やがて去り行く者へ
自動販売機が犬を撃ち殺した。
「ありえない」
後白河が呻いた。後醍醐も同意見だったが、現実はときに想像を超える。
現に、5.56mm弾を秒間15発発射できる自動販売機が全国に普及し、12㎡に1台が稼働している。社会はとうにイカれた。犬を撃ち殺すこともあるだろう。
あるだろうか。課長の後醍醐も、同行の後白河も、そうは思えなかった。常識的に考えて、ありえない。
「可能性1、当該ポ防機(ポイ捨て防止機能付き自動販売機)は故障し、無差別に発砲した」
「当該ポ防機は選択的に犬に向かって発砲しており、飼い主には傷ひとつなかった」
「可能性2、犬がポイ捨てをした」
「犬はポイ捨てをしない。犬の排泄物は飲料容器ではない。そもそも犬は、ポイ捨て高次予測防止システムの対象ではない」
ハンドルを握る後白河が、思いつきを述べる。高速道路の警句看板が後ろに流れていく。
「可能性3、暴発による偶然」
「だったら正確に犬だけに8発着弾させることは不可能だろう」
「可能性4、誤認では」
「ポイ捨て禁止法の施行から3年、1件の誤射も報告されていないのがポ防機だ。そもそも今回、偶発缶(射殺された遺体から偶然こぼれ落ちた空き缶。ポイ捨てとは数えられない)は無かった」
偶発缶。役所仕事は糞だ。横で後白河が両手を上げた。
「じゃあお手上げじゃないですか」
「そうだ。だから警察は当該ポ防機を爆破処理しようとしてる。だがそうなれば原因不明、全国600万台のポ防機の総点検が必要になる。メーカーが必死に止めてる。街中のポ防機に見守られながら、ポ防機の処理で揉めて、現場の周囲200mはお祭り騒ぎだ。うちの省だってメーカーと同意見だ。ポ防機の総点検なんて現実的に可能だと思うか?なんとか穏便に収められるように、お前も考えろ」
「可能性5ですか」
後白河が溜息をついた時、後醍醐の頭の片隅に何かが引っかかった。
「撃たれたのが……」
「犬じゃない可能性は?」
(続く)