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ARIEL-E Episode-2 Year of the Dragon

この物語は笹本祐一先生著の名作SF「ARIEL」の原作最終盤からつながる世界を妄想したものです。きっかけは先ごろ発売されたプラモデル。これをオリジナルではなく新型エリアルとして作った際に、付随する物語も考えました。それがこれです。

登場人物
仮設地球防衛隊(民間防衛会社・地球防衛軍)
六羽田六花
 14歳。中学2年生。体内にナノマシンを組み込まれ素質が開花し
 人類最強のパイロットに。
来海透子
 26歳 防衛医科大から地球防衛隊へ。医師。
 天涯孤独となった六花を引き取って一緒に生活中。六花からせんせと呼ばれている。
雨宮晴人
 17歳 高校2年生 体内にナノマシンを組み込まれ、パイロットとして
 防衛隊に参加。宇宙船ナデシコの操舵手をすることが多い。
森 小霧
 17歳 高校2年生 六花、晴人と同じくナノマシンを組み込まれた。
 その能力を防衛隊の経理処理に使う。
草里公仁
 26歳 透子の同期。自称事務方から防衛隊へ。
由良由美香
 26歳 透子の同期。先端兵器開発局から防衛隊へ。
時任蔵之介
 38歳 通称保父。保父→自衛隊→防衛隊という経歴。防衛隊パイロットの
 フィジカルトレーナーを務める。
村井村雨
 58歳 新型迎撃機エリアルE開発責任者。SCEBAIの総合研究所主席兼務

テコ・ノーゲン
 地球換算208歳。銀河帝国の科学技術導入の指南役に就任したアーデア
 星系人。所謂お雇い異星人。頼めば勿論、頼まれなくてもなんでも作る
 フリーの技術屋。

西湖女学院 中等部 宇宙探索部
御厨陽奈
 14歳 中学2年生 六花と同じクラス。宇宙関連の映像作品が好き。
倉橋 玲
 14歳 中学2年生 空を飛ぶものが好き。
木谷詩歌
 13歳 中学1年生 小霧推し
榊 与那
 15歳 中学3年生 部長
高坂芽里
 15歳 中学3年生 副部長

来海神社
来海妙子
 51歳 透子の母。神社の業務を切り盛りする。描く御朱印の人気が高い。
来海大我
 55歳 透子の父 来海神社宮司


UNIT KURUMIN-KOMACHI

ARIEL-E Episode-2 Year of the Dragon

Prologue 六花のお誘い

「巫女になりませんか?」
西湖女学院中等部、宇宙探索部の部室。最近入部した六羽田六花がドアを開けるなりそう言った。
「突然、どうしたの六花さん?」
部長 榊与那が狙い澄ましたかのように淹れた紅茶を六花専用カップに注ぎながら聞く。
教室から部室まで一緒に歩いてきた御厨陽奈は、六花が変に緊張していた理由が判明してちょっとホッとしている。
「座ってゆっくり説明して。六花先輩」
部室の窓際でカップを持ってる木谷詩歌が隣のイスを六花に勧めた。
「ありがとう。詩歌ちゃん」

木谷詩歌

六花がふう。と息をついて座る。その隣に陽奈が座る。二人の前に紅茶のカップが差し出された。ぺこっと六花が与那にお辞儀。
「せんせから、あ、せんせの実家は伊豆にある神社なんですけど、そこで巫女を募集してます。大晦日から元旦と2日と3日の昼間。去年、六花行ったんですけど、人がたくさんきて、大変でした」
六花が紅茶を飲む。
「こないだテレビで紹介されたそうで、今年はもっと人が多そうってことです。バイトは禁止なので、家業の手伝いってことで、お年玉を弾むから助けてほしいです」
あと2日で冬休み。陽奈は六花の予定を聞こうと考えてたところだった。
「大変だって言っちゃったから、全部言うと、小さい神社のわりに人がたくさんきます。パワースポットとして、有名になって」
六花が説明を続ける。
「でも人が多いし、お賽銭がたくさん集まるので、お年玉は期待してって、おばさま、あ、せんせのお母さんが言ってました」
「お疲れ様です」
ドアが開いて同じ2年生の倉橋玲が入ってきた。
「あれ、これ、なにかあったの?」
「六花先輩から闇バイトのお誘い」
「闇じゃないよ。まあ、学校には内緒だけど。どっちかといえば光?」
詩歌の言葉に六花が説明する。詩歌め。六花が小霧さんと一つ屋根の下(ただ同じ宿舎ってだけ)なことに嫉妬して、ちょっと当たりが強い。詩歌は玲に六花の話の内容を説明したあと、
「キリ様はくるんですか?」
詩歌にとって重要な情報を訊く。
「キリちゃんは年末年始は東京で任務です」
「じゃ、あたしは行かないで〜す」
詩歌が言い放つ。ぎり。陽奈は拳に力が入る。まったく詩歌め。
「そ、そう」
「六花はいくの?」
陽奈は一応聞いておく。
「もちろん。せんせと働くからね」
「私、いく」

倉橋 玲

思わぬ方向から返事。玲だ。
「来海山村だよね。場所」
「うん」
「ご飯出るの?」
「せんせのお母さんがすごく美味しいのを作ってくれます。実家が民宿で叩き込まれたって言ってた」
「うん。いく。冬の海は好き」
「玲、お家に相談しなくて大丈夫?」
速攻で決めた玲が心配になって六花が訊く。
「うちさ、正月親戚が集まるんで超めんどくさい。おっさんたちにお酌とかあるし。こんな良さげなところに逃げられるなら、全然OK。神事っていうのは強いし。親戚からのお年玉は私の部屋に置いといてって言っとく」
玲が六花に笑いかける。六花は心底嬉しそう。
「ありがとう。玲。助かる」
こうしちゃいられない。陽奈はスマホを取り出した。
「ちょっと待って六花。電話してくる」
用事はなかったはず。いつも家族でまったりが基本。年末年始に泊まりでいないなんて、生まれて初めてになる。親は許してくれるか?
「六花の力になりたい。あの時の恩返ししたい」
部室の外で母にスマホでそう言うと
「行ってらっしゃい」
と穏やかな母の声が聞こえた。
「来海さんには私からも電話しておくわ」
あまりにあっさりOKが出て言葉が出ない。あの三原美夜事件の時に御厨家と六花の保護者である来海透子は会って話をしている。それから学校のことなどでたまに透子と連絡していると聞いてる。
「神様のお仕事なんだから、おろそかにしないのよ」
「わかってる」
「陽奈がお正月いないなら、クリスマスを派手にやるか。手伝ってよ」
「了解。ありがとう。ママ」
陽奈が部室に戻ると、六花がスマホのマップで来海神社を玲に説明していた。六花が振り返る。
「六花、私も行く」
「ありがとう。陽奈」
六花の笑顔を見ると胸の辺りに何か走る。
「私はごめんなさいね。一応、進級の勉強があって。多分芽里も同じだと思う」
与那が申し訳なそうに言う。副部長の高坂芽里は歯医者とかで今日は部室に来ていない。
「あ、はい。二人来てくれれば大丈夫です」
六花は陽奈と玲を交互に見る。
「本当にありがとう。詳しい時間とかあとで連絡する」
任務を終えて六花の顔が柔らかになってる。
陽奈は緊張を解いてあげられたことが嬉しい。
「あ、あと25日のワープグラス作り会は、予定通り10時に仮庁舎に」
「六花、キリ様はどうするって?」
玲が尋ねる。
「起きたら行くって」
「その日晴人さんは?」
「用事があるって」
「よし」
ぱちん。玲と詩歌がハイタッチ。
「クリスマスなのに二人一緒にいないの?」
陽奈の疑問に
「イブ1日まるまるデート。…遅く帰ってくるって」
といって六花が少し照れる。あらー。
「起きられないかも。キリさん」
「陽奈、えろい」
玲から言われて陽奈が赤くなる番に。
「その日も私たちいけないから、頑張ってね。お土産楽しみにしてる」
与那がほんわかと話して、その場を締めた。

帰り道。事件以降も六花はほとんどの場合、陽奈を送る。大丈夫。とは言っているのだが、言葉とは裏腹。陽奈にとってこの時間はとても大切。
六花はいざとなったらキュリエッタを呼ぶ。そうなので問題ないらしい。
玲は迎えあり。詩歌は寮なので、ついてくることはない。

六羽田六花


湖畔。日が落ちると猛烈に冷え込む。マフラー、コート、手袋でしっかり対策。陽奈は六花と手を繋いで自分のコートのポケットに突っ込む。

御厨陽奈

「今日は寒いね」
六花は陽奈を見てうなづく。顔の半分はマフラーに埋もれている。
「お母さんにご挨拶しないと」
「え、なんで?」
陽奈さんとお付き合いします!とか、そういうやつ? それなら先に私に告ってよ。
「巫女のこと。お礼」
「ああ。そうか。いいよ。大丈夫だよ」
そう伝えても、透子の方針なのだろうか。こう言うこと、六花はちゃんとやる。
「巫女の服着るの?」
「着るよ。寒いからカイロがたくさんいる」
「そうなんだ。でも楽しみ」
巫女姿の六花が去年どんな応対してたんだろう? 想像すると面白い。
「陽奈さんをお預かりいたします!」
と言ってママに最敬礼する六花。この先、またこんなことあるのかな。本当に私たちが付き合うことになって…。陽奈はふと未来を思う。
そんな日が来たらいいのに。ね。六花はどう思ってるの?
サンタさん。陽奈はかなり良い子なので、六花の心をください。
陽奈は数年ぶりにサンタクロースに願いを伝える。
あらあら、そんなに気にしないで。とママが六花に袋に3つ入ったりんごを持たせた。

Chapter-1 森 小霧 17歳 クリスマス

起こされてしまった。
年末、小霧も東京へは行くのだが、晴人はパパこと草里公仁と先行する。
地球防衛軍の基地に関わることと聞いている。
「いってらしゃい」
寝ているつもりだったが、晴人を起きて見送った。
「仕方がねえ」
SCEBAIの独身者用宿舎で森 小霧はシャワーからヘアセットから一通り済ませて、保父おすすめのプロテインバーをかじり、着替える。寝不足だ。
「ひどい顔。メガネメガネ」
クマ隠しの伊達メガネをかけ、ナデシコへ向かった。冬晴れ。風がないから助かってるが、肌がツンとするほど寒い。
「あれ、小霧か?」
近づいてきた電動カートに乗っているのは、さっきのプロテインバーを勧めた保父こと時任蔵之介。
「メガネで誰かと思った」
「ああー、寝不足なんでクマが。どこまで行きます?」
「どこまで行きたい?」
「ナデシコ」
「いいよ。乗りな」
「あざっす」
「休みに入って夜更かしか?」
「クリスマスっすよ。特別です。保父さんこそ、サンタさんしたんすか?」
「ああ、プレゼント枕元に置いてきた」
「小学校4年生か。覚えてないなー」
保父の子どもは小学4年生の男の子。
小霧が宗教にハマった親の元でどう育ち、決別したか知っている保父は過去の話を避けた。
「今が幸せならいいだろう。晴人からクリスマスプレゼントはもらったのか」
「これっす」
小霧は巻いているもふもふのマフラーを指差す。
「私からはペンを」
「ペン?」
「ペンにうん万円ってどうなんすか? 男子としては」
「まあ、好きならありだろう」
「わからねえ。奥さんからははペン、腕時計、ダンベル?」
「妻からはなにも」
「え、ごめんなさい」
小霧は俯く。
「そう言う方針だ」
「そうですか。じゃそう言うことに」
夫婦仲が悪いなんて聞いたことのない夫婦だが。
「わざと誤解してるだろ」
保父が笑う。カートは程なくナデシコに。
「今日はなんかあるのか?」
「うーたん部の中学生にお付き合い」
「引率のお姉さんか」
「これが、憧れのお姉さんなんすよ」
小霧はカート降りて走り去る保父に手を振る。

森 小霧

「キリ様」
「あ、メガネ。かわいい」
ナデシコ船内に入ると、中学生二人がかけてきた。
玲と詩歌と言ったっけ。気密服を着ている。
「おはよ。みんな到着済み?」
「はい。応接室で待ってます」
キラキラだな。笑顔。
「おはよ小霧」
「テコさん、おはようございます。気密服って、飛ぶの?」
「いや、ワープグラスの採取から始める。汚れ仕事だからな。気密服がいる」
「まじかー」
「キリ様の分は私が切り出します。手を汚さなくてもいいですよ」
詩歌が嬉しそうに手を取る。
「詩歌、多分現場はかなり過酷。そんなこと、言ってられないと思うよ」
「えー大丈夫ですよー」

「どっせーい」
詩歌がビームツルハシをピンクのガラスの塊に向かって振り下ろす。ワープエンジンの反物質反応炉のそこかしこにワープグラスが付着していた。
使う分だけ採取。ではなく、せっかくだからとエンジン大掃除となった。
ナデシコには2つのワープエンジンが搭載されていて、
右舷を小霧、玲、詩歌。
左舷を六花、陽奈、テコが担当した。
大きいものはツルハシで。小さいものは大型カッターナイフサイズのビームブレードで削ぎ落とす。たまにテコが様子を見に来た。
「やっぱこっちの方が進んでるな」
「え、六花たちサボってるの?」
「六花が陽奈に危ないから。ってやらせてない」
「そこは一緒にやればいいのに」
六花はまだ友達の距離の取り方に成長の余地ありと思う。あとで話そう。小霧は思考を切り替えた。
「ねえ、テコさん、反物質反応炉ってことは対消滅するんでしょ。なんでカス溜まるの?」
小霧はテコが来てから技術に関する文献を借り出し、読み込みを始めていた。ワープグラスに関しては「溜まる」「除去しよう」と書かれているだけで、理由はどこ探してもなかった。
「わかってないんだよ。明確な理由が」
テコは床に落ちているカケラを手に取る。
「一応、反物質燃料に含まれる微細な不純物が対消滅の高エネルギーにさらされて、ガラス結晶化したもの。とは言われている。じゃ、不純物って何?ってなると、とんと正体がわからない。ワープグラス自体は異様な分子構造を持つやたら硬度の高い二酸化珪素化合物」
手に持ったカケラを落とすと、キンと高い音で床に跳ねた。
「反物質燃料の不純物から珪素は見つかってない。諸説あるけど、ボクは対消滅時に開いた空間の穴から何か運び込まれてるって説が有力って思ってる」
「何が運び込まれてると思ってるんです?」
ちょっとやな予感がする。
「珪素生物」
とテコが答える。小霧は最近読んだ文献でそれを見た。だけど
「それって、本当にいるの?」
「一応、それらしきものはそこかしこで見つかっているんだ。生きて移動してたって文献もある。超新星爆発とか、転換炉の暴走とか、空間に穴が開くと入ってくるって言われてる。どうやら別空間には空気のように存在して、こっちに入ると固まって石みたいになる。だからこっちの時空じゃ鉱物扱いで、普通に生活用品に加工されてたりするんだよね。ただの珪素化合物としか認識できないから」
テコの説が正しいとすると、
「これが生き物の燃えカスですか」
「まじで!」
詩歌が手を止める。
「かもしれないの話だよ」
テコがとりなす。
「まあ、なんにせよ。綺麗にしてあげれば成仏するでしょ」
小霧がいうと
「それだと生き物の焼死体確定」
玲が嘆いた。

「みんなありがとう。ここまで綺麗にしておけば、銀河横断してもエンジン劣化は起きない」
「いや、ほんと、よかったっす」
テコの感謝の言葉。返事を返した詩歌と玲は肩で息をしている。
小霧が六花の方を見ると、六花の肩を陽奈がグイグイ揉んでいる。
テコが言ってたように陽奈にやらせず、ほとんど六花が一人でエンジンから引き剥がしたらしい。六花は陽奈を徹底的にあぶない、と感じたものから遠ざけようとしてる。小さい子がより小さいものを守るときのたどたどしさのような、そんな感じ。あまりやりすぎて、陽奈に「反抗期」を起こさせないといいのだけれど。

ナデシコ船内のテコの工房。作るものの大きさによって部屋が分かれている。ここは小さい部品を作る部屋。と言っても整形機と作業用デスクがあるくらい。
「仕上がりイメージを絵で描いて。刻印したい文字があったらそれも。ノートの切れ端でいい」
テコはデスクの引き出しから手のひらに乗るほどのブヨブヨした黒い塊を取り出した。
「なんです?それ」
「試しに作ってみたやつ」
テコが黒いブヨブヨをなぜると、すっとそれがシート状に広がり、中から小ぶりなリンゴ型の磨き込まれたワープグラスが出てきた。
「かわいい」
小霧が手に取ると中に「てこ♡」とひらがな手書き文字とハートマークが刻印されている。
「一昨日、六花が持ってきてくれて、美味しかったりんごって果物の形にして、日本語書いてみた。あってる?」
「あってます。かわいいなーこれ。テコさんが何者か知っててもかわいい」
「小霧ちゃん、ちょっといい?」
「手書き文字入るんですか? じゃ、キリ様のサインお願いします!」
顔のひきつったテコに被せて、詩歌と玲がまたキラキラ笑顔で寄ってきた。
「じゃ、名前並べよう」
詩歌のワープグラスには「きり♡しーか」
玲のには「きり♡れい」とそれぞれの手書き文字が刻まれることに。六花と陽奈はそれぞれの作ったものを交換するようだった。
形は様々。玲は勾玉。詩歌は猫の顔。六花は涙滴型。陽奈はハート型。
ノートに書いた形状を機械が理解して、ワープグラスを削り、刻印を刻む。時間にして5分。あとはコーティングワックスで磨いて金具をつけて完成だ。小霧は「H&K」と刻み、撫子の花びら型のプレートを削り出した。
「それは晴人さんに?」
玲が聞いてきた。
「うん。あいつ、ナデシコのキー持ってるからさ、それ用」
テコがいない時にナデシコを動かせる物理的認証キーは晴人と透子が持っている。ナノドライブなしでナデシコを動かせる地球人は今のところいないため、この二人が持っていれば大丈夫となっている。
「お二人は恋人同士ですよね」
「まあね」
こういうこと聞かれるの初めてかもな。六花はそういう話してこないし。大人たちは二人が二人でいて当然と思ってるし。ありがたいけど。
「どのくらいから?」
「どうだろ。玲くらいの頃かも。意識したの」
宗教団体神の国の会合。神城千保の周りに集まった、表立って反抗はしないが絶対に教団に沿わず、早く独立を目指す子供達。その中で同い年の晴人は常に小霧のことを心配してくれた。
「私たちさ、高校で同じクラスでとか、部活でみたいな関係じゃないからね。なんだかんだ命からがら生きてて、そばにあいつがいたって感じだから。面白くないし、あんま思い出したくないし、ごめんね」
「ご、ごめんなさい。いけないこと、でした」
「あ、玲悪くないから。気にしちゃダメ」
小霧は玲の頭をぽんぽんする。
「私、推しても何も出んよって話」
「いえ。私、キリ様の美しさを推してます。そこだけ、特化させていただきます」
「そういうことならさ」
テコが玲を手招きする。詩歌も呼んだ。
「こういう画像あるけど、どうする?」
二人のきゃーって喜びの声が聞こえる。
「待ち受け、待ち受けにしなきゃ」
「テコさん、なにしたの」
小霧はデスクでニヤニヤしてるテコの元へ。
詩歌のスマホ画面を見ると
「キリ様、美しすぎます」
「あ、あのときの」
そこには引きつり気味の笑顔で、太刀を持ち、アーデアの礼服を着た自分。テクニカから帰ってきた日、エイライメというアーデアの習慣をやらされたあの画像だ。
「いつ撮ってたんすか?これ」
「ナデシコの外部監視カメラだから常時撮ってるよ」
テコはニコニコして小霧を見ている。そこで小霧ははっとした。
「外部ってことは、内部もありますか?」
「まあ、当然だね」
「いつまで保存してますか」
「さあ、見ないからよくわかんない。最後に全チェックしたの双頭の吸血生物に侵入されたときかな。30年前。今も見られるよ。それ」
テコは可愛い笑顔のまま。
小霧は額がくっつきそうなところまでデスクに乗り出す。
「プライバシーにご配慮いただけるんですよね」
「当然だね。ただあそこまで喜ばれるとなあ。可愛い子たちに。ついってことがあるかもねえ」
着替えもしたし、キスもしたし。ああ。
「…なにが望みですか」
「え、やだなあ小霧。まるでボクが要求してるみたいじゃないか」
「素直じゃないですねテコさん」
「クリスマスプレゼント」
「なんと?」
「今日そんな話してる子多いけど、ボクはよくわかんなくて」
「わかりました。後ほど然るべきエージェントに届けさせます」
「楽しみにしてるよ」
小霧は陽奈とワープグラスを並べて写真を撮ってる六花を見る。
すまん。六花。プレゼントになってくれ。

揃ってSCEBAI70階の喫茶店気狂い帽子屋でお昼を食べたあと、しばらくお話しして解散。詩歌はこれから遠くの実家へと帰るそう。六花はみんなを送って来ると一緒に出ていった。一気に静かになる。
「さっむ」
マフラーをきゅっと巻く。そっか。マフラー。
「アウトレット行くかー」
小霧は宿舎に戻ると、防寒走行装備に変更。駐車場へ。
キュリエッタや透子のロードスターの横に、テコが「売れそうだったら、売る」という電動バイクが置いてある。一応ナンバー取得済み。アーデアリング内の移動にかつて活躍した骨董品に日本の法令に合わせた装備を追加したもの。大小4台がナデシコの貨物庫で眠っていたが、使い出すとSCEBAI所員にも好評でアーデアからまとまった数取り寄せる予定だとか。
中でも一番速い子に跨ってヘルメットそしてコントロールコードを接続。ナノドライブを使うと、小霧は跨っているだけで勝手にバイクが走り出す。
「うう。便利だけど寒い」
イブほどではないものの、ごった返しているであろう御殿場アウトレットへ向かった。

もうすぐ日が暮れるアウトレットの高台。カフェラテをフーフーしながら小霧は富士山を見る。
SCEBAIは富士山の裏にあって、ここからは見えない。ナノドライブ起動。
(もしもし、ハル? 今大丈夫?)
(どうした?)
(緊急じゃない。声聞きたくなった。お仕事は?)
(そか。都知事と港湾関係の人たちは概ねオッケーかな。やっぱ、朱鷺子様とテコさんの共同会見が効いてる。ほぼほぼ使える埋立地も決まったよ)
(そっか。本部は東京で本決まりか)
(地球防衛の要は東京にないとって言ってたよ。民間防衛会社なんて前例ないから、正式な誘致じゃないけどね)
(ふーん。嫌がられてはいないわけだ)
(うん。あとは基地建設をどうするかだ。日本の業者に任せると工期がかかりすぎるから、テコさんのいう異星の業者入れて、見学がてらゼネコン連中呼ぶって流れになりそう)
(うまくいきそうね)
(しれっとしてるけど、キミさんの根回しがすごいと思う。透子さんも怖いわって言ってたし)
(パパ相変わらずね)
(そういや透子さんが今晩六花をお願いねって)
(あ、うん。わかってる。安心してって言っといて)
安心? ひどいことにはならないでしょ。
(眠くない? ハル)
(ねむい)
(気を付けて)
(キリはなにしてるの)
(テコさんのクリスマスプレゼント選んでた)
(そういやあげてなかったね)
(偉いでしょ)
(うん。よろしく。こっちにくるの待ってる)

「さて、帰るか」
空になったカフェラテの容器をゴミ箱に放り込む。
(キリちゃん聞こえる?)
今度は六花から通信。
(六花、どうしたの?)
(今買い物中。今晩なにがいい?)
ちゃんとしてるなあ。
(私はこのあと寝落ちするから大丈夫。テコさんに聞いてあげて。クリスマスだし)
(そう。わかった)
(あ、でもプレゼント渡してほしいから、部屋についたら教えて)
(はーい。あ、でも六花なにプレゼントしよう?)
(大丈夫。六花が渡す分も用意してある)
(そうなの? ありがとう。キリちゃん)
許せ六花。
小霧は物珍しげ、なにか聞きたげな2輪置き場の皆さんをかわして走り出す。
「やばい居眠りする」
頑張れ私のナノドライブ。

「眠そうキリちゃん」
六花に部屋まで来てもらった。瞼くっつきそう。
「今日頑張った。私。晩御飯、どんなメニューにしたの?」
「ピザとチキン。もうクリスマス終わるからって安くなってたから。ピザはナデシコのキッチンでトッピングして焼くよ。キリちゃん起きてお腹すくといけないから、パンの詰め合わせお得セット買ってきた」
「ありがとう。気がきくなあ」
菓子パンがみっちり入っている。ちっこいのに生活力あるな。ほんと。
「これ、渡してあげて。テコさんへプレゼント」
「わかった」
「六花にはイヤリング。かわいっしょ」
白い小さな石がつならなるイヤリング。いつものリボンともコーディネートOK。どうだ。
「あ、ありがとう。すごい。キレイ。嬉しい!」
いい表情返ってきた。でもすっと暗くなる
「明日まで待って。キリちゃん。用意する。あ、でも明日は東京に…」
「待ってる、待ってる。いつでもいいよ。来海の干物もOK」
「…わかった。ごめんね」
「で、あとこれ、六花がテコさんに渡す分」
「これは?」
小さな紙袋とお菓子の箱。
「渡し方は」
こういうのって耳打ちになるなあ。こしょこしょ。
六花がみるみる赤くなる。
「そんな、恥ずかしいこと、言えないよ!」
「私のためと思って頑張って。大丈夫。六花なら。ね」
「そんなわけないじゃん! キリちゃんはこんなこと、ハルくんに言えるの!?」
六花としては精一杯の反撃だったようだが、甘いのだよ。
「うん、まあ、クリスマスじゃなくてあいつの誕生日だったかな」
六花が驚愕。後退り、叫んだ。
「キリちゃんは、キリちゃんはえっちだああ!」
「でっかい声で、なんて事言うのよ! とにかく、お願いします。おやすみ!」
ばたん。ドアを閉じる。こらー、えろきり〜、おぼえてろーっと声がしたがパタパタと足音がして静かになった。
「すまん。六花。写真流出を防ぐため、犠牲となってくれ」
ベットに潜り込んで数秒で眠りに落ちた。

Chapter-2 六羽田六花 14歳 丸焼きチキン照焼きソース 半額

「テコさん」
「六花、わざわざありがとう」
荷物を抱えて、ナデシコへ。テコが迎えてくれた。
「キッチンをお借りします」
「手伝うよ」
「じゃ、トッピングをお願いします」
六花はベーシックチーズピザの袋を破いて、オーブントースターに似た加熱装置用の皿の上に置く。ピザ用チーズやソーセージ、ベーコン、バジルの葉、ピザソースを袋から出す。
「ソースはスプーンの背で広げます。お肉の具材は適当に切って。あとチーズをたっぷり」
「これを2枚だね。そっちは?」
「これは温めるだけなんで。お皿にもります」
「動物の形のまんまだ。すごい。野生だ」
「鶏の丸焼きですよ」
「鳥なの? 羽は、ここに生えるのか。あ、首とか顔はないんだね」
半額シールの貼られた丸焼きチキン。皿に盛って一旦電子レンジと同じく電波で温める装置を使う。温まったところでプチトマトとベビーリーフを飾りに。チーズの焦げる匂いもしてきた。
「嗅いだことのない匂い。でも、いい匂い」
「そろそろOKですね」
「ボクの部屋に行こう。ブリッヂの上のデッキにある。一緒に運ぶよ」

ブリッヂ、あの球体モニターの上のデッキに小さなテーブルセット、事務机、ベッドのある部屋。上面は全面窓になっている。
「そのテーブルに」
ピザ2枚と丸焼きチキン。取り皿。チキン解体用のキッチンバサミ。
「テコさんごめんなさい。六花、中学生だからお酒買えなくて。一応、シュワシュワするのはもってきました」
「気にすることないよ」
六花がテコのグラスに炭酸水を注ぎ、自分のグラスにはコーラを注ぐ。
「テコさん、メリークリスマス」
「メリークリスマス?」
「今日はですね、キリスト教っていう世界的な宗教で神様の子どもが人間界の子どもとして天から遣わされたってお祝いの日なんです。でも日本だと、ただの冬のお祭りです。なぜか恋人同士に重要視されます」
「へえ。メリークリスマス」
テコが笑いながらグラスを傾けた。ちん。と音がする。
ピザはテコの口に合ったようだ。アーデアの料理を食べた時にそこまで外れた味がなかったので、大丈夫と思ったけど、正解だったみたい。
「これ、どうやって食べるの?」
テコが丸焼きの前で困っている。六花はキッチンバサミでざっくざっく切っていく。
「野生だね。六花」
「野生はハサミで切ったりしません」
六花は笑って取り分けた。足が一本、テコの皿に乗る。あ、ティッシュがなかった。まあいっか。
「テコさん、足はこう持ってがぶっと」
ベッタベタになるがやむをえない。照り焼きチキンの以上でも以下でもない味だけど、今日は楽しさの分、美味しく感じる。
「やっぱり野生だな。六花」
テコも鶏足を持ってがぶっといった。白い口周りに照り焼きソースがべったりつく。日頃のテコの顔からすると、面白すぎる。
「かわいいテコさん」
「そんな顔で言われてもな」
「ふふふ」
六花はハンドタオルを出し、余ってる炭酸水で濡らすと、テコの口を拭いた。ちっちゃい顔だなあ。タオルを畳んで自分の口を拭く。
「六花は、そういうのどこかでやってきたの?」
「テコさんはもう知ってると思うんですけど。神の国で。親が宗教活動している時、子どもたちだけ集まって、食事とか勉強とかしてたんです。その中で取り分けてもらったり、取り分けたり。食べさせてもらったり、食べさせたりして。千保ちゃんやキリちゃんが教えてくれました」
テコの手をとって指先を拭く。自分のはなめとく。
「子どもチームは結束硬かったですね。だから10人もさらわれてハルくんショックうけてて…」
「今、調査できる方法を探してるって聞いたよ。晴人ならやれると思う」
「そうですね」

食べきれなかった分をしまって、テーブルを片付けると、テコがお茶を淹れてくれた。テクニカのオープンカフェで飲んだ香りと同じ。
「テコさんに初めて会った日に飲んだお茶と同じですか?」
「わかってるね。六花は賢い」
そろそろ、プレゼントの時間だなー。緊張してきた。あれ、やらないとダメかなー。
「キリちゃんからプレゼント預かってきました。これです」
「これがクリスマスプレゼント。ところでさ、クリスマスって日はプレゼントをあげる習慣があるの?」
「さっきの、神様の子どもが、人間の赤ちゃんで生まれたこと、これが神様から人へのプレゼント。で生まれた時に遠くから三賢人がやってきて贈り物を送った。という話があるんです。これが人から神様へのプレゼント。そんな感じでこの日は贈り物をするってことになったみたいです」
「よく知ってる」
「宗教団体の近くにいたから、覚えさせられたところもあるかな? 嫌ではないですよ」
テコにふんわりした包みを渡す。
「開けてみてください」
中からもふもふのマフラー。
「これはなんだろう?」
「マフラーです」
六花は対面から立ってテコの後ろに周り、その首にマフラーを巻いた。さすがキリちゃん。白いテコさんの肌に白いマフラー。引き立て合う。
「あったかいな。小霧が今日巻いてたのと同じだね」
「テコさん、寒さ、強い?」
「こんなに気温が変わっていく環境で過ごすの久しぶりすぎて、よくわからない。でも、ボク、自然とナデシコから出る機会減らしてるから、苦手なのかも」
「じゃ、これから毎日使うといいですよ」
「あと、その小さな袋は何?」
「こ、これは六花からってことで渡すやつで…」
袋を取り開ける。小さなリボンのついた指輪。安物だけど、意味はそこにない。六花はそれをはめると、お菓子の箱を持って、テコの横のベッドに腰掛ける。仕方ない。やるか。覚えてろ。えろきり。
リボンの指輪を前に出して
「ぷ、プレゼントは、わ、わたしです!」
「…」
テコが面食らった次の瞬間、笑い出した。こんな顔初めてみた。アーデア人も笑いすぎると涙出るんだ。ひとしきり笑ったあと
「小霧に言えっていわれたの?」
涙を拭いながらテコが言う。
「でないと、キリちゃん写真ばら撒かれて酷い目にあうって」
「あいつ、全く…」
テコは笑いながらお菓子の箱を開けた。ふとチョコの香りがする。
「チョコだ」
「あ、これ、お酒入ったチョコだ」
キリめ、やばいものを。
「食べていい? 六花」
「…どうぞ」
「六花は?」
「それは完全大人用です」
「そうなんだ。うわ。本当に濃いな」
そのパクッと食べて、笑顔が消えて、
「あれ、これ…」
あとテコは下を向いて無言になった。あれ? 耳が赤くならない。
「そんな、はずは…」
もう一つラムレーズンチョコを口に。どうしたんだろう? いつもと反応がちがう?
「…これは、よくない。ああ、だめ。だめ」
両手で顔を覆って、身体をキュッと丸めた。すぐに震えているのがわかった。すると、テコが腕を伸ばして六花に抱きつき、二人でベッドに倒れ込んだ。
「て、テコさん」
「…怖い。怖い。こんな時に発作が、ああ」
「!」
様子が変。六花は体をずらしてテコの顔が見える位置に。でもテコが強い力で抱きしめてくる。
「どうしたの? テコさん」
「怖い。怖いよ。六花。…ボクは、ボクはいつも一人だ。周りは知らない星の知らない人。こんな環境でいつも仕事してきた。最初はすごいすごい言うんだ。でも、作り終わると態度が変わって、ボクの作った武器で追い立てるんだ。そんな契約はしてない。お前はもういらないって」
裏切り。手のひら返し。テコはそんな経験を重ねているのだろうか。
それにしても、急にどうしたの? テコが冷たい。冷や汗が出てる。呼吸が早い。さっき発作って言った。落ち着かせないと。
「テコさん。六花たちはそんなことしない」
「でも、この星の人はみんな六花じゃない。いつもこの恐怖がつきまとう。ナデシコに強力な砲を積んでるのも、そのため。自分でも知らないうちに、裏切られた時のこと考えてしまう。地球のこと大好きなのに。怖さが消えない。消えてくれない。
裏切られたら、襲われたら、自分を守るために、ボクは戦わないといけない。昨日まで一緒に仕事してようやくできた要塞や街を、壊すことになる。六花のように言ってくれる人もいた。でも、そうなったらその人ごと…ああ、ボクはどれだけの人を…」
テコが泣いてる。そんな。そんな。
「テコさん、六花はテコさんのこと、尊敬してるよ。テコさんの作ったキュリエッタもアウストも乗ってて、すごく楽しい。テコさんが地球に来て、色々いい方に進んでるよ。地球の人はしてもらったことに、ちゃんと感謝する。だって、クリスマスのプレゼントだってそうだよ。神様からもらって、感謝を返してる」
人がキリストを殺したことはとても言えない。
「安心して。テコさん。過去はもう忘れて。この先、テコさんのこと裏切りそうな人がいたら、六花がなんとかするから」
「六花…」
本当にテコさんが泣いてる。何かに心が惑わされてるんだ。
六花も突然、とにかく怖くて仕方なくなる時があった。あのロケット実験の時だって。こう言う時、六花が怖くて仕方ない時、千保は…
「安心して。ずっと六花が一緒にいられる時まで一緒にいる。誰かがテコさん追い出そうとしたら、六花がやめさせる」
顔のしっかり見える位置まで身体をずらす。白い顔。目の周りだけ赤い。長いまつ毛に水滴がいっぱい。顔に手を添えると本当に冷たい。小霧のマフラーで顔を包む。温めると安心感が増すはず。銀色の目がずっと六花を見てる。
「もう泣かなくていいよ。テコさん。地球は、私はそんなことしない。テコさんと一緒の未来しか考えてないよ」
六花は両手を顔に添える。六花は持てる知識と経験をフルに使う。安心して。テコさん。
「大好き。大好きだよ。テコさん。だから、大丈夫。六花を信じて」
テコがハッとするのがわかった。伝わった?
すごくゆっくり、テコが唇を合わせてきた。不思議とドキドキしない。嫌な感じもない。それは当たり前のように思えた。
お茶と照り焼きチキンの香りが少し。そしてテコのいつもの匂い。
長いキスだった。またゆっくりとテコが離れる。
「大丈夫? テコさん」
呼吸が落ち着いた。
「ごめんね。六花」
「謝ることじゃ」
「六花の何倍も生きてるのに。ボクの心は弱い。強くならない」
「何倍も生きてるから、何倍も怖い目に遭ってる。でも新しい場所、地球まで来てくれた。テコさんは強いです」
「ありがとう。ああ、ものすごく疲れちゃった。このまま眠らせて。六花は部屋に帰る?」
「ここにいますよ」
「本当にありがとう…」
テコが目を閉じる。しばらくして六花は一度ベッドを降りると、掛け布団にあたるシートをテコが動かないようにそうっとひっぺがし、テコにかけた。室温は自動調整されるみたいだから、寒くはないだろう。
チョコとお酒で悪酔いってことなんだろうか。何がトリガーになったかはわからない。PTSD? たとえテコでも、一人で異世界へ乗り込むって本当に怖いことなんだ。本人がそれを自覚しないようにしていても。怖さは蓄積されて、爆発する。
テコは眠っている。そんな悪い顔はしていない。千保がしてくれたように、六花もテコさんを安心させることができたってことかな。
そう言えば、アーデアにキスの習慣ってあるのかな? 2回とも慣れてた気がする。
テコとのキスを冷静に分析してる自分に気づいて、六花は苦笑いした。
六花はベッドの空いているスペースに横になる。スマホを見ると透子から様子を尋ねるメッセージが来ていた。ナデシコに泊まります。と返して眠りについた。あかりの消し方、わからない…。

六花は夢を見た。裏切られたテコが泣きながらナデシコの陽電子砲で星を吹き飛ばしていた。やめてと言っても、届きはしない。その星は青かった。

Chapter-3 来海透子 26歳 冬季休業のお知らせ

朝一番の新幹線で三島につき、SCEBAIに8時半過ぎに到着。
部屋に戻ると、六花はいない。メッセージは既読にならない。
「まだナデシコか」
透子は荷物を置いてロードスターのキーとナデシコのキーも取り、向かう。
「おはよー。りっかー、テコさーん」
船内に入って声をかけても無反応。まだ寝てるのか?
応接室もテコのオフィスにもいない。キッチンには片付けられたお皿とラップのかかったピザとチキン。昨日、ここで食事をしたらしい。
「あとはあそこか」
まだ行ったことのないテコの寝室に行ってみる。ドアを開けると、ベッドにいた。向かい合って小さい子が手を繋いで寝ている。とても208歳と14歳には見えない。テーブルの上にラムレーズンチョコがあって、不安が過ぎる。
「六花、起きなさい。テコさん、今日は仕事ですよ」
ぴくっと六花が動いた。
「…せんせ。おかえりなさい」
「六花、着替えずに寝たの? お風呂もまだっぽい」
「あ、うん。ごめんなさい」
「らしくない。どうしたの?」
「やめろ透子。六花を責めるな」
「テコさん」
テコが起き上がる。彼女もそのまま寝たらしい。寝癖なんて初めて見る。
「発作が出たボクを必死で看病してくれたんだ。そんな言い方しないで」
「テコさんが発作?」
「精神的なもの。まれに出る。何十年ぶりかは忘れた」
「もう大丈夫なんですか?」
「六花のおかげでね。すぐ用意して庁舎に行くよ」
テコが起き上がって、ベッドに座る六花の頭を撫でる。
「本当にありがとう。六花。ピザは朝ごはんに食べるよ」
「なおってよかったです」
ぎこちない六花が笑顔でテコを見る。
「私たちは宿舎に戻ります。会議は10時からです。六花は冬休みの宿題やっちゃいなさい」
「はい」
「じゃ、テコさん、また後で」

「何があったの?」
ロードスターを宿舎に走らせる。
「言っていいのかな? テコさんが真っ青になって怖いって泣き出しちゃって」
「あの人が、そう」
あまり意外な感じがしない。
「大変だったね。六花。よく看病できたね」
「六花が怖がってた時、千保ちゃんがしてくれたこと思い出して」
「えらい」
透子は笑顔で褒める。異星人の看病なんて、人類史上初では?
「小霧に頼んだのに、あいつは何してるんだ」
「ずっと寝てると思う。相当寝不足だったみたい」
晩御飯食べずに寝たから。と六花はちょっと不満げ。
「そう言えば、ワープグラスは上手くできたの?」
「見て」
六花はカバンについている、手のひらに収まるくらいの立体的で赤く透き通ったハートを見せてきた。中に「ひな ♡」と刻印がある。
「陽奈ちゃんがくれたの?」
「交換した。六花はテクニカのお土産型で大きいやつ」
「りっかハートって入れたの?」
「りっか 星マーク」
「らしい感じ」
「ねえ、せんせ、ひとつ訊いていい?」
「なに?」
「ナデシコでは怒ってたのに、今はどうして褒めてくれたの?」
「怒ってないんだけど、きつかったみたいね。ごめんなさい。六花がテコさんに迷惑かけてたら、どうしようって思っちゃった。そしたら逆だった」
「そっか」
「まあそうよね。六花がそんなことするわけないし」
大嘘だ。六花がテコと寝ているのを見て、心がざわついた。ひたすら透子を頼っていた六花が多くの人と関わって、自分の世界を作っていく。その中でテコの存在が透子を超えてしまうような、焦燥感。透子は六花に依存し始めていることに自分で気がついていた。
透子の言葉に六花は曖昧に笑う。透子は思う。中学を卒業するまでと思っていたけど、すこし予定を早めたほうがいいのだろうか? 性急に答えを出すべきでない。という自分もいる。

透子は仮庁舎の会議室で東京会議の成果を報告した。
・防衛軍の存在を日本政府は認め、防衛出動に対して対価を支払う。
・防衛軍の地上基地は東京湾埋立地での建設を許可。
・防衛軍の兵装は地上のいかなる勢力に対しても行使しない。
・異星人と交渉となった場合は日本政府のオブザーバーを同席。
・日本政府の行う宇宙開発にテコ・ノーゲンの指南を仰ぐことができる。
「ふむ。概ねこちらの要求通りか」
村井が納得の表情。
「基地建設はテコさんから提案のあった、異星企業入札制で行います。現場には日本の大手ゼネコンが常駐して技術指南を仰ぎたいとのことで、了承しています」
透子は自分のノートをペラリ。
「新型迎撃機、エスコートシップにも承認が降りています。ただ、仕様書を早めに防衛省に提出する必要があります。新型エリアルはいかがですか?」
村井が答える。
「こちらの基本フレームとノーゲン殿の強化骨格との接合はうまく行った。現在は神経伝達系を仕込んでいる。これは問題ない。主機関と動力伝達はアウストの機関を使うか、アウストを予備機として残し、新型の小型転換炉を使用するか検討を行っている」
「先日のようなことがあると、アウストは残しておきたくなりますね」
透子は実感する。あの活躍がなければ、ここまでトントンと物事は進まなかったはずだ。
「それに、アウストを分解整備することで、整備班の経験値を高く向上できる。異存なければ新型転換炉導入でいきたい。アウストの吹っ飛んだ腕もこっちで治したい」
「ボクはいいと思うぞ。エンジンのリストアップは済んでる。腕のパーツは届いてるから早速組んでほしい」
テコはすっかり仕事モードだ。今朝とは本当に別人のよう。大きく見える。
「海賊退治の賞金でお金はあります。アウストは残す方向でいきましょう。きみひ…CEOには確認とっておきます」
透子がいうと
「あのまるちゃんがCEOか。爪隠しやがって」
村井が笑う。学生時代から公仁を知る透子からすれば、意外でもなんでもないのだが、SCEBAIの人間からすると、そうは見えてなかったらしい。相手に自分の力量を悟らせない。それも素質かな。
「基地の完成をもって対外的に地球防衛軍発足を宣言します。容易く攻められる星でないことを表明するために。それまでに迎撃機の完成は必須なのでよろしくお願いします」
透子はノートを閉じる。
「年末年始は一部当直を除いて、12月30日から1月4日までお休みです。5日にこちらで新年の会を行います」
では解散。って感じでスタッフが散っていく。
入れ替わりで六花が入ってきた。六花ちゃん、げんきー?とか声をかけられている。ただ、隊員の中に「テコさんのもの」という認識があるとかないとか。あの契り宣言のせいだ。
「せんせ、お弁当持ってきた」
「わーありがとう」
「お弁当?」
「箱詰め携帯お昼ご飯です」
テコの質問に答える。
「よかったら、テコさんも食べますか? もう一つありますよ」
六花が弁当バッグをもう一つ差し出す。テコの顔がぱあって輝いた。
「ありがとう。でもこれって六花の分じゃないの?」
「六花はお家でお昼用意してます。これは誰かいる人いるかなーって思ってて。ちょうどよかったです」
「じゃ、いただくね。ね、透子、さっき言ってたおやすみって?」
「一応うちは会社なんで年間休日が決まっているんですよ。で、この時期はちょっと長いお休みになります」
年末年始。一応仮説地球防衛隊は当直を除いておやすみになる。その点は現時点で自衛隊と同じ。
「その間、透子たちは?」
「私は六花と両親の家に。神社なんで参拝客が押し寄せますから、まあ、家事手伝いですね」
「って、いうことは、みんな、いなくなるの?」
と、寂しそうに上目遣いで六花にすがりついたテコ。
「ボクをひとりぼっちにするの? 六花」
「て、テコさん。そんな、そんなつもりは…」
困り顔の六花に追い討ち。テコがすうっと悪い顔になる。
「そんなのほっといてさ、二人で第6惑星までナデシコでツーリングに行こう。輪っかの中をナデシコで突っ切るんだ。氷の粒が舞い散ってとってもキレイだよ」
全く大人気ない。どこの「愛おぼえていますか」だよ。って透子は思ったが、六花を見るとまんざらじゃない。目が輝いてる。
「土星までナデシコで、輪の中をくまなく飛んで…」
「でさ、輪を見下ろしながらお風呂に入ろうよ。ナデシコの中に作ったんだ。大きな日本式のお風呂。入り方も日本式でいいよ。六花となら…」
言ってて、照れる208歳。耳赤いし。
まったく。テコに六花、六花に乗り物とはよく言ったもの。
「りーっか。もうお友達と約束したでしょ。テコさんの誘惑に負けちゃだめよ」
「そうでした。テコさん、六花は来海の神社で任務があります」
「任務?」
「陽奈や玲と巫女をするんです」
どやっと六花が腰に手を当てて、テコを見る。
「巫女って?」
「巫女っていうのは、神様を祀った「神社」で神事をしたりする女性のことですよ」
「宗教なのか? 大丈夫か?」
六花に宗教が絡むと心配してくれるのテコの優しさ。透子が補足する。
「テコさん、日本の神道はそういうカルトとは違います。アーデアのウスト様みたいに、日常そばにいる神様ですね。歴史に根付いた。ウスト様に仕える神職の女性っていないんですか?」
「それはあれだよね。メインの神殿じゃなくて、各地の祠を掃除したり、参拝者のお手伝いする人だよね?」
「そんな感じです」
「エイラーデっていう、神職があるよ。そういうことね。でもさ透子、他の星の人が『ウスト様』って言ってくれるの、初めて聞いた」
「テコさんの日々の祈り方見てて、そんな感じかなって思ったんです。ウスト様は唯一神?」
「母神かな。神話ではいろんな神様を統括する存在。で、その血流って意味で女性王族はウストが名前に入るんだ。神職者の娘、さすがだね」
「私、国々の神話って好きなんです。アーデアの神話、今度教えてください」
透子が言うとテコは嬉しそうに言う。
「本気にするよ。ボクも神話好きだからいろんな文献あるからね」
「テコさんも来ますか? 来海神社」
「え、ボクも?」
六花がいう。言った後で透子を見る。いいでしょ?って顔に書いてある。
仕方ないな。でも待てよ。こいつに巫女服着せて、神殿に配置したら…。ビジネスチャンスの匂いがする。
「どうです? テコさん。田舎でちょっと忙しいけど」
「透子がいいなら、行かせてもらう。こんな経験は初めてだ」
テコは少女モードで笑う。うむ、儲かりそう。
「じゃ、30日の朝に出発ですからね」
六花の言葉に
「どうやっていくの? ナデシコ使う?」
「あんな大きな船、置いとく場所がありませんよ」
透子は小さな漁港に接岸された巨大な船体を想像して面白くなった。

「ただいま〜」
12月30日。来海透子は昼前に実家に着いた。借り出したSCEBAIの電動機試験用のミニバンを来海神社の参拝者駐車場へ。その横に荷物を抱えた無人のキュリエッタが着陸する。ミニバンは透子の運転。六花はみんなとおしゃべりしたいとのことでキュリエッタを無人で飛ばした。はるばるアーデアのテーリから大気圏用安定翼が届き、取り付けてある。
振り返ると富士山が見える。ある意味、職場が見える位置にあるんだな。と帰ってくるたび思う。
「六花ちゃん!」
「おばさま!」
透子の横で母、来海妙子が六花をぎゅうぎゅう抱きしめている。昨年も見た光景だけど、六花の反応がまるで違う。それが妙子の腕に力を込める理由になってる。
「ああ、元気になって。明るくなって。おばさん本当に安心した」
「ご心配をおかけして…」
「そんな生意気言えるくらいお姉さんになって」
初めて六花を連れてきた時は、抑揚のない丁寧語できちんと返事をするという状態だった。次の時は困ったような笑顔を見せるようになった。そして今回は普通の14歳っぽい感じ。
娘がもう一人増えたみたいでうれしい。と六花を預かることを告げた時、全面バックアップを宣言した母。その思いが届いたと感じているのかも。
「今年はお友達も連れてきてくれたのよね。六花ちゃんのお友達。嬉しいわ。ありがとうね。狭いところだけど、ごめんなさいね」
最近パワースポットとして旅行雑誌に取り上げられることも多い来海神社は初詣時やたらと人が来る。来訪者の数は年々増えており、昨年は母、透子、六花、地元バイト巫女で破綻ぎみ。
「は、初めまして。御厨陽奈です」
「お世話になります。倉橋玲といいます」
心強い戦力。名門校の女子らしく、ちゃんとした物腰。二人ともカバンにワープグラスが輝く。あれは言ってみれば六花の友達って証だよな。
「可愛い子が二人も。おばさん本当うれしい。やることいっぱいあるけど、頑張ってね。美味しいご飯いっぱい作るから。後で好き嫌い教えてね」
「あ、だいたい大丈夫です」
陽奈が答える。玲は
「アレルギーないんで。いけます」
その後ろ、暖かそうなベレーを被り白いマフラーを巻いた銀髪が揺れる。
「あ、こんにちは。テコ・ノーゲンです」

おでかけテコ


こそっと中学2年生の陰に隠れるように、異星人が顔をだす。
妙子の動きが一瞬止まる。
「耳神社の御神体じゃないの」
「あちらとはちょっと違うんだけどね」
透子が笑う。
「耳神社?」
「テコさんと同じ横に長い耳をした種族が神様として祀られている神社があるんです。これはまた二人で考察しましょう。面白いんで」
「透子がいつもお世話になってます。テコさん。ほんとに綺麗な方ねえ」
「短い間ですが、よろしくお願いします。ご母堂」
「そんな、言い方やめてください。妙子です」
妙子が笑い、テコが微笑む。
「妙子さん。透子には感謝している」
「さ、荷物を置いてきて。お昼ご飯にしましょう」

「これ、狭いところ?」
玲が呟く。畳敷20畳の広間と6畳の部屋がいくつか。かつて公民館的な役割をしていた来海神社の離れに透子たちは荷物を下ろした。だだっ広い。そして寒い。
「どこでも好きなところで寝て。暖房は石油ファンヒーター。トイレは廊下の奥。お風呂は近くの温泉か、奥に昭和的なやつがあるわ。まあキュリエッタだと20分くらいでSCEBAIに戻れるみたいだから、テコさんきつかったら、出勤でもいいですよ」
「いや、経験してみる。いろいろ」
テコは透子に頷いて見せた。その横で六花が大あくび。
「六花、眠い」
「どうしたの?」
陽奈が心配そうに聞く。
「テコさんグッズ作ってた」
「テコさんグッズ?」
「あとで仕事内容と一緒に説明する。陽奈ちゃん」
透子はきょとんとしてる陽奈と玲を見る。短時間だが準備はした。きっとニュースになる。

西伊豆の入り組んだ海岸線。小さな入り江に来海山村はある。小さな漁村から崖を登って小さな農村がある2段構成。
来海神社はこの段々な村の神様。
時期に応じて、海辺の海社と山間の山社の間で御神体を移すという珍しい風習を持った場所だ。
来海山はこのあたりの地名だったが、明治の名字設定で村の大半が来海を名乗り、このエリアだけやたら多い。ただ神職の家系である透子の父方はそれ以前からの来海姓だと聞いたことがある。
神移しの神事は春の田植え前と稲作終了頃の秋に行われ、透子は巫女として参加していたが、今年はテクニカ来訪に重なって、バイトの巫女がたどたどしく神事をしたと聞いた。初詣時期は海側の社に神様がいるので、こっちに参拝者が押し寄せる。
「ということで、社務所内でのおみくじとか、お守りの販売管理、参拝客がひと段落ついたらお掃除、あとお賽銭の計算。そんなところかな」
透子は中学生3人を前にして、仕事の説明。一応、法律では就業禁止なのでバイトではなく家業のお手伝い。が、働いた分はお年玉に加算される。
「ボクはどうするんだ」
「テコさんはお祓いをお願いします」
透子は和紙で包まれた衣服を渡す。
「これは?」
「エイラーデ専用の服です。神社の。サイズ合わせしましょう。六花手伝って」

Chapter-4 六羽田六花 14歳 死が二人を別つとも

六花は陽奈、玲と渡された巫女服に袖を通す。一般的な白い着物と朱色の袴。ただ千早は漆黒。本来は薄衣だけど、冬用に比較的厚めで作った来海神社のオリジナル。透子が父を説き伏せて決めたと六花は昨年聞いた。
「陽奈かわいいね。撮るよ」
「ちょ、ちょっと玲、寄りすぎ」
さっさと巫女服を着て、マシンガンのように陽奈の写真を撮りまくる玲。玲のストレートな動きが楽しい。陽奈の写真を撮りまくっているが玲も十分可愛いと思う。六花はそんな玲の写真を撮った。
「撮ったな六花。お返しだ」
マシンガンがこっちを向いた。六花は飛んで逃げた。笑えて仕方ない。

「陽奈のこと、陽奈って呼ぶのね。なら私も玲って呼んで。六花」
海賊退治から帰ってきたあの日。みんなと一緒に迎えてくれた玲。淡々と喋っているけど言葉に熱を感じる。六花はそれが心地よかった。
「六花、紹介して」
そんな話があった直後、玲は六花に小霧の紹介を頼んだ。
「理想のお姉さんがいる」
1年生の詩歌を巻き込んで、大変なことになったと、六花は後から小霧に聞いた。この時、六花は小霧の名前を教えると、早々に陽奈枕で寝てしまったので、あまり覚えがない。

「やっぱ似合う。六花」
「え、そう?」
「よし。3人で。部長たちに送る」
きゅっと3人集まって、玲が自撮り。連写がデフォルト。

「これ、寒くない?」
声のした方を向くと、巫女服姿のテコ。
「なんだ、この破壊力」
玲がスマホを向ける。
「まった。テコさん千早着て。あと、かんざしも」
透子がささっと動いてテコを飾りつけた。

巫女テコ


「うわあ。ゲームキャラみたい」
陽奈が息を呑む。玲と一緒にマシンガンが2丁になった。
「くくく。これで来訪者20万人はくだるまい」
透子が笑う。
「せんせ、企んでる」
「さ、SNSに情報流すわ」
「さっき、六花が言ってたテコグッズって」
「テコさんの名入りのワープグラスをたくさん作った。売れれば、ボーナス」
「みんな、今日は商品の配置とかするから、巫女服は一旦脱いで畳んでおいて。大晦日は朝からそのカッコね」
「ボクは?」
巫女服に黒い舞衣。コスプレ用品を流用した銀髪のロングヘア。かんざし。きっと、数千年後、こういう神様がいたって伝説になるだろうな。
「テコさんには神楽鈴もってお祓いをしてほしいです」
「お祓い?」
「悪いものを祓い、神霊の加護を願います。やり方は後ほど説明します」

来海神社 海社に荷物を運び込み、売り物を配置。玲と陽奈が値札やPOPをつくる。電子マネー読み取り機の確認。お釣りも。参道にロープを張って人の流れを決める。
海が近い。波の音。潮の匂い。ふと、島施設を思い出す。花火をした浜辺。千保だけが時を共有していない。この間の海賊退治のとき、アウストにいた『LOTTA』と文字を見せたAI。あれは千保ではないのだろうか?六花の頭からいなくなった千保。あれから接触はできてない。
「六花ちゃん、今年もよろしくな」
「おじさま」
トイレはこちら看板を木に結びつけていた六花に来海神社 宮司 来海大我が声をかけた。
「今年は透子がなんか企んでて、何が起こるやら。大変そうだけど頑張ってくれ」
「大丈夫ですよ。今年はみんないるから」
社務所で飾り付けをしている陽奈と玲。テコに神楽鈴でのお祓いを教えてる透子。それをみてると胸がなんか暖かい。
「いい顔になった。六花ちゃん」
「成長期だから」
大我が笑って六花の頭をわっしわしと撫でると本殿へ歩いて行った。

「山社?」
「こっちにきても、海社にしか来てなくて、行ったことないんです」
六花は透子に聞いてみた。二つの社を持つ来海神社だが、まだ山社には行ったことがない。
「あ、そうだったか。透子、みなさん、案内してあげて。知ってる方がいいから。その間に晩御飯用意しとくから」
妙子の言葉に透子がそれもそうだって顔をする。
「案内する。冷えてくる時間だからしっかり着て」
透子がミニバンを運転して、漁村エリアから急な坂を登って農村エリアへ。雑草の生えた休憩中の田んぼと、冬野菜が栽培された畑。民家の奥の山の中腹に山社がある。小さくはないが森に囲まれていて、海社に比べると狭く見える。こちらも参拝の人が来るので、明かりが入っている。ただ、圧倒的に人の数が違うので氏子さんたちに任されている。
「なんか、荘厳」
玲が社を見上げる。社より周りの木々の背が高く、森に飲み込まれているよう。夕暮れ。冷気が降りてくる。微かな鳥の声。葉の落ちた枝の触れる音。そこに、何か硬いものがなるような音。
「なにか、音が」
「あ、聞こえる。キーンって感じ?」
六花がそういうと、玲がすぐに反応した。
「そう」
「私、よくわからない」
陽奈には聞こえていないよう。透子は首を横に振ってる。
「なんだっけ、この音」
テコさんには聞こえてる。
「テコさんが聞き覚えあるってことは、宇宙的ななにか?」
玲が訊く。
「そうだな。地球に来てから覚えた音じゃない」
「ここに何かあるの?」
六花は透子に聞いてみる。
「御神体は海社で、ここは建物と封印された石がある。海社にある御神体は歌う石。歌に合わせて漁にでたり、田植えしたりすると全部うまく言ったって言い伝えがあるんだ」
透子がくるくる何かをかき混ぜるジェスチャー。
「イザナギノミコトが日本を作る時、鉾で海をかき混ぜたって話があるんだけど、その時に矛に残っていた水滴が高天原から石になってここに落ちたって伝説。隕石感すごいよね。
石は大小二つにわかれて落ちて、一つは地面を転がって海社の位置に。もう一つはこの山社の地面に埋もれた。小さい方のの石が『透き通る石をお供えしてくれたら、漁や稲作に関して有効な時間を教える。私には時間が見えるから』と。で、当時の村の人が今の山梨の水晶産地から海産物との交換で得た水晶のかけらを石にあげた。すると石が歌い出して3日後に船を出せば大漁と告げた。その通りになった。以来、交易で得た水晶を少しづつ、小さい石お供えして、入り組んだ場所の割に来海山は発展していきましたって、お話」
「透子先生、ここに埋まってるっていう大きい石の方は」
玲が興味深げに聞く。
「こっちは人との関わりを絶って、ひとり高天原に帰る算段をしていたそう。そして雨が多くなる時期に落雷で動きだして水と土を人ごと飲み込む事件が起きるのよね。そこで丸い石が『水田を作る時期に私を大きな石の上に置け。その間、大きな石を抑えておく』と言ってくれたので、毎年、小さい石を移す神事が始まった。小さい丸い石は夕陽石。ここにある石は人喰石。時期になると『海から神様が来る山』ってことで、来海山の地名になったんだって」
「こっちの石は人にあだなす存在なんだ」
玲が社を見る。
「土と水と人を飲み込んだとき、飲んだ人の姿で現れて天に帰ろうとしたそうよ。ただ足らなくて、もっと飲もうとした時に夕陽石が光を放つと、人喰石が元に戻ったんだって」
透子の話す伝説は、去年も聞いた気がするが、何度でも面白い。
「じゃあ、この音って石の歌かな?」
玲がこっちを見た。楽しそうな顔してる。
「人喰石の方も歌うのかな」
「高天原が恋しくて歌うことはあるって伝説にはあるね」
透子が伝説を思い出して教えてくれてる 。
「テコさんがきて、歌っているのかな」
六花は言ってみた。玲が首を傾げる。
「なんで?」
「高天原って、宇宙のことでしょ。そこからやってきた人に歌っているとか。連れて帰ってって」
「ありそう」
陽奈が笑う。でも、今も耳を澄ますと音がする。どこから? 
六花は目を閉じて音の波を追う。意外と近い。手を伸ばすとカバンのワープグラスに触れた。振動はしていない。耳をくっつけてみてもこれが発信源ではないよう。
「何しているの六花?」
突如カバンを持ち上げて耳にくっつけた六花をみんな見てる。
「あ、これが、鳴ってるかと思って」
「それ、貝殻耳につけると波の音が聞こえるわ。とかそういうやつ?」
玲が言う。
「玲ちゃん、いつの生まれ?」
透子が笑う。音は聞こえてる。テコはずっと考えている。スマホを取り出した透子が画面を見て向き直った。
「ご飯できたって」

お刺身。金目鯛の煮付け。コロッケ。野菜の煮しめ。ごはん。具沢山味噌汁。おばさまの料理は温かく、美味しい。六花は幸せを噛み締める。
「ほんと、六花ちゃんはいい顔して食べるねえ」
妙子が感心する。
「自分じゃ、わかんないです。六花どんな顔して食べてるんだろう?」
本当にわからない。
「しあわせーて誰が見てみても思う顔」
陽奈の笑顔をみてあんな感じなのかなと思う。
「テコさん、お刺身いけそう?」
透子が物珍しげに料理を見ているテコに訊く。
「目の大きな生き物が美味しそうな匂いさせてる」
金目鯛の尾頭付き煮付けに惹かれているっぽい。
「アーデアに魚っているの?」
六花が聞いてみると
「大昔はいたらしいんだけど、一旦陸に上がった生き物がまた海に戻った時に元々いた海洋生物を駆逐して、アーデアの海は足の痕跡が残った生き物しかいなくなったって習った。地球は太古から水中生物がそのまま残っているわけだね」
「アーデアの海は鯨とイルカだらけってこと?」
陽奈が素敵な海の風景を想像している。
「今はアーデアの海がなくなっちゃったから、生態系保存エリアの水球内と惑星改造した星系の別の星と、食用の養殖タンクにいるかな。」
「生食はするの?」
透子が訊く。
「あるね。食感としては陸性の食用獣とあんまり変わらないけど」
「鯨の刺身みたいなものか」
大我がキンメを突きながら日本酒を飲む。
「初めての刺身は白身が一番リスクが少ないって言います。ヒラメから食べてみて」
透子が白身の刺身を勧めた。これは美味しかった。六花はすでに完食。
「リスクってなんだ?」
テコの問いに答える。
「アレルギー反応が出ることありまして」
「それでも生で食べるのか。野生だな」
テコがかなり扱いに慣れてきた箸をつかってヒラメの刺身を醤油につけて口の中へ。六花をはじめ全員が見守る。
「あ、これ、美味しい。身が舌に吸い付く。たとえようがないな。生き物を食べてるって感じがする」
みんなが安堵の息。面白いな。六花は全員が笑顔になる様子を見ていた。
「いけますかな?」
大我がテコに日本酒を勧める。
「今日は遠慮しておくよ。先日悪酔いして六花に迷惑かけたからな」
「びっくりしました」
青白く冷えた顔。涙。しがみついてる震える腕。思い出しても今のテコと結びつかないほど、弱った姿。あのキスはテコが自分を取り戻すためのものだったのだろう。無意識に指が唇に触れる。陽奈が怪訝な顔で見てる。
「治ってよかったです」
と言って、六花はお味噌汁を飲んだ。

透子が玲と陽奈を連れて近所の温泉へ。六花はテコと残って内湯の使い方を教えることになった。やっぱり大勢人がいるところは難しいらしい。テコを看病して以来、透子は六花がテコと二人きりになるのをあまりとやかく言わなくなった。もしかして、勘づいているのかな?
「タイル張りのお風呂ですよ。今はもう貴重らしいです」
給湯システムはガス式。青系のタイルが敷き詰められた浴室にマットが敷かれ、木の蓋がついた家庭用にしては大きめの湯船。シャワーのついた洗い場が2箇所に手桶とふろイスが二つ。浴室の手前には小さな脱衣所。木の棚。
「ここで服を脱いでお風呂に入ります。湯浴み着持ってきますね」
「いいよ。いらない」
「テコさん」
「…もう六花に何も隠さない」
「は、はい」
「でも、先に入っていて。脱ぐところはちょっと恥ずかしい」
「わ、わかりました。先に身体洗ってます」
テコが向こうを見ている間に、六花は服を脱いでタオルを巻き、浴室へ。
鏡、シャワー、石鹸類が置いてある洗い場で掛け湯して、シャワーで全身を軽く流したあと、シャンプーを手に取る。髪を洗っていると、人の気配がした。隣の洗い場の風呂イスに座る。六花が髪をすすいで横を見る。
タオルを巻いたテコと目が合った。
「か、身体をここで洗います。石鹸は右から髪の毛用、真ん中が髪の毛のコンディショナー、左はボディソープです。アレルギーチェックしてください。合わないと大変だから」
「うん」
テコはつけっぱなしの手首の端末で少量出した石鹸類のチェックをする。問題なかったよう。
「シャワーは真ん中のレバーで強さ、横のダイヤルで温度を調整できます」
「ありがとう。六花」
テコが一旦立ち上がってタオルを外した。六花は美術の本で見る白い女神の彫像のようだと思った。身長は六花と同じくらいだが、体つきは均整の取れた大人のライン。鍛えてる人の身体だ。キリちゃんに似てるかも。だめ。見惚れちゃう。
テコはちょっと恥ずかしげに六花を見ている。そのうち笑顔を見せて風呂イスに座った。
「洗ったら、泡を全部流して湯船に入ります。先に入ってます」
「はーい」
髪を洗い出したテコが背中で応える。六花は湯船を跨いで湯船に。タオルは外して横に置いてある。
洗い終わったテコがタオルで前を隠しつつ、湯船に来る。
「六花たちしかいませんから、タオルそのままでも」
「お湯に入れないのが、正しい入り方?」
「はい」
「ならそうしよう」
テコがタオルを外して、湯船を跨いでお湯に入る。ざばーっと溢れたお湯が流れる。
「ふう。やっぱり、裸はちょっと緊張した。ごめんね。六花」
「あの、もしかして、テコさん」
「ん、ああ、他の人と裸でお風呂に入るのは生まれて初めてだよ」
200年以上生きてきて、六花が最初。
「いいんですか?」
「何も気にしなくていいよ。これで婚姻関係を結ぼうとかそう言うのじゃないから。六花はまだ子どもだし」
「そうですけど、あの日、テクニカのお風呂で、一生添い遂げる人だけにしか、その、裸は見せないって」
「六花はボクとずっと一緒にいるって言ってくれた。それって、同じことだと思ったよ。そんなこと言ってくれる六花を他人扱いはしない。隠さない関係になるのに、なんの間違いもない。適齢期になったからって、結婚をせまったりしないよ。六花とボクはそれ以上の関係だって思ってる」
テコは濡れた髪をかきあげて、六花を見つめる。
「六花のために最強の機動兵器を作るよ。そして、最高の地球にしていくよ。六花が基準だ。私は六花のためだけに働く。今までそうだったけど、これからも、ずっと」
「テコさんの言葉が凄すぎて、想像がつきません」
「そう? ボクは雇い主である六花の幸せと楽しみのために全力で働くってこと」
そこまで大きくはないお風呂。伸ばさなくて手は届く。テコが六花の頬に手を添える。
「六花は絶対にボクを裏切らない。ボクも君を裏切ることはない。死が二人を別つとも、この誓いは永遠に」
クリスマスの時とは比べ物にならない、普段ですら見せないほど、強い意志の光がテコの目を輝かす。
「大好き。六花」

透子がパニクるといけないからということで、二人分の湯浴み着を使ったフリして干しておく。程なくして温泉組が帰ってきた。
「明日、早いから早寝してね。中学生は」
20畳の片隅に放射線状に3つ布団を敷く。
「どんなポジションなの」
「寝相による被害を最小限にとどめつつ、コミュニケーションは取れる」
透子の問いに玲が力説。
「コミュニケーション取りすぎないでよ。明日6時おきだから」
ぱっちん。透子がヒモスイッチを引き、照明が常夜灯に変わる。
「おやすみ」

「色々昭和だね」
陽奈が楽しげに言う。
「広すぎて、枕投げが勝負にならない」
玲もすぐ寝る気はないらしい。
六花はうつ伏せになって二人を見る。二人もうつ伏せになってた。
「でさ、六花は好きな人いるの?」
「え!」
例の唐突の質問に声が出てしまった。話の展開が早過ぎない?
「声おっきいよ」
陽奈が手を伸ばしてきゅっと握ってきた。くすくす笑ってる。
「す、好きな人?」
「六花怪しいからな」
二人はクリスマスにテコにキスされたことは知らないはず。さっきのお風呂のことも。
玲は続ける。
「学校での状況見てると陽奈かなーって。なにしろロボットでピンチに駆けつけてるから。でもテコさんいるし、今日も風呂で何があったやら」
にやり。と玲が笑う。頭のいい子とは思っていたけど、勘もいいのか玲は。
「ちょっと玲、何聞いてるの?」
「定番。定番。陽奈だって気になるでしょ?」
私の好きな人って? 好きってなんだろう。千保のことは大好きだった。あの気持ちって、家族の愛情? 恋愛? 陽奈のことも、テコさんのことも大好きだけど、それって、どっちの? そもそも好きに種類ってあるの?
「玲、好きって種類あると思う?」
「おっと、哲学的な攻め方してきたな六花」
「好きの種類」
陽奈がじっとこっちを見てる。
「私はあると思う。一緒にいることを好ましく思う好き。と、あの子が欲しいと思う元になる好きは種類が違う。私が聞いてるのは、六花が自分のものにしてぎったんぎったんに愛しまくりたいくらい、好きな人はいるかってこと」
「玲、えっちな話してる?」
陽奈がちょっと引き気味。
「ぎったんぎったん」
「そう。ぎったんぎったん」
どんな状況なんだろう。それは。でも、キリハルのあの感じか。
「もっとわかりやすく言うと、捕まえてキスしたい子いる?ってこと」
「そんなふうに考えたことなくて。一緒にいるのが嬉しいの好きはあるけど、誰かをそこまで強く思ったことはないと思う」
「なんだそうか。お子ちゃまだな」
キスの経験はあるけど。言えない。
「玲はあるの?」
陽奈が聞いている。
「うん、まあキリ様かな。想像の中でだけど、だいたいハルくんが出てきてボコボコにされてる」
「なんで自分の妄想でわざわざ制裁受けてるの?」
陽奈がちょっと呆れ気味。
「いやあ、暴走しすぎないようにかな」
玲は陽奈に向き直る。
「で、陽奈は?」
「私? 私は…」
ちらっと六花を見て枕に顔を埋めた。繋いだ手に力が入った。
「わかりやすすぎるな。陽奈」
え? その反応って、もしかして六花ってこと?
「頑張って告りなよ。私は応援してるから」
もふ。玲の言葉に枕に顔を埋めたまま陽奈が頷いた。
玲が満足したように微笑む。
「面白かった。おやすみ」
終わるの? 玲がくるりと寝返りを打つ。
六花は陽奈を見る。陽奈は手を離してくるっと寝返りすると、もう一度手を伸ばしてきた。手を繋ぐ。
「おやすみ。六花。明日はずっと一緒だね」
「あ。うん。明日も、明後日も」
「楽しみだ〜」
そういって陽奈は目を閉じた。
なんだか、ちょっとモヤっとする。六花だけわかってないみたいで。
陽奈の気持ちはそう言うことなの? 六花をぎったんぎったんにしたいの?
でも、ぎったんぎったんってオノマトペとして、どうなの?
そんな、なんでもないこと考えているうちに六花は寝てしまった。

六花は夢を見た。陽奈が出てきて「お前をぎったんぎったんにしてやる!」と宣言した。でも、何をどうするのが「ぎったんぎったん」なのかわからなくて、二人で笑っていた。

Chapter-5 御厨陽奈 14歳 巫女ユニット くるみんこまち

 王子様の格好で六花がキュリエッタに乗って現れた。
「さあ、姫、参りましょう」
大きくお椀型に広がったドレスの陽奈が差し出された手を取る。
キュリエッタの上で見つめ合う二人。重なる唇。
「ベタですみません。姫」
「よろしくてよ」

「すっげえ、にやけてる」
「あ、ほんと」
はっと陽奈が目を覚ますと、薄暗い部屋で玲と六花が顔を覗き込んでいた。
「うわああ」
「おはよ。陽奈」
「な、なに? どうしたの」
玲がちゃこっとメガネをかける。
「なんかすごく幸せそうだったからさ。じっくり見ちゃった」
「おはよ。みんな。元気?」
照明がつき、ガラッと戸が開いてジャージ姿の透子が現れた。高校の時のかな。実家定番パジャマってやつ? 色が微妙。あせてる。
「そのままでまず朝ごはん食べちゃって。巫女服汚す事件起きるとたいへんだから」
「はーい」
玲が返事をする。六花が立ち上がるが、
「…さむい」
「がんばって六花」
陽奈はその背中にくっついた。
「あったかい?」
「あったかい」
六花の髪の毛を手櫛で直しつつ、陽奈は母屋へ急いだ。

干物。卵。お味噌汁。昨日のお煮しめ、黒豆。
「おせちの黒豆、うまく炊けたから、ちょっと早いけど食べてみて」
この忙しい中で黒豆炊いてるって、妙子さん化け物だな。とおせち作りを手伝ったことのある陽奈は思う。豆はふっくらで甘さの加減が絶妙。どんだけでも食べられる。
玲と六花がかんかーんと卵を割ってご飯にかけた。相変わらずの幸せフェイスでかき込んでいる。
「野生だな。六花」
テコは流石にこのメニューだと難しいのか食パンにジャムを塗っている。透子もパン食に付き合ってるが、パンの上には昨日のコロッケ。
みんな、少しそわそわした、大晦日の始まり。

「アーデア王女様の鈴お祓いはこちらにおならびくださーい」
六花の声が響く。午前中から人が来た。陽奈は玲と社務所の売り場担当。六花は外で列の整理や備品補充など身体を使う仕事をしている。
六花は鍛えてるから。というが、陽奈的には隣にいないのは寂しい。
六花の誘導でテコのお祓い列に人が並ぶ。1回3300円。アーデアの文字でテコと刻まれ、女神ウストの紋章と来海神社の紋章が入った、勾玉型ワープグラスのキーチェーン付き。ワープグラスは単体購入も可能。陽奈と玲で宇宙船から採取された謎の物質から作ったお守りとして、ナデシコのイラストを入れたPOPを制作。それを見てみんな買っていく。ナデシコは何度かここの上空を飛んだらしく認知度がすごかった。
勾玉型はクリスマスの日に玲が作った型のスケールダウン。
「もうちょっと増えたら、整理券方式に移行する」
「OK。BOSS」
巫女服の透子が社務所にそう声をかけ、玲が返事を返す。透子は外にいる六花の元に走る。六花に変更の話をしている。
「六花ずっと外で大丈夫かな」
「六花ちゃんタフなのよ。去年もずっと外で頑張ったの」
妙子が御朱印をさらさら書きながら言う。ずっと人気の妙子の来海神社御朱印は予約制。その予約もバンバン入っている。
透子の目論見は当たったが、結構周辺道の渋滞が大変らしい。
SNSではすぐさま神社に駐車場がないこと、来海山村役場の臨時駐車場から歩いてとの案内が出されたが、そんなに減ってない。
「ワープグラス、元旦まであるかな?」
陽奈が玲に聞く。
「ちょっと心配」
玲が答えると
「なくなったらポップごと無くせばとりあえず。いいわ。お祓いした人に配る分は確保お願いね」
キャラビジネス巫女。その名は透子。
しゃりしゃりーんとテコが神楽鈴でお祓いをする音が聞こえる。見ると小さい女の子を抱っこしたお母さんがこうべを垂れていた。にこやかにテコが一礼する。小さい子が手を伸ばす。神楽殿からテコがその手に触れる。
「E.T」
「ちょ、陽奈」
うーたん部必須映画を思い出し、玲が必死で笑いを堪えている。耐えながら神楽殿から回ってきたそのお母さんにワープグラスを渡した。
「よよよ、良いお年を」

交代で休憩、ご飯を食べる。陽奈が母屋のリビングに戻ると、六花がおにぎりを食べていた。その顔にホッとする。
「六花!」
「ひにゃ。だいじょうびゅ?」
頬張ったまま六花が聞いてくる。陽奈は座っている六花の両耳に手を当てる。
「はー」
「やっぱり冷たい」
「陽奈が温かい」
「ずっと外で平気なの?」
「カイロ5個。大丈夫」
六花はおにぎりをお皿において手を拭くと、両耳の陽奈の手を握った。冷たい。
「陽奈、ありがとう。来てくれて。すごく助かってる」
「楽しくて、来て良かったと思ってるよ」
六花は昨日の夜の話で、私の気持ちに気づいたんだろうか?
いま、言うべき? 誰もいない。でも、六花の返事が辛いものだったら。
このあと、一緒にいられないかも。それはよくない。
「陽奈も食べて。美味しいよ」
「あ、うん」
陽奈が座ると六花は台所でお味噌汁をよそい、陽奈の前に置いた。湯気がふわりとたなびく。大きなお皿にラップのかかったおにぎりがぎっしり並んでいる。氏子の奥様チームが作ってくれたものとか。陽奈は混ぜ込みわかめっぽいのを一つ取る。
「ありがとう六花。いただきます」
「六花いくね。もう灯りをつけるよ」
「無理しないでね。いってらっしゃい」
お皿を台所に持っていってさっと洗うと、六花が手を降ってパタパタと駆けていった。

「夕方の部まで休んでいてください。これからが本番ですから」
透子の声がする。
「わかった。休ませてもらうよ」
「疲れましたね。テコさん」
「かつてないほど人に会ってる」
廊下からテコと透子が現れた。
「陽奈ちゃん。お疲れ」
「先にいただいてます。透子先生」
「ゆっくりしっかり食べて。役場の人によると、人はいつも以上に増えそうだって」
テコが陽奈の正面に座る。眠そう。
「テコさん、ウィッグとかんざし外します」
透子がささっと手際よく髪飾りと付け毛をとる。いつものテコに戻っていく。
「透子先生、慣れてますね」
「あー、うん。昔ちょっと」
透子は医者。美容関係な仕事でなはい。六花から透子先生は結構オタクと聞いている。となると
「コスプレですか? 先生、レイヤー?」
「賢い子はこれだから」
透子が苦笑い。
「この銀髪って、透子先生の?」
「あー、それ以上訊かないで。過去のことだから」
来海神社の黒い千早。このチョイスって透子がレイヤー故でなかろうかと陽奈は思う。そうでもないと、この服、考えつかないと思う。
二人のやりとりを聞いてたテコが訊く。
「コスプレ?」
「物語に出てくるキャラクターの姿を再現するんです。服や髪型をそっくりにして」
陽奈がテコに説明。
「昔の写真とか、頼まれても見せないからね」
透子が念押しする。拭くメイク落としで顔を拭かれつつテコが続ける。
「由美香あたりに聞いたら出てきそうだけどな」
「あいつは私を脅す時にそれ使ってるから、他に出しません」
透子はテコの顔を見て、メイクが落ちたかを確認。
「さ、テコさんも食べて、お部屋で寝てください。長い夜になりますから」
透子はテコの分のお味噌汁をレンジで温めてテーブルに置くと、本殿の方向に戻っていった。
「ああ言われると、調べたくなるよな」
テコがお椀を持って陽奈に笑いかける。企んでる顔だ。
「妙子に聞いてみるか」
「いけませんよテコさん。人の嫌がることしちゃ」
一応、たしなめておく。陽奈が本気で言ってないことをテコは承知の様子。
「陽奈は嘘が下手だ」
にっこり笑っておく。テコはおにぎりをパクリ。
「本当にこの国の食べ物は面白い」
「テコさんは平気ですか? おにぎりは人が手で作るからそれがダメって人もいるんです」
「いろんな星系でイロイロ食べてきたから、そんなの平気。もっとすごいのもあるから、今度部活のとき、教えてあげるよ」
出張うーたん部で聞くテコの宇宙体験記は本当に面白い。これを宣伝すれば人増えるかな。存続できるぐらいには。
「楽しみです。じゃ、私、行きます」
「頑張ってね。陽奈。夕方前に起こしに来て」
「了解です」
テコはこの後、夕方から夜通しのお出ましだ。陽奈たちは夕方までお手伝いした後、みんなの晩ごはんをつくる予定。巫女の仕事はそこまでだが、社務所で年越しする。
「玲、おまたせ。ご飯食べてきて」

日が暮れる。
六花が境内の入り口で篝火をの準備。焚き火コンロで火付した薪を篝火のカゴに据えて下からうちわで煽る。ほんと、色々できるなあ。陽奈は感心する。惚れポイントが加算される。
炎が安定すると社務所に戻ってきた。
「よし、ご飯作ろう」
母屋の台所に陽奈たちが向かうと、さっき起こしたテコがフル装備で現れた。かんざしが違う。バージョン変えるとか、透子さんこだわりすぎ。すかさず玲が写真を撮る。
「テコさん、無理しないでね」
六花が心配そうに寄り添う。
「頑張りすぎて、体壊したら大変だから」
異星人、治せる医者いないもんな。陽奈は納得する。
「1時間ごとに休憩入ってるから、大丈夫だよ。整理券で人数決まってるし」
「でも、慣れないことだから。寒いし」
「ありがとう。六花に心配かけない程度に頑張るよ」
でもこの二人、やっぱり怪しいのでは。
テコが本殿へ向かっていくと、六花はその姿を目で追った。
「ああ見えて、よわよわなところあるからテコさん」
「そんな面を知ってるとは、六花、そういうこと?」
「そういう?」
「星を超えた関係ってこと。人類史にのこるやつ? 星間結婚第一号?」
「そ、そんなんじゃないよ。一応、テコさんと雇用契約したの六花になってるから。雇用主はそう言うことに気を使ったりするんだよ」
たどたどしいぞ。六花。陽奈はちょっと面白くない。
「ふーん」
玲はしたり顔で頷いて、それ以上は追求しない。
「まあ、いいや。さて、何から始める?」

「ルー2箱使うとか、学校のキャンプでもやらなかった」
玲が材料の山を見てつぶやく。陽奈は答える。
「班ごとに作るもんね」
見たことのない業務用のコンロ、鍋全てがでかい。そこで20人前のハヤシライスを作る。カレーのスパイスがテコに合うかどうかわからなかったので、安全路線でハヤシとした。六花によると、アーデア料理でデミグラスソースに似た味があったと言う。あの味のソースでお肉を食べるのは銀河共通なのかな?
陽奈は片っ端から野菜を切った。六花はこれも巨大なザルでお米を研ぐ。玲が陽奈の切った野菜を鍋に入れて木べらで炒めていく。
「これがガス釜」
六花が研いだお米を釜に入れる。お水の量も半端ない。
「なにもかもでかい」
陽奈が水を注ぐ六花を支える。
「3升炊きって迫力だな」
玲がお鍋に肉を投入しながら言う。その量もなかなか。
「升なんて単位、まず使わないよ」
陽奈がいうと、六花がスイッチを入れつつ
「でも、ここの水使って、この釜で炊くと美味しい」
「そうそう。ここご飯うまいよな。おにぎり最高だった」
玲も同調する。道具があるから違うけど、キャンプのように楽しい。
あくを取りつつ、時間を見計らってルーを投入。ダマができないよう交代でかき混ぜる。
「あー。いい匂いー。腹減った」
「せんせ、味見してく?」
通りかかった透子に、六花が小皿にちょこっととったハヤシを渡す。
「OK! 美味しい」
透子が笑顔を見せる。
「完成したら、社務所に声かけてあげて」
「はーい」
「六花は本殿でオヤジにメシっていってきてね」
バタバタかけていく。
「透子先生オヤジっていうの?」
陽奈の問いに六花が答える。
「いうね。せんせはオヤジ、オフクロ派」
ピーっと音がして、ご飯が炊けた。
「ここから10分、蒸らす」
六花がしゃもじを持って身構える。
きっかり10分後蓋を開けると、六花が湯気に飲まれた。しゃもじを突っ込んで空気を含ませる。
「ツヤツヤだ」
陽奈は見たままの感想を言わずにいられない。美味しそうだ。
しゃもじについたご飯を3人でちょっとつまむ。
「あちち。おいし。完璧じゃん六花。」
「いいね。六花」
「完成だ。知らせに行こう」

陽奈が社務所にハヤシライスの完成を伝えに行くと、夜間、販売作業を担当してくれる氏子のおじさん&おばさまチームが忙しくしていた。人は増えつつあり、参道は列ができている。テコのお祓いの元旦分は明日の昼からだが、整理券はもうない。
でも姿を見たいと言う人が神楽殿を取り囲んでいる。
「テコさん、すげえ」
「でも、あの姿は来て見てよかったって思うよね」
玲と感嘆の言葉しか出てこない。
「うーたん部じゃなかったら、六花が転校してこなかったら、私、あの中にいたのかな?」
それはそれは綺麗な宇宙人がお祓いをしてくれるという噂をきいて、両親に連れてきてもらう自分を陽奈は想像する。
「たらればはやり出すと大変だけど、私、縁って言葉、好きなんだ」
玲が陽奈の手をとった。
「陽奈と同じ部活になった縁、六花がうちの学校に入ってきて、お茶会に来たのも縁。六花の縁は星を超えて、それがテコさんまで繋がった」
「星を超えた縁」
玲の言葉を陽奈は繰り返す。
「すごくない? 私たち、他の星の王女様とご飯食べてるんだよ。この先、六花やテコさんからさらに、深淵の宇宙へ縁が繋がっていくかもしれない。ここに来たのはそんな縁を育てたいから。大事にしていくんだ。この繋がりを」
玲が陽奈をしっかり見つめる。
「私は宇宙へつながる縁を掴んだ。なんでだろう? 徳を積んだせい?」
「どこでよ?」
「いろいろ。父さんとデートしてあげたりしたし」
「それは善い行いです」
陽奈は笑う。
「縁を辿って、宇宙へ行くよ。もう、入り口は越えたからね。うーたん部は存在する意味なしなんて言ってた連中に、ざまあみろって言ってやる」
かっこいいな玲。そこまでの感情はないけど、私も地球を外から見る未来が欲しい。六花と一緒にいるとできるだろか。それとも、六花に別れを告げ遠くを目指すのだろうか。六花が守ってくれてる地球から離れて。

「陽奈ちゃん、玲ちゃん」
透子が走ってきた。
「3人で台所でハヤシの配膳やってくれる? 夜当番のみんなが順番に母屋に行くから食事出してあげて。みんなはその隙間タイミングで食べて」
「わかりました」
玲が頷く。
「9時でご飯終わりって言っとく。過ぎたら片付けていいよ」
「あ、透子先生、お蕎麦は買ってありますか?」
陽奈は思っていたことを聞いてみた。
「あるけど、作ってくれるの?」
「台所にいるならやりますよ」
「うわー嬉しい。いっつも買ったまんまで3日に食べてたから。お年玉さらにはずんじゃう」

ハヤシ係陽奈。ご飯係玲。お運び六花。
量的にギリなくらい人が来た。山社の運営してる氏子さんたちも来た。皆一様に陽奈たちを労い、お菓子を持ってきてくれる人もいた。
「お蕎麦は11時ごろには出来上がります。また来てくださいね」
「遅くまでありがとうね」
働きがいのある場所だなあ。陽奈はそう思った。

「テコさんお疲れ様でした」
「何だか、すごいことになってた」
テコが母屋に戻ってきた。お祓い今日の部が終了した時はそこかしこからテコさまーの声が聞こえてきた。
「あと、夜中の部10人やったら終了ですか」
「テコさん、立ち仕事でしょ。足、イスに乗せて」
六花がテコの足をマッサージし始める。
「いてて。疲れ溜まってきてるな。現場では気づかなかった」
「足ってアーデア人も構造一緒なのかな」
「重力そんなに強くないから、アーデア暮らし長いと、地球みたいな星では立てないんだ。ボクは外に出る仕事だから気にして鍛えた」
六花のマッサージは見ていて、うまい。
「六花、マッサージ勉強したの?」
「トレーナーが教えてくれた」
「トレーナーいるの?」
「六花はパイロットだからな。体鍛えないと宇宙では持たない。防衛軍にはトレーナーがいるよ。小霧があんな身体つきなのもそのせいだ」
テコが代わりに答える。
「必要だから鍛えてるのか」
玲は小霧のことに感心している。
六花、こんな事もできるのか。また惚れポイントが追加される。いいな。テコさん。六花、私もやって。とは言いにくいけど。
気持ちよさそうな顔してる。六花は真剣。
「六花ありがとう。足ぽかぽかだ。ご飯食べるよ」
「私たちも食べるか」
玲がいう。陽奈と六花がうなづく。
「みんなまだだったのか。お疲れ様だね。お互いに」
4人でハヤシライス。六花の予想通り、この味をテコは気に入った。

テコを見送り、ハヤシライスの後片付けをして、年越しそばの準備に取り掛かる。時刻は10時過ぎ。
「いつも何してたっけ?」
「テレビか、配信見てたかな」
大きな鍋でグラグラと湯を沸かす。濃縮だし醤油を水で割ってかけ汁を作る。おつゆを作ってから玲が呟く。
「かけそばでいいよな」
玲が大量の乾麺そばを買い出し箱から持ってきた。
「寒いからざるそばはどうだろう? お年寄り多いし」
六花は温度。
「どんぶり一個で済むから、かけでいこうよ」
陽奈は後片付けを考えてかけそば提供に決定。
「じゃあ、水でしめた状態で待機しよう」
玲がでっかいザルを出してきた。
「ネギ切っとく」
陽奈はネギを持ってきて、六花と刻んでいく。
「そういえばさ」
六花が訊いてきた。
「二人とも、平然と料理してるね。日頃やってるの?」
「ん。料理は淑女のたしなみだよ」
玲がさも当たり前のように言う。
「急に学校の先生みたいなこと言った」
六花が笑ってる。
「私はママと一緒にいつもやってるかな」
「どうして訊いた?」
玲が六花に聞き返す。
「実は裏で苦労してるのかなと思って」
「苦労?」
「じゃ、六花って苦労の中で料理覚えた人なの?」
陽奈は少し驚いた。そんなふうには見えないけど。
でも、転校したての何も喋らない六花を思うと、繋がる感じはする。
「六花だけ残して、親がよく出かけた」
それで料理をしなくちゃいけなかったってこと? ハードな話。
「親? 透子先生じゃないよね」
いつのこと? 陽奈は気になる。
「せんせと暮らす前の話」
「その親は?」
玲が尋ねる。
「自殺した。両方」
あっさりと六花が言った。玲の表情が変わる。ドキッとしたが陽奈はとりあえず言葉を繋ぐ。
「ごめん」
「もう、過去の話。もう、なんでもない」
表情は変わらないけど、六花が気を使わせないよう強く言ってる気がする。
「そう」
「実は、あんまり顔、思い出せなくなってる。だから、もういいんだ」
陽奈は六花を抱きしめる。同時に玲も六花を抱きしめた。
スクラム状態になった。3人で円陣組んでる。
「なんだこれ?」
「六花を励ます会」
陽奈の言葉に玲が返す。で六花が不思議そうに。
「落ち込んでないよ」

「おそば、そろそろいい〜? 何やってんのあんたたち」
円陣を組んでる時に透子が来た。
「六花、苦労したんだね。もう大丈夫だよの会」
玲が答える。
「お蕎麦、何丁?」
「とりあえず、3人前」
スクラムが解かれると六花がしめたそばを3玉ぶん取り出してどんぶりに入れ陽奈にパス。陽奈はそばをザルでとって熱湯に潜らせてどんぶりにあけ玲にパス。玲がおつゆを注ぎネギを散らす。
「おまち」
「マジ面白いわ。あんたたち。来年境内でやってよ」
透子が真剣に言ってる。
「来年、受験です」
玲が静かに返した。
「エスカレーターでしょ。ま、その時相談するわ。ありがとう」
透子がおぼんにそばをのせ、本殿に戻って行った。

カウントダウンは巫女服で行こう。という玲の提案で着替えて境内へ。
「透子先生、来海神社のSNSアカウントかして」
「何するの? 玲ちゃん」
「カウントダウン、生配信」
「いいね」
「まかせて。ちゃんと考えてきたから」

「こんばんは。みんな、いい年越ししてる? ここは西伊豆の来海神社でーす。たくさんの方々が2年参りに来てくれてます。ありがとー!」
小さな三脚を使ってスマホをセッティングし、ライブ配信をスタート。
玲がテコのお祓いが行われていた神楽殿に立つ。オープニングのセリフの後、スマホを持って境内から参道方向へ。
ちらほら手を振ってくれる人がいた。
「私は来海神社巫女ユニット、くるみんこまちのれいれいでーす。あっちがりっか、こっちがひなっち」
陽奈は六花と一緒に玲のスマホに手を振る。
「れいれいって? ひなっちって? いそうだけど」
陽奈は玲の動きに押され気味。こんなタイプだったんだ。玲。
「なんで、六花だけそのままりっか?」
「くるみんこまちに突っ込みなさいよ。あんたたち」
透子が隣に来た。配信中の画面を表示していて、ちょっとのタイムラグで玲の声が繰り返される。
玲は笑顔のまま続ける。
「そして、くるみんこまち、不動のセンター、アーデア星系王国第一王女テコ姫様! 本物の星からの来訪者!」
疲れ気味のテコがヒラヒラと手を振る。
「テコ姫様はああ見えて208歳のお姉様。みんな、ちゃんと姫姉様って呼ぶのよ!」
参道から『ひめねえさまー』のコール。
「ありがとー! さあ、今年もあとわずか。みんなはどんな1年でしたか? まさか、変わり映えしない1年だったとか、思ってないよね? ここに姫姉様がいることの意味、わかってる? 地球は宇宙に開かれたんだよ。自分がいけなくたって、星から人はやってくる。新しい時代は始まってるんだ」
玲はポジションを変えて自分を含め、六花、テコ、陽奈が画角に入るようにする。
「この間、核恒星系に留学生の第一回生が旅立ちました。私たち生徒でも銀河はその気になれば行けるところになったんです。今年はそのまま過ごしちゃった人、来年はみんなで宇宙に行こう。地球から羽ばたこう」
玲、実はずっとこれがしたかったのかな。誰かに向かって自分の思いを告げたかったのかな。陽奈は思う。
「カウントダウンを始めるよ。ゼロと同時に宇宙に向かってジャンプしよう。見ている人も、参道の人も、やってね!」
よくあるやつ。年越しの時、地球にいなかったってやつ。小学生の時、男子でそんなのいたっけ。でももう、実際にそんな人がたくさんいる。本当に時代は変わった。陽奈は篝火の火の粉が舞う真っ黒な空を見上げる。
玲が促して巫女服の四人は横並びに手をつないだ。
左から六花、テコ、陽奈、玲の順で、画面に並んでいる。
テコが困ったような笑顔。六花が耳打ちして、二人で笑ってる。距離が近い。208歳の宇宙王女がライバルとは。来年は多難かもと陽奈は思う。
カメラ横で透子が社務所のテレビを見ながら、玲にカウント伝える。
カウントに合わせて、4人は手を前後にスイング。
「いっくよー。5、4、3、2、1、ジャーンプ」
陽奈はテコと玲の間でジャンプした。テコ、六花は笑ってる。参道の人、社務所の中で妙子もジャンプ。
どすんと着地して、年が明けた。
「みんなー、あけましておめでとう! だれだーハッピーニューイヤーっていったやつ、ここは神社だぞー」
玲とは『宝石のような玉や金属が触れ合って奏でる美しい音』という意味があるってきいた。そんな名を表すかのように玲の笑い声が境内に響く。
「みんなにいい1年が来ますように。来海神社でお祈りしてるよ。明日の姫姉様のお出ましはお昼過ぎから。ごめんね。整理券はもうなくなっちゃった。2日、3日分はまだ少しあるから、会いたい人は整理券取りに来てね。れいれいたちもいるよ。じゃあ、またね。チャンネル登録と高評価、おねがいね」

戦国時代らしい来海神社建立以来初のライブ配信は終了。
透子が拍手で玲を迎えている。
「やるね。玲ちゃん」
「なんか、溢れ出た」
玲の耳がテコさんばりに真っ赤だ。六花が玲の両手を握る。
「玲、六花こんなに楽しい年越し、生まれて初めて。ありがとう」
「なんだよ。改まって」
玲が六花をキュッとハグした。
「中学生たち、もう寝なさい。これ以上起きてるとこ見られるとおばさんたち役所に怒られちゃう」
「はーい。戻ろうか」
陽奈が妙子に答える。
「たのしかった。本当に楽しかった」
玲がそう言いながら離れへと歩く。大広間、お布団をまとめて置いてあるところに来てくるっと振り返った。
「ありがとう。陽奈、六花。私、できた」
ふーっと玲がそのまま布団の山に倒れ込む。
「玲!」
六花とかけよると、すーっと寝息が聞こえてきた。笑顔のまま。
「寝ちゃった」
「とりあえずお布団敷いて、巫女服脱がさないと」
「そだね」
陽奈は六花と布団を三人分敷き、一つに玲を運んで慎重に巫女服を脱がせる。ヒートテック全身タイツみたいなカッコになる。起きなかった。メガネを外して玲の鞄の上に。
「このままだと寒いかな?」
「お布団もう一枚重ねよう」
玲を布団団子にして完了。
「お風呂いこうか、陽奈」
「うん」
六花と二人でお風呂。陽奈は少し緊張する。昨日もここのお風呂を使っている六花はスイスイと脱衣所に入り服を脱ぎ始める。意識してしまう。
「陽奈、どうしたの?」
「あ、うん、なんでもない」
ボトボトっと六花から何か落ちた。
「あ、カイロ」
「忘れてた」
陽奈は何かほぐれた気がした。

六花は小さいんじゃなく、引き締まっているから学校の制服がタブついて見えるんだ。その鍛えた身体をみて陽奈は思った。トレーナーがついてるってこういうことか。陽奈は我慢できずに脇腹をつっつく。
「ひゃ」
「プニプニしない」
「プニプニするものなの?」
六花が陽奈の脇腹をつっついたあと、両側をつまむ。ぷにぷに。
「そういうことか」
「納得しないでよー」

二人が広間に戻ると、変わらず玲の寝息が聞こえている。
「熟睡だ」
「私たちも寝よ。六花明日初日の出見る?」
「起きれたら」
「そうね」
「おやすみ陽奈」
まだ本殿の方からは人の気配とお参りの音が聞こえる。陽奈がスマホを確認すると、来海神社のSNS、さっきのライブ配信にコメントがついていた。その中でMISTYというアカウントから、『REIREI♡♡♡♡KIRIKIRI』と書き込まれていた。これ、喜ぶぞ。

「陽奈、陽奈」
「れ、玲?どうしたの?」
真っ暗な中に玲の声がした。
「起きちゃった。初日の出見に行かない?」
「六花は?」
「動き出した」
隣でもぞーっと何かが起き上がる。
「どうしたの?」
「初日の出観に行こうって」
「来海は海から太陽上がってこないけど、いい?」
「いいよ。全然」
「いいとこあるから案内する」

防寒装備を万全にして六花を先頭に歩き出す。本殿横を抜け、参道の脇からすぐ脇の岩山へと続く急な坂を登った。ほぼ登山。六花は陽奈の手を引き、陽奈は玲の手を引いた。
「日の出は背後から来る。海を見てるといいよ」
しらみ始めた空。陽奈は入り組んだ海岸線を一望できる位置にいることに気づいた。やがて空が光に満ちてくるが海岸線は山の影。そこに光の筋が刺し始める、入り組んだ海岸線が光と影のコントラストでより深く見える。
「すごいな」
「昇りました。ってタイミングがいまいち良くわからないのが、難点。でもきれいでしょ」
六花が陽奈と玲を正面から見る。
「あけましておめでとう。玲。陽奈」
「おめでとう六花。連れてきてくれてありがとう」
しばらく三人は寄り添って明るくなる海岸線を見ていた。

Chapter-6-1 御厨陽奈 14歳 来訪者

お雑煮を食べて、お仕事再開。
何か特別に用意するものもないので、社務所での販売を続ける。
昨日ハヤシライスを食べた氏子さんたちの中にはお年玉を持ってきてくれる人もいた。穏やかに時間が過ぎていくが、昼からのテコのお出まし時間は結構な人だかりになった。
3日の整理券もここで配り終わった。
「この時間の絞り方なら渋滞が酷くなくていい感じ」
と透子が分析している。

そして元日は何事もなく過ぎ、
2日となる。その日の夕方、陽奈が違和感を感じて体温計を借りると、微熱を確認。戦線離脱。
「ごめんね」
広間の端っこに布団を敷き、横になる。透子が状態をチェック。市販のウイルスチェックは陰性で、
「たぶん普通の風邪。疲れが出たかな」
ふっと、いつもの違う笑顔。
「ねえ、陽奈ちゃん。ここに、銀河技術見本市でサンプルとして入手した全ての人種の全ての体調不良を、立ち所に治す薬ってのが、あるんだ」
メッキされた銃弾のようなカプセルを透子が取り出す。
「どう?飲んでみる」
「あ、あの、透子先生。それ、地球人が飲んでいいんですか?」
「すべての人種って言ってた中に入ってるかどうかは、ねえ」
コップに入った水を差し出す。
「何事にも、最初はあるのよ。陽奈ちゃん」
「だめー。せんせ。陽奈で実験しないで」
「ち」
巫女服の六花がかけてきて覆い被さった。
木の焦げた匂い。巫女服が篝火の匂いを吸い込んでる。
「仕方ねえ。今回はこれで勘弁してやる」
普通の風邪薬が出てきた。子供用。
「まったく、油断も隙もない」
六花がぷっとふくれる。
「六花、探究は大事よ。御厨さんに電話するね。迎えにきてもらうのは悪いから、六花にキュリエッタで送らせた方が早いか」
「そんな、このくらい、明日には良くなります。まだ、連絡しなくていいです」
「そうはいかないのよ。こういう場合は」
透子は少し困った顔。大人がよくやるやつ。
「まだ、帰りたくないです。お願いです」
心から声が出る。
「陽奈」
六花が泣きそうな顔で見てる。
「透子先生、お医者様だから、ここにいる方が親も安心すると思うんです」
「陽奈ちゃん。気持ちは嬉しいけど」
陽奈は懇願を目に込める。帰るなんて、絶対イヤ。
「んーわかった。でもご連絡はするよ。私がちゃんと治療すると伝える」
「先生、ありがとうございます!」
まだここにいられる。六花と行動はできないけど。早く治さまきゃ。
しばらくすると透子が戻ってきた。
「ご連絡しました。しっかり寝て、約束通り治してね。食欲はあるみたいだから安心。枕元にお茶とポカリ置いておく。しっかり飲んでね」
「はい」

代わる代わる六花、玲が様子を見にきた。透子も定期的にきて熱を測ってくれた。陽奈は少し咳が出て、熱が完全に下がり切らない状態。
そのまま夜を越える。
「陽奈、朝だよ。お熱測ろ」
1月3日の朝。六花の声で目が醒める。巫女服の六花。もう見慣れた姿。
電子体温計を手渡してくれる。陽奈は受け取って脇に挟む。
少し時間がかかるけど、正確な数値がわかるタイプ。
寝ている陽奈をじっと六花が見つめている。
「朝ごはん、食べた?」
時間は8時。人の気配がしてる。陽奈の質問に六花は頷く。
「ごめんね。陽奈」
「どうして?」
「無理させた」
「そんなことないよ。私滅多に風邪引かなくて、たまたまだよ。私こそ、心配かけてごめん」
「陽奈、大事な友達なのに。無理させて、こんなことに」
六花が涙をいっぱいにためてる。陽奈は六花の想いが嬉しかった。でも、ちゃんと言わないと六花は勝手に潰れてしまいそうな気がする。
「六花、きいて。私が熱を出したのは、六花のせいじゃない。それを六花のせいにされると、私、これから何もいえなくなっちゃう。六花が心配し過ぎちゃうから。
こう言う時は応援だけして。頑張って早く治ってって言ってくれるだけでいい。それで十分元気出るから。もしかして、こんなことで私が六花の友達をやめると思ったの?」
「そんなことないけど…」
「わかってるじゃん。六花、もう心配しないで。でも、一緒にいて。そばにいてくれると私、なんていうか、元気でいられる。心強い」
ピピピっと電子体温計の音。数字を見る。36.8。微妙。
「どう?」
「下がったよ」
「どれどれ」
いつの間にか透子が来ていた。陽奈から体温計を受け取る。
「んー、どっか痛いところは?」
「頭痛とかはないです」
「とりあえず、母屋であったかいもの食べようか。食べて薬飲むと平熱になるけど、ちょっと動くと熱上がるかもって状態な気がする。午前中は様子を見る。いい?」
「はい」
六花が陽奈を支えて立たせる。まだ六花の目には涙が溜まっている。好きだと言ってしまいたい。そうしたら安心するだろうか。でも六花のことだから、『私を安心させるためにそんなこと言ってくれたの』なんて言いそう。「六花に初めて友達って言われた」
「そう、だっけ」
「でも、そんなんじゃないよ」
「どういうこと?」
「六花は親友だよ。心の友だよ。マイブラザー」
「まだ、熱あるね陽奈」
六花が涙をためたまま、微笑む。溢れて一筋、頬を伝う。

午前中は母屋で御朱印の郵送準備を手伝った。
熱は上がらなかった。
午後、みんなとお昼を食べた。年明けうどんだった。
綺麗な模様の手毬麩が入っている。妙子さんセンスかわいい。
「よかった、陽奈。熱下がって」
玲もほっとした顔してる。
「玲ちゃんと六花、午後は山社のお賽銭の回収と掃除をお願い。物置に空のお賽銭箱あるからそれと交換してきて。中身はここで数える。鍵は後で渡すから。キュリエッタで運んでくれると早いかな」
「了解」
六花が返事して、玲と頷きあう。いいな。
「陽奈ちゃんは母屋と離れのお掃除お願いしていい? 軽く箒で掃いてくれるとうれしい」
「はい。ああ、もうお正月終わりか」
1/3は熱で寝てたけど。早い。
「これでこの地に姫姉様伝説が刻まれた」
玲がテコを見る。
「来年もやるの?」
テコは異星人。陽奈の不調がウイルス性で、テコに感染した時のリスクを考え、陽奈と距離をとってと透子に言われたらしい。1日ぶりくらりだけど、なんか懐かしい気も。
「テコさん次第」
透子は笑顔。でも、企んでるやつ。
「テコさんの寿命なら親子3代とか4代お祓い受けることができるから。本当に伝説になるかも」
玲がいう
「それ、なんかすごいね」
陽奈がちょっと想像する。私たちと一緒にいたこと、テコにはほんの一瞬の出来事に感じるのだろうか。
「そんなボクでも来年のことはわからないから。また、その時に」
来年。中三の私。六花も。玲も。いやでも状況は変わっていく。

駐車場。空の賽銭箱と外用の箒を2本をもってキュリエッタが動き出す。コクピットには六花と玲。陽奈がキュリエッタに乗せてもらったあの日のように、六花が玲を膝の上に抱っこしてキャノピーが閉まる。なんか、悔しい。
縁側に立って見送る陽奈に二人が手を振って、キュリエッタが舞い上がる。
また、ぐえって言ってるのかな、六花。
『そこは私の場所よ。どいて』
『何を言ってるんだい陽奈。六花を好きなのがなんで自分だけだと思うのかな?』
『玲、まさかそんな』
『ふふふ。もう六花は私のものだよ』
そうして玲は六花をぎったんぎったんに…。
「掃除しよ」
想像を断ち切って、陽奈は掃除を開始。母屋から食堂、廊下。そして離れ。陽奈たちが寝泊まりしてたからか、髪の毛がたくさん落ちてる。普段はわからないのに、集めると大量。成長期だから?
離れの広間をあらかた掃除し終えた時、遠くから大きな音が響いた。
「花火?」
昼下がりのこんな時間に変なの。天気はいいから、雷じゃないし。
と、母屋の方で警報音が鳴ってる。パトカーのサイレンみたいな音。
透子とテコの声がする。なんかあったたみたい。
私も母屋に行ってみるべきだろうか。移動しようと思った時、縁側から長身の男が部屋に入ってきた。靴を脱がず、土足。この時点でやばい。
外国の人が靴脱ぐことを知らずに上がってくるっていうけど、それ?
「あ、ダメですよ。靴を脱いでください。あと、ここは神社じゃないです。本殿は向こうで」
陽奈は頑張って声を出した。男はこっちを向く。優しそうな笑顔。
でも、頭には2本の角。コスプレとは違う本物っぽさ。
「素敵な方がいらっしゃいました。あのお嬢さんのお知り合いですか?」
「あのお嬢さん?」
「地球人最強のパイロットのお嬢さんです」
六花のこと?
「あの方に私、乗っていた宇宙船をぶっ壊されまして。今日はその分の経費を回収しようとしてまいりました。ちょうどあなたいらっしゃった」
男は優しく言う。笑顔を絶やさない。
「お嬢さん、宇宙へお連れします」
「え、なに?」
「あなたなら、最新の高速船くらいの価値はありそうです。十分ですね」
「あ、え」
言葉は丁寧なのに強烈な威圧感。手に何か持ってる。銃?
近づいてきた。
「いやっ」
ガタンと大きな音がして何かが飛び込んできた。陽奈と男に間に入る。男がサッと身をかわす。男が手に持っていたものが弾かれて、室外へ。中庭にドスッと落ちた。
来海神社特有の黒い千早。白と朱の巫女服。手に薙刀を持ち透子がスッと戦闘体制で立つ。
「オリヒト・ヒルバー。未成年者略取の現行犯で」
透子が薙刀を構える
「成敗する!」

Chapter-6-2 倉橋 玲 14歳 人喰石

玲は初めてキュリエッタ。六花の膝の上に座る。右の耳元で六花の吐息。陽奈があの事件で六花が好きになってしまったのがよくわかる。いじめから助けてくれた後にこの密着。きっとドキドキが止まらなかったに違いない。
キャノピーが閉まる。離れの縁側で見送っている陽奈に手を振ってると、キュリエッタが舞い上がった。
「ふぐっ」
「重かった?」
「いつも上昇G忘れちゃう」
本殿がすうーっと遠ざかる。広がる田園と畑。迫る山。
「ねえ、六花」
「なに?」
「陽奈のこと、どう思ってる?」
「どうって?」
玲から六花の表情は見えないが、呼吸の速度が変わったことがわかる。
「陽奈、六花のこと好きだよ。ぎったんぎったん方向に」
「そう」
「六花は?」
「…陽奈のことは大好きだよ。でも、恋愛って感じなのかどうか、わからない。六花、まだそこまで大人になってない」
「そうか」
キュリエッタが山社の参道入口に着陸する。
玲はコクピットから飛び降りる。
「上から掃除して降りてくる。六花はここから上にあがって。合流したところで終了。賽銭箱交換して帰ろ」
「わかった」
「いつになるかわからないけど、陽奈が好きって言ってきたら受け入れてあげて。今の気持ちがわからなくても、付き合ってるうちに、六花が恋愛に気づくかもだし」
「そんな感じで付き合っていいの?」
「だって、六花、陽奈のこと、好きなのは好きなんでしょ」
「そうだけど」
「じゃ、いいじゃん。関係を育てていって。んで、幸せな二人になってよ」
「…玲は大人だね」
「ふふ。六花が子どもなの」
玲は笑顔で六花に手を降って、ほうきを持って参道を駆け上がる。あの二人にはうまく行ってもらわないと、うーたん部的いや、私的に良くない。もう私たち3人は切っちゃいけない関係だから。そう思う。
明るい中で見る山社は、夕暮れのときほど重さはない。普通の古びた神社に見える。本殿を越えて、奥の御神体を収める祠まで行く。
音が鳴ってる。キーンという音はこの間より濃い。
人がいた。痩せた身なりの良いおばさんが一人。変に都会的で場違い。観光客だろうか。
「こんにちは。お参りご苦労さまです」
玲は声をかけた。参道で誰かにあったらこう言ってほしいと、透子から教えてもらった。
「あら、かわいい巫女さん」
「本殿は下ですよ」
「いいの。ここに来たかったの」

パワースポットとして、この石押さえの祠は紹介されている。人が来るのはおかしくない。でも、なんだろう。この違和感。
玲はおっきな新巻鮭が供えられた小さな祠を見る。
キーンという音、もっと濃くなってる。
「巫女さんはこの下に何があるか知っていて?」
「人喰石です」
「半分正解ね。これは石じゃなくて生き物なの。今は休眠状態。こんなのが地球にいっぱいいるの」
おばさんは語った。玲をみて、優しげな微笑み。
「まさか、あの子の近くにいるなんてね」
「あの子?」
「六羽田さんの娘さん。海側の神社にいるのでしょう」
六花の知り合い? でも、これ、この言い方、いい関係であるわけない。
「どうかな?」
玲はスマホを出す。バカのフリ。
「どこにいるか聞いてみましょうか?」
「いいわ。あなたがいれば」
おばさんが何か言う前に六花にメッセージが打てた。『きけん』
「さて、始めようかしら。本当にいいタイミングで巫女さんが来てくれた」
おばさんがショルダーバッグからタブレットを取り出して、数回タップする。と空からパイプがどすんと落ちてきた。祠の直前の地面に先がめり込む。
「な、なにをして」
「じゃ、あとはよろしく」
「ちょ、ちょっと」
おばさんがすーっと上空へ引き上げられる。参道を覆う高い木の上まで上がると姿が消えた。同じ位置から祠前の地面に伸びたパイプ。何もないところからパイプだけが地面へと繋がっている。
玲は呆気に取られていた。でも、心の底がずっと冷えた。本能的な恐怖。
たぶん、まずい。玲は六花と合流するために参道を降りる。
その時、雷が落ちるような音がして、パイプが光を放って弾け飛んだ。玲は衝撃で転ぶ。手をついて顔直撃は免れた。
祠の辺りに青白い霧が立ち込めている。と、その霧が渦を巻いて周辺のものを地面の中に吸い込み始めた。
「本格的に、まずい」
立ち上がって玲は参道を駆け下る。しかし祠の前にできた渦から青白い霧が下のように伸びてきて、玲を捕まえようとする。見ると、お供えの新巻鮭が飲まれる。近くにいた小鳥が飲まれるのも見た。生き物に対して舌が伸び、渦に引き摺り込んでる。
「助けて六花!」
走って逃げるがぐんっと引っ張られる。青白い半透明の舌がカバンのワープグラスに巻き付いて引っ張っている。ぶち。ワープグラスのキーチェーンが外れる。とそれはワープグラスだけを引き込んで、玲の追跡をやめた。
次の瞬間、ものすごい音がした。地面が揺れた。玲はまた石の階段で転ぶ。
青白い渦が消え、地面から大きな目。大きな口、びっしりと生えた歯。怪獣が地下からずるずると出てくる。祠押しつぶされて破片になっている。

Dragon of KURUMI


「龍?」
玲は座り込んでいた。立てない。
50mほど先から、龍の吐息がかかる。口は例の身長を遥かに超える大きさ。目が玲を捉えている。手足のないそれが大きく口を開けると玲に一直線に向かってきた。
白い牙と黒い口しか視界にない。その映像が突如横方向に急速に流れる。
「六花!」
玲はキュリエッタに掴まれて龍から離れていた。
上空でホバリング。キャノピーが開き、六花がキュリエッタの腕から玲を引っ張る。玲は自分から六花に抱きつく。
「六花、六花」
六花が抱き返してきた。触れ合う頬が温かい。玲は自分が助かったことを実感する。
「玲、大丈夫?」
今になって震えがきた。六花から手を離せない。
呼吸を整える。倉橋玲はいつでも飄々と。落ち着け。私。
「変なおばさんがいて、祠に空からパイプが」
「空からパイプ?」
「それを伝って稲妻が落ちると、あれが出てきて」
玲を膝の上に座らせるとキャノピーを閉じ怪獣が見える位置に移動。それはゆっくり左右を見ている。私を探しているのか?
まだ震える。玲は六花に抱きついたまま。
「おばさんは空に消えた」
「おばさん、パイプ…」
六花が考えを巡らせてる。キュリエッタのコンソールに各センサーが全開で何かを探している表示が出た。
「何かあるの?」
「ある!」
六花が叫ぶとキュリエッタを上昇させる。右手に光る剣が握られた。六花が空中に向かってそれを振る。火花が走った。空にノイズが走って、何かが姿をあら合わす。
「これ、なに?」
「宇宙船。あの時と、同じやつ」
「あの時?」

四角い箱のようなものが宙に浮いていた。表面のディテールを見ると確かに人工物でドアとかあって乗り物だ。六花がスマホでアプリのアイコンを叩く。画面に『alien alert』の文字。
さらに六花は宇宙船に切りかかる。と、下からさっきの龍が飛び上がって襲ってきた。地面まで落ちると再び勢いをつけて飛び上がってくる。そのうち顔の後ろ、魚で言う胸ビレの部分が伸びて、飛距離が伸びてきた。
「どんどん飛べるように」
「あれ、進化ってこと?」
宇宙船にかまけている場合ではない。あの龍をなんとかしないと。
「今はこっちから離れないけど、人のいる方に行ったらまずい」
「あの宇宙船、私たちが龍をどうするか、見物してるの?」
去るわけでも、近づくわけでもなく、姿を現したまま、四角い宇宙船は止まり続けている。
「六花、さっき私、ワープグラスをあいつに喰われた」
「ワープグラス?」
「こうやって、何度もこっちにくるのはそのせいかもしれない。あの音も鳴り響いてる。持ってるでしょ。ワープグラス」
「ある」
六花はシートの後ろからカバンを取り出した。陽奈の作ったハート型のワープグラス。震えている。
「反応してる」
「提案があるの。六花。これキュリエッタに持たせて動けば、あいつを誘導できると思う。釣りみたいに」
龍がまた空を登ってくる。飛べる距離がどんどん伸びていってる。
玲は心の中で謝った。陽奈、ごめん。あのハートの意味、わかってるよ。ちゃんと六花には伝えたから。
「やってみる」
キャノピーを少し明けて、六花がキュリエッタの手にワープグラスを持たせる。それを龍に見せると、さっきまでの散発的な攻撃から一転、本気で追いかけてきた。
「かかった」
「六花一旦あの宇宙船から離れて」
「どうする?」
「あいつのところまで龍を誘導して、ぶっつけてやろう」
「そう言うことか」
六花がキュリエッタを降下させる。地面を滑るように移動するとそれに合わせるように龍が追ってくる。
「六花、宇宙船が正面に来たら」
「まっすぐ!」
上昇角45度で空を上るキュリエッタと龍。宇宙船は動かない。六花が宇宙船のすれ違いざまにワープグラスを落とす。赤い光を放って、四角い宇宙船の天井に落ちる。
ガンっと衝突音。降下するキュリエッタの背後で四角い宇宙船に龍が激突した。
「やった!」
上手くワープグラスが口に入らないのか、何度も船体を噛んでいる。そのうち宇宙船はゆるゆると降下し始めた。龍に咥えられた状態で、田んぼに軟着陸。龍は噛み続けている。
「もしかして、あの宇宙船のエンジンのワープグラスも食べようとしてるの?」
「自分であの龍を目覚めさせたのに、おばさんコントロールできてないんだ」
キュリエッタでゆっくり近づく。と、風切り音がして龍に何かが突き刺さった。背から腹に長いものが突き抜ける。同時に宇宙船を大きな足が踏んづける。龍は何度か身を捩ったが、大きく息を吐いて、動かなくなった。
「アウスト!?」
六花が叫ぶ。左腕がフレーム剥き出しのアウストと呼ばれた大きなロボットが宇宙船を踏んづけ、ハルバートを龍に突き刺した状態でこっちを向いた。
[指示を請う]
キュリエッタのコンソールにアウストからの通信が文字で現れる。
「六花、玲、降りてきてくれ」
「テコさん?」
「どこ?」
「本殿手前にいる」

キュリエッタでそこまで行くとウィッグを外した巫女服姿のテコが立っていた。後ろにSCEBAIのミニバン。クルマで来たみたい。テコさん、免許あるの? 玲はふと思った。
「六花、玲、大丈夫?」
「玲が」
「大丈夫。かすり傷」
「何があった?」
「あの宇宙船からパイプで地面に稲妻のようなものが走って、龍が出てきました。おばさんが一人いて、その人がやったみたいです。たぶん、宇宙船の中にいます」
玲が経緯を説明する。
「テコさん、あの宇宙船」
「うん、神の国事件のオリヒト・ヒルバーの船と思われる」
「おばさんを見たって玲が言ってます。もしかして」
「神城千賀子の可能性は、ある。これから調べる」
「だれ?それ」
「神城千賀子は、ぽぽちゃんを殺した、母親」
六花が一言一言絞り出すように言う。
「六花、テコさんに任せよ」
私の知らない六花になろうとしてる。何があったかわからないけど、だめ。
ただの中学生でいて。玲は思いを込めて六花の手を握った。
「六花はアウストで龍を高天原2まで持っていってほしい」
「宇宙まで?」
「あの龍はたぶん、人喰石をワープ用のエネルギー使って強引に活性化させたみたいだ」
「人喰石がどうして龍に?」
玲が動きを止めてる龍を振り向く。
「龍が出る前に、いろんな生き物を吸い込まなかった?」
「吸ってます。お供えの鮭とか、鳥とか。私もやばかったです」
まだ少し怖い。今度は六花が寄り添ってくれる。
「伝説の通りだよ。人を飲み込んで人になったように、生き物を飲み込んで、それを真似る。こいつは魚とか鳥がベースになってる。この星、この時空の生き物になることで『存在』していられるようにするんだ。さらにエネルギーがあれば自分を進化させて、優位な特性を得ようとする。という記述もある。前例はあるけど、数が少ない。銀河の長い歴史に中でもね」
テコは龍を見る。
「あの龍は帝国の科学アカデミーに送る。連絡したら高速艇をもう差し向けたそうだ。銀河でも稀有な存在。博物館行きの貴重なサンプル」
テコはちょっと笑う。
「すごく高く売れる」

Chapter-6-3 テコ・ノーゲン 208歳 帰省者

テコが六花と玲に会う少し前のこと。

手首の端末がアラートを発した直後、遠くで爆発音がした。しばらくして、透子のスマホがけたたましい音を鳴らした。
「エイリアンアラート、六花から!」
透子が叫ぶ。
「山の方で反物質反応が出てる。行こう」
テコはかんざしとウィッグを外した。
「運転できますか? バンで先に行ってください」
「透子は?」
「患者がいるので、様子見てウチのクルマですぐ行きます」
テコは巫女服のまま駐車場へ走った。陽電子砲からワープエンジン、果ては星ごと消すレベルの兵器に使う反物質燃料。漏れ出すと大惨事になるため、テコはそれを扱うものとして、センサーを身につけている。それが突然、山での反応を拾った。
間違いない。来訪者がいる。
自動車の運転はもう理解した。法律があるらしいが、左側通行と信号を守ればなんとかなるって、透子は言ってた。
山には六花が行ってる。アラートを六花が発しているから、彼女が事態を見る状態にいるのはわかる。少し安心。
テコはクルマを走らせながら、キュリエッタの視覚情報を得る。
手足のない生き物がキュリエッタを攻撃している。
存在があり得ない生き物、反物質反応、山社の伝説。
「誰かが、亜空間生命体を覚醒させたのか」
この時空からすると『反物質』を生きる糧とする、別の空間の生き物。超新星爆発等で空間に穴が空いた時にこちらの次元に存在してしまうことがある。こちらの空間では、活動のもとになるエネルギーが取れないため、石のような塊で存在する。それ以上の変化は起こさない。
陽電子砲を撃ち込んだり、ワープエンジンと接続したりとか、高エネルギーを与えるようなことをしなければ。
事例がないわけではない。惑星改造しようとして、陽電子砲で地表を焼き払ったらボコボコと未知の生物がわいたこともあったという。あそこまではっきりと生物の形をしている過去例は多くはないが。
「伝説の生き物の正体はこいつかもな」
日本のみならず、地球、銀河の各地。龍のような伝説の「いそうでいない」生き物がたくさんいる。化石や痕跡が残っていないため「伝説」扱い。
珪素生物だった石が何からの形で覚醒して、周辺の生き物から遺伝子を取り込み、ひと暴れして石に戻る。伝説の生き物はこんな経緯でてくるのかも。テコは思った。

『ノーゲン殿聞こえるか?』
「村井、なにか?」
『エイリアンアラートを確認した。警報は国に伝達済み。加えてアウストAIから出撃許可がきた』
アウストAI。おそらくプリンセスユニットからの出撃要請だろう。
「アウストの状態は?」
「腕はフレーム接続に成功した。装甲はまだついていない」
「充分だ。出してくれ」
『なにが起こっている』
「亜空間生物を反物質使って暴走させたやつがいる」
『重大事件だ』
「アウストの出撃サポートお願いする」
『了解した』
テコは続いて帝国技術院の超光速通信ポータルから科学アカデミー向けでメッセージを送る。亜空間生命体の活動個体の回収要請。即座に付近で活動中の高速輸送艇を派遣したと返答があった。
テコが山社の参道入り口に差し掛かる。キュリエッタが龍の攻撃をかわしている。上空には四角い宇宙船。
「あれは、ケルカリアの」
アウストAIが出撃許可の要請を送ってきたのは、六花との視覚共有であの宇宙船の存在を知ったからに違いない。復讐という言葉が浮かぶ。
テコが見ているなか、キュリエッタは小さく赤いものを手に持つ。それを見た龍が猛然と追いだした。手に持っているのはワープグラス。仮説が正しければ、自分もしくは仲間の一部。取り返したいに決まってる。
キュリエッタはそれを使って龍を誘導し、あの宇宙船に叩きつけた。
「はは、やるね」
アウストの出番、ないかもな。と思ってるところに、アウストAIから目標確認の通信。
「龍と宇宙船を動かないようにして」
そしてテコは六花たちと合流した。

「キュリエッタを貸してね。六花。とりあえず、アウストのコクピットまで連れてくよ」
テコはアウストに踏まれたまま沈黙している宇宙船を見る。
「そのあと、あれを調べる」
テコはコクピットに入って、六花と玲をキュリエッタの両腕に座らせると上昇。出迎えるようにアウストのコクピットハッチが開く。首元に着地。
「じゃ、お願いする。緊急時武装の使用制限はないけど、周囲にあまり影響がないようにして」
「もちろんです」
テコは二人を下ろしてキュリエッタを宇宙船の方に向かわせようとすると
「ちょっと待って、玲、なんでアウストに?」
「え? 私たちチームだし」
「そ、そうかもだけど、危ないよ」
チームであることは否定しないんだな。六花。
「さっきのワープグラスで誘導作戦は誰の発案? 私、役に立ってる」
「でも。なにかあったら」
「何かあったらだめなのは、六花も同じ。無茶しないように。見張るよ」
「六花、下で待ってるより、そこの方がきっと安全だ」
テコはそこまでいってキュリエッタを離脱させた。二人がコクピットに入っていく。視線を下に移すと、真四角の宇宙船がアウストに踏まれている。
テコは宇宙船のスペックを探す。帝国籍でなく、辺境宇宙で作られたものだと、情報がない場合が多いが、これはアバウトながら情報があった。
オガトマチ社製多目的軌道往還船スクエラ。強力な重力制御器をもって、地表と軌道を大量の荷物を持って行き来するための機体とある。正確な内部構造図などはなかった。
テコは地表スレスレで宇宙船の周りを一周する。何度も龍に噛まれて外装の一部がひしゃげている。正確にエンジン近くを噛まれたらしく、安全装置が働いて軟着陸をしたよう。1周回って元の位置に戻ると、誰か立っていた。
「なに?」
その人影がなにか撃った。咄嗟に交わしたものの強力な電磁パルスが放出され、一時的にキュリエッタの反応が鈍る。人影はその間に今度は龍に向かって2発打つ。反物質反応がでてセンサーが警告を鳴らす。
どおんと龍が脈動した。
「六花、龍が動き出す。注意して」
「テコさんは」
「宇宙船から足を離していい。こっちは任せて。龍を衛星軌道へ」
キュリエッタをチェック。機能欠損はない。
「最悪高天原でなくていい。宇宙に捨てて」
「わかりました。テコさん気をつけて」
波打った龍がハルバートに切り裂かれながらも、その刃から逃れ飛び上がる。体の傷が急速に塞がれていく。かなりの量エネルギーが注ぎ込まれたらしい。アウストはそれを追って山社から飛ぶ。
「頼んだ。六花」
テコはさっきの人影に視線を戻す。ランチャーらしきものを捨て、宇宙船に戻っていく。それを追ってキュリエッタを開いたカーゴドアから船内へ入れる。広いカーゴスペースにはいくつかのコンテナがあるだけ。隠れているかもと思いテコはコンテナをスキャンする。
「これ、人を運ぶためのコンテナ?」
生命維持装置、排泄用の管、保温システム。ちょっと大きな棺桶、テコが神城千保の遺体を収めるのに使った安置装置に似てなくもない。
「また、人をさらうつもりだったのか」
スキャン結果ではすでに人の入っているコンテナはない。キュリエッタを奥へ進める。操縦エリアへの入り口のドア付近に人影があった。座り込んでいる。上質そうなスーツ。痩せた身体。50歳前後だろうか。日本人の女性。黒髪は神城千保とよく似た綺麗なストレート。ドアが開けられない。彼女の手から指がなくなりつつある。陽電子被曝。崩壊だけで済むなら、これでもかなり軽度な方。
テコはキャノピーを開けた。
「神城千賀子だね?」
「なぜ知ってる?」
「六羽田六花は私の雇用主だ。雇用主に関係する事柄を知るのは当然だろう。私はアーデア王国のノーゲン」
「あなたのことは知ってるわ。ほんと六羽田の娘。邪魔ばかり。うちの娘と同じで憎たらしい」
「何をしたかった? 反物質を惑星大気圏内で無許可露出させることは重罪だ」
「銀河帝国の法でしょう。無関係よ」
「どう思っていても、反物質テロに違いはない」
座り込んできっとした目でテコを睨んでいる。身体の崩壊は止まったようだ。神経ごと消えるので切断のような痛みはない。ただなくなると聞いたことがある。ただ、崩壊跡の断面は義手のそれに見える。
「六羽田の娘の関係なら、知っているでしょう。私の憎たらしい娘はどうしてる?」
「…自分で殺したくせに、何を言っている」
「あ、そう。…あれで死んだの」
「事件後のこと、知らないのか」
「逃げるので精一杯。何発も撃たれて死にかけをヒルバーに拾われた。この体も半分は機械。あいつの商売の収益を倍にしてやって、命を救われた分はチャラ」
「なぜ、今戻ってきた? 帝国領域外で成功者になったのだろう?」
才覚は半端なものではないらしい。世界規模の宗教団体を実質束ねていたのは実力ということか。
「正月には里帰りするものよ。日本人は」
神城千賀子は薄く笑う。
「ヒルバーに拾われてから、色々調べたわ。教団を潰した連中が地球防衛隊って組織になったこと、教団が集団自殺で終わったこと。防衛隊が神の子どもたちを使役してることも。ヒルバーはテクニカに見学ついでに何か仕掛けたらしいけど、あなたのこともそこで聞いたわ。知らなかったのは娘のことだけ。六羽田の娘と一緒にいると思ってた」
「神城千保に会いにきたのか?」
「私を排除して、どんな顔して暮らしてるか知りたいじゃない。でもいないんじゃ仕方ない。なんでかしらね。本当に憎たらしいし、あの時、攻性防壁も放ったけど、のうのう生きてると思った。いないとわかると気が抜けてしまったわ。最後に生意気な顔見たかったのかしら」
「最後?」
「あの亜空間生物が人を取り込んで巨大化して、この国を潰す予定だった。丁度よく巫女さんが来たのに、六羽田に娘にまた邪魔されちゃった。でもアレはまだ生きて動いてる。面白いことになるといいわね」
「言葉を借りれば、また六羽田の娘が邪魔をするよ」
「そう。じゃ、仕方がないわ」
指の消えた手で反対側の腕についてる端末を叩く。両手とも義手だ。
『転換炉反転シークエンスが了承されました。継続の場合、乗組員は速やかに脱出してください』
アナウンスが流れる。
「どこまでが巻き込まれるのかしら? この村? 伊豆半島? 富士山まで?」
「実は、そうでもないんだ」
テコはキュリエッタを前進させ千賀子をつかむと、空いてる人身移送用のコンテナに放り込む。蓋をして、船外へ運び出す。
すぐ戻って荷室にあるアクセスパネルから、この宇宙船のエンジンコントロールにアクセス。いくつかのブロックは存在したが、程なく反転シークエンスの中断停止を選択。エンジンを停止させた。
『反転シークエンスを終了します。通常モードにて待機』
テコはそれを確認して船外へ。コンテナを開く。
「申し訳ない。終わったよ」
「なんで? また失敗なの?」
「あなたは宇宙に出て2年くらいか。知らないのも無理はないけど、宇宙船の転換炉には何重も安全装置がついてるんだ。簡単に暴走させて空間ごと破壊なんて繰り返していたら、今の宇宙船の数考えると、それこそ宇宙がいくつあっても足りないからね。転換炉の暴走はつきっきりで自爆するつもりじゃないと、止まるようにできてる」
「ヒルバーのやつ」
「あなたには、この国と銀河帝国の法の裁きを受けてもらう。六花がきたら、殺してしまうかもしれないからね。私は彼女を人殺しにするつもりはないから」
「面倒くさいこと」
バタン。テコはコンテナの蓋を閉じた。

Chapter-6-4 来海透子 26歳 引き金

患者を見る。当たり前のことを実行した透子は、広間に見覚えのある顔を見た。壁に飾ってある真剣の薙刀を掴んで、陽奈との間に飛び込む。オリヒト・ヒルバー。神の国事件の時の映像ではターバンを巻いていたが、今は素顔。あの時、ツノを隠すためだったらしい。
「陽奈ちゃん、下がっていて」
透子は薙刀を構え、オリヒトとの間合いをとる。大広間。薙刀を振り回すには十分な広さ。相手が持っていた銃のようなものは庭。今のところ、丸腰。
「降参しなさい」
「美しい構えです」
オリヒトが右手を一振りすると、その手にキュリエッタのようなビームロッドが握られていた。
「剣術は紳士の嗜みですので、お相手いたします」
切りか、突きか。
オリヒトが肘をたたむ構え。突きだ。
透子は薙刀を回しながら間合いを詰める。透子の牽制攻撃をかわしながら素早く、だが予想通り突きがくる。回転を反転させ刃の峰で首元をねらう。浅いが打ち込みが入った。
「つ」
オリヒトが引く。
「全部白状させるまで殺しなしない。死ぬより辛い目には合わせるかもしれないけど」
「野蛮ですね」
「それだけのことしている自覚はあって? 人から奪うなら、奪われる覚悟は持っているべきね」
背後で陽奈がはっと息を飲む声。何があったかわからないが、今は気にしてられない。
オリヒトが攻勢に転じた。突きを繰り返す。動きは早い。髪の毛が焦げる匂いがするが、それを避けきり、透子は床ぎりのレベルまで身体の位置を落とす。その高さで右に薙ぎ払う。峰が足首をとらえた。衝撃が骨まで届いた音。オリヒトの巨体が揺らぐ。床に手をついて上を取るために伸び上がった透子に、オリヒトは倒れ様に左手の拳を入れる。
「がっ」
メガネが飛ぶ。しかし、透子は体を回転させながらオリヒトの上に体を入れ、オリヒトの首に峰を叩き込んだ。二人が倒れる。
「透子先生!」
陽奈の声。
「きちゃだめ!」
透子が立ち上がってビームロッドを部屋の隅に蹴り飛ばし、間合いを取り、刃を倒れているオリヒトに突きつける。口の中が切れた。血の味がする。歯は折れてないみたい。まだトドメは刺してない。陽奈を近づけるわけにはいかない。
「女の顔殴って何が紳士よ」
オリヒトは息をしている。軽く蹴って仰向けにする。首に刃を突きつける。いつでもとどめをさせる。
「何しにきたの? あんた」
「…雇用主の復讐につきあってまして。せっかくなので、素材の調達を」
「雇用主って、まさか神城千賀子?」
「もう何年も前ですのによく覚えてますね、もしかしてあの時の関係者の方ですか? いや、テクニカでお見かけしましたか」
オリヒトは動かない。
「とにかくあの方、事件に関わった子ども達側の人間が生きているのが許せないそうで。一度別れたのですが、執拗に再契約を希望されまして。逃げる際にかなり撃たれていたので、新しい体を一部追加いたしました。今回の復讐の料金は地球防衛軍に払わせるとのことで、テクニカの時もそうですが、調達にお伺いしたわけです」
「なんで、ここにきたの? 防衛軍基地でなく」
「ここには、亜空間生物の痕跡がありまして、そこに六羽田六花さんもいるということで。オオゴトにしたいようです。地球なんてどうなっても構わないともおっしゃってましたし」
「なんで、今来たの?」
「…お正月とやらを楽しんでいましたよ。私の目から見るとですが」
「そんなに浸りたいなら復讐なんてやめればいいのに」
「羨ましかったのでしょうね。あなたたちが」
ベラベラとよく喋る。おそらく黙っている契約にはなっていないってことなんだろう。
「でも、そろそろ、結果が出る頃かと」
空気を切り裂く音。次に凄まじい衝撃音。近くに何かが落ちた。
陽奈が悲鳴を上げて耳を塞いでしゃがみ込む。音で透子の切先が少し外れた瞬間、オリヒトが床を這って庭に飛び降り、落ちている銃を掴んで透子に向けた。光が透子に伸びる。姿勢を低くした透子の肩口から背中を熱が走り抜ける。次に銃口はしゃがんでいる陽奈に向く。突進を続けた透子は薙刀で突きを出し、手首ごと銃を弾き落とした。銃と指が地面を転がる。
そのままの勢いで縁側から庭に落ちた透子に、オリヒトが左手から出したビームロッドを突き立てる。左肩にロッドの先端が触れたが、透子は地面を転がりながら間合いをとって、身体を起こし薙刀を首元に投げつける。切先が触れようとした瞬間、オリヒトが光に包まれた。
透子はオリヒトの驚愕の表情を見た。そして、消えた。薙刀ごと。
「銃を置いて、陽奈」
陽奈がオリヒトの銃を握って肩で息をしている。がしゃ。砂利の上に銃が置かれる。透子は背中に凄まじい痛みを感じていたが、立って陽奈を抱き寄せた。やっぱり震えている。
「ありがとう陽奈ちゃん。助かった」
「き、きえました。あの人、私、透子先生助けたくて」
「私の目を見て」
陽奈が震えながら顔を上げる。何が起きたかわからない顔。
「陽奈ちゃん、ありがとう。何が起きたかなんて、私にもわからないから。安心して」
変なこと言ってるが、笑っておく。陽奈の震えが少し小さくなった気がする。透子は銃を見る。
「この銃、後で調べましょう。消えた理由わかると、思う」
地面にある銃には引き金が二つあった。
「座ろ。陽奈ちゃん。もう、脅威はないみたい。オヤジかオフクロ、よんで、きて」
「透子先生、先生!」
透子はそこまで喋って、縁側に座り込むと、意識が遠のくのを感じた。
陽奈の泣き顔がゆっくりとブラックアウトしていく。

Chapter-6-5 倉橋 玲 14歳 それは愛ゆえに

「なに?」
テコの声がした。
アウストのコクピット。六花のパイロット席の左に迫り上がってきたシートに玲は座っていた。何名か乗れるようになってるらしく、畳んだシートに見えるものが壁に埋まっている。
アウストの足元で突然どこかから現れた人影が撃った。
キュリエッタがそれを避ける。人影はその間に今度は龍に向かって2発撃つ。どおんと龍が脈動した。
「六花、龍が動き出す。注意して」
テコから通信。
「テコさんは?」
六花が問いかける。
「宇宙船から足を離していい。こっちは任せて。龍を衛星軌道へ」
人影は船内へと逃げていく。あれはさっき玲を人喰石に食わそうとしたおばさんだ。
「最悪高天原でなくていい。宇宙に捨てて」
「わかりました。テコさん気をつけて」
龍がのたうち回る。そのうち、体が切り裂かれるのにも関わらず、ハルバートの刃からのがれて、飛び上がった。普通に飛んでる。切れた体の傷は急速に埋まって治った。
「六花!」
「追いかける」
アウストが龍を追う。
「海社にむかってる」
「そうはさせない」
六花が加速させて龍に追いつくと、至近距離でハルバートからビームをぶっ放した。光線を喰らった龍が海社横の岩山に叩きつけられる。龍が煙のようなものを吐いた。それでも身をよじって飛び上がり海社に突っ込んで行こうとする。
「こいつ」
「一旦海に持って行こう六花」
ハルバートを横に振って龍に叩きつける。喰らった龍が沖合の海に落ちた。
玲はその様子を見つめる。口から激しく泡が立つ。
「六花、あいつ、呼吸している」
玲は六花を見た。ゴーグルしてるから表情はわかりにくい。
「一旦、海に沈めたらおとなしくなるかも。息できなくて」
「魚取り込んでるんでしょ。元気にならないかな?」
「そしたら今度は海からあげるとおとなしくなるって」
龍が落ちた場所まで飛び、飛びあがろうとするその首にハルバートを突き刺す。六花の攻撃は的確。
「このまま、海の中へ」
突き刺したまま、アウストは海の中へ。龍の口からボフッと大量の泡が出て、身震いする。確かに動きが弱くなってきた。
「効いてる?」
テコからはエネルギーを使って自分を進化させていくと効いたけど、それっていつ終わるんだろうか。
「感じが変わってきた」
口とヒレの間に亀裂が走り、開く。そこから泡がふっと出た後、定期的に閉じたり開いたりするようになった。
「鰓呼吸になった」
「潜る!」
「引っ張り上げられる?」
「刃が抜けそう。あっ」
龍が刃から逃れて、深海へさらに潜っていく。
「逃げられた」
「逃げたら、誘き寄せるしかない」
玲は六花と顔を見合わせる。
「ワープグラスで釣りだ」

そのままアウストで来海の港に着陸。玲がまだかろうじて残っていた勾玉ワープグラスと漁師のおじさんから発泡スチロールの玉をもらって、ダッシュでコクピットに戻ってきた。
「ワープグラスをこの玉にくっつけて、食べに来るのを待つ」
「来るかな?」
「さっきのこと考えれば絶対来る」
アウストが龍を見失ったポイントに戻る。玲がワープグラスのついた発泡スチロール玉を撒く。
どうしよう。玲は考えていた。透子が怪我をして救急搬送されてる。ワープグラスを取りに行ったら、妙子さんが教えてくれた。運んだのはテコさんで、キュリエッタでSCEBAIの病院へ。陽奈も怪我はないが異星人に接触したらしく一緒に搬送されたという。
六花に言ったら全部ほったらかしで病院に行くかもしれない。集中して龍に対処できないかもしれない。テコさんからその話がこっちに来ないのはそれを見越しているからだろうか。
でも事後報告したら、友達でいられないかも。六花は許してくれないかも。
でも、もう、龍退治を優先した。それが正しいと思ったから。
早く、食いつきやがれ。
この間に、透子に何かあったら。私、六花に殺されるかもしれない。
そんな激しいもの持ってる子だってわかってる。だから、仕方ないか。
アウストのセンサーが急速に浮上してくる物体を捉えた。
よし。かかった。山社できいた、あの音もしてきた。
「六花、奴がワープグラスに噛み付く時を狙って。突き刺したら、そのまま急上昇で宇宙へ」
「わかった」
「くるよ」
水面スレスレで待つアウストの眼前に巨大な頭が現れた。
「いけ、六花!」
「うらああ!」
頭を真横から突き刺す。その勢いのまま、アウストはスラスターを全開、上昇に入る。龍は身を捩って暴れるが速度があって刃から逃れられない。やがてえらがパクパクしなくなった。でも、身体が変化しない。
「進化が止まってる。多分、これで勝ちだ」
「やったね。玲」
「…うん」
私、これが初めての宇宙なのに。なんで、こんなに悲しいんだろう。このあと、六花に嫌われるのがわかっているから? 玲は六花に見えないように勝手に出てきた涙をふいた。
アウストのモニターに弧を描く地球。ずっと見たいと思っていた。
龍は動きを止めている。やがて、石に戻ったりするんだろうか。
そのうち、宇宙船が何隻も係留されている大きな建造物が見えてきた。
そこにキラキラ光る三角形でとんがったお高そうな船が停泊している。
ナデシコよりは小さい。
「こちらは帝国科学アカデミー、担当官のテキリウムだ。サンプル、確かに受け取りました」
船から包帯のようなものが伸びると、龍をぐるぐる巻きにして宇宙船のカーゴルームに引き込んでいく。アウストのモニターに科学アカデミーのホヘイス・テキリウムと名乗ったおじさんが映っている。まるッと太ったおじさんはカーゴドアが閉じると、満足そうな笑みを浮かべて
「ありがとう。論文作ったらおくるね」
といってすぐさま出航していった。

「終わったね」
ゴーグルを外した六花が笑う。
玲はいう。言わなくてはいけない。
「六花、このままSCEBAIへ。透子先生が怪我して運ばれてる」
六花の顔がみるみる青ざめる。
「いま?」
「さっき、聞いた。釣り上げる前」
アウストが反転し機体前方にバリアを展開。大気圏に再突入する。
「どうして、すぐいってくれなかったの!」
「…ごめん。任務があるから」
「玲のバカ!」
海が見えた。アウストは音速を突破したまま高度を下げていく。
「だめ、六花、こんな速度で降下したら、衝撃波で」
「うるさい! うるさい!」
「おねがい! やめて。やめてよ」
懇願して腕を掴んだ玲を半泣きの六花が睨みつける。速度が落ちるのを体感する。
「せんせに、なにかあったら、六花どうしたらいいの? また、こわれたままになる、直してくれるせんせはいない」
「六花」
「玲のバカ。バカ。バカ。大っ嫌い」
玲の手を振り解く。程なくアウストは着陸許可を得ることもなく、病院棟の真ん前に着陸した。
何も言えない玲を残して、六花が一人で降りていく。
振り返りもしなかった。
「…結構こたえたな」
ボロボロと涙が落ちてきた。そのままシートに座っていた。

どのくらい経ったのだろう?
外から乗降用のリフトが上がってくる音がした。
「玲?」
「テコさん、陽奈」
二人の顔が見えた。
「とりあえず、降りよう。玲。アウストはボクが片付けるから」
「はい」
玲がシートから立ち上がると、陽奈が引っ張ってくれた。
あ、まだ巫女服だ。玲は自分のカッコに違和感。
入れ替わりでテコがパイロットシートに座る。
「ありがとう陽奈」
陽奈はぎこちなく笑ってリフトを促す。玲は先に降り、陽奈があとからきた。
「おかえり。玲。完璧な任務遂行だったって、みんな褒めてる」
「そう。ありがとう」
「透子先生も」
「大丈夫? 先生」
背後でアウストが歩いて移動を開始した。
「背中に結構な火傷があって。私を守るために異星人と薙刀で戦って」
「妙子さんにちょこっと聞いた」
これだけのことあれば、陽奈がいつもと違うのはわかる。
「で私、咄嗟に落ちてる異星人の銃でそいつを撃ったの」
「え?」
「そうしたら、異星人が消えた」
「消えた?」
理解が追いつかない。
「テコさんがいうには、多分、転送装置じゃないかって」
「転送装置?」
「一度人間を電子の状態にまでばらして、通信機を使って移動して、その先でまた再構成するシステム。SFである、瞬間移動装置」
「映画のは知ってるけど、そんなこと、できるようになったの?」
「テコさんの帝国技術院でもまだ実験段階だって。人間を移動させるなんてリスクがありすぎるって言ってた。その銃はトリガーが二つあって、一つは光線銃。もう一つが転送光線」
「どこに転送されたの? その人」
「不明みたい。玲が見つけた四角い宇宙船を見たけど、いなかったみたい」
ちょっと不安げな顔をする陽奈。
「テコさんがいうには、あの四角い船では遠くに行けないから、遠距離を飛ぶ宇宙船がどっかにいるはず。それに飛んだんじゃないかって」
「だとしたら、また来るのかな』
「どうだろう?透子先生の全力アタック受けてるから、タダで済んでないと思う」
「ならいいけど。でも陽奈無事でよかった」
「でも私さ、光線銃の方の引き金引いてたら、人殺しになってたのかな?」
「陽奈…。でもそれって正当防衛だよ」
「その時は全く考えてなくて、後から気づいて、かなり、怖い」
玲は陽奈の頭を撫でる。
「起こらなかったことで悩むのやめよう。今の陽奈はいつもの陽奈だよ」
「ありがとう」
搬送に至る顛末に玲は背筋が寒い。陽奈がさらわれなくて、本当に良かった。でも、私たち、そういうことが起こる世界にいるんだ。
「ところでさ、六花は?」
「大泣き。で透子先生に引っ叩かれて、また大泣き。そのままスイッチ切れて寝ちゃった」
「引っ叩かれた?」
陽奈の話だと、異星人が消えた後、怪我をして気を失った透子を縁側に寝かせ、すぐ大人を呼びにいったらしい。そこに犯人の一人を捕まえたテコが戻ってきた。
事情を話すと、犯人は地元の警察に任せて人を運搬するコンテナを使って透子と陽奈をキュリエッタでSCEBAIに運んだ。陽奈も不法侵入異星人との接触ありということで検査が必要だったためだ。
透子は治療後意識を取り戻した。テクニカで入手した怪しくない方の薬を由美香に持って来させて、早速自分で治験を始めたらしい。陽奈は検査の結果問題なしで、透子の病室にいるものがないかとか聞きにいった時、病院前にロボットが着陸したあと、六花が泣きながら飛び込んできた。
「あーって全力で六花泣いてたよ。驚いた」
ぐちゃぐちゃな感情のところに、起き上がってる透子を見た安心もプラスされて、自分でもわかんなくなっちゃってたと思う。と陽奈はいう。
「ほら、小さい子が自分がなんで泣いてるか、わけわかんなくなってることあるよね。あれ」
陽奈が困ったように笑う。
「で、玲が言ってくれなくて、来るのが遅くなったって言ったの」
「言ったのか」
「せんせがこんななのに。任務だからって黙ってたって」
六花に対して透子は毅然としていった。
「当たり前です。玲ちゃんは防衛軍に入っていないのに、防衛軍の仕事をしてくれた。正しいことをした。それに対して六花は何を言っているの」
「でも」
「あのまま龍を放置したら、どこか別の海辺に出現して、街を壊したかもしれない。多くの人を取り込んで、さらにヤバい生き物になったかもしれない。こうやって今みんな無事でいるのは、玲ちゃんが考えてくれたおかげじゃない。子どもじゃないんだからわかるでしょう」
透子の言葉に六花の表情がすっと変わったそう。
「そしたら、六花さ、玲に大っ嫌いっていっちゃった。どうしようって泣き出したんだよ」
玲はちょっとおもしろくなった。その姿、眼に見える。
「…子どもか」
「子どもだよ。あの子ほんとに。でさ、透子先生ぱしーんって六花のほっぺ引っ叩いて、どうすればいいか、自分で考えなさい。言われた玲ちゃんのこと思って考えなさい。もう14歳でしょうって。六花、入ってきた時より大きな声で泣いてちょっとして、倒れちゃった」
「それは大丈夫だったの?」
「うん。海賊退治から帰ってきて、私の膝で寝ちゃったときとおんなじ。スイッチ切れたみたい。今もまだ透子先生の隣で寝てる」
「そっか。んで陽奈の気持ちは?冷めた?」
「まさか。逆、逆。本当に私が守ってあげないといけないって思ったよ。どんだけ不安定なの六花って。私がちゃんとした普通の女の子にする。普通の女の子にしてちゃんと付き合う。私の愛は深いよ」
陽奈はむしろ嬉しそう。玲は空を見上げた。
あの上まで行ってきたんだよな。
「玲はどうするの?」
「本人寝てるんじゃ仕方ない」
また行きたい。六花と。
「透子先生の病室、教えてよ」
「一緒に行く」
陽奈が先を歩き始めた。

玲が病室に入ると、ベッドに起き上がってタブレットを操作している透子の横に、まだ巫女服のまま六花が座っていた。泣き腫らした赤い目。髪の毛ボサボサ。玲を見るとびくってなった。六花は透子に目配せするが、透子は知らんぷり。
意を決して六花が駆け寄ってきて、例の正面に立ち両手を握った。もう泣いてる。
「玲、ごめんなさい。六花、どうかしてました。玲のこと大嫌いなんて言ってごめんなさい。六花、玲のこと大好きです」
泣いてるので、聞き取りにくいけど、思いは伝わってくる。
「大好きって、私をぎったんぎったんにしたいの?」
背後に立っている陽奈から強い視線を感じる。いつも応援してんじゃん。獲らないよ。
「そっちじゃなくて…」
玲は弱々しく言う六花の手から左手を抜き、彼女の小さな鼻をつまんだ。
「ふぁ?」
「わかってるよ。かわいいやつめ。子ども六花」
六花が膝から崩れるとマジ泣き。玲のお腹に抱きついてわんわんしている。
玲はしゃがんで六花の頭をポンポン。
「あの大っ嫌いは結構痛かったんだぞ。お詫びにキュリ子飛ばしてよ」
「ふえ?」
くしゃくしゃの六花が玲を見つめる。
「上昇限界高度まで、私を連れてって」
「…わかった」
すんすんと六花が泣き続ける。陽奈が近づいてしゃがみ、その背中をさすってあげている。玲が顔を上げると透子がこっちをいい笑顔で見てる。
「透子先生」
「なに?」
「そう言えばさ、荷物どうしよう? みんなこっちにきちゃった」
「あ」

結局、バンも置いてきているで、使える機体はキュリエッタとナデシコしかなく。すぐいるものをキュリエッタで運び、
「あの一帯、スキャンついでに神社のお片付けしに行こう」
というテコの提案で、来海山村のお休み中の田んぼの上にナデシコが浮遊した状態で停泊する事態となった。
1月8日。冬休み最終日。この日を撤収日として、入院中の透子以外また来海神社に集まった。先日のいろいろ無視した着陸のために、六花は飛行停止のペナルティをくらい、その明け日が今日だった。
たくさんの人がナデシコを見にきた。購入したワープグラスを持ってきて、一緒に記念写真を撮る人の姿も。
「お世話になりました」
本殿で玲は妙子に挨拶する。
「みんな、大丈夫? 大変なことになって」
オリヒトの宇宙船の回収、祠や本殿の現場検証も終わり、山社の再建計画がスタートしている。資金は龍を科学アカデミーに売った金額のごく一部。それでまかなえると言う。
「私たちはなんともありません。透子先生の看病はしっかりします。あと、再建、応援しています。何かあったら言ってください。」
「ありがとう。玲ちゃん。頼もしい」
「れい〜、参道の篝火スタンド片付けるから手伝って〜」
「あ、は〜い。キリさま〜。」
甘々な声が出てしまう。
「では、おばさま、また後ほど」
小霧と晴人が手伝いに来てくれていた。詩歌は知らない。独り占め。
「やっぱ、世界を救ったご褒美だろうな」
「ニヤニヤだな。玲。六花をギャンギャンに泣かせたって陽奈が言ってたぞ」
「むしろ、私が泣かされました」
「へえ。玲泣かせるなんて、相当だ」
「ほんとっす」
小霧の手が玲を捕まえる。ゆっくりハグされて、髪を撫でられてる。私。
「きりさま…」
「ドラゴンスレイヤーにご褒美あげないと」
顎クイときて、次は? きりさまの唇が…
「何してる、このえろきり」
「六花、邪魔するな!」
「えろきりと呼ぶんじゃない!」
箒を持った六花があっかんべーをして走り抜ける。
「六花めー」
動きを目で追った玲の額に柔らかいものが触れた。
「ご褒美」
キリ様の唇がおでこに。
「ふぁ。ありがとうございます!」
頭を撫でられる。
「キリ様、ライブ配信のコメント、うれしいです」
「可愛かったよ。れいれい」
「ふひひ」
変な笑い声が出た。
「さ、仕事しよー」
小霧が拳を突き上げる。玲も同じポーズで応じる。

最後、山社に集まった。眼下にはナデシコ。
「忘れ物、ないよな」
透子から統括を頼まれた晴人が集まった面々を見る。
「六花、キュリエッタどうするの? 積むの?」
小霧が質問する。玲に六花が黙って近づいてきた。袖を引っ張る。
「無限の彼方へ、いく?」
「あ、お、よし、行こう」
「おっけー、二人は寄り道ね」
「ブースター2つくらいつければ、衛星軌道まで行けるけど、どうする?」
テコが笑う。
「帰ってこられないけど」
「ぜっったいだめです。早く帰ってらっしゃいよ。玲」
陽奈が睨んできた。

高度1万メートルを超え、そろそろ、限界。地表は丸く。もやのような雲。大気圏用安定翼をいっぱいに開いて、キュリエッタが空を登る。
この高度を飛ぶものの中で、おそらく最も遅い。この遅さで飛んでいることがすごいと玲は思った。
「成層圏までは行けないか」
「ニーズがないってテコさん言ってた」
でもさと言って六花がキュリエッタの背中を指差す。
「玲、一個だけブースター持ってきたけど、いってみる?」
「無限の彼方へ。さあ、行こう」
長い雲の尾をひいて、小さな機体がさらに空を登る。
成層圏。これ以上上がると降りるのが厄介になる。
もうちょっとしたら宇宙、海に日本列島が張り付いて見える。
「やっぱ、モニターじゃなくて、肉眼だとたまらないものがあるね」
玲は六花の膝の上で辺りをみまわす。
「玲、ごめんね」
「あ、ここまで連れてきてもらって、とやかくいうような私じゃないよ」
玲は身体をずらして六花の顔が見える位置に。
「私も、防衛軍入ろうかな。あ、高校は行くよ。六花みたいに通い防衛軍でもいいかも」
「玲は、高校そのまま?」
「一応そのつもり。ん? 六花違うの?」
「まだわかんないけど、東京に本部ができるって。移動するかも」
「そっか」
玲は六花をじっと見る。
「陽奈には…話すわけ無いか。六花そういうの気にするもんな」
「本決まりじゃないし…」
「ゆっくり教えてよ」
「うん。基地作るにしてもこれからだから、今年は動かないと思う。
そう、ゆっくりがらみで言うけど、キュリエッタはこの高さから垂直ダイブして地表付近で減速しながら着陸が不得意なので、螺旋状に滑空してゆっくり降ります」
「どのくらい?」
「1時間くらい」
「わかった六花。その間に我が倉橋家がいかに面倒くさい家か解説してあげる」
「なんでそんなはなし?」
「家におろしてくれるんでしょ」
「そのつもりだけど」
「じゃ、予習」
「降りるために歴史を知らないといけない家ってどんなんなの?」
「だから面倒くさいっていったろ」
年越しの来海神社に響いたのと同じ、きれいな笑い声が成層圏に響いた。

Chapter-7 六羽田六花 14歳 いつまでもこの星空の下

玲の家、倉橋家は巨大だった。
「手前は道の駅とグランピング施設だから。家はあの奥。あ、そっちは工場。自衛隊の基地とつながってるから行きすぎないようにね」
と上空から説明してくれたが、全部倉橋一族のものだという。
六花は西湖女学院が超名門のお嬢様校だってこと思い出していた。良家の子女ってやつが来るところ。玲はご令嬢って呼ばれる子だった。
「あ、家それね」
玲が指差す。六花は一旦フライパスする。その後大きくターンして玄関先に降下。
「なんでコンバットピッチした?」
「迎撃警戒」
「いくらウチでも高射砲はないって」
 航空機系の部品工場と自衛隊のドローン兵器部隊と直結した工場。道の駅、グランピング施設、コテージ。そして大きな母屋。日本風の平屋でテレビの時代劇とかに出てきそう。
「ああ、ロケで使われたことあるよ」と玲はこともなげに言ってた。
キュリエッタが着陸すると、誰か待っていた。
「いい、六花、さっき私が説明した通りに言うのよ」
玲が先に降りる。
「ただいま。お父様」
「おかえり。玲。この方は? と、この機体は?」
「親友の六羽田六花さんとアーデア星で作られたキュリエッタ」
「は、初めまして。六羽田六花です」
「初めまして。六羽田さん。玲の父です」
「れ、玲、さんの、お父様、長々とお嬢さんをお借りしました。申し訳ありません」
「いえ。玲に貴重な体験をさせていただき、御礼申し上げたい」
がっしりとした体格の人だけど、目元は玲と一緒。
私はキレ者ですって顔に書いてあるタイプ。
握手する。手は暖かかった。
「お礼と言ってはなんですが、ぜひ、お茶でも。で、この母屋なんですが」
「あ、お嬢様から伺っております。明治期に作られた和邸宅で格式と身分に応じた段階のある造りで、特に中庭はその造成年に応じて趣が異なると」
「ほうほう。ご存知でしたか。それは感心。で、あちらの道の駅には新しい名物と…」
「お、お嬢様から伺っております。ブルーベリー、さくらんぼといった果実に加え、特産品であるラベンダーを活かしたとても美味しいクッキーをお作りになったと」
「…玲、ご説明したのか」
「はい。しっかりと。お父様」
「よろしい。道の駅のカフェでお好きなものをどうぞ。六羽田さん」
「ありがとうございます」
「いこ、六花。キュリエッタはここでいいよ。アニキに写真撮られるかもだけど」
「お兄さん?」
「倉橋航空機の次期社長なのかな? メカオタだけど」

倉橋家敷地の端は大きな駐車場がある道の駅。産直特産品売り場と、カフェがある。運営は玲の叔母さんにあたる人らしい。六花はそのカフェで玲おすすめのいちごバーストパフェを作ってもらった。いちごで埋め尽くされていて、ほとんどクリームが見えない。赤い。玲はフォンダンショコラスペリオル。割るとお皿いっぱいにチョコが流れ出す。振り切ったスイーツが人気らしく、行列が絶えない。六花たちは関係者優遇で入っている。
「冬休み、終わっちゃうね」
「早かった」
「いろいろありすぎたな」
「ねえ、玲、お父さんへの対応、あれで良かったの?」
「完璧だよ六花。質問二つで引き下がるなんてなかったんだから」
玲はスイーツを口に運びつつ
「六花がバカみたいに頭がいいこと、見抜いたんだろうね」
「バカみたいに頭がいいって、矛盾しすぎてない?」

「六花って、そんな感じじゃん」
考えると、ひっくり返す言葉が出てこない。
「なんか、こう、全力で否定できない」
「でしょ」
玲が笑う。六花はいちごを食べつつ、
「親友って言ってくれた。嬉しい」
「私は事実しか言ってない」
「ふふ」
このパフェは美味しい。玲は食べてる六花を笑顔で見てる。
また、変な顔してるのかな。
「3学期か。何するんだっけ?」
話題を変えてみる。
「修学旅行。北海道」
「あ、そうか。任務と重ならないといいな」
「六花、文化祭の期間も宇宙留学だったもんな。行けるといいな」
うーたん部の展示は六花の協力が得られず、パッとしなかったと聞いてる。
北海道。名前だけしか知らない場所。こんなにいろんな場所行ってるのに。
「北海道行ったことないから」
「行くのはいいんだけど、まだ冬だよ。極寒だよ。先輩から地獄の寒さって話たくさん聞くんだよ」
玲が想像したのか身震いする。
「ここも寒いのに、そんなに?」
「富士山周りとはちょっと寒さの種類が違うらしい」
「それはそれで、楽しみかな」
「六花はタフだからいいけどさ」
玲は暖かいフォンダンショコラをぱくつく。
「あと重要な問題として、うーたん部は新人勧誘しないと潰れる」
玲は真剣な声で返してきた。
「詩歌ちゃん以外の1年生を捕まえないとか」
「マジでテコさんのお話会開くって告知して回らないとな」
「それはわかった。あと二人ぐらい入って、詩歌ちゃんにも六花たちみたいな3人チームができたらいいね」
「なんかそういうこと、六花に言われると、くすぐったいな」
「なんで。変なの」
玲はちょっと照れたように笑った。
「あと、六花」
玲はどんとテーブルにクッキーの袋を出した。
「この後、陽奈のところ、行くよね。持っていって」
「ありがとう。どうしてわかったの?」
「これ見て」
玲はメッセージアプリの画面を見せる。
『3時間も六花を独り占めするってどう言う了見なの!? うちにも来る用事があるって言ってたし、早く解放しなさい』と怒りのスタンプと共に。
「陽奈…六花には急がなくていいからねっていってくれてるのに」
「素敵な3人組だな、うちら」
玲はにやってする。
「六花、陽奈が何かご馳走してくれたら、ちゃんと食べるんだよ」
「パフェ食べに行こうっていったらどうしよう」
「寒いから、あったかいのがいいって可愛く言って」
玲は紅茶を一口。
「クッキー持ってくんだから、おうちでってことになるでしょ」
「お部屋に入るのかな」
「当たり前」
「友達の部屋に入るの初めて」
「六花の青春が始まるんだね。ま、スタート時期としては遅くはないけど」
「青春なの?」
「アオハルっすよ。お嬢さん。キュリ子置いて行きなよ。向こう置いとくとこないでしょ。レンタルの自転車あるからそれ使って。帰ってきたら教えて」
「ありがとう。玲」
「前にも言ったけど、受け入れてね。陽奈のこと」
「ん」
六花は最後のイチゴを齧る。ちょっと酸っぱい。

自転車で走ること30分。学校近くの村の中に閑静な住宅街。都心からの移住組が集まってるエリア。そこに陽奈の家がある。
呼び鈴を押すと、陽奈の声がした。
玄関が開く。門も自動で開く。
「自転車で来たの。そこに止めて」
六花は指定場所に自転車をとめ、玄関へ。
「いらっしゃい六花」
「陽奈のお母さんにご挨拶しないと」
「今買い物行ってる。いないよ」
陽奈が促す。
「あがって。中で待ってればいいよ」
「あ、うん。お邪魔します」

陽奈の部屋は2階。階段を登る。
「どこまで登ったの?」
「高度は2万5千メートルくらいかな?」
「そこは、空? 宇宙?」
「まだまだ空だよ。飛行機が飛べるから」
「そうなんだ」
陽奈がドアを開けた。
「ここが私の部屋。どうぞ」
「お邪魔します」
ドアの先には、暖色、アースカラー系でまとめられた部屋。机、ベッド、モニターと小さなテーブル、二人がけくらいのソファ。クローゼット。本棚には宇宙関連の本、小説が並んでいる。広さは六花の部屋の倍あるなあ。
「じっくり見たな」
「友達の部屋、初めてで…」
「そうなの? 緊張しなくていいからね」
陽奈が六花の手をとって室内へ。手が冷たい。手のひらに少し汗。陽奈も緊張してる?
「リラックスして。六花」
ソファにぽんと座らせられた。
「あ、これ、玲から」
六花はクッキーの袋を手渡す。
「ありがとう。お茶淹れてくる。待ってて」
クッキーを持ってドアの方へ。
「本とか見ていいよ。でもへんなトコ開けないでね」
「変なとこ?」
陽奈は笑顔を残して部屋を出た。六花は部屋をウロウロする。あんなふうに言われると、いろいろ気になるじゃん。もう。
本棚には宇宙望遠鏡の撮った写真の本からアポロ計画の解説本、ギリシャ神話と星座の本いろんなジャンル。乗り物の操縦マニュアルや転換炉の取説あたりしか読んでない六花とは
「だいぶ差があるなあ」
隣の棚は映像ソフト。ちょっと古いのは今配信メインだからだろう。スター・ウォーズやスター・トレックという作品が並んでる。
隣はドレッサー。姿見の鏡と小物入れ。六花は周りを見回して引き出しを開けてみた。ドキドキする。
アクセサリー入れだった。ふわっと優しい形状のものが多い。今度プレゼントするときの参考になる。
「見たな」
陽奈の声にビクッとしてしまう。
「あ、ああ、ごめんなさい」
「あ、アクセ見てたの?」
「あ、の、陽奈がどんなデザイン好きかなって」
「なに? プレゼントしてくれるの? 誕生日先だよ」
陽奈がお茶セットをテーブルにおいてそばに。
「いろいろ大変な目に合わせちゃったから」
「また言ってる。その話はおしまい」
「うん」
「お茶どうぞ」
ソファに並んで座ると、慣れた手つきでカップに琥珀色のお茶。
「いい香り」
「美味しいものを美味しく食べられるの、私才能だと思う。絶対敏感だから味や香りに。六花は才能あるよね。間違いなく」
陽奈がカップを差し出す。
「だから六花にはすっごいお茶用意したんだ」
「高そう」
「らしいよ。親もめったに使わない」
いただきます。と六花がカップに口をつける。お茶独特のものに加えて、様々なものが混ざり合ってる。その割に調和してるからすごい。こういうのどうやって出すんだろう。もとはお茶っ葉のはずなのに。
「びっくりしてる?」
「うん」


「これ倉橋クッキーとも合うはず」
「倉橋クッキーって名前なんだ」
陽奈が袋を見せる。裏の成分表の表示名に倉橋製菓の倉橋クッキーと書いてあった。
ざく。クッキーはしっとりタイプ。嫌味にならない程度にラベンダーが香る。その後にフルーツの酸味。紅茶を口にすると打ち消すことなく綺麗に混ざった。
「ふふ。いい顔してる。六花」
二人がけソファ。肩が振れるくらいの距離。陽奈が六花を見てる。
「明日から学校だね」
「すぐテスト」
「六花は余裕でしょ。私、心配だ」
「いっつもそんなことないくせに」
「興味なさげなのに、私の成績見てたの? 油断ならないな六花は」
初めての友達だもの。気になる。ちょっと恥ずかしいから言わないけど。
陽奈がカップを置いた。
何も写っていないモニターを見て、少し深く呼吸する。こっちを見た陽奈の顔は明らかに緊張している。
「六花、聞いて」
「なに?」
「私、私ね、六花のことが好き」
「ん」
陽奈がゆっくり呼吸する。
「美夜から助けてくれた時、一緒にキュリ子で空を飛んだ時、六花のこと特別だって気がついた。六花が海賊退治に行く時、心配で仕方なくて、離れたくないって思ってることもわかった。六花が帰ってきて、私の膝の上で寝ちゃった時、ずっと守ってあげたいって思った」
玲からも言われてたから、今日そんなことがあるかと思ってたけど、意外と早かった。
「この気持ちは友達としてだけじゃない。もっとその先」
「さき?」
「玲の言う、ぎったんぎったんの方」
陽奈は真っ赤になって、六花とは目線を合わせない。
返す言葉は今はまだ出てこない。ただ陽奈を見つめている。
「ん」
「私と付き合ってくれる? 六花は女同士って変だと思う?」
「そんなことない」
テコさんは女性同士が結婚してできた子。陽奈は知らないか。
話を聞いたとき、全く違和感はなかった。
陽奈が言ってくれた。気持ちはすごく嬉しい。こんなことがあるなんて予想できる人生じゃなかった。千保がいつも言ってくれた大好きはきっと、陽奈とは種類が違う。初めての対等の「好き」。でも六花は問題だらけ。
「六花、陽奈に釣り合うかな?」
「当たり前」
「六花、ほんと、子どもだよ」
「それがかわいい」
「恋愛のこと、無知だよ」
「私が教える」
「壊れてるから、突然このあいだみたいに泣き続けたりするよ」
「壊れてない。敏感な14歳なんて、みんなそんな感じ」
「付き合うって、どうしたらいいか、わからないよ」
「六花は、私と一緒にいるのいや?」
「いやなんて思ったことない。嬉しくて、楽しい」
「じゃ、そのままでいいよ。付き合うって、一緒にいるのが楽しいからその時間をなるべくたくさんにすることって、私は思ってる」
陽奈が六花の手を握る。
「これから一緒にいる時間をもっと増やしていくの。それで六花がもっと私といたいって思ってくれたら、それは六花も私のこと好きだってこと。ぎったんぎったん方向に」
「ぷ」
「わかりやすいけど、笑っちゃうよね。玲のやつめ」
「六花、陽奈といるときすごくあったかい気持ちになる。ほっこりするっていうの? たぶんこの気持ちが大きくなっていくのかなって思う。
あのとき、陽奈が酷いことされてるとき、だから本当に許せなかった」
「そう。でもそれだったら、2年になってすぐくらいから六花は私をよく思ってくれてたんだね。なんか嬉しい」
陽奈が左手もつなぐ。
「これからよろしくね。六花。3学期、3年生、いろいろあると思うけどさ」
「うん。こちらこそ陽奈」
陽奈の表情が動く。真剣になって近づく。目には葛藤が見える。ためらったり、近づいたり。目線を合わせたり、そらしたり。そっか。普通はこんな感じで近づいて、戸惑ったり、キスしちゃったりするんだ。テコさんは躊躇いなしだったな。六花が思ったとき、ノックの音がした。
がちゃり。ドアが開く。
「ひなー、誰か来てるの? 晩御飯どうする? あら六花ちゃん、いらっしゃい」
「お邪魔しています」
陽奈は紅茶を飲んでいる。耳まで赤い。
「陽奈さんのお母様、この度は大変申し訳ありません。陽奈さんに無理をさせて熱を出させてしまって。なんてお詫びしたらいいか」
「六花ちゃん」
「はい」
陽奈ママが立って頭を下げた六花につかつかと歩み寄る。
「あなたが病原体を撒いて陽奈が感染したの?」
「ち、違います」
「いいこと、六花ちゃん。自分に責任のないことを抱えこんで、謝るなんてしてはダメ。そこに漬け込んでくる悪い大人がたくさんいる。謝れば済むと思ってんのかって。もっと冷静になってよく周りを見て。そう言う場合の対処は、今の形ではないわ。今回のは大変だったね。で笑ってればいいのよ。陽奈のこと思ってくれてありがとう。すごく嬉しい」
「お母様」
「六花ちゃんにお母様と言われる筋合いはありそうね。陽奈」
「しらない」
「六花ちゃん、晩御飯は? 来海さん入院されてるんでしょ」
陽奈の関係する戦闘による負傷だったことは、関係者以外知らない。
「帰って作ります」
「そんな、食べて行きなさいな。遠慮はなし」
「ありがとうございます」
六花は頭を下げる。じゃ二人とも呼んだら来てねと陽奈ママは階段を降りていった。
「あーびっくりした」
陽奈が立つ。
「そういえば、今日どうして来るって言ってたの?」
陽奈は一旦さっきのことを終わらせたみたいだった。
「うん、渡すものがあって」
六花はバッグの中から封筒を取り出す。
「ワープグラスを売ったボーナス分」
「おお、結構入ってる」
「いろいろ分けてもこのくらいになったんだって。せんせから」
「透子先生、病院で収支計算してたの?」
「うん。昼間からただ寝てるとか、性に合わんって言ってた」
「ありがと。六花。来年もできるといいな」
「その前に、今度、桜の季節に行かない? 山社の桜がすごいんだって。昼も夜も。六花、話に聞いただけだから」
「ありがとう。早速お泊まりデートに誘われた」
「いきなりすぎ?」
「全然。うれしい」
陽奈はお茶のセットを持つと
「明日からの学校が楽しみになってきた。晩御飯、ママ手伝ってくる。六花はのんびり待ってて。ブルーレイ見る?」
「一緒に手伝うよ」
二人で階段を降りていく。六花は新しいフェーズが始まったと感じている。東京行きが本当に決まったとき、私たちはどうなるかわからない、でも、今だけでも、誰かと一緒にいる嬉しさを持っていたい。そう願った。

「おかえり。六花」
「玲、わざわざ出てきてくれたの」
倉橋家の玄関に置いたキュリエッタの横に玲が立っていた。
「玲、唐揚げ食べる?」
「晩御飯唐揚げだったの?」
六花は陽奈ママから渡されたタッパをバッグから出す。
「いいよ。六花しばらく一人暮らしでしょ。食事の足しにして」
「ん」
「こっちからあげるものがある」
がざっと玲がビニール袋を差し出す。
「ほうとうセットだ。5つも」
「アニキから。キュリエッタくまなく写真撮ってたよ。そのお礼だって。道の駅で売ってるやつなんだけどね」
「ありがとう。助かる」
「陽奈は告った?」
「うん」
「受けてくれた?」
「うん」
「そっか。よかった」
玲は夜空を見上げる。冬の空は本当に綺麗。
六花も一緒に空を見る。ずっと、こうやって何気なく星空を見て、おしゃべりして笑ってる関係が続いてほしい。いつまでも。


「当分、くるみんこまちは安泰だな」
「3人はずっと大丈夫だよ。多分」
「もっと自信持って言ってよ」
玲が笑う。
「じゃ、おやすみ六花。また明日」
「うん」
六花が倉橋家を離陸する。手を振った玲が家に入っていくのをみつつ、六花は宿舎を目指した。

そして、3学期が始まる。
「おはよ。六花」
「陽奈。おはよ」
なんとなく、照れくさい。
校門で陽奈が待っていた。カバンには六花が作った涙滴型のワープグラス。
「よろしくね。いろいろ」
陽奈が六花の手を取ろうとして、やめる。
「一応、クラスの子達には内緒にしよ」
「わかった」
傍らに止まっていたクルマから玲が降りてきた。
「バレバレだぞ。君たち」
「じゃ、3人で手を繋いでいけばわからない。木を隠すなら森に」
六花はそう言ってカバンを肩にかけると二人と手を繋いだ。
「その表現あってる?」
「仲良し幼稚園みたいじゃん」
玲がいつもの声で笑った。

Epilogue その眼前にエリアルはある

神城千賀子が行方不明になった。
地元警察の留置場から忽然と消えた。
監視カメラの映像では一瞬ホワイトアウトしたあと姿が消えていた。
すぐに防衛隊に連絡があり、すべての警戒装置が探査を開始する。
月の軌道手前に遮蔽しつつ高速で地球から離脱する宇宙船を発見。高天原2から先日、公仁が買い付けた貨客船あらため、地球防衛軍所属星間多目的艦タキリヒメが急行したが、ワープの痕跡以外、発見できなかった。

某日。ナデシコ。テコの部屋。
「これがご依頼の写真です。いかがですか」
「ほほう。これはなかなか」
A4サイズに拡大し、フレームに収められた写真には銀髪ロングヘアのウィッグを被り、白い刀を持った透子。
ゲームに出てくる捨てられたアンドロイドのコスプレらしい。
綺麗な身体のラインを見せつけるような衣装。
20歳の頃という。今とそんなに変わらないと思うが、ふわっとした私服を着ている透子からは想像つかない姿。
「お気に召したようで。女の子好きのテコさんにはこういうクール系が刺さると思っていました」
「十分女の子のくせに、何言ってる」
「私はテコさんのタイプではないでしょう」
「どうかな」
テコはデスクに腰掛けている由美香を見上げる。
「見返りは、本当に撃鉄式陽電子加速器なんて、旧式のものでいいのか?」
高効率、高圧縮、高収束がビーム兵器のトレンド。それ以前に作られたもので高圧縮されたビームエネルギーを収束はそこそこにチャンバー内から対消滅のパワーを使って叩き出すスタイル。破壊力はあるものの、発射にそれなりのエネルギーが必要なため廃れていった。
「今の海賊、辺境勢力の仮想敵は帝国軍。その主力は高収束のビーム兵器。当然バリアもそれを防ぐように作られます。今の兵器は『点』。この加速機は『面』で当たります。するとどうなるかテコさんはおわかりかと」
「面白いことを考えるな由美香」
「見ていてください。私が地球史上最大最強の銃を作ってご覧に入れます」
長い髪をかきあげて由美香がテコに微笑んだ。

「りっかー」
SCEBAI。エリアル格納庫。オリジナルが宇宙に旅立ち、空室となっていたそこに、新しい機体が起立する。
テコにお弁当を届けにきた六花に30mくらい上から、そのテコの声が降る。
「テコさん!」


SCEBAIスタッフと同じツナギを着たテコが肩のあたりから手を振っている。
「どう? キミの乗る、新しい地球の守護天使だ」
「これが、新型エリアル! の、ほね?」
装甲板もフェアリングもついていない、フレームと関節のアクチュエーター、それをつなぐ神経組織、各部に動力を伝達するパイプ。そして機体中央には真新しいジェネレーターボックス。コクピットブロック。首の上にはまだお椀のような顔の基部。これまでの地球製パーツと追加された他星技術応用パーツが絡み合った骨格が六花が眼前にあった。
リフトを使ってテコが地表に降りてきた。
「もうちょっと待ってね。六花。あと3、4回村井と喧嘩したらいいのができるから」
「なんで喧嘩前提なんですか」
「いい技術者は拳で語り合うんだよ。六花」
「そんなの聞いたことありません!」
「ノーゲン殿、頭部開発ラウンドは昼食後に」
村井がそう声をかけて、本部棟へ歩いていく。片手にボクシンググローブを持って。
「ちょっと、村井さん?」
「いよいよ頭部か」
テコが自分の掌に拳を打ちつける。
「え、本気なの?」
「見ててくれ。六花。必ず勝つ」
テコがお弁当を受け取って不敵に微笑んだ。

ドアを開けると六花が立っていた。
「おいえろきり」
「だから、えろきりっていわないの」
「え、えろきりって言われてんの?」
小霧の部屋、晴人と一緒にいる時に、六花が訪ねてきた。
「えろはるもいたな」
「なんで?」
晴人が小霧に聞く。
「プレゼントは私。が相当えろいらしい。六花には」
「ああ〜。まあ、そうか」
「納得かよ」
小霧が晴人を軽く蹴る。そんな小霧に六花は袋を差し出した。
「二人でたべて。えろチーム」
でかい金目鯛の干物が2枚。
「メリークリスマス。ごめん。遅れた」
六花が赤くなってる。小霧は吹き出しそうになるが、堪える。
「かわいいな〜。りっかー」
吹き出す代わりに六花の頭をわしゃわしゃ撫でる。
晴人は下を向きながら六花が嬉しそうに笑うのを見た。
「まだ、一人暮らしでしょ。一緒に食べてけ。おこさま六花」
小霧が六花の顔をあげる。
「ん」
安心し切った顔で六花が頷く。
「よっしゃ、作るか。晩飯」
晴人は六花を部屋に招き入れ、ドアを閉じた。

Episode-3へ続く。

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