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ARIEL-E Episode-5 信州信濃の新そばよりも、あたしゃあなたのそばがいい。

この物語は笹本祐一先生著の名作SF「ARIEL」の原作最終盤からつながる世界を妄想したものです。きっかけはプラモデル。これをオリジナルではなく新型エリアルとして作った際に、付随する物語も考えました。それがこれです。

登場人物・組織に関してはこちらを参照してください。

Prologue  夏の空

最後の荷物をエリアルEのコクピットに放り込んで、その胸元から六羽田六花は東京湾を見つめた。3ヶ月きっかり、東京本部はなくなった。
期末テストも終わった。一応、一番をとって西湖女学院東京校の歴史には名前が残ったと思う。制服のセーラー服は
「私、予備で使いたい」
と2年先輩の木下亜香里がいうので、渡してきた。背格好がほぼ同じとはいえ亜香里は3年。今更制服の予備なんているわけじゃない。これは多分形ある記憶。渡した時、いつも笑ってる亜香里が泣いていて、忘れられない。また、別れ。もう、疲れた。
エリアルEで一路、北へ。長野県に完成した新しい基地の場所は一般には公表されてない。
「でも、降りれば、ばれますよ」
「あ、そんなに周辺に人いないから大丈夫。まあいいよ。噂が広まる程度には」
銀河帝国登録企業 地球防衛軍。国家主導では埒が明かないため、自衛隊有志とSCEBAIなどが立ち上げた民間防衛企業。そのCEOを務める草里公仁は東京本部シャットダウン日にそう言って笑っていた。
SCEBAI内の仮庁舎から始まって約3年。ようやく、本当の本拠地。
「それが秘密基地なんて、ワクワクするでしょ」
海賊退治や異次元生物捕獲など、儲かる事案解決によって潤沢な資金があったが、今回の基地移転で結構使ってなくなりつつあると聞く。
約束を反故にした東京都からは違約金的なものが出たらしいけど、防衛軍で動くお金の規模からすると、ほんとに微々たるものらしい。
「でも、気にしないで高校生活、楽しんで。六花ちゃん。日頃の食い扶持はきっと透子が稼ぐよ」
希望的観測かあ。

眼下の景色が緑多めに変わる。
「EDFコントロール、こちらAE04。着陸アプローチ」
「EDFコントロール了解」
旅客機のように滑らかに降りるのでなく、ある程度高度を保って、基地近くで一気に高度を落とすコースで飛ぶ。
「あれ、新しい学校?」
「そうみたい」
隣の席で古藤風花が答える。
ほぼ四六時中一緒にいる風花が網膜投影ゴーグルに挟まった髪を直してくれてる。
眼下に古めかしいけど新しい。よくモダンと言う言葉で言い表せる校舎が見える。土地があるからってやたら広い敷地。全国から飛び抜けて優秀な女の子が集まるので、これまたでかい寮もある。
西湖女学院のように、手を振る子はいない。そもそも気づかれてない様子。音が出ないように非噴射式推進機を使い飛んでいる。でも出っぱりの多いカタチなので、空気を切り裂く音は出てると思うけど、この高度ならわからないだろう。
「光学シグナル受信」
よく田舎で見かける半鐘の着いた火の見やぐら、それに擬態した信号灯が視界に入る。やぐらと倉庫のある舗装された広場。これが秘密基地の野外露出部分。あとはすべて地下にある。着陸ポイントにEの文字が光る。
基地に入る道、県道から分かれる角には六花の保護者、来海透子が始めるクリニックの建物。続く道の両側には畑。そして基地。その奥には廃校を使った職員宿舎。その奥には直径500mのほぼ円形の湖。
「AE04着陸。収納開始」
地下基地に入っていく。中身は東京からそっくり持ってきているので、見た感じは変わらない。
「六花ちゃんまたね~」
「よろしくお願いしまーす」
六花と風花は機体を整備の人に任せて、エレベーターで地上へ。歩いてトコトコクリニック2階の新しい家に行く。古い消防倉庫をそのまま使った地下出入り口からでると…。
誰か、いた。同じ制服の子がこっちを見ていた。そして近づいてきた。
六花はスマホで基地司令部との連絡用アプリを立ち上げる。
「SWよりCP。"見学者"です。ゆすらの生徒」
『CP了解。仲良し対応でOK』
「SW了解」
「六花が話す?」
「そうするよ」
「優しくだよ」
「六花いつも優しいでしょ」
「そうね。私がキーって嫉妬するくらいにね」
「おばか」
「ふんだ」
六花は、ゆすらの夏服を着た女の子に近づく。自転車で追いかけてきて、額に汗がひかる。おんなじくらい、目もキラキラ。
「あ、あの、今ここに地球防衛軍のエリアルが着陸しなかった?」
「見てたの?」
「見て、追いかけてきた。学校から。あなたたちもゆすらよね?」
「何年生?」
「一年の、雨神幸花」
「宇宙開発課?」
「そだよ。あなたは?」
「六羽田六花。おんなじ開発課の一年。明日からいくよ。学校」
別れと同じ数の出会いもあるのかな。あれ、逆だっけ?
「あなたが先輩が見たって言う噂の転校生? 地球防衛軍の?」
そこは濁しておこう。
「見ての通り、かな」
「あ、あなたが、六花、ちゃんがパイロット? エリアルの」
グイグイくるな。興味津々。六花は内緒ポーズ。
「ナイショだよ」
「わかった。ナイショ」
幸花が笑って人差し指を唇に。
「明日から、ヨロシク!」
幸花が笑うと、顔の汗がキラキラと光った。

Chapter-1 古藤風花 15歳 佐久平の秘密基地

六花と風花、そして自転車を押しながらの幸花が緩やかな坂道を下る。
「六花ちゃん、そちらの方は?」
幸花が風花を見る。
「古藤風香です。六花と同じ。明日からよろしくね」
「え、同い年なの? 3年くらいかと思った」
風香も幸花と握手。
「六花ちゃんと風花ちゃんは、姉妹? 二卵性?」
「ううん。血縁はないけど、とある事情で一緒に暮らしてるの」
風花の答えに幸花はしたり顔。
「あ、わけありか」
「幸花ちゃんは、寮なの? 通ってるの?」
「通ってる。家はね、この山の反対側。前の県道は坂が多いけどショートカットになるから、時間やばいとき、たまに通るんだ。前通ったときはなにもなかったから、びっくりしたよ。東京から追い出されて、急いで作ったんだよね」
「よく知ってるね。知りすぎかしら」
風花がちょっと怖めに言うと
「私、やっぱ消される?」
「秘密基地に監禁して、ずっとエリアル磨きかな」
「うーん。悪くないと思っちゃうなあ」
「なんで?」
「地球防衛軍、入りたいって思ってるから。高等部から宇宙開発課入ったのも、それがあってだし。募集がどうかかってるかわからなくて、具体的に動けてないんだけど。そしたら防衛軍から来てくれた。なんかすごく嬉しい」
幸花が笑う。防衛軍の人材は「つて」が殆どで一般公募はされていない。いずれはしないと。と公仁は言っていたが、扱う兵器の破壊力が大きいため、リスクが大きすぎるという現実を回避できてない。
だからこれはいい機会なんだと、風花は思う。
幸花はヤバそうには見えないし。
「高卒で入る? 大卒で入る? バイトする?」
「え、いきなり具体的なやつ? 突然ドアが開いちゃった」
幸花は目を伏せて考えると
「すぐ返事できないけど、私、運命開けたこと、わかった。嬉しすぎて今、心臓バクバクだから、落ち着いたら、お話聞いて。ありがとう。二人に会えてほんと、嬉しい」
「泣いてるの?」
「嬉しすぎて、目から汗出た」
幸花が涙を拭いながら笑顔を作った。防衛軍をこういう視点で見てくれてる人もいるんだ。
「あ、ほら、おばけがいる!」
突然叫んだ幸花が指差す先、おかしな人型が雑草を抜いている。
「あれ、ロボットだよ」
「ロボット? ロボット使って野菜作ってるの?」

「じつはさ」
六花が内緒話のモード。
「防衛軍、お金ないんだ。スタッフのご飯を自給自足しないとやばくて」
「そうなの?」
「六花、ウソ下手すぎ」
風花が一応突っ込みを入れておく。
「おもしろいだろ」
「幸花さん、困った顔してるでしょ」
「幸花でいいよ。風花ちゃん」
「実はあれね、防衛軍の別事業で、ビル建てて野菜工場作るんじゃなくて、農地はそのままで無人で作れるようにする実験。農場専門ロボット"耕作くん"って呼んでる」
「名前あれだけど、すごいね」
保父こと時任蔵之介が名付けた耕作くんが接近する人を感知。立ち上がって、こっちに手を振る。
「ご挨拶モードだよ」
「逆に怖くない?」
センサーが詰まった頭部は乱反射を防ぐブラックコーティングがされたアクリルで覆われて、黒いのっぺらぼう状態。そこに麦わら帽子型の日除けを被っている。見慣れちゃったけど、初めてだと怖いかも。確かに。
「いろいろ、事業展開してるの? 防衛軍」
「せっかくの超最先端技術だからね。そのテコバイクだってそうだよ」
「うん。これは知ってた。それで、買ってもらったんだよ」
「多分、そのうち、テコさんにも会えると思う」
「ほんとに! 夏休み中に会えるかな? 楽しみ」
3人はトコトコクリニックのある丁字路に来た。
「これも防衛軍がらみ?」
「うん。防衛軍の軍医、私達の保護者なんだけど、地域貢献したいって。アラサーの美人女医が診察するからって、宣伝して」
「了解。これも名前はあれだけど、家族に言っとく」
「名前、あれかな…」
六花ががっくりしゃがみこむ。
「え、六花ちゃんが名付け親?」
「気にしないで。六花、アレだから」
「アレとはなんだ!」
風花はジタバタする六花を抱えあげる。
「私達、ここに住んでる。明日、学校でね」
「うん。風花ちゃん。六花ちゃんもまた明日!」
幸花がテコバイクにまたがると、手を振りながら学校方向とは反対側の坂を下っていった。
「もう友達できたの?」
クリニックの扉があいて、来海透子が顔を出す。
「早速、基地を突き止められました」
「SNSで広めそうなタイプ?」
「防衛軍就職希望なんで、そこまでしない思います」
「就職希望? ああ、もうそんな子が出るようになったんだ」
透子がちょっと感慨にふける。
「せんせ、お昼食べた?」
肩に担いだままの六花が透子に訊く。
「まだ。ざるそば作ろっか」
「六花やるからいいよ。せんせ広報活動してて」
六花が手早く半生そばを茹でて、水で締める。水は集落がある頃飲料水となってた山の湧水を殺菌消毒したもの。水質はよく、美味しい。
風花はつけダレをつくって、薬味を刻む。今日は近所で買ったみょうが。
開院のチラシを作っていた透子に手を止めてもらって、2階のダイニングで3人でお昼ご飯。
「今晩は宿舎で移転パーティやるから、晩ごはん作らなくていいよ」
「お料理どうするの?」
「校庭でアウトドア料理らしい。キャンプ部が集まって作るって」
「ここだと、良いですね。そういうの」
「誰もいいないはずの廃校でいきなりお食事会だから、警察に言っておいたほうが良いかな。通報されると嫌だし」
「秘密基地であからさまにパーティーって、実はあり得ないかも」
3人で笑ってると、ピンポンとクリニックのドアが開くセンサー音がした。
「誰か、いねえかい? ここ、病院ですよね、誰か」
モニターに写ったのは60すぎのおじさんかな? 農作業中の出で立ち。透子がばっと階段を駆け下りる。
「あ、いた、あの、先生はいねえかい?」
「私が当医院の院長です」
「ええ、たまげた。ああ、それより先生、ちょっと診てくんねかい?」
「どうしました?」
「そこの畑で、ひろさん、フラフラになってて、熱中症?」
「いきます。風花、熱中症キット! 六花、キュリ子にストレッチャー」
「了解!」
風花は持ち出し棚から透子が「こんなこともあろうかと」用意していた野外治療用熱中症対策カバンをつかんで、透子といっしょにおじさんの後を追う。ミンミンゼミがないてる。畑の脇の小さな木陰に1人うずくまってる。
「わかりますか? お名前は?」
透子の問いかけに、80歳くらいのおじいさんがボソボソと応える。
脇の下と首筋を同時に冷やせる大きなパッドを展開。おじいさんに装着。
腕に巻くだけの点滴キットで補水。
「症状は軽いわ。ひろさん、病院で少し横になって、くださいね」
「ああ、ああ、ありがと」
「ご家族の連絡先、わかります?」
「ああ、知らせに行くよ」
六花のキュリエッタがストレッチャーを抱えて空から到着。
「こりゃ、たまげた」
おじさんがまた、驚く。
「風花、ひろさんをゆっくりストレッチャーに。六花、驚かせないように道を進んで。飛んじゃダメ」
風花はおじいさんを抱えてストレッチャーに固定する。六花に目配せするとキュリエッタがゆっくりと病院に戻っていく。風花は透子とおじさんとその後を追う。
「あんたたち、なにもんだい?」
「地球防衛軍の軍医やってます」
サラッと透子が応える。
「地球防衛軍って、あの、東京の、え? この村にきたの?」
「そこは…お察しください。私は医師の少ないところでお役に立ちたいって思ってて。この子達が山桜桃学園に通うことになったんで、ここに医院を作りました」
「そうか、先生、ありがとうな。嬢ちゃんたちは山桜桃の子か。あんたたち、ありがとな」
山桜桃学園の特別感がすごい。そういうトコまで考えて学校選んでるんだろうな。透子さん。
クリニックに戻ると、窓のある壁をハッチのように開けてキュリエッタが患者をストレッチャーごとベッドの真横につけている。風花はストラップを解いて、ひろさんをベッドに寝かす。
「そこまででOK。あとはやる」
透子が通常の点滴と様態モニターの準備をしてそれぞれをつなぐ。
「よし、安定してる。もうちょっと体温が下がれば」
「先生、ありがとな」
「家族の方に17時ごろ迎えに来るように伝えてください。大丈夫と思いますが、様子を見ます」

ヒグラシがなく。もうすぐ夕暮れ。
さっきのおじさんとその奥さん、ひろさんの娘さんが迎えに来た。おじさんは鈴木和臣という基地のある東宮滝を含む宮滝地区の地区長さんだった。基地のことはナイショで、開院だけを伝えに行く予定だったが、それが一気に終わってしまった。
娘さんから保険証を受け取って精算。風花と六花でデザインした、できたばかりのトコトコクリニック診察券と一緒に返す。そこには院長 来海透子の印字。
「来海先生、ありがとうございました」
娘さん。と言っても60代だが。ペコリと頭を下げた。
「だいじなくて、よかったです」
「先生たち、越してきたばかりでしょ。これ、食べて。遠慮しなくていいから。いっぱい出来すぎちゃってるからさ」
箱いっぱいの、ナス、きゅうり、トマト、冬瓜、ピーマン、ズッキーニ、ししとう。さらに桃も入ってる。鈴木さんの奥さんからももう一箱。こっちには枝ごと枝豆。採れたて特有の艶。野菜の香り。
「すっごーい」
六花が大喜びしてる。
ひろさんはしっかり自分の足で歩いて帰っていった。
「せんせ、かっこいい」
病院の玄関。一緒に見送っていた六花が透子に抱きつく。
「話したっけ? 私のおばあちゃん、寝ている間に心臓止まって亡くなっちゃったんだけど、原因が多分、熱中症なんだよ。だから、怖くてさ。
ひろさん、ちょっと心配。日頃心臓が悪いわけじゃないって言うから、良いと思うけど」
「せんせ…」
六花がなにも言えなくなって、ただ透子の腕を掴んでる。透子が六花の頭をぽんと撫でて、笑顔になった。
「さ、基地に行こ。悪いけど、飲むよ」
「ん。頑張ったから、飲んで。せんせ」

ずっと使うもののいなかった校庭に、テーブルとコンロ数機、クーラーボックスが配置され、地球防衛軍佐久平基地開所式が行われた。
くれていく空。夕焼け。
ビールを持って、テコが木陰のベンチに座っている。風花は夕方にもらったトマトを切っただけのお皿を持って近づいた。
「フウ。急患をこなしたって聞いたよ」
「透子さんの予想した通りで。熱中症のお年寄りが絶対に出る。準備しておこうって言ってた矢先でした」
さーっと風が吹き抜ける。

「気持ちのいい風の吹く場所だな」
「急患さんの畑で採れた野菜です」
テコがトマトを一切れ。
「なんだこれ、味が、濃い」
「おひさまの味がするでしょ」
「かわいい言い方するね。フウ」
枝豆配布係の六花は? と見回すと、お肉を焼いてる整備士や管制官のそばでもりもり焼き肉を食べている。見ている人を幸せにする食べ方。二人が楽しそうに六花のお皿に肉を分ける。相変わらず、こういうときは最年少キャラを全面に押し出す。無自覚あざと王、健在。
「ボクはここが好きになったよ」
「冬の雪を乗り切ってからにしましょう。テコさん」
「雪? そんなに降るの?」
「富士山周りとはちょっと違います」
「くわしいの? フウ、この辺り」
「もうちょっと北の方が、母の実家でした。雪すごかったですよ」
「へえ、でも」
テコが空を仰ぐ。
「この季節にいると、楽しみに思うな。雪」

「風花、もう一度トマトをくれ」
「あ、基地司令」
「よせ。保父でいい」
保父がトマトをつまむ。
「これだ。この味を越えなくては」
「司令じゃなくて、社長ですね。野菜工場の」
トコトコクリニックから基地に伸びる道沿いの畑。これはHOFF DRONE FARMの野菜工場の敷地となっている。基地司令を決めるときに保父が立候補し、やりたいことがある。と提案したのが野菜工場だった。
SCEBAIのバイオ部門、ロボット部門と共同で、品種改良された種をロボットが栽培する、人間がほとんどかかわらないで野菜作りを試す。
耕作くんはこのプロジェクトのために生み出された。
農業従事者の高齢化に対しての決定打を作るべく計画がスタートし、長野県という農業県で通用し、人が働く農地をそのままにロボットに置き換えるのが最終目標。水田対応型耕作くんは現在開発中。
そして、野菜の味に関しても、妥協はないみたい。保父がトマトをじっくり噛み締めてる。
風花が笑っていると、テコがやってきた。
「司令、オフィス棟を地下収納している理由はなんだ?」
「一応秘密基地なので」
「DRONE FARMのオフィスってことで、地上にだしたらどうだ? わがまま言うと、地下は息が詰まる」
テコさんは空が好きだ。
「おお、そうですね。その手がある」
「それにエリアルの発着を多少なりとも隠せる」
地球防衛軍の新しいカタチが決まっていく。
明日は新しい学校。こっちも頑張らないと。

Chapter-2 古藤風花 15歳 ライトスタッフ

朝。7月上旬でもこの時間のこの地域は涼しい。六花と二人自転車を飛ばす。六花についていくが、信号がない。交通量もほぼないからって、その速度?って感じ。六花は電動アシスト量調整からシフトチェンジまで全てナノドライブでやる。自分はペダルを回してるだけ。乗り物に関しては、自転車であっても六花に勝つのは難しい。15分きっかり。山桜桃学園の門をくぐって自転車置き場へ。幸花のmbタイプのほか、数台のテコバイク。宇宙というか、防衛軍への注目度が高いのだろうか?
風花は六花と職員室へ。宇宙開発課は学年に1クラスなので、クラスが別れることはない。
「担任の柿本さかえです。よろしく」
35歳のさかえ先生は各国の宇宙開発と経済の関係性を学ぶ授業を受け持っている。小霧や晴人のいった大学星系で正規の留学が始まる前に、SCEBAIが送り込んだ先遣隊と一緒にいち早く勉強して帰ってきた女性エリート。かなりすごい。宇宙課の主任教師で、航空宇宙部の顧問もしているという。
六花がオンボロ船でテクニカに行き、テコと会ってた頃、すでに星系大学に行ってる。
「授業で教える側に回ってもらうかも。いいかな?」
「お役に立てれば」
「ありがとう。さ、教室に行こうか」

「さて諸君、念願の噂の転校生だ。自己紹介を」
「六羽田六花です。西湖女学園東京校の宇宙交流課からきました。よろしくお願いします。地球防衛軍関係者なので、突然、いなくなるかもです。気にしないでください」
「同じく、古藤風花です。よろしくお願いします」
拍手が起きる。見回すと、幸花がぶんぶん手を降っている。
「席は六花さんがその一番前、同じ列の一番後ろが風花さんね」
どうやら身長順に前からならんでいる。風花の斜め前が幸花。振り返って、手を振ってきた。

「お弁当? 学食?」
「今日は学食経験予定」
六花の声がする。
「いこ、六花ちゃん、風花ちゃんも」
幸花が誘ってきた。こういうときって、任せたほうがいいよね。
「幸花、手が早い」
「一緒に行っていい? 幸花」
「あ、この子たちはライトスタッフの子たちね。宇宙開発課で、航空宇宙部所属はライトスタッフって言ってる」
「何人ぐらいいるの?」

あまがみ さちか

「航空宇宙部は全部で9人。1年のライトスタッフはこのみやちゃんと、佳子ちゃんと私。普通課部員は1人。2年生は全部で3人。3年生は2人だったよ。3年は二人とも帝国の大学星系希望でもう引退して勉強してる」
帝国行きはこの時期正念場。そういえば木谷詩歌の試験はそろそろのはず。頑張ってるかな。
「吉良宮乃です。よろしく。入るんだよね航空宇宙部」

きら みやの

「東浦佳子。編入試験の日、見ました。明菜先輩が待ってるって」

とううら かこ

「今日、いろんな部活回ってみるつもりだよ」
六花が応える。このメンバーでも背は一番小さい。
「この学校、部活かけ持ちオッケーだからさ、メインは航空宇宙にして自由に活動するのもありだよ」
学食は中等部と合同。故に巨大。
「この時期はまずは夏野菜カレー、サラダ付きかな」
風花と六花は素直にそれをオーダー。幸花も付き合う。宮乃と佳子は冷たい麺。出てきた夏野菜カレーはカレーの上にソテーした夏野菜が載ってるスタイル。サラダはレタス、きゅうり、トマトというオーソドックスなものだけど…
「こ、これは」
風花は思わず言葉を漏らした
「美味しいでしょ」
幸花がニヤリとする。
「この時期、近所の農家さんから直接仕入れたりするんだって。形の悪いやつでもちゃんと買い取ってる。だから、格段に野菜が美味いんだよ。地域貢献にもなるし」
あのとき、"山桜桃の子"と地区長の鈴木さんが特別な言い方している理由がこういうトコか。お嬢様学校だからって閉鎖的でなく、地域と共存てところもやってるわけね。
「もうちょっとしたら、ぶどうと桃のフルーツ天国が始まるよ。楽しみ」
「学食で出るの?」
「単に盛っただけでもうまいんだけどさ、パフェとか作ってくれるんだ」
幸花がスマホの写真フォルダを開く。ガラスの小鉢に巨峰がこんもり盛られた写真と満面笑顔の幸花が写ってる。日付からすると、中等部時代の写真だ。変わってないな。
「この辺で採れたやつ。めっちゃ新鮮」
「すごいな。西湖女学園ここまでじゃなかった。給食だったし」
「歴史と伝統ってやつ? 地域社会との」
といってきゅうりをカリッとかじった。

「幸花、先に部室行ってるよ」
「うん。二人、校内案内しつつ、部室に連れ込むよ」
宮乃と佳子、二人が手を振って学校の奥の方へ歩いていった。
「さ、案内するよ。ついてきて」
幸花に二人ついていく。
「部活は、一通りの運動部はあるよ」
幸花と部室棟を見ていくと、陸上、ソフトボール、バレーボール、バスケ、弓道、薙刀…
「薙刀?」
六花の足が止まる。
「興味あるの?六花ちゃん」
「六花は薙刀で舞えるんだよ」
風花がフォロー。
「薙刀で部活あるだなって。儀式と戦闘でしか知らない」
六花が物珍しそうに見てる。
「全国大会とかあるんだよ」
幸花が説明する後ろに、
「1年が噂の転校生がきたーって言ってる。入部希望?」

まなづる みか

和装に練習用の薙刀を持った3年らしき人。
「あ、いえ、見学です。薙刀で部活動ってどんなんなんだろうって」
六花が答える。
「経験は?」
「とある巫女から祓いの舞と、実戦の指導を受けました」
間違ってない。
「その巫女さん、強いの?」
「異星のロボット兵を破壊してました」
あの修学旅行事件、風花は報告書にあった透子のアイカメラ動画で戦闘を見たが、すごかった。
「君、地球防衛軍の子だよね。薙刀で異星人と戦ってるの? 興味あるな。ね、手合わせしてよ」
「ルールとか、知りませんよ」
「実戦スタイルで構わない。部長の真鶴美香。よろしく」
「六羽田六花です」
六花がエンカウンター。

「始めって言ったら始めてね」
制服にグローブだけつけた六花。
「本当に防具いらないの?」
「動きが制限されちゃうので」

「じゃ私も外しておこう」
美香が面を外して部員に手渡す。
「実戦だと、際限なくなちゃうかもだから、3分間に時間決めよう。いい?」
「おけです」
「エリちゃんお願い」
エリと呼ばれた副部長らしい3年生がストップウォッチを取り出す。
「いきます。双方、礼。はじめ!」
六花が消えた。床だ。背の高い相手に対して、極限まで低い姿勢から横なぎ。オリヒト・ヒルバー戦で透子がやったって、御厨陽奈から聞いたことがある。足首を払われる寸前にそれを薙刀で受けた美香が下方攻撃に構え直す。と、六花が棒高跳びのように薙刀を使って跳ねる。上から斬り下ろす。美香はなんとかそれを弾いて、攻勢に。左右から繰り出される攻撃を弾いて一旦間合いを広めにとった六花は次の瞬間、弾かれたように前に跳び、一気に間合いを詰める。エリアルで機動兵器と戦っている時の動きと同じ。
六花の格闘戦の基本スタイルは、透子仕込だ。喜ぶかな。透子さん。
息詰まる攻防戦。そして再び攻勢に出た六花の突きを美香が左に避ける。これで六花が前に出すぎると思いきや、相手の背中に沿ってひねり、切っ先を喉元へ。テーセのアウストを落とした攻撃の応用だ。美香は超接近戦を仕掛けた六花に、薙刀の刃の根元を掴んでナイフのように突き立てようとする。形なんて関係ない。
「そこまで!」
お互いの顔から数センチで止まる。ゆっくり二人が離れる。
「双方、礼」
すっと二人が頭を下げて、模擬戦は終了した。薙刀部の部員たちは、その雰囲気に動けていない。でもグローブを外して去ろうとする六花に、
「待って。六花、部に入って! こんな試合、初めて。入ってくれたら、私を好きにしていいから!」
頬を紅潮させて美香が叫んだ。それで他の部員が正気に戻る。
「何いってんですか、部長!」
「ご乱心! ご乱心!」
「ごめん転校生、美香、強い人にすぐメロメロになるの。とりあえず冷めるまで他回ってて」
副部長に半ば追い出されるように道場をあとにする。
「すごいね。六花ちゃん」
六花がポケットからハンドタオルを出して額の汗を押さえつつ。
「実は格闘は風花が一番強い」
「そうなの? 全然そう見えない」
「六花じゃ刃が立たないレベル」
「六花、大げさ」
フォローを入れる。
「いや実際、六花の0勝54敗」
数えてた。ほんと負けず嫌い。
「風花ちゃんが化け物じみてるって、どうしても思えないんだよなあ」
「いずれ化けの皮は剥がれる」
六花が意味深に笑った。

「他、すっ飛ばしてきちゃったけど、ここが航空宇宙部の部室だよ」
「これ、滑走路?」
「戦争の時は、連絡機が発着してたそうだよ。一時期は軽井沢に別荘持ってる人たちが、ここでグライダー飛ばしてたんだって。その頃使ってた機体は残ってるんだけど、免許持ってる人いないから飛ばせてない。整備の素材として使ってるよ。あと、モーターパラグライダーは飛ばせてる。
この元滑走路はちゃんと管理、草刈りとかね。するなら好きに使えって学校から言われてるんだ」
部室は長さ1kmくらい、幅25mほどのだだっ広い草原に面している。その周りは壁。すみっこの方には先生のだろうか、クルマが止まっている。
モーター音がしてドローンが飛んでいる。
「いま、ドローンレースで上位目指してる。みやちゃんのだよ」
草原に置かれた障害物をひょいひょい避けながらドローンが飛んでる。
「操縦系に特化した部活って、こういうことか」
部室は掩体壕を改造したもののよう。カマボコ型の建物。屋根には土が乗って、緑化されてる。そのため、穴蔵のようにも見える。
「歴代の先輩たちが改造して、今は窓もあって、中は明るいんだ。屋根はお花畑になってるんだよ」
ゴーグルを付けてドローンを操縦している宮乃の横を抜けて、3人で部室の入口に。
「ごきげんよう。六花ちゃん、風花ちゃん、待ってた」
中は広く明るい。制服の上にエプロンを着け、作業台の上でモーターパラグライダーのエンジンを整備していた三橋明菜が笑顔で走ってきた。
「いらっしゃい。じゃ、まず、歓迎の印」
明菜が指示すると、部室の屋根からなにかとんだ。5色の水の線が空に跡を引く。草原の端まで飛んで落ちた。どこかで悲鳴が上がったような。
「ペットボトルロケットの礼砲でした」
色水を圧縮したロケットを飛ばしてくれた。
「わざわざ作ってくれたんですか? ありがとうございます。」
「ちょっと、部長!」
すごい色になった宮乃が駆け込んできた。
「あ、かかっちゃった?」
明菜がテヘッと笑う。
「ゴーグルやばかったですよ!」
「今ならシミにならないからすぐ脱いで」
幸花と佳子が脱がしにかかる。
「あ、いや、ダメ。みんな見てるのに」
「今更なに言ってる」
宮乃は一瞬下着姿になって、すぐ作業ツナギが着せられた。
制服は部室裏の洗濯機の中へ。
「いろいろありますね」
「汚れること、多いからね。パラグライダーで着陸した時コケてドロドロってよくあるし」
「アキ、用意できたよ」
「ありがと。ココ。あ、副部長ね」
「はじめまして。かな? 私も二人が試験で来てた時、いたんだ。あのロボットかっこいいね。副部長の2年、伴野シュルツ心音。よろしく」
「用意って?」
「歓迎第2弾。モーターパラグライダーで学校一周空の旅。まあ、ロボットで飛び回ってる六花ちゃんには、響かないかもだけど」
「いえ、乗せてください! めっちゃおもしろそう!」
乗り物好きの目がキラキラしてる。この顔、年上に効くんだよな。
「うっわー、かわいいやつだ、こいつ」
やっぱり。明菜がやられたっぽい。
「じゃ、おいで。六花ちゃん。ココ、風花ちゃんを」
「了解」

「きゃははは」
笑い声を残して、六花と明菜のタンデムでモーターパラグライダーが離陸した。部室の屋根にはいつの間にか吹き流しが設置され、風向きがわかるようになっている。
風花は心音の前にハーネスで固定された。
「おっきくてごめんなさい」
「あー。ダイジョブ。そんなに身長変わらないし」
ドイツ系とのハーフという心音の身長は170cm。
明菜たちが充分離れたのを見て。
「行こう、風花ちゃん」
二人でゆっくり走り出す。後ろのキャノピーがゆっくり上がる。エンジン全開。こんな不安定なもので、空飛ぶの初めてだな。走る。
「おっけ。Take off」
足が地面を離れる。
「これで、空飛べちゃうんだ」
「飛行機やロボットなくてもね」
心音が細やかにスロットルをコントロールしながら学校の上をゆっくり回る。
「きもちいい」
風花は心の声を出す。
「気持ちいいって言った? 良かった」
「音、すごいですね」
「ほんとにね。電動売ってるけど、予算なくてさ」
「倉橋の乗用ドローンのモーターとか使って、安く作れないかな」
「倉橋航空機、知ってるの?」
「あ、前の学校で親友が社長令嬢で」
そう。親友。
「あそこのモーター使えたら、きっと静音飛行できると思う」
「やってみますか? 心音先輩」
「よし。目標ができたぞ」
横を見ると、さっきの赤い競技ドローンが並んで飛んでる。宮乃が撮影してるのかな? 風花はそれに手を振る。こんなに空を楽しんでる女子高生がいるんだな。
滑走路跡地を飛んで、着陸。片付けを手伝う。
「入部する? 六花」
「うん。楽しいね。飛ぶの。今、飛べないでいる倉庫の中のグライダーを復活させてあげたい。六花の特殊許可証で操縦できるかな」
一応、六花にはキュリエッタを始め、機動兵器から宇宙船を操縦できる許可証が銀河帝国から出ている。日本的には超法規的なやつだけど。
「あれあったら、何でも問答無用だから良いんじゃない」
「風花はいい? ここまで歓迎してくれると、なんか嬉しくて」
「私は、六花と一緒なら良いよ。それに」
「それに?」
「操縦ヘタを克服できるかもって思ってる」
「うん、よかった」
六花が手を繋いできた。スキンシップ久しぶりな気がする。
「なんか、ようやくいつもの生活だね」
「うん」
「わけありって思ってたけど、そっちなの?二人って」
幸花が来た。
「そっちって、どっちさ」
「血の繋がりはないけど、姉妹。でなくて、こうみえて夫婦」
「いや、前者で」
「…わかった。で、二人とも」
「入部します。よろしく」
「よろしく。六花ちゃん、風花ちゃん」
幸花が満面の笑みで答える。

「というわけで、みんな、1学期、お疲れさん」
さかえ先生がホームルームを締める。
「転校生はあっという間に夏休みだ。2学期から本気出して」
「はーい」
「六花は夏休み、どっかいくの?」
先生が聞いてきた。
「海行きます」
「お、いいじゃん。どこ?」
「来海村、伊豆です」
「魚うまそー」
「うまいです。深海魚です」
「そんなわけで、羨ましい人は六花にお土産頼んどけ。じゃ、解散」
きりーっ れーっと学級委員の橋本有美の声。
1学期が終わった。この学期始まったときは東京だった。
はるか昔に感じる。
「六花、海行くの?」
「いくよー。佳子は?」
「あたし、実家帰る。新潟の桜崎。魚の旨さは負けてないよ」
「そういう事言うと行ってみたくなる」
「ふらっと来てくれていいよ。LINEして。キュリ子置ける場所あるから」
「みやのんも実家?」
「そだな。で、海外旅行してくる。テスト良かったから」
「すごい」
「宇宙、好きにいける子がなに言う」
「任務だし」
「イタリア土産楽しみにな」
「ありがと。みやのん」
六花と笑い合ってる寮生活の二人は帰る。通ってる幸花は、あれ? 席に座ったまま。
「幸花、どうしたの?」
「海、風花もいくの?」
「うん。透子先生の実家だからね。みんなで」
「あ、あのさ…」
らしくない、目の伏せ方。
「一緒に行く?」
風花は聞いてみた。
「…あつかましい、よね。まだ知り合って1ヶ月経ってないし」
「名前呼びしあってるのに?」
「二人と、一緒にいたいなって。思うんだけど。初めてできた、近所の友達だから」
「だから、一緒に行こうよ」
「風花…」
「ぶっちゃけると、西湖女学園の子も来て、結構な数になるよ。それでも良ければ」
「行っちゃえ幸花。エアロフラワーズの結束見せつけなよ」
宮乃がニタリと笑った。
「あ、そうだね。へへ」
六花、幸花、風花。花のつく3人をエアロスペースフラワーズと呼び出したのは誰だったろう?
「お言葉に甘える」
「じゃ、迎えに行くよ」
「うん。楽しみに待ってる」

風花が六花とトコトコクリニックに帰る。
1Fのクリニックは玄関が開け放たれ、でっかいパラソルの下に外テーブルと椅子が2セットほど。
ぱっと見はカフェのオープンテラス。
でもテーブルには保冷ボックスがあって、経口補水液のボトルとレモンの入った水のタンブラー。誰かが持ってきたお漬物が塩分補給用に入っている。ひろおじいちゃんときよおばあちゃんが座って水を飲んでいる。すっかり、農作業休憩所。二人はこの辺りで田と畑を持っていて、西宮滝集落に家がある。
「おかえり六花ちゃん。風花ちゃん」
「きよさんただいま。今日も暑いから気をつけてね」
「はい。ありがとう」
これがトコトコクリニックの日常だ。透子の望んだ姿。こんなんだから、
「お。トマトパスタか」
ご飯は頂き物の野菜でなんとかなってしまう。今日のお昼は冷製トマトパスタ、きゅうりの浅漬け。ナスとししとうの揚げ浸し。地元のハム工場のハムも頂き物だ。ひろさんの息子さんが勤めているらしい。
今日はテコがお昼を食べにきた。器用にフォークでパスタを巻く。
「じゃ、明後日、昼過ぎ出発でいいのかな?」
「お願いします。テコさん」
「フウは荷物を運んでくれるんだよね。六花は?」
「こっちの友達を迎えに行って、上空で合流します」
「ま、それなら基地内部に案内しないで済むか」
テコがナスをチュルンと食べる。
「こっちにきて、野菜をやたら食べるようになった」
「いいことです」
風花がいうとテコがししとうをパクリ。当たりだった。
「ふがああ」
とってもからそう。

Chapter−3 六羽田六花 16歳 くるみん奇談その一 到着

教えてもらった幸花の住所に行くと、森に囲まれたホテルの隣。壁で仕切られた中に大きな家がある。六花はその建物の玄関前にキュリエッタを下ろした。玄関の呼び鈴を鳴らす。
「どちらさま?」
甲高い、大人の女性の声。
「六羽田六花と申します。幸花さんを迎えに」
「あらー、ちょっとまって」
しばらくして
「六花!」

お出かけ服の幸花が出てきた。
「幸花のおうちはホテル王?」
「王って程じゃないけど、何軒かあるね」
「今のは?」
「ばあや? 乳母って呼んだほうがいい?」
「お嬢様だ」
「六花はいないの?」
「いない。庶民の出なんです」
「で、ここまでのし上がってきた」
「そんな感じ」
親がいないことなんか、言っても仕方ない。
「どうやって行くの?」
「キュリ子」
「ひとり乗りでしょ?」
「幸花は特等席」
六花は幸花の荷物をキュリエッタの腰にあるボックスに入れる。コクピットに収まって、呆然と見上げてる幸花をキュリエッタの手で掴む。
「もしかして、このまま?」
ちょっと不安げな幸花をコクピットに落とす。
「六花の膝の上に」
「え、いいの?」
幸花がすわる。みんな匂いが違うな。六花は思う。
幸花は果物。何って特定しづらいけど。
「いくよ」
キャノピーをしめて、上昇開始。ゆっくり上がって、幸花の体重に潰されないようにする。経験を活かしているのだ。
「わ、わ」
幸花の家が遠ざかる。ホテル、軽井沢の町。
「はー、すごい」
「パラグライダーで飛んでるでしょ?」
「いや、パワー感が全然違うし。垂直上昇はできないから」
「びっくりした?」
幸花の耳元で聞いてみる。六花にもたれてきた。
「ほんとに特等席だ。六花のいい匂いがする」
「そう?」
「このまま、海まで行くの?」
「2回、合流するよ。まず1回目」
高度を上げて薄い雲を抜ける。また視界が真っ白なもので覆われる。
人工物らしいテロっとした艶。
「これ、宇宙船? あ、ナデシコ、ナデシコじゃん!」
さすが就職希望。ナデシコを知ってる。
ナデシコの上部ハッチが一部分だけ開く。六花は速度を合わせると、開いてるハッチから船内へ。眩かった日差しがなくなってまるでブラックアウトしたよう。そのまま格納庫に機体を下ろす。キュリエッタの手で固定フックをつかんでおく。
「さ、ブリッジにいこう。幸花?」
「待って、目から汗」
六花の膝の上で身体を起こして涙を拭っている。六花は後ろから幸花をふわっと抱く。
「嬉しい?」
「うん。ずっとすごいなって思ってた。星を渡る船。いま地球にある宇宙船で、一番早い。東京を守った時もあったし。ナデシコ乗りたかった。夢だったんだ」
「幸花の嬉し涙は2回目だ」
「私、六花といると、よく泣くね」
「喜ぶのはまだ早い。ブリッジまでとっておいて」

「はああ」
幸花から感嘆の息が漏れる。
「あ、幸花、きた」
「おはよ風花。ありがとう」
風花に促されキャプテンシートに座りアームで全周モニターの中心に。
幸花が残りの涙を解放する。
「高い。すごい。きれい。あれ?」
「どうしたの」
「なんでこんなに上がるの? 海に行くんじゃ」
「今日2つ目の合流点。場所は高天原2」
「軌道ステーションまでいくの!?」
「西湖女学院の宇宙探索部は宇宙港のボランティアやってて、ご褒美で高天原ツアーがあるんだ。それが今日。海に行く子を拾って、来海に降りるよ」
「うん」
幸花は新しい涙を拭いながらしっかり目を開けて、丸い地球や巨大なステーションを見続けた。

「りっかー」
「あ、亜香里先輩」
「慣れた? 新しいところ」
「まだ一ヶ月経ってないから、なんとも」
「そうだっけ? 別れたのすごく前な気がする」
「先輩、その制服…」
「そうだよ。もらったやつ。わかるんだ」
「スカートがちょっと短い気がしました。六花の方がちっさいから」
「よく見過ぎやろ」
亜香里が笑った。
「その子は? 山桜桃の子?」
六花の後ろに隠れ気味の幸花を見つける。
「初めまして。木下亜香里です」
握手。あかりのこの仕草は全く無駄がない。スマート。
「あ、は、初めまして。雨神幸花です」
「雨神? 雨神リゾート&ホテルズは?」
「あ、ひいおじいちゃんが始めた会社です」
「軽井沢、毎年夏行ってる。今年も行く。受験勉強だけど」
「ご贔屓、ありがとうございます」
「流石ゆすらだな。すごい子がいる」
あんただって、議員一族の娘やろが。と六花は思ったが口には出さず。
「どこ受けるんです? 亜香里先輩」
「京大の宇宙医学。帝国の大学星系の医学部の人気がすごいから、負けてなるものかって、かなりテコ入れするらしいから。面白そう」
さらっと言えるあたりに、亜香里の余裕が伺える。
「お、ようやく集まってきた」
亜香里の視線の先、従業員ゲートから西湖女学院うーたん部の面々が出てきた。
「せんぱい!」
一番に六花に近づいてきたのは福地千種だった。
「ピアス、着けて、くれたんですね。やっぱり、すごく、似合う」
ちゃんと今日の朝、出発前に付け替えた。
「改めて、ありがとう。千種」
「六花、この子は?」
幸花が訊く。なんかちょっと様子が変。亜香里の時と違ってソワソワしてる。
「西湖女学院の中三の千種だよ。千種、ゆすらの雨神幸花。高一。ホテル王の娘」
それぞれに六花が紹介する。
「雨神リゾートの? すごい、ですね」
ありゃ? 雨神と聞いてピンとこないの、六花だけ?
「千種ちゃん、めちゃくちゃ可愛いね」
まじまじと見てる。ちょっと千種が照れる。
「そんなこと、ないですよ。かわいいのは、六花先輩です」
二人で可愛い合戦が始まった。
「六花は可愛いけど、六花はツミで、千種ちゃんはエナガ。可愛いの種類が違うよ」
「それだと六花が千種を食べちゃうことになるじゃん」
六花は笑った。鳥で例えてくるとか、幸花って面白くて頭いい。
「やだ。せんぱい。私の、こと、食べたいなんて」
突然千種がデレた。
「言ってないよ~」
一応、否定はしとく。
「やっぱり、六花先輩が一番えっちやんな」
木谷詩歌がニヤリと笑いながらこっちに。
「詩歌、ここに来てるってことは」
「しーか様をおなめでないよ。先輩」
ウインクでサムアップ
「やった! おめでとう!」
六花の見える範囲ですら、半端でない勉強をこなしてきた詩歌の姿がオーバーラップ。気づいたら抱きしめていた。低重力エリアでそのまま宙に浮いてしまう。推進機がないから戻れない。詩歌を抱いたまま、ふわふわと漂う。
「あ、ごめん」
「相変わらず、無自覚あざと王やね先輩」
詩歌が笑って、ゆっくり六花を抱き返して目を閉じる。
「ぎゅってされんの、嬉しいです。ありがとうございます。詩歌がんばりました」
二人で漂う。
「キリちゃんには連絡した?」
「時空超えて連絡する方法、ようわかんなくて」
「ナデシコで通信しよ」
「はい、そこ、離れなさーい」
御厨陽奈がそう言って推進機付きベルトを六花めがけて投げる。受け取って六花はクルッと巻き、詩歌を抱いたまま軽く吹かして着地した。
「順番が違うぞ、六花」
「陽奈、どんどんキレイになる」

「髪伸びるの早いからな。私」
といって手を広げる。高校生になった陽奈から光のような力を六花は感じている。
「それだけじゃないよ…。久しぶり。陽奈」
六花は広げられた腕の中に入って、がっちりハグ。玲はちゃんと風花の前にいる。
幸花は、ずっと千種と話してる。ちょっと顔が赤い。あれは、もしかして…。と、そこに、
「来海行き、間もなくだぞ」
幸花の肩に手を乗せたのはテコ。
「あ、はい。え、あなたは、え」
「あ、六花の新しい友達って子だね」
「はい。あの、あまがみ、さ、さちかです。あなたは…あの」
「幸花さん、テコさんですよ」
千種がフォローしてる。
「あの、私、お会いできて、光栄です!」
「こちらこそ。これからも六花をよろしくね」
テコの笑顔。幸花が見惚れる。
「かーちゃんか」
その横で六花はツッコミを入れる。
「そんな立場じゃない? テコさん」
陽奈が笑ってる。
「陽奈のママは? 元気?」
「会いたがってるよ。六花に」
「六花、不義理だよね。ちゃんとご挨拶してなくて」
「じゃ、うちに来て」
「そうだ。そうだね」
顔が真っ赤なままの幸花とテコを先頭に、来海行きがナデシコへと進む。
「またな〜六花」
亜香里と今回は笑顔で別れた。

来海に行くのは陽奈、玲、与那、芽里、千種、詩歌、2年の咲。六花との接触がない中等部の新1年は流石に来なかった。
碧は東京のカレンの家に「とりあず、行く」と行ってしまったらしい。
「ご無沙汰しております。透子先生」
「与那ちゃん、本領発揮だね」
高天原ツアー年2回は完全に与那の功績と六花は聞いた。防衛軍が融通した翻訳機をフル活用して地球来訪者の案内を行い、好評を得ている。それが認められた。
部活動なのでいつでもいるわけじゃない。地球観光を紹介する帝国のSNSでは会えたら幸運とまで言われている。その名もくるみんこまち。玲の始めた巫女ユニットは大きく展開して、地球のお出迎え少女隊になっていた。
「将来、何になるつもり?」
透子が訊く。
「旅行会社を作ろうかと思ってます。芽里と」
「旅行会社?」
「先生ご存知です? テコさんのアーデアって人口比率八割方女性ってこと。それで社会が成り立ってるのは、種としての男性を必要としていないからです」
「聞いたことあるね」
「でも愛すること、相手をほしいと思うこと、愛する人との子どもを作って増えるという、生殖の欲求はなくしてません」
「ま、テコさん見ればね」
「ボクを性欲の塊みたいに」
困った顔でテコが振り返る。SFにたまにある『性欲なんて野蛮ですわ』という人種でなく、アーデアが対人の愛情に溢れた人の星というのはよくわかる。だからこそのテコの女の子好き。で、愛を表現する故にキス魔だから。
「なので、アーデアには同性で結婚、妊娠、出産にハードルがありません。地球のカップルをアーデアで式や妊娠、もしくは凍結受精卵を制作。という旅行プランで売っていきます。で、ここからはご相談なんですけど」
「なにさ?」
「凍結受精卵をテコトコラボで子宮着床できればと。それができたらハネムーンベビープランの完成です」
「なるほどね。ラボならどっかの医師会がとやかく言ってくることないし、そのへんの病院よりは確実にやれるな」
「女性同士のカップルに限定されて、アーデアまでそれなりの時間がかかるので、需要があるかわかりませんけど、確実に困っている人はいるから、やる価値はあると思います」
「与那ちゃんのリサーチ力なら採算取れるかどうかなんて、もう計算できてるんでしょ」
「まあ、そうですね。先生もいかがですか? リンジーさんとの」
ごん。
「いたっ」
「なんで最強のパイロットが看板に頭ぶつけてんの?」
「ちょっと、よそ見したの」
陽奈に言われて、六花は一応言い訳する。透子たちの話に聞き耳たて過ぎた。リンジーと透子の子ども? どっちが産むの? 生まれてくる子は何星人? 角はどうなるの? 妊娠したせんせ…。ダメだ、想像の範疇を超えてる。
「…なんでリンジーのことまで知ってんのよ?」
透子が与那を睨む。
「それは、先生、与那だからです」
すました与那の隣で芽里が笑う。透子がため息つきつつ、
「答えになってないわよ。ホント、旅行会社はサブで、防衛軍の情報課立ち上げてよ。あなたがいたら地球は安泰な気がするわ」
与那が心から楽しそうに笑う。
「考えておきます。芽里はもうちょっとスリルがある仕事がしたいのそうなので」

西伊豆の海にナデシコが着水する。アメリカの正規空母より100mも大型の船だが、大気圏内を飛べる滑らかなラインが海に浮かぶと、巨大生物の背中に見える。あらかじめ聞いておいた漁の邪魔にならない海域に停泊し、海底にアンカーを打ち込む。船体後部の安定翼を桟橋がわりにして、来海のおばさまが用意してくれた小さな漁船に乗り換える。
「海きれー」
来海が初の幸花が船から身体を乗り出して水面を手ですくう。
「落ちないでよ。幸花」
六花は幸花の背中をぎゅっと持つ。
「子ども、みたい、ですね。幸花さん」
千種が笑ってるぞ。幸花。
「雨神リゾート、海辺のホテルないの?」
「フランチャイズはあるけど、直営はないかな。行ったことないし」
「徹底した山派」
「信濃の国が好きなんだよ。では歌ってあげよう。長野県県民歌信濃の国」
幸花がしなのーのくにはーと歌い出す。風花も、さかいつらなるくにとしてーと重ねる。
「風花、長野の人だったの?」
陽奈が訊く。
「かつてね。小学校で覚えた歌だよ」
「海の真ん中で海無し県の歌」
玲が言うと
「ナシっ子がなにを言うやら」
と京都府出身の詩歌が笑った。

漁港で漁船のおじさんに感謝しつつ、来海神社へ。小さな港の少し坂を登った先に海社。参道から脇道に逸れて自宅と離れのあるスペースへ。
透子が玄関近くにいた母の妙子に声をかけた。
「あ、おかえり。透子」
「お世話になるよ〜」
「ああ、ついでにちょっと頼まれてほしいんだけどさ」
「なに?」
「幽霊なんとかして」
「は?」
透子の母、妙子の話に一同がピタッと止まる。風花の顔色が変わる。
「幽霊だあ?」
「そ」
「おふくろは自身が神職の嫁だって理解しての発言?」
「なんとかしてくれって、依頼が来るの。神社だから。あんたに薙刀で舞ってって直接言ってくる人もいるの」
「とりあえず荷物片付けたら、話聞くわ」

Chapter-4 六羽田六花 16歳 くるみん奇談その二 遭遇

「ととと、透子さん、さっきのって」
風花が縮んでる。透子が真面目な表情で
「風花、テコメガネ持ってきた?」
「ありますけど、私、調べに行くの、やです! やですよ!」
「そんな状態の人に頼まないよ」
透子が微笑みつつ、
「幽霊平気、もしくはお化け屋敷楽しめる子はいる?」
「平気いうと、語弊ある思いますけど」
詩歌が手を挙げる。
「場所によります」
幸花が挙手。周囲の?に答える。
「夜の山で起こる不思議なこと、いくつか経験してるので。海はわかりませんけど」
「心霊山ガール…」
「へんてこ、な、こと、いってますよ。せんぱい」
千種がくすくす笑う。
「六花も大丈夫だよ」
「六花がいくなら、私も」
陽奈が名乗りを上げる。
「大丈夫組は荷物置いて、着替えたら、いったん母屋に集合。風花は苦手組をビーチに案内して」
「わかりました。六花、あとでメガネ渡すね」

「テコさん、あのメガネ、霊体は検知できるの?」
「何らかのエナジー持ってれば、霊であろうがなかろうが検知できるはずだよ」

ビーチ。入江の内側が海水浴場。対幽霊の打ち合わせも終わって、全員が砂浜でなんかしてる。六花は白いパーカーと水着を着たテコと波打ち際を歩く。
「六花、気づいてる?」
「なにをです? 水着のテコさんが可愛いこと?」
「ふふ。それは、ありがと。それよりも重大なこと」
テコがじっと六花を見る。
「ボク、今、感動してる。ものすごく」
「感動?」
「素足で砂浜歩くって、こんなに気持ちいいんだね」
パシャっとテコが右足で水面を蹴り上げる。目がキラキラしてる。本当に今が嬉しいんだ。素敵な表情。六花はそれが嬉しいと同時に…。
「テコさん、地球に来て3年経つのに、もっと早く連れてきてあげればよかった。来海には何度も来てるのに」
「歩いてみて初めてわかったことだから、そんなふうに思わないで」
テコが手を繋いできた。あれ?久しぶりじゃないかな?
「地球にいると長く思うね3年」
「長いですよ。六花もう高校生だし」
「ってことはさ」
テコが耳元でささやく。
「もう大ぴらに六花とキスしても犯罪じゃない?」
「は、犯罪じゃないかもですけど、大っぴらにすることじゃないでしょ。今日は陽奈もいるし」
「ふーん。ダメ! じゃないんだね」
「アーデアの文化を尊重してるんですよ。六花は」
テコとのキスは嫌じゃない。むしろそばにいてくれる安心感のためなら…と思ってしまう。
「ふふ」
テコが微笑んで海風を受ける。なんか、六花の気持ちを見透かされてるんじゃ。とも思う。
「六花、一つ教えてあげる。アーデアではおでこへのキスはお前を殺すって意味があるんだ」
「え、なんで?」
「それはね」

むかしむかしあるアーデアにレイカとブレアという、それはそれは愛し合ってる二人がおりました。ある日、レイカはいいます。
「あなたがいなくなること、私がいなくなったときに私以外の誰かに抱きしめられるのが我慢できない。あなたを食べて一つになればそんな思い、なくなる。ねえ、私を食べたい? 私に、食べられたい?」
「食べてレイカ」
レイカはブレアのおでこに強くキスをして後をつけると。そこにブラスターを1発。ブレアはレイカの腕の中でほほ笑みを浮かべたまま即死。
その額からあふれる、衝撃で液状化した脳をレイカはすすり続けます。
「ああ、これで、私達は一つ」
レイカはブラスターでブレアの遺体を焼き切ると、アーデアを離れようとしますが、ブレアの焼け跡を見た警察に捕まります。彼女の口の中からブレアのDNAが発見されて、残虐罪で死刑となりました。
でも、レイカはずっと微笑んだままでした。

「ということで、おでこへのキス、アーデアでは特別な意味がある行為になったんだ」
「どこの星にもあるのね。阿部サダ的な」
テコの話に与那が答える。
「あべさだ?」
竹原咲がはてなの顔。
「あれですよね、好きすぎて、おちんちん切っちゃうやつ。で、持ち歩いてたんだっけ」
幸花がいう。
「うっわ、なんか、想像つかないけど、すっごく痛そうなきがする」
芽里の言葉に与那が追加説明。
「絞殺してからだって話だから、おちんちん切って殺したわけではないの」
「持ち歩きたくなるほどのものなの?おちんちんって?」
陽奈が言う。
「そのへんにしとこうか。名門校の女子がちんちんちんちん…もう少し、慎みを持ちたまえ」
透子がため息。
「ところでなんで、このお話を? テコさん」
風花が訊く。
「夏の夜はこういう話をするって、文献があったよ」
「また、俗なの調べましたね。テコさん」
透子がちょっと真剣な表情に。
「怖い話して、盛り上がって肝試しに行こうぜ。確かにたくさんある話です。でもね、うちは神社だから、いわゆる肝試しにくる輩は厄介者なんだよ。騒いだり、ゴミ散らかすし。これから幽霊調査行くけど、そういうのがいるかもだから、みんな注意して。六花はキュリエッタ呼んどいて。制圧が必要になるかもしれない」
「意味わかったよ透子。ハメはずしが厄介なのはアーデアも同じだ」
テコが納得の顔。
「でも、フウ、この話は怖くないの?」
「人は怖くありません。きっと、私の方が強いので。お化けや幽霊には勝てる気がしないです」
「なんか風花らしい怖がり方」
玲が隣で微笑む。
「よし、そろそろ目撃時刻だな。調査班行くよ」
「虫除けあるよー」
陽奈がスプレーボトルを掲げる。
「遊歩道から歩いていく。六花、カバーして薙刀2本用意」
「いってらっしゃい」
テコ、風花と玲、与那、千種と咲が残る。
「対人戦闘になったら、呼ぶ。相手は酔っ払いのあんちゃんと思うけど」
「了解です」
風花が敬礼。それをといて笑う。
「透子さんと六花の薙刀で、制圧できない人がいるとは思えませんけど」

妙子の話は奇妙だった。
来海神社、山社の近くで女性の幽霊が出る。
その霊は山の麓、新しくできた遊歩道の脇から現れて、山社へ進み、山の中に消える。
山社の脇には戦争自体の防空壕があり、そこに向かっている。
実は防空壕に避難している時に中が崩れて子どもが生き埋めになってしまった。何とかしようとした母親は掘るためにシャベルを家に取りにいったが、途中、米軍機の機銃掃射で命を落とし、子どもを助けることができなかった。それ以来、女の霊がシャベルを持って現れ、防空壕を掘っている。
「そんな話、なかったの」
妙子は言った。そもそも、軍事的な重要点でない来海は都市からの疎開地であって、防空壕は作られてない。機銃掃射はあったかもしれないが記録にはない。妙子の知る範囲で、この話はフィクションという。
「もっともらしい話ではありますね」
陽奈はそれを聞いて感想。
「いつから言われ始めたの?」
「梅雨前くらい? 幽霊をみたって近所の人が言い出したのがそのくらい。で、ネットでそういう話があったというのも同じくらい」
妙子は本当に困惑してる。
「仕組んでる?」
「そう考えられますね」
テコの考えに六花は同意する。
「アイミ、この心霊話の発信源を辿れる?」
「だいぶ拡散してるけど、やってみる」
六花のスマホの中でアイミが調査を開始する。
「山社のある山に何か埋まっていて、掘ってる人がいて、それを見間違えたとか?」
詩歌の言葉にと透子が返す。
「それなら、戦時中ストーリーはいらないのよ」
「このストーリーを広めた理由は何かってことか」
詩歌が考え込む。
「幽霊じゃなくて、完全にホラーサスペンスになりましたね」
芽里が苦笑い。
「とりあえず、今日は現場を見てみよ。なんか、一番怖いのは人って話になりそう」
そう言って透子はビーチに向かって歩き出した。

「涼しい」
薙刀2本、ライト4つ、センサー付きメガネで武装した調査隊。海社を出て、山社への遊歩道を歩く。遊歩道は明るく、虫が少し飛んでる。
今は御神体の石が山社にあるため、山社も参拝者のため、ライトアップされ、山の中腹で煌々と照らされている。
「一応、虫が集まりにくい電灯にしたんだけど、ゼロにはならないね」
「すごく明るくしたんですね。先生」
芽里が山に向かって伸びる光の道を見ていう。
「さっき話した肝試し対策でさ、明るくするの、手っ取り早い防止策なんだよね。生態系ごめんなさいだけどさ」
薙刀を持った六花はテコメガネをかけて光の遊歩道の向こうの暗闇を見る。反応はない。生体反応は鳥、遠くにいるのは狸かな。
境内までライトアップされて山社が見えてきた。
「9時で消灯するから、あと1分」
止まって見ていると、境内の灯が消灯。遊歩道の街路灯が減光する。
「これが深夜モード」
テコメガネが反応した。
「参道の左、田んぼの上を接近中。反応は人のようだけど、輪郭ぼけてます。あと、でかい」
「いた!」
陽奈が叫ぶ。人影のような白いボヤッとした輪郭が田んぼの上を滑っていく。高度は1mほど。まだ遠くディテールはわからない。
「本当に出るなんて」
「接近します」
驚く透子に薙刀1本預けて、六花は走り出す。目標までは400m。
白い影は参道には登らず、その脇の森に入っていく。あのあたりの足場はそんなスイスイ動けるほど、よくない。飛行体らしいエナジー量は検出されてない。

白い姿は、女性に見えなくもない。でも、頭からシーツをかぶった、絵本のお化けの半透明版に見える。周囲の木の高さからすると、かなり身長が大きい。斜面を登っていく。そして、消えた。
六花が消えた場所まで登ると、そこには人が屈んで通れるほどの穴が空いていた。スマホが鳴ってびっくりする。
「ひゃ! もう。陽奈か。もしもし」
「どう? 六花」
「消えた。消失点にいる。スマホのライトで位置知らせる」
電話を切って、ライトをつけて振る。

「人の家の山に穴開けやがって」
「調べます」
六花が中に入ろうとするときゅっとデニムパンツを掴まれた。
「だめ。夜にやることない。お日様登ってから」
透子が止める。
「先生、クルマ来ます」
芽里の言う通り、クルマが一台近づいてくる。黒い大きなミニバン。
「参道まで下がりましょう。嫌な予感する」
クルマは山社の駐車場に雑に止まって、男が5人。20代前半。酔ってるっぽい。飲酒運転か。ひどく高いテンションで降りてくる。
神社前に長いものを持って女の子6人いるのを見て、多少警戒した様子。
「おねさんたち、こんなところで何してんの? 肝試し?」
「ここは当家の管理する神社です。参拝ですか?」
透子がきっと睨んで言う。
「えー、あー、はいそうです。そうです」
へらんへらん答えながら、ニヤニヤと山社に登っていく。ちらちらこっちを振り返る。
「ねえ、幽霊が出るてしってる?」
一番年下っぽい男が陽奈に声をかけた。
「迷信です。そのせいでこうして見回りしてるんです。迷惑してます」
「えー、大変だね。スイーツ奢るよ。食べに行かない?」
「タバコ臭い。近寄らないで」
陽奈の嫌悪に呼応して六花が薙刀の刀身カバーを取ろうとすると、透子に止められた。
「全員、飲酒してますね。通報します」
「えー飲んでないっすよ。お姉さん」
「ここは神域です。参拝の目的外で滞在はご遠慮ください」
「へい。へい」
男たちがクルマに戻る。数回クラクションを鳴らして山を下っていった。
また、静寂が戻る。クルマを見送って透子が振り返る。
「六花、殺す気だったでしょ」
「陽奈に触ったら」
「あんた、殺意がダダ漏れよ。相手が間抜けじゃなかったら本当に殺し合いになるから、もっとちゃんとコントロールしなさい」
「…わかりました。せんせ」
「私のために殺さないでって、まさか2度も言うと思わなかった」
陽奈が背中を抱いてくれた。
「ありがとう。ダークヒーローさん」
頭に陽奈の頬が触れる。
「詩歌ちゃん、六花と陽奈ちゃんって、どう言う関係なの?」
幸花が詩歌に聞いてる。
「んー、なんというか、運命のいたずらで離れたカップル?」
「え、付き合ってたの?」
「あとで、ゆっくりお話しします。幸花さん」
「何話すの? 詩歌」
陽奈がちろりと睨む。
「あること、あること」
にししし。詩歌が笑ってる。

「戻ろう。穴は明日再調査」
透子がみんなを促して歩き出す。
「しかし、ほんまにお化けが出るなんてな」
「でも、不思議と怖くないんだよな」
詩歌と芽里が歩きながら話す。そう。未知なるものに対する本能的な怖さがない。何もしてこなかったから?
「ただ、移動してただけだから」
「いや、六花が怖すぎて上書きされたかも」
「そ、そう?」
陽奈が笑う。
「あいつらも、六花先輩がヤバイってわかって、とっとといなくなったんやと思うわ」
「明日から少女の霊が出るって、下手すると斬り殺されるって、噂広まるかな」
芽里が詩歌と笑う。
「そうかなあ」
そんなにビーストモードだったかな。六花。

離れに戻って、この日は陽奈とお風呂に入って、みんな眠りにつく。
ふと目覚めた六花はパーカーを羽織って外に出た。この時間、この雰囲気が好き。夏の夜中。ちょうどきれいな月が出てる。
虫の声。山の方から蛙の声。夏の夜は静かじゃない。
境内の横を通って、遊歩道の入口へ。減光された光の道が山に続いてる。

その時、山社の方に光が動いた。
月明かりになにかのシルエット。光を纏う。光は山社上空を少し回った後、こっち向かってきた。そのまま上昇していく。六花の上をさっき見た半透明の白い姿がフライパス。ただ空気を裂く音がする。あっという間に飛び去り、見えなくなった。

「なに、あれ?」
六花の口から言葉が漏れる。やっぱり、怖くない。むしろあれは、飛ぶことを楽しんでいるよう。
そんなふうに感じる。
翌朝。あのゴーストを見た人はいないみたいだった。でも、事件は起こっていた。

Chapter-5 六羽田六花 16歳 くるみん奇談その三 黒い八尺様

「クルマが放置されてる?」
「朝お参りした氏子さんが知らせてくれたの。山社の駐車場だって」
透子と朝ご飯の用意をしていると、妙子が台所にきてそう教えてくれた。
「警察には?」
「伝えたみたい。黒いミニバンがエンジンかけっぱなし、ドア開きっぱなしでおいてあったって」
「それって」
六花は透子と見つめあってしまう。
「せんせ…」
「ややこしいことになってきたかな」

とりあえず、午前中は予定通り海。
「六花、なんか悩んでる?」
「ちょっと気になってることあって」
まだ、クルマ放置のことは、六花と透子しか知らない。風花が心配して聞いてきた。言ってもいいだろう。風花は。
昨日、幽霊らしきものを見た話、消えた先の穴、ミニバン事件、月夜の空のことも。風花の表情がどーんと暗くなる。
「で、でるには、でたの」
「…でたね」
風花がなんで話したって顔で見てる。気を取り直し
「で、立ち去ったはずの連中のクルマが放置されていたと」
「そうだ」
「立派に心霊事件じゃ」
「クルマの連中がどこで何してるか、わかってない。から今は心霊事件じゃない」
「私からも報告あるんだ。六花」
六花のスマホが喋り出した。
「アイミ、何かわかった?」
「噂は辿っていくと、噂が流れ始めた梅雨入り直前の頃に、幽霊の画像付きでいろんなSNSに投稿してる。アカウント名はヨリシロ。発信源を辿ると日坂町にあるアパートだったよ。それまでは日常のことをたまに書いたり、好きな人が遠くにいるみたいで、その人との遠距離恋愛の話を書き込んでいたの。でも突然、幽霊情報を書き込んだの。書いたと思われるその部屋の住人は30代の女性。呉屋珠代って人で、この書き込みをした直後からどうやら、行方不明なんだ」
「どう言うこと?」
「アカウントから特定はできたんだけど、その日以来、家からネットアクセスがないんだ。で、電話かけて見たの。プロバイダーのフリして。大家さんに。そしたら、そういえば姿見てないね。って」
「そんなもんなの? 職場は?」
「それが、無職らしくて。ただ、家賃はちゃんと払われてて、調べると、一昨年の1月に大金が振り込まれて、しばらく働いたあと、地元の建設会社の仕事辞めてる。そこからは何をしていたか、よくわかってない」
「スマホは」
「部屋に置きっぱなしっぽい」
「本当にややこしいことになってきた」

「一応目撃者ってことで、話聞かせてください」
来海神社に地元警察がきたのはその日の午後。お昼が終わって温泉に行こうとしてた時。
「静岡県警の大張です。こっちは蒲田。あのミニバン、昨晩見かけたんですよね」
離れの食卓。大張と蒲田という刑事。それに対して透子と芽里が座る。六花は透子の後ろに立った。
「最近、山社で幽霊騒ぎがあって見回ってました。そうしたら肝試しにきたんです。ちょうどライトアップ終了時間なので、9時ちょっと過ぎ、15分くらいかと」
「その時、クルマに乗っていたのは?」
「5人です。男だけ。年齢は10代後半から30代くらいってところですか? 飲酒してましたね。未成年と思われる男も」
「さすが軍人さんですな。状況を正確に見てらっしゃる。何してました?」
「間違い無く肝試しでしょうね。降りてきたので、参拝かと聞いたらそうだと答えて、雑に参拝して。そしたらナンパしようときたので、退去をお願いしました。その時は素直に山を降りて行きました」
「なるほど。ドラレコの記録と一致します」
「クルマが残っていたって聞きましたけど」
芽里が聞く。
「そうなんです。山社の駐車場にエンジンかけっぱで放置されていたんです。砂利の駐車場に残る跡からみても、一度山を降りたと見せかけて、戻ってます」
「そんなに肝試ししたかったのかな?」
六花は呟く。
「職場同僚とかに幽霊の写真を絶対見せるって豪語してたそうで、言っちゃった以上、来海さんに追い返された。ではすまんかったんでしょう」
「で、奇妙なのはここからでして」
大張がカバンからプリントアウトを出した。LINEの画面。普通の会話。
「これが?」
「彼ら5人は現在、行方不明だとわかりました。家に帰っていない。来海さんが見た通り未成年がいまして、その親から通報がありました。息子が帰ってこないが、LINEの返事だけはちゃんとくると」
「それ、普通のことじゃ…」
「実はそうでもなくてですね」
プリントアウトには居場所を尋ねるメッセージと先輩の家とかファミレスとかちゃんと返事がされてるしかも、質問を送るとすぐに返されている。
「この先輩ってのもいなくなってるんです。この子の親が先輩といるって聞いて、すぐに連絡すると、携帯電話には出ない。卒アルで調べた自宅番号にかけてみると、同じように、LINEにはすぐ帰るとか、後輩といるとか送ってきてて、日曜日ですし、特に心配もしていなかった。でも確かに電話には出ない。その直後にLINEすると、すぐ返事が来る」
蒲田が続ける。
「彼きっかけで、芋づる的に5人、土曜日一緒に飲んでいた人間が行方不明だとわかりました。でも携帯は生きていて、通話には出ないがLINEには返信あり。GPSの追跡には5つ揃って沼津市街地を移動中と出る。でも、その位置に行っても誰もいない。スマホを持った人物もいない」
「LINEの返信とGPS情報は偽装と見てます」
「なるほど。でもこれ、私が目撃者だからと言って、知らされる情報ではないですよね」
透子が刑事を見る。
「ま、一昨年の年始、あの龍の発生、そして被疑者が星の外に逃亡するという事件を経験しとりますので」
「ああ、あの時はどうも」
「今回の来海神社さんが絡んでるので、もしやと思った次第で。このくらい時間では失踪扱いにならんのですが、来海さんがこちらにいらっしゃると聞いて、こさせてもらいました」
「刑事さんは、異星人事案ではとお考えですか?」
「スマホの無駄に高度な偽装が気になりましてね。うちも龍事件の後、異星技術探知AIを導入しまして、それによると可能性が高いと」
「普通、ここまでの偽装は市井の人間ではやらない」
「わかりました」
透子は大きく頷いて
「地球防衛軍として、未登録異星人事案の可能性のある案件として対応します。こちらからも情報を提供します。この方を調べてください」
「呉屋珠代?」
「来海の幽霊話をSNSに投稿した跡、消息がわからなくなってます。あくまでもうちは情報の流れからそう判断しているので、現場に行ったわけではありませんが」
「ありがとうございます。肝試しに連中が向かったそもそもの原因を作った人ですか」
「ええ。ただ噂通りに正体不明の発光体を目撃しておりまして。我々はそちらの調査も行います」
「ほんとに出たんですか。それはすごい」
「現場に警備の警察官がいますので、話しておきます」

日曜日の午後。かんかん照り。日焼け止め塗ってもやばそうなので、海はあとにする。六花はキュリエッタで沖に停泊中のナデシコに戻った。テコの仕事道具の中から地表探索用のドローンや現場調査キットを探し出し、そのまま、山社へ飛ぶ。
山社の穴の横にはテコ、透子と風花、幸花がいた。
「幸花、温泉いかないの?」
「いつでも行けるし。こっちが気になる」
六花はキュリエッタの腰にある荷物箱からドローンを取り出す。
「そのまま地面に置いてくれればいいよ」
テコに言われてその通り地面に置くと、ついてる車輪がぽんっと大きくなって、穴に進み始めた。テコが手首の端末を使って画面を空間に出す。六花は念のため、テコメガネをかける。気温34度。知らされると暑い。
「機械で掘ってるね」
意外と均一な壁の状態の斜坑。ただの穴だ。警察も失踪の手がかりを探したようだけど、ここはそんなに調査されてない。足跡がついてないから。
「あ、奥になんかあるな。センサーに結構なエナジーと熱の反応ある」
「見たカンジつながってないですよ」
ドローンからの画像は土の壁。トンネルはどこにも繋がらず終わっている。
「進めてみる」
ドローンがゆっくり進む。壁が近づくだけ。が、映像が乱れた。
「な」
透子が唸る。
「どっかに落ちたな。かなり深い穴が開いてる」
テコの解説。幸花が続ける。
「行方不明なった人も、ドローンと同じように穴の中のどっかに落ちてるのかな?」
「1〜2人落ちたら、仲間置いて逃げるでしょ。あの手の連中って。全員揃って落ちてるとは思えない。狭いし。もうちょっと仲間意識あったら助け呼んでるはずだし」
透子がいう。続けて、
「エンジンかけっぱなしでクルマ放置ってことは、駐車場についた時、すでに幽霊がいて、慌てて追いかけたら、全員返り討ちにあった。かな?」
「幽霊が男たちに襲いかかって次々と…」
「やめて六花。怒るよ」
風花に両方の頬を後ろからつままれる。
「幽霊はどういう攻撃をしたんだろう?」
幸花が訊いてきた。
「やっぱ、息を吹きかけると魂がぬけちゃうとか…いたたた」
風花がほっぺたを引っ張ってきた。
「そんなこと、ない!」
「そうかもだけど、幽霊がいたことと、5人行方不明は事実ひゃから…」
どうやら風花は六花のほっぺたをいじって気を紛らわせてるっぽい。
「とにかく、山社の下にある熱源を調べないとな」
「参道の反対側、見てみます」
幸花が歩いていく。
「六花は上から熱の流れを見ます。排気口とかあるかも」
六花はキュリエッタに戻り、離陸。山社の真上に。サーモで見ると強い日差しに照らされて全体が白く光る。
「あんまり役に立たないか…」
と、幸花が手を降っている。キュリエッタを降ろす。
「どうしたの?」
キャノピーを開けて幸花の後ろに立つ。
「ここ見て。この周り。これ、アイビーの葉っぱ。ここだけ。こんなの、普通生えてない」
斜面の一部分。生えてる草が違う。観葉植物を貼り付けたようなテクスチャー。言われて気がつくと稚拙な偽装に見える。あくまで、言われたら。
普通は一部分に形の違う葉っぱの草があったからって、疑問には思わない。幸花、よく気付いたな。
「そもそもこれ、作り物?」
近づいて、葉っぱを見た幸花が、ずっ 半分地面に埋まる。違う。ホログラムの中に引き込まれたんだ。
「きゃあっ」
「幸花!」
キュリエッタの腕を伸ばして幸花を掴んでいるものを掴み返す。それを全力で引っ張る。ホログラムで覆われていた穴から、なにかでてきた。
大きなボロ布をすっぽり被ったもの。中はどうやら人型らしい。布は半透明の白で景色が透ける。そこから黒い腕が伸び、幸花の腰辺りで服を掴んでる。腕は長く、筋肉質。
「これ、光学迷彩?」
完全に透明にならず、ちょっと白くなり、ノイズも入る。ボロい光学迷彩の布の中から今度はにゅっと銃が出てきた。銃の形に見覚えがある。
「まさか」
と、その銃が轟音と一緒に弾かれて地面に落ちる。次の瞬間、幸花が服を引き裂かれながら相手の腕から離れた。
テコメガネに風花の動きを示す線。アーサラー3をフルに使って、目に止まらぬスピードで風花が幸花を救出。参道の方へ下がっていく。
人質がいなければ! 六花はキュリエッタにビームロッドを両手持ちさせて切り裂く。光学迷彩シートがバラバラと効果を失って四散。急にエナジー反応が増大した。キュリエッタのような超小型転換炉の反応。

ボロい布に見えたけど、姿も転換炉の反応すら遮蔽していた。すごく発達した技術。異星人の関与は間違いない。
視線の先に黒衣の女の人が立っていた。でも身長が3m近い。キュリエッタに乗って見上げる高さ。それが宙に浮く。幽霊の本体? 八尺様かって大きさ。 それがなにかを放ってよこした。
「あ、眩しいやつ!」
白い光があたりを満たす。キュリエッタのセンサーも一時沈黙する。六花が視界を取り戻すと、大きな女の人はいなくなっていた。
落ちていたのは、一昨年の事件で回収された転送銃と同じもの。5人が何をされたか、なんとなくわかる。どこに飛ばされたかは、まだわからないけど。

「幸花!」
透子たちが乗ってきた来海家が使ってるコンパクトカーの中でやぶれた服の上にテコの上着を羽織って、幸花が座っている。顔が青い。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
笑顔を向ける。
「風花が強引だからさ。引っ張られて、服が裂けるなんて漫画みたい。いやーんって吹き出しありそう」
幸花が頑張って明るく喋ってる。着ていたノースリーブはビリビリ。羽織ってるテコのパーカーの下になんか高そうなブラがちらり。怪我はない様子。
「よかった。無事で」
「風花めっちゃ強いって実感したよ。六花がお化けって言うのわかった」
「でしょ」
六花が幸花の頬を触ってると、ブラトップだけのテコがきた。
「穴を探る。来てくれ六花。風花は大丈夫か? 幸花を頼むよ」
「く、くろい八尺様が…」
「ぶっとばしといて、今怖がってるの?」
「だって。あの時は幸花しか見てなかったし」
「心配しなくても、あれは霊体じゃないよ」
「なんで?」
「霊体がスタングレネード使ってたまるか」
「まあ、そうだね」

幸花が見破った穴、まだホログラムは起動中。穴の中にキュリエッタの腕を突っ込んでみる。指先の小さなカメラを起動。中は広大な空間。あの巨体を座らせて中に収められる大きさになっていた。
「何もいないな」
「キュリエッタで入ってみます」
ホログラムを超える。特にトラップ的なものはない。ここが幽霊のメイン出入り口なんだろう。中は手前に機械群。その奥はただ掘っている。穴が続いている。
「アイミ、ホログラムをなくすには?」
「振り返って右上にスイッチ」
上半身を回転させ、スイッチOFF。空が見えた。
「広いな」
「ほんと、人ん家の山に何しやがる」
「多分、再建工事のどさくさでやってる気がします」
アイミが透子に答える。
「どういうこと?」
「呉屋珠代の勤めていた建設会社、山社の再建工事、請負ってるんです。現場作業員でなくても、ここになんらかの絡みはあったかもしれないです」
「年単位で計画したことなのか。目的は一体なんだ」
「目的は、あれだと思います」
この広い入り口エリアから斜め下に伸びる坑道。そう坑道。まるで鉱山のトンネル用な作り。そのずっと奥。キュリエッタの探照灯の光を跳ね返すのは何かガラス状の塊。それが土の間から少し顔を出している。石につながってるパイプが数本。
「珪素生物、まだ埋まっていたのか」
「人喰い石の残骸? いや、知られてなかった石がまだあったってこと?」
「これを見つけたから、動き出したんだろう。さっきの転送銃を見るまでもなくオリヒト・ヒルバーが絡んでそうだな。また龍にするつもりだったのかもしれないな」
「なんのために?」
透子が聞く。
「売るか、恨みか」
「でも今の防衛軍の対処能力なら、前回のようにはいかないってわかりそうなものです」
透子は大きな穴の中を見上げる。
「それに、幽霊騒動を起こした理由がわかりません」
六花がいうと
「オリヒト・ヒルバーの最大の収入源はなんだと思う? 六花」
「…人身売買」
「肝試しに来る人、ある程度、社会地位考えると、いなくなって、そこまで大問題になったりするかな?」
「実際、なってないわけ、ですよね」
「そういうことだ」
テコが入り口にある箱を蹴り飛ばす。中から20台近いスマホ。すべてコードがつながれ、電源が入っている。ケーブルはファンが回るPCのような機械に繋がってる。
画面を見るとLINEが立ち上がりっぱなしで、居場所を尋ねる質問に的確に答えている。
「自動返答用のAI…」
返信や位置情報の偽装はこの箱に入ってるAIが行っているみたい。
「発覚してない行方不明事件がありそうだな」
「LINEに返信あれば、行方不明でも発覚しない…」
テコがスマホの状態を見てる。暗い気持ちを払って六花は訊いてみた。
「さっきの幽霊、あの黒い八尺様と呉屋珠代は何か関係あるんでしょうか?」
「ああいうの、八尺様っていうの?」
逆にテコが訊いてきた。
「八尺様っていうのは、2.5mも身長がある白い服をきた女の人の怪異です。あれは黒いですけど」
「じゃ、アレは黒八尺と呼ぶことにしようか。アレが呉屋珠代のなんなのかは、本人に聞かないとな」
テコは手首の端末でこの地下の部屋を撮影する。
「警察にも教えてあげよう。行方不明事件の方は結果はどうあれ、目星はついたわけだし」
テコは転送銃を拾い上げ、手首の端末に向かって
「プリンシパルよりCP。タキリヒメに対遮蔽ソナー載せてくれ。転送銃の解析後、転送先座標に行ってもらいたい」
「CP了解。準備をしておく」
「あと、地元警察に連絡。行方不明者とそれ以外のもある携帯電話を発見。で、調べたら現場をジェルで封鎖してって言っといて。ジェルは入り口に置いとく」
「CP了解」
「しかしな」
「どうしたの? テコさん」
「龍事件のあと、ナデシコのグランドスキャナーでくまなく調べたはずなのに、ほぼ地球の石ころになってた珪素生物を、どうやって見つけたんだろう」
「見つけたというか、いると信じて掘ったら本当にいたって感じじゃないかなと思います」
六花は答える。これはきっと見つけたからじゃない。さっきドローンが消えた横穴とか、掘り直してるあともある。
「そんな曖昧な感じでやるもの?」
「なんか、だから自分じゃなくて、他の誰かにやらせてる。そのコストは人を捕まえて、まかなうみたいな」
「それって、ありなのか?」
「なんでも自分でやるテコさんとは違う人の話です」

六花はテコをキュリエッタに乗せてナデシコへ。幸花と風花は透子の運転で海社に戻る。2人で飛ぶのはナデシコで転送銃の解析をするためだ。
「この乗り方、初めてだよね。してほしかったんだ」
六花の膝の上でテコが嬉しそう。他の子は外を見るために六花に背中を預けるが、テコは横すわりで、右肩が密着。しかも腕を六花の肩に回してきた。
必然的にテコの顔は六花の右耳元にあることになる。
「テコさん、耳や首を噛んじゃダメですよ。海に落ちます」
「えーなんで?」
吐息がかかる。
「風花に首をかじられて、東京湾に落ちかけたことがあるから」
「そーなんだ。ふーん」
少し間があった。
「こんなの噛むなっていうほうが無理」
「テコさんも、その理屈なの?」
ぱく。テコが耳を甘噛してきた。
「あ、ひゃあ」
ぐらっと、キュリエッタが傾く。
「ほら頑張って六花」
「自分でしといて全くもう」

ナデシコに着艦。キャノピーを開く。
「つきましたよ。テコさん」
テコが肩に回している腕に力を込めた。
「やっとふたりきりだ」
「テコさん」
六花の正面に、美しい銀色の瞳。それが閉じて近づく。
風花とした舌先をちょこっと合わせたのとは違う。深くて長いキス。
音がえっちだなと思う。少ししてテコが離れて、深く息を吸う。
初めてディープ・キスしたのに、ドキドキしてない。
テコの腕の中で、幸花を助けたときからの緊張が消えていく。
すこし、眠くなる。この感覚が不思議。ときめきじゃない。深い深い安心感。どうしてテコといるとこうなるのか、六花にはわからない。
「そうだ、六花に聞きたいことあった」
「なんです?」
「例えばさ、自分のお気に入りの動物、と言うかぬいぐるみというか、そう言うのに名前をつけてって言ったら、なんてつける?」
「なんです? 突然」
「ひとつ、作ってるものがあって。名前が欲しいんだ。ボクが設計したからか、六花に似てる気がする。で、名前つけて欲しいかなって」
「なんか悪いことしてませんよね?」
「うたぐりぶかい」
「そうですね、六花に似てるなら、単純に雪とか? あ、女の子な名前でいいんです?」
「それでいい。雪、ね。いいね、シンプルでいい」
「そんなんでいいんですか? それ、いつできるんです?」
「来年になると思う。じっくりやってるから」
「何かわからないけど、できたら見せてくださいね」
「もちろん」
目を閉じてテコの胸に顔を埋める。テコが頭を撫でてくれる。
しばらく、そんな時間。
「だめだ。根っこ生える」
笑いながらテコが腕を外して、キュリエッタから降りる。テコもまったりしてたってことか。六花も続いた。
小物工房の耐爆スキャナーに銃をいれる。
「プリンシパルよりCP、座標データ送る」
「CP了解。タキリヒメに伝達する」
ポイントがテコの手首の端末から表示される。
「普通の衛星軌道上か。間違いなく遮蔽して地球周ってるな」
「いるでしょうか? オリヒト・ヒルバー」
「さっき、六花が言ってくれたように、作業を誰かに任せてコントロールしてるだけなら、いないだろうね」
「あの黒八尺が穴を掘り、幽霊として飛行して、肝試しにきた人を狩っている」
「本当に珪素生物を見つけたことで、何かを起こすために、あの幽霊話をSNSに流したのかもな」
「食べさせるためでしょうか? また龍にして、人を」
「そうかもね。あの時、玲を食わせようとしたようにね」
「アイミです」
また、突如として六花のスマホが喋り出す。
「呉屋珠代が帰宅しました。ネットアクセス確認。透子さんが現地に向かいました」
「来海から日坂は山ひとつなので、クルマだと40分、くらい?」
「アイミ、周辺の監視カメラに黒八尺は映ってないのか?」
「目撃はされてません」
「テコさんは黒八尺と呉屋さんが同一だと思いますか?」
「限りなくね」
「じゃ、黒八尺はなんでしょう? ロボット?」
「それに近いものだと思う。ただ、キュリ子みたいに乗るんじゃなく、着るタイプ。帝国ではまだ完成してな技術だ。一体どうやって…」
「着るロボ?」
「捕まえよう。これは立派な未登録異星人案件だ。防衛軍の出番。キュリエッタにスタンライフル持たすよ」
「はい」

六花とテコはナデシコからまっすぐ呉屋珠代のアパートを目指す。
「アイミ、透子の会話はモニターできる?」
「偵察ドローン、近づけます」
テコが手首の端末を操作してキュリエッタのコクピット内に画面を出す。
『呉屋珠代さんですね』
『あなたは、どなた?』
『地球防衛軍 医療部 部長医師 来海透子です』
『軍隊のお医者様がなにかごよう?』
玄関先。透子の背後から飛行ドローンが画を送ってくる。
軍服の透子の肩越し、グレーのノースリーブのワンピをきた珠代。
疲れた顔してる。化粧はしていないみたい。
『あなたには未登録異星人接触による検疫法違反の嫌疑があります。然るべき機関で検査を行う必要があります。ご同行ください。こちらが強制検査の許可証です』
紙を一枚提示する。
『身体はなんともありませんよ。あと、あの人が来るので、これからはまずいんです』
『あの人?』
『わたしの、彼氏?』
『その方があなたと接触しているなら、その方も検査対象です。お名前は?』
『そうね、でも、検査は必要ないわ。だって、あの人が他の星の人だから』
『先程、来るとおっしゃいましたね』
『ええ。だからキレイにしたくて。お風呂入りに戻ったの』
『いつですか?』
『それは、秘密よ』
「よけろ! 透子!」
テコが叫ぶ。視界に入ったアパートの裏山から人影がはねて、アパートに降りる。ドローンの映像では身をかわした透子のいた位置に拳が振り下ろされた。アパート前に3mの黒い人影。振り下ろされた拳、その右手に珠代が乗る。左手が服をめくった。
「お腹がない」
キュリエッタがアパート上空に到達。スタンライフルを構えた六花の視界にえぐられたような腹をさらけ出している黒八尺。そこに珠代が入った。
「あれがコクピットなの?」
合体時が弱点というのは宇宙の常識。六花は電撃モードで射撃。黒八尺が黒衣で受ける。電撃が通じない。
腹に入った珠代にコードのようなものが巻き付き、皮膚が覆っていく。
「あれでどうやって、操縦を…まさか、ナノドライブ」
「六花、透子を拾って。追うよ」
黒八尺のお腹が完全に皮膚で覆われる。黒衣を戻し歩き出す。日坂の道の駅駐車場に来ると、そこから一気に上昇した。
「せんせ!」
階段と廊下に拳の跡が残るアパートから透子を回収。ライフルを腰のマウントラッチにくっつけてキュリエッタの両手で抱く。
「行こう。六花。私は大丈夫」
「行き先は神社のはずだ。他に行くところないしな」
「飛びます」
六花たちは山社を目指す。センサーは先行する黒八尺を捕らえ続けている。
「来るって言ってました。誰か」
「本当なら、あの石、珪素生物をどうにかするはずだ」
「昨日、ほったらかして、逃げちゃって、私達がそのままにしておくわけないのに」
「それでも行くさ」

山社の裏、黒八尺はやっぱりそこに降りた。あの穴に入ろうとしても入れない。表面の土をはたいている。中は透明なアクリルのような素材で満たされている。警察が必要な証拠品を改修した後、テコの残したジェルを使って封鎖した。かりかり。固まった透明な表面を黒八尺が引っ掻いてる。
「なんで、こんなこと、するの?」
黒八尺から珠代の声がする。
「うちの土地なのここ。あ、実家ね」
「お医者さん、来海の人なの。そう」
「諦めて、投降して。あなたは身体を改造された可能性がある」
透子が黒八尺を見上げる。
「改造? そんなことないよ。でも、この子を飛ばす薬は使ったかな?」
「調整しないと、死ぬわ。私たちはそれのノウハウを持ってる。任せて」
「そう。あの人に会えないまま、死ぬのは嫌ね」
黒八尺が両膝をつく。黒衣をまくるとお腹が割れた。珠代が見える。
「全部生体パーツでできてるのか。辺境連合の技術なのか? そんな情報ないのに…」
テコが呻く中、ずるっと珠代が降りようとした時、お腹がまた閉まり始めた。
「あら、ダメみたい」
「珠代さん?」
「やることがあるみたい。たまにいうこと聞かないの」
珠代の目が赤く光る。透子が振り返って叫ぶ。
「六花!」
「みんな離れてください!」
六花は腰のラッチからライフルを取る。電撃、スタン弾、陽電子ビーム砲の3本のバレルを重ねた大型銃。
「スタン弾。装填。出力最大」
黒八尺が飛ぶ。キュリエッタを飛び越えた。どこへ? 手に握られているのは、転送銃。
「海か!」
六花が追う。黒八尺は海社を飛び越え、入江のビーチを目指している。まだ誰かをさらう気? 多分、オーバードライブがかかってる。さっきより早いけど、やっぱり訓練を受けたわけじゃない珠代をヨリシロにしてる分、遅い。ビーチの人が黒衣の黒八尺を見つけて散り散りに逃げていく。射線上に人はいない。
「鎮まって!」
スタン弾のバレルはレールガン。発射音はなく、空気を切り裂く音だけ。黒八尺は黒衣を広げて弾丸を包み込むようにしてこれを避けた。
「アイミ、あれを傷つけたら、中の人どうなる?」
「強度はわからないけど、衝撃は受けると思う」
「どうすれば…」
「ビーチに与那と芽里がいる!」
アイミの声に、慌ててテコメガネをかける。位置が視界に表示された。松並木のベンチで昼寝でもしてたんだろうか、逃げ遅れてる。座ってる与那をかばって立つ芽里。
「陽電子砲、出力絞って」
キュリエッタを水面まで降下させ黒八尺を見上げる。黒八尺が転送銃を与那たちのほうに向ける。六花は銃目掛けてビームを放つ。手首ごと破壊に成功。どんなにオーバードライブを使っても、やっぱり普通の人であることは消せない。それをサポートする戦術AIもアイミほどではないだろう。その戦力では六花が負けることはないと思うけど、周りに人がいる。もう、躊躇ってもいられない。追い抜いて、ビーチに着陸。もう一度、スタン弾。
「ごめんね」
正面から突っ込む。頭の、顔のど真ん中に打ち込む。弾丸は硬質ゴム。だが、打ち出し速度が半端ない。ゴムが一瞬で弾けるパワーで顔の真ん中に。
「がああー」
悲鳴。のけぞる。くそ。気分悪い。
ライフルを腰に戻してビームロッドを持つ。
「アイミ、サーモで中の人の位置、把握できる?」
「テコメガネに情報流す」
オーバードライブ発動。払い除けようとする黒八尺の手を避けながら、黒衣を払い、腹を裂く。目を閉じつながれてるだけの珠代が見えた。接続箇所は機体側の奥にビームロッドを入れて切り裂く。目に見えて黒八尺の動きが悪くなった。
「もうちょっと!」
珠代の左足に絡んでるコードを根本から切ろうした時、その足が動く。
「危ない!」
と機体を引いた時、上から拳が落ちてきた。キャノピーが真っ白になる。
「きゃあっ」
「キャノピー投棄するよ」
アイミの声がして、キュリエッタからキャノピーが外れる。海の匂いが濃くなる。
「なめんな!」
オーバードライブのレベルを上げる。奥に飛び込み、珠代の身体を掴んで引っ張る。伸びたコードを切り落とす。最後は首についたナノドライブコネクタ。ためらってると、こっちがやられる。六花は機体側の一番根元で切り落とした。珠代を抱いて飛び、間合いをとる。黒八尺は立ち尽くしている。
六花は彼女を松林の影で見ていた与那と芽里に預ける。
「このひと、お願いします!」
「六花! 目が光ってる!」
「もう、ケリつけます」
もう一度ライフル準備。使うのは陽電子砲。下から打ち上げれば、何も巻き込まない。間合いを詰める。ほぼ動かない。これはトドメだ。
珠代のいなくなった腹の中に銃口を突っ込んで上に向けて引き金を引く。黒八尺の脳天から光が漏れ、やがて、後ろにぶっ倒れた。

Chapter-6 六羽田六花 16歳 くるみん奇談その四 ND4-T4+

「あの人に出会ったのはね、日坂のバス停だった。一昨年の年末。
観光に来たって言ってた。美味しい店を知らないかって。頭にターバン巻いて。外国人がこんな田舎に来たんだって思った。
もしかしたら、すっごいオタクかもって思ったよ。ほら、この町、いろんなアニメの作品に出てくるらしいから」
意識失ってるな。六花は。これ、誰の声?
「無難なところでミックスフライを勧めたの。近くの食堂で。
おごるっていいうから、私はお刺身定食食べたけどね。でも、生魚は難しいみたいだったからよかったかも」
「別れる時、これからどうするか聞いてきた。こっちは一人暮らしで実家もないし。行きたいところあったら、連れてってあげるって言ったの。
そしたら富士山見たいって。行ったわ。大晦日に。人多かった。でもあの人も楽しそうだった。わたしのクルマでいったよ? 危ない? そんな感じしなかったんだ。自分の勘って、信じるでしょ。
で、泊まってるっちゅう宿まで送って行ったら、あったの、宿じゃなかった。宇宙船。四角いやつ」
「すみません。宇宙人ですって。ターバンとって角見せてきた。でも、不思議とどうこうって思わなかったの。そしたら、あの人、富士山のお礼ですって、地球の外まで連れてってくれた。その船で。
最高だった。周りに宇宙旅行なんて言ってる人いない。自慢できるって思った。しないけどね。そのあとなんかいい雰囲気になってさ、あの人も私の家に来て。ま、大人だしさ。異星人だけど、なにも変じゃなかったよ」
「正月はうちにいて、初詣とか行って。来海神社はすごく混んでるって話だったから、近所に。1月3日に仕事があるって、出てった。そのあと、その来海神社で大変なことになって。あの人、帰ってこないし。これはそういうことかなって思った。その騒動の片割れって言う人が捕まったじゃない? 脱獄したらしいけど。あんなおばさん連れて歩くなら、私連れてってよ。普通、そう思うよ」
「しらない。そんなこと」
声だけが聞こえる世界で、六花はつぶやく。
「行きずりだったんだなって思ってたら、1月終わりにあの人から連絡きたの。渡したいものがある。行けないけど、受け取って欲しい。アパート裏の山の中にあるからって。行ってみたら、そこにあれがいたの。透明になるシートの端っこに、富士山で買ったキーホルダーついててわかった。大きな人型のお化け。何するつもりだったんだろうって思ってたら、お腹のところに何かあったの。小さなプラスチックのボトルだった。手紙ついてた。話したいと思ってくれるなら、こうしてほしいって使い方書いてあった。そのボトルだけ持って家に帰ってやってみたわ。そしたら、あの人の声が聞こえるようになった」
「それはあの機体に入っていたAIとナノドライブが…」
「そんなこと、どうでもいいのよ。その状態であれに近づくと、私をお腹にしまったの。頭の中に、隠し方、空の飛び方、走り方、あの機械の使い方が全部頭に入ってきた。その中にあったの。メッセージも。来海神社の山社の下を掘って欲しいって。その機体も、振り込んだお金もどう使ってくれても構わない。でも、掘って欲しい。あの機体はそう言うこともできるからって。面白いことに勤めてる会社があの社の再建をすることになって。防音壁で囲って足場作ってやってるから、夜にあそこまで行ってあの機械で掘るのはそんなに難しくなかった。しばらくはそんな生活」
「あのオヤシロに遊歩道ができて、ちょっとやりにくくなったけど、でも透明人間になれるって便利ね」
「でも見つけたの。ガラスの塊みたいな、あれを。すぐ連絡した。そしたら、あの銃が送られてきたの。使い方はまた頭に浮かんだ。取りに行くからこう言う準備をして待ってて欲しい。会えるのが楽しみって。もう2年半だもんね。時間経つの早いって思った」
好きな人のためなら、年単位でいろいろやれるものなの?
会えてないのに。
「人を捕まえて欲しいって言ってきたのは春の終わり頃だったかしら。その辺で捕まえると、すぐ、警察沙汰。いい方法はないかって言うからさ、私がやってることで、来海に幽霊出るってポツポツ言われ出した頃だったから。広めて、肝試しに来たの捕まえたら、いいかなって。何かあっても霊の仕業だしさ。元の投稿だけてきとーにAIで作ったら、あとはあの人が広めて、来海に行って、来た連中を銃で撃って、消して行ったよ。撃つだけでいい後は全部やるって。途中からは面白くなっちゃったよ。怖いの見に来たくせに。顔歪ませて逃げちゃてさ、日頃イキってそうなのが。アカウント辿られると厄介だから、家には帰らないほうがいいって。近くに隠れられる場所作っておくからって。あの人がくれた山の中の透明な家から通ってた。
そしたら、あんたたちが来ちゃった。結局、会えずじまいか。
あんたたちさ、これから私をどうするつもりなの?
教えてよ。会いたいんだよ」
「もう、その人のこと、忘れてください」
「できると思う? そんなこと」
「きっと、たぶん」
「ちっちゃい子に、言わせてごめん。いいんだ。あいつ、悪い奴なんだろ? わかるよ。私も同罪だ」
「そんなこと…」

「六花!」
髪を三つ編み1本にまとめた風花が見てる。うなされていたんだろうか?
心配そうに見てる。しっかり目が覚めた。ちょっと頭が痛い。
「ここはだれ? わたしはどこ」
安心させたくて、ボケをかましてみる。
「なにそれ、昔のギャグ?」
風花がネクタリンを差し出してきた。

「ここは、テコトコラボ」
たしかに見覚えのある場所。
「あなたは、この世で唯一、私にキスしてもぶっ飛ばされない人」
「ちゃんと覚えてる」
軽く、唇を合わせる。と、風花がネクタリンを唇に。かり。噛みしめると甘酸っぱいやつが広がる。
「ずっと呉屋珠代さんの声が聞こえてた」
「あ、それ、じつはさ」
「これが原因」
テコが機械がいっぱいのったワゴンを押して入ってきた。
霜がいっぱいついた箱の中にピンク色の液体が入っている。
「呉屋珠代に投与されたナノドライブの大半。ケアがされてなくて、訓練もしてないから、大半が血液中で定着してなかった。六花のドライブとデータ接続して、誘い出して血液透析。んで、これだけあつまった」
多いのか、少ないのかはよくわからない。
「六花と出会って3年、少しわけてもらったナノドライブの研究は続けてたんだ。バージョンアップと機能強化、外部からの干渉のシャットアウト。素材が手に入ったから、ちょっと作るよ。新型ナノドライブ。開発コードはND4-T4+」
「誰に投与するんです? 六花?」
「六花はT4+から生成した強化剤を作っていれるつもり」
「ますます強くなるんですか? このコ」
六花を撫で回しながら風花が訊く。
「六花の場合はオーバードライブ時の過剰な負荷を軽減するよ」
「ただ、新しいナノドライブ被験者ってなると、結構ハードル高い」
「まあ、人生変わっちゃうからね」
六花は実感をつぶやく。
「テーセが連れて来る新しいエレートで試すのもありかな」
テコがつぶやく。
そうだ、ところで…。
「あの人はどうなったんです?」
「誘拐の実行犯ではあるんだけど、未登録異星人からの強制的な命令に支配されていた。ってことが認められるから、身柄は防衛軍預かりになるみたい。六花や風花と同じだよ。異星人事案高機能被害者って言うんだって。
ただ、戦闘力があるわけじゃないからね。ナノドライブ抜いたことで、そういうパフォーマンスが落ちて、ちょっと優秀な一般の人だから、透子は高天原2のオフィススタッフって言ってたよ。いいことか、悪いことかわからないけど、ここ最近の記憶がほとんどなくなってる。再出発になるよ」
「そうですか」
珠代の記憶は宇宙に行ったことを喜んでいた。なら、嬉しく仕事してくれるかもしれない。
「あ、みんなは?」
「もうあれから1日半経ってるから、それぞれの場所に戻ったよ」
風花が答えてくれる。
「そっか」
「千種が動画撮ってたよ。見てみて」

「来海の幽霊の正体です! みなさん! ご覧いただけますか?」
マイク片手の幸花がビーチに横たわる黒八尺に迫る。
規制線が張られて、その内側でこの間あった刑事たちがスラックスをまくりあげて現場検証をしている。
「霊魂などではありません。実体を持った異星のロボットです。これが肝試しにきた人を誘拐していたのです」
「防衛軍によって行動停止させられました。あの幽霊の噂は肝試しに来る人を増やすため、異星の犯罪者が意図的に流したものなのです」
六花が引き裂いた黒八尺の腹、なかなかグロテスク。
「実際には起きていない、それっぽい悲劇。その話は本当に真実なのか。ビリーバーは簡単に利用されて、いま行方不明に。
みんな、気をつけて。その目で、その心で、本物を見て。信じられるのは」
幸花がなにかに手を伸ばして、画面が揺れる。引っ張ったのは千種だった。
引っ張られて、自分が画角に入っても撮影をちゃんとしてる。
千種は照れてる。一方の幸花は幸せな顔してる。
「眼の前のかわいい子だけ。以上、ちくちくさんとさっちでした」

地球の衛星軌道上にあった、遮蔽された箱。転送銃で飛ばされた先は単なる箱だった。その座標に行ったタキリヒメのセンサーに引っかかり、中が空っぽであることが確認された。回収は後日と言うことになり、今日、エリアルEの護衛のもと、高天原2に運ばれる。黒八尺を倒した事件終結日から5日経っている。
「本当に中には何もなかったの?」
六花はスマホをだして画面のアイミに訊く。
「どうやら、黒八尺が暴れてる時に中身は回収したみたい。箱の中にも転送装置がついてて、それで、さらにどっかに飛ばしたみたい」
「テコさんがやばすぎって言ってる技術をどんどん使ってるね」
「あの黒八尺の残骸をテコさん調べてるけど、なんか釈然としないみたい。帝国で実験段階どころか、理論で止まってる技術が使われてるって」
「あれ、オーパーツ?」
「昨日今日作られたものではあるみたい。ただ、オリヒトというか、どこかに未知の超技術工場があるのかもって」
「オリヒトって、ホント何者なの?」
「テコさんが言ってたけど、いろんな技術力が帝国を凌駕してるって。帝国で転送銃は実験段階だし、パワードスーツはあるけど、全部生体でできた機体なんて、基本作らない。その生体機動兵器に転換炉を積み込んでる。キュリエッタより小さいやつ。そんなの、帝国にはないって。それに珠代さんが使ってた隠れ家も証言から見つけたけど、どのレーダーにも地球侵入の痕跡がないって。もしかすると、隠れ家を転送移動させたかもしれない。ちょっと危機感感じてるって」
「ここまでの技術があって、オリヒトはなんでこんな、狭い範囲の攻撃をするんだろう?」
「力を蓄えてる。って考えたほうが良いのかも。ここまでは「ちょっかい」のレベル。だからこの先…」
「やだなあ。なんか。ずっと付きまとわれてる感じ」
「ほんとにね」
六花はエリアルEの中で、タキリヒメに運ばれる箱を見ていた。回収された箱は船舶コンテナくらいの大きさ。一応生命維持に必要なものは全部揃ってるらしい。
高天原2の耐爆エリアに運ばれた箱。六花がエリアルEを駐機してそのエリアに行く頃には内部の検査が終わっていた。
「あ、六花ちゃん、行っちゃダメ」
「どうしたんです?」
「ん…体組織の一部が残っていたって言っておくよ」
防衛軍、SCEBAI兼任の検疫官さんが六花を止める。テコに聞いたことがある。転送光線に当たって無いところはそのまま、その空間に残されるって。この箱の中ではそう言う、雑な移動が行われたって予想がつく。
「さすがに不憫に思う」
「そうね」
スマホの中でアイミがうなずく。近づくなと言うのだから、やめておこう。
六花と風花は耐爆エリアから一般旅客へリアへ。インフォメーションセンターに見覚えのある顔。
「ようこそ。高天原2へ。お困りですか?」
「あ、あの、珠代さんですよね」
「あ、ああ、あなた来海の子ね。ごめんね。あの時の記憶ちょっと曖昧なの。私、病気だったみたいで」
「あ、いいんです。あの、お早い仕事復帰ですね。大丈夫なんですか?」
「うん。身体が平気なら、働いた方がいいって。透子先生がね、勧めてくれたの」
「そうですか。でも、お仕事、楽しそうでよかった」
「本当に。ちょっと前まで、田舎の事務員だったのにね。こんなお仕事させてもらえるなんて、夢みたい」
珠代の笑顔には陰りがない。
「ここにいるとね、会いたい人に会えるような、そんな予感がするの」

Chapter-7 福地千種 15歳 ようこそ地球へ

そろそろ、引退かな。と千種は考えていた。
幾らエスカレーター校とはいえ、中三の秋でまだボランティアしてる。
これがそれなりの評価を受けることは知っているけど。
宇宙港は今日も忙しい。最近、くるみんこまちのお出ましタイムに人が増えたような気がする。千種はタブレットを片手に、空港内くるみんこまちの制服となった振り袖と袴の出で立ちで歩き回っている。
「クルミンコマチさんですか?」
額から触手の生えたおじいさんが聞いてくる。
「はい。何か、お困り、ですか?」
「写真いいかね?」

意外と言うか、外の星でも写真と言う文化があることに驚く。機械の形は様々だけど、それに向かってポーズを取るのは多くの星で同じだ。
がちり。機械的な音がして写真が撮れたみたい。
「お渡しするよ」
おじいさんが写真機といった外観の機械を千種のタブレットにかざす。と、写真が一枚ダウンロードされた。おじいさん、ニッコニコ。
「おじいさん、かわいい、です、ね」
「ありがとう。私は君に会えて、この星に来た目的を達した」
「そんな、もっと、たのしいとこ、ろ、たくさん、あります、よ。ようこそ、地球、へ」
笑いながらおじいさんは出口のほうに向かう。
巨大な窓を見上げると、また大きな大きな往還機が降りてきた。
「与那です。今日は着便が多いから、時間を早めに切り上げます」
翻訳機をレシーバーにしたくるみんこまち専用回線に与那の声。あくまでボランティア。混雑する場合は引くのが鉄則。
でも、今日はエリアルEが来る。
インドがどこかの星と友好関係を結び、その使節団が来ると聞いてる。エリアルEはエスコート。インド国内に宇宙港はあるが先方が警備体制が整ってる富嶽を希望したらしい。ここからみんな揃ってチャーター機でインドに向かうそうだ。それらしい旅客機はさっき降りてきた。
『おりちゃったら、お仕事終わりだから、そっちに行くね』
六花はLINEでそう教えてくれた。
「せんぱい…」
ボランティア切り上げでも、私は残って、到着を待ってよう。千種はそう決めて到着ロビーに戻った。

宇宙港内に警備員が増える。同時にインド人っぽい人も増えた。そろそろ、使節団が来るらしい。千種は着陸が見える窓へ。使節団が降りる駐機スポットにはすでに歓迎の準備ができてる。
「与那です。みんなありがとう。宇宙港内の警備レベルが上がって、私たちは活動終了となります。戻ってきてね」
終わっちゃうのか。少し粘っていると、ちょっと人のテンションが変わった。窓の向こう、空に派手な黄色の往還機が見えた。その横に人型。
「せんぱい!」
黄色い往還機が滑走路に降りて駐機スポットへ。エリアルEはその上をフライパスして、エリアルファクトリーの方に降りた。ここからはちょっと遠い。せっかく、六花が来てくれるって言ったのに、みんな撤収したら会えないかも。その事態は避けたい。
「千種さん、もどってきてきて。どうしたの?」
与那の声。
「私、六花先輩を、待って、いようかと」
「六花は、到着ゲートから来ないよ。直接待機所に来るから」
芽里の声だ。
「そう、ですか、そうです、ね。先輩は特別でした。戻ります」
六花に会うのは夏の来海に行った時以来。六花が捜査に出て、最後はオーバードライブで意識消失。ナデシコで一緒に帰ったけど、まともに話はできてない。

中学3年になって、これからのことを考えるようになった。
私はわたしとして生きるんだって意気込んで西湖女学院に入ったけど、その先のことは、あまり考えてなかった。姉、瑞葉が生きていたら、アスリートをサポートする職を目指したかもしれない。でも、姉はいない。
そんな時に寮で同室の詩歌がうーたん部と六花のことを教えてくれた。
自分より小さい六花が数万光年を飛び、40mのロボットを操縦している。六花は操縦する時、レバーを使ってないという。全部、脳味噌で動かす。
私にもできるだろうか
興味が憧れに。たまに寮の窓から、湖の上を踊るように走るキュリエッタを見ることがある。あれはテコさんからプレゼントされたものらしいけど、あんなふうに自由に飛んでみたい。
いろいろ聞きたかった。後を追いたかったのに、六花は東京、そして長野に行ってしまった。
だから、今日は聞きたい。あなたのようになるために。
まだ山桜桃の編入試験は間に合う。
おいでって言われたいのかな。私。

幸花の顔も浮かぶ。
幸花は、はっきり言った。
夏の来海のビーチ。
「幸花さん、どうして、いつも、私の、そばに? 先輩は向こうですよ」
「ごめん千種ちゃん。私ね、あなたに一目惚れした。そう長く生きてるわけじゃないけど、初めて。こんなの」
「え、でも、昨日会ったばかりで」
「うん。一目惚れだからね。そういうものだよ」
そう言って真っ赤な顔して笑ってた。
あんなに思いをストレートに言えるなんて。
「そんな、こと、言ったら、私、幸花さん利用、しちゃいますよ」
「どんなふうに?」
「雨神軽井沢の、エグゼクティブスウィート、泊めて、くださいって」
冗談のつもりで千種は笑って言ったが、幸花は、真剣な目。
「いいよ。いつ来る? 私と一緒ならいつでも」
「い、一泊、50万円、です、よね」
「空いてる部屋、使うだけだし。掃除自分でするし。私、ベッドメイクの社内ライセンス取ってるから。あ、ご飯は自分たちで作るよ」
「は、わ、わ」
「私を困らせたかったの? かわいい」

詩歌が銀河中心へ。碧は東京校に移るという。うーたん部でそのまま高校に行くのは千種だけ。それが普通だけど、そのままでいいの?私。
到着ゲートが騒がしくなった。使節団が入ってきたらしい。戻らないと。
早足で宇宙港の奥に進むと、叫び声がした。
「お前達、カルマンゴリオンが我ヨータとの紛争解決を行うことなく、他星と交渉などあり得ない。即刻帰国し、交渉を継続せよ!」
「下がってください」
警備の人が人垣を作り使節団をガード。 一団が進んでいく。ほとんどの人は翻訳機をつけていないので、言葉がわからず、ただ見るだけ。
「邪魔をするな!」
叫んだ人がなにかで腕を叩いたように見えた。途端に体が膨れ上がる。そして手当たり次第、人や物を投げ始めた。
まずい。気づいてない人もいる。千種はタブレットに逃げてと打ち込み銀河標準語で叫ばせた。座っていた人たちが動き始める。
直接男に襲われた使節団が散り散りに逃げる。男は止めようとする警備員を捕まえて使節団めがけて投げる。人が飛んでくる凄まじい状況。
「逃げてください!」
千種は叫びながら走った。男は使節団の異星人に追いつき、投げる。今度は投げることが目的。人が人を巻き込んで飛ぶ。状況が悪化する。
「千種!」
この声、
「せんぱい!」
「止まるな! 走れ!」
逃げ惑う人の向こう、千種の正面に、走ってくる白いパイロットスーツ。
「ちぐさーっ!」
六花が絶叫した。六花は千種を見ていない。その視線の先、千種が振り向いた瞬間、衝撃で視界が流れる。真っ暗になる。声が、せんぱいが…

Chapter-8 六羽田六花 16歳 ソラニイタル

「風花!」
「制圧する」
横を走る風花が消える。
六花は人をかき分け、まず千種に覆いかぶさる。逃げる人がぶつからないように。顔が青い。呼吸が浅い。
「千種、千種、聞こえる? 千種」
頭を打ってる。素人判断では動かせない。
「SWより富嶽CP 要救護者一名確保。頭部強打。意識なし。心拍弱い。呼吸が浅くて、顔色がどんどん青く…」
「CP了解。陸戦隊が急行中。六花ちゃん、泣かないで。すぐ行くから」
「SW了解」
「千種、目を開けて。お願い。千種」
どん、どん、どん、3回鈍い音がした。人を投げていた異星人が倒れる。その足元に青く目を輝かせた風花。
「SFよりCP。容疑者沈黙」
「GJ。サファイア。その場で拘束しといてくれ」
ぎりり。男を踏みつけて風花が立つ。目線が会う。
(風花、千種が返事しない。動かない)
(呼びかけを続けて。いまナデシコが佐久平を離陸した。テコさんと透子さんが来る)
(わかった。そっちをお願い)
「千種、聞こえる? 六花だよ。ここにいるよ。避難誘導してくれたんでしょ。ありがとう。みんな無事だよ。千種のおかげだよ。千種、すごいね。千種…」
涙がポタポタと千種の顔に落ちる。千種はピクリともしない。
「またせた。六花」
「村井さん」
「首を固定してストレッチャーに。気道確保してMRI」
「慎重に行くぞ。3,2,1」
SCEBAI医療部、テコトコラボのスタッフが千種をストレッチャーに移す。
(風花、ごめん。ついてく)
(こっちは大丈夫)
六花は風花に頷いて見せ、千種のストレッチャーを追う。初めて周りを見た。いたるところに倒れている人がいるが、みんな動いている。
ひどいのは千種だけ。被害が押さえられたという視点なら、それは良いのかも。でも、千種は、私の大切な…。
「六花!」
与那がかけてきた。
「先輩、学校と千種の親御さんにご連絡お願いします」
「千種さんは?」
「意識不明です。これから検査です。わかり次第、伝えます」

ICUの入り口。六花はテコと透子が出てくるのを待っていた。
ナデシコでまさに飛んできた二人が千種の検査をしてる。覗くと呼吸器が接続された千種。脳波を取る機械も。テコと透子、村井が何か話している。
しばらくすると、方針が決まったよう。透子が出てきた。
「六花、着替えてきた? 涙を拭きなさい」
ハンドタオルを手渡される。六花はさっきまでパイロットスーツのままだったが、さっき、透子に着替えてくるように言われた。エリアルEまで走っていって、戻ってきた。

「せんせ…千種は?」
「予断を許さない状況。と言っておく」
「そんな…」
「一つ確実に治る方法がある。ただ、ご家族の同意がいる。千種ちゃんは未成年だからね」
「なにするの?」
「この間回収して、テコさんがバージョンアップしたナノドライブを使う」
「え?」
千種に、ナノドライブ? 
「成功するの?」
「ほぼ間違いなくね。発露する能力がどうなるかはわからないけど、少なくとも宇宙船のコントロールはできるようになるみたい」
卒業式の前日、千種とそんなことを話した。BMIなら自分でも宇宙を飛べる。一緒に飛ぼうって六花は言った。覚えてる。
それがこんなカタチで実現するかも。心が素敵な未来の計画を立て始めた。
「みんなに知らせてくる」
ICUから出るとスマホが鳴る。発信先は高天原2の通信システム。
「六花、千種は?」
「由美香さん」
「どうなの?」
「ナノドライブで直します。親御さんの許可待ちです」
「そうか」
「大丈夫です。テコさんが治してくれます」
六花は伝えて、別室にいるうーたん部員たちの元に走った。

千種の両親と兄が二人が到着。SCEBAI、テコトコラボのICUのスタッフはは少し色めきだった。
陸上、特にマラソンで結果を出した父 清彦。体操競技のメダリストである母 由恵。長男はテレビにもでてるバレエダンサー 優愛。次男はピアスだらけの常勝の格闘家 リングネームはJIN。
揃うのは珍しいらしい。
「総合研究所主席、医療部統括の村井です」
「地球防衛軍 医療部 来海です」
ICU入口の会議室。治療方針を話し合ったりする場所で家族を集め、村井が話し出す。その横には透子が立っている。
六花は隣の部屋でモニターを見ていた。横にはテコがいる。テコはもう自分の思う千種治療のための準備を進めている。
「心配するな。六花。子どもの治療を拒む親はいないよ」
「わかりません。テコさん。教団での地位のために六花も風花も親に売られました」
「六花」
「子の命は、親のプライドより、軽いんです」
「悲しいこと、言わないでくれ」
テコが六花を抱きしめてくれてる。
「千種は絶対に助ける。助かるんだから。気に入らない。で命がなくなってたまるか」

「御子息はの症状は以下のように、脳挫傷による浮腫があり、神経を圧迫している部分があります。できる手段としては開頭手術で該当部分を切除して、生命維持を優先。安定した後、起きる後遺症はリハビリで克服していく。というのが従来の治療法です。ただ意識が回復しない場合は機能が回復せず、そのままという場合もあります」
「千種は死ぬんですか?」
優愛が訊く。
「現状では50%」
「なにか、策があると?」
大きく息をつき、清彦が訊く。
「ここからは来海がご説明します」
「幸いにも私達には異星の遥かに高度な医療技術があります。損傷した脳の一部を人工のものに置き換え、これが永続的に機能するために、体内に調整、修復、機能強化を行うナノマシンを注入します。これによって脳機能は完全に回復し、加えて脳波によって機器をコントロールするBMIへの適合力が高まり、行ってみれば、常人を超える能力を持ち得ます」
「そこまで…。なにか問題点はあるのですか?」
「地球人にこの技術が導入されて3年です。今後どうなるかは、全くの未知です。症例は少なく、日本では現状、6名。うち2名は意図的にナノマシンを機能停止させているので、4名が日常活動を行っています」
「その4名は今どのような?」
「2名は帝国の大学で勉強をしています。もう一人は…」

「さ、六花、行っといで」
テコが背中を押す。六花は隣の部屋に入った。
「ろ、六羽田六花です」
「六花さん? 千種からのメッセージで名前を見たことがあるわ」
「この子が、現在そのなかで最も成功した例です」
「このお嬢さんが?」
「この子はエリアルEの専属パイロットで、おそらく、彼女を撃墜できるパイロットはこの地球上にはいません。最強と言うことです」

「千種、さんに、生きててほしい。私はそれだけです。ナノドライブ、そのナノマシンの名前ですけど、私が投与されたものより新しく、安全性が高められてます。だから、どうか」
六花はそういって頭を下げた。
「大丈夫。六花さん。私達は反対していないわ。
私達、あの子が姉の瑞葉をなくして、現実に立ち向かえないと思ったの。
でも過保護しすぎたのね、半ば家出のように西湖女学院を受けて、でていってしまった。連絡もあまり取ってなくて。だから千種がなにを目指して、どうなりたかったかわからないの。その、人を凌ぐ力をあの子が欲しいって思うのかどうか。それを知りたい。この治療でもしも、千種が元の千種じゃ無くなってしまったら、それを聞くことはできない。今、今まで、あの子が何を考えていたかそれを知りたい」
「六花先輩は、千種の憧れです!」
部屋に飛び込んできたのは詩歌。
「見えますか? このピアス。これ、千種のプレゼントなんです。そのくらい先輩のことが好きで。あんなふうに飛べたらって。千種は先輩が他の高校に行っちゃったんで、自分もどの学校に行くべきか悩んでました。だから、うちは、六花先輩といたいなら、山桜桃目指せって、いつも、いつも…」
詩歌はそこまで言って泣き出してしまった。
「いやや。卒業までは、留学までは千種と一緒にいるって決めたんや。このままなんて、絶対嫌や」
「よくわかりました。千種の思い、皆さんの千種に対する思い。お願いします。千種を救ってください。瑞葉に加えて千種まで失ったら…」
清彦が机に手をつく。
「わかりました。処置にかかります。処置はテコ・ノーゲンが担当します」
「テコ?テコって、あの?」
優愛が顔をあげる。すでに手術着に着替えたテコがナノドライブが入った冷凍ボックスをもって現れた。
「テコ・ノーゲンです。順調に行けば、明日の夜には会話ができるかと」
「お願いします。王女殿下」
優愛の言葉にテコが頷き、
「今日は技術者です。定着にまた六花の力を借りるよ。一緒に来て」
六花はテコについていく。と
「そのピアス、千種がうちから持っていったピアッサーで穴開けたのかい?」
JINが聞いてきた。
「なんだと、お前千種に会っていたのか」
「言いなさいよ」
「抜け駆けか」
JINが家族に責められる。千種って特別な存在なんだな。この家族で。心配いらなかった。六花の親とは種類の違う人たち。
「そうです。穴だらけのお兄さんいるのって聞いたら、否定はしませんって」
「…似合ってる。やっぱあいついいな」
処置が始まった。

六花はテコトコラボ汎用パジャマを着て、千種の隣のベッドで横になる。
「この間のナノドライブを抜く作業では六花と珠代を接続して、六花のナノドライブに負荷をかけて珠代のナノドライブがサポートするために動き出したのを捕まえた。今度は六花から千種に働きかけて、脳を活性化させて欲しい。活性化したところに定着していく。死んだ脳には定着しないから、そこを補完型のナノマシンで置き換えていく」
「千種のバイタルは安定、今のうちに。テコさん」
「風花にやるようにナノドライブ経由で語りかけてくれ。六花」
「わかりました」

「聞こえる? 千種。あの事件ね、インドと共同宇宙進出計画を結んだカルマンゴリオンって星系と、戦争状態で最近、一時停戦したヨータって星のイザコザだったよ。ヨータのひとって、薬で筋肉強化して戦うんだって。それがあの状態。富嶽はセキュリティが高いから武装は持ち込めないけど、薬、しかも正規に販売されてる薬じゃ止めようが無いよね。
でさ、カルマンゴリオン側が申し訳ないって怪我した人の治療費を全額払うんだって。だからこの千種の治療もただだよ。軽症のけが人が15人。千種だけが重体。なんでこんなことにって思っちゃうね。犯人は風花がボッコボコにしてここの異星人犯罪者収容所に入ってるよ」
なにもないところで、なにも見えない壁に向かって、六花の意識体が一人で話す。
「ニュースで巻き込まれた女子生徒が1名重体って流れたの。そしたらネットの特定班がくるみんこまちに違いないってことになって、今、がんばれくるみんこまちがトレンドワードになってるよ。地球だけじゃ無いよ。銀河中の人が千種の回復を祈ってる。距離的には六花が一番近いから、六花を筆頭にって、言っておくね。自慢しなくていいか、そんなこと」
「千種は今、脳にダメージをおって、それをナノドライブって異星の技術で補って、さらに特殊能力をつける手術をしているよ。怖くないよ。六花も同じ。六花の頭の中にはナノドライブが入ってる。六花の場合は何かわからない状態で打たれたんだけどさ。千種は治療で、しかもテコさんがバージョンアップしたやつ。もしかして、人類最強になるのかな」
「六花はね、ナノドライブ投与前、ただのBMI装置でなかなか成績良かったんだよ。操縦の。それに目をつけたのが、悪い異星人でさ、六花にオーバードライブモードが付いたんナノドライブを投与してきたんだ」
「ナノドライブは、いろいろと機能が盛り込まるてるみたいでさ、人によって発露する力が違うんだ。キリちゃんは事務処理能力。ハルくんは指揮。らしいんだけど、見たことない。千保ちゃんはハッキング」
「悪い大人と組んだ悪い異星人に投与されたんだけど、六花さ、自分にそんな力があるってわかって、実はちょっと嬉しかったんだ。六花、こんなちっこくてさ、そんなに頭も良くなくてさ、誰かにくっついてるだけの子だったんだよ。お料理が少しできたかな歳の割に。そのくらい」
千種の状況はどうなんだろう?
「ナノドライブが定着したら、誰よりも操縦が上手くなってた。初めて乗る機体でもなんか、わかっちゃうの。あと、成績も上がったよ。千種は一番とってる六花しか知らないかもだけど、自分でもこの六花が一番とか、って笑っちゃうことあるよ。でも、これは嬉しい点かな」
「あと、背が全く伸びなくなったよ。中学1年から。体のコントロールに成長が邪魔だから押さえてるって、聞いたよ。新陳代謝は普通なんだけど、おっきくも小さくもならない。風花もおんなじ。これは成長を止めちゃうらしい。六花はこれからもずっとちっこいままだよ。千種は身長あるからいいよね」
うまくいってますか? テコさん。
「ナノドライブを使った勉強法はね、映像と音声記録を残しておけるから、重要なポイントをマーカーつけて、分類しておくの。自分の頭の中で。で、必要に応じて引っ張り出す。問題集の解き方のなぜそうなるのかを重要記憶に入れておいて、適応させる。そんな感じ。国語の読解とかは参考問題こなして統計的に判断するよ。だから、勉強が全くいらないってわけじゃ無いんだ。だから、任務で長く学校に行けない時とかはやばいよ」
「…そう、なん、ですか」
こみ上げる嬉しさって、こう言うことか。意識体のくせに涙が溢れる。幸花の気持ち、よくわかる。六花は続ける。
「あと、ひとつ、ナノドライブでもどうしょうもならないのが体育。六花が体育の成績いいのは、パイロットとして訓練受けてるから。体は鍛えないとダメなんだ。コントロールはよくできるよ。反応速度は自衛隊のパイロットさんより一瞬早い。この一瞬で勝負が決まる。でも、長時間になると、体力の差が出てくる。頭に身体が追いつかなくなっちゃうんだ。千種がパイロット適正でたら、トレーニングしないと、飛びたくても飛べなくなる」
「…きたえては、ない、ですね。てっきり、頭だけ使って、飛んでると思ってました。せんぱい…」
よかった。よかった。まだもうちょっと、がんばる。泣くのはあとだ。
「脳味噌を支える土台がやわやわだと、飛び続けることができないんだよ。操縦桿とか、操作しなくても。かかってくるGに耐えるには結局体力と筋力つけるしか無いんだ。割れるよ。腹筋」
「…こんど、見せて、ください。おなか」
「基地の農園で野菜運べば筋力つくよ。あ、そうだ。千種、高校、山桜桃においでよ。千種がパイロットになれたら、嬉しい。今六花しかいないからさ。防衛軍、実は人手不足」
「私、悩んで、ました。進路。せんぱいに、会って、アドバイス、欲しかった、です。でも、今、言ってくれました。おいでって。その言葉、私、ほしかったんです」
何もなかったところに、ぼんやりと人の形ができ始めていた。
「千種…。よし。じゃ、六花が受けた山桜桃編入試験の時の内容全公開する。共有して。面接は、自分で頑張るしか無いけどね。でも、感情抑制機能を使いこなせば、無駄な緊張はしなくなるから、戦いやすいよ」
「これ、あ、なるほど、さすが、名門校、ですね。論文、何書こう?」
「くるみんこまちのボランティア活動でOKと思うけど、千種、トラウマになってない?」
「何が自分の体に、ぶつかったのか、覚えてなくて、一瞬で。走ってくるせんぱいと声しか…」
「そっか。なら、それでいいんじゃないかな?」
千種の意識体がはっきりしてきた。白いぼやけた輪郭だけども、千種の形だ。
「どう?痛いところはない?」
「はい。おかしいところは、ない気がします」
「よかった。本当に」
六花は千種の意識体に手を伸ばす。輪郭がぼやけて繋がる。
「せんぱい…」
「よかった。千種。ちゃんと治りそう」
抱きしめる。輪郭が解けあう。
「なんか、くすぐったい、ですね」
「意識を本物の身体に戻していって。ちゃんと話せるはず」
「せんぱい、ありがとう、ございます」
「それは目を覚したとき、周りにいる人にいってあげて」
『六花、成功だ。よくやった。戻していいよ。最後に千種に伝えてくれ。背中に打撲があるから、しばらくは痛むって。目覚めた時に驚かないように』
テコの声がした。
「千種、意識を身体に戻すと、痛いかもしれないって。背中を打撲してるって」
「なにか、当たった、のは、覚えて、ます。大丈夫」
「うん。がんばって。また、あとでね」
「せんぱい。一緒に飛べるんですね」
「うん。これから千種が行く先は、間違いなくソラにつながってる」
「高校も、一緒、ですね」
「う…試験に受かってね」
「そう、でした」
千種の意識体が笑って、手を振る。六花はそこからログアウト。
ICUのベッドから体を起こす。隣、千種のベッドには家族が集まっていた。
そして、名前を呼ぶ声、千種の声。歓声。テコと透子が感謝されてる。
よかった。
時間はテコが言った通り。1日経っていた。時間感覚なかったな。
立とうとしたら、何かに引っ張られる。点滴だった。1日飲まず食わずだったから、水分補給用かな。大人しく座っていると、テコが来た。
「お疲れ様。六花。点滴外すよ」
夏の日のひろおじいちゃんに使ったのと同じ、腕に巻いた機器のスイッチを押すとカシュッと外れた。一瞬ちくっとした。
針が抜けたっぽい。
「ゆっくり立って、立てるか?」
「大丈夫です」
「着替えて気狂い帽子屋行ってきな。ドカ食いしないように」
テコに見送られる。
「せん、ぱい、六花、せんぱい」
立ち去ろうとする六花を千種が呼び止めた。現実の千種。頰の赤み。生者の証。福地家全員の視線が六花に。その目には感謝しか込められてないのだけど、目力に戸惑って六花は会釈を返し千種に手を振って部屋を出た。
(聞こえる? 千種。みんなに見られてびっくりしちゃった)
(こうやって、お話、できるん、ですね。うれしい)
(ゆっくり休んで。六花はこの後、長野の基地に帰るけど、うーたん部のみんなが来るよ)
(せんぱい、本当に…)
(テコさんと、生きたいって思った千種の勝利だよ。六花はハラ減った)
(せんぱい…)
ふらふらと廊下を歩く。ICUの扉が開いて、由美香が飛び込んできた。
「どこ?」
と訊くので、ベッドを指差す。
「あの人だかり」
「ありがと。六花」
由美香が走っていく。クールなふりして熱いお姉さんだ。見送りながら前を向くと、ICUの出口に風花が待っていた。
「お疲れ様」
「風花、ぎゅってしてくれ」
「どうしたの?」
風花の胸の顔を埋める。
「疲労困憊であることに気付いた」
「着替え、どこにあるの?」
「出たところの職員ロッカー」
「はいはい」
風花が六花を抱き上げる。何度目だろう。この体制。
後ろから、千種のお母さんの悲鳴。
「瑞葉、瑞葉が!」
そんなに似てるんだ。千種のお姉さんと由美香さんって。

夜、東京とは違って、光の線の先に光の塊がある夜景。銀河団の連なる宇宙構造図を思ってしまう。
「透子さんは明日帰ってくるって。テコさんはもうちょっと後」
「了解。文化祭には千種、呼べるかな」
「日程的には大丈夫と思うよ」
光の塊から外れると光学ビーコンの反応。
「帰ってきた」
「やっぱりうちが一番ね」
「3ヶ月しか経ってないけど」
「3ヶ月経てば立派な我が家だよ」
「AE04よりEDFコントロール。 着陸許可願います」
「AE04、いつも通りでどうぞ。お帰り。六花ちゃん、風花ちゃん」
六花はEマーク目掛けてエリアルEを降下させた。

後日、くるみんこまちのSNSに全員集合写真と
「ご心配をおかけしました。みんな元気です」のメッセージが掲載された。
センターが千種だったため、察したネット民のちくちくさん復帰おめでとうの言葉でメッセージ欄は埋まった。

Chapter-9 古藤風花 16歳 雪が降る前に

「…geil、geil、geil!」
「はは。ココの語彙力が吹っ飛んだ」

ばんの しゅるつ ここね

「ニッチだけど、輸出狙っていきます。ま、モニターってことで」
興奮中の心音、笑ってる明菜。自慢げな玲。
なんか、不思議な光景だ。
倉橋航空機が心音の要望に応えた。モーターパラグライダー用のパラモーター。どうやら玲の一存で作ったらしい。
倉橋の高効率モーター。テコのチョイスしたバッテリー、可変ピッチの8翔後退角プロペラ。スロットルレバーにはタッチパネルをつけて、オートからマニュアルまで操作が可能。
山桜桃学園。中等部と高等部合同の文化祭 ゆすら祭。
土日に開催して、招待制で一般の人も来る。
航空宇宙部は土曜日に体験飛行を実施。そこに、パラモーターを携えて玲がやってきた。兄の瓏と由美香、そして千種を連れて。
心音が風花と空で話した計画が、こうして現実のものとなる。
能力は数倍になってるぽいけど。
「やってくれた。玲」
「やるときは妥協なしだよ。倉橋玲は」
見つめる。視線を返す玲。出会う順番が違ったら、六花の性格が違ったら。千保が生きていたら。玲とはどんな運命だったんだろう?
「飛んでみる。お客さんの相手よろしく」
明菜と心音が玲のモーターにキャノピーを取り付けにかかる。
「このモーター、固有名詞ある?」
明菜が玲に聞く。
「震電3」
ニヤッと玲が笑う。
「テンション上がるわ」
明菜が返した。

「足に注意! 3、2、1」
大きなエンジン音をさせて、タンデムパラグライダーが降りてきた。
「どうだった? 千種ちゃん」
「最高、ですね。幸花さん」
着陸した幸花がささっとモーターパラグライダーを片付ける。元滑走路の周辺にストレンジャーなし。
「よし、震電3、始動」
心音が背負った震電3の8翔プロペラが音もなく回り始める。
一旦、地上で出力を上げていく。空気をかき回す音。二人で踏ん張ってもじりっと動く。
「これは、相当ね。気をつけて。ココ」
「わかってる。いこう。アキ」
二人が3歩ほどステップしただけで軽々と空に上がる。
「これ、TWRいくつなの〜」
明菜の叫び。今までにない角度と速度で上空へ。
「まあ、本気で回せば、女の子二人なんて簡単に垂直に揚げられるからね」
玲が言う。
「オーバースペック過ぎない?」
風花は訊いてみた。
「出力絞ればいいだけよ。そうなるとバッテリー消費しないから、都合何時間飛べるんだろうね? 多分人が持たないと思う」
「ここから、SCEBAIに行ける?」
「余裕じゃない? それこそ人と天気次第だけど。風花ならできるよ」
「春になったらやってみようかな」
「うちのドローンで実況中継してあげる」
きれいな声と笑顔。
「お兄さんと由美香さんはどうなの?」
「どうっていってもな、あんな感じだよ」
瓏と由美香、六花は倉庫で航空宇宙部が保存している無動力グライダーのチェックをしている。瓏が飛ばせる人なので、飛ばしてみようということになった。誰かが来て飛ばす日のために、六花を中心に復活整備は欠かさずやってきた。飛べるはずとは明菜の弁。
瓏は由美香をコクピットに座らせて翼の動きを見ている。六花はキュリエッタにグライダー牽引用のロープを持たせて待機中。
「いつ結婚してもおかしくないように見える」
「だろ、兄貴をせっついてんだけどね。まずはプロポーズしとけって。式とかはその後でもって思うんだけど」
「うひょーっ」
明菜の嬌声がドップラー効果で低くなる。二人のモーターパラグライダーは様々な機動を描きながら飛び続けている。
「めっちゃ楽しそうだ」
「作ったかいがあるよ」
「今日は泊まってくの?」
「幸花が部屋取ってくれたらしい。2部屋」
「2部屋、それって…」
「一応、私等兄妹と、千種由美香の心の姉妹。その実は私と千種。兄貴と由美香さん」
「わお」
「あれかもな。ホテルで式の相談するかもな」
「雨神軽井沢で式とか。さすが次期社長」
すごく高い。良いらしいけど。
「透子さんには絶対にいうなって」
「了解」

くらはし れい

ようやく、震電3の試験飛行から明菜と心音が帰ってきた。
「いやーいいね。あと3機。予算はなんとかする」
「まいど」
玲がもみ手。
「どうやって捻出するの?アキ?」
「前からオファーはもらってる。全員冬休み雨神リゾートでバイトだ」
「えーあれ、メイド服で雪かきだっていってなかったっけ?」
「エレガントにお願いします。先輩方」
幸花がニッコリ笑う。
「三食、おやつ付きですよ」
「住み込みかよ!」
心音が叫んだ。

「じゃあ、六花ちゃん、エスコートお願い」
2人乗りのグライダーの前席に瓏、後席に由美香が乗る。キュリエッタでロープを引く。草原を駆けた後ふわりと浮かぶ上がる。  
「おお飛んだ」
航空宇宙部の面々から歓声が上がった。キュリエッタはグライダーを引っ張って大きな螺旋を描きながら上昇。学校上空でロープを切り離した。そのまま、滑空するグライダーの後ろにつく。
「なに話してんだろうな」
「それこそ、プロポーズなんじゃないの?」
「うーん、指輪の用意とかしてたかな?」
「あ、空の二人って、そういう関係なの?」
明菜が風花の横にきた。隣に心音。
「風花、六花に訊いてみてよ。二人の様子」
風花はスマホで話すふりをしつつ、ナノマシンを起動。
(六花、二人の様子は? 地上では瓏さんがプロポーズするんじゃないかって)
(なにか話してるっぽいけど、後ろにいるから良くわからない)
(雰囲気は?)
(ふつう)
「先輩、六花じゃ男女の細かい感情とか、見て判断するの無理です」
「こども六花」
玲がつぶやく。
「なにそれ?」
幸花が食いつく。
「わかるでしょ。幸花。六花のウブ通り越して子どもな感じ」
「あー、そうだね」
実はキスが結構上手になってきたんだけどね。と風花は思う。
滑走路横にみんな集まってきた。
「なんかプロポーズが見られるって聞いたんだけど」
宮乃と佳子が試乗受付から戻ってきた。
「どんなふうに降りてくるかな?」
音なく静かにフライトを続けるグライダーに注目が集まる。
「千種」
玲が声を掛ける。
「なんです、玲先輩」
「そのへんの花、一応摘んどいて。予感がしてきた」
「あは、了解です」
「あ、千種ちゃん、こっちに花ある」
幸花が二人で急遽の花束作り。
グライダーが降りてきた。スキッドで草原を駆け、部室前で停止。瓏は結構上手い。
キャノピーが開く。まず、瓏が降りて、由美香の手を取っておろす。
固唾をのんで見守る、女子高生。
その手を離さないまま、由美香の前にひざまずく。ポケットから小さな箱。
「きた!」
明菜が言ったあと、黙る女子高生。その会話に聞き耳。
「由良由美香さん、僕と、結婚してください」
「……きっと、実家と戦うことになると思う。それでも?」
「あなたのために戦えるなんて、それだけで光栄です。全力を尽くします」
「…ありがと。それだけ聞ければ、充分」
由美香が箱を受け取って、瓏の手を握り返す。
「これから、よろしく。瓏」
「由美香さん!」
きゃーっと声を上げる女子高生。ぎょっとする二人。逃げ出す由美香。千種が花束を持って駆け出す。
「まて! お姉ちゃん!」
「そういうの、いいから」
「女子は、しかたないの!」
由美香が足を止めて走ってきた千種を受け止めた。笑ってる。
「仕方ないか」
「仕方、ない。おめでとう。由美香、さん」
花束を受け取って由美香は千種の頭をぽんぽんしている。
(六花、午前中のデモフライトで使った発煙筒ってまだ残ってる?)
(あるけど?)
(瓏さんと由美香さんが結婚する。空にハートかいて)
(へーすてき!)
着陸しかけていたキュリエッタが上空に戻り、ハートを描く。小回りがききすぎてて
「ちょっと小さいな」
心音が素直な感想。
「そこはブルーインパルス見習え。六花」
と明菜。散々な言われよう。
腰に千種がしがみついたままの由美香、玲に肩を叩かれてる瓏、空のこぶりなハートマーク。風花はこの風景をナノマシンに刻みつけた。

「明日は地元の熱気球会がデモフラするから、部としてのフライトはないからね。ゆっくり見て回って。お疲れさん」
明菜が締めて、解散。すっかり夜。玲と千種は今日の分の片付けまで手伝った。土曜日。ちょっと肌寒い。
「千種ちゃん、迎えのクルマ呼んであるから。玲も」
「ありがと幸花」
二人は幸花が押さえた雨神リゾート軽井沢ホテルに泊まる。最初は幸花の家という話しだったが、玲の震電3に対して、お礼にうちのサービスを喰らえ。と通常のホテルに切り替えた。
「じゃ、私達、行くね」
風花は玲に手を振る。後ろでキュリエッタが安定翼を広げる。
「また、明日。風花、六花」
「せんぱい、また、あした、です」
「おやすみー」
キュリエッタが風花をアームシートに乗せる。トコトコクリニックまではジャンプ1回。
「どーなってるかな〜」
「わかんないね」
「親友の結婚。六花だと、陽奈が誰かと結婚する感じ?」
「うわー、本気でなに思うかわからない」
六花は困り顔。程なく暗い山道の中、ひときわ明るいトコトコクリニックが見えてきた。
「一番に報告に来るのが筋やろがい」と由美香からの電話に答えていた透子。どうなってるかちょっと心配。
「ただいまー」
六花がドアを開ける。2階のリビングへ。
二人は無言でビールを飲んでいた。瓏がキッチンでなにか作ってる。
「おかえり。ふたりとも」
と透子。
「さっきはありがと」
と由美香。なんだか、今にも拳で語り合いそうな雰囲気。
「瓏さん、何作ってるんです?」
「冷蔵庫にあったお肉と椎茸の炒め物」
「あー、代わりますよ」
「任せるよ。あの大人たちの世話は任せて」

「どうすんの? 実家」
「別にどうもしない。何も言わない」
「あとから、こない?」
「瓏に守ってもらう」
「大丈夫です。透子さん。ほんとに」
「その自信は、何? 実はやばい世界と繋がってんの?」
「いろいろ後ろ盾はあります。でなければ、人の乗る飛行機を作らない航空機メーカーが生き残れないです」
透子が黙って瓏を見ている。風花はその目が穏やかな光で満ちているのがわかっていた。おそらく透子のことだから、瓏をそれこそアイミを使って徹底的に調べたはずだ。その上での、あの目なんだろう。認めてるんだ。由美香のパートナーとして。
「式、いつ? どこに住む?」
「式は明日、雨神軽井沢で決めてきます。希望は雪が降る前に」
「はやっ。とれんの?」
「今日、雨神のお嬢さん情報でキャンセル枠がポツポツあるってことなんで」
「住むのは倉橋家の離れかな。どっちも職場まで5分」
「働いてるところ、近いから便利よね。倉橋のご両親に挨拶は?」
「正式なのはまだだけど、何度か会ってるよ。半分仕事の話だけど」
「ほんと、なるべくしてなった感じだ」
ビールグラスを空ける。
「ドレス着んの?」
「一応ね。お色直しはしない方針」
「ベールガールは千種?」
「そうね」
「よろこぶね。あの子」
透子が新しいビール缶を開ける。
「おめでと。スピーチしないからな」
「そういうのは公仁にやらせるよ。ビデオレターとか」
かしゃ。缶が触れ合った。
しばらくして瓏がホテルから送迎車を呼び、二人は雨神軽井沢ホテルに。
リビングには、半分潰れた透子。
風花は缶を片付けながら、毛布を透子にかける。相変わらず、少し涙。
「ねーふーか」
「起きてたんですか?」
「あいつらが式急ぐ理由、わかる?」
「わかんないです」
「婚約だと破棄させらて、もどされるけど、結婚して倉橋の人間になってしまえばおいそれとは手が出せない。あれも救いなんだ」
「由美香さんのこと、安心できて、よかったですね」
「そだね」
そう言って透子が毛布にくるまって丸くなる。猫科だな。と思う。
「風花、お風呂どうぞ」
六花が髪を拭きながら戻ってきた。
「ちゃんとドライヤーで乾かしてから出てこないと、そろそろ風邪ひくよ」
「そう?」
「虫の声聞こえるでしょ。寒い季節が来るの、ここは少し早いよ」
「わかった」
あれ、私、この家、仕切ってる? でもなんか、うれしい。

「見つけたぞ。六羽田六花」
「真鶴先輩!」
「やだ。美香って呼んで」
「み、みか先輩、なにかご用ですか?」
「そんなの一つしかないだろ。勝負だ。薙刀デモステージで」
「えええ」
六花と透子を学校案内していたら、薙刀部の真鶴美香に六花ががっちり肩を掴まれる。
「だあれ? 六花」
透子が訊く。
「あ、そうだ、先輩、ここにおわすは、我が師匠であらせられます。どうでしょう? 師匠と一戦」
「六花?」
怪訝な表情の透子に対して、美香の顔がほんとに「ぱあああ」という効果音付きで明るくなった。
「六花のお師匠様、ぜひ、お手合わせを」
「あー今日、そういうクドイ系はダメだ。もっとあっさりが良い」
お酒は残ってないが、飲み疲れしてる。
でも、朝ちゃんとおきて、約束の時間に学校に来て一緒に文化祭を見てる。
透子のこういうところ、風花は大好きだったりする。
「せんせ、美香先輩と勝負してスッキリしたら? その後のフルーツパフェが超うまいよ」
「その子供相手みたいな誘いはやめだ。六花」
「えーでも、先輩あんな状態だし」
「おやつを待ってるわんこがいる」
目を輝かせて、ハフハフしてる美香。
「3年生だよね。思い出づくりに協力するか」
「ありがとうございます!」

「薙刀部の演舞に続きましては、エキシビジョンマッチを開催いたします。先ごろ、学校の近く、東宮滝に開業されたトコトコクリニック院長、来海透子さんと、薙刀部 部長 真鶴美香の1本勝負です。来海さんは地球防衛の最前線で、薙刀を使い悪い異星のロボット兵をやっつけた伝説の闘士。それでは始めていただきます」
「御大層な紹介だこと」
透子が呟く。白の着物にエンジの袴の姿で体育館の競技場に。黒い袴の美香と対峙する。
「今回は実戦を意識し、木刀薙刀を使って、相手に一太刀浴びせたものの勝ちとします。制限時間は3分。両者、礼」
エリちゃんのアナウンスで透子と美香が頭を下げる。
「始め!」
透子は出鼻から全力。六花と比べると、円を描く攻撃が幾重にも重なって美香に襲いかかる。綺麗な動き。美香は見とれつつ、防戦一方。
「いけー! せんせー」
六花が楽しそう。その実、動きをナノドライブに記録して新しい戦闘パターンにしてるはず。
美香が突きで透子の円攻撃を崩しにかかる。透子は回転軸を水平から垂直まで変化させて対応。しかし、その防御をかいくぐって突きが切迫。透子が避ける。
「あ」
なにかが光って、風花は瞬間アーサラーを発動させて、はっしと落ちてきたメガネを拾った。
「あ、まずい」
「それどっち? アーサラー? 透子さん?」
「せんせだけど、風花は少し目を伏せてて」
透子が攻めるのを少しためらってる。
「せんせ、ストップって言うから、ケリつけて」
六花が叫ぶ。
「そうはいかない!」
美香が攻勢に。攻撃を受けつつ
「頼んだよ。六花」
そう言って透子ががくんと下がる。足を払う攻撃。
「それは知ってる!」
美香が太刀筋を予測して下側の攻撃をかわす。透子は美香の前でくるっと前転。そのまま縦回転で切り下ろす。六花戦の時も下から転じての上段攻撃だった。美香は予測して上に防御。切り下ろすかに見えた透子は下からまっすぐ美香のがら空きのお腹に突きを放った。
「ストップ!」
六花の叫びで透子が薙刀を止める。止まりきらなかった切っ先が後ろにのけぞった美香の胸にぽよんと当たった。美香がポトンと尻餅をつく。
「そ、それまで! 勝者、来海!」
どよめき。風花は透子にメガネを渡す。すぐかけて、尻もちのままの美香を右手を引っ張って起こす。
「ごめんね。メガネないと間合い掴みづらくて」
「あ、いえ」
「両者、礼」
頭を下げるが、美香が手を離さない。
透子が手を抜こうとしても、離さない。
エリが察した。
「以上、薙刀部でした。部室に遊びに来てね〜」
と、手を繋いだままの二人を控室に下げた。
「美香先輩、またあのモードかな?」
六花と風花が控室を見てみると。
「先生、私、いまので、ちょっと、胸が…。終わったらクリニックに行きますので、夜ですけど、診察を」
まだ、手を離してない。とろんとろんの目。
「いや、あのね」
「触診されます? 今」
「あーもう、来たければ、来い。とりあえず、周りを見ろ」
「あら」
周りの薙刀部員の心配そうな目を見て、美香がすっと部長の顔になる。
「ありがとうございました。来海先生。勉強させていただきました」
「ありがとうございました!」
急に運動部らしい挨拶。全員の声に見送られる。
「では来海先生、のちほど」
礼から戻りつつ、美香が微笑む。

「あいつ、ガチで来るかな?」
「来ちゃったら、逃げられない」
透子の問いに六花が実感を込めて答える。
「ま、いっか。可愛い子だし」
「せんせ、テコさんのよう」
着替え終わった透子とまた校内を進む。宇宙開発課のクラス展示は銀河留学の現状と展望。六花と風花は小霧たちが残していった対策問題集や、詩歌の勉強法、そして手続き、現地での生活を展示した。
小霧に頼んだ現地学食の料理写真を渡したら、担当した宮乃がモニターでスライドショーさせて、小霧のコメントが可愛いフォントで添えられている。
「良いもの食べてるな。キリ」
「でも、言葉にするの難しいらしくて、醤油とウスターソースの混合のようなとか、味噌とマヨネーズのマリアージュとか苦肉の言葉がならんでるよ」
六花が笑いながら説明する。
「楽しそうでなにより」
「来海先生」
声に振り向くと、担任のさかえ先生が入ってきた。
「ご無沙汰してます」
「ちょうど良かった。今なら校長もいますので、少しお話よろしいですか? 例の」
「ええ、良いですけど」
「え、校長室、呼び出し?」
風花は何事かと訊いてみた。
「あー、そんなんじゃないよ。ちょっと仕事の話」
透子が笑いながら答えた。
「じゃ、ちょっと行ってくる。連絡するね」
「じゃ、せんせ、航空宇宙部の部室で待ってる」
「りょうかーい」
二人が教室を出ていく。
「なんだろう?」
「六花のお姉さんって、お医者さんよね?」
「そだよ」

はしもと うみ

クラス委員長で、展示の説明をしていた橋本有美がそばにくる。六花は透子が姉と言われても否定しなくなった。
「うみちゃんなにか知ってるの?」
「うちさ、保険の先生いるし、カウンセラーも看護師さんもいるんだけど、コケて怪我したときに来てくれたり、行ったりするお医者さんが遠いんだよ。しかも、女子校なのに爺さん先生だし。私が中等部のころから問題で。きっと、校医をお願いするんじゃないかなって思う」
「そうか。なるほど」
「だとすると、忙しくなるね」
「おじいちゃん、おばあちゃんの相手だけよりは良いんじゃない?」
六花がそう言って笑った。

部としてのデモフライトがないので、土曜日のような混雑がない航空宇宙部、部室。面した元滑走路には大きな気球が2機いて、希望者を乗せて上がったり下がったりしている。空中にいるところをドローンで写真を取って、売っている。
部室に入ると、奥に人影。二人。距離が近い。
「あなたは、あの…」
「お忍びのつもりだったんだけど、バレちゃったかな」
「あ、やっぱり、その、耳」
この声は明菜と…。
「テコさん!」
「おはよ。六花、風花」
「部長になにしてるんですか?」
肩を抱いて耳や頬をさわさわと触っている。テコの可愛い子へのご挨拶。
「宇宙船を操舵してみたいって言うから、ナデシコの操縦の話をしてたんだよ」
「近いでしょ」
「普通です」
テコがしれっという。
「あと、お忍びってなんです?」
風花が訊いてみると、テコがニット帽を見せてきた。
「耳を隠れるようにしてみた。でもバレた」
「その銀髪と銀色の瞳でわかります。私達みたいな宇宙関連の情報に触れてたら、特に」
明菜が嬉しそう。
「今日はなにも飛ばさないんだっけ」
「そうですね。昨日で全力使い果たしました」
「じゃ、いっしょにあの大昔のやつ乗ろうよ」
「あ、はい。ぜひ! ココ、ココ 一緒に来て!」
「え、私も? いいの?」
「店番やってるから、先輩行ってきてくださ〜い」
「風花、任せた」
テコを中心に明菜と心音が両側について、熱気球に歩いていく。
「さちかーのせてー」
地元の熱気球会を手伝ってる幸花に明菜が声をかけた。
「推しとプライベートで遊ぶって感じかな」
六花が二人の様子を見て言う。テコが心音の金髪を触ってる。
「照れてるココ先輩を始めてみた気がする」
風花が言うと、じっと六花がこっちを見ていた。
「楽しいね。風花」
風花は吸い寄せられるように顔を近づける。不用意かもしれない。
でも、なんか…。気持ちが通じて六花が目を閉じた。
「せんぱ…い」
声がした。離れる。
「あ、千種。いらっしゃい。ホテル、どうだった?」
切り替えた六花が普通に訊く。
「あ、はい。すごかった、です」
「式の話、千種も参加したの?」
「はい。おねえ…由美香さんが、よくわからない、っていうので、ドレスとか、花とか」
「いつやるって? 直ぐなんだよね?」
「12月2週目の日曜日です」
「あと1ヶ月半か」
「少ない人数しか呼ばないから大丈夫だって」
千種が少しぎこちない気がするけど、気のせいってことにしておく。
「あれ、玲は?」
「そう、だった。フルーツパフェが、午前分、売り切れ、そうなんで、透子先生と、玲先輩が先に、行くって。あいつらは、ほっとけって、いうんですけど、それはって思って」
「玲め」
「千種も行っておいで。私達、店番あるし」
六花がいう。
「六花が連れてってあげないと、千種わからないじゃん。店番は私一人で大丈夫。もうすぐネッコ来るし」
ネッコこと桜庭寧々は普通科で航空宇宙部の1年。今は自分のクラスに行ってる。そろそろ戻る時間。
「いいの?」
「午後部で行くよ」
「わかった。行こ。千種。走るよ」
「はい!」
二人がかけてく。

さくらば ねね

「ほほう。風花。大人なことしてるね」
「ネッコ。いたの?」
「いいの? あの子、六花のこと大好きっぽいけど」
「憧れだって」
「ふーん。それだけで済むかな?」
「私達はそんな関係じゃないし」
「そんな関係じゃない子が見つめ合って顔近づけたりしないよ」
「…見てたの?」
「不用心だよ。好き合ってること隠すならね。ま、私はあんたたちが『ただならない』って思ってたから、意外でもなんでもないけど」
与那先輩系の子だ。
「一緒に住んでるんだもん。千種のことぐらいじゃ、焦りはしません」
「奥さんか」
寧々が笑って隣に座る。
「暖かい目で見守ってあげる。楽しみね」
「ネッコって怖い子?」
「人が大好きなの。それだけ」

ランタンを上げる。文化祭のフィナーレ。

六花が消火器を持ったキュリエッタのコクピットでそれを見てる。
「綺麗だね」
自分が完全に裏方でも、とくに六花は気にしていないよう。
中等部からずっとこの行事に参加してたら、なんで私飛ばせないって思うかな。
玲たち兄妹と由美香と千種は午後ここを離れた。
「ぜったい、この学校に、受かります」
千種はそう宣言。六花にハグされて満足そうに帰っていった。
「住むところは心配しなくていいからね」
幸花からそっちの面での支援の申し出もあった。
試験日は他の高校より早く、12月中旬。この試験のために来て、そのまま由美香たちの結婚式に参加するスケジュール。そして、冬休み前に発表がある。中高一貫校への高校から編入は当然定員が少ない。だめな可能性が高いので他校の試験が問題なく受けられるように。という配慮とも聞く。
六花の耳、千種の雪の結晶型ピアスと、陽奈のワープグラスのピアスが光る。今は一番近くにいるけど、六花との未来は見えづらい。透子が言ってた『いつまでも、地球にいない』は実感として、ある。そのとき、きっと私は一緒じゃない。そんな気がする。
陽奈もそんな気持ちだったんだろうな。だからピアスを。
「出動は、なさそうだね。」
「飛ばすに燃えたのは処分終わってるから、そうね」
やがて、落ちてきたランタンを全生徒総出で片付けて、文化祭は終了。
最後、クラスに集まる。
「片付けは終了です。お疲れ様でした。すぐ中間なんで、気を抜かずに」
クラス委員の有美が締める。
「先生、よろしいですか?」
「うん。言うことない。お疲れ」
「では解散です。帰宅組は気をつけて」

「幸花、帰りは?」
「迎えがくるよ」
「じゃ、おやすみ」
「またね」
明日、明後日は代休だ。学校は、だけど。
「ということで、完全休は明日だけだけど、ごめんね」
カレー皿を片付けながら透子がいう。
「高天原からタキリヒメで静止衛星軌道までね。了解です」
ぽんぴん。玄関の呼び鈴。
「だれ?」
時刻は午後9時ちょっと前。モニターには
「美香先輩ほんとにきた」
「これは、せんせ案件だ」
あちゃーっという感じの透子。
「せんせ、リンジーさんには黙っててあげるから」
「こら。手、出したら犯罪だって」
透子が玄関ドアを開ける。ショート丈のカットソーにロングカーディガンを着た美香がカバンを持って立っている。
「夜分にすみません。来海先生」
「どうしたの? こんな時間。寮の門限は?」
「外泊許可をいただいてまいりました。夜通しでも大丈夫です」
「先輩、本気だ」
「ガチか。とりあえず上がって」
「診察しませんの?」
「どっか痛いの?」
「ええ、胸が」
「どんなふうに?」
「ドキドキしてます」
「ここ寒いから、リビングで診るよ」
キッチンの影に隠れて六花と並んで二人を見る。リビングのソファに並んで座る二人。
「じゃ、見せて」
「え?」
「痛いとこ」
「あ、あの、こんな明るいところで」
どうやら、想定外だったみたい。
「だって、診察だから。明るくないと。できないの?」
「う、う」
透子が圧をかけていく。美香はソファーの隅に追い詰められる。
「せんせい…」
丈の短いカットソーから覗くお腹に透子の手が触れる。
「ふぁ!」
おへそ周りから手が上に。
「や、やだ」
「こんなんで震えてる子が、大人をからかってどうするの。それから、女の子がお腹冷やすな。冷たいぞ」
「…ごめんなさい。先生の手、暖かかったです」
「私の手が暖かいようじゃだめだって」
透子が離れる。
「六花、風花、暖かいお茶用意して」

「なんでここまで来た? 覚悟ないのに」

「後輩二人の見てる明るい部屋で襲われたら、そうなりますよー。って言うか、私が覚悟してきたら、する気だったんですか? 先生」
「んなわけあるかい」
透子が紅茶のカップに口をつける。
「で、ほんとは?」
「お見通しですね。進路相談です」
「もう3年、2学期で大丈夫?」
「候補がいくつかあって絞りきれてなくて」
美香が座り直す。
「先生はどうしてお医者さんになりたいと?」
「私? 小さい頃、来海の村には医者がいなくてさ。じいちゃんが入院となったら、遠い沼津の病院までいかないといけなかった。寂しがってそのまま死んじゃった。だから、家からすぐ近くに医者がいる。って環境の手助けのため。ってのが原動力」
「はっきりしてるんだ」
「あと、防衛医大に進んだのは、学費節約って目的あったんだけど、医大病院にいるときにゲドー社がきて、対異星人部隊に志願できて、今があるから、結果大正解だったなって思う」
「なんか、凄くシンプルに目標設定して、突き進んだんですね。先生」
美香が真面目に感動してる。
「私、医学部か、薬学部か、医療系だってのは決めたんです。どっちの勉強もしてて、まだ決めきれなくて」
「背中押してもらいたい?」
「先生には私、ハートを貫かれましたから」
「私としては医者になってほしいかな。まだまだ少ないから。ジャンルは最先端異星系」
「やはりそっちですか」
「絶対に伸びる分野に、できる子を送り込みたいじゃない」
「となると…」
「西湖女学院の先輩は京大の宇宙医学を受けるそうです」
六花がちょっと離れたところから。
「調べた。銀河帝国に医師の卵を奪われ続けてなるものかって学部でしょ」
「銀河帝国の大学生系医学部はもう間に合わないから、行けそうなところで最高峰が良いと思うよ」
「となると、やっぱりですね」
美香は答えを得たよう。
「さて、美香ちゃん、先にお風呂はいって」
「え?」
「お客様だからね」
「あ。そっか。ごめんなさい。いまからだともう、帰れないんで、お言葉に甘えます」
美香がペコっと頭を下げた。

「先輩はどうして薙刀を?」
お風呂に入ってリビングに集まった。風花はハーブティーを入れてそれぞれに配る。安眠用カモミール。
「んー。家で代々って感じかな。小さい頃から、常にそこにあったからね。六花の方が不思議だよ。今どき、薙刀で戦闘ってどういう状況なの?」
「えっと、内緒ですよ。身長40mの人型兵器って、槍とか、刀で戦うことが多いんです」
「え? イメージ的にはビームライフルだけど」
「破壊力が大きすぎて『逮捕』ができないんです。それだと」
「そっか、ガンダムだと食らったらドカーンだよね。それじゃダメってことか」
「なので、薙刀の術は、宇宙空間なので、ちょっと力のかけどころが違いますけど、役立つんです」
「美香ちゃん」
「なんです?先生」
「ガンダム、知ってるの?」
「ええ。SEEDからファーストにさかのぼりましたね」
「一番好きな作品は?」
「えっと、そうですね、水星の魔女?」
「それフォローしきれてない…美香ちゃん」
「はい?」
「今日は私の部屋で寝な。ベッド空けるから」
「え、良いんですか?」
六花がうっわ〜って顔してる。なにかが起きることを予感している。
おやすみと言ってそれぞれの部屋に。
翌朝。
「美香、送ってくるわ」
「風花、六花、お世話様」
シンと冷えた朝だけど、屋根を開けてロードスターがゆっくり走っていく。
「ねてねーな。あの二人」
六花が言う。
「水星の魔女、見れるところまでマラソンしたって」
風花は寝起きの美香に訊いた、ひどいくまの理由を伝える。
「せんせ、今日お仕事大丈夫なのか?」
「でもまあ」
「なんとかするよね」「なんとかするね」
同時に同じ答えがでた。

Chapter-10 古藤風花 16歳 ふゆびより

「行ってまいります」
西湖女学院の制服を着た千種がミニバンから降りて、くるっと回って敬礼した。12月。初雪。寒い。ちゃんと冬が来た。
雨神リゾートと小さくロゴの入った送迎用の白いヴェルファイアから、六花、幸花、風花が降りて、千種と変わりばんこで握手。
「がんばって」
「千種なら平気」
「ナノドライブから、情報引き出せる?」
「大丈夫です。行きます」
エアロスペースフラワーズは私服。今日は高等部編入試験のため、おやすみだ。期末テスト明けの休みも兼ねてる。
「千種は大丈夫だろ。あの子の頭にアイミもアクセスできるし」
六花がその背中を見ていう。
「人工生命体のバックアップ付き…不正になるのかな」
「証明ができないからね。まだ今は」
六花がちょっと悪い顔。
「なんでも良いよ。千種ちゃん来るなら」
この試験には幸花の青春もかかってる。でも切り替えて、
「さ、寮回ってトコトコで荷物積んでいこっか」
幸花がクルマに戻る。
「ばあや、お願いね」
「では、まいります」
ヴェルファイアが山桜桃学園寮 山河寮を目指す。昨日、長野入りした千種は六花と最終勉強をして、今日の試験を迎えた。幸花に頼んだら二つ返事でクルマを出してくれた。
「だって、週末はお客さんじゃん」
というのが幸花の言葉。そう。ここからは由美香と瓏の結婚式の準備だ。
「みんな、おはよ」

寮の前に寧々が待っていた。
「おはよ。ネッコ。相変わらず、ミステリアスな可愛さ」
「ふふ、六花ってば」
すっと、両頬に手を添えて、おでこにキス。
「そんなこと言ってると、脳みそすっちゃうぞ」
「ね、ネッコ…?」
「ふふ」
いつの間に、アーデアの昔話を知ったのか? 部活で話したっけ?
確かにその情報収集力はミステリアス。
てか、あっさりキスしたなこの子。
寧々は今、千種が受けてるのと同じ編入試験で高等部から入ってきたそうだ。普通科で唯一の航空宇宙部。どうして開発科でないかと聞いたら、
「アプローチの幅が広がるじゃない?」
そういう子だ。
これから雨神ホテルで式の打ち合わせ。寧々は航空宇宙部の行う祝賀飛行のコースどりを決める。実際、文化祭のデモフライトでも寧々が中心となって決めてる。かなり、評判が良かった。
キュリエッタ、モーターパラグライダー、ドローン。大きさも機動性も違うこれを組み合わせて、きちんとしたショーにまとめる。
「式ではどんなコンセプト?」
「寒いでしょ。さーっと飛んで綺麗に見える方法にするよ。倉橋航空機さんの式だから、震電3とドローンで」
幸花を見る。
「あとはホテルがどこを飛ばせてくれるかって感じかしら」
「式場見て、教えて。飛びたいところ」
「わかったよ」

「やっぱり、部室からリモートだと思うの」
「これなら、無理ないよ。いけるよ」
式場の外、ライスは食べ物だしってことで、二人はフラワーシャワーを希望したらしい。その後、全員が会場の前庭に集まったところでモーターパラグライダーが2機花を撒きつつフライパス。ドローンにおめでとうの文字編隊を組ませ、最後もう一度フライパスの予定を寧々が組んだ。幸花が支配人に確認してOKを出す。
2機の震電3は明菜と心音は操縦。タンデムで六花と風花。花を撒く。
ドローンは宮乃と佳子でコントロールして、寧々がタイムキープ。
幸花はBGM。
部室前の元滑走路から飛び、フライパス後、また部室に戻って着替えた後、キュリエッタに4人乗りして戻り、お食事会に間に合う計算。
倉橋家はそれなりに来るが、取引先は数人だけ。また由美香側の出席者はテコと透子と保父、村井。防衛軍&SCEBAIの同部署の数人。あとは全員女子中学生と高校生。「めっちゃ好かれてる先生の結婚式状態」という透子の言葉がピッタリだ。
そんな状況なので披露宴の食事はバイキング形式。さらに道の駅カフェを経営する玲と瓏のおばが、女の子たちいっぱいいるなら。ということで出張パフェコーナーを作る。
間に合わないわけにはいかない。と明菜の気合が入っていた。
うーたん部、くるみんこまちとしても企みがあるそうで、大人のスピーチがほとんどカットされたと聞く。
「兄貴、めっちゃ喜んでた。こんな式、他にあるかよって」
玲が電話でそう言ってた。
「母が、覗くだけで、いいから来たいって。一応、私の保護者って、ことで参列、させてください」
ベールガールを千種に頼んだ後、彼女からそう申し出があったそうだ。千種の母がなにを見たいのかは明白。
「縁だからね。きっと、これも」
由美香はそんなふうに言っていたと透子から聞いた。

「震電01および02,こちらネッコ。スタンバイお願いします」
「01了解」
モニターで見ていた式が指輪交換に移る頃、無線が入った。
制服の上から防寒つなぎを着て、ヘルメットとゴーグル。六花はテコメガネ。手には花びらの入ったボックス。
初めて航空宇宙部に来た日と同じ。明菜と六花、心音と風花のタンデム。
「ネッコ、スタンバイOK」
「了解。離陸してください。5分後に第一課目」
「01、Take off」
明菜と六花の震電3が一気に舞い上がる。
「いくよ。02,Take off」
白い。とても久しぶりにこの景色を見た気がする。
小学生の時、神の国教団施設のある岡山は暖かく晴れていて、帰ってくると真っ白。ひたすら雪かき。そんな日々だった気がする。
「会場が見えた」
周りが雪で真っ白で判断がつきにくいので、会場の屋根に吹き流しと航空宇宙部の旗が設置された。
「震電、待機位置に到着」
「了解です。時間通りです。ではカウントダウンします。5、4、3、…第一課目スタート」
明菜と心音が横に並んで式場の上を飛ぶ。建物がきれると前庭に集まっている人が見えた。
「投下開始」
「了解。投下」
六花と風花が箱から花びらを撒く。白い花びらが雪のように前庭の人たちに降り注ぐ。うーたん部のみんなが手を降っている。そのままフライパス。
「第二課目スタートです」
「行くよ。ココ」
会場上空に戻り、2機で協調しつつ、二重螺旋をゆっくり描きながら上昇する。その間に散発的に花びらを撒く。今度は赤。
その間にドローンが新郎新婦の前でダンスをし、質問を出す。内容はありがちなやつだった。好きな理由。新婦の料理とか。最後はキスしてください。
「承諾でました。第三課目」
前庭の一番端にある小さなステージにキスを承諾した二人が立つ。もともと、こういうシチュエーション用に作られた場所。キスを覆い隠すように花を降らすのがミッション。
旋回を解いて一旦離れた後、会場に進入して、
「投下です!」
寧々の声。わっさと風花が花を撒く。と
「あ、bombs away!」
六花の叫び。花びらが寒さと飛行風で氷付き、塊で落ちていく。口づけを終えた二人の上に。
ぱーっんと由美香をかばって、瓏が顔で受ける。花だらけの瓏が笑ってる。由美香が花びらを払いつつ、きっと上空の六花を見る。

「りっかー!」
由美香の声が空まで届く。
「ごめんなさーい。凍ってたのー」
「ゆるさーん」
ゆっくりとその場で旋回する六花と明菜めがけて、由美香が雪玉を作ってぶん投げた。美しい放物線を描いて、旋回してちょうど正面を向いた六花の顔に直撃する。
「にゃ! つめたーい」
「おお、砲の専門家は違うな」
透子が感心。会場がどよめき、拍手。
「こうして、悪の六花は撃墜されたのでした。以上、山桜桃学園、航空宇宙部の祝賀飛行でした!」
幸花のアナウンスと拍手で見送られ、2機のモーターパラグライダーが帰途につく。
「ミッションコンプリートです。お疲れ様でした」
寧々の声。
「コンプリートなの?」
「六花、持ってるよね。最高」
六花の後ろで明菜が爆笑している。
「早く戻ってきてください。みんなお腹ペコペコなんで」
寧々が心底楽しそうに通信してきた。

披露宴。久々のコンタクトレンズ着用で別人のような透子がシャンパングラスを持ったままで、雨神オリジナルワインを嗜む。
すると、舞台横の司会マイク前に陽奈が立った。

「宴も酣ではございますが、ここでお二人の馴れ初めをご紹介したいと思います。演じるはくるみんこまち!」
陽奈の紹介で会場が一旦暗転する。
「僕は倉橋瓏。倉橋航空機の副社長だけど、立場なんか関係ない。僕は空飛ぶ機械が大好きなんだ」
ピンスポットに照らされ、伊達メガネをかけて瓏を演じるのは芽里。舞台の奥に歩いていくと、そこにキュリエッタ。六花の本物が置いてある。
「こ、これは…これが異星の技術。なんて素晴らしい。これこそ、僕の追い求めていたものだ」
風花は六花とステーキを食べながら見ている。六花のお口は動きっぱなし。
「地球防衛軍に行ってみよう。なにか、仕事を取って、うちの技術革新とするんだ」
「あの時、そんなことが」
六花がつぶやく。遠隔操作でキュリエッタが部屋の隅にそろそろと歩いていく。ステーキ、3切れ目。
「みてたの?」
「キュリエッタの写真を撮りまくっていたってきいたよ。お礼にほうとうくれた」
「瓏さんのほうとうって、そんなときからだったの?」
定期的にほうとうをくれるのはこれきっかけだったんだ。
「ごめんください。倉橋航空機と申します!」
芽里が舞台奥に向かって叫ぶ。
「なんです?」
とぶっきらぼうに出てきたのは与那。髪を由美香っぽくして、目つきも変えてる。上手だなあ。
「こういう事業を展開しています。自衛隊とドローンの共同開発もしています。お役に立てませんか?」
「ドローンはサンプル機をお願いします。あと、これ、作れますか?」
「これは?」
「とある兵器のアクチュエーターです」
「や、やります」
「ではよろしく」
「待ってください。君の名は?」
「由良です」
再び、暗転。スポットライトが芽里に当たる。
「こんな巨大なモーター、一体何に使うんだ? しかもこの要求パワーとトルク、いや、これは地球防衛軍の新しい機動兵器なのか。異星の機械だけじゃなく、地球の部品もつかうというなら、やってやる! しかし、なんて美しい人なんだ」
暗転。
「これがご所望の来海透子の恥ずかしい写真でございます」
「おお、これはこれは」
由美香役の与那がテコ役の玲に何やら写真を渡す。
「お、お前っ、まさか!」
暗闇の中で透子の声がした。
「じゃ、これが撃鉄式陽電子加速器だ。お主もワルよのう」
「いえいえ、テコ様ほどでも」
いっひっひっひ。
暗転。陽奈が現れる。
「こうして、出会いつつも、お互いの仕事に邁進する二人。しかし、打ち合わせなどで会うことを重ねるうちに恋が芽生えます」
暗転。一人立つ芽里。
「オレは、仕事をしたいのか、あの人に会いたいのか、どっちなんだ!」
暗転。一人立つ与那。
「どうして、あの人は来ないの? やっぱり、仕事のついでに私にあっていたのね。そんなものよ。人なんて」
暗転。ナレーター、陽奈。
「そして、運命の日がやってきます」
「由美香さん、一緒に長野に出かけませんか?」
芽里が電話する様子を演じる。背後でその電話を与那が受ける。
「長野?」
「山桜桃学園に納品があります。六花ちゃんたちが行った学校です。ちょうど文化祭だそうで」
「ええ。いいわ」
暗転。
「飛びました!」
グライダーのコクピットをもして、イスがタンデムに並べられている。
「二人は山桜桃の倉庫にあったグライダーの試験飛行を行います。その機内で」
陽奈のナレーション。
「由美香さん、降りたら、お話したいことがあります」
「なに?」
「その前に、ききたいこと、あります」
「なにを改まって」
「由美香さんと会えること、僕は嬉しいです。由美香さんは?」
「嫌だったら、長野まで来ないわ」
「そういえば、こんなふうに二人っきりになるのはあまりないですね」
「そうね。なんだか、不思議と安心する。空飛んでるのに」
すっと由美香役の与那が目を閉じる。
「しずかね」

「そんな話してたのか」
「そりゃ六花に察しろって言っても無理ね」
「なんだとー」

陽奈が言う
「そして、機体が着陸します」
そしてこの先はあの時を見ているよう。
「僕と結婚してください」
「私と一緒に戦ってくれる?」
「喜んで」
「その答えだけで充分よ」
実家の話は出てこなかった。防衛軍の由美香と一緒に戦うと解釈できる。上手な変更。
千種が本人役で出てきて、与那に花束を渡す。他のうーたん部員が瓏役の芽里を取り囲む。再び近寄って、見つめ合う二人が軽いキスをして微笑む。
「ステキ!」
目を輝かせる明菜に隣の心音が
「あ、そうなんだ…」
こっちの部長、副部長コンビはちょっとなにかありそう。

「こうして、二人は新しい道を一緒に歩むことになったのです」
全員が出てきてカーテンコール。
山桜桃学園組がスタンディングオベーション。

「なに、渡したの?」
「あれは、劇」
新郎新婦席。お杓子しつつ由美香に近づく透子。
「リアルすぎでしょ。与那ちゃんだし、絶対事実だ」
「さ、とーこ、パフェ食べよ」
「ごまかされないぞ! 由美香、言え! あ、テコさん、さっきの取引は」
「にゃ?」
「あーもうダメなモードじゃん」
倉橋の両親と意気投合して楽しく飲んでるテコは真っ赤っ赤になっている。
「酔いが冷めたら訊くからなー」
「はい。透子」
由美香が透子にパフェを差し出す。
「なんだよ。なに渡したんだよ。うっま。なにこれ?」
「ざく切りりんごのヨーグルトソースパフェですよ」
パフェブースを手伝ってる玲が作りながら答える。
「やばい。数行けるパフェって罪すぎる」
透子はなにがテコに渡されたのか、追求を諦めた。

最後、倉橋両親に二人で花束を渡して、披露宴はお開きになった。
由美香がサポートに来た千種になにか耳打ち。
ちょっと真剣な表情になって、走っていく。
風花はその様子を見ていた。
呼ばれたのは、千種の母、由恵。由美香が花束を渡す。さっき倉橋両親に渡されたのと同じもの。
「本日は遠いところ、ありがとうございます。千種さんのお陰で、滞りなくできました」
千種の母、由恵の動きが止まる。涙を拭き、言葉が出てくるまで、少しの時間。
「こちらこそ、本当にありがとうございました。おかげさまで、ふたつ、わかりました」
「2つ?」
「あの子が、瑞葉が生きていたら、由美香さんと同じように美しい花嫁になったこと。そして、あの子はいないんだってこと」
「ママ…」
千種が母親に寄り添う。
「ありがとう。由美香さん。夢想するしかなかった、瑞葉の花嫁姿を私は目に焼き付けることができました。本当にありがとう」
頭を下げ、由恵が離れる。千種が一緒に歩く。振り返って、由美香に手を振る。
「千種、引き出物っていうか、お土産あるから、忘れないでね」
「はい。由美香さん」
見送って、ふっと由美香が息をつく。透子が後ろから肩に手を置く。
「さ、帰ろーぜ」
「うん」
「つーか、ハネムーンだっけ?」
「あ、今晩はここに泊まる。明日、宇宙港から国際月面基地」
「それ、ハネムーンなのか? 半分仕事だろ…」
そんなことを話しながら二人が控え室に歩いていく。
「私たちも帰る? 六花」
「残ったお料理詰めたパックをみんなに配るよ」
「了解」
「六花、こっち。てつだってー」
幸花が手を振って呼んでいる。二人でそっちへ走る。

SCEBAIと西湖女学院方面、山桜桃の山河寮方面へ送迎バスが走る。風花は六花、幸花と2台を手を振って見送る。それが終わる頃、透子がべろんべろんのテコを連れて戻ってきた。
冬の短い日が暮れる。由美香と瓏もきた。私服に着替え終わってる。
「今日はありがとう。雪が降る前にって予定だったんだけど、例年より早く降るなんてね」
瓏が頭をかいて笑う。
「綺麗だったから、いいと思います」
六花が笑う。
「んじゃ帰るよ。由美香」
「またな。透子」
「そういや、公仁は?」
「銀河電報送ってきてた。そういや電報披露忘れたな」
「かわいそうに」
二人が笑って掌をぱん。と打って、別れた。

「お疲れ!」
最終見送りは幸花。キュリエッタがゆっくり離陸する。
六花の膝の上にテコ。アームシートに透子と風花。
「りっかー」
「なんです? テコさん」
「すこし、遠回りしてー」
「寒いですよ」
「いいよ。六花。すこし、このまま飛んで」
白い雪原に木々の長い影。傾いた陽光がキラキラと反射する。
キンと冷えた空気。
「ああ、いい感じ」
「透子、よってるにょ?」
「テコさんほどじゃないです」
ゆっくり、キュリエッタが基地の方向に向かって、降下していく。

Chapter-11 福地千種 15歳  それだけで、済むはずがなくて

「そう。合格、しました。手続きの、関係で、年末年始、戻ります。それまで? 脳のリハビリ?があるので、テコさんの、ところにいます。ありがとう。ママ。スケジュール、連絡、するね」
どこかわからないとある部屋。千種は電話を切ると、パイロットスーツに着替えて待機する。と
「着替え終わった?」
六花が入ってきた。六花もパイロットスーツを着ている。同じ白。
「はい、これで、いいでしょうか」
六花が前、後ろと千草の周りを回って点検。
「オッケーです。じゃ、目隠しするね」
佐久平の秘密基地に初めて入った。これから、パイロット適性検査。
まだ、この基地で任務につくか判らないので、秘密基地らしく、入る時、目隠しをされた。また同じアイマスクで目隠しをされる。
「肩につかまって。歩くよ」
「どこに、いくの、ですか?」
「シミュレーターのところまで」
六花につかまりながら、歩く。
「エレベーターに乗るよ」
床の踏み心地が変わる。
エレベーター下に動く。と。耳たぶを何かが触った。次は脇腹。
「せんぱい、さわって、ます?」
「どーかなー」
笑いを堪えた声。わかりやすい。
「千種で、遊んでますね」
「そんなことないよ?」
千種はナノドライブの共反応を探る。六花のいる位置はこの辺。当たりをつけて手を伸ばすと正解だった。この探索方法を教えてくれたのは六花なのに。
「ひゃ」
弱点の脇腹かな。せめてやる。
「ちょ、千種、だめだって、ちょっと」
ぴぴん。と音がしてエレベーターのドアが開く。
「なにしてんだ」
透子の声。ぱちんと音がする。
「あいた! 叩いたな」
六花の声。
「千種目隠ししていたずらしてたな。悪いやつだ」
「責められてたのは六花だったでしょ」
「とっさの反撃に見えた」
「贔屓だ」
「日頃の行いだよ。六花」
今度は透子の手が、千種の手を引く。六花より冷たい指先。でも優しい手触り。入院してるときにも思ったが、この手による触診はほんとに気持ちがいい。こういうところ、天性のお医者様なのかな。透子さん。
歩くいていくと、足元が金属板に変わる。
「とるよ」
視界が広がる。目の前にはフェイスマスクのついたロボットの頭。エリアルと同じくらいのサイズかな? 胸元のハッチが開く。六花が先に行って、タラップから機体に降り、千種の手を引いてコクピットに誘導。思ったより広い空間。
「真ん中に座って」
千種はモニターのあるコンソールに囲まれたシートに座った。六花が横に座る。
透子がコクピットの外でそれを見てる。
「準備を始めて。六花」
六花がシートの後ろからふわふわしたこぶし大の物体にコードが付いたものを出す。
「つけるよ」
六花が後頭部にクッションのようなものをプニョんとくっつけた。それが離れない。
「アウスト3、起動」
六花の声に応えて、機体が活動を始める。全周モニターが周りの景色を映し出し、シート周りのモニターが各種データを表示する。手足がどんどん伸びていくような感覚。機体が自分になっていく。
「これが、ナノ、ドライブ、ですか」
「完全な接続はしないよ。危ないからね。今回は適性試験だから」
「いきなり、ロボット、なんですか?」
「千種に適正があって、メインで乗るってなると、この機体になるからね。最初から、この子でいいんだ」
「アウストAI、パイロット適性チェックをスタート」
「Ready」
千種の視界に文字が浮かんだ。
すると視界の端からディフォルメされたの女の子が現れた。横長の耳。アーデア人の女の子。
「ようこそ。新人パイロットさん。私はウスト。これでも神様なんだからね」

ウストちゃん

「テコさんがVTuberみて、作ったんだよね。ウストちゃん」
「可愛いですね。せんぱいにも、見えて、いるんですか?」
「視界は共有してる。安心して進めて」
左に座ってる六花の後頭部にコードが繋がってる。
「パイロットさん、名前は?」
「福地、千種、です」
「千種ちゃんでいい?」
「はい」
「じゃ、千種ちゃん、あなたはBMIを使用するので、操縦桿は使いません。一応、後でオプションとして、学んでおくことをおすすめします」
「そうですね。万が一の、ことも、あるし」
「賢いね。では、まず、手足の感覚に集中して。シンクロ率を測定します。50%以上なら、機体を操縦できます」
さっき感じた、伸びていった手足の感覚、その先に意識を集める。動かせそう。
「70%です。もしかして、天才?」
「そう、ですか。よかった。ちなみに、せんぱいは、どのくらい、なんですか?」
「六花ちゃんは、この子、ちょっと、ヤバイから。参考にしちゃダメ」
「AIのくせに生意気だぞ」
「なによ、人間のくせに。神様にむかってその口の利き方はなに?」
「あ、あの、試験は…?」
「そうだった。ここからは動作を行います。自分の手足のように動かしてみて。目線は私から外さずにね。動かしやすいなら操縦桿を持ってもいいよ。右手を前に90度あげて」
「クリアね。次、その場足踏み」
そんな感じで体の一部を少しずつ動かしていく。実際にアウストが動くわけではないので、実感はないが、これで良いんだ。という思いはある。
意外と、行けるかも。
「では次の段階に進みます。飛行です」
全周モニターが実際に今いる格納庫の画面から、SCEBAIのエリアルファクトリー周辺の映像に変わる。試験用の画像だけど、本当にそこにいる気分。
「飛ばして見よう。感覚としては背中に翼が生えて、飛ぶイメージ」
「羽を、広げて、空に…」
「ゆっくり上昇」
視界が緩やかに流れ始める。SCEBAIの高いビル、屋上の高さが横に並んで、徐々に上に。
「バランスとか、考えなくていいわ。高度100mで止めて」
モニターに高度計が表示される。スルスルと上がっていく。
「100m…」
止める。
「そのままキープ」
ウストちゃんの言いつけに従って100mをキープ。
「いいね。そのままゆっくり降下。ダメージ0で降ろして」
下へ。千種はイメージする。モニターに映る景色が動き始める。
「上手ね」
「ありがとう、ございます」
「休憩して。少し心拍が高い。六花、飲み物取ってきなさいよ」
「…ちょっとまってて」
「あ、せんぱい、いいですよ」
「ウストのベース人格誰だよ。まったくもー」
よっこらせっと立ち上がって六花がコクピットを出ていく。小走りな足音が遠ざかる。
「ほんとに、いいの、に」
「ちゃんと、水分摂取しないと。六花は座ってるだけだから、身体動かせてちょうどいいの」
「おまたせー」
六花が戻ってきた。渡されたのは地球防衛軍 補水飲料レモン。透明のペットボトルに白い文字でかかれている。
「夏に売り出したけど、あんまり売れなかったやつ。美味しんだけどね」
「ありがとう、せんぱい」
ぐっ。キャップ、結構硬い。
「あ、貸して」
六花が簡単にひねって渡してくれた。
「身体鍛えないとね。千種ちゃん」
ウストちゃんがちょっと困った表情。
「体組成計見てるけど、軌道往還とか、耐えられないかも」
「そんなに、体力、つかいますか?」
レモン味でさっぱりする。売れなかったんだこれ。
「この後、体力測定あるけど、間違いなく、鍛えろって言われる」
「…覚悟、します。飛びたいので、私」

「飛行課題、今日のラスト、行くよ。離陸からリングクリア後、着陸」
「行きます」
千種はアウストを離陸させた。まっすぐ上昇して高度を取り、水平飛行に移行。南下して海に出ると、訓練空域にリングが浮かんでいる。これをくぐって帰る。完全にゲームのよう。でもリングに当たるとヴァーチャルとはいえ凄まじい破壊音がするので、心に来る。
なるべく当てないように、指示されたリングをくぐっていく。
なんとか、どこにも当たらずに成功。着陸へ。飛行機のように失速墜落しないので、千種は慎重にアプローチコースをなぞり、着陸。
「お疲れさま。初めてにしては上出来。パイロット、なれるよ」
「よかったね。千種」
「はい。あ、せんぱい、今の最後のテスト、せんぱいが、飛んだらどうなるんです? お手本、いいですか?」
「見せてあげたら?」
ウストちゃんが言う。
「わかった。達成条件は? 禁止事項は?」
「通常飛行と同じ」
「了解。コントロール、もらうね」
すっと頭から機体の感覚が消える。
「飛行課題、開始」
とにかく、早い。でも、海に出るまでは通常、海に出て音速を突破しそのままリングの中に突入。千種はただ線を描いて飛ぶだけだったが、六花は人型らしい 身を翻す。という動きが入る。そして同じように戻り。ピタッと着陸した。
「よく、わかりました。せんぱい」
千種は六花を見つめる。
「私、がんばり、ます」

ちょっと心配になってきた。
「では、反復横跳び」
息が切れる。学校の体力テストと同じなのに。受験勉強でほぼ机に向かっていたことが確実に影響してる。
「鍛えがいがある子だ」
保父がニヤリと笑う。
「早速、メニューを渡す。3学期は自主トレになるけど、気を抜かずに頑張って。だれか、アドバイスしてくれる人はいないかい?」
「いっぱい、います。どんな人が、いいでしょう? 陸上? 体操? バレエ? 格闘技?」
「千種ちゃんの目的を考えるとバレエかな」
「格闘技じゃ、ないんですか?」
「今必要なのは、基礎体力だからね。技術的には悪くないのにそれを継続する力に欠ける。格闘の技術はまだ今はいい。踊り続けられる持久力を学んでほしい」
「わかり、ました。司令」
「今はコーチでいい」
「はい。保父コーチ」
兄に会いに行こう。お正月は忙しいのかな?

「千種!」
「碧、ひさし、ぶり」
手を振りつつ、碧がかけてきた。年末の東京駅。人がものすごくたくさんいる。
「今日は、ありがとう」
「かわいいよ。千種。『迷っちゃうから、助けて』って、なんとかしてあげたくなるよ」

こうた あおい

「お世話、かけます」
「体、大丈夫?」
「全然、平気」
「ほんと、よかった」
「心配、かけた、ね」
「千種が元気なら、いいんだよ」
「ありがと。今日は、お世話に、なります」
「大丈夫。かなり、詳しくなったから。東京の交通網」
東京駅から、乗り換え、乗り換えして碧の案内でテレビ局を目指す。
「ずっと、カレン先輩の、ところに、いるの?」
「冬休み中はそんな感じ。先輩はずっと学校だから、家事全般やってる感じ。千種から聞いた、アスリート用メニューのレシピ、めっちゃ役立ってる」
碧は秋の時点で東京校高等部への進学を決めている。冬休みは余裕。
「よかった。すっかり、奥さんな感じ?」
「意外なこと言うね。千種。でも、付き合ってるって状態だって言っていいと思う」
「素敵。碧」
碧がにっこり笑って進んでいく。

「ロビーでいいの?」
「うん。ここを通るって、言っていた」
テレビ局ロビー。一般人が入れるエリア。
押しに会いにきたっぽい人がわらわらといる。
「優愛様!」
その人達の一派がロビーに出てきた男性に群がろうとして、警備員に戻されてる。千種はその人達の後ろから
「ゆあ、くん」
と声をかけた。ちょっと声小さかったかな。と思ったが、
「千種、よかった。迷子になってたらどうしようと思ったよ」
兄にはしっかり届いた。
周りの女の人がすごい表情で千種を見てる。
「碧、ちゃんが、案内してくれたの」
「そうか、ありがとう。碧ちゃん。とりあえず、ふたりとも、一緒においで」
「私も、良いの?」
「碧いないと、優愛くんの家から、帰れないから」
「みんなで僕のアトリエに行こう」
千種は碧と手をつなぐと、兄について歩く。なんともいえない視線が背中に絡みつく。ロビーを出る時、兄はその人達に手を降って、一応笑顔で分かれた。
「本物のテレビに出る人だ」
マネージャーさんの運転するクルマに乗り込み、3列シートの一番後ろに乗って、碧が言う。千種はあんまり兄の出演するテレビを見ていない。ので、実感がない。千種が西湖女学院への進学を決めた時、両親に黙ってこっそり受験会場まで送ってくれたり、宿を手配してくれた。優しい兄。でしかない。
「碧、ゆあくん、テレビ出てるときって、どんな、かんじなの?」
「えー、見てないのか。御本人いるのに。あ、えっと、なんだろう。知的でかっこいい」
「千種、碧ちゃん、困ってるよ」
「あ、ごめんね。碧」
「ところで、どうしたんだ? 千種、急に会いたいなんて」
「ゆあくんに、教えて、ほしいです。千種、基礎体力が必要に、なりました」
「トレーニング法をってこと?」
「そう、です」
「ああ、手術のとき、パイロットになれるって言ってたから、それで?」
「そう。適性検査は、合格でした。でも、体力がなくて、シミュレーターからさきに、進めない。ちょっと、悔しい」
「千種は本当にパイロットになりたいのか」
「そうです。それは、譲れません」
「ほんとに、頑固なやつ」
優愛が笑う。
「千種って、こういう性格だったんだ」
「こうと決めたら、とことん。瑞葉のマネージャー、西湖女学院への進学、パイロットの話。一人で決めて、突き進む。多分、家族で一番、心が強い」
「そんな、こと」
「流石にそんな千種でも、今回は手に負えない事態ってことか」
「ゆあくんは、バレエで一番の人、だから」
「アトリエいついたら、一通りのメニューを教える。続けていけるかは千種の心問題だ」
「それは、大丈夫。届きたい、人が、いるから」
「それ、六花先輩のこと?」
碧が訊く。千種は大きく頷く。
「六花先輩、文化祭のトークショーで年単位で体鍛えたって言ってたよ。なかなかの道だ」
「すごい子なの?」
優愛が碧に訊く。
「3機落とせばエースなんだっけ? 六花先輩はここ2年で5機以上落としてるって言ってたな」
「すごいんだ」
「もともとの適性と、それを強化する処置。これが相乗効果で最強って事になったって」
「そう。千種の目指す先ははるかな高みってことか」
「だから、こそ」
千種は微笑んでみせた。

都内にある優愛のアトリエ。ビルの最上階にあるレッスン場って感じの場所。
そこで、ルームランナー、エアロバイク、筋トレ、ピラティス。
「な、なんで私まで」
碧にも一緒に体動かしてもらう。
「まさか、寮に帰ってから、一緒にってこと?」
「ふふ。気付いた?」
「なんて子なの…」
「カレン先輩に、新しい運動メニューの、提供できるよ。あと、詩歌も、旅立ちまで、やるって」
「あいつも巻き込んでるのか。千種恐ろしい子」
「みんなで、健康に。うーたん部、バラバラになっちゃうし」
「最後の思い出ってやつか。付き合うよ」
「碧ちゃん、こんなんだけど、妹をよろしく」
「任されました。優愛さんに。あ、記録用動画、編集して公開していいです? 優愛さんとくるみんこまちのコラボってことで」
「そのくらいはいいよ」
「ありがとうございます。ちくちくエディットよろしくね。千種」
「了解」

この動画がうーたん部チャンネル、くるみんこまちカテゴリーで最高の再生回数を叩き出すことになる。ゆあくんメニューはそれなりに有名なエクササイズ方になった。

「せんぱい、裏、やりま、しょう」
「あ、千種ちゃんお願い。六花、働け」
「はーいメイド長」
メイド服と言ってもコスプレでなくしっかりした作り。そこに厚手のコートを着た、格調高そうな出で立ちで航空宇宙部の面々が雨神軽井沢でバイトしている。

千種も候補生ってことでそこに合流した。明菜がメイド服が似合いすぎてて、すぐにメイド長の呼称を得てる。 
千種は六花と裏に回る。裏といっても庭園につながる道で重要度は高い。
雪用の平ぺったいシャベルを使って道を掘り出していく。降ってないから、やってるそばから積もっていくような不幸はない。由美香の結婚式に使った庭園も見える。ベールを持ちながら、今まで見たことのないくらい穏やかに微笑む由美香を見ていた記憶。ステキな結婚式だった。そういえば、玲は本当に由美香がお姉さんになったんだ。なんか羨ましい。

ちいさい六花は服に着られている感がすごい。身長はもう伸びないって言ってたな。気にしてないことはないんだろうけど、あざと王なところはそれを利用してる気も。きっと、六花は今の自分のこと、受け入れてるんだ。
「せんぱい」
「なに?」
「私、この冬休みで、気がついたことあって」
「うん」
六花が見てる。耳には千種のピアス。
「私、六花せんぱいの、こと、憧れって、言って、ましたけど」
「うん。幻滅しちゃった?」
「なんで? そう思う、んです?」
「六花、ダメなとこ、多いからさ」
「私の、好きな人を、悪くいうのは、だめな、ところです」
「千種…」
「憧れは、今でもそう、です。でも、自分が、こういう身体になって、せんぱいと同じになって」
六花が見てる。少し悲しいような、読み取りにくい表情。
「憧れ、それだけで、済むはずがなくて」
千種には、文化祭の部室で、キスしようとしていた六花と風花の姿が浮かぶ。あのちょっと悲しそうな顔は、もう付き合ってる人がいるから…の顔なんだろう。きっと。
「そういう、気持ちなの?」
「はい。せんぱいは、風花先輩と、付き合ってるんですか?」
「付き合ってるっていうのかな? 風花とは。なんていうんだろう…。
六花、千種と釣り合うほど、ちゃんとしてないんだ。まだ、壊れてると思う」
「せんぱい、そんな」
「風花はさ、六花よりもっとひどいことされて、銀河の果てから自力で戻ってきて。なのに、なのか、だから、なのか、六花の壊れてるところ、そのままで良くて」
初めて聞く話。風花のことは全く知らなかった。あの不思議な余裕はそういうことなの?
「六花も、風花がどんなでも、そこにいるだけでいいって思ってる。これ、なんていうんだろう?」
「…言葉に、しにくい、です。でも」
六花を自分の彼女にできないってことはわかる。
「でも、そんな感じで、どうして、私の、ピアスを、つけてくれるんですか?」
「六花が大切と思っているものだから。風花はそれを否定しないから」
「…複雑です」
「そう? 六花は千種のピアスまで含めて、今の六花の形だって思ってる。たぶん、風花も」
六花の思いは好き。でも、風花が普通の嫉妬心を克服してる保証はない。
「風花先輩の、本当の気持ちは、わかりません。ただ、ピアスを、せんぱいが、自分の今のカタチって、思ってること、すごく嬉しいです」
風花がなにも言わないで我慢してるのか、一緒に住んでるから、余裕なのか。六花は嫉妬心に無頓着な感じ。ある意味、好かれてばっかりの人だからなのかな。
「千種が、せんぱいのヒトカケになってる。それだけで、今は幸せです。また、どうしようも、なくなったら、お話します」
「今はどうしようもなかったの?」
「はい。思いが、溢れました」

「ありがとう。思ってもらえることが、ステキなことだって、わかるよ。千種とはこの先絶対に長く一緒だから。六花は千種をずっと大切にするよ」
「妹みたいに、おもいます?」
「いまはそんな感じ? なのかな? そのうち相棒になると思ってる」
「相棒…。がんばります。私」
人生初めての告白。いや、ピアス渡した時があるから2回目か。きっと六花の態度は、これまでとそんなには変わらないんだろうな。
「千種の体力がついたら、ワープ使って、訓練するよ。どこに行きたい?」
六花が微笑んで見つめてくる。赤黒い瞳。六花がオーバードライブを使うたびに赤みが濃くなってるそうだ。視覚情報をより多く得るためにナノマシンが集まっているかららしい。私の目もああなるのだろうか? 一緒になっていくならそれもいいや。おそろいだ。
「太陽系内なら、やっぱり、土星、かな」
「わかった。上申する」
手を繋いできた。
「一緒に、輪っかの中、飛ぼう」
ほんとに、この人は…。
「このあざと王め」
千種は六花のおでこにキスする。
「いつか、脳みそ、すって、やるんだから」
六花がきょときょとする。
「六花の脳みそ吸いたい人が多いのなんで?」

あっという間に春が来た。
西湖の湖畔を碧、詩歌と走る。3人でのジョギングは今日がとりあえず最終日。明日が卒業式だ。
周回コースを走って、湖月寮に帰ってくる。
「ありがとう、二人がいたから、頑張れた」
「山桜桃に行ったら、あのトレーナーの人から直なんでしょ。大丈夫?」
防衛軍補水液を飲みながら、碧が訊く。
「厳しいとは、聞いてる。でも、ご褒美は、土星ツアー、だから」
千種は笑ってみせた。
「いいなー」
「銀河中心に、旅立つ、人が、なに言ってるの?」
羨ましがる詩歌のほっぺをつつく。
「超時空通信する。千種。で、碧にも伝えてや」
「宇宙のどこにいても、うーたん部の心は一つだから」
「寂しくなるけど、寂しいって思わないようにしとく」
詩歌が拳を差し出す。碧といっしょに千種も拳を差し出す。
3人同時に
「engage」
風と、鳥の声。波の音。絶対に忘れたくない記憶をナノドライブに刻む。

卒業式。千種が花一輪を最も集めた。重体から回復したことで更に人気が上がっていた。が、そのそばにずっと竹原咲がいて、泣き続けている。
「先輩がいなくなったら、私、何を目指して高校に行けば良いんでしょう? 私の成績じゃ、山桜桃は無理ですし…」
「くるみんこまちの、マネージャーで、大活躍中なのに、何言ってるの。与那先輩たちの、あとを継いでいくのは、咲ちゃんだよ」
「先輩…。それは先輩がいたから頑張れたんですよ」
「私がお休み、してる間も、きっちり、してたじゃない。動画も東京の碧と協力して、進めて。後輩は、これからふえるよ。きっと、推せる子も、いるよ」
「無責任な発言です〜」
私だって、フラれたんだよ。千種は咲の頭を撫でながら、校舎を見る。瑞葉の死から4年とちょっと。それなりに激動だったけど、ここからはさらにってことになるのかな。
見てる? 本当のお姉ちゃん。口には出さず、千種は春霞の空を見上げる。

Chapter-12 六羽田六花 16歳 エインセル

『発令。火星監視衛星でアンノウン感知。違法採掘船と思われる。AE04直ちに発進』
春休みの午後。元は学校だっただけにソメイヨシノが結構あるんで、女子4人でお花見の最中。その連絡。
『SW、いい機会だから千種を連れてAE04で装備01で軌道ステーションへ。SFは地上待機』
保父から通信。
「SW了解」
スマホに返事して、六花は立つ。お団子を一粒頬張る。
「風花、幸花をお願いね。千種ついてきて」
「食べながら喋るの、上手いな六花」
幸花が変なところで感心する。
「気を付けて」
風花が心配そうに見送る。
千種と校舎に走り、エレベーターで格納庫へ。
「千種のコールサインを決めないとね」
「せんぱいは、SW? どういう意味です?」
「六花だから。みんながスノーホワイトってつけて、それ以来そのまま」
「風花先輩は?」
「保父さんとせんせがキュアサファイアって呼んで、それ以来」
「プリキュアですか。ふむむ」
走ってロッカーに来たけど、千種は息が切れてない。きっちり鍛えてきてる。パイロットスポーツを着て、またコクピットへダッシュ。
「スタンバイOK」
アイミが出迎えた。
「EDFコントロール、AE04離陸可能」
『リフト上昇開始』
大型エレベータがエリアルEを地上に押し上げる。桜が見える。雪もある。ホフドローンファームの事務所ビル屋上に風花と幸花。
心配そう。外部マイクON。
「行ってきます。風花、家の当番、よろしくね」
「なんなら私がやっとくよー」
幸花がブンブン手を振る。
「行って、きます。幸花さん」
「おー。千種ちゃん、ワープの話聞かせてね」
六花はゴーグルを装着。
「AE04 Take off」
ジャンプして20mほど上がって安定翼を展開。そこから一気に加速して高天原2を目指す。
『AE04 こちらタキリヒメ。合流ポイントを送る』
「今日艦長は椎葉さんですか?」
『この春の辞令でこっちになったから。よろしく』
椎葉桔平は対異星人部隊から絡んでる。神の国突入の時、ヘリパイロットだった。flyingCというコールサインを持つ。38歳。2児の父。椎葉家の姉妹は山桜桃目指して勉強していると聞く。
「千種見てて。タキリヒメや、他もそうだけど、仰向け収納だから、後ろのハッチから、頭突っ込む感じ。翼畳むの忘れないでね」
「私が、エリアルEを、動かすこと、ないと思いますよ」
「今日はコ・パイロットだから。六花に何かあったら、千種が機長だよ」
「あ、そんな、せんぱいになにかって…」
「あー私いるから、心配ないけど、一応だから」
アイミがフォローする。ちょっと緊張させすぎちゃったかな。
六花は千種の背中を撫でる。
「初ワープだから、ブリッジで見せてもらおう。すごいよ」
弱々しい微笑み。実際、千種が一人で操縦はないけど、これも任務だからな。何が起こるかわからないし。意外と、そのときになったら強い子になるのかも。

「短距離ワープ。座標指定。火星。オリンポス山 上空一万」
椎葉の声がする。その横に六花は千種を伴って立っている。
「ワープ開始」
艦首にプラズマの奔流。突っ込んでいく。
「光が…」
千種が六花の腕にしがみつく。
その後漆黒の空間に。すぐに光がまた、現れる。
光をくぐる。
「ワープ終了。座標確認」
「これが、火星…」
薄い、赤茶色の大地が広がってる。
「さ、行こう。千種。エリアルで待機します」
「せんぱい、私、火星に…」
千種の手を引っ張って、格納庫へ歩く。
「ぽわんぽわんしてると思う。それ、ワープ酔いの初期症状だから気を確かに持って、跳ね返して」

「ええ、でも、せんぱい、きもちわるく、ないですよ」
六花はエリアルEのコクピットに千種を座らせ、シートベルトを締める。
「あとから来るよ。予防法は自分が酔ってるって自覚すること」
「そんなに、酔って、ますか、ね?」
六花は千種に近寄っておでこにキスした。
「せんぱ…」
「あんまり、ポワポワしてると、いろいろ吸っちゃうぞ。まず、右目」
右まぶたにキスというより、唇で噛む。
「あ、せんぱい」
「左目」
ぱく。
「あ、まって、ください。あ、大丈夫です」
さっきとは目つきが違う。意思がはっきり感じられる視線。
まあ、まっかっかだけど。
「せんぱい、ほんとに、もう、大丈夫、ですから」
「頭スッキリした?」
「はい。それは」
ちょっと困った目で見上げる。
「夏に、せんぱい、私を食べたいって言ってたから、いよいよ、食べられるんだって思っちゃいました」
「言ってないよー」
六花は笑った。

『AE04、これより、違法採掘船の拿捕を行う。援護頼む』
「AE04了解。発艦します」
するするとタキリヒメから滑るように出る。
「あれだ」
その真下、地表に葉巻型の物体が着陸している。全長200mほど。船の周りに散らかってるいろいろを片付けている最中っぽい。
「現状で離陸を防ぎますか?」
『飛んで逃げないようにしてほしい。人が歩き回ってるからそれには注意して』
一気に高度を下げる。警告放送をしつつ接近。攻撃はしてこない
「こう言う時は、アイミにエンジンの抑えるポイントを調べてもらって、そこを突いておくんだ」
六花は千種に任務内容をOJTしつつ、アイミが示したエンジン回路分断ポイントにジーレイアを当てる。
「エンジン止めます」
葉巻型の後ろから1/3くらいのところに、ずぶっと突き刺す。周りで宇宙服を着た人が何か叫んでる。アイミが知らせてくる。
「なにすんじゃわれーって言ってる」
「そもそも、盗掘するなって」
葉巻型の外壁がパキパキと開いて、トゲのようなものが出てきた。
「撃ってきた!」
自衛用の短射程のレーザー砲。ハリネズミの針の延長のような。地表にまだ人がいるのにお構いなしだ。さすがにちょっと間合いを開ける。
「アイミ、この船ブリッヂどこ?」
「人の流れからすると、中央の小さい窓のとこ」
六花は船体破壊の警告を出しつつ、レーザーをかいくぐって接近。ブレードを出してないジーレイアでブリッジと思われる出っ張り辺りをゴツンと突っついた。
と、その瞬間、艦首と艦尾から何かが飛び出る。
「せんぱ、ミサイル!」
「タキリヒメ!」
六花はジーレイアを投げる。アイミがコントロールしてビームを放ち、ミサイルを落としていく。タキリヒメはチャフを撒きながら回避運動。ミサイルみたいなコストのかかる兵器を宇宙人が使うと思ってなかった。
背面にマウントしてあった衝撃砲を構える。撃ち落としても数が多い。
「間に合って!」
と、撃ち漏らした2つのミサイルがなにかに一閃されて爆発。タキリヒメは爆煙を回避して、降下してくる。
「せんぱい、あれ!」
この隙にとサブスラスターで地表の人を置いて逃げようとしていた船がほぼ真っ二つに割れた。
火星の弱い重力に引かれてごずんと落ちる。そのそばに立つ、船を割った犯人は…。
「セーラー服?」
「セーラー服、ですね」
黒いセーラー服の女の子が火星に立ってる。身長は40m。エリアルと同サイズ。日本刀のような実剣を持っている。
『詰めが甘いな。理不尽な敵を散々演じてやったのに、まだ戦い方が身についてないのか』
セーラー服がエリアルを見上げる。
『このクソガキ』
「テーセ!」
『きゃはは。くそがき?』
『だめですよ。彼女をそう呼んでいいのは私だけです』
「だれかいるの?」
なんだそのクソガキの特別感。で、だれ? 小さい女の子の声。

『新しいエレート。発声が可能だ』
「テーセ、本当にテーセなんだよね?」
『ただいま、戻りました。雇用主殿』
セーラー服が敬礼する。
「せんぱい、盗掘船が…」
火星に落ちた船の割れ目が広がって崩れていく。気密服の人がわらわらと歩き回って、地表を逃げる。
「タキリヒメ、AE04です。盗掘船、破壊。盗掘者の回収を」
『タキリヒメ了解。回収班が降下する。警戒を継続』
「テーセ、ごめん。このまま周囲警戒を。ヒルデアできた?」
『ああ、もう少しししたらこの空域に到着する』
小型艇がタキリヒメから降りて、陸戦隊が展開する。
「その機体は? なんで、セーラー服?」
『第5世代アウスト型機動兵器ジウストのJ型Sフォーム。アーデアの新型機を王女殿下がカスタマイズした。新しいエレートもな』
「さっきの…」
『名前はユキ。クソガキが名付け親なのだろう?』
「なんか、聞かれた覚えあるぞ」
あれ、エレートのことだったんだ。でも似てるっていてなかったっけ?
「あとで、見せて」
『ただの箱だぞ』
「ふーん」
「すごい、ですね。セーラー服の、巨人…」
「趣味に走りすぎな気もするけどテコさん」
『そっちは誰か乗せてるのか?』
「テーセ、後で紹介するけど、新しく防衛軍に入った子だよ。名前は千種。地球人美少女パイロット。貴重でしょ」
「せんぱい、そんな」
『もしかして、六花より年下か。そんなキュリフランテアが大丈夫なのか?」
「六花と一つしか違わないし。キュリフランテア?」
『ああ、アーデアの言葉で小さくてかわいいお嬢さんって意味になるかな』
「フランテアであることは間違い無いけど、強い子だよ。あと、六花より背が高い」
「せんぱい」
『AE04、状況を終了する。帰還せよ』
「AE04了解。テーセ、お迎えは来る?」
『あと10分ほどで。先に行け』
「基地、違うからね。わかんなかったら案内するから、軌道上で教えて」
『承知』
前回の小惑星の時と同じで、破壊した船はそのまま、悪いことするとこんな目に合うぞ。と言う警告標識を置いて人だけを高天原2の収容施設へ。
「こんども、私、酔ったら、食べますか? せんぱい」
「2回目はなんとなくわかると思うよ」
「ダメです。食べて、ください」
「えろい。千種」
「人は、環境で、えろくなるです。せんぱいのせいです。詩歌の言ってた通り」
千種がエリアルEのコクピットでけらけら笑った。

「セーラー服の理由?」
佐久平基地、格納庫。テーセが乗ってきたセーラー服のジウストがたたずみ、整備班がマニュアル片手にいろいろ調べている。
六花はその陣頭指揮してるテコに聞いた。
「東京の六花、めちゃくちゃ可愛かった」
「それが理由ですか? ほんとに?」
「うん。ほんと。あと、あの素材はエリアルEのリボンに使ってる、物理攻撃をほぼ受け付けないってっやつでさ。まだ黒い以外の色は出せないんだ。で、黒でもカッコ良くて、ジウストの細身のボディに合うデザインっていったら、ね」
「ね。ってかわいいかよ」
首を傾げて上目遣いのテコ。この基地で一番年上なのに、まったく。
「ジウストJ型Sフォームはアーデアでの形式名だ。地球防衛軍での呼称もちゃんと作ったよ。エリアルがALL ROUND INTERCEPT & ESCORT LADYでしょ。この子はALL ROUND INTERCEPT SWORD combat & ESCORT LADY。略してエインセル」
「エインセル、妖精さんの名前ですね」
「傷つけると、お母さん妖精がブチギレて登場するそうじゃないか。それがエリアルかな?」
「あの子の方が性能いいんでしょ」
「でも、アイミのような完成されたAIじゃ無いからな。ユキは」
「そう。ユキ。エレートの名前だったんですね。六花に似てるってどう言うことです?」
「六花の戦闘データももちろん使わせてもらってるからね。そういうこと」
「ふーん」
テコさんのこと、いくらリモートで作ったとはいえ、なんかいろいろ変なことされてんだろうな。この機体。
「じゃ、千種の入隊祝い兼、テーセのお帰りなさい会は19時からトコトコクリニックでやりますからね」
「あれ? リンジーは?」
「来るとは言ってましたけど」
「けど?」
「多分せんせと二人で飲みにいくんじゃ無いかなー。雨神軽井沢のバー調べてたし」
「そっか。まあ、邪魔しないようにいくよ。あんまり上司がいってもって感じだし」
「会社の偉い人みたいなこと言ってる」
「偉い人です」
テコは冗談めかして笑った。

リンジーが帰ってきた夜、透子は閉院後にでかけてその晩は戻らなかった。一応、往還宇宙船ヒルデアに泊まるという連絡あり。
4月1日、新体制の発表。
主力のパイロットが六花とテーセ。サブで千種。風花は操縦技術の向上が評価されて、宇宙船の操縦ができるようになった。
エリアルEとエインセル、予備機としてアウスト3。この3機が佐久平の基地に配備。テーセが以前乗っていたアウスト2はSCEBAI内の支援部隊の預かりとなった。
千種のコールサインはフランテア、FT、テーセはEDGEと決まった。

雨神軽井沢の従業員宿舎の一室。そこに千種の一人暮らし新居が決まった。最初は当然幸花による同居計画が進行していたが、それは千種に拒まれてしまい、母屋に最も近い部屋が用意されることに。
入学・進級式。航空宇宙部はチラシを巻くデモフライトを敢行。
震電3のモーターパラグライダーが4機。ドローンが2機、キュリエッタまで使った大規模なもの。大規模すぎて引かれてしまい、入部は3名だった。

「まあ、入る人が入ったからいいじゃん」
千種を含めた新入部員歓迎&引っ越し祝いで、部室で「引越し蕎麦」の会。
幸花は部室で千種の隣に座って満面の笑み。
「信州信濃の新そばよりもあたしゃあなたのそばがいいっていいましてね」
「なにそれ?」
蕎麦猪口を配りながら心音が訊く。
「私も聞いたことあります。おじいちゃんがおそば一緒に食べるとき、いつも言ってました」
と風花が答える。長野県人は知ってるのかな?
「どんな美味しいものより、好きな人の隣が良いって、あったりまえのラブソングだよ」
と幸花は千種にべったり。
新入部3名のうち、一人は千種。他の二人も宇宙開発課で全員がライトスタッフ。
「私みたいなのって、へんてこなのかしら」
航空宇宙部で唯一普通科の寧々がちゅるっと蕎麦をすすって首を傾げる。
「寧々は可能性の獣だって思ってるよ」
「部長、それって、ありえたかもしれない、未来の体現ってことですか?」
「ま、実際、寧々はここにいるんだけどね」
「ユニコーンがいる世界線ってなりますよ? それは面白いですね」
寧々が微笑んで六花を見た。
「六花はどう思う? 世界が本来進むべき未来じゃなくて、かもしれない。って思っていたことが現実になる世界線に進んでるとしたら?」
不思議なことを言う。でも、寧々がいうと現実感がある。
「そうだとしても、六花には現実としか認識できないのなら、対処していく以外、無いと思う」
「頼もしい。いいね。六花」
寧々が嬉しそうに微笑む。
「六花がいれば、地球は大丈夫だよ」
「なんの、話?」
「うん、ありえるかもしれない、未来の話」
いつもの、ちょっと何を考えているか、わからない。寧々の笑顔。
六花はその中に日頃の状態とは違う、違和感を感じていた。

Epilogue 春の夜

この時期、夜になると、まだ寒い。
周りのスキー場はまだ絶賛営業中。無理からぬこと。
寧々は寮から抜け道を通って航空宇宙部部室のあるあの、元滑走路に来ていた。吹き抜ける風が半端ない。
「くっそ寒いなあ」
この学校に来て1年。目論見通りに六羽田六花との接触を果たした。
距離が近すぎるといかん。と思って普通科にしたけど、これは失敗だったかも。一緒に海に行けるほど仲良くなれず、決定的な瞬間を見ることができなかった。今からでも、課の変更ってできるのかな?
今、六花、そして高い技術力を持つテコ・ノーゲンでも気づいていない、ややこしいことが起こっている。
まあ、そのために寧々はここにいるのだけど。
もってきた長細い袋から金属の筒を取り出す。滑走路の真ん中に突き立てる。スルスルと伸びて、2mほどのアンテナになる。ここなら、誰かに聞かれる心配はない。街灯の光がないから、光るものがないれば、気づく人はいない。唯一、エリアルEやナデシコがセンサーの出力全開でこっちを見たら、高エネルギー反応を拾うかもしれない。
その時は、その時だ。
「もしもし」
「なにか用か? エージェント ネーデリア」
寧々は突き立てた筒からコードを繋いでスマホで話す。通信先は時間管理局。タイムマシンが通常の技術になった未来、歴史改変を防ぐために組織された機関。ほんのちょっとしてことでも時間の流れは変わってしまう。その役割は重要。寧々はこの先防衛軍が乗り越える重大事案をそれ以上にも以下にもしないために、この時代にやってきた。それ以上になる可能性があるから。危惧した通り、地球は危険な状態にある。
「そろそろ、限界ですよ。管理長さん」
「例のアレか?」
「転送装置、生体ベースの小型機動兵器、超小型転換炉。全部銀河レベルで見てオーバーテクノロジーです。今はまだ、辺境連合の怪しげだけど進化した技術で、収まってますけど、ばれますよ。テコ・ノーゲンあたりに。で、そういうことしていいんだ。ってなったら、やっちゃいますよ。きっと。
それにオリヒト・ヒルバーの人狩りにしても今は修正可能範囲ですけど、多分、ほころびます」
「残念だが時間干渉する異星人は我々の管理範囲では無い」
「じゃあ、連中の星には時間管理局はないんですか?」
「ない」
「んだと、地球のこと野蛮人だの、未開人だの言ってる連中が、時空連続体の管理すらろくにできないとか、全く、どの口がほざいてやがる」
「ネーデリア…」
「情報リークしますよ。地球防衛軍の能力を借りて、オリヒト・ヒルバーを狩ります。彼はセンサーで見る限り、小規模なタイムトリップでほんの少し先の未来から技術を導入し続けています。次は何を持ち出してくるかが、不透明です。止めるのは戦力的に地球防衛軍でしか、できない。
それに、彼らの星に時間管理する組織がないなら、自分のしていることの悪辣さを理解していないでしょう。エスカレートする危険が大きすぎます。早急に芽を摘まないと」
「君が抱えてる案件は承知している。止めるつもりはない。トレースはしてる。必要であれば人員も送る。存分にやりたまえ。それで未来が守られるなら」
「了解です。ネーデリア・メガーヌ、任務を遂行します」
「人類に栄光あれ」
「あ、そういうのめんどくさいんで」
寧々が電話を切った。
「やるよー。私の、思い通りにね」
筒をしまって、寮へ。空はまさに満点の星。
「さあ、六花、未来を作ってもらうからね」

「おかえり。テーセ」
「お待たせしました。時間がかかってしまって申し訳ありません」
「あまり急いて失敗したら意味ないから、いいさ」
テコとテーセは、格納庫で待機するエインセルのコクピットにいた。
「こちらです」
テーセが操縦席の奥、シート裏に隠されたスイッチを押す。シートが折りたたまれて、箱の蓋が露出する。テーセがさらに操作すると分厚い装甲板でできてる蓋が開き、透明なカプセルが顔を出した。柔らかそうなおくるみにくるまって、眠っている女の子。黒髪で横に伸びた耳。これがユキの本体。
テコはテーセが思った通りの反応。
「…か、かわいい」
見惚れている。
「ユキはさみしいって思わないの?」
「まだその感覚を持っていません。あくまでエレートですので、動いていないときは完全なスリープになります」
「でも?」
「ええ。しようと思えば、人として育てられます」
「六花とボクの…ゾクゾクする」
「基本教育は終わっていますので、言葉も、殿下と六花が母親であることも認識します。EMSで筋肉の維持もしているので、出せば歩けます。飲食機能をポジティブにするのはちょっと時間、かかります」
「まあ、普通のアーデアの子どもとおんなじってことだね」
「カーシャ様は何度も変態だ。変態だ。と」
「どの口がって感じ。ボクだって、似たようなものだし」
「殿下がそんな」
「あら?」
ユキが少し動いて目を開けた。眠そうに体を起こしダークレッドの瞳がテコを捉える。
「あ、ママ!」
「だめ。キュン死する」
テコが崩れ落ちる。
「え、殿下!?」

ユニット:ゆき

Episode-6に続く。

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