッゾ」
テコは椅子を倒して立ち上がる。
「私が教えた、仕事に最も必要なことは覚えているか」
「…敬意です」
テホッゾは下を向いて答える。
「30周期、一緒に仕事をしてきた。能力的に優れた技官だと私は思っている。だがなぜ、この基本的なことを覚えられない?」
テホッゾはテコを見ない。染み付いた意識。おそらく悪意を自覚していない。やれやれ、成長が足らないな。
「最後にこんな事になって残念だ。君と一緒に仕事をすることはもうないだろう。ただ、私が言ったことを覚えていてくれると嬉しい」
「…わかりました。失礼します」
テホッゾが踵を返す。が立ち止まった。
「教えてくれ。地球人。どうやってこの方と契約を結んだのだ」
テコは六花を見たが、まあこの子から発言はないか?
「色仕掛けでーす」
由美香がニヤリと笑いながら言う。六花がまた真っ赤になる。
「ハハハ。そうだな間違いない」
テコは笑った。
「それで何をお願いするのだ? この方の格に関わることだ。くだらないことなら私が許さない」
こいつ、私へのリスペクトだけは人一倍なんだよな。テコはため息をつく。
「お願いしたいのは、主星防衛用の機動兵器です」
透子が答える。そうなのか? そういえば聞いてなかった。
「大きさは」
「40メートルくらい」
「カタチは?」
「ヒューマノイド女性型」
透子が見上げる。
「そう、この女神様みたいな。そしてパイロットは六花です」
テホッゾがテコの顔を見てギョッとした後、深くため息をつき去って行く。
「テコさん、あの、顔」
六花が驚いてる。あ、また出ちゃったか。
「ボク、ニヤけてた?」
「テコさん、そんな顔するんですね」
「やりたいことやれるってなると、顔に出るみたいだ。自分じゃわからないんだけどな」
「かわいいですね。テコさん」
あ、スイッチ入る。
テコが、六花に歩み寄るとささっと透子が間に入った。やるな保護者。
「君たち本当に機動兵器が必要なのか」
「まず『あること』を示したいです。戦艦を買ったり作ったりする予算はありません。機動兵器なら作りかけの機体があります。それをベースにしていけばと」
透子が六花を隠しながら言う。
「わかった。今後のスケジュールはどうなってる?」
「ノーゲン卿、統括しております、草里公仁といいます。本日は会場を回って船に戻り、明日買付の算段をして、地球に帰還の予定です。ですが」
公仁と名乗った丸顔男子が六花を見る。
「六花のおかげで私たちはあなたに出会うことができました。リスケジュールします」
「宿はとっていないのか」
「残念ながら…。ここにくるだけで精一杯で」
「わかった。今日は講演がある。せっかくだ。聞いていくといい。その後、ボクの部屋で食事して、泊まればいい」
「ありがとうございます!」
テコは喜んだ公仁を憮然と見る。
「何を言っている。女子だけだ」
「ぬおお」
公仁ががっくりと膝をつき、六花の後ろに立っていたハルくんと呼ばれた男子が肩を落とす。
「あの船にキミさんと二人きりなんて…」
テコは声を出して笑うと
「心配するな。部屋はあるよ。皆がいいなら、食事は一緒にしよう。遅くなるけど大丈夫か?」
「大丈夫です!」
六花とキリちゃんの返事。公仁が深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。ノーゲン卿」
「決まりだな。今日は楽しい夜になりそうだ」

Chapter 2 来海透子 26歳 技術見本市 夜の部

「今日これから講演なんて、お忙しい時間に。申し訳ありません」
透子は皆を引き連れて歩くテコに声をかけた。
「構わないさ。ボクから声をかけたことだから」
テコは後ろを歩く六花を見る。
「よく笑う子だな。六花」
「ええ。でも年齢より幼くて、心配です。それに最近辛いことがあって、笑えない時期があったんです。でもなんとか。この旅で笑顔が戻って。いい刺激になったみたいで良かったです」
テコの目がふっと鋭さを増す。
「それと関連があるのかな? 六花の保護者である君に聞いておきたい。六花の中にいるのは誰だ?」
「え?」
次の言葉が出てこない。
「さっき、キュリエッタの操縦中、ナノドライブは80%しか使っていない。残りを他のことに使っている。私が放った障害をハッキングして味方にしていたよ。いくら六花が優れているとはいえ、これを操縦中にできるとは思えない」
「ハッキング…」
透子にその言葉は重い。
テコがほんの数時間で六花の状態を把握していることに透子は素直に驚いた。この人は、そしてこの人の技術はすごい。隠す必要もないだろう。むしろテコの言葉からは六花を助けたいという意志みたいな力が伝わってくる。
「六花の中にいるのは、別の人格です。名前は神城千保。六花のかけがえのない存在だった女の子です。経緯は食事の後に。長くなります」
「わかった」

「これ、地球のことだよな」
晴人が呟く。
「直前で講演内容変えたって誰か言ってたよ」
小霧のささやきが聞こえる。テコの講演会。巨大なすり鉢状の講演会場。その一番下にテコの姿があった。講演のテーマは「開拓惑星における技術供与の段階的展開」
透子たち一団は最上階、豆粒のようなテコを見下ろす位置に座っていた。各座席にはホログラムスクリーンがあって、小さな立体的テコが解説している。彼女は昼間のパンツにジャケットを引っ掛けた格好ではなく、白いドレス。幾重にも重なる生地が動きについていく。
神々しい美しさとはこう言うことか。そして、その雇い主となったことで、周囲から注目を集めている。しかもこの講演内容。
テコがこれまで経験してきた惑星開拓、版図となった星が発展する例、破滅する例を挙げつつ、理想とすべき展開を語っていく。
あの時、機動兵器を作りたいと言ったが、おそらく地球全体のことにテコが関わるのは間違いない。彼女もそのつもりでこの講演をしたのだろう。地球はテコの壮大な実験場になるかもしれない。最初はノブレスオブリージュかと思った。でも違う。テコは知的好奇心を選択の最優先事項としてるぽかった。だが、まだ主星地球に統一政府すらない状態で、どう開拓していくのだろう? 内容は技術に関することがメインで政治体制について、深い掘り下げはなかった。

エビで鯛を釣る。六花を餌にした気はないけど、こんな大物が釣り上がった。言ってみればテコにとって、六花はとてつもないイレギュラー。版図になる前から異星技術をその身体に受け、起きたトラブルによってもう一人の人格を抱え込む。そして、なにに乗らせても誰よりも操縦が上手い。このあり得なさが、テコの好奇心を惹きつけたと透子は思う。
公演は澱みなく、流れるよう。テコの語る、理想の惑星開拓が実現できれば、地球は本当に幸せな宇宙時代を迎えることができるだろう。
「なんか、テコさんに任せてたら、全部うまくいく気がしてきた」
そう言う透子に兵器関連の新技術を漁って、膨大な資料をこの席でもまとめていた由美香が呟く。
「女神様を作る人は、自身も女神ってことかもね」
女神様か。とすると六花は贄? いかん。変な想像しちゃいかん。

「待たせたな。部屋に戻ろう。食事は運ばせてある」
六花と小霧が見惚れている。講演後、取材やら、要人やらとの時間を終えて、ドレスのまま地球人一行にテコが歩み寄る。
白いテコが少し上気して頬がほんのり赤い。ホログラムでアレだったのが、近くに来ると…。なんだこの人。
「テコさん、綺麗すぎませんか?」
小霧の正直すぎる言葉に透子は同意する。
でもテコの返答はズレる。この人は自分の容姿が称賛されていると思っていないらしい。
「そうか? これは私の生まれた星系アーデアの式典衣装なんだ。久しぶりに着たよ。あとで着てみるか? キリちゃん」
「キリちゃん…そうでした。自己紹介まだでした!」
小霧が恐縮する。
「全部、部屋に戻ってからにしよう。ここは落ち着かないからな」
六花と小霧の手を引いて、テコが歩き出す。周りの人がすっとどいて道を開ける。
テッテレー 地球は神様を手に入れました。
その怒りに触れぬよう、精一杯やっていかないとな。
少しだけ恐怖が心の底にある。透子はこの気持ちを忘れないでおこうと思う。

「お風呂だ〜」
小霧の心の叫び。テコの部屋は部屋というよりは家で、リビング、ダイニング、大浴場に、ミーティングルーム、個室もたくさん。
「ここに一人でいろっていうんだよな。毎回。運営のやつ」
「きっと、おつきの人が何人もいるって考えてるからじゃないですか?」
風呂周辺の戸棚を開けて、アメニティ類をチェックしながら小霧がテコの愚痴に答えてる。贅沢な悩みだな。
「テコさん、貴族って言われてましたけど、こういうとこでひとりなんです?」
「自宅にはメイドがひとりいるけど、従者とかはいないよ」
身の回りのことは自分でやったほうがいいし、いらないんだよね。とテコは言う。
食事の前にお風呂となった。テコの文化に合わせてそれぞれの部屋で湯浴み着をきて、浴場に集まって入る。男子は別。
「地球では全裸で入るの?」
「国や地域でバラバラですね。私たちの国では基本全裸です」
透子が言うとテコはフクザツな表情を浮かべた
「六花とも?」
「まあそれは何度か。温泉も行きましたし」
当たり前って、他から見ると当たり前じゃない。こういうことか。
ここまでの2ヶ月間、立ち寄ったステーションはあったものの、まともなお風呂は久しぶり。六花と小霧はすでに浴槽にたっぷりつかっている。
ここのお風呂は湯浴み着を着たまま、汚れを落とすという『洗湯ボックス』に入り、その後、大きな浴槽に入るスタイル。
宇宙お風呂事情を配信したら人気出そう。それにこの湯浴み着。浴槽に入っても、まとわりつく感じがなく、裸で入浴してるのと感覚が変わらない。
これを東北の混浴温泉前で売れば…ビジネスチャンスだ。
「みんな、いい顔してるな」
「久しぶりってこともありますけど、私達の民族はお風呂が好きです」
透子はお湯をすくいながら、テコを見る。
「なにしろ、地熱で温まったお湯がそこかしこで噴出する地域なので。そんな『温泉』を生活に取り入れているんです」
「そんな場所で生活できるのか?」
「ええ。テコさんが降り立つ場所の近くにも温泉あります。一緒にきましょう。もちろん、全裸で」
ふふ。意味ありげに笑ってあげる。透子の笑みを見て
「全裸か」
テコがポリポリと頬をかく。
「同性であれば全裸でも大丈夫。と言うのが私たちの習慣。お風呂で裸同士でいることに意味はありません。テコさんのアーデアでは違いそうですね」
「まあな。全裸を見せていいのは添い遂げる相手だけだ。性別は関係ない」
厳格なのだろうか。アーデアは何も着ていないってことが大きな意味を持つのか。
「性別は関係ないって言うのは、同性婚もアリなんですね」
「全然ありだけど、地球は違うのか?」
「まだちょっと、一般的ではありません」
「地球ってお堅いのか」
意外そうなテコに、由美香が声をかける。
「アーデア人のそっちの活動って、どうなんです? 寿命が長い種族は得てして増えにくいってのが生物界の理だと思うのですが」
由美香がニヤリ
「知りたいか? なら地球の話も教えてくれ。でも」
「子どもが寝たあとで」
「子どもが寝たあとで」
同時に言ってテコと由美香が笑う。

「あー大人がなんかやらしい話ししてる〜」
「えーやだーえっち」
小霧と六花がこっちを見てケラケラ笑う。
「黙れガキンチョ」
由美香がお湯をバシャッとかける。
六花が身体を翻し、小霧がまともに食らう。
「裏切ったな六花〜!」
小霧が渾身の力で下からお湯をすくい上げ、塊となったお湯が六花を直撃。
「あ、撃沈した」
透子が見ていると、湯の玉を食らって浴槽に沈んだ六花はお湯に潜ったままこっちに近づいてきた。透子の前に来る。
ざばっと立ち上がって
「ズゴック〜」
ちゃんと三本指を立ててる。髪の毛が丸い頭に沿うのでそれっぽく見えるかなあ。
「六花、ズゴック〜っていいながら浮上してくるズゴックはいないぞ」
「なんともないぜ?」
「それはゴッグ」
由美香が呆れ顔で言う。
「お前たち家でガンダムごっこしてるのか?」
「そんなわけあるか」
「旅の間、寝る前1時間はガンダムタイム」
六花の告白に由美香が呆れる。
「どんな教育だよ」
「ごめん、翻訳機が困る単語が連発している」
テコも困り顔を向けた。
「テコさん、ごめんなさい。せんせはマニアックな人なんですよ」
「誤解を招きそうな表現やめて」
六花が楽しそうに話す。その顔に透子は笑ってしまう。
「二人は姉妹なのか? ファミリーネームは違ったと思ったけど」
「違いますよ。六花とは一緒に暮らして、1年ちょっとです」
「二人の笑顔が同じなんだ。私から見ると。地球人を見慣れないことを差し引いても、二人は似てる」
透子は意外な言葉に驚くが、六花は違っている。
「せんせと六花は似てますか…それは、せんせが六花の「先生」だからです。きっと」
六花が目を伏せた。
「そいえば、六花はなんで透子のことせんせって言うの? 医者だから?」
六花が由美香を見る。
「それもあります。六花の主治医ですから。でもそれだけじゃありません。六花はこの間のことで、全部無くしました。千保ちゃんだけじゃなくて、ご飯のおいしさとか、風の気持ちよさとか、そう言うのも全部感じなくなりました。残ったのは頭痛と、千保ちゃんの声だけです」
目の前に立つ六花。透子を見てその両手を握る。
どうしたの? 急にそんな顔して。
「死にたくなりました。でも千保ちゃんの声は、生きろって言ってくれました。だから自殺はしませんでした。でも何も感じないのは変わりません。生きてていいのかわかりません。せんせは、そんな六花に全部教えてくれました。ご飯のおいしさ、映画の楽しさ、風の気持ちよさ、それは全部、最初からそばにちゃんとあって、六花が感じさえすればよかったんです」
六花、やめてよ。そういうの。繋いだ手に力が入る。
「感じ方を教えてもらいました。感じた時にどうやってそれを表現すればいいのかも教えてくれました。せんせのように笑ったり、怒ったりすると、それが表現できるんです。伝わるんです。周りの人に」
六花の顔が見られない。
「伝わると、返ってきます。他の人との繋がりも教えてくれました。そして、空を飛ぶこと、宇宙を飛ぶこと。こんな楽しいことがあることも教えてくれました。せんせが手を引いてくれたんです。こうすればいいって教えてくたんです。楽しいことがいっぱいあることも、笑い方も。六花がせんせに似て見えるのは、ちゃんとできてるってことですよね」
やめて。ほんとうにやめてよ。六花、震えてるよ。あれ、違う。私が震えてるんだ。
「そうだね」
テコが静かに言葉を返す。
「だから、六花には先生以外に呼び名がないのです」
六花の声が涙を含む。
「この旅、本当に楽しくて。楽しいから言おうとしても、いいタイミングがなくて。今ならって。透子先生、ありがとう。六花、大丈夫です」
透子は六花を抱き寄せる。立ったままの六花のお腹に顔が当たる。
見上げると、六花からポロポロと涙が透子の顔に落ちた。
六花は笑ってる。
「せんせ、くしゃくしゃですよ」
「六花もでしょ」
「本当に似てるな。二人とも」
由美香の声はいつもと違う。
「のぼせちゃうからそろそろ出ましょ」
もらい泣きから復活した小霧の声でテコが立ち上がる。
「さあ、ご飯にしよう」
テコの手が透子を立たせる。六花とテコ、小さい二人に挟まれて、透子はぼやけた視界の中歩き出した。
「せんせ、それとも師匠がいい?」
「それは違うかな…」

「由美香さんチェックした?」
「基本オッケー」
成分チェックを終え、会食が始まったのは地球感覚で言うところの夜10時。
「では、ノーゲン卿より地球流でとのお言葉をいただきましたので、ワタクシ公仁が取り仕切ります。お手元のグラスをお取りください」
皆がそれぞれ飲みたい物のグラスを手に取る。上座にテコが座り六花、透子、由美香。対面は晴人、小霧、公仁。自己紹介は早々に終了。
「では、我々の出会いを祝し、今後の発展を祈願いたしまして、乾杯!」
「乾杯!」「かんぱーい」
「テコさん、グラスをこっちに」
六花が戸惑っているテコを促す。テコが差し出したグラスに六花が自分のを近づける。かちんと音がした。
「乾杯」
「乾杯。ありがとう六花」

食事はコース料理だった。ちゃんと担当がついて適宜1品ずつ料理を運んでくれる。この辺は変わらないんだな。
「アレンジはされているけど、一応アーデアの料理をお願いしてある」
いろんな種類の料理がでるが、カトラリーは一種類のみ。なんでも箸で食べる日本人にはさほど気になる話ではない。
使っている素材はそんなに多くなかった。それを調理法、味付けを変えて楽しませるスタイル。まあ、衛星軌道上のステーションだし、そういうものかな。と透子は思っていた。
「アーデアは実はもう大地を持った主星が存在しないんだ」
豚肉のような食感の肉料理を食べてるとき、テコが話す。
「アーデア人が自分たちの星を認識する文明レベルに達した時、すでに星はほんの少しの猶予で冷え切るとわかったんだ。冷え切れば磁場が失われて、宇宙線が降り注ぐ人の住めない星になる。アーデア人は星と運命を共にするか、星を捨てるか、選択を迫られた。で、星を捨てることにした」
「星を捨てる?」
公仁が根菜っぽいなにかをかじりながら聞く。
「大地を捨てて、空、宇宙に全員を住まわす。超光速航法ができる前。他の星を探しに行くことはできない。気が遠くなるくらい壮大な計画だ。でも時間は待ってくれない。必然的にアーデアの宇宙技術は上がった。そうするしかないからな」
テコが肉料理をちゃんと完食して、カトラリーを置き、口を拭く。その仕草は流れるようだ。透子は彼女が貴族と言われてたことを思い出す。
「赤道上空に星を輪のように囲むアーデアリングを完成させた。そして、それを基礎としてどんどん増築していったんだ。アーデアが死の星になる前に生物のリングへの移動が完了した。これはボクが生まれる前の話。アーデア人が学校で絶対に教えられることだ」
技術の発展した星ではなく、発展させないと生きていけなかった星。
「そして、主星はアーデア星から、このアーデアリングになった。この技術が帝国から高く評価されてね。アーデアは帝国でも名の知れた技術国になったんだ」
「テコさんが生まれたのはどんな時だったんです?」
パンのようなナンのような主食を六花が小さく裂きながら聞く。
「ボクが生まれた時は、アーデアリングがだんだん球状になってきた頃。そして元主星のアーデア星が半分になった頃」
「星が半分ですか?」
「冷えて固まって、ただの岩の塊になった元主星をどうしたと思う? 資源として徹底的に利用することにしたんだ。表層の水や土壌はもちろん、惑星一つを解体して売ったり、その資源でさまざまなものを作って売ったりした。そうやって莫大な富を稼ぎつつ生きてきたアーデア人が、元主星の残りを半分にした頃、ボクはアーデアリングで生まれた。両親は両方とも女性。両方から遺伝子を取って一つの受精卵を作り、母に戻す。そんなありふれた生まれ方」
ありふれた方法なんだ。透子は技術と意識の差を思う。
「そんなアーデアでは交易が活発になる前、料理に使える材料が限られていて、少ない素材でいかに美味しいものを作るかが課題だった。リングでは多彩な食材を育てたりする余裕がまだなかったからね。この料理はその頃の名残。洗い物を減らすために基本カトラリーは1種類のみ。水は貴重だからね」
「美味しかったです」
そういうことか。透子は素直な感想を述べる。
「地球はもっとすごいんだろう? 今日のチョコレートみたいに」
テコの言葉に由美香のドヤ顔がすごい。
「ええ。もちろん。特に我が国は、地球の中でも唯一の「食事に快楽を求める民族」の国です。どうか、お覚悟を」
「それは楽しみ」
「なんでしたら、必ず六花を隣に」
「ありがとう」
「何言ってるんですか!もう!」
赤くなって抗議する六花の頭をテコがポンポンした。

アーデア料理を食べて、少しすると、小霧が眠くなった六花を連れて寝室へと移動する。テコが六花を自分の寝室に寝せようとしたが、回避に成功。
晴人も部屋に移動して、大人がダイニングに残った。
「聞かせてくれる? これまでのこと」
ソファと小さなバーカウンターのようなお酒のディスペンサーがある部屋。窓からは主星の夜の面が見え、ここが衛星軌道上だと思い出させる。
「ええ。まずはこれを見てください」
透子は通信はできずもっぱら記録装置になっているスマホを取り出し、とあるムービーをテコに見せた。

Chapter 3 来海透子 26歳 異星人攻略用利き酒セット

ムービーは白い部屋。白いベッドから始まる。
そこに白いパジャマを着た六花がフレームに入ってきて、
ベッドに腰掛けてこちらを見ている。
「ではお名前からお願いします」
「また言うの? いいけど」
笑っても、嫌がってもいない、六花の声と表情。
「六羽田六花。13歳です。中学生です。最近学校行ってないけど。ここでするテストは100点なので、問題ないのかな?
あの日の事件の後、ここの病院で診てもらっています」
「みんな、六花が自殺するんじゃないかって思って、ずっと見守ってます。大丈夫ですよ。六花、自殺したりしません。
だって、頭の中でぽぽちゃんがいうんです。一緒に頑張っていこう。生きていこうって。だから、六花自殺しません」
「ぽぽちゃんは、千保ちゃんです。あの時、六花の頭の中に入ってきました。離れたくないって言って。その言葉が、六花は嬉しいです」
「父さんや母さんが死んじゃったことも聞きました。でも六花がロケット実験に行くときにお別れしたので、とくに、なにも。おかしいですか? 六花は泣いたほうがいいですか?」
「ぽぽちゃんは六花が寂しくなると、話しかけてくれます。大人の人に色々言われてる時も答えを教えてくれます。六花の知らないことも調べて教えてくれます。あなたのことも全部知ってます。ねえ。宮本和香さん」
「もういいんですか? 透子先生は来ますか? 今日も来ないんですか」
ムービーはここまでで終わる。

「こっわ。六花ちゃん怖い。最初こんなんだったのか」
誰よりも公仁が反応する。
「私がいない間に、他部門が六花を尋問しようとした映像です。宮本は悪いやつではないんですが、初見でこれを食らって、以降六花には近づかなくなりました」
テコが透子を見る。
「当然名前がわかるものないはずなのにってところか」
「そうです。保護初期の六花はこんな感じで、情報武装して周りと距離を取ってました」
「でも透子を呼んでいるな」
「事件直後からしばらく一緒にいましたから、多分、他に知ってる人がいなくて…」
「その事件とは?」
透子はグラスの甘いカクテルを口に含む。
「六花の中にいるもう一つの人格、神城千保は事件の記録を詳細に残してました。こちらを見ていただくのが早いです」
透子がノートPCを差し出すと、テコは手首のリングを触る。彼女の眼前にウインドウが開き情報が流れる。
神城千保からもたらされた情報は膨大なものだった。中でも事件の体験や会話をナノドライブで記録しデータ化しているため、あの時、子どもたちに何があったかを克明に伝えている。
ふと気付いた。
真剣に資料を読み込むテコの耳がピコピコ動く。由美香、公仁ともに耳に釘付けだ。

由良由美香

由美香がバーにお酒を取りに行く。テコは小さく表情を変えながら目だけ動かす。意識してないのだろう。耳はピコピコしっぱなしだ。由美香が戻ってきたと思ったら、両手でテコの両耳先をつまんだ。
「ひゃはあああ」
テコが耳を押さえて振り返る。
「なにするの!」
「耳が誘っておいででしたので」
やっぱりあそこ弱点なんだ。
「仕方ないでしょ。勝手に動くんだから」
このシチュだと六花と同じくらいの女の子にしか見えない。
自分で耳をピンとして少女から大人の顔に戻るテコ。
「母の企みから世界を救った子の最期のわがままか」
「ええ。六花とは共依存の関係にありました。お互いの存在で、支え合っているんです。一緒にいたいと思うのはわかります」
「あのムービーの後の六花は?」
「日常生活は大丈夫なんです。ただ、時折ふたり、傍目では独り言ですが、ずっと話し込んじゃう時があって。日常を取り戻して欲しくて、早めに学校に復帰してもらったんですけど」
「学校で、話し込みが?」
「ええ。成績はずば抜けていいので、とにかく異端扱いでした。このままだと良くない気がして。一緒に暮らすことにしました」
「それからは、さっきの六花の話に繋がるんだね」
「そうですね」
まだちょっと、涙腺が緩い。

「さっきの動画が別部門が仕掛けた尋問だったように、実は六花や晴人、小霧の3人は日本のみならず、世界中巻き込んで争奪戦になったんです。ナノドライブを投与された小学生二人は、機能停止しているらしく変化がなく、両親も健在なので標的にはなりませんでした。でも3人は後ろ盾がいない状態です。早めに彼らの法的な保護者となることで、私たちが「確保」できました。他では幽閉して実験を繰り返すつもりだったり、強制的にナノドライブを取り出す計画を立てたり、結構無茶苦茶な話が伝わってきて、ほんとよかったです」
透子は素直な感想を伝える。
「で、地球防衛計画での調達活動でこの見本市を目指すことになり、地球に残して次の魔の手が伸びないうちに、みんなを連れてきたんです」
「数十億人の中で3人だけの素材か。それはね」
「彼らを連れてきたのはもう一つ理由があって」
透子はテコに切り出した。
「ナノドライブをもうちょっと『把握』できないかと。彼らにあれを仕込んだケルカリア社を名乗る男が置いていったナノドライブモニターがありますが、使い方は完全にはわかりません。それにこの先、あれが彼らの未来に悪い影響を与えないか。機能のオン、オフができないか。知ってる人がいればと思ったんです」
「ケルカリアか」
「ご存じなんですか? てっきり架空の名前を名乗っているだけかと」
「帝国の登録企業じゃないから情報は少ない。でも、技術院が把握している帝国領域外企業の一つだ。ケルカリアは他社製品を取り扱う販売会社の側面が大きいんだが、ナノドライブは自社開発品として広く売り出している。今、確認されているのがバージョン4まで。ただな」
テコが神城千保の資料を見る。
「この子のハッキング能力や、六花のコントロール能力は現在知られているバージョン4のスペックでは説明ができない部分がある。もしかするとスキャナーには4と出るけど、試作の、より進化したナノドライブを使ったのかも」
「あの二人は実験台に?」
「特に六花は投与前からBMIに高い適合性があったろう。興味が出ると思う」
テコの顔には少し同族嫌悪が見えた気がした。
「オリヒト・ヒルバー」
「知ってるんですか?」
由美香が聞く。
「いや、ただ聞き覚えがあるような」
「ここに来ていたりしないんですかね?」
由美香はお酒の瓶やら炭酸水やらを用意し始めた。
「顔を隠すか変えるかしないと入れない。そのまま来たら、この資料にある子供10人の誘拐容疑で逮捕される。契約がそうであったとしても、帝国領内では子ども略取は犯罪。見逃すことはないと思う。そいつも技術者らしいから、見たいとは思っているだろうがな」
明日、会場を回っている時、顔を変えたオリヒトに見つかったら? いや、六花はすでにここでは名が知れ渡っている。
あいつはあの時、晴人や小霧を連れて行くつもりだった。
会場で拉致されたら…。
「3人が心配か? 透子」
「ええ。六花の攻撃がなければ、晴人と小霧、うちの隊員も捕まってましたから。何か仕掛けて来るかもと考えてしまいますね」
「3人から目を離さないようにします」
公仁が言いテコが頷く。
「明日は買い付けの交渉だ。そばにいてもらおう」
「地球へは1週間くらいか。その間に3人をちゃんと調べよう。BMIサポート機器用のモニターや関連の機器はボクの船にあるから」
「テコさんの船って? あ、これ、耳のお詫びです」
由美香がテコの前にグラスを置く。
「自家用船だ。それなりの大きさだから、みんな乗れる」
テコは当然のように
「みんな一緒に乗って地球に行くと思ってるけど?」
「うちのオンボロを捨ててくわけには…」
公仁が苦渋の表情。
「そんなことか。のってきた船は売って、買い直して、地球まで配送を頼めばいい。その手の業者も来てたぞ。中古船のリフォーム技術の紹介で」
公仁の目が輝く。
「なるほど。まあ、壊れてどうしようもなく。と言えば済む話ではありますから。明日当たってみます」
企んでる顔。新しい乗り物となると、男子魂が動くらしい。

テコが神城千保のデータを見ている。透子は
「実際ナノドライブへの人格移植って可能なのでしょうか?」
と聞いてみた。
「六花に投与されたバージョンは未知数だから断定できないが、ナノドライブは他のBMIサポートと違って記憶容量が大きい。できると思う。実際に、経験データだけの移植はしたことあるけど、かなりの容量だった」
テコは由美香の作った麦焼酎の炭酸割りを口にする。
「ふひゃ」
「テコさん?」
透子が驚いて口元を押さえたテコを見る。
「ごめん。地球のお酒、すごいな」
「この麦焼酎、口当たりは優しい方です。では次に…」
オンボロ船から異星人攻略用の利酒キットを持ってきている由美香が酒談義を始めそうなので、透子は質問を追加する。
「神城千保を六花から引き出す方法はあるんでしょうか?」
「私はできると思ってる。何しろ、会話ができる相手だからな」
「容量はどの程度必要ですか?」
「大した量じゃない。ただ問題はこれがゴーストってことだ。霊魂、魂、概念は?」
「あります。わかります」
「これはデータ記録というより、憑依だ。本人が六花との離別を良しとするかどうかだ。さっきも言ったように話ができる。うまく説得して移ってもらうことになるだろうな」
「会話ができるって、どうやるんです?」
「ふひゅ。ナノドライブモニターから音声出力させるだけだ」
変な声を出してグラスを空にしたテコが話している間に、ささっとグラスが代わり別の酒が注がれる。
「こっちの声もモニター通して相手に聞こえる。カメラつければ見ることもできる。六花を通さなくても。やるとなったら六花は寝てもらおう。大人の話になる。それに、急いだほうがいい」
「どうしてです?」
「生きてる人間は強くてね。多分だが、神城千保のゴーストは六花に取り込まれ始めているはずだ。いつまで一人の女の子としての形が保てるかわからない。まあ、一つになりたい。と望んでいるならそのままにしておけばいいんだが、千保の能力をこれからも役立てたいなら、消える前に移さないと」
テコはまたグラスを口に運ぶ。
「はわ。これ、美味しい」
「こちらは日本で取れる米を使った発酵酒で、獺祭と申します」
テコさんちゃんぽんしてる。大丈夫かな。由美香がもう一度お酒を注ぐ。
「彼女の声を聞かれたんですか? テコさんは」
「六花にキスした時に。『浮気者〜』って叫んでたな。可愛い声だったよ」
「相手ゴーストなのに、呪われませんか? それ」
公仁が言うとテコはグラスを口にしつつ、
「ふわ〜。これも。じゃ、説得は透子に頼も」
「こちらも米を使った発酵酒で八海山といいます」
由美香の攻撃が凄まじい。テコも受けて立ってはいるが…。
まあ、大丈夫か。透子は提案を飲むことにする。
「わかりました。やってみます」
「自信有りげだね透子さん」
公仁が炭酸水を飲みつつ笑う。お酒全然ダメな人。
「知らなかったっけ? 私実家神社だから。今でも頼まれて巫女やってるし」
「来海神社のことは知ってるさ。でもこれ、悪霊退散! とは違うよ」
「悪霊ばらいなんてしてないよ、うち。ただ神事で神様に移動してもらう系はある話だから。でも、依り代はどうするんですテコさん?」
「にゃ?」
「あっ」
テコが耳まで真っ赤になっている。一定レベルを超えてしまったみたい。隣で全く顔に出てない由美香が不敵な笑みを浮かべている。
「飲ませすぎよ。真面目な話してんのに」
「テコさんが今日は楽しい夜になりそうって言ってたろ。かなえて差し上げないと」
「そうだぞ。とーこ。で質問はなんにゃ?」
「依り代ですよ。神城千保をどこに移すんですか?」
「とーこ、神城千保の身体はどうなってる?」
「冷凍保存しています。解剖前にMRIにかけたんですが、あまりに体組織、脳細胞とナノマシンが融合しすぎてて。遺体を傷つけるだけの解剖になるので、ナノドライブがなにかわかるまで保存しています」
「じょーできだ。それを使う」
「なん?」
「神城千保の身体に彼女のゴーストを移す。いや、戻す」
「生命活動は停止しているんですよ」
「ナノドライブは壊れたわけじゃにゃい。生体電気信号を送ってやれば動く。まっさらの人工脳に神城千保の体を接続する。そしてゴーストを移す。活動を開始すれば、人口脳が死んだ脳細胞の代わりをする。新しい神城千保の脳ができる。冷凍状態でもナノドライブは関係にゃい。むしろ熱限界までの時間が膨大に伸びる」
テコがグラスをぐいっとあおる。
「この千保ユニットを地球で作る機動兵器の戦術戦闘AIのコアにする」
「な」
「六花を守る完全な鎧だ。物理的な面だけでなく、これは心をもった鎧。加えて、ハッキング能力が残れば、この機体は電子戦機以上の力を持つ。とーこ、これ以上にゃにをのぞむ?」
テコの目はすわっている。
「遺体をシステムの一部に使用するなんて…」
「搭載予定の転換炉の余剰出力で、冷凍庫は動き続ける。機体中心に衝撃吸収型装甲ユニットで搭載すれば遺体が損傷することはない。にゃにがしんぱいだ?」
「私たちの倫理に反します!」
「なめるにゃ、とーこ。ボクたちアーデア人は主星でさえ、死ねば生きる者のために使ってきたのだ。死体など資源に過ぎん。生きている者がよりよく生きるために、死んだモノを使うことになんの躊躇いがいる?」
「なんてマッドサイエンティストな」
「かんちがいするにゃ! ボクは科学者ではない。技術者だ。あーだこーだと比べたり悩んだりしない! 生きる者のためになんでも使って最高のものを作るのが仕事だ!わかったか!」
「六花になんていうんです?」
「ナイショだ。パイロットがそこまで知ることはにゃい」
由美香がついだお酒をもういっぱい。
「それに、人格が形成されれば、自分から六花の前に出てくるさ。みてろ。ボクの言った通りににゃる」
真っ赤に酔っ払ってニヤリとする。悪い顔だ。
「しょのとき、ふたりで、決めればいい。ゆみか、ちょっと」
テコが由美香に耳打ちする。
「そういう時はこういうのです。おやすみなさい」
テコがとろんとろんの目を向けてきた。
「とーこ、つづきはあしただ。おやすみなさい」
こてん。テコがソファにひっくり返った。横にピンとはっていた耳がしおしおと垂れる。ちゃんと耳が邪魔にならず寝返りできるんだ。とあらぬ感心をする。
「由美香、責任取りなさい」
「ベッドには運ぶ。そっちの奉仕はしないぞ」
「やめんか」
「オレも部屋でオンボロ船処理の算段するわ。おやすみ」
公仁が離れて行く。テコをお姫様抱っこで由美香が運んでいき、この部屋に透子一人になった。
しん、とした静寂。
一通りグラスを片付けて、バーのある部屋を出る。
自分の寝室に行く前に六花の顔見ていこう。
六花の『告白』がリフレインする。あのありがとうと大丈夫に込められた思い。私には過ぎた贈り物だ。元気になったのは六花が元々持ってる生きる力だよ。
透子は六花と小霧の部屋のドアをそっと開けた。常夜灯の仄かな灯り。ツインのベッド。奥に一人。手前は誰もいない。奥に入ると寝てるのは六花だけ。
「あのやろう、晴人の部屋に行きやがったな」
多少、船室があるとは言え、しっかりしたプライベートがなかった2ヶ月の旅。恋人同士。まあ、そうなるよね。
透子は自分の部屋から就寝用のウエアと化粧水を持ってきて、一通りルーティンをこなすと、空いてるベッドに横になる。ツインルームに二人はパンダ見るぞ旅行以来だな。六花はいつもの規則正しい寝息を立てている。寝相は悪めなのだが、今日はおとなしい。
「おやすみ六花」
こう言う時、中の千保は起きてるんだろうか?
「おやすみ。千保ちゃん。あの時はごめんね」
救えなかった命。透子は一生背負って行くものだと思っている。
彼女がまた一つの存在としてあり続けられるなら、テコのプランはいいのかもしれない。
考えながら、透子は眠りに落ちた。

Chapter 3 来海透子 26歳 ナデシコ

目が覚めた。
朝の面に入ったのだろう、眩い光が部屋を満たしている。
「おはよ、り」
六花と言おうして止まる。六花をバックハグした体勢で小霧が寝てる。
「せんせ、おはよ。あ、キリちゃん」
六花が目を覚まして自分に腕を絡めている小霧の顔を触る。
小霧がぴくっとしたあと、目を開けた。でかいあくび。
「おはよー六花」
「なんで、六花のベッドに?」
「聞いてー六花。透子さん私のベッドとったんだよ」
「あ、そうだ。せんせ別の部屋なのに」
小霧に髪を撫でられながら、六花がこっちを見る。
「寂しかったんでしょ。せんせ」
「そうね」
小霧、その余裕の笑みをやめろ。

3人で朝風呂しようと言うことになり、まだ誰も起きていないっぽい部屋を進む。
「湯浴み着いる?」
透子が聞くと
「日本流でいいと思いますよ」
と小霧が返したので、タオルと着替えだけ持って昨日の浴室へ。
予想通り、湯温はそのまま。入れる。
「贅沢ねえ」
「まあ、貴族の部屋だからね」
「まぶしい」
六花が目を細める。浴室も光に満ちていた。
「今日の予定は?」
お湯に浸かりながら小霧が尋ねる。
「買い付け交渉。小霧の出番ね」
「おう、お任せ」
小霧はナノドライブで書類やら数字にやたら強くなったという。
私には書類に巣食った悪意が見える。が自慢のポイントらしい。オンボロ船購入時も数々の詐欺業者を回避している。
六花は窓辺に立って宇宙を見ている。白い光。小さく細い身体が光に溶けるように見える。
「帰りは1週間らしいよ。六花」
「はや。どんな船持ってるの? テコさん」
「貴族のお姉様だから戦艦クラスじゃない?」
「操縦してみたいなー」
六花が振り返ると
「きゃーっ」
と悲鳴が聞こえた。
湯浴み着を着たテコが耳まで真っ赤になって顔を覆ってしゃがんでいる。
「よしてよー。3人も責任取れないから〜」
「どうしたの?」
小霧が透子に問う。
「裸を見せるのは一生添い遂げる人だけ。という文化。だそうよ」
「私たち、テコさんと添い遂げますか?」
「寿命が違いすぎるんだよねえ。養育してもらって終わる気がする」
「テコさん、これで大丈夫?」
六花が巻きタオル姿を見せる。透子と小霧もそれに倣う。
「あ、ありがとう」
テコが浴槽に歩いてくる。
「びっくりした。本当に裸でお風呂に入るのね」
透子はテコの顔を見つめた。昨日の千保ユニット計画。あれは酔った勢いだろうか。酒は全く残っていないよう。目が出会ったときの鋭さを取り戻している。
「昨日はありがとう。本当に楽しかったよ」
「こちらこそです。テコさん」
「今日は忙しくなる。六花にも手伝ってもらう。キュリエッタで色々船に運んでほしい」
「わかりました。テコさんの船って、どんななんですか?」
「ちょっと大きめのクルーズ船だよ。150歳の誕生日に両親がくれた船を改造した」
誕生日に宇宙船とかどんな貴族。あ、これ普通なのか? 
「テコさんのご両親、二人とも女性なんですよね? どんな方達なんです?」
と言う六花の問いにテコがイタズラっぽく笑った。
「どんな両親か調べてみて。六花」
「そんな…」
ふっと六花が『会話』に入る。程なく神城千保から結果が表示されたようだ。
「テコ・ウスト・ノーゲン卿はアーデア行政長官カーシャ・ノーゲンとアーデア王族のフーリコ・ウストの一人娘。ウスト家はアーデア主星が存在した時よりの由緒のある王族の一派。フーリコは王位継承してませんが、実質的な執務を担当しています。現在のアーデア王はルキメス・ノサンカ。400歳を超えて執務を離れ静養中です。男性王はノサンカ、女王はウストって系列ですね。
カーシャは技術職一家から能力を買われて政府中枢に入り、行政長官に抜擢。その際、任命式でフーリコと知り合って、後年結婚。テコさんをもうけます。テコさんは帝国技術院最高顧問でフリーの技術屋。機動要塞とか、空中都市の仕事で有名です。自宅はアーデアリング 第1区画 1番地の2。アーデアリングで一番古い区画に自宅兼事務所を持ってます。家にはメイド兼マネージメントエージェントのリンジー・クーさんがいます。独身です」
「どんな資料を検索したのか知らないけど、なかなか細かく調べたね」
「あってるんですか?」
「うん。リンジーのことなんて、公表してたっけ? 何にせよ、まだ能力は衰えてなさそうだな」
六花の中にいる神城千保の力を調べていたのか。この人。透子はテコに、
「貴族って聞きましたけど、諸侯王の家系だったんですね。なんかいいんですか? 私達と一緒にいて」
「なに言ってる? アーデアの王族は帝国に対する対外交渉専門機関みたいなもんだ。 統治する王族とは種類が違うんだよ」
「そんなテコさんがなんでフリーの技術屋なんです?」
小霧のもっともな質問。
「身につけたものを活かすにはどうしたらいいか、考えて実行してきたら、このスタイルになったという経緯?」
「いずれ呼び戻されて、アーデアのトップになったりするの?」
続けて小霧が聞く。
「ルキメス王がいるし、母もきっと長生きだからないんじゃないかな。行政官は世襲じゃないし」
「にしてもテコさん、血統良すぎでしょ」
小霧がまた素直な感想。
「地球についたら歓迎式典いるレベルですよ」
「よして。ボクそれは苦手」

「では、我が国の皇族を表敬訪問はいかがでしょう?」
テコの素性を知って公仁が色めきだった。
朝ごはんはアーデア、日本ごちゃ混ぜ。アーデアのパンに当たる食品ファルアに持ってきたハムとチーズを挟んでサンドイッチに。
「なんだろう。この違和感のなさは」
由美香が感心する。
「似てるものなのね」
透子は銀河ヒューマノイド単一起源説を信じたくなる。

「表敬訪問?」
「他星の王女殿下となれば、十分なご身分。ぜひその機会を設けたいですね」
「会って、どうするつもりなんだ公仁」
「これから起こす会社にはくがつきます」
「会社?」
「防衛会社 地球防衛軍です」
「地球防衛は、国の所属など権力が絡んでうまく行きません。なので、帝国の登録企業として、地球の防衛を生業とするんです。お金は地球側と、外敵からの版図の保持を理由に帝国の補助金も当てにします」
「地球に属さない企業となってしがらみを絶ちたいわけか」
「そうです。そのためにノーゲン卿にご協力いただきたい。こうした起業に協力的な機関、そして会社登録を手助けいただきたいのです。あとそのお名前もお借りして」
「なるほどな。やりたいことはわかった。私が窓口となって役立てるなら構わない」
テコがみんなを見る。
「起業が済んだら、今の仮設防衛隊からそっくり移行って計画か」
「はい。そうです。地球を守るために、地球から離れないといけないのが悔しいですが」
由美香が資料をPCで示す。
「基地」
「そうです。帝国企業となったとしても、地球に基地は必要です。そんな時、皇族との謁見が叶った他星の王族がいると言うのは、基地建設で土地を借りる際、説得力になります」
公仁の熱弁。
「よくわかった。全力で協力するよ。雇用主の言うことだしね」

実際、この日はいそがしかった。
テコはまず自動防衛衛星をダースで購入。これは配送。機動兵器用の関節アクチュエーター、光学神経組織、最新のBMIユニットなどなど。
「あとはフレームを見てから合わせていく。ワンオフ機だからな」
透子は精力的なテコを見つつ聞く。
「テコさん、千保ユニット本当に作るんですか?」
「やるよ。本人が六花から出てきてからの話だけどね」
笑みを絶やさない。酒の勢いではなかった。

「諸君、売れたぞオンボロ号」
公仁が鼻息荒く地球ブースに戻ってきた。
昼前、ブースに集合となった。透子とテコ、六花が機動兵器班。公仁と小霧が宇宙船、由美香が兵器全般、晴人がブース番。
「キュリエッタガールはどこだって人ばっかりだ。1日でアイドルだな六花」
「困りましたね」
六花が人ごとのように笑う。
「オンボロ号、結構いい値がついたんだよ。パパ、頑張ったもんね」
「パパ? 公仁は小霧の父なのか?」
「違うんです。ノーゲン卿。小霧さん、その呼び方は色々誤解をまねくので、やめてくださいよ」
「保護者でしょ。親同然じゃん。ならパパでいいでしょ」
「キリ、やりすぎるとキミさん社会的に抹殺されるからさ」
晴人が心配げに言う。
小霧の身元引受人は公仁が担当し、他からの介入を阻止できた。それ以降、小霧は『親しみ』をこめて公仁をパパと呼ぶようになる。当然、周りは誤解する。すでにパパ活の公仁は実際には何もないのまで含めて誰もが知る話題だ。
「こんなところまできてんだから気にするな。美しきJKのパパであることを誇れ」
「オレの恋愛活動はどうなるんだよお」
小霧にパパと呼ばれようと呼ばれまいと、彼の彼女いない歴に変化はないように思う透子だった。
「新しい船の配送は手配済み?」
「はい。ノーゲン卿」
「じゃ、六花、キュリエッタを取りに行こう。そのオンボロ号から荷物を私の船に移さないとな。キュリエッタ使えば早いだろう」
「私たちは荷物をまとめます。後で宇宙港で」
由美香が頷いて六花たちを見送る。
テクニカは間も無く会期を終了する。企業は撤収作業に入っている。

テコと六花、透子は屋外展示場のキュリエッタ展示コーナーにきた。
「ノーゲン卿おはようございます。あっっ」
ブースはアーデアアンノーゲンインダストリー。もしかして、テコさんの会社?
キュリエッタが2機置いてあり、データパンフレットとデモ映像が流れている。それは昨日、六花がやった100回叩きの映像だった。
「地球の少女! ああ、ありがとう!」
テコと同じピンとした耳のふくよかな女の子が六花に抱きつく。
「あなたのおかげで売り上げ台数、目標の10倍よ。10倍」
「ふええ?」
「なにがほしい? なんでもプレゼントする」
「あ、え、えと」
六花がテコを見る。
「いきなり言われても困るよな六花。テーリ、少し待ってあげて」
「ああ、ごめんなさい。わたし、嬉しくて」
テーリと呼ばれた女の子が六花を放す。
「ゆっくり考えて。本当にありがとう。あ、写真撮らせてもらっていい?」
六花が透子を見る。透子は頷く。
「じゃ、キュリエッタの前で。くるっと回ってはい!」
キュリエッタの前、はにかんだ笑顔で制服の六花がポーズをとった写真が空間に並ぶ。その場でAIがこの写真を販促ポスターに仕上げて表示したのだ。
「銀河全域、この写真で売ってくわ。お名前教えて」
「ろ、六羽田六花です」
「六花ちゃん。キュリエッタのイメージガールにさせてもらうね」
「ええ〜」
「ボクはぴったりだと思う」
「テコさん。六花、ちょっと恥ずかしいと言うか…」
「そうだ六花、お礼にキュリエッタをあげる」
「テコさん!?」
「試作一号機は商品にはならない。昨日乗った子だ。地球で好きに使ってよ」
「嬉しいですけど…」
「私たちからも、プレゼントしますよ。星で乗るなら大気圏内飛行用の安定翼もつけます」
テーリも笑顔で話す。
六花がまた透子を見る。サムアップしてウインク。六花がホッとする。
「あ、ありがとうございます。大切にします!」
テーリが六花と両手で握手している。それを笑顔で見るテコの後ろに立ち
「ふふふ、これでキュリエッタ惑星大気圏内仕様のデータがとれるぜえ。って考えてませんよね」
「な、なに言ってんだ透子」
「意外とわかりやすいですね。テコさん」
こう言う時のテコは本当に可愛い。
「いいんですか?ロボット一機なんて。でも、ここって、テコさんの会社?」
「ボクはアドバイザーかな。まあ、アーデアの一番古い製造会社だからノーゲンの家とは関わりはあるよ。キュリエッタは作りたかった製品なんだ。最近小型高性能って蔑ろにされてるから」
テコが微笑む。
「六花のおかげでコンセプトが正しいことが世間に知れ渡った。良かったよ」
「目標の10倍ですか」
「それだけいくと、イメージガール代で新品の高速船が買えたな」
「貯金しましょう。色々この先物入りなんで」
「よし、じゃあ行くか」
テコがテーリに指示すると、キュリエッタ一号機の両腕に簡易シートが取り付けられた。腕を90度に曲げそこにバケットタイプのシートを装着。
「腕が使えなくなるが、移動だけならこう言うこともできる」
テコが左腕のシートに乗りベルトを閉める。透子は真似して右腕のシートに座る。六花がキャノピーを開けたままナノドライブを接続し、キュリエッタを起動させる。
「宇宙港前のエアロックまで行こう。低めを飛んでくれ。3人乗れることをアピールしながらね」
「はい。テコさん」
「いってらっしゃーい」
テーリが手を振る中、キュリエッタが離陸する。
六花の操縦する機体で空を飛んでる。コクピットの六花は笑顔で風に髪を弄ばれている。これきっと、私がみたいと思っていた風景。
六花がこっちを見る。
「楽しいですね。せんせ」
「涙がちょちょぎれるよ〜」
涙滴が後ろに飛んでいく。風が染みるだけじゃない。私、心の底から嬉しいんだ。風は冷たいが、胸の内側が暖かい。
景色は流れて、無骨な宇宙港の骨格が見えてきた。

「これがテコさんの船?」
宇宙港は与圧スペースと真空スペースがある。透子たちのオンボロ船は当然真空スペースに係留されているが、テコの船は与圧+重力ありのスペースに停泊していた。
全長400m 有機的な三角形のボディ。後端にはノズルと三角の推力偏向板が並ぶ。両端に翼が付いている。白亜の船体色は、後部に行くにつれ急速に赤にグラデーションする。
キュリエッタに乗った透子は、テコが本物の王族と星系国家代表の娘であることを改めて思い知る。船の上をくるりと回って、六花が機首の付近にキュリエッタを降ろした。
機首にある乗り込みタラップに皆が集まっていた。いや、公仁がいない。
「おまたせ」
テコがキュリエッタのアームシートから降りる。
「これ、テコさんのですよね。えっと、王女様って呼んだ方がいいですか?」
「なに言ってるんだ小霧」
「なんか、すごすぎて」
公仁が走ってきた。くまなくこの船を見ていたらしい。
「ノーゲン卿、これは、これは…」
息が切れて言葉が出てこない。
「諸君、説明しよう!」
テコは笑いながらくるっと回って
「これは約60年前にボクが母たちから譲られたアーデアの高速戦艦を水平離着陸型に改造した一応、クルーズ船だ。惑星に直接降りて、離脱も可能。武装を外して船体内部を仕事に使えるようカーゴにしてある」
「クルーズ船? ノーゲン卿、これ強襲揚陸艦ですよね」
「クルーズ船だ。ただ、そういう使い方も、できる」
公仁の質問にテコが笑う。
「船名は…これが恥ずかしい」
「あ。テコさんらしくない」
六花が正確な感想。
「なんて名前なんです?」
透子は聞いてみた。
「カーシャフーリコ」
テコの耳が赤くなる。
「お母様たちのお名前、ですよね」
小霧が驚いている。まあ、驚くよね。
「そうなんだよ。うちの親、変わり者だよね。プレゼントに自分の名前つけた船とかさ」
「宇宙船くれる親がいないのでわからないです」
晴人が最もなことを言う。
「そうか〜。あそうだ、名前考えてくれない?」
「そんな、簡単に変えていいんですか?」
透子はそれ取ってレベルの軽さで言うテコに驚く。
「きっかけ、探してたんだ」
テコは船体を見上げる。
「60年近くそのままでいたのは、ボクの優柔不断なんだけど」
テコがみんなを見る。
「みんななら、なんかいい名前をくれそうな気がしてね」
照れながらテコが言うのがかわいい。透子は白からグラデーションして赤くなる船体を見る。大きいので全体は視界に入らない。さっき上から見た印象。花びらのような形。端っこのギザギザ
「撫子」
「ナデシコ?」
「船の形、上から見ると、撫子の花びらに見える」
「六花、オレを乗せてくれ。見たい」
「あーわたしも」
公仁と小霧を乗せてキュリエッタがまた舞い上がる。
くるりと回って降りてくる。
「撫子、わかります」
小霧が降りてきて言う。
「どんな姿なんだ? ナデシコ」
テコが聞く。
「ここから地球のネットにつながる?」
小霧の言葉に
「できるはず。撫子、なるほどね」
テコの手首の端末が撫子の花を表示する。
「かわいい花だ。ボクはいいと思う」
「テコさんがいいなら、そうしますか」
テコが船を見上げる。テコにも親子のいろいろ、あるんだな。
「ありがとう。みんな。ようやく改名できた」
テコが船籍モニターを表示し、船名を書き換える。
と同時に船体側面のネームロゴが切り替わる。
「ナデシコか。日本の文字は表意文字なんだろう? どう言う意味なんだ?」
テコが聞く。
「撫ぜたくなるほど、可愛い子って意味です」
透子が答える。
「そうか」
透子とテコがキュリエッタのコクピットから降りてきた六花を見る。
「そう言う意味ね」
「名前決まりました?」
「ナデシコになった」
「ああ、あの小さくて可愛い花ですか。素敵ですね」
六花が船名ロゴを見上げる。
「この子は大きいですけどね」
「操船してくれるか? 六花」
「いいんですか? やった!」
いい顔してる。六花。白い船体を見上げる目が輝いて見える。
透子は近寄って六花をを撫でてあげようとすると、テコがさっと割り込んだ。
「この子は速い。六花が全力を出してあげて」
六花の頭を撫でるテコがこっちを見た。その笑み。朝の小霧といい、こう言う奴しかいないのか、私の周り。

搬出時間が始まった。ちょうど全ブースが撤収作業になり港は慌ただしくなる。旧オンボロ号の荷物は由美香たちがまとめておいてくれたので、ブース用品と買ったものを合わせて、六花がキュリエッタでせっせと運ぶ。カーゴドアを開けたナデシコを行ったり来たり。周りは他の企業が使う荷物運びの車輪式ドローンが行き交っている。与圧スペースは大手の企業の船が多く、ドローンの数が多い。
「だいたい終わったね。ねえ、テコさん、カーゴの真ん中、なんで開けてんです?」
透子は晴人と荷物の固定をしていた。後ろで積み込みリストをチェックしていた小霧がテコに聞く。
「最後にあれを積み込む」
「あれ?」
「六花に運んでもらわないとな。六花、カーゴの入り口まで来てくれ」
「了解」
テコが端末に話しかけると、六花が声が聞こえた。キュリエッタの排気音が近づいてくる。
と一台の車輪式ドローンが近づいてくるとアームで小霧を捕まえた。
「え、なに? きゃっ」
小霧を掴んで一気に加速してナデシコから離れる。
「いやっ たすけて、ハル!」
「キリ!」
晴人が駆けるがドローンは速い。荷物を運ぶ他のドローンや車両に紛れる。
「キリちゃん!」
六花の声がして透子の頭上をキュリエッタがスラスター全開で飛び抜ける。
テコがすぐさま手首の端末を操作して、近くにあった魚市場のターレのような自動台車をマニュアルに切り替え、後を追う。透子もそれに飛び乗った。テコがキュリエッタの前方カメラとリンクし、キュリエッタが見ている映像が空間に表示される。
「六花、小霧のナノドライブと交信して位置を特定」
「はい!」
キュリエッタが大きく右旋回する。テコも台車を操作してキュリエッタを追う。
「見つけました!」
「かなりスピードが出てる。急停止すると小霧の身体が壊れる。速度を合わせて捕まえるんだ」
「はい!」
キュリエッタの視界に小霧を掴んだドローンが周りの障害物を避けながら走る様子が映った。キュリエッタが距離を詰める。ドローンは不規則に蛇行して捕まらないよう走る。宇宙港、与圧エリアの壁が迫る。あそこで急に方向転換したら、小霧が危ない。
「キリちゃんを、返せ!」
六花の声が聞こえた。次の瞬間、キュリエッタが一気に加速。ドローンがその動きに対処するまもなく小霧をドローンの腕ごと掴み取る。機体を回転させ、迫る壁に背を向ける。全力の逆加速。その噴射に巻き込まれたドローンが壁に激突。キュリエッタが小霧を抱いて壁前にゆっくり着陸した。
台車が壁に近づいて、現場が見えてきた。テコがカメラとのリンクを切る。キュリエッタが小霧をそっと下ろすと、踵を返し、半壊状態のドローンに近づく。そしてビームロッドを取り出すと、ドローンを叩き壊した。1回、2回。ロッドが振るわれる。
「もういい! 六花!」
テコが無線で叫ぶ。キュリエッタがこっちを向いた。透子は見た。
コクピットで目を赤く光らせた六花を。表情はない。
「オーバードライブ…」
目の光が消え、六花がコクピットでガックリと力を失う。
「六花! 透子、小霧を頼む」
「テコさん! 私!」
「コクピットの開け方知らないだろ!」
ぐっとなるが急いで小霧に駆け寄る。口元に顔を寄せる。呼吸あり。
瞼を開いて目を見る。スマホのライトをONにする。瞳孔反応正常。
そのまま胸に耳を当てる。心音あり。強さは正常。
ざっと身体を見る。骨折はない。
着ている高校の制服をめくる。脇腹にあざ。ドローンに掴まれた跡だ。
「小霧、小霧、聞こえる?」
「透子、さん」
「痛いところは?」
「脇腹くらい…」
「CTにかけたいな」
「船のスキャナーを使おう。非破壊検査用だが人体にも使える」
六花を抱いたテコが戻ってきた。自分と背格好が変わらない六花をしっかり抱えている。
「六花は?」
「気を失ってる。台車に乗ってくれ」
荷物台車にテコが位置情報を入力する。
「なにもしなくても、戻る。先に船に行っててくれ。ボクはあれとキュリエッタを回収して戻る」
小霧を台車に乗せ、テコから六花を受け取って二人を押さえる。テコが頷くと台車が走り出した。
何事かと見ている人の間を抜けて、台車がナデシコへと走る。
途中走ってきた晴人が台車に飛び乗ってきた。
「キリ!」
「ハル。大丈夫。心配かけた」
「検査が終わるまであまり動かしちゃダメ」
透子が声をかける。晴人が六花を見る。
「透子さん、六花は?」
「オーバードライブを使ったみたい」
「そう。六花、ありがとう」
小霧が六花の前髪を直してあげている。白い船体が見えてきた。

Chapter 3 来海透子 26歳 フライトプラン

見本市での活動を終え、クルーズ船と言うにはあまりに大きく高性能な宇宙船ナデシコは静かに軌道上の展示会場から出港した。

NADESHIKO


「目標地球を設定。超光速航行に入ります」
出港からワープインまで操船は晴人が担当した。ナデシコは地球を目指す。
透子はナデシコ船内の医療室で六花と小霧の治療を続けていた。
六花はオーバードライブ後の頭痛。小霧は肋骨にヒビが入っていた。
「いてて…透子さん、あのロボット、ケルカリア製だったんですか?」
「テコさんの調べだと、ケルカリアでも売ってるロボットで、直接作っているわけじゃないみたい」
「あいつがまたさらいにきたか、わからないんだ」
「でも、他で小霧を狙う理由があるのって、ケルカリアくらいしか思いつかない」
「でも、そこまで私達にこだわる理由ってなに?」
「考えられるのは、ナノドライブが特殊で回収研究したいとか、特殊能力の現れのメカニズムを探りたいとか」
「それ、帝国領に侵入してまでしたいことなの」
「あとは、考えたくないことなのだけど」
透子は少しためらう。
「さらわれた10人がすごい値段で売れたりして、それよりも明らかに価値の高いあなたたちを狙っているとか」
「…怖いね。それ」
小霧の表情が曇る。
「あのさ、透子さん。ハルがさ、さらわれた10人を絶対探し出すって言ってるの。それでね、日本の大学に進学するんじゃなくて、核恒星系の帝国の大学に行って、勉強の合間にさらわれた子達の情報を集めたいって。私、私もそれがしたい。一緒に行こうと思ってる」
「そう」
賢い子たちだ。何か掴むかもしれない。
「六花には寂しい思いさせちゃう。あの子、本当に寂しがり屋だから。心配で。でもハルの考えは私、絶対やりたいんだよね」
千保亡き後、小霧は六花のことを気にかけている。
透子は保護者。歳の近い女の子の友達は小霧しかいない。だからって、透子が止めることじゃない。
でも、この小霧と晴人がそっちを目指すなら、やってほしいことがある。
「そう。小霧がそう考えてるなら、私から提案いい?」
「なに?」
「もう直ぐ、地球防衛隊は正式に帝国企業の『地球防衛軍』になる。民間防衛会社ってやつ。本社は地球ではなくて、核恒星系に近いところが便利なのよね。業務は事務処理だけだけどさ。あなたたちが良ければそこを拠点に大学行ったり、調査したりできないかな。仕事手伝ってほしいの。公仁を置くつもりだけど、一人だとねえ」
「パパのサポートなら、簡単だから」
小霧は笑う。
「それに当然、住む場所は用意してくれるんでしょ?」
「もちろん。考えてみて」
「わかった」
「六花のことは、あの子も高校生になるし、大丈夫な気がするんだけど」
「透子さんがそう思うなら、大丈夫かな」
「うん。きっと」

「あれからもう直ぐ2年か」
「そうね。あっという間だったけど」
「あの時の透子さん。特殊部隊みたいでカッコよかったよ」
「まあ、特殊と言えば特殊ね」
「どゆこと?」
「あの作戦に参加したメンバーって、大半は通常は戦闘任務じゃない隊員が多くてさ。私は病院勤務だし、由美香は研究所、公仁は自称事務方だから」
「自称?」
「そ。普段なにしてるか知っちゃいけない系」
「パパ、怖い人なんだ」
「本当の特殊部隊は教団本部に大半が行って、島の方は少しだけっていう意味での特殊な編成だったの。とにかく小さい部隊で。あの頃は、宇宙対策がそこまで重要視されてなかったからね」
「そうなんだ。ヘリで降りてきた時、カッコよかった。助かったと思ったよ」
「みんなにコードネームとかつけちゃったりしてさ、それっぽくやってたんだよ。可能性はあるとわかっていても、本当に異星人出てきて、手も足も出なくて。結局、神城千保さんや六花に助けてもらって」
透子は唇を噛む。
「情けないよ。それ専門の部隊のはずなのに。千保さんは助けられなかったし、主犯の神城千賀子は逃げられたし。カッコよくない。ほんと、カッコよくないんだ」
「透子さん…」
「それで、とにかく今、日本にある武器では誰も守れないってわかった。そこから上の連中を説得して、SCEBAIも巻き込んで官民共同組織として仮設地球防衛隊を作った。なにもできなかったなんて、2度と嫌だから」
「実行力すごいじゃん。そこは誇ろうよ。透子さん」
「ありがとう。でも、やりたいこと、これだけじゃなくてさ。今回の見本市で医療系の技術もたくさん出展されてて。今、地球で悩んでる病気、かなり解決できる。でも、どうやったってブロックバスターになるから、銀河レベルの医療行為すると、多分、いろんな医師会が潰しに来ると思う」
「ええ〜、ああ、でも既得権益ってそういうもんか」
「でも色々やってやる。賛同する宇宙医師を集める。もし医師免許剥奪されたら、ブラックジャックになってやる。現に肋骨にヒビの入った子に貼るだけで、骨の再生速度が爆上がりするテープとかあるんだから」
小霧が目を丸くする。
「うえ、私、臨床試験されてる?」
「ふふ。楽になってきたでしょ。あのレベルのヒビなら、今晩までには治るはず。骨の写真撮るの楽しみね」
「まじか。テコさんより怖い」
小霧と笑い合う。
「私のコードネームってなんだったの?」
「確か、ミスティだったはず」
「名前まんまじゃん。ハルは?」
「ピーカンボーイ」
「また、まんまだ。あはははっ いてて」
小霧が笑いながら脇腹を押さえる。
「六花はスノー?」
「だいたい正解。スノーホワイト」
「千保は?」
「プリンセス」
「わかりみがブラックホール」
「小霧、たまにへんなギャル語出るね」
「多様な言語を扱えるのです。ワタクシ」
「…キリちゃん?」
「あ、六花起きた」
小霧の声を聞きつつ、透子がパーテーションのスイッチを切る。
しゅいんと音がして、壁が消えた。
まだぼーっとしている六花が見える。今回のオーバードライブ頭痛では一番ひどい時間帯を眠らせるという方法をとった。
「六花、頭痛はどう? これ飲んで」
「まだ少し痛いです。でも、だい…」
「痛いなら、大丈夫って言わないの」
「はい」
透子が補水栄養ドリンクを渡す。ストローを口に含むと、六花がゆっくり吸い始める。三口ほど飲んで、小霧を見る。
「キリちゃん、大丈夫だった? 怪我してない?」
「六花が心配しないの。私に喋らせてよ」
小霧がベッドから起きて、六花のそばへ。脇腹の痛みは見せない。
六花の髪についた寝癖を指ですきながら、小霧が微笑む。
「助けてくれて、ありがとう六花。オーバードライブまで使ってくれて。晴人も六花にありがとうって。なんもないけど、お礼に、地球に帰ったら
なんか美味しいもの作る。たくさん。なにがいい?」
「じゃ、キリちゃんのパンケーキ」
「クリームたっぷりなやつね」
六花が頷く。
「あの時、ぽ、千保ちゃんの声がして『私のことはいいから、全開で』って。そうしたらオーバードライブが使えるようになって…」

「私のことはいいから…か」
テコは船内オフィスで見本市での収支をまとめていた。講演者で出展企業に関わりのあるテコなので、みなくてはいけない数字が多いらしい。
透子は六花の言葉が気になり、テコを訪ねた。
「多分だけど、自分が使っている領域を上書きされるんだろう。六花がオーバードライブを使うと」
「存在が消えるかもしれないけど、小霧を助けるのを優先させたわけですね。なんか、あの子らしい」
「どこまで壊れてしまったか心配だな。神城千保として取り出せるといいが」
神城千保の人格が失われてしまったら、テコの千保ユニットは根本から実現不可能になる。いいのか、悪いのか、透子は判断できなかった。
「あと、あのロボットから見つけたんだが」
テコが空間に一枚の写真を表示する。小霧を誘拐しかけたあのロボットの残骸。六花が激しく壊したので、判別しにくいが、外装板の隅に日本語が書いてあった『また、おうかがいいたします』。
千保とオリヒトの最後のやり取り。やつはこんなこと言ってなかったか?
「ケルカリアのオリヒト、本当にいたんですね」
「多分、うまくいかないこと前提で仕掛けてきてるな。警告のつもりか」
「たまたま見かけて、突発的に犯行を企てたって感じに思えます」
「ただ、こっちの力を把握されたな。キュリエッタから辿ればボクのこともわかる」
「次はそれに備えてくるかもしれないと…」
テコは少し考えるように視線を動かす。
「どこに行ってもわかるように、ナノドライブの固有信号を追えるようにしておくよ。それを透子たちのデバイス、スマートフォンだっけ? それで位置がわかるように。プライバシーに関わるけどね」
「慎重に扱います。これってどういう状態でも追えるんですか?」
「死なない限りは」
テコが事務仕事に戻る。透子はその姿を見つつ、部屋を後にした。

「ワープアウトします」
復活した六花がナデシコの操舵席に座っている。嬉しそうで何より。
通常空間に戻ると、眼前に青い星。SF映画か。こんなのが見られるなんて。世界は変わるもんだ。透子は内心で感動している。地球か。なにもかも…
「帰ってきたーてなるかと思ったけど、地球がポンと宇宙に浮かんでるの、非日常すぎて、逆に実感がない」
思いは小霧の感想にぶった斬られる。もっともだ。
「しかし早いなこの船」
晴人の感嘆の息。
「銀河をめぐろうと思うとこの速さがないとね。むしろ近傍用の貨客船でここからトレイ・メルダまで行った君たちの頑張りがすごいよ。称賛する」
テコがほんとに感心している。
「早い船もあったんですけど、ほとんど個人所有みたいなもので借りられず」
「個人所有?」
透子はオンボロ号になるまでの経緯を思い出す。
「これから降りる国立研究所の所長なんですけど、今回の侵略に最初から対処してて、機動兵器も作っちゃうし。地球の開放のため立ち回った人物です。最後は自分の親戚で機動兵器のパイロットにした女の子たちに全部持っていかれたんですけど。
帝国の版図になったら、船をすぐ手に入れて摩利支天て名前つけて、銀河探索のたびに出ていきました。貸してくれと伝える間もなく」
「ここまでやったから、あとはよろしくってことなのか?」
晴人の問いに
「どうなんだろう? 子どもが巣立って、悠々旅に出るお父さんイメージあるけどね。私」
透子に明確な答はないけどね。

「SCEBAIコントロール。こちらアーデア星系王国籍 仮設地球防衛隊所属 クルーズ船 ナデシコ。着陸までのフライトプランを送る。各国管制に伝達されたし」
「こちらSCEBAIコントロール。ちょっと待て、お前ら帰ってきたのか。なんだその船は」
「我々は技術大国アーデアの王女殿下より在留技術指南をいただくことができた。この船は王女殿下の座上船である」
「草里か。うちのポンコツ船はどうしたんだ?」
「その事情は後ほどお伝えする。ちなみに3日後に代替の船が届くからお楽しみに」
「とにかく、成果があったようだな。それはよしとしよう。で、このフライトプランはなんだ? 世界一周飛行する気か?」
「王女殿下に我が地球をお見せするのだ。各国に伝達願いたい。このナデシコは王女殿下の技術により、大気圏内飛行が可能な万能船である。フライトプラン承認を!」

「なあ、蹴っていいか?」
テコが小霧に聞く。
「いやー、パパ喜ぶだけなんで、どうかと」
小霧わかってんなー。透子は笑い声が無線に乗らないように控える。
「こちらSCEBAIコントロール。フライトプランを承認した。ようこそ地球へ。他星船籍の航宙船は自由を認められている。で、ここに降りるのか?」
「第一滑走路へ着陸予定だ」
「水平着陸するのか?」
「その通り。これぞ、王女殿下の技術力のなせる技なのだ。あふう」
テコが公仁を蹴っ飛ばした。
「はいはーい。みなさんお座りください。間も無く大気圏に突入します」
六花のテンションが高い。本当に飛ぶのが好きな子。
「六花、リエントリーは基本自動だ。イレギュラーの姿勢変化にだけ注意して」
「アイアイサー」
ナノドライブを接続しゴーグルをつけた六花は、大きな船体を再突入のコースへ載せる。大気成分と重力の強さをAIが把握し最適な角度で大気層へと入っていく。しっかりと重力制御が働くので、地球の往還機ほど揺れることもない。
「こんなゆっくり降りられるのか」
晴人が感心している。
程なく、ナデシコは「空」に到達した。
「安定翼展開。ナデシコ大気圏飛行モード」
「一応、リフティングボディにはしてあるんだよ。気休めだけどね」
「いやあノーゲン卿、本当に素晴らしいです。いつか地球でこんな船を作りたい」
公仁は科学少年の顔になって戻らない。
「六花、フライトプランをナビゲーションに入力した。ノーゲン卿に地球を見せて回るぞ」
「了解です」
「そういうことなら、六花、ゴーグルを外して」
「え、でも視界が」
六花はナノドライブとゴーグルからの視覚情報で外を見ている。ゴーグルを外して六花が心配そうにテコを振り返る。と床と天井が動きほぼ全球型の高精度モニターが現れた。
「ふわ〜」
六花のシートが最小限のコンソールを残してアームで前に出る。
「すごい。素敵」
「シートは動く。みんなのも」
球体モニターのなかにシートが並ぶ。
「地表の観察とか仕事であるんだ。だからつけてみた」
高層雲の向こうに巨大な陸地が見える。
「アフリカ大陸です」
公仁がガイドを買って出てる。
「高度下げます」
降りていく先に広大な砂の色。
「あ、サハラの目」
「え、この高さで見えるってことは、あれ、でかくね?」
小霧の指差す先は幾重にも重なる円形の台地。晴人が声をあげる。
「直径50km超えだからね」
「あれはなんなんだ?」
「テコさん、古代文明の跡と自然現象とどっちがいい?」
小霧が聞く。ちょっと戸惑ったがテコが答える。
「そういうことか。じゃ、古代文明の痕跡で」
「一夜にして水没した超古代文明の街。やがて海が引いて、砂漠になり、侵食された跡です」
「キリ、よく知ってんな」
「パパのおすすめ本に書いてあった」
なに読ませてんの。JKに。
「この旅の間に読むから、面白い本貸してっていうから…」
公仁が言う。小霧がキラキラの笑顔で
「ありがとう。パパ。面白かったよ」
本気で照れるな。赤くなった公仁をみて、由美香が爆笑している。

一旦高度と速度を上げて距離を稼いだナデシコは再び高度を下げ、セレンゲティの上を航行。
「美しいな」
テコが呟く。
「テコさん、いろんな星の風景、見てるんですよね。どうです? 地球」
六花がキャプテンシートのテコを振り返る。
「比べられるものではないけど、美しいと思う。歴史で習った、かつてのアーデアに似てる気がするんだ」
テコがいいながら地表をズームする。
「あれなに? 首長い」
テコが透子に聞いてきた。いきなりテンション上がったよ。
「キリンですね」
「あれは? あの長いの付いてるのは」
「ゾウさんですね。あれは鼻です」
「いっぱいいるのは?」
「シマウマとヌーの群れですね」
透子は目をキラキラさせ、耳もぴくぴく動いてるテコを見てて、楽しくなってきた。六花とパンダ見に行った時、ほんのひと時、こんな表情だったっけ。また無表情に戻ったんだ。あの頃は。
「あ、空を飛んでる大きいのがいる」
テコが身を乗り出す。
「手の空いてるものは左舷を見ろ。フラミンゴの群れだ」
六花がニヤッと笑ってこっちを見た。ナノドライブの記憶領域、余計なものに使って、もう。透子は嬉しいし恥ずかしい。
「もうやめて。六花」
「またガンダムか」
由美香が呆れる。
「て、いうか、これでガンダムってわかるあんたも相当だからね」
「透子の家に泊まる度にガンダム映画鑑賞会になるだろ。覚えるわ」
「今度、見せてよ。透子。そのはまってるやつ」
テコがフラミンゴを目で追いながら笑う。
「あ、はあ…」
まあ異星人討伐ものじゃないから、いいかな。

ローマからパリ上空へ。ロンドンとすすんでそのまま北へ。北極を超える。アメリカ大陸の西海岸線を南下。
「F-22だ」
球体モニターに感知した飛行物体が表示され、ズームされる。
『ようこそ地球へ。アーデア王国王女殿下座乗船ナデシコ、エスコートする』
F-22のパイロットから通信。2機のF-22が左右につき、さながら艦載機を従える空中空母のような絵ができあがる。他国はスルーだったのに、さすがはアメリカ。反応いい。
「ああ言う機体って、ナデシコでも感知難しいんです?」
由美香がF-22をスマホで撮影しながら訊く。
「普通にレーダー使えばそうなる。ただ必要であればこっちもアクティブステルスするよ」
「本当は東海岸の行きたかったんですが、時間の関係で今回は」
公仁が残念そうにテコに告げる
「そっちにはなにがあるんだ?」
「国際連合の本部があります。各国が降伏勧告受託するように動いた場所です」
「まあいいさ、いずれそのうち」
LA上空でナデシコは転進する。西へ。
「合衆国空軍機へ。エスコート感謝する」
公仁が無線を使う。
『良い旅を』
エスコート機が離れたのを見て、六花は高度と速度を上げていく。再び成層圏へ。そして高度を下げていく。富士山麓に向かって。

「これを見ると帰ってきたって思う」
球体モニターに富士山が映った。ポコポコと雲はあるが、良い天気。秋。まだ紅葉には早い。小霧が富士山を見てしみじみ言う。
『こちらSCEBAIコントロール。ナデシコ。レーダーコンタクト。操縦してるのは六花ちゃんか? おかえり』
「ただいまです!」
『あ、元気になった? おじさん嬉しいよ』
ナノドライブで操縦できるようにした航空機や、ポンコツ宇宙船で操縦訓練していた頃の六花はこんな返事を返さない子だった。管制担当はよく六花を心配してたっけ。実際あったら、驚くだろうな。透子は六花の背中を見て思う。
「ナデシコ、第一滑走路に進入します。ギアダウン」
ギアといっても着陸脚には車輪はついていない。これで滑走したら滑走路がダメになる。六花は減速をしながら滑走路に緩やかに降下。滑走路の中央付近で速度ゼロ。重力制御を弱めてふわりと着陸した。
「上手。六花」
テコが声をかける。
「つきました!」
六花が操舵席から振り返る。
「テコさん、ようこそ日本へ」
「さて、仕事場に着いたね」
『こちらSCEBAIコントロール、おかえり、六花ちゃん。そしてようこそ地球へ。ナデシコは第一駐機スポットへ。対地高度は2メートル以上で移動してくれ。誘導路はその大きさには対応していない。地上設備を引っ掛ける危険がある』
「ナデシコ了解」
誘導路の上をふわふわとナデシコがゆっくり移動する。と、第一駐機スポットに人の列と赤い絨毯が見えた。
「あ、歓迎式典だ」
小霧が指差す。そうだった。ここの人たち、こう言うノリ好きだった。
テコがキッと公仁を睨む。公仁が立ち上がって後退り。
「あ、いや、お願いしたわけでは、むしろお嫌いだとお伝えして…あふう!」
テコが公仁のお尻を蹴り上げた。
「パパの失敗は娘の責任だ。小霧、付き合ってもらうぞ」
「え、あたし!?」

六花がきっちりと赤絨毯に合わせて船体を停止させる。エスカレーターが降り、透子たちは約2ヶ月半ぶりに地球に降り立った。
濃厚な湿気を含む大気。森の匂い。そして自然重力の重さ。
「重いのは太ったからだぞ透子」
「ななな」
由美香が無慈悲に言い放つ。あまりきちんと反論できないので、この場は沈黙。一応赤絨毯を開けて立つ。奥から講演の時に着たアーデアの式典礼服をまとったテコが降りてくる。微笑み。見事な王女っぷりだ。
しかしそれ以上に王女様ぽいのが来た。その後ろから太刀を抱え、同じ式典礼服を着た小霧が降りてくる。小霧は髪をアップにまとめ、頭にはティアラをつけている。
アーデア王族が式典に望む場合、自分はいつでも現場に赴けるよう、格の近い人物に太刀をもたせ自分用のアクセサリーをつけるのが習わしという。身代りという意味のアーデア語『エイライメ』と呼ばれる役を小霧は任された。そんな同じ背格好なんだから六花がいいんじゃ? という小霧に対して、エイライメは目立つことが重要だ。同じじゃだめなんだ。とのこと。それに
「あの時、着てみるかって聞いたろ。キリちゃん。今がその時だ」

「小霧ちゃんじゃん」
「かわいい〜」
「押せる」
思惑通り、小霧は目立った。赤絨毯横で整列している職員から声が漏れる。当の小霧は唇をキュッと結んで、緊張している様子。
小霧知ってる人はいいが、小霧を知らない人だと前を歩く小さい子が王女様とは思わない。身代わりとはよくいったものだと透子は思う。
とにかくアーデア王家は面倒くさがりで、エイライメに全部押し付けようとしたことが、その始まりな気がしてならない。
もしくは暗殺よけ。
テコが進む先には、整備服の一団が待ち構えていた。
ちゃんと洗濯したての作業ツナギを着て、首元までファスナーをあげて、小綺麗な雰囲気にはなっている。
「ようこそSCEBAIへ。所長は銀河探索に行ったきりなので、一番年嵩の私がご挨拶させていただく。統合研究科主席の村井村雨と申します。テコ・ノーゲン殿、ご着任を歓迎いたします」
特に説明もなく、頭二つ以上背が高い村井が右手を差し出す。
テコも当たり前のように握手した。ピリッとした緊張感あるなあの二人。
「感謝する。早速だが、制作中の次世代機動兵器はどこに?」
「後ほどご案内します。まずは着任のスピーチを」
村井がさっと手を挙げると、赤絨毯の先にお立ち台とマイク、スピーカーが用意された。
「…用意周到だな」
「歓迎式典ですので」
あーこれ、先制攻撃だな。テコに対する。透子はその様子を見て思う。村井は新型エリアル計画の主席。今回の調達で透子たちが手に入れた主機関を使って組み上げる予定だった。ところが、一人で作り上げられる技術を持ったテコが加わってしまった。テコが式典を苦手としていることは伝わってるっぽいので、実に牽制。
「エイライメ、頼む」
小霧がぶんぶん首を横に振る。テコが知らなくても「無理無理〜」を体現したゼスチャーだとわかるレベル。
「わかったよ」
テコは村井を一瞥した後、お立ち台に登る。
と赤絨毯両側にならんでした職員が、ささっと配置転換してお立ち台の前に整列する。スピーチやらせるのは牽制かもしれないが、なかなかの音量の拍手で彼女を歓迎する。とりあえずこの場に、テコを嫌う人はいないみたい。テコが拍手の中、全体を見回す。透子と隣に立つ六花をみて少し微笑む。拍手を手を上げて止め、マイクへ。
「ありがとう。みなさん。帝国技術院顧問 アーデア星系王国 第一王女 テコ・ウスト・ノーゲンです」
初めてテコが自分の肩書きを語った。
「六羽田六花さんとの契りにより、この地にて地球防衛のための技術指南役を仰せつかりました。皆さんはこれから本格的な宇宙開拓時代を迎えます。その旅路が健やかなものとなるよう力を尽くします」
当たり障りがないように聞こえるが、めっちゃフックがある言葉。
「え、契り?」
「六花ちゃん、異星の王女のお手つきってこと?」
「え〜わたし、狙ってたのに。いいよねえ、六花ちゃん」
「次のコミケこれだな」
周りのヒソヒソ声。透子の隣で六花は赤くなっている。翻訳機の単語選択ミスと思いたいが、テコのこと、本気で言ってそうな気もする。
「アーデアでは技術は与えるのでなく、盗まれろ。という言葉があります。盗むにはそれの価値を知らなくてはなりません。そこまで教えられれば成功である。という考えに基づいています。どうか、盗んでください。そして地球が我がアーデアと並び称される技術の星に」
テコがくるっと振り向いてそばに控える小霧から太刀を受け取る。スラリと引き抜いて天に掲げる。
「我が魂はこの地球の大地のために。アーデアウストの名にかけて」
銀髪が風になびく。白いドレスをまとったエルフ耳の少女が剣で天をつく。光が剣を伝う。観衆はその異世界感に飲まれた後、富士山にこだませんばかりの拍手で答えた。


「異星のお姫様どころか、エルフ騎士の宣誓が見られるなんて」
「世界変わったよな」
式典は終わった。物事が新しいフェーズに入ったことを知らせるに充分だったはず。あとはこれをどう広げていくかだ。
「太平の眠りを覚ますテコ・ノーゲン」
「うちらは寝不足だが」
「まあね」
透子の呟きに由美香が答える。
実際、テコによって世の中は動いた。
日本の皇族、しかも皇女殿下のSCEBAI訪問が決まった。

Chapter 4 来海透子 26歳 皇女と王女

皇族方は特に生物学の研究で名を馳せた方が多い。が、SCEBAI訪問を希望した朱鷺子内親王は天文学を専攻し、侵略がわかってからは宇宙の実情について並々ならぬ興味があって、情報収集をしていると言う。ナデシコが世界各国上空を飛んだ割には東京をスルーしたため、見たい思いが募ったらしい。自由の効かなそうな方なのに、行動は早かった。ほぼお忍びで明日来ると言う。式典が終わってようやくホッとした矢先の話。朱鷺子は20歳。プリンセス同士の対面となる。
透子はこの先もこんな忙しさが続くような気がしてきた。

「キリちゃんおかえり」
「ぬはー。疲れた。緊張した」
小霧は式典礼服から私服に着替え髪を解いている。六花がナデシコ内の応接室でソファにへたり込んだ小霧の肩を揉んであげてる。
「なにに、そんな緊張したの? 周り大体知ってる人でしょ」
透子が聞いてみると、
「知らない星の風習だもん。相手王女様だし、粗相あったらやばいし」
小霧は周りにテコがいないことを確認して
「最後、テコさんが刀抜いた時、ああ、これで切られるんだって思ったよ」
「なんでよ」
透子が聞く。面白い。
「地球とアーデアの友好のため、エイライメの命を捧げる。なんて言ってさ。ざばーって」
「小霧はアーデアをどんな国だと思ってるんだ?」
テコが現れた。
「ひゃーごめんなさい」
「でも、めんどくさいだろ。色々やんなくちゃいけないから。式典。だから苦手なんだ」
「最後の宣誓でここの職員の大半、テコさんのファンですよ」
透子の言葉にテコはため息混じり。
「仕事がこの後円滑に進むなら、よしとするか〜」
にゅっと由美香が顔を覗かせる。
「おまえら、掃除しろ。この国の皇女様も来ることになったぞ」
で、聞かされたのが冒頭の話だ。

「型破りなプリンセスって、週刊誌とかで書かれてたけど、まさか事実だったとは」
由美香がナデシコ船内の掃除をしながら漏らす。
訪問内容は
・SCEBAIの宇宙観測施設の視察
・仮設地球防衛隊の活動内容の視察
・ナデシコ視察から体験フライト
「アテンドは誰がやるの? 小霧?」
透子はエスカレーターの手すりを拭き掃除しながら、六花の乗るキュリエッタに大きなモップを渡している小霧に尋ねる。
「また、あたし? でも私も晴人も六花も明日は学校だよ。何時ごろ来るの?」
「午後3時」
「びみょう。ていうか、多分無理」
「となると、透子か」
由美香が言う。透子は
「王女同士、テコさんがやるってのはどう?」
「ナデシコの案内はそれでいいかもだけどさ〜」
「ボクがなーに?」
テコがオフィスから出てきた。
「本当に掃除してる。って、透子その顔なに?」
「あ、これ? メガネです。外付け視力矯正装置って感じ?」
「今までしてなかった」
「今回の旅ではコンタクトレンズにしました。ああ、眼球に装着するレンズです。メガネって、もう宇宙で使ってなさそうで、文明低すぎって舐められるといけない。と思いまして」
「地球のファッションじゃないんだ。実用品か。式典にそれつけてる人いっぱいいたのそう言うことか」
「ファッションでもあります。せっかくつけるんですから」
「可愛いよ。似合ってる。ボクもつけてみようかな」
「破壊力ありそうだな」
由美香がその姿を想像したよう。
「テコさんの言うこと聞かない男子職員いたら、メガネかけて下から上目遣いでお願いすると、ころっといきそうです」
「そんなもんなの?」
「一部の人間には刺さります」
「ふーん。そうそうで、ボクがなに? 明日のプリンセス来訪のこと?」
「いえ、案内役を誰にしようかと。小霧や晴人、六花も明日は学校があって」
「ナデシコに来てからはボクがやるよ。操船も。研究所の方は任せるしかないね」
「ささっと準備して寝よ。今日はつかれた」
由美香が腰をトントンと叩きながらため息をついた。

その日の夜。
透子のスマホがなる。そうだった。もう通じるんだった。知らない番号。
「もしもし」
「もしもしっていいながら出るんだね。テコです」
「テコさん! この番号、スマホ買ったんです?」
「あ~う~んと、ナイショ」
「違法なことしてませんよね?」
「大丈夫。バレないから」
「おい」
「そんなことより」
テコの呼吸が少し変わる。
「体力余裕ある? 神城千保の遺体を見せてくれ」

「せんせ、こんな時間にどこ行くの?」
「テコさんから呼び出し。本部行ってくる」
「もう寒いから、何か羽織って行ってね」
「はーい。遅くなるかもだから、先寝ててね。明日の準備は?」
「できてる。気をつけて」
日常生活では、六花に世話を焼かれることが多い。
六花と暮らしているファミリー宿舎棟から出て、駐車場のNDロードスターに乗り込む。2ヶ月半ぶり。バッテリーは心許ないものの、エンジンはかかった。
広いSCEBAI、移動はクルマが基本。まずナデシコに行って、テコを拾う。
「え、化石燃料? すごい。百何十年ぶりに見た気がする」
テコは興味津々。
「これ、あくの?」
ルーフをトントンする。
「開きます。寒いですよ」
透子はルーフを開ける。冷えた空気が入ってくる。本部へと走る。
「あははは」
なぜかテコは笑っている。髪をふわふわさせながら。
これから遺体を見に行くんでしょうに。

本部医療棟の地下。冷凍保存室は廊下の突き当たり。いくつかのセキュリティドアをカードで開けてたどり着く。もちろん人はいない。守衛さん以外、誰も会わない。
保管庫にもセキュリティがかかっているのでカードを通し、暗証番号を入力。かちり。と音がしてロックが外れた。
「得体の知れないものがとりあえず冷凍してあるので、セキュリティは高いです」
「得体の知れないもの?」
「なんの生き物か、判別つかない動物の死体とかが多いです。この部屋はUMA倉庫なんて呼ばれてます」
「そんなところにあるの?」
「いえ、遺体はこの奥です」
もう一つのドアを開ける。今度は手のひらの血管認証付き。
室内には液晶パネルがついたA1サイズほどの引き出しが並ぶ。人の遺体専用の保管庫だが、使われているのは現在一つだけ。
「これです」
引き出しの前のパネルに暗所番号を打ち込む。ロックが外れる音がした。
透子が引き出すと、ガラスケースの中に収められた遺体が現れた。
白い布で体を覆ったのは、透子の提案。
「綺麗な子だな」
青白い肌をした神城千保を見てテコが右手を心臓の上に。
「その魂にアーデアウストのご加護が在らんことを」
目をふせる。死体は資源と言ってるのに、敬意は示す。
「疑問に思ってるな透子。祈りは魂へ。死体を使うことへの感謝かな」
テコは持参したカバンから、棒状のものを取り出した。見たことある。ナノドライブモニターだ。
手首の端末とリンクするとガラスケース越しに千保の頭のあたりを行き来させる。空間にモニター状況が表示され、きっちり反応が返ってきた。
「攻性防壁にやられたって聞いたが、人なら生命維持機能、機械なら電源だけを壊す悪質なやつだ。本来なら分け隔てなく破壊するんだが、ナノドライブには機能欠損がない」
「…ひどい」
「回収できれば回収するつもりだったんだろう。遺体ごと」
透子の心にオリヒトに対する憎しみの炎が点る。使った母親は論外だが、自分の利益を考えた殺し方なんて。
テコは全身にモニターを当てて、状況を把握していく。
「わかった。遺体はこのまま全身をユニットとして使える。その方が性能が上がる」
「切り刻むなんて、させません」
「そんな目で見ないの。彼女の意思を身体で保持しておくことは、未来で有効って考えてる。アーデアではもう少しで、身体の乗り換えの技術が確立する。不老不死を老いさせない身体で実現するんじゃなく、身体は消耗品として、魂が乗り換え続ける技術だ」
「地球でも考えている人たちはいます。まだ魂が定義できないので、進んでいませんが」
「そこはアーデアも同じだ。だから今、研究している。それが実現した時、この身体をコピーして意思を移せば神城千保は蘇る。一番安全で六花がそばにいるところ。そこで時を待ってもらう。それがボクの考えだよ」
「テコさんの想いはわかりました。あとは、二人がどうするかです」
「できるなら、明日、皇女の来訪後に転移を行いたい」
「急ぎますね」
「六花が生活することで、神城千保はどんどん取り込まれていく。明日、学校でなにもなければいいが」
「2ヶ月半ぶりの登校なので、ないとは言い切れない部分あります」
「明日の夕食後、3人で話そう」
テコが遺体を戻す。透子は引き出しをきっちりロックした。

「気をつけてね。六花」
「いってきまーす」
そう言う六花を透子は心配になって抱きしめた。
「せんせ?」
「嫌なことあったら、すぐ帰ってきて。出席日数はどうとでもなる」
「わ、悪いことしないでね。大丈夫だよ。ありがとう。せんせ」
軽く手を振って制服の六花が学校へ行く。心はざわざわするが、
「こっちも仕事しますか」
透子は気持ちを切り替えた。

三島駅を出たという観測班の連絡から程なくして、黒塗りのセンチュリーが2台入ってきた。
出迎えは村井が行っている。
「ずいぶん違うな」
仮設地球防衛隊仮庁舎。窓から出迎えの様子を見ていたテコが呟く。
「異星の王女殿下と本邦の皇女様では当然違います」
フォローになってないな。
防衛隊の制服を着た透子は出迎えの様子を見ていた。朱鷺子は明るい色のスーツ姿。これに合わせテコもスーツ。紺色で胸元に白銀の剣型のブローチ。昨日空に掲げた剣と同じデザイン。
「六花は元気に学校に?」
「一応。すっごく心配ですが」
「何かありそうなのか?」
「あの子のスペックがスペックなので…。一年前に来た転校生、頭脳明晰、成績優秀、か細いと思いきや、フィジカルつよし」
「そうなの?」
「キュリエッタ100回叩きの時、どうでした?」
「そういえば、ちょっと呼吸が早いくらいだった。よく考えるとあの歳ですごいね」
「六花にはフィジカルトレーナーついてますからね。パイロットは体力勝負って」
六花のトレーナーはあの潜入保父。事件後3人を気にかけていた一人で、晴人の身元引受人。君たち優れた人間を潰しにくる輩がこれらか増える。そいつらに負けないために必要なのはなんだ? 体力だ! というトレーニング方針。たまに小霧が細く締まったウエストを見せて、どうよ。って言ってくるくらい効果が高い。苦々しい。
「で、ほとんどしゃべらない。ひとりでも平気。ふと数日いなくなる。まあ、うちの訓練なんですけどね」
「それはどう付き合うか難しいな」
「ですよね。でも宇宙に頻繁に行く学校で最も先進的な存在。それがわかってからは、学校の宇宙探索部の子たちが六花を引き入れようとして、いろいろ画策したみたいで」
「宇宙探索部?」
「かわいいですよね。中学生の宇宙観ってまだそんなレベルなんです」
ある日のこと、六花が言った。
「せんせ、学校の子がお茶会に招待したいって言うの」
「行っておいでよ」
「わかった」

「みんなで手作りのお菓子持ち寄って綺麗に並べて、お茶入れて。六花に宇宙のことを聞くんです。六花は真面目に答える感じで」
「見に行ったのか透子」
「あ、いや、偵察用ドローンを3機ほど」
「…保護者だな」
この偵察用ドローンで見てしまったのだ。あの学校にはいじめがある。それ系のトラブルがないように名門女子校の中等部を選んだのに。
宇宙探索部の子が、帰り途中に蹴り倒され、みんなで作ったお菓子、余って持って帰る包みを踏みつけられていた。加害生徒が立ち去った後、六花がその子を見つけて家まで送ったのを確認している。家に帰ってきてもそのことは話さなかったので、透子からは質問していない。
「不安な要素がありますので、本当に何もなければよいのですが…。今日は一応、探索部の子達用にお土産持ってったんです。お茶会のお礼に」
「お土産? テクニカの?」
「ええ、テクニカのオフィシャルショップで売ってたワープグラスのチャームですね」
「あんなのナデシコのエンジン内にいっぱい溜まってるのに」
ワープグラスはワープエンジンに貯まるガラス状の物質。定期的に掃除しないと、エンジンの性能が低下する。これをきれいに削って涙滴型にし止め金具をつけてテクニカのロゴを刻み、日本円300円位で売っていた。とはいえ、往復の距離を考えたらその価値は今の地球では計り知れない。
「ボクがでっかいの作ってあげるよ」
「それは次に取っておきましょう。私はこのお返しお土産で、六花に友達的な存在ができたらって」
「保護者だな」
「おーい、透子、そろそろだぞ」
由美香が呼ぶ声。透子は襟をピンと伸ばして立ち上がる。
「この場で紹介します。テコさんもお願いします」
「了解」

「仮設地球防衛隊 来海透子です。お会いできて光栄です。殿下」
透子は自衛隊時代の敬礼で挨拶。
「はじめまして。来海さん。朱鷺子で結構です。階級はないんですか?」
「私たちは官民の協力で成り立っている部隊です。そのため、軍隊式の階級を設定していません」
「なるほどそうですか」
朱鷺子は透子と同じくらいの背。あくまで緩やかに話す。
「昨日、地球にお帰りになったのですよね。長旅のあとなのに、申し訳ありません。こんな出来事は東京に降下兵って怪獣が降りてきて以来。素敵な方とお会いになって、すごい宇宙船でお帰りになったとお聞きして、いても立ってもいられなくて。ごめんなさい」
「いえ、宇宙、そして我々の活動にご興味を持っていただき、光栄です。先にご紹介いたします。朱鷺子殿下。日本に在留し、宇宙開拓のための技術指南をしていただけることになった、アーデア星系王国第一王女 帝国技術院最高顧問 テコ・ウスト・ノーゲン卿です」
透子の後ろからテコが姿を見せる。
「テコ・ウスト・ノーゲンです」
スッと会釈する。
「お会いできて嬉しいです。王女殿下。噂通り、美しい方」
「恐縮です。殿下」
「どうして、本邦に来ていただけたのかしら? とても縁がつながるようには思えません」
「私は、フリーランスの技術屋として、普段生計を立てています。ご依頼があればどこへでも」
「羨ましい限りです。銀河をまたにかけて活躍されるなんて。あれが王女殿下の船なんですね。美しいです」
「立ち話はこれくらいにして、ちょっと予定より早いですが、我が宇宙船にご案内します」
「嬉しいです。私、宇宙の研究はしているんですけど、宇宙船に乗ったことはなくて」
「では、どうぞ」
テコがちらっとこっちを見た。
透子は頷く。予定外、全然オッケー。
王女と皇女は連れ立って話しながらナデシコへと歩いていく。
「この船はもともと別の名前だったんですが、出会った地球防衛隊のみなさんが新しい船名を考えてくれて。素敵な名前を得て、この子も喜んでいます」
「ナデシコというんでしたっけ?」
「ええ、ナデシコです。形が似てるとか」
テコが促し由美香が先導して朱鷺子を船内へ。船内のテコのオフィスあたりをちらっと見て回ったあと、球体モニターが展開したままのブリッジに。
「殿下はキャプテンシートに」
テコが一番前の操舵席。透子と由美香、侍従1名と護衛が球体後方のサブシートに座る。
「ノーゲン卿、フライト時間は1時間ほどで」
侍従から提案。
「わかった」
「兼松、この船にマスコミは?」
兼松と呼ばれた侍従が答える。
「乗船しておりません」
「王女殿下」
「なんです?」
「ぶっちゃけでいきましょう。あなたは本当に技術指南だけで、来訪されたのですか?」
「というと?」
「宇宙に開かれたとはいえ、日本、世界ともども混乱しています。そんな時に見目麗しい姫君が現れて、地球を導く。想像するとワクワクいたします。日本を地球を変革させる旗手となる。そんな目的のではないのかと」
「ほう」
テコははぐらかし気味な返事をしつつ出港準備を進めていく。
「コントロール、こちらナデシコ。離陸許可願う」
「ナデシコ、第一滑走路からどうぞ。良いフライトを」
テコの操船でナデシコが舞い上がる。まっすぐに成層圏を目指す。富士山、駿河湾が遠ざかる。
「私は14歳で地球最強のパイロットというの少女との約束に従って、彼女のための鎧を作ります。今はそれだけです。むしろ殿下が思うところを伝える方がより良いと思いますが」
やがてナデシコは宇宙の入口に到達。テコが朱鷺子のシートを自分の隣まで前進させる。球体モニターの中に2つのシートが並ぶ。皇女と王女が並んで地球を見下ろしながら話をしている。
「これでも感動してるんですよ。私」
穏やかな笑顔のまま朱鷺子が言うと、テコが微笑みで返す。
「それは光栄です」
「私は世の中を変える発言はできません。そういう決まりなので」
「変えずとも知らせていただければ。私をこの星に連れてきてくれた彼らは、銀河帝国で会社を起こし、民間防衛会社を作ろうとしています。地球では国家間の思惑で星を守る組織すら作れない。この不自由さを知らしめていただきたい。そうすれば彼らの存在に理解が集まるでしょうから」
テコさん! あんた神。透子は心で叫ぶ。
「じゃ、降りたら記者会見しましょう。そこでいいます。王女殿下もご一緒に」
「承知しました。ありがとうございます」
「あとしばらく、このまま浮いていていただけます?」
朱鷺子が眼下の地球を見る。
「美しい」
「皇女殿下はドラスティックな社会変革を起こしたいのですか?」
「ここ1年歯がゆい思いでした。なにも変わらない。銀河のことを知れば知るほど、このままでいいわけないと、焦燥感に襲われます。そんな時にあんたのような方が来てくださった。私は、王女殿下の存在が地球の未来をより良きものにしてくださると、感じているんです」
「買い被りすぎでは」
「そんなことありませんわ。たとえ、あなたの最終目的が世界征服であったとしても、それはそれでと思っています」
テコが感情のない瞳で朱鷺子を見ている。

地上での記者会見。皇女と王女の握手のシーンは大々的に報道された。多くの人がテコが地球に来ていることと、防衛軍が組織されつつあることを知る。このニュースはテコがらみであったため、銀河のニュースサイトにもながれた。

朱鷺子が帰って行き、透子と由美香はほーっと深呼吸。
「慌ただしい…」
とその時、聞き覚えのある甲高い排気音がして、頭上をキュリエッタが飛び抜けていく。
「え、六花!?」
「いや、コクピット無人だった」
由美香はちゃんと見ていた。
「あ、え、テコさん」
見送りからナデシコに帰ろうとしたテコを呼び止める。
「んー?」
「キュリエッタが」
「六花が呼んだんじゃない?」
「遠隔操作できるの?」
「六花を過小評価しない方がいい。透子」
「あの子が呼んだのなら、学校で何かあったってことでしょ。どうしよう」
「落ち着け透子」
「由美香、すぐドローン飛ばして! 早く!」
「ただ『歩いて帰んのだりー』ってだけかもだぞ」
由美香が仮庁舎から持ってきた偵察用ドローンを放つ。キュリエッタのIFF信号に目掛けて飛ぶ。
タブレットを広げてカメラとリンクする。キュリエッタの方が早いので、まだ街を写している。
「湖の方に行ってるな」
「はやく、はやく、あっ」
ドローンが人の姿を捉える。上空からの映像。
湖畔の砂浜。倒れている女の子の前に立ちはだかるようにキュリエッタと六花。その前に3人の女子。全員同じ中学の制服だ。
キュリエッタが六花乗せないまま、ビームロッドを2本引き抜く。
及び腰の二人が逃げ出した。
「なにをしてるの?」
一人残った子、この間のいじめっ子か? 突然六花に殴りかかる。
「六花!」
それを受けた六花はその子から距離を取る。倒れていた子が六花に駆け寄り、しがみつく。とキュリエッタがビームロッド2本をX字に組んで干渉させ、六花を殴った子に突き立てた。ように見えた。
砂煙が一気に辺りを包む。
「えっ、六花が、人を殺めた?」
透子はその場にへたり込む。
「いや、違うと思う」
テコがその映像を見て言う。
「地面に突き刺したビームロッド間に電圧かけて地面に電気走らせたんだと思う。稲妻みたいなものだから、砂煙も上がるよね。まあ、食らった子はいてってなってちょっと痺れるかな」
テコがこともなげに言う。
「暴力沙汰ああ」
「六花殴られてるから、正当防衛主張したら」
由美香が透子の頭をトントンしてくる。ドローンの画面では砂煙が晴れ、電撃を喰らった子が戻ってきた2人に抱えられて退場していった。
「生きてる。よかった」
六花はキュリエッタに乗ると、もう一人の子もコクピットにあげて離陸した。
「帰ってくる」
やがて、いつもの甲高い排気音が聞こえ、女の子二人が乗ったキュリエッタが見えてきた。
へたり込んだままの透子はそれを呆然と見上げる。
透子の前に着陸。まず六花が降りて、もう一人の子をおろしてあげてる。
六花は唇が切れて出血。もう一人の子は擦り傷だらけだ。
「せんせ、手当してあげて」
自分の血を拭いながら、六花がもう一人の子の背中を押す。
「六花、どういうことなの? なにがあったの?」
透子は立ち上がり六花の手を掴む。
六花は凛として透子を見上げている。綺麗な目。迷いなく自分の思ったことをやったって顔ね。
「六花ちゃんのお姉さん、六花ちゃんを怒らないでください! 私を、助けてくれたんです!」
傷だらけの子が六花と透子の間に入る。
六花ちゃんのお姉さん? 日本の子が見ても似てるんだ。私たち。ふふ。
「あなたは?」
「私、私は六花ちゃんの友達の御厨陽奈です」
「と、ともだち!?」
叫びながら透子は六花に悪いなと思った。
当の六花は陽奈の傷の汚れを拭いてあげている。

Chapter 5 御厨陽奈 14歳 ダークヒーロー

六羽田六花と出会ったのは一年前の秋。
2学期からの転校生。平均より小さい身長の言葉少なな女の子。そのくらいの印象だった。自己アピールは皆無。静かに教室にいた。
普通に聞かれれば答えるけど、自分からの発言はない。暗い子だな。と陽奈は思っていた。が中間テストで見方が変わる。
ほとんどの教科で満点近い。学年順位はトップ。名門女子校だから頭いい子は多いのに、あっさり超えてきた。
だからといって誇ることもなく、いつも通り淡々。

そしてたまに数日欠席する。

1年生から2年生になり陽奈は、また六花と同じクラスになった。
六花は欠席がちながら、成績はトップをキープ。そんな存在だから学級委員に選ぼうとしたら
「任務があります」
という理由で選外に。教室はヒソヒソ騒ぎになった。でも六花からあっさり
「銀河に行きます」
と告白がなされた。それがヒソヒソに油を足すことになったが。
暗い喋らない子は、一瞬でミステリアスなバックボーンを持つ謎の少女に変わった。

御厨陽奈

宇宙探索部。略してうーたん部。
1年の時からこの部活にいる陽奈は俄然六花が気になり始めた。
「陽奈、六羽田さん、なんとか連れてこられない?」
うーたん部の榊部長からも懇願されるようになった。この学校で観光で宇宙を飛んだ子はいても『任務』で頻繁に宇宙に行くのは六花しかいない。
しかし、同時期に同じクラスの三原美夜から六花を無視しようという指示が出た。六花が来るまではトップに君臨してた子。取り巻きの多い、地元大手企業の幹部の娘。ありがちなパターン。クラスの子は返り討ちを恐れてそれに従ったが、陽奈はそっちを無視した。
「ろ、六羽田さん」
「?」
「あなたの宇宙での活躍、知りたいの」
お昼。いつものように一人で給食を食べてる六花に陽奈は思い切って声をかけた。
「えっと、御厨陽奈さん。六花の宇宙関連の話、制限があるときあるから、せんせに聞いてみる」
「そうなんだ。軍事機密とか?」
「内緒です」
少しだけ六花が微笑んだ。
「お、お昼ここで食べていい?」
「どうぞ」
もう一度六花の笑顔が見たかったが、この日は現れなかった。体に合わせて小さく、整った顔立ち。肩までの髪。後頭部に白いリボン。近くで見ると視線が惹きつけられるのを陽奈は感じている。

「どういうつもり」
「ちょっと先輩から言われてて」
「次、あいつに話したら、あんたも無視だから」
三原美夜の取り巻きに言われても、陽奈には六花との接触を辞める理由にはならない。
「御厨さん」
「六羽田さん!」
給食の時間、六花から声をかけてきた。
「せんせに聞いてみたら、話してもいいって。だから質問に答えます」
「え、あ、ありがとう。私ね、宇宙探索部って部活やってるんだけど、先輩たちもみんな、六羽田さんからお話聞きたいって。こんど、お茶会やるから、来てほしいの」
「お茶会?」
「うーたん部のお茶会って、ちょっと有名なんだ。先輩にお菓子作るのすごく上手い人がいてね。先輩のお菓子をメインにみんなで持ち寄って、中庭のテラスでお茶会するの。そこで宇宙に関するお話を聞くの。お菓子が美味しいから他の部活の子が来たがるんだけど、宇宙について話せないと、呼んでもらえない。そんな会なんだ」
「行っていいか、確認してお返事します」
「あうん。お願い」
「あと、六花でいいよ。六羽田って言いにくいから」
「あ、うん。六花さん。よろしくね。私も陽奈ってよんで」
六花が少し微笑んだ。よし、見れた!
ガン! 六花の死角で、美夜が教室の隅にある机を蹴ったのを陽奈は見た。
その時、六花の目がゾッとするほど冷たく光った。

お茶会の日はいい天気で、少し運動すると汗ばむ陽気。日陰でお茶するには最高の日だ。さすが。私。晴れ女すぎる。
陽奈が六花をテラスに案内する。
「ごきげんよう。六羽田六花さん」
うーたん部 部長 3年生 榊与那が出迎える。
「お招きに預かり、光栄です」
「固っ苦しいな。でもその言葉が出てくるってどんな成長環境なの?」
副部長 3年 高坂芽里が笑う。
宇宙探索部は与那と芽里の3年生二人と陽菜と同じ2年生が二人。1年生1人の5人。部としてはギリギリ。2学期に過ぎれば3年生は来なくなるので、存続が危うい。
「六羽田さんがきてくれれば、興味持った子達が増えそうなんだけど」
与那が六花を見て言う。
「あ、でももう少ししたら、5ヶ月くらい宇宙留学します。だからしばらくこられません」
うーたん部全員が六花を興味津々の目で見る。
「六花さん、お茶とお菓子どうぞ。で、聞かせて。どこへ行くのか」
陽菜は芽里の焼いたカップケーキを勧めつつ、六花を見る。
薄く微笑んだ六花がケーキを受け取り、話し始めた。今日も見られた。
「行く先は銀河中心方向に3万光年ほどと聞いてます。今地球にある宇宙船はみんなオンボロで、行くのに2ヶ月かかる計算です」
六花がケーキやお茶を見ながら話し始めた。
陽奈の眼前に見たことのない宇宙が広がる。

余ったお菓子をみんなで分けると、お茶会は散会となった。
陽菜と六花は途中まで一緒に歩いた。
「じゃ、六花ちゃん、あ、六花さん。私こっちだから」
「今日はありがとう。陽奈ちゃん」
六花が笑う。なんか胸が熱い。陽奈は手を振って六花と別れた。
湖畔。湖面に雲間の富士山が映る。六花の笑顔を思い出しながら歩く。
陽奈はいきなり後ろから蹴り倒された。
カバンと、お菓子を入れた袋が飛んでく。砂利が顔につく。
「てめえ、注意したよな」
美夜だった。
「なにするの」
「何度も言わせんな」
美夜がお菓子の入った袋を踏みつける。食べ物を粗末にする奴はろくな死に方しないって陽奈のおじいちゃんがいってたっけ。そんなこと呆然と考えた。こんなことしたって、六花ちゃんに勝てるわけもないのに。
「おまえ、無視な」
「…」
答える必要はない。陽奈はカバンを拾う。好きにすればいい。私はわかる。六花のようにしていればいいのだから。美夜とよく一緒にいる二人が立ち去る。ペシャンコになって破けたお菓子の袋を拾う。悔しい。わかっていても。涙が出てきた。
と、駆けてくる足音がして誰かに後ろから抱きしめられた。そんなに背は大きくない。覚えのある匂い。
「六花ちゃん」
「ごめんなさい。六花のせいだ」
「違うよ。そうじゃないよ」
涙が止まらない。六花が陽奈の正面に回る。ハンドタオルを出して陽奈の涙を拭き、服の砂埃を払う。
「次あったら、許さない」
「無茶しちゃだめだよ。あいつ親やばいし」
「六花、平気だよ」
どう平気なんだろう。でもなんか強いな。
「送っていく。一緒に帰ろ」
「でも、六花ちゃん、反対方向…」
六花が陽奈の手を引いて歩き出す。問答無用らしい。
「方向合ってる?」
やみくもなの?
「あってる」
陽奈は笑ってしまった。白いリボンが揺れて、控えめ笑顔の六花が振り返る。
「いつもリボン。六花ちゃん。お気に入り?」
「ハゲ隠し」
「え?」
「ここね、宇宙船を操縦する時、ヘルメットがあたって少し薄いんだ」
陽奈の指をリボンの下に。確かにこの辺りだけ手触りが違う。
「秘密」
「わかった」
二人で笑い合う。陽奈の家に着くと、六花が自分のもらったお菓子を渡そうとする。いいよ。と言っても六花が引っ込めないので、中からクッキーを一枚もらった。すぐかじる。その様子を六花がニコニコ見てる。
「おいし」
安心したのか六花が手を振って去っていく。走っていくつもりらしい。
「ありがとう。六花ちゃん!」
陽奈も手を振る。予想以上の速さで六花が駆けていった。
翌週、予告通り六花は学校に来なくなった。陽奈への無視は続いていたが、部室でその重い気持ちを払拭できた。
そして2ヶ月と半月。予想より早く六花が帰ってきた。

「おかえり六花ちゃん」
「ただいま。陽奈ちゃん」
六花は綺麗な笑顔をよく見せてくれるようになっていた。
「どうだった? 宇宙留学」
「色々ありすぎた」
「聞きたいな」
「いいよ。うーたん部のみんなにお土産持ってきた。今日、渡せる?」
「みんないるはず。お土産!うれしい。なんだろう?」
「その時までナイショ」
陽奈は六花と笑い合った。周りは一緒に話したそうな子7割。忌々しそうな子2割、あと寝てる。このお粗末な六花包囲網はそろそろ限界が見えた気がする。
「大丈夫だった? あれから」
六花が聞いてくる。
「うん。部の先輩たちがフォローしてくれるから」
「よかった」
六花がほっとしたよう。
そんなふうに気にかけてくれる六花が陽奈は嬉しかった。

部室には総勢5人が集まっていた。
「これ、お土産です」
「綺麗」「これなに?」
「これはワープグラスって言って、宇宙船がワープするとたまる、ススみたいなものだそうです。とっても硬くて厄介なものなんですけど、それを削って綺麗にできる技術ってすごいだろってアピる目的のやつです」
六花が説明する。赤、ピンク、エンジ、赤系のいろんな色がある。
「テクニカって書いてあるのか?」
「先輩銀河帝国の文字読めるんですか?」
芽里の言葉に陽奈が驚く。
「正解です。六花が行ったイベントの名前です。銀河中のいろんな技術がありました」
「今日はお茶もお菓子もないけど、詳しく聞かせてね」
与那がエンジ色のワープグラスを手にとって言う。
「はい」
丸くなったって言うの? 六花はよく笑うようになっていた。でも、根本にあるミステリアスなところは変わっていない。宇宙は人を変えるとは言うけど、そう言うことなのかな?

「送るよ。陽奈ちゃん」
ドラマでイケメン俳優がいいそうなイントネーションで六花が言う。
大丈夫と言おうとしたけど、六花と一緒に帰るのが楽しいから、素直に受けることにする。
『2年3組六羽田六花さん 職員室まで』
放送で六花が呼び出された。宇宙留学関連の書類かーって六花がうめく。
「すぐ戻るからここで待ってて」
走っていく。下駄箱の手前で陽奈はスマホを取り出した。そういえば六花と連絡先交換してないな。
「陽奈、ちょっといい?」
「美夜」
美夜の手にはカッターナイフ。取り巻き二人にも囲まれる。
「湖畔までつきあって陽奈」
六花ちゃん、助けて。声は出ない。

湖畔の木陰。道路からは見えない。
美夜と取り巻き二人に連れられてきた。また蹴られて砂浜に倒れ込む。
「次はねえって言ったろ」
「私が六花ちゃんと話すことがなんだって言うのよ」
立ち上がると、また肩を掴んで倒される。
「気に入らねえんだよ」
「あ、六羽田にもらったやつ、これじゃね?」
取り巻きの一人がカバンについたワープグラスに気づいた。
「こんなもん」
石を叩きつけた。割れない。陽奈の鞄からワープグラスのチャームを引きちぎって石に叩きつけ踏んづけても何も起こらない。
「かってーな」
美夜が湖に投げ捨てる。小さな水音。見えなくなった。
「なんてこと」
「うるせえ」
肩を殴られて、また転ばされる。
「六羽田と仲良くするとどうなるか、陽奈がみんなに教えてあげなよ。自分の身体見せて」
バンっといきなりすごい音と風。転んでいた陽奈は平気だったが、立っていた3人が軽く吹き飛ばされる。上から甲高いエンジンが動くような音が近づく。見上げるとロボットとその左肩にもたれた六花が見えた。降りてくる。
「六花ちゃん…」
モンスター使いのエルフ。陽奈にはそんなイメージが浮かぶ。
爪先が地面に触れるか触れないかの高さでホバリングしているロボットから、六花が飛び降りる。陽奈は起き上がったあの3人と相対する六花とロボットの後ろ姿を見ていた。
「六羽田、なんだそれ」
「人から何かを奪う奴は、奪われても文句はいえない。その覚悟はありますか?」
「なんだと」
「覚悟はあるかって聞いてるんです。三原美夜」
六花が右手を振ると、後ろのロボットが両手に何か握った。光の剣に変わる。映画で見たのと同じ。それを見て、取り巻き二人が逃げ出した。
「陽奈ちゃんに言いました。次は許さないって。だから六花は三原美夜を消します」
「ふざけてんのか」
ロボットが身構える。六花ちゃん、本気なの?
「三原美夜は六花が生殺与奪を握っていること、わかっていますか? この子はあなたを痕跡残さず消すことができます。髪の毛一本残りません。だから、誰もあなたがどこに行ったかわからない」
「な…」
「残念でしたね。六花がそばにいることの意味。陽奈ちゃんに手を出す前に気づくべきでした」
ゆっくり、ロボットと六花が美夜に近づく。
「もう一度聞きます。覚悟はありますか? 三原美夜」
「うるせえ」
美夜が六花を殴りつける。六花はそれを受けるとスッと間合いをあけた。
六花の唇から一筋の赤い血の筋。
「覚悟があるかって聞いてるんです! 六花は!」
「だめ、六花ちゃん! 殺さないで!」
陽奈は六花にしがみついて止める。ロボットが光の剣をクロスさせて稲妻を発生させそのまま美夜の両脇の地面に突き刺した。バンっと音がして光と砂煙があがる。美夜の身体が跳ねるのが見えた気がした。
「殺しちゃだめ。こんなことで人殺しになっちゃだめ。お願い。六花ちゃん」
「大丈夫。殺してないよ」
六花が陽奈の頭を撫でる。
「ってえ、なにをした」
美夜にはまだ叫ぶ元気がある。
「手加減」
「なに」
「陽奈ちゃんに三原美夜は生かされた。忘れないで」
取り巻き二人が申し訳なさそうに戻ってくると、美夜の手を引いてどこかへ行った。六花が陽奈を見る。何か宿っていた力が消える。いつもの六花に戻っていく。
「陽奈ちゃん、すぐ手当しないと」
自分の身体が傷だらけであることに今気がついた。いたた。
六花がロボットを着陸させると、コクピットの窓が開く。飛び乗って頭のリボンを外して何かクッションのような塊をくっつける。と腕が動いて陽奈を捕まえた。持ち上げて、六花の前に座らせる。
「せまくない? 重くない?」
「重くない」
陽奈は六花の上に座る格好になる。陽奈の右肩に六花の顔がある。
「飛ぶよ」
耳元でイケメンボイスが聞こえた後、甲高い音が高まってロボットがぐんっと上昇して加速する。
「ぐえ」
「六花ちゃん?」
「上昇Gを考えてなかった。陽奈ちゃん二人分は重かった」
「なにいってるの〜」
いつもの湖畔の街。もうすぐ夕暮れ。陽奈は小さなロボットのコクピットで六花に抱っこされて空を飛んでいる。富士山が見える。いつもと一緒のはずなのに、今までにないすごい景色。
陽奈のピンチに現れたヒーローはかなりヤバめけど、強い。
自分の手を操縦レバーをにぎる六花の両手に重ねる。
「ありがとう。六花ちゃん。助けてくれて」
「ん」
「この子名前あるの?」
「キュリエッタ」
「キュリ子かー。かわいいね」
「キュリ子?」
SCABEIが見えてきた。

「は、あ、あの」
「#$%'()0=)」
陽奈の眼の前にエルフがいた。え、なんで? なんかしゃべって…。
あ、そうだ。陽奈は渡された翻訳装置のスイッチを入れた。
「どうしたの?」
ソファに座ったエルフがアーモンドチョコレートを食べながら、陽奈の顔を覗き込む。
SCEBAIにつくと、白い建物の医務室で、六花のお姉さんと思しき人が手当てをしてくれた。六花によるとお医者さんらしい。透子さんと言う人。軍隊の制服を着てたけど、衛生兵って奴なのかな? 映画で見たことある。
陽奈の手当てが終わったあと、六花の手当が始まった。ここで待ってて。と言う部屋にエルフがいたのだ。
「異星人を見るのは初めて?」
「異星人さんなんですか! 初めてです」
エルフではなかった。大昔にこう言う人がUFOでやってきて、エルフの伝説になったのかなと考える。
「部活のみんなに見せたいので、写真、いいですか」
「いいよ。一緒に映る?」
陽奈はスマホの自撮りモードでアングルを探るがいまいち。
「こっちにおいで」
エルフ星人がスマホを奪って陽奈を膝の上に座らせると、顔を寄せてきた。
大きな銀色の瞳に自分が写っている。
「カメラ見て」
画面いっぱいにエルフと自分の顔が入ったアングルで写真が撮られる。
すっごい、間抜けな顔で写った気がする。
「あ、ありがとうございます」
「キミ、名前は?」
「御厨陽奈です」
「初めまして。ボクはテコ・ノーゲン。キミが六花の友達?」
テコが陽奈を膝の上に乗せたまま、頬を触ってくる。
「あー、テコさん、何してるの!」
唇の下に絆創膏を貼った六花が部屋に来た。陽奈をテコの膝からどかす。
「だめですよ。陽奈ちゃんは怪我人なんですから」
「えー? じゃ、六花おいで」
「あ、テコさんチョコ食べましたね」
アーモンドチョコの空箱を見て、びっくりしてる六花がソファに引き込まれる。テコが上手に六花を押さえつけて逃げられない状態に。
「て、テコさん、六花、唇怪我してるから…」
「ボクが直してあげる」
目の前でテコと六花の唇が…。陽奈は眼が離せない。
「こらー! そこの208歳!」
「なんだよ透子」
「14歳二人になんてことしてるんですか、こないだ犯罪だって言いましたよ」
ツカツカと軍服の透子が近づいてくる。
「あ、私のチョコ全部食べた!」
「ああ、美味しかった」
とろんとした目を透子に向ける。
透子がソファから六花を引っ張り出す。
「ごめんね。陽奈ちゃん。びっくりしたでしょ。この人、これでもある星の王女様なんだよ。チョコレート食べるとえろくなるとか困ったもんでしょ」
「これでもってなんだよ」
テコが笑う。
「また遊びにおいでよ。陽奈。でっかいワープグラスのアクセサリーつくってあげる」
「ありがとうございます!」
「家まで送る」
六花が立ち上がる。
「何で送るの?」
透子が聞く。
「キュリエッタ」
「一応言っとくと、あれ、なんの登録もされてない乗り物だから、外で乗り回すと違法なんだよ。私がクルマで送ってくる」
「そうなんだ。残念。せんせ、お願いします。外まで送る」
陽奈に六花がついて、長いエスカレーターで建物を出る。透子がクルマを取りにいく。
「陽奈ちゃん、知ってた?」
「何を?」
「これ、宇宙船なんだよ」
六花がニヤって笑った。すると建物が自分で光った。
エッジに配置された光源で巨大な白い船体が浮かび上がる。
「え、すご…」
「いつか、この子でどっか行こう」
「…うん! でもとりあえず、また明日!」
「また明日」
透子のロードスターが来た。陽奈が乗り込む。
「じゃ、いってくるね。宿題しとけ〜六花」
「はーい」
手を振る六花が遠ざかる。陽奈はその後ろで妖艶な笑みを浮かべて手を振るテコを見た。六花は気づいていない。
ひゃーって声が聞こえたような気がした。

「陽奈ちゃん、今日は大変だったね。でもありがとう。六花止めてくれて」
「あのままだったら、本当に美夜を?」
「そうでない。と思いたい。あの子、好きな誰かを助けるためだったら、自分が壊れても突っ走るタイプだから、どうかな…」
「六花ちゃん…」
観光シーズン。湖畔の街は平日でも夕方はかなり混む。
「来海、先生は六花ちゃんのお姉さんなんですか?」
「なんでだか、最近よく言われるんだけど、血は繋がってないんだ。あと透子でいいよ」
「透子、先生はどう言う関係なんです?」
「一応保護者。1年前まではお互い存在も知らない他人。不思議な縁」
血縁関係でない、10歳ほど年上の女の人が保護者。しかも軍隊の人。
六花の背後って過去って、どうなっているんだろう。
でも、深く詮索しない。私を守ってくれた、ちょっとダークなヒーロー。ヒーローの過去は誰も知らないのが定番。
「ねえ、透子先生、六花ちゃんとあの、テコさん、二人だけ残してよかったの?」
「ぬわっ」

Chapter 6 来海透子 26歳 プリンセスユニット

慌てて帰ってきた透子がナデシコの応接室に駆け上がる。
ソファに座るテコにしがみついた六花がさめざめと泣いていた。
「ああ、遅かった」
「今、絶対変なこと考えたろ、透子」
「おかえり、せんせ。陽奈ちゃんは?」
「ちゃんと送ったよ。六花にありがとうって」
泣き顔の六花が振り返る。透子は務めて優しく、
「どうしたの? 六花。何をされたか、正直に話して」
「おい」
「せんせ、最近千保ちゃんと話できてない。これって、六花の頭が千保ちゃんの記憶を食べたってこと?」
おっと、そっちだったか。今晩話すって言ってたからテコが軽くその話題を振ったんだろう。そして六花は気づいたわけか。
「あの、オーバードライブを使った日から?」
六花が頷く。
「単に情報を守るために自閉モードになってるだけかもしれない」
テコが六花を見つめる。
「六花は千保の記憶や情報をもっていたいか? 他で保存していいか?」
「千保ちゃんの声は六花をここまで支えてくれました。でもさっき、テコさんが教えてくれたように、私が生きていくと、その糧として千保ちゃんを取り込んでしまう。一つになりたいって千保ちゃんの言葉を聞きました。このままが千保ちゃんの希望かもしれない。でも、存在があるのに、徐々にいなくなるのは耐えられない」
六花の嗚咽が大きくなる。
「可能性があるなら、別で保存して欲しいです。あの日からこれまで六花は千保ちゃんと話さなくてもなんとか生きてこれました。だから離れてもきっと大丈夫だと思います。千保ちゃんを千保ちゃんでいさせてあげて欲しいです」
離れても大丈夫。今の言葉が神城千保は一番聞きたかったんじゃないかな。そう思う。
「お腹空いてるよね。六花。ご飯食べたら、移動をしよう。六花は寝ていてくれればいい。私たちでやる」
テコが優しく六花の手をとって言う。
3時間後、ナデシコ格納庫に祭壇が作られた。

「若干禍々しい」
「失敬だな。透子」
簡易ベッドに寝転んでいる六花。後頭部のコネクターにはいつもより太いコードが接続されている。そのコードの先に細長い繭のような形をした白い塊があった。縦180cm直径は太いところで80cmといったところか。
繭には複数のコードが接続され格納庫の天井にある機械の中に消えている。
寝かされた少女。人が入りそうな繭。のたうつコード。
この儀式祭壇はやっぱり禍々しい。
透子はテコに耳打ちする。
「もしかして、遺体はあの中ですか?」
「動かしておいた。状態は完璧だ」
「いつの間に」
「あのレベルのセキュリティはあってないようなものだよ」
「盗まれたって騒ぎになりませんか?」
「大丈夫。ずっとあることになるように、ロック画面いじってきた」
複雑だ。いいのか、悪いのか、本当によくわからない。ていうかあのセキュリティ結構なレベルなんだけど。宇宙人相手だと、そこから見直さないとだめなのか。
「六花、眠れそうか」
「うん。瞼重い。せんせ、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「六花、千保ちゃんいなくなって、前みたいになったらどうしよう?」
「今日の事件だって六花が自分で解決したのに? 心配いらない。六花はそのままよ」
ぺち。頬に手のひらを当てる。涙で濡れている。
「もし、前に戻ったりしたら、またやり直す。私たちはできることを確認してるじゃない。ゆっくり寝ていて。いつもと変わらない朝が来るよ」
「わかった。おやすみなさい」
睡眠導入剤が効いて六花が眠りに落ちる。
「始めよう」
ナノドライブモニターON。音声、視覚デバイスを接続。
「いいぞ。透子話しかけてくれ」
「千保ちゃん、聞こえる?」
『千保ちゃんって、誰ですか?』
「反応確認した。この人格で間違いないが」
「あなた、お名前は?」
『私はぽぽちゃん』
「本名、わかるかしら?」
『わかりません。この子が、ロッタが私のことをぽぽちゃんと呼ぶからきっとそうなんだと思います』
「なぜそこにいるのか、それは覚えてる?」
『これは私の望みだったことは覚えています。ロッタと一つになりたかった。それは叶いつつあります。あの子が成長すると私は失われていく。私を取り込んで、ロッタは大人になっていく。とても嬉しい』
でも。とすでに断片となってしまった千保が続ける。
『私は、わがままです。成長したロッタと一緒にいたいって思うようになりました。宇宙に出て、いろんな経験をして。ロッタは素敵な子になっていきます。私はそれをずっとそばで見ていたい。一緒にいたい』
言葉だけだが、そこに神城千保が座って話をしているような錯覚に陥る。
『オーバードライブを使って小霧を救ったあの時から、私はロッタに取り込まれないように自閉モードに入りました。おしゃべりしたかったけど我慢して。名前といくつかの思い出は消えました。でも、なんとか残っています。来海透子さん。私をロッタから出してください。それができるなら』
「テコさん」
「望みを叶える。神城千保。君を新しい脳と今まで使っていた身体のナノドライブに接続してある。ゆっくりで構わない六花の中からそれにアクセスしてみてくれ。入れそうなら、ゆっくり自分を移していくんだ」
『テコ・ノーゲンさんですね。ありがとうございます。六花の唇を奪ったりして。身体がうごいたら引っ叩きます。やってみます』
人工脳と遺体のナノドライブの活動レベルがゆっくり上がっていく。まっさらの記憶領域に神城千保の断片が刻まれていく。
「順調だ」
と思った矢先だった。
『ごめんなさい。透子さん、テコさん』
「どうしたの?」
『自分でも思った以上に、六花と一つになってます。強引に持って行ったら、六花を変えてしまう。それはできません』
移動率は50%ほどで止まっている。
『こうした形でお話しできるのはきっと、これで最後になります。どうか、六花をお願いします。寂しがりで、いじっぱりで、甘えん坊です。それがとても可愛い子です』
神城千保はこれで本当の死を迎えるのだろうか? 
『うつせるところをユニットに移します。再構築してご連絡します』
「千保…」
『大丈夫です。しばらく、六花を任せきりなっちゃいますけど、お願いしますね』
「まって」
透子はスマートフォンを取り出す。
「あなたが使っていたスマホ。このデータを持っていって。六花と撮った写真や動画が入ってる。再構築に使えるはず」
『ありがとう。透子さん。テコさん、この後、私が外を認識する方法はありますか?』
「六花のスマートフォンに専用のデバイスを繋ぐ。いってみれば、スマホになって一緒に出かけられるイメージだ。コミュニケーションは文字でも、音声でも」
『嬉しいです。動かせるのは、ここまでみたいです。六花をお願いします』
静寂。いや、六花の呼吸の音だけ聞こえる。移動率73%。
「難しいな」
こんな悔しそうなテコを初めて見た。
「また、助けられなかったのでしょうか? 私」
「その考え方は違うと思う。透子」
「一度死んだ人間を情報から再構築する、新しい生命体を作り出そうとしてる。とボクは考えてる。ベースは思ったより断片になってたけど、これから得る情報を合わせて、自我を構築するはずだ」
テコが笑顔を見せた。
「あの時言ったろ、そのうち自分から出てくるって。酔っ払いの戯言って思った?」
「半分は」
「正直だな透子。そうだな、1年か、2年か新しい機動兵器に載せる頃には変わっていると思う」
「神城千保はその、死んだってことでしょうか?」
「自我を得たユニットは当然、元の神城千保とは違う存在。でも成長すれば人は変わる。それとそんなに差異はない。生きてるよ」
テコは六花からゴツいコネクターを外した。手首の端末に触れると、繭のようなユニットが天井に引き込まれていく。
「とりあえず、千保ユニットとは呼べないな」
テコが天井に取り込まれた繭を見る。
「プリンセスユニットとでも言おうか」

来海透子


「今日はナデシコで寝ていくか? 部屋に戻るか?」
「戻ります。明日六花は学校ですし。クルマで来てるから」
「おやすみ。透子。六花の様子に注意してくれ」
「わかりました」
「ベットごと押して行って。下に置いといてくれていいよ」
テコが感慨深げに天井を見てる。そこになにがあるんだろう?

お、ちゃんと目覚ましでおきた。
今日は六花に朝ご飯作れる。
数種類のソーセージを焼き、スクランブルエッグとパンを用意。
牛乳をあたためてミロを作る。
「六花、朝だよ」
六花がモゾっと動く。目を開けて、かばっと起き上がる。寝ついた場所と違うので、混乱しているのか?
「六花の部屋?」
「寝ているうちに運んだ」
「おはよ。せんせ」
「大丈夫? 変わったところない?」
「ない。いつも通り」
「よかった。朝ごはん食べて」
「それがいつも通りじゃない」
「正直な子ね」
普通だった。変わったとことはない。
六花にも無理してそうな雰囲気は見られない。
「今日、きっと昨日のこと、先生から呼び出しとかあると思う。やばそうだったら、保護者が来てから話しますって言うのよ。キュリエッタ呼び出して全部吹っ飛ばすのは無しだからね」
「ちぇ」
「悪い子になった? 六花」
透子が笑うと
「そう。悪の六花はこうして目覚めたのです。千保ちゃんは封印だったのだ」
といって笑った後、抱きついてきた。
「脳みそがスースーする感じ。でも、オーバードライブのスイッチが作ってある」
「スイッチ?」
「こうすれば発動できるって理解できる。きっと、千保ちゃんが作った回路」
「そうか。また一つ六花のレベルが上がったのね」
「うまくいったの? 千保ちゃんは?」
「…うまくはいった。でも安定して、話ができるくらいになるまで、少し時間がかかるそう。テコさんが言ってた。赤ちゃん育てるようなものだって。だから少し待ってあげて」
「わかった。行ってきます。何かあったら連絡するね」
「いってらっしゃい」

透子は六花と別れた後、すぐに家を出て仮庁舎に顔を出したあと、ナデシコに向かった。
「透子。おはよう」
ナデシコのオフィスでテコは立体設計図を作っていた。
「今日、機動兵器のフレームをスキャンする。ボクの持ってきた機器とのマッチングを調べる」
「プリンセスユニット、どうですか?」
「超高性能なコンピュータとしては動いている。どうした?」
「助けて欲しいことがあって」
透子は昨日の事件に関連して、今日起こるはずのことをテコに話す。だから情報が欲しいと。
「ボクもユニットがどれだけの能力があるか知りたい。やってみよう」
テコがノートPCのような板を渡してきた。受け取るとピン。と音がして画面にどこかの部屋が映った。
「え、これ?」
「プリンセスユニットが作った仮想空間だ。彼女はそこで生活している。人間らしくあるためにね」
「あ、えっと。プリンセス、いる?」
なんて呼んだらいいかわからないので、とりあえず。
[おはようございます]
画面に文字が走る。仮想空間の中に黒いセーラー服の少女がいる。千保に似てる。恋愛ゲームの画面のようだ。
「お願いがある。六花と御厨陽奈に関わった加害生徒を洗いざらい調べて欲しい。監視カメラの映像とか。交友関係とか。相手の親はこの辺では一番でかい企業の副社長。いろいろかましてくるかもしれないから」
[了解しました。データはオフィスのPCに送ります]
「どこまで、調べられるかな」
「学校、そんなに大変なの?」
「助けるためとはいえ、ロボットで吹っ飛ばしてますから。それを覆す何かがないと。頼むよー。プリンセス」

予想通り、午後学校から呼び出しが来た。
透子はプリンセスが調べてきた資料の束を持って出撃。敵の撃退に成功する。保護者としての満足感。三原美夜の父親は言った。
「あんた、いったい何者なんだ?」
威圧も込めて軍服で行ったので、より不気味感が高まったらしい。
三原美夜の父親は六花を潰しに来たのだろう。キュリエッタの使用について攻めてきた。しかし、娘の悪行の暴露で返り討ちに合うとは思っていなかったらしい。陽奈以外にもいじめ主犯は4件。学校の監視カメラに記録あり。取り巻きの一人は地域では有名な万引き常習犯。これも監視カメラ。3人は男と結託して隣県で桃泥棒もやっていた。これはプリンセスが美夜の通話記録から、関わった人間のスマホにアクセスして証拠を引っこ抜いたようだ。
この件は警察にも情報を流してある。擁護するポイントは皆無。年齢もあって刑事事件としては裁かれないが、父親の隣に座る美夜に顔色はなかった。一方の六花はいつもの対外用ポーカーフェイス。
数日後、学校に来なくなった三原美夜は取り巻きともども東京の系列学校に転校したそうだ。彼女の悪行に東京でオーバードーズして転がってる監視カメラ映像あったけど、大丈夫か。透子は少し彼女が可哀想になった。

「透子先生!」
帰ろうとすると駐車場に陽奈が走ってきた。オープンカー+軍服でやたら目立つ透子を見つけるのは簡単だったようで。ちょっと離れてこっちを見ながら話してる子たちのなんと多いことか。
「部室、寄って行きませんか? 六花ちゃんもいますし」
六花はうーたん部に呼ばれているとかで、後で帰ると別れていた。どうやら呼び出しの話を聞いて、透子がいると陽奈が探しにきたらしい。
「お茶会ではないんですけど、先輩がお菓子作ってきてくれて。透子先生の話したら是非にって」
「いいの? 私部外者だよ」
「部外者なんて。六花ちゃんの保護者で、私の恩人ですよ。先生は」
最初三原父はいじめは陽奈の狂言だと言ってたらしい。その撃退をした透子をそう思っているみたい。

部室棟の一部屋。手作りの「宇宙探索部」の看板。なんか、懐かしいわ。透子は自分の中学生時代を思い出さずにいられない。こんな感じだった。
「透子先生を連れてきましたよ」
「こ、こんにちは!」
軍服の透子が現れると、みんなびっくりして立ち上がった。
六花は平然とクッキーをおいしそうに食べている。あんたねえ。
「お招きいただき、光栄です」
「いっしょだ。そう言う環境か」
透子の挨拶にスポーツでもやってそうな子が感心する。
透子は部長の榊 与那、副部長の高坂芽里、陽奈と同じ2年生の倉橋玲、1年生の木谷詩歌を紹介された。
「来海先生」
「は、はい」
「お呼びだてして申し訳ありません」
与那が改まって言う。
「私たちもうすぐ進学で部を離れます」
ポリポリ。六花が止まらない。幸せそうな顔して食べる子。あの顔のせいで私料理好きになったんだった。
「宇宙に関わるためにどう進学したらいいのか教えていただきたくて」
おお、私がその相談受けるとは。ポリポリ。ええいうるさいわ。
「六花、少し控えなさい」
「いいんです先生。これお礼なんです」
陽奈が六花のお皿にクッキーを足す。
「程々にね。あとで保父にしぼられるよ」
「ごふ」
六花が咳き込んだ。

「簡単に言うと、どこが宇宙の窓口になるか今はわからない状況です。私は侵略者が来た時にたまたま自衛隊にいて、その分野に志願できた。実はJAXAのようなもともと宇宙関連の組織より民間のほうがより遠くに行ってます。今ある宇宙とのインフラ支えているのがもとから宇宙に関わっていた人たち」
与那、芽里ともに真剣。透子の仕事は地球防衛なので、彼女たちが求めるのとは違うかもしれない。
「どんなジャンルで関わりたいと思ってるかによって違うんだけど、高校なら普通科に進学して、進みたい方向を見極めるのって悪くないと思う。あと、宇宙関連の課を新設して生徒募集をしている高校もあると思う。そう言うところはどんな内容の授業を誰にさせるつもりなのか、しっかり情報を集めて。もしかすると、あなたたちより詳しくない先生が出てくることだってあると思う。まだ、門が開いて2年にならないから」
「そうですよね」
おっとり型美人の与那とスポーツ少女のような芽里。対照的な二人が真剣な眼差しを向けてる。
「そうですね。芽里とも話していたんですけど、このまま高等部へ進学してそこから考えてもいいんじゃないかって」
「大学受験の頃には世の中が大きく変わってる可能性、あるからね。私もそれがいいと思う」
「そうなると、もう少しこの部活はできそうね」
エスカレーター高校の特権だなあ。と透子は思う。
そのあとは最近の仕事の話などを聞かせて、六花を連れて帰る。手には袋いっぱいのクッキー。
「六花はあの部活に入るの?」
「それもいいかな。でも、今は六花が話するだけのことが多い」
「そうね、うちに来させれば? ナデシコやシャトルの掃除したり、宇宙管制室見学したり、来て見るだけでも参考になるでしょ。学校からのちゃんとした要請なら、SCEBAI、防衛隊どっちも拒む理由がないからね」
「明日、話してみる」

「六花はどうだった?」
「変わりありません。はいこれ、六花から」
透子はテコにクッキーの入った袋を渡す。
「直接来て食べさせてくれればいいのに」
「懲りませんね」
「そうだ。プリンセスの機種名を決定した。『発展型論理・非論理認識装置つき革新的技術により人工創出された知的機械生命体』と呼称する」
「な、なんです?」
「と言うのを別の言語で記載したあと、文字をいい感じに拾って名前を作ったそうだ」
「なんて言うんです?」
「有栖川アイミ」

Chapter7 来海透子 26歳 キャプテン・テコ

公仁から連絡が入った。彼は今、衛星ステーションに行っている。ナデシコのような地表往還機能のついた宇宙船は少ない。大気圏に降りられない一般の宇宙船を係留し、地表往還機と乗り換えるのが衛星ステーションだ。SCABEIおよび防衛隊、国土交通省が共同で運用している衛星ステーション『高天原2』。
テクニカの会場で商談成立し、配送される新しい宇宙船が今日届いた。
「来ましたよ。見えますか? いいでしょー」
公仁からのライブ動画。グレーの貨客船が係留されている。
オンボロ号に比べるとかなりスマートで、早いことが一目でわかる。
「キレイじゃん。いい買い物したんじゃね」
SCABEI敷地の端っこにある仮設地球防衛隊の仮庁舎で透子と由美香はその映像を見ていた。
「そうでしょう。ウチの技術は半端やありません。是非船内も確認してください。キレイでびっくりしますよ。あと船内の荷室にノーゲン様のお荷物も積んでありますんで、よろしくお願いします」
中古船を新品同様にリフォームする業者の担当がにゅっと画面内に現れた。額の中心に黒い何かがあって浅黒い肌の色のため、インド系に見える。
「しかし、この星は青くていいですなあ。仕事じゃなければ、しばらく観光して行きたいですわ」
「すぐ、帰るんです?」
「うち、人数少ないんで、すぐ帰って次の納船ですわ。あ、でも草里はんからお土産いただいて、ありがとうございます。社のみんなと飲んでみます」
公仁に託した富士山麓クラフトビールセットを掲げる。
「お口に合えばー」
「ありがとございました。またのご利用お待ちしてますわ。見たところ、リフォームしがいのある船をお持ちだ。うちはリフォームだけでも受けますんで。次来た時はお姉さん方と飲みたいですわ。ほな失礼します」
「と言うわけで、船のチェックしたら登録に戻ります」
公仁からの通信が終わる。
「これで、ナデシコが使用中でも多少は早く移動できるかな」

この直後、警報が発せられた。
リフォーム業者からの救難信号。と同時に未確認船が静止衛星軌道付近で観測された。救難艇が現場に向かうと、リフォーム業者の宇宙船が拿捕されていたと言う。その未確認船から通信があったのはそれから30分後。
そして、地球の空に巨大な火球が数回目撃された。

「海賊警報が発令された。防衛隊各員に招集」
学校から六花、小霧、晴人が戻ってくる。ざっとあらましを描いたホワイトボード前に由美香が立った。
「状況を説明する。静止衛星軌道上に突如未確認宇宙船が出現。遮蔽機能を使用したと思われる」
「随分と性能のいい遮蔽だな。ウチの警戒システムはそこまでポンコツではないのだが」
村井村雨が唸る。
「最近の海賊、捕まらずに活動ができてる連中は、こんな一点豪華主義的に高性能なものを持ってることが多い。他がボロでも」
テコが補足する。
「当該海賊船は静止軌道から地球に向かって前進。途中、宇宙船リフォーム業者の配達船を拿捕しています」
由美香がボードに記した海賊船をレーザーポインターで刺す。
「先ほど、要求がありました。以下の内容を地球時間で10時間以内に用意すること。
1.アーデア船 2.見目麗しい女性10人 3.食料と飲料 4.日本円で10億円分のレアメタル 4に関しては黄金を要求していると思われる」
「金と女と食い物。海賊のテンプレみたいだな。アーデア船っていうのはナデシコ?」
晴人が訊く。
「テクニカの会場からつけてきたんだろう。ワープの痕跡は追えるからな」
テコが渋い顔している。
「ナデシコが速くて、この時間差での登場ってことか」
由美香が続ける。
「時間内に用意されない場合、先ほど空中炸裂させた火球砲を地表の都市に対して使用する。クレバーな回答を期待するとの内容です」
沈黙。そしておもむろにテコが立ち上がった。
「君たちのお手並み拝見。と行こうと思ったが、向こうはボクの所有物を要求してきたので、全面的に対処する。異存は?」
「ない。我々は教えを乞う立場だ。指揮を願いたい」
張りそうな雰囲気はあるが、村井はこう言う時意地を通さない。で、吸収するためにがっつり記録を取る。岸田所長相手にもこのスタイルを通し、さまざまな知識を得ているらしい。
テコがホワイトボード前に立つ。
「手書き! いいね。緊急事態感が出る」
呑気な発言をしたのち、
「一つ聞きたいのだが、あれをこれから原子分解させるのはあり?」
「どう言うことです? そんな強力な兵器がナデシコに?」
透子は訊いてみる。
「一応さ、ナデシコにはボクが作る機動要塞の自衛用陽電子砲の試作機が組み込んである。あのくらいの脅威は秒で無くなるよ」
そんなの積んでたの?
「だめです。ノーゲン卿。人質がいます。今回はちゃんとした方法で解決しないと、今後の地球防衛軍の評判に関わります」
高天原2からリモート参加の公仁が懇願。
「そっかー。じゃ、正攻法で行くしかないね」
ホワイドボードの海賊船前に三角形を書き込んだ。ナデシコの位置らしい。
「回答期限前に迎撃を行う。相手は星系の絶対防衛線内にいるので、問答無用で攻撃できるのだが、一応、人質開放と即時退去を要求する。回答期限は10秒。なので、呼びかけと同時に攻撃だ。機動兵器で海賊船の武装を破壊。その後ナデシコからの射撃で敵船のエンジンを破壊する」
テコが村雨に向き直る。
「海賊用の睡眠ガス弾は?」
「ステーションに常備している」
「届いた貨客船にガス弾のランチャーを仕込んで、ナデシコのバリアでカバーしつつ、接近して撃ち込み、沈黙させる。貨客船にはキュリエッタが積んであるはずだ。空間作業用に1機用意したんだが、それを使えば準備は簡単だ。」
「テコさん、ちょっと待って」
小霧が手をあげる。
「さっき、機動兵器って言いました、よね」
「言った」
「あるんですか? エリアル新型まだバラバラですよ」
「ある。パーツ取り用にテクニカから持ってきたんだ。使うとは思わなかったけど。会場に行った組はわかると思う」
「あ、あの女神像ですか?」
「六花、正解。あとでご褒美ね」
六花がひゃっとなって、透子はテコを睨む。
「チョコ食べてないって」
「シラフでそれかい」
そんな透子を遮って、
「六花はこのあとナデシコで機動兵器のチュートリアルを受けて。この迎撃戦は六花の準備が終わり次第発動する。公仁は新しい船にガス弾ランチャーを装備」
「了解であります」
「ナデシコの操船は晴人。火器管制は由美香。空域監視は小霧。透子は機動兵器のバックアップ。以上がナデシコ班。ガス弾の準備、運用は衛星ステーション班。他国の動きの有無、地上での管制は村井のチームにお願いする」
テコが全員を見る。
「ガス弾で沈黙したら救出と臨検を行う。ナデシコ班と衛星ステーション班で対応。装甲宇宙服はナデシコにある。あとは帝国の宇宙軍を呼んで回収させて終了だ」
 テコは集まった全員を見回す。
「会社発足前だが、これが地球防衛軍の初仕事になる。後悔のないように」
村雨率いる地上班が立ち上がって敬礼する。遅れてナデシコ班も敬礼してブリーフィングは終了した。
「テコさん」
「なんだ透子」
「テコさん、技術屋さんですよね。なんでここまでしっかりした戦闘指示が?」
「作り方から使い方まで。お客様に全てを提供するのが技術屋テコ・ノーゲンのサービス」
「…売れっ子は違いますね」
「本気で言ってる? 透子」
「テコさんこそ」

六花のスマホが鳴った。
「誰だろう? もしもし」
『六花!』
横に立つ透子にまでその声は聞こえてきた。
「え、陽奈ちゃん? どうしたの」
『さっき空に大きな火の玉が出て、あの火の玉、六花と関係あるの?』
「六花が起こしたわけじゃないけど、起こしたやつを成敗しに行くよ」
『危なくないの?』
「海賊退治だから、それなりに」
『私、嫌だから。六花絶対帰ってきて。火の玉見て、六花が危ないところに行くんじゃないかって考えたら、私、怖くて、怖くて。声聞かないとって思って』
「ありがとう。陽奈ちゃん。大丈夫。勝ってくる」
陽奈の焦った声が聞こえる。六花はあえてゆっくり話してる。
『ああ、私、六花って呼び捨てしてるじゃん。ほんと慌てちゃって、ごめん。六花ちゃんの方が冷静だ』
「ありがとう。陽奈。元気出た」
『…六花。絶対、絶対帰ってきて』
「わかってる。ちゃんと帰るよ。泣かないで。作戦始まるから、切るね。行ってきます」
六花が電話をきって、目をゴシゴシっとした。
「ごめん六花。番号教えたの言い忘れてた」
「ありがとう。せんせ」
六花の瞳が輝きを増す。
「なんだか、すごく、嬉しい」

「聞こえる? 六花」
「聞こえます。テコさん」
透子はテコたちと一緒にナデシコにいた。機動兵器の管制が行えるようモニターの情報を切り替えた席にテコが座って六花と話している。六花の姿は2画面あるモニターの上に表示されている。六花は女神像のコクピット。
「チュートリアルを始める。基本は画面に出てくるようにやってくれれば、終わるころには基本的な戦闘ができるってやつだ。10段階ある。六花なら余裕だと思う。始めてみて」
「はい。テコさん」
女神像は機動兵器として販売され、さまざまな星系で運用された。そのため、わかりやすくすぐ使えるよう、コクピットに座って経験値を上げるチュートリアル機能が備わっているそう。実機でやるシミュレーター。
60年前に作られた女神像は再び、宇宙を飛ぼうとしている。
「透子、透子にも教える」
「この機体はアウスト3型。製造は60年ちょっと前、10年前に退役した機体だ。とはいえ、性能的に今運用されてる機動兵器や降下兵に負けてるところはそんなにない」
「こんなの、いつの間に積んでたんです?」
「小霧の事件のあと。透子が六花たちにかかりきりだったときだ。気づかなかったか? プリンセスユニットの製造時に」
「天井のあれですか? いえ、全くそう言う構造物かと」
透子ははっとする。
「これ、プリンセスユニット、有栖川アイミが?」
「搭載されてるよ。今のところ、六花への接触はないけど」
「それ、不安要素には?」
「戦術戦闘AI自体は別にちゃんとしたのが積んである。人格ないし喋らない普通の兵器として使えるようになってる。今回は短期決戦だ。アイミの出る隙がないかも。透子は機体各部のモニタリング、ナデシコとの連携を六花に伝えてくれ」
「了解です」

「六花です。チュートリアル10まで終了です」
「いけそう? 六花」
「戦えます」
「ありがとう。六花。透子、パイロットスーツはある? 気密服だけだとGが心配」
「あります、けど」
「けど?」
「ケルカリアが持ってきたものです」
透子は保管庫からパイロットスーツを出してきた。神の国事件の時の白い神城千保用の予備。本人が着ていたものは分解解析に回ったが、島施設には予備が保管してあった。六花用はサイズアウトしたことを確認済み。そして、後の調査でケルカリア社が調達したものだとわかっている。
「危なくないかチェックしていただけます? テコさん」
「ふむ。みたところ、問題はないけど、ちょっと古いタイプだね」
テコがはめている手首のブレスレッドが光る。スーツをスキャン。
「大丈夫そうだ。あいつら、やり方ともかく納品する商品はまともなんだよな」
六花が白いパイロットスーツに袖を通す。袖口のスイッチで体にフィットする。鏡に映る自分の姿をしばらく見つめていたが、吹っ切れたように透子に向き直る。
「せんせ、いけます」

「似合ってる。六花。よし、ナデシコ出撃準備。みんなも気密服をちゃんと着て。衛星ステーションへ連絡」
「草里です。では出港します。ランデブーポイントでのちほど」
「村井、海賊の指定時間まで残りは?」
「まだ5時間あります。各国よりこちらに海賊対処の要請が来ております」
「対抗するのは我々のみと言うことだな。OKだ」
ブリッジのテコが全員を見回す。
「では諸君。海賊退治の時間だ。ナデシコ発進」
「アイアイサー」
晴人が返事を返すと、ナデシコがスルスルと滑走路を進み、上昇していく。
SCEBAI本部ビル屋上では村井たち地上班が手を振って見送る。
「楽しそうに見えますよ。テコさん」
キャプテンシートの上でテコは作戦の概念図をチェックしている。
「最近機動要塞でどっかんどっかんするネタばっかりでさ。こう言うの久しぶりだからかな」
「キャプテン・テコの海賊退治」
由美香が火器管制席からボソッと。
「児童文学でありそうなタイトル」
透子は笑った。
「強そうじゃないなあ」
テコも苦笑い。
「ドタバタだけど、最後は勝つんです。キャプテン・テコは」
透子はこのお話の中でどんなポジションだろう?

「キャプテン、0ポイントに到着」
「パパの貨客船を確認」
小霧がレーダーやら光学やらのセンサー情報から、接近する公仁が乗る宇宙船を見つける。
「公仁。船をナデシコの真後ろにつけて。そこなら砲撃があってもナデシコのバリアで防げる」
「単縦陣ですな。キャプテン、耳寄りな情報が」
「どうした?」
「先ほど、中古船の業者さんから連絡ありまして、全員無事だそうです。海賊船の船内に監視ドローンを放ってくれました。情報リンクしました。音声と一部映像モニターできます」
「透子、音声をスピーカーに出しといて。相手の動きがわかる」
「わかりました」
運んでいる船や荷物を奪われた際に、追跡するためにつけておくドローン。日本で言うとGPS追跡装置みたいな代物だ。この機械では音声や映像も飛ばすことができる。
「由美香、アクティブステルス展開。小霧、海賊船は見えるか?」
「レーダーではとらえています。望遠鏡ではこんな感じ」
コンソールモニタに海賊船が表示される。
「船影から検索しました。海賊船エーゲッカ。船長アギオ・ラウス 罪状・殺人、略奪、誘拐、強姦、人身売買、まあ、大概の悪いことは全部。乗員は1年半前の帝国警察との接触時で20名」
「もう一度確認。いけるかい?」
「問題なし」
「六花です。いけます」
テコはキャプテンシートに座り直す。
「上部カーゴハッチオープン。アウストを出す」

『ボス、星から船が上がってきた』
『映像だせ。アーデア船だな。降伏前倒しか?』
海賊船での会話が聞こえる。
『あの船、あたしがもらうんで』
女もいるらしい。
『お前に渡すのはこの船だ。あれはやらん』

「好き勝手に言いやがって。誰がお前らなんかに渡すと」
操舵席の晴人が息巻く。
「六花です。アウスト3立たせます」
ナデシコの上にすっくと白い女神像が立った。手には長いハルバート型の武装。どんな星で使われてもいいように、エリアルのようなはっきりした顔は見えない。顔面を覆うカバーがついていて、その目鼻立ちを隠している。のっぺらぼうのお面みたいなもの。その奥で二つの目がボウっとひかる。
『なんだありゃ』
『アーデアの魔女だ』
「魔女じゃなくて神様だってーの」
テコが反論する。

A-UST 3


『なんで、あんなものが』
『ここの未開人が動かしてんのか?』
『危険だボス。あれは本当に危険だ』
『そこまでか? お前の星がアーデアに滅ぼされたとは聞いたけどよ』
『アウスト型の白は、あいつの、星盗りのテ…』
「六花、狙撃位置へ」
海賊の言葉に被せるようにテコが指示を出す。
「了解。行ってきます」
シュンと一瞬と加速でアウストが消える。透子のモニターには高速で海賊船の直上へ移動する様子が見える。アーデアに滅ぼされた? 
テコが透子の視線に気づく。
「アーデアが宇宙に出て1000年以上経ってる。イロイロあるさ」

『消えたぞ』
『やっぱり魔女だ』
『何かしてくるぞ』

「海賊船、射程に入ります」
「村井、きこえる?」
「モニターしてます」
「じゃ、警告文を読み上げてやってくれ。村井の声が一番いいってみんな言ってた」
テコの要請に
「仕方ないですな」
と村井が答え、海賊船に対して通信チャンネルが開かれた。
「由美香、警告と同時に陽電子砲に出力ためて。六花から奴らの気を逸らす」
「了解」
ナデシコ機首横のハッチが開き、砲口が顔をだす。

「接近中の船舶に警告する。貴船は当星系の絶対防衛線内に侵入している。警告なしで撃沈が可能であるが、温情を持って退去勧告を行う。猶予期間を10秒設ける。その間に拿捕した配送業者を解放し、転進の意思が見られない場合、実力をもってこれを排除する。懸命なる判断を望む。10、9、…」
『アーデア船出して降伏かと思ったら10秒だとふざけやがって未開人が。このまま前進。主砲に動力まわせ』
『アーデア船、主砲にエネルギー充填! 撃ってくる?』
「5、4」
『何ができるって言うんだ未開人、ここまで入り込まれて全部遅いんだよ』
『さっきの魔女を探すんだ!』
『お前、心配しすぎだぞ』
『早く寝てる連中を起こせ』
「3、2、1」
「六花、撃て!」
テコの号令と同時に真っ白い光の帯が海賊船エーゲッカに降り注いだ。船上の構造物がことごとく光に貫かれる。

『やりやがった』
『被害は?』
『砲塔が全部やられた』

「小霧、敵船のパワーの流れをモニタリング。撃ってきそうな砲があったら六花に射撃指示をだせ。ナデシコ前進。由美香、陽電子砲射撃用意」
「陽電子砲、最低出力…」
すごく悔しそうに由美香が言う。
「ごめん。今は我慢して」
「目標敵船エンジンノズル側面。斉射」
絞り込まれた陽電子ビームが敵船のエンジン表層をなぜる。構造体の分解が起こり、エネルギーが噴き出す。爆発させないよう気を使った攻撃。
「敵船の速度低下。パワー、艦首に集まり始めました」
小霧の声にテコが反応。
「あの火球砲は艦首か。六花、叩き切れ」
狙撃ポジションからアウストが接近。もっていたハルバートで艦首を切り落とす。隠れた砲口が見えてぽふっと火を吹き沈黙した。
「敵船から、機動兵器。2機。翼竜型」
発艦した怪獣を小霧が把握。透子に追尾が切り替わる。
「透子、六花に機動兵器を遠ざけるよう言ってくれ。ちょっとでいい。その間にケリつける」
「六花、状態は?」
「大丈夫」
「機動兵器を引き付けて。その間に母船を片付ける」
「やってみる」

『アーデア船がくるぞ』
『撃てる砲で撃ちまくれ』

「バリア展開」
もはや対艦戦闘に使える武器は残っていない様子。
口径の小さい対空火器でナデシコを狙うが、全てバリアに弾かれる。
「公仁、準備は」
「いつでも!」
「ナデシコ急速離脱」
ナデシコが速度を一気に上げて、エーゲッカの後ろに。その陰に隠れていた公仁の船が真下に入る。
「ガス弾射出」
甲板に備え付けられた筒からボンベが10発射出される。排気口、ダストシュート、エアロック。あらかじめ情報にあった目標に飛び、壁にくっつくと弾頭先端の反物質トーチが装甲を溶かし、細く長いトンネルを形成する。そこから催眠ガスを放出する仕組み。

『ガス!』
『気密服を…』

殺しはしないが短時間で大半の人種を無力化する強力な薬剤が船内を満たす。海賊船のように日々宇宙服を着ていない船員ばかりの船には特に有効。
「業者さんのドローン情報で、船内で動く人がいない模様です」
「よし。六花は?」

Chapter8 六羽田六花 14歳 有栖川アイミ

2機にこれといった連携がないことを六花は理解した。
キュリエッタで落としたボールより動きが悪い。
ただやっぱり1機を相手にしているうちに撃たれるのはいやなので、とにかく落とすと決めた相手と距離を詰めた。もう一機は仲間にあたるから撃てない。
アウストの機動力は十分。キュリエッタ並に軽い。こう言う操縦特性がテコさんの作品の特徴なのかな。
口やら、目やらから光線を吐き出す怪獣。ふっと、あの島でのシミュレーターが頭をよぎる。
「心が気持ち悪い」
とにかく、早く退治しよう。機動性だけはいい敵1機の胸元に飛び込むと、ハルバートを下から振り上げる。左の腕と飛行幕を切断。バランスを崩したところに先端から出るビームを数発。怪獣は動かなくなった。
「一つ目」
『おいお前』
もう一つの翼竜が近づく。なんか勝手に無線のチャンネルを拾われたらしい。
『オレの星はその魔女に蹂躙されて滅んだ。今でもオレはその機体が憎い』
攻撃はしてこない。
「六花に関係ない」
『お前、子どもか? どこまでおぞましい機体なんだ』
怪獣が身構える。
『その機体は、いずれお前たちの星を滅ぼす。降りたら助ける。降りなければ堕とす』
「いいですから、私たちの星から消えてください」
『取り込まれたか、魔女に』
怪獣が光線を吐き出す。六花は間を詰めると至近距離でビームを連射する。発射間隔はアウストが圧倒的に早い。が、この相手は結構かわす。
『悪いが、お前で恨みを晴らす』
怪獣の速度が一気に上がった。動きが違う。これってまさか
「オーバードライブ」
「六花、近めの間合い維持できる?」
透子の声がする。
「ついてくの、ちょっと辛い」
速いが、攻撃はかわせる。でも撃っても当たらない。
その時、六花の視界に怪獣のうなじを攻撃する攻撃指示が見えた。あの日、ロケットをオリヒトの宇宙船にぶつけた時に見た、千保の攻撃指示と同じ。
「なに?」
「どうしたの六花?」
透子からじゃない。さらに視界に文字が見える。
[攻撃指示:首の後ろ、イナーシャルキャンセラーを破壊。効果:パイロットの対G能力低下]
これはアウストの指示? 六花は戸惑った。
ビーッ とけたたましい警報。一瞬の隙をついて、怪獣の吐いた光線が殺到する。直撃をアウストが左腕で受ける。肘から先が吹き飛ぶ。
「ふわっ!」
「六花!」
「油断した」
六花はその時何もしていない。アウストが勝手に動いた。
[提案・パイロット:攻撃のみ 回避その他:アウストAI]
また文字が表示される。
「どういう…。本当にいいの?」
怪獣の攻撃は手を緩めない。よくこんな長くオーバードライブを使える。
「大人だからか。それにしても」
なんとかしないと。怪獣はナデシコの方向にアウストを追い込みつつある。その時、何かが心に触れた。あの時の千保の手のように。
[Don't worry. Give it your all.LOTTA]
その文字が頭の中で弾けた。
「うらあああ!」
六花は千保の残したオーバードライブスイッチをONに。周りがスローモーションに変わる。怪獣の動きが一気に遅くなる。
『お前、その速さ』
正面からと思った怪獣が光線を乱れ打つ。回避はアウストAIがやってくれてる。六花はハルバートを腰に構え、光線をかいくぐって背後に。
横に払って首の後ろを抉り取った。
『そんな攻撃で、がっ』
立て直そうとした怪獣が急機動、次の瞬間の動きが乱れる。イナーシャルキャンセラーの破損に気づいていなかったらしい。どれだけのGがパイロットにかかったか知らないが、大人でも無理だと六花は思う。
『こんな、こんな攻撃…。ま、魔女め』
「うるさいっ」
六花は怪獣の顔面にハルバートを突き刺すとスラスタ全開。怪獣を海賊船の垂直安定翼にそのまま叩きつけた。翼竜型の機動兵器がもずの早贄のように空間に手足を漂わせる。
『アウストの白…魔女…』
パイロットは生きてる。動けはしないよう。
「六花、戦闘終了。帰還して。すぐ薬を飲みなさい」
透子の声がする。
「わかりました」
[帰還:AIが担当 パイロットは操縦系より開放]
文字が流れる。アウストがゆっくりとナデシコに向かう。
六花は何もしていない。何かしようとしても機体は反応しない。
「誰がそこにいるの」
[システム名:発展型論理・非論理認識装置付属知的機械生命体 個体名:有栖川アイミ]
「うそだ。ぽぽちゃんのくせに」
六花はそこで気を失った。

Chapter9 雨宮晴人 17歳 接触回線

キュリエッタに乗った晴人はやガスで眠ってる海賊船員や彼らが略奪してきただろう物品の運び出しをしていた。地球をバックにボロボロの海賊船と無傷のナデシコ。公仁の選んだ貨客船も無傷で荷物を積み込んでいる。
「完全勝利か」
今回はテコさんの勝利だな。
「さて、最後は」
海賊船の無駄に大きい垂直安定翼。その中心に翼竜が頭を串刺しにされている。ナデシコのから六花の戦いを見たが、凄まじいものだった。六花の凶暴性はどこからくるんだろう? 13歳から他の人が考えつかない経験を積み続けている六花。友達できたらしいけど、不安は付きまとう。
「まて、晴人」
無線から声がする。見ると装甲宇宙服が近づいてきた。
「テコさん」
「機動兵器はボクが見る。連れてってくれ」
キュリエッタでテコの背中を支えると、コクピットのある怪獣の胸元へ飛ぶ。この周辺に傷はない。
「右にハッチ開放レバーがある。お願いできるか」
「了解」
ハッチ横にテコが取り付いたのを見て、晴人はキュリエッタで開閉レバーを操作する。コクピットハッチが開いた。
「パイロットの尋問はボクがやるよ。晴人、バトレイア、地球ではハルバートというのかな、ビームブレードをオフしてほしい。握りのあたりにスイッチあるはず」
「わかったよ」
テコさん自らやるんだな。とコクピット前から離れ、六花が突き刺したハルバートの握り付近にキュリエッタで触れたとき
「…お前、アーデア人だな」
と声が響いた。何だと思って晴人が見回すとコンソールに[接触回線]と出ていた。触っているものが振動を使って会話するシステム。パイロットとテコが話しているようだ
「そういう君は?」
「ヒューデを忘れたのか。お前たちが滅ぼしたヒューデだ」
「もともと星間戦争してたじゃん。滅んだのはアーデアのせいじゃないよ」
「ふざけるな。200機のアウスト2で地表を焼き払う必要のない攻撃。許されると思うのか。もうヒューデは降伏していたのに…。戦争のどさくさに紛れて星一つ奪おうなんて、悪魔の所業だ」
「人聞きが悪いな。アウスト2は君たちが戦ってたブルーニュの所属機。ブルーニュのやったことだよ」
「それは表向きだ」
「まあ、当事者だから知ってるか。あれは惑星改造の一環だよ。ヒューデはそうでもしないと、アーデア人は住めないからね。でも失敗しちゃったけど」
「失敗? 星一つ崩壊させて失敗だと。貴様テコ・ノーゲンだな。あのアウストの白。アーデアの魔女を持っているのは銀河でもお前だけ。やっぱり星盗りのテコが来ていたのか。今度はこの星を」
「地球は無改造で良い星。ようやく見つけたんだ。そんなことするわけ無いだろ」
何を話してるんだ。
「じゃヒューデは…」
「あそこはいっぺん壊さないとなんともならなくてさ。まあ壊しすぎたんだけど。どの道戦争でなくなるんだから、いい実験台になった分良かったと思うよ。で、自分の体をそこまで改造して、海賊になって、一体何をするつもりだったんだ? ヒューデの人」
「アーデア人への復讐だ。アギオ・ラウスはオレの恨みを知っている。アーデア人を捕まえると全部オレに回してくれた」
「ああー、アーデア人の虐待・殺害動画あげてたの君か。どっかで見た覚えがあると思ったんだよな」
「だとしたら? どうする?」
「君、賞金首だからね。生死問わずの。これから消すとこ動画撮って後で換金してもらう。地球の子達になんかいいもの買ってあげられる」
「なんだそれは、ヒューデとこの星は何が違う? なぜそこまで肩入れする。いずれ奪うのだろうに」
「ここが綺麗だからだよ。歴史で習ったかつてのアーデアみたいにね。大切にしなくちゃ。ボクにとって、ヒューデはそういう星じゃなかったから」
「星盗りのテコ、血も涙も無い本物の魔女というのは、事実だったんだな」
「たくさん世の中がわかって良かったな。ヒューデの人。もう一つ賢くしてあげる。ボクを星盗りって呼んだ人は必ずいなくなるんだ」
銃声のような音、怪獣のコクピットでなにか光る。
「テコさん!」
「大丈夫だ。晴人。見てみるか?」
ハルバートのビームブレードをオフにしてテコの元へ。ビームの刃が消えてもめり込んだ怪獣は動かない。
「どうしたんです?」
「人造人間だ。襲ってきたから、撃った」
「人造人間?」
晴人がコクピットを覗くと、気密服が泡のような物質にまみれていた。
「これはパイロットをさせるためだけに作られた、ま、人型合成体ってとこかな。だから長時間オーバードライブできる。六花が慣性中和装置壊したせいで、自分の機動で体がバラバラになったみたいだけど生きてて、襲いかかってきたよ」
「この泡はいったい?」
「パイロット用途の人造人間は、有機AIが壊れると身体が泡になって消える。情報漏れを防ぐためらしい。気持ち悪い発明だ」
さっき話してたよなと言おうとして晴人は思いとどまる。心が告げてる。危険だ。これは。
テコがキュリエッタにつかまる。
「帰ろう晴人。バトレイアはアウスト使わないと引き抜けない」
「了解」
晴人はナデシコに向かう。右腕にいるテコがずっとこっちを見てる。
「どうした? テコさん」
「晴人、賢いな」
背筋が凍る。ような感覚。
「なんで?」
平静を装えたはず。
「キュリエッタ、上手に動かせてる」
「あ、ああ、六花ほどじゃないよ」
テコはそれ以上なにも言わず、前を向いた。
星盗り。主星を失ったアーデア。テコには動機がある。
でも今回のこともテコは地球のために動いている。アーデアに似た綺麗な星だから? でもそこに妥協や打算があるように見えない。今の会話だけ聞いて判断するのは良くない。晴人は思う。
1年後には地球を離れる。帝国の大学で調べればなにか、さっきの会話の真実につながる情報が出てくるかもしれない。
きっとテコが性急に動くことはない。はず。
「な、テコさん」
「ん」
「テコさん、地球のこと好き?」
おや?っとした表情を一瞬見せた後、宇宙服のヘルメットの中に、これ以上ないほど美しい笑顔が見えた。
「うん、大好き」
「そっか、ありがとう。ようこそ。地球へ」
「どうしたんだ今頃、改まって」
「このロケーションってそういうこと言う場所だと思ってさ」
「そうだな」
キュリエッタとテコの前に巨大な青い星。しばらくしてテコが晴人を振り返る。
「帰ろう。地球へ」

SCEBAIが見えてきた。晴人は第一滑走路へのアプローチコースに乗せる。
「コントロール、ナデシコ、ファイルアプローチ」
「ナデシコ、Cleared to Land。六花ちゃん、友達が来てる」
「え?」
六花が毛布にくるまってブリッヂ最後端のシートに座っている。医務室で一人はイヤだってことでここにいる。まだ頭痛が治った顔はしてない。
「仮庁舎で待っててもらってる」
「学校お休みの朝なのに、だれ」
「名前まで聞いてないけど、5人位いるらしい。六花ちゃんが出発してから、いつ帰るのか何度も電話があったらしい。今日だって伝えたら、朝から来たって」
「そう、ですか」
「うーたん部の子達じゃない?」
透子の言葉に六花が黙ってしまう。
「どうしたの?」
六花の隣で透子が聞いてる。晴人は、聞き耳立てながら滑走路にナデシコを滑り込ませる。
「こんな朝から、六花のこと待っててくれるなんて。どんな顔してあったらいいか、わからない」
「ただいま。ありがとうって言う以外になにもない」
小霧が六花を見る。そうだよな。
晴人は六花並みのスムーズな着地に成功したが、誰もなにも言わない。そうだよなあ。
「六花見えたよ」
晴人が仮庁舎の方向をズームすると、女の子たちがナデシコに向かって手を振りながら、待機スポットに走っていくのが見えた。

六花が毛布を置いて立ち上がる。
「先に降ります」
「みんなによろしくね」
透子が背中を押す。パイロットスーツを着たままの六花が降りていった。
「ここんとこ、一気に変わって六花、大変だ」
小霧が呟く。
「思春期はそんなもんじゃないの? ってアンタ2年くらいしか経ってないだろ」
「そうだった。大変だった」
由美香に言われて小霧が納得する。
「まだ終わりじゃないぞ。大人チーム。透子、由美香オフィスへ」
「アイアイサ〜」
テコとヘロヘロの二人がナデシコの奥に消える。晴人は、操舵席のアームを戻して席を降りる。
小霧が横からぴょんと現れて抱きついた。
「おつ。着陸、完璧」
「ありがと」
軽いキスをして、歩き出す。
地上では六花が朝日の中、囲まれてわしゃわしゃされている。
「人気者だ」
小霧は銀河への進学で六花を残して行くことをとても気にしていた。この光景は安心材料になるだろう。
「腹減ったな」
「帽子屋いこ。防衛隊のチケットで。みんなも行くかな?」

所内連絡用の電動軽トラ、晴人と小霧が座席に座り荷台に女子中学生6人を乗っけて、本部棟へ。70階にある24時間365日営業している喫茶店、気狂い帽子屋。晴人が先頭で中に入ると。
「晴人! 待ってたぞ、晴人、まあ座れ」
「ハルくんこっちこっち」
ナデシコ班到着を待たず、地上班の戦勝祝賀会が開催されている。どうやら昨晩深夜からずっと継続らしい。
晴人が中に引き込まれる。振り返るとドン引き中の女子7人。
しかし、察した小霧が全員に低い姿勢を指示。パーテーションの影やテーブルの下を通って、カフェメニューを出すカウンターへ。そこで女の子的メニュー担当の通称マリアさんに7人が朝ごはんを注文。仮庁舎までの出前を頼んで、晴人に手を振って撤退していった。
小霧の運転する軽トラが仮庁舎にもどり、少しして出前のバイクが走り、仮庁舎の屋上で穏やかに女子会が始まるのを、もみくちゃにされながら晴人はずっと窓から見ていた。

EPILOGUE SCEBAIのそこかしこにて。

海賊に関するすべての処理が終了。
程なく、防衛隊の口座に莫大な金額が振り込まれた。あの海賊は乗組員のほとんどが賞金首。合算で金額が跳ね上がった。
「バウンティハンターをやろうなんて思うなよ」
仮庁舎の中、テコが口座残高をみて震えている公仁に言う。
「競争激しくて、そのうちジリ貧ってのがパターンだからな」
「いやでも、夢見てしまいますね。このお金はノーゲン卿の契約金の一部に」
「今はまだいい。それに」
星ごともらうからな。晴人。こっちを見たテコの唇がそう動いたような気がして、晴人はテコから視線を外した。テコが席を立つ。
「ボクはナデシコにいる」
「何か、仕事?」
晴人が聞く。
「久しぶりに母たちに電話する。仕事が決まった報告かな」

SCEBAI本部、70階の喫茶店 気狂い帽子屋にまた、小霧と六花、そしてうーたん部の面々が集まっていた。
今日、ユニバーシステムにある帝国大学星系留学の第一便が出発する。留学する人にどんな準備をしたか、どんな勉強をしたか、聞ければいいな。と言うことで集まったのだった。
「あ、仮設隊のキリちゃん、こっちは六花ちゃんと地元中学生か。もしかして留学の話聞きに来た?」
パイロットスーツに白衣という格好で、他の人からBさんと呼ばれてる研究所員が小霧に声をかけた。
「じゃ、あの人に聞いてみたら?」
とカウンターで万年筆を手に、うんうん悩んでいる人を指した。
メガネをかけた、落ち着いた雰囲気の人。
「どなたなんです? あれ、見覚えある。え、まさかエリアルの…」
「そう。エリアルのパイロットだった、岸田絢ちゃん。所長のお孫さん。メチャクチャ苦労して数奇な運命背負ってる人だから、参考になるかどうかだけど。ま、苦労って言ったらキリちゃんたちも同じだね」
そういって『Bさん』が手を振りながら出ていった。
「よし、行くか。与那、芽里」
「はい姉さん」
「キリちゃん、六花、ここにいる。いってきて」
「…わかった。いってくる」
うーたん部はこの間の女子会ですっかり小霧と打ち解けていた。特に玲と詩歌はキリ推しチームを結成している。
「六花どうしたの?」
六花は一瞬険しい表情を見せたが、すぐいつもに戻った。
「陽奈は行かなくていいの?」
「私は六花と一緒にいる」
「ありがとう。陽奈」
寂しげな微笑み。陽奈は少し心配になる。
六花が海賊退治から帰ってきた日。みんなで朝ごはんを食べた後、六花は陽奈の膝枕で寝てしまった。 キュリエッタで助けに来た時と比べて、あまりに無防備な寝姿。守ってくれる強さを、守ってあげないと崩れる弱さが包んでいる。陽奈は六花の極端な不安定さに心が惹きつけられるのを感じていた。
六花は何か辛いことを思い出してる。あの絢さんのせいってわけじゃなさそうだけど。手を握ると、ちょっと強めに握り返してきた。
突然女の子5人に囲まれた絢さんは面白いくらい驚いていたけど、ゆっくり丁寧に説明し出した。そのうちもう一人、絢さんに似た妹かな? な女の子も加わって、会話の輪が広がる。
しばらくして、みんなが戻ってきた。
「どうだった?」
陽奈が聞くと芽里が答えた。
「絶対浪人するなって」

ナデシコ船内。テコは超光速通信の準備をしていた。通信の先はアーデアリング行政長官執務室。回線が繋がる。
「あら、テコ」
「久しぶりじゃない」
「ご無沙汰です。カーシャ、フーリコ」

カーシャ・ノーゲン/フーリコ・ウスト

「ちゃんとお母様と呼ぶんだ」
カーシャがたしなめてきた。
え、またこれをやるつもりなのか。テコは若干げんなりする。
「お久しぶりです。お母様」
「どっちの」「どっちの」
と二人が同時に返事する。
「もうこれ、やめませんか。200年間ずっと、ずーっとやってるんですよ」
「いいじゃない。儀式。儀式」
フーリコが笑う。
「で、テコがこうして話に来るってことはいい知らせだな」
カーシャが画面の向こうで嬉しそうにこっちを見ている。
「はい。移住可能惑星を見つけました。宇宙開拓前でこちらのやりたいようにできます」
「すごい偶然ね。どうやって見つけたの」
フーリコの目が輝く。
「テクニカでたまたま。あのカオスな宇宙港でどこにもぶつけずに、最短接岸記録をだしたのが、地球って聞いたことない星の女の子だって聞いて」
「あなた女の子好きだものねえ」
テコは笑いながら続ける。
「やめてフーリコ。それで調べてみたんです。地球。今までどうして気づかなかったんだろうって言うくらいアーデアに似た星で。すぐその子にコンタクトを取りました」
テコは六花との出会いの場面を思い出していた。そんなに日は経ってないのに、ずいぶん前のような気がする。
「星の名は地球。美しい青い星です。資料ファイルを後で見てね。接触した人は賢くて良好な人ばかり。こんな星が手付かずで残っていることに驚きました」
「賢いと、厄介じゃないのか?」
「いいえカーシャ。『何か企んでいるかもしれないけど、今は私たちのために働いてくれる。信じていたい』と考えられる賢さ。悪賢いとは違う」
「バレてないの? あなたの目的」
「ヒューデ人が出てきて、どうなるかと思ったけど、一緒にいた子がいい子で黙ってる。これから先、100年から150年かけて開拓。住民の宇宙往来を活発にしたところで、地球人には月という衛星と第4惑星に移住してもらうつもり」
身体を替えて延齢した六花を月の女王にでもしてさ。
「そんな近くに移したら、戦争になるわよ」
フーリコが言う。
「そこは、うまくやります」
「どうかな。テコは戦うのが好きな子だからな」
カーシャはちょっと困ったように見ている。
「共倒れにはしません。共存は模索するかも」
「楽しみにしてるわ。今度その星の子達を連れてらっしゃいよ。下心なくおもてなしするから」
「そのつもりです。ナデシコ、あ、カーシャフーリコでもかなりかかるので、時期が来たら」
「船名変えちゃったのよね。テコ」
フーリコが残念がってる。でも本心ではなさそう。
「お気に入りの名前を向こうの言葉に変えるなんて、相当だなテコ」
カーシャにテコは笑顔を返す。それは晴人に見せたあの笑顔と同じ。
「ええ。ボク地球が大好きだから」

episode-2 に続く。




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