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米食水滸伝
「パン祖」江川太郎左衛門の復活と再臨は、列島社会の礎を破壊した。文明の再編成が強行され、小麦粉本位制、小麦粉資本主義が稲作を根絶した。
もとより米に信を置かぬ香川県民はパン祖にすり寄り、いっとき我が世の春を謳歌した。
が、パン祖はついに饂飩などという曖昧な存在を許さなかった。粛正が始まり、終わった。残ったのはパン。パン食本位制、パン食資本主義、パン食神受説の完成である。
あんぱん、食パン、カレーパン。中でも食パンは最も位が高いとされ、食パンという語は廃止された。パンとのみ呼ばれる栄誉は、食パンに与えられた。
パン祖12年。パンどころ新潟の山間部で小さな炎が燃えた。風が舞い、旗が翻った。旗印は、十字に向かう四つの点。凝集、中心、大切なもの。「米」である。
「このような事をしてただで済むと思うなよ!」「非パン主義者め!」
縛られた軍卒が、口々に男を罵る。20人の部隊を打ち倒した、たった一人の男。
炊煙が上がっていた。男は釜の中を満足げに確かめると手を突っ込み、白い塊をぐっと握り、ひとりの軍卒に差し出した。
「食えよ」
飯だった。にぎりめし。何の変哲もない。何の飾り気もない。塩だけが味付けだった。
食っていた。弾力。ほどける粒。甘いというのも違う。柔らかく、味深い、美味さ。食事の王。真ん中の雄。梅干も、塩鮭も、これのためにあった。なぜ忘れていたのか。軍卒は泣いていた。
「うめえだろ」
男の笑みに、軍卒は微笑み返して、目から血を溢して倒れた。
「稲田八十八!」
雷声が轟いた。
曇天に浮かぶ巨大な像!江川太郎左衛門!
「パン祖さま!」「お許しを!」
平伏しようともがく軍卒たち。彼らは次々と目から血を流して死んでいく!
「江川ッ!」
男は、稲田八十八は、超常の力を振るうパン祖の幻像に対し、敢然と米の旗印を突き立てた。
「無駄だぞ稲田。パンは汝らのためを思って割かれた私の肉。私こそが再臨せるキリストなのだ!」
「江川ーッ!!」
(続く)