左道往殿 またの名を芒旦
「あんめい、いえぞす、まりや!」
冬の太陽にフランシスコの血刀が煌めき、腕が飛び、首が舞った。味方の綻びに、百姓牢人達の錆槍が突き込んだ。
まいろやな まいろやな
ぱらいぞのてらにぞ まいろやな
唄が湧き上がった。切支丹の一揆勢は、唄って駆けて、唄い死ぬ。怖けた味方が押されて下がる。そこに再びフランシスコの剣が襲いかかった。
ぱらいぞのてらとは もうするやな
ひろいなせまいは わがむねにぞ あるぞやな
(あれがフランシスコ、天草四郎か)
少年の面差しを残した切支丹の頭が、天稟の剣を振るって迫りつつあった。藩の失態。公議御咎め。左手が佩刀に触れた。
「あの剣、面白い」
不意に獣臭がした。養父だ。大熊じみた兵法者の気配を背後に感じ、伊織は息を吐いた。
「お役目はどうなされた」
「出来息子。大分の兵法はお前に任せた。儂は、これよ」
大熊は腰の双刀を引き抜き、迫る一揆の勢とフランシスコの剣に真っ直ぐ進んでいった。
「新免武蔵守」
大熊が名乗った。
武蔵守の剣はふた巻きの颶風だった。一揆の勢を人垣ごと叩き斬り、フランシスコの剣を体ごと吹き飛ばした。血飛沫が舞う。唄声の波を、双刀が斬り割って進んだ。
「海割りのみしるしとは恐れ入った」
フランシスコが笑った。武蔵守の剛剣を受けて、軽々と立ち上がる。武蔵守も笑った。
「立ち合いを所望」
「島原神陰流、ご覧じろ」
「否」
声が湧いた。
「これまでよ」
老爺がいた。
いつ現れたのか、誰も知らぬ。
白髯白髪、墨衣。南蛮拵の槍を杖に突き、従者は飢えた山犬二匹。一つきりの眼がにたにたと笑う、薄気味の悪い老爺だった。
「切支丹はみなごろしと決したり」
腥い風が吹いた。ばたばたとたなびきながら、地から次々と軍旗が湧いた。
「兵よ、兵よ、宮より出て戦せむ」
人が湧く。滅びた家の旗が湧く。地より出でたる亡者の呻き。空に輪を描く二匹の鴉。
籠城二ヶ月。餓鬼のように痩せた切支丹達に、幽鬼の軍勢が襲いかかった。
(続く)
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